博 士 ( 医 学 ) 小 野 寺 純
学 位論 文題 名
A soluble factor (EMMPRIN) in exudate influences knee motion after total arthroplasty ( 浸出 液中 の 可溶 性因 子 (EMMPRIN) は
全 人工 関節 置 換術 後の 膝 関節可動 域に影響を与える)
学 位 論 文 内 容 の 要 旨
【背景と目的】
全 人 工 膝 関 節 置 換 術 後(TKA)は 関 節 機 能 障 害 を も つ 患 者 に 対 す る有 用 な 手 術的 治 療 法 で あ る 。 し か し、TKA術 後 には し ば し ば関 節 可 動 域制 限 が 発 生す る 。 こ れま で 術 後 膝可 動 域 に 影 響す る 因 子 とし て は 、術前 の膝可 動域、 使用機 種のデ ザイン、 術中に 獲得で きた靭 帯 バ ラ ン ス、 術 後 リ ハビ リ テ ーショ ンなど が報告 されて きた。 しかし、 それら に関し てまっ た く 問題 がないIKA症例 において も、「stiff knee」あ るいは 関節線 維症と 呼ばれ る重度 の関節 可 動 域 制限 が 発 生 する こ と が知ら れてい る。こ のよう な関節 包の線維 化はコ ラーゲ ン線維 の 代 謝 異 常 の 結 果と し て 生 じる 病 態 で あり 、TKA後 の関 節 可 動 域制 限 に 関 する 病 態 の 解明 に は 生 体 工学 的 お よ び治 療 学 的因子 だけで なく、 コラー ゲン代 謝に関す る生物 学的因 子の研 究 が 必 要 であ る と 考 えら れ る が、こ の種の 研究は ほとん ど報告 されてい ない。 生体内 におけ る コ ラ ー ゲン 代 謝 は 様々 な 因 子 によ っ て 制 御さ れ て お り、Fosangら は関 節 滑 膜液 中の様 々な 可 溶 性 因子 は 、 コ ラー ゲ ン やプ口 テオグ リカン の同化 や異化 ヌカニズ ムに影 響を与 えると 報 告 し て い る 。 そこ で 我 々 はIKA術 後 に おけ る 関 節 内の 浸 出 液 中に コ ラ ー ゲン 代 謝 に 影響 す る 可 溶 性因 子 が 含 まれ る の ではな いかと 考え、 術後の 患者か ら採取し た浸出 液を解 析した 。 Extracellular matrix metalloproteinase inducer (EMMPRJN)は免疫グ口ブリンスーバーファミリ ーに 属する 膜貫通 型糖夕 ンパクで、matrix metalloproteinases (MMPs)の産生を刺激する機能が あり 、近年 は様々 な臓器 の病的 過程に 関与し ているこ とで注 目され ている。またtransforming growth factor (TGF)‑betalは拘 縮を起 こした 関節に過剰に発現していると報告されている。浸 出液 の解析 におい て、我 々は特 にこの2つの可 溶性因 子に注目 した。 本研究の目的は、「TIくA の 術 後48時 間 以 内 に 膝 関 節 へ 浸 出 し た 液 内 のEMMPR̲INとTGF‑betalの 濃 度 は 、 術 後4週 の膝関節可動域と相関する」という仮説を証明することである。
【対象と方法】
当 院 で 片 側IKAを 施 行 さ れ た 内 側 型 変 形 性 膝 関 節 症 患 者20人 で 前 向 き 研 究を 行 っ た 。 20人 中 、 男 性3名 、 女 性17名 。 手 術 時 平 均 年 齢 は72.2歳(57ー84歳) 、 体 重59.Okg (48.2 ー77.5kg)、伸 長1.46m(1.41―1.70m)、 術前 膝 屈 曲 角度 は 平 均1233°(90.0―145|0°) 、 femorotibial angle (FTA)は184.5゜(172.0―1%.0゜)であった。手術は一定期間の保存療法 に 抵抗 し 日 常 生活 に 支 障 をき た す 患 者に 施行さ れた。感 染、筋 力低下 の著し い患者 、術前 膝 内 反変 形 が16゜ 以 上 、 伸展 制 限10° 以 上 、 可動 域 が90゜ 以 下 の 患者 は 除 外 した 。 手 術 は全 例、 一人の熟 練した 整形外 科医(K.Y.) が同じ 手技で 行い、 使用機 種は後 十字靭帯保存夕イ プ のLFA‑m(Kyocera,Kyoto,Japanを用 い た 。 術中 に 関 節 内ヘ ドレ ーンチ ュープ を留置 し、
術後はこのチューブに接続した閉鎖型持続ドレナージシステム(SB ̄丶′ac@,SurnitomoBakelite, T0kyo,Japan) を 用 い て排 液 を 行 った 。術 後48時間 目でパ ッグに 貯留し た浸出 液を無 菌的に
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回 収し 、3000rpmで遠 心分離器 にかけ た後、 上澄の みを解 析まで の間―80℃に冷 凍保存 した。
EMMPRIN、TGF‑betal、MMP‑1,2,9,TIMP‑1お よ びHA濃 度 の 測 定 に はenzyme‑linked 1mmunosorbent assay (ELISA)を 使 用 した 。 ま たEMMPRINにつ い て はWestern blotを 用 いて 分 画を 解 析 し た。 各 患 者 に同 一 の 術 後リ ハピ リテー ション が行わ れた。 各患者 の膝関 節可動 域 計測 に は 徒 手最 大 屈 曲 位で の 膝 側 面レ ン ト ゲ ン写 真 を 用 い、 術 前と 術後4週 におい て一人 の整形 外科医 (J.O. )が術 者とは 独立し て行っ た。術後4週で計 測を行 った理 由は、(1)も っと遅 しゝ時 期の膝 可動域 は、各 患者個人 の生活 様式や 社会的 要因の 影響を 大きく 受ける可能 性 があ っ た こ と、(2)4週 の時期 は可動 域に対 する両因 子の影 響が最 もでや すいこ とであ る。
相関分析にはPearson s product moment correlation coefficientを用い、有意水準は5%とした。
またpower analysisも行った。
【 結 果】
術 後4週 で の 膝 屈曲 角 度 は100−130゜ ( 中間 値116.8° )で あり、 術後屈 曲角度 と手術時 年 齢 、体 重 、 身 長、 術 前 膝 屈曲 角 度 、 術前FTAと の 間に 明 ら かな相関 は認め られな かった 。 EMMPRIN濃 度と 術 後4週 の 膝 屈曲 角 度 に は有 意 な 相 関関 係 を 認めた(r=0.557、p二 ニ0.0148、 Zl‑B =0.74)。Western blotで はEMMPRINの 中心 夕 ン パ クを 示 す27kDaの パ ン ドが 認 め ら れ た 。EMMPRIN濃 度 とMMP‑1,2,9,TIMP‑1お よ びHAの 間 に 有 意 な 相 関 関 係 は 認 め ら れ な か っ た。 一 方 、 術後4週 の 膝 屈 曲角 度 と 浸 出液 中TGF‑betal濃度 と の 間 には 有 意 な 相関関 係 は 認 めら れ な か った(F0.021、p=0.930)。
【 考察】
本 研 究 で は 、 術 後48時 間 の 浸 出 液 中 のEMMPRIN濃 度 とTKA後4週 で 測 定 さ れ た 膝 屈 曲 角度との 間にお いて有 意な正 の相関 関係を 示し、 この濃 度が高し ゝ患者 ほど良好な屈曲角度 が 得 ら れ た 。 統 計 学 的 に はEMMPR̲IN濃 度 が 独 立 した 影 響 因 子で あ る 可 能性 が 高 い 。し か し 、 本 研 究 に お い てEMMPRINが 関 節 拘 縮 を 予 防 す る 直 接 の 因 子 か 否 か は まだ 決 定 さ れて い な い こ と に 留 意 す る 必要 が あ る 。一 方 、 術 後48時 間で の 浸 出 液中TGF‑betalの 濃度 と 術 後4週 の 膝 屈曲 角 度 の 間に も 明 ら かな 相 関 関 係を 認 め な かっ た 。 し かし 、 術 後4週 よ りも遅 い 時期の可 動域に 影響を 与える 可能性 は存在 する。
Huetら は 、EMMPRINは 創 傷 治 癒 過 程 に お い て 、 線 維 芽 細 胞 の 筋 原 線 維 細 胞 への 分 化 を 促 進 す ると 報 告 し てい る 。 筋 原線 維 細胞は 創傷治 癒に重 要な役 割を担 うと考 えられて おり、
IKA後 の 手 術 的 損 傷 を 受 け た 関 節 包 と 滑 膜 組 織 か らEMMPRJNが 産 生 さ れ て 組 織 の 創 傷 治 癒 を促進し 、(1) 膝可動 域訓練 におけ る疼痛 を緩和 し術後リハピリテーションを容易にした、
(2)早 期 治癒 過 程 の 完了 は 組 織 拘縮 の 発 生 を防 止 し て 術後 訓 練の 結果と しての 可動域 の維持 を 可 能 にし た 、 と いう2つ の メ カ ニズ ム を 介 して 術 後 膝 可動 域 を増加 させた 可能性が ある。
臨 床 的 に 、IKA後 浸 出 液 中 のEMMPRINは 術 後 膝 可 動 域 を 予 測 で き る 生 物 学 的 指 標 と な り う る と 考 え ら れ る 。 もし 浸 出 液 中の 予 測 可 能な 因 子 が 確立 さ れ れ ば、TKA術 後 に関 節 拘 縮 を 起 こす 可 能 性 のあ る 患 者 に対 し て 特 別な り ハ ピ リテ ー シ ョ ンの プ ロ ト コー ル を 用いて 重 篤 な 可 動 域 獲 得 不 全 を 予 防 で き る 可 能 性 が あ る 。 し か しEMMPRINが 本 当に 臨 床 的 に有 用 な指標で あるか どうか という 検討は 、今後 さらに 必要で ある。
本 研 究 はTKA後 の 関 節可 動 域 は 、機 械 的 、 療法 的 要 因 だけ で な く 膝関 節 周 囲 組織 の コ ラ ー ゲ ン 代 謝 の よ う な 生 物 学 的 要 因 に も 影 響 を 受 け る 可 能 性 を 初 め て 示 唆 し た 。
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学位論文審査の要旨
主 査 教 授 三 浪 明 男 副 査 教 授 近 藤 哲 副 査 教 授 安 田 和 則
学位論文題名
A soluble factor (EIN/IMPRIN) in exudate influences knee motion after total arthroplasty
( 浸 出 液 中 の 可 溶 性 因 子 (EMMPRIN) は 全人工関節置換術後の膝関節可動域に影響を与える)
全 人 工 膝 関 節 置 換 術(TKA)は 進 行 し た 変 形 性 膝 関 節 症(OA)に 対 す る 有 用 な 治 療 法 で あ る 。 し か しTKA術 後 に は 関 節 可 動 域(ROM)制 限 が し ば し ば 発 生 し 、 こ の 治 療 の 大 き な 問 題 点 とし て 認 識 され て い る 。この 原因に 関して は種々 の生体 工学的 因子や 治療学 的因子が 指 摘 さ れて い る 。 しか し 生 物 学的因 子に関 する研 究はま ったく 報告さ れてい なかっ た。申請 者 はTKA後 のROM制 限 に 対 す る 関 節 線 維 症 の 関 与 に 着 目 し た 。 本 前 向 き 臨 床 研 究 の 目 的 は、「nくA術直後の関節内の浸出液中に存在するExtracellular matrix metalloproteinase inducer (EMMPRIN)お よ びTGF−betal濃 度 は 、 術 後4週 の 膝ROMと 相 関 す る 」 と い う 仮 説を 証 明 す ることである。
症 例 は 後 十 字 靭 帯 温 存 型 【,FA‑ID[を 用 いて 片 側TKAを行 っ た 内 側型OA患 者20人 ( 男性 3名 、 女 性17名 ) で あ る 。全 て の 手 術は 一 人 の 熟練 し た 整 形外 科 医 が 同一 の 手 技 で行 い 、 術 後24〜48時 間に ド レ ナ ージ バ ッ グ に貯 留 し た 浸出 液 を 無 菌的 に 回 収 した 。 そ の後、 すべ て の 患 者 に 同 一 の 後 療 法を 行 っ た 。ROM計 測 に は徒 手 最 大 屈曲 位 で 撮 影し た 膝 側 面レ ン ト ゲ ン 写 真を 用 い 、 術前 と 術 後4週 にお い て 一 人の 整 形 外 科医が 術者と は独立 して行 った。浸 出 液 中 のEMMPRIN、TGF‑betal、MMPー1,2,9、TIMP‑1、 お よ びHA濃 度 の測 定 に はELISA を 用 い た 。 ま たEMMPRINに つ い て はWestern blotを 用 い て 分 画 を 解 析 し た 。 解 析 に は Pearson相関分析を用い、有意水準は5%とした。
そ の 結 果 、EMMPRIN濃 度 と 術 後4週 のROMに は 有 意 な 相 関 を 認 め た(r=0.557、 p=0.0148)。 こ の 濃 度 が 高 い患 者 ほ ど 良好 なROMが 得 られ た 。Western blotで は27kDaの パ ン ド が 認 め ら れ た 。 術 後4週 で のROMと 、 手 術 時 年 齢 、 体 重 、 身 長 、 術 前ROM、 術 前 大 腿 脛 骨 角 と の 間 に 明 ら か な 相 関 は 認 め ら れ な か った 。 ま たEMMPRIN濃度 とMMP‑1,2,9, TIMP‑1お よ びHAの 間 に 有 意 な 相 関 関 係 は 認 め ら れ な か っ た 。 術 後4週 の 膝ROMと 浸 出 液 中TGF‑betal濃 度 と の 間 に は 有 意 な 相 関 関 係 は 認 め ら れ な か っ た(r=0.021、p=0.930)。 EMMPRINは 線 維 芽 細 胞 の 筋線 維 芽 細 胞へ の 分 化 を促 進 す る と報 告 さ れ てい る 。 ま た筋 線 維 芽 細 胞 は 創 傷 治 癒 に 重要 な 役 割 を担 う と 考 えら れ て い る。 し た が ってTKA後 の 手術 的 損 傷 を 受 け た 関 節 包 と 滑 膜組 織 で 産 生さ れ たEMMPRINが 創傷 治 癒 を 促進 し た 可 能性 が あ る 。 す ぬ わ ち 、EMMPRINの 効 果 の 機 序 に 関 し て は 、創 傷 治 癒 の促 進 は 疼 痛を 緩 和 し て術 後ROM 訓 練 を 容 易 に し 、 ま た 創傷 治 癒 過 程の 完 了 は 拘縮 の 再 発 を防 止 し て 、獲 得 し たROMの 維 持 を 可 能 に し 、 そ の 結 果 と し て 術 後ROMを 増 加 さ せ た 可 能 性 が 考 え ら れ た 。 一 方 、 術 後48時 間 で の 浸 出 液 中TGF‑betalの 濃 度 と 、 術 後4週 の 膝 のROMの 問 に も 明
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らかな相関関係を認めなかった。しかしTGF−betalが、術後4週より後の関節拘縮に影響を 与える可能性があり、今後の検討を要すると考察している。
本 研究の臨床 との関連としては、TKA術後 浸出液中のEMMPRIN量の計測 によって、術後 ROM制限を起 こし易い体質を予測できる可能性が考えられる。さらに将来には、EMMPRIN、 ま た は そ の 下 流 に あ る 分 子 に 対 す る 標 的 治 療 を 開 発 で き る 可 能 性 が 示 唆 さ れ た 。 口 頭発表の後 、副査の近藤教授より、EMNMPRINの創傷治癒例の他組織 での報告につい て、EMMPRINを分泌する細胞について、組織評価の有無について、お よび変形性膝関節症 以 外の 疾患 にお けるEMMPRINの 発現 につ いて 質問 があ った 。次 いで 主査 の三 浪よ り 、 EMMPRINに着 目した理由について、筋線維芽細胞と創傷治癒との関係 について、および評 価時期決定の理由について質問があった。最後に副査の安田教授より、TGFーbetalの膝ROM との関連の発現時期について、およびヒトを対象とした臨床研究における倫理的配慮につい て質問があった。いずれに対しても申請者は、自己の研究結果と文献的考察、臨床的経験に 基づしゝて概ね妥当な回答を行った。
本 研究 はIKA後のROM制 限に 影響 を与 える 生物 学的 因子 を研究した世 界で初めての研 究 で あ り 、 術 後48時 間 の 浸 出 液 中 のEMMPRIN濃 度 とTKA後4週 で 測 定 さ れ たROMと の間に有意な正の相関があることを明ら かにし、ElvnvIPRINが術後ROM制限を起こし易い 体質を予測するマーカーになり得る可能性を示唆した。審査員一同は、これらの成果を高く 評価し、大学院過程における研鑽や取得単位なども併せ申請者が博士(医学)の学位を受ける のに十分な資格を有するものと判定した。
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