主体的学習における「主体」の問題‐新学力観における学習「主体」をめぐって‐
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(2) 次. 序 章. 問題の所在と研究の目的……… ・…. ・…. @…・…. 新学力観の生成過程…………………………・……・……. 第一章. 1. 5. 臨時教育審議会. 第一節 1. 発足の背景. 2. 社会や教育界の反応. 3. 臨時教育審議会の影響. 全国生活指導研究協議会の生活指導・. 第二節 1. 民主的集団と民主的人格形成. 2. 「学級集団づくり」論について. 第三節. …・ …・13. 新学力観の誕生…………・・・・・・・……・・…一. 1. 新学力観. 2. 学力論や学力論争の変遷. 第二章. ・一. 学習のr主体」論の言説分析…・…・・. 第一節 i. 2. 学習集団における主体 学習集団の概念形成 学習集団形成の実際. ・・… 24. ・一・…. @ 一・・・・・・…. 35.
(3) 第二節. 学習主体の「主体」………・・. ・・・・・・・・・・・・…. @. 43. 1 吉本均の学習集団 2 学習集団の指導過程とその技術 3 学習主体. 第三節. 主体的学習者一・一………. ・・・・・・・・…. 52. 1 低学力と主体性 2 学習方法訓練. 第三章. 新学力観の言説分析…・・一・…・一・. 第一節. ・… 59. 新学力観への反応. 1 教育現場の混乱 2 肯定的な反応 3 否定的な反応. 第二節. 新学力観のとらえ直し………. ・・・・・・・… 一 70. 1 新学力観からの模索 2 学校という権力装置の中で. 終章. 欲望する/行為する主体…・…. 引用文献…一…・…・・・…一_____.、_、. ・・・・・・・・・・…. ・・・・・・・・・…. @一・・. 82. 86.
(4) 序章 問題の所在と研究の目的. 序章 問題の所在と研究の目的. 平成20年3月に学習指導要領の改訂が公示された。その総則の「第1 教育課程編成 の一般方針」に,「基礎的・基本的な知識及び技能を確実に習得させ,これらを活用して課. 題を解決するために必要な思考カ,判断力,表現力その他の能力をはぐくむとともに,主 体的に学習に取り組む態度を養い,個性を生かす教育の充実に努めなければならない。」 とある。. ここに「主体的に学習に取り組む態度を養う」とあるが,学習指導要領に「主体的」と. いう言葉が出てくるのは,平成元年改訂版からである。その総則のr第1 教育課程編成 の一般方針」では,「学校の教育活動を進めるに当たっては,白ら学ぶ意欲と社会の変化に. 主体的に対応できる能力の育成の育成を図るとともに,基礎的・基本的な内容の指導を徹 底し,個性を生かす教育の充実に努めなければならない。」とある。ここでは,「主体的に 対応できる能力」という形で示されている。. また,平成10年改訂では,新たに「総合的な学習の時間」が設置され,改訂の象徴と なったが,そのねらいについて「(1)自ら課題を見付け,自ら学び,自ら考え,主体的に 判断し,よりよく問題を解決する資質や能力を育てること。」「(2)学び方やものの考え方. を身に付け,問題の解決や探求活動に主体的,創造的に取り組む態度を育て,自己の生き 方を考えることができるようにすること。」と示されている。. 以上のように見てくると,平成元年の指導要領改訂で,学習者である子どもの態度であ る「主体性」や学習するさまである「主体的」な様子が重視されるようになり,それが現 在にまで続いていることがわかる。一方,それ以前はどうかというと,どの改訂を見ても,. 「主体的」という言葉は出てこない。少なくとも,総則には示されていない。そして,昭 和43年版が「教育内容の現代化」を,昭和52年版が「ゆとりある充実した学校生活」を,. それぞれキーワードにしており,そこに学習者の主体性や主体的な学習は,取り上げられ ていないのである。. 平成元年の学習指導要領の改訂では,その実施に伴い指導要録も改訂されている。この 改訂では,それまで,相対的評価を行っていた評価を,目標に準拠した絶対的な評価に変 更した。そして,それまで到達度評価・自己内評価であった観点別評価を,その観点を活 用しながら絶対的な評価に転用した。さらに,「関心・意欲・態度」の観点を新たに用意し. 1.
(5) 序章 問題の所在と研究の目的. だ。つまり,「関心・意欲・態度」を評価の対象としたのである。このとき,象徴的に現れ るのが,r新しい学力観」,すなわちr新学力観」である。. この「新学力観」という言葉は,学習指導要録についての文部省初中教育局長「通知」. (1991年3月20目付け)において初めて登場する。そして,その学力観はr新学習指導 要領が目指す学力観」であり,当時文部省初等中等教育局小学校課教育課程企画官であっ た高岡浩二は,指導要録における評価の考え方として,上述の「第1 教育課程編成の一 般方針」の内容を改訂指導要領のねらいととらえ,そのねらいに即して評価していくこと を述べている。そして,そのねらいの中に新しい学力観があるとまとめている1)。つまり, 「第1 教育課程編成の一般方針」にある,「意欲的」「主体的」「基礎・基本」「個性重視」. などが,「新学力観」の内実だと言える。. 学習指導要領のr主体的」という言葉の現れや指導要録の継続は,平成元年の指導要領 の改訂における教育に於ける理念が,現代の教育の根底にも流れていることを意味してい る。つまり,子どもの主体的な学習活動や子どもの「関心・意欲・態度」への注意は,平 成元年の改訂が,その契機となっているのである。また,別の言い方をすれば,平成元年. の指導要領の改訂は,その後30年の日本の教育界に影響を及ぼす,それだけ大きな改訂 であったのである。. これだけ大きな教育理念の改訂が行われたのには,その背景として教育に関する社会か らの興味や関心があったことが考えられる。実際,当時の教育界には様々な問題があり,. それを解決しようとする社会的・政治的な動きがあった。それが,1984年8月21に発足 する,首相の直属語間機関である臨時教育審議会である。この審議会では,教育における 様々な問題や諸課題について審議し,3回の答申を出している。. また,この臨教審は,文部省内の審議会とは異なり,開かれた会を目指していた。それ は,委員の合意ができた問題について逐次答申したことや,ヒアリングなど広く様々な声 を聞こうとしたことからも明らかである。これは,世論を巻き込みながら,教育改革につ いて議論を進めようとしていたと言える。このことは,教育改革が社会的な関心となって いたことを示している。この臨時教育審議会の最終答申を受けて,教育課程審議会や中央 教育審議会などの審議を経て,学習指導要領が改訂されている。したがって,この臨時教 育審議会について分析することは,「新学力観」が生成される社会的,政治的な状況を分析 することになる。. ところが,このような社会的な状況があるにもかかわらず,「新学力観」以前に,子ども.
(6) 序章 問題の所在と研究の目的. の主体性や主体としての子どもを実践研究の対象としていた研究や理論がある。それは,. 大西忠治の学級集団や学習集団の理論,吉本均の学習主体や村上芳夫の主体的学習などで ある。大西忠治は,学級集団を子どもの自主的・自治的集団へと変容させていこうとして いた。また,吉本均は,学級集団とは別の学習集団を設定し,その中で子どもたちを学習 の主体者として位置づけ,自主的・自律的な学習を目指した。また,村上芳夫は,主体性 をもつ人問形成に重点を置き,学習における主体性の確立を目指す授業を展開しようとし ていた。これらは,「新学力観」が指導要録とともに展開しようとしている「主体的」や「関. 心・意欲・態度」の育成とは異なった技術を用いている。これらを批判的に分析すること で,彼らの目指していた「主体性」や「主体」を問題化することができる。そして,この 問題化と同様の手法で,「新学力観」の「主体的」や「関心・意欲・態度」について分析す ることができる。. ところで,「新学力観」が目指す「主体的」な学習や礪心・意欲・態度」への注視は, それまで政治的,あるいは政策としてなかったものである。それまでは,「知識・理解」や r技能・表現」,r思考・判断」が学習における内容であり評価の対象であった。つまり, それらが学習を通して学ぶことであり,r関心・意欲・態度」はもちろん重視するが,それ が具体的な学習内容や,評価の対象にはならなかったのである。このことは,r新学力観」 以前の様々な学力論の中にも見て取ることができる。例えば,勝田守一は,「認識の能力」. を「学力の中心」と見る。その中身から「態度」を排し,まずはぺ一パー・テスト等で計 測可能なものに限定して「学力」をとらえようとした。つまり,「関心・意欲・態度」を学 力と見なすことは,態度主義として批判されたのである。 にもかかわらず,r新学力観」では,r主体的」やr関心・意欲・態度」を学習内容とし,. 評価の対象とする。このことは,学習者の主体としての姿を変容させることを意味してい る。そして,その変容に,評価という道具を用いるのである。この道具は,成績や進学を その目的におくとき,絶大な効果を発する。そして,その効果は,学習者である子どもや 生徒を従順さへと導くのである。このように見てくると,「新学力観」が目指すものが,フ. ーコーの言う「従順な身体」を形成すること,あるいはそれを強化することと重なってく るように見える。. フーコーは,規律・訓練の権力装置によって「従順な身体」をつくり出すと述べている。. そして,その規律は,視線と処罰,それらを組み合わせた試験によって成り立つと言う。. この規律・訓練は,学校にも置き換えられることができ,学校の訓育にその技術を提供し.
(7) 序章 問題の所在と研究の目的. でいると言う。この考え方に立つと,学校自体が規律・訓練によって帷順な身体」をつ くりだす装置となっていると言える。それ以上に「主体的」や「関心・意欲・態度」まで 規律・訓練の中に含み込むということは,「従順な身体」がより強化と考えられるのである。. 「新学力観」をめぐる言説をこのフーコーの枠組みで批判的に分析することは,「新学力. 観」が意識的,あるいは無意識的に含み込む「主体」概念を分析することにつながる。ま た,上述の主体的な学習の問題化や,それぞれが含み込む「主体」概念との比較から,対 比的にあるいは反復的に「新学力観」の「主体」概念を分析することができる。 以上のように,本研究では,「新学力観」における「主体」の問題について,その生成過. 程である社会的背景を明らかにし,それまでの学力論を踏まえて,学習の「主体」論の言 説を分析しながら,「新学力観」をめぐる言説を分析していく。そうして,主体的な学習の r主体」について考察していくことが目的である。. まず,第一章では,新学力観の生成過程を,臨時教育審議会,全国生活指導研究会の学 級集団づくり,学力論学力論争の変遷について明らかにする。続く第二章では,学習「主 体」論の言説について,大西忠治の学習集団論,吉本均の学習集団と学習主体論,村上芳 夫の主体的学習者に焦点化して分析していく。. 次に第三章では,「新学力観」の言説を分析していく。ここでは,「新学力観」をつくり だした例や,それに対する教育界の反応などの言説を見ていく。そして,「新学力観」の捉 え直しと,その可能性としての新たな展望についてまとめていく。. 4.
(8) 第一章 新学力観の生成過程. 第一章 新学力観の生成過程. 第一節 臨時教育審議会 1 発足の背景 臨時教育審議会は,1984年9月5日,首相官邸で初総会を開いた。そして,中曽根首 相(当時)が「我が国における社会の変化及び文化の発展に対する教育の実現を期して各 般にわたる施策に関し必要な改革を図るための基本的方策について」諮問した。その諮問 理由には,①近年の社会の急激な変化や教育の量的拡大などが教育の在り方に影響を与え,. 様々な問題がおこっていること,②社会の一層の変化や文化の発展に対応する教育の実現 が求められていること,③教育の現状における諸課題を踏まえつつ時代の進展に対応する 教育の実現を期することなどがあげられている。. ここからは,①にあるようなさまざまな問題や,③に見られるような諸課題が教育にあ るという認識に立ち,それらを明らかにして,これからの時代の教育を樹立しようとして いることが分かる。しかし,どのような問題があったのかについては,述べられていない。. そこで,この初総会時の内閣総理大臣の挨拶から,当時の教育における問題について見て いくこととする。. 近年における校内暴力や青少年の非行等の増加,あるいは学歴を過度に重視する社会 的状況,我が国学校制度の画一的性格,国際性強化の必要性など,種々の問題が指摘 されており,現行の教育の在り方の中には,戦後四十年を経た今日,時代の推移に伴 って,適切な改革を要するものが生じてきているのではないかと考えます。1). ここから,当時の教育の問題を,「校内暴力・非行の増加」「学歴重視社会」「学校制度. の画一化」「国際化」と見ることができる。この挨拶が当時の首相のものであるというこ とを考えると,これらの教育にかんする問題意識は当時の政府の問題意識であるというこ とが言える。つまり,政府として,4つの社会的状況を問題として把握していたというこ とである。同様の問題意識を,初総会時の文部大臣の挨拶にも見られる。. 5.
(9) 第一章 新学力観の生成過程. 遺憾ながら今日の実情にお」いて,学校教育における児童生徒の能力適性が多様化して. いる実態に対する対応や,あるいは受験競争の過熱化の中でおこる偏差値による学校 の序列化など,様々な問題が生起していることを真剣に受けとめ,これらに対する適 切な対策を十分に考慮しなければならないと考える次第であります。2). ここからは,「児童生徒の多様性への対応」「受験競争による偏差値重視」などを問題視 していることが分かる。. 以上をまとめると,まず,学校教育の内部の問題として,児童生徒の問題行動の増加と 多様性の進展が,取り上げられていることがわかる。次に,学校教育制度の問題として,. 画一的な学校教育制度である。そして,学校教育を含み込む社会の問題として,受験競争 による偏差値重視や学歴重視がある。さらに,学校教育の将来への問題として,国際化や 社会の変化に対応することなどが,問題というよりは課題として取り上げられていること が分かる。. さらに,木田宏(1985)は,戦後教育の展開をまとめ,教育環境の変化から教育改革の基 本課題を示している。それは,以下の通りである。. 昭和五十年代に入って,教育改革を求める声は,一つは経済界から起こり,他の」 つは,学校や家庭における青少年の病理現象として提示された。. 経済界は,二十一世紀の日本の生きる途として,日本国民の創造性を啓発し,国際 性を溜養すべきことを求め,学校の閉鎖性を改め,画一を排して,r多様化への挑戦」 を進めるべきであるとした。. 一方において,家庭や学校は,青少年の暴力,非行,登校拒否その他,さまざまな 不適応現象に苦しみ,果ては,家庭や学校から問題児を排除するという白已矛盾の防 衛装置までとられるようになった。教育改革を求める声が,かくして国民的なものと なったのである。3). 木田が指摘している課題は,「学校が閉鎖的で画一であること」「青少年の問題行動や不. 適応現象」である。この課題は,先の政府の問題意識と重なる。例えば,学校の閉鎖性や 画一,問題行動や不適応は首相の挨拶の中にもある。このことは,政府と経済界や家庭,. 学校の問題意識が同じことを意味し,当時の教育に対する問題が社会全体でほぼ共有でき. 6.
(10) 第一章 新学力観の生成過程. るものであったことを示している。. ただ,経済界からの言説であると考えられる「日本国民の創造性や国際性」のために 「閉鎖性,画一を排除」して「多様化への挑戦」をするべきというのは,その目的と方法 との間に因果的な整合性が見られない。つまり,「閉鎖性,画一を排除」して「多様化」. すれば「創造性や国際性」が酒養されるのか,という問題である。それよりは,「創造性 や国際性を酒養」することも,「閉鎖性,画一を排除」することも,さらには「多様化」 することも,多分に経済的な理由から来たのではないかと考えられるのである。それは,. いずれの要素も経済的な利点,経済界にとっての利点を背景にしていることが明らかだか らである。. 一方,広島大学教育学部比較教育研究室(代表=沖原豊教授)で行われたデルファイ調 査からも,当時の教育問題や学校教育のあり方について報告されている。その調査の結果 から明らかとなる問題は,次の通りである。. まず,制度に対するアンケート結果から,六・三・三制に対する批判と改革の必要性か らの学制や義務教育制度に対する問題である。次に,「わが国の学校の直面する重大な問 題」では,「教師の指導力や熱意の欠如」が最も重大た問題として選ばれている。それに 次いで「教師と生徒の人間関係の欠如」,「基礎学力の不足や落ちこぼれの問題」,「受験戦. 争の激化」という順になっている。この結果について,報告者である二宮暗(1985)は,. わが国の学校が直面する重大な問題をまとめると,教師の資質,学力,入試制度が 我が国の学校の三重大問題であると言えよう。4). とまとめている。つまり,二宮は,「教育制度の問題」「教師の資質の問題」「学力の問題」. 「入試制度の問題」を有識者の問題意識として理解しているということである。. また,同じ報告者である,矢田貞行(1985)は,校内暴力について家庭,学校,制度,. 社会,子ども自身からその原因について調査した結果を報告している。その結果から教育 や学校教育に関する問題を抽出すると,まず,家庭については,「親の子育ての問題」と 「家庭崩壊や親の生活態度」の問題をあげられる。次に,学校では「教師のあり方の問題」. 制度では「入試制度」と「受験体制の問題」,社会では「社会規範の喪失」の問題などで ある。最後に,子ども自身に関しては,それ自体の問題,つまり子どもの感情コントロー ルや考え方,気持ちや発達など全てが当てはまる。. 7.
(11) 第一章 新学力観の生成過程. これらは,校内暴力という範囲内での問題意識であるが,上述の二宮の報告内容と重複 している。「教師のあり方の問題」や「入試制度と受験体制の問題」などがそうである。 したがって,これらの問題は,派生的に様々な問題を生み出していると捉えられていたこ二 とが分かる。言い換えると,これらの問題が教育問題の原因であるという認識である。. 以上の検討から,政府,経済界,家庭や学校などを巻き込む形で,教育に対する問題意 識が社会的に存在していると認識され,それらを解決すべしと教育改革へ方向づけられて いたことが分かる。ここで,以上の問題や課題を整理すると次のようになる。. 1. 児童生徒の問題行動,病理的行動の増加 2. 学校や学校制度の画一化と閉鎖性 3. 学歴社会の偏差値重視(入試制度と受験体制を含む). 4. 国際化の必要性 5. 教師の資質の低下 6. 学力の低下 7. 家庭や子どもの変容 これらは,それぞれが単独で問題化したものではないだろう。それぞれが影響し合いな がら,問題として浮かび上がってきたのである。また,これらの問題から派生的…こ他の問. 題が生起してくる。例えば,いじめや自殺の増加の問題,暗記中心の学習指導の問題,学 校の序列化の問題などである。. ここで重要なのは,これらの問題が国民的レベルまで広がり,教育改革が最重要で最優 先であるととらえられていたことである。つまり,国民的意識,国民的関心として教育や 学校教育が問題であるととらえていた社会的状況が重要なのである。このような状況であ るから,この後,国民を巻き込む形で,教育改革が展開されていくのである。. 2 社会や教育界の反応 臨時教育審議会は,中央教育審議会や教育課程審議会など,文部省内の審議会とは異な り,開かれた会を目指していた。このような臨時教育審議会自体の性格から,当時のマス コミを始め,教育関係者はもちろん経済界などからも,臨時教育審議会への提言という形 で,審議に参加していくのである。特に,早くから対決姿勢を見せていた日本教職員組合 は,現場の教師の声を背景に敏感に反応した。また,全国連合小学校長会や全目本中学校 長会などもそれぞれ独自の教育改革案を,臨時教育審議会に提示している。これらの反応.
(12) 第一章 新学力観の生成過程. を見ることで,臨時教育審議会を各分野とのようにとらえていたのかを考察できるだろう。. !985年の2月6目,臨時教育審議会は18の教育団体から教育改革についての意見を求 めた。それに先立って,1月23日に文部省も「我が国の初等中等教育」を臨目寺教育審議 会に提出した。これらの内容から,教育団体,行政の臨時教育審議会に対する反応を読み 取っていくこととする。これらの資料については,『現代教育科学』1985年4月号(No. 341),同5月号(No.342)における安達拓二(1885)の紹介に依るものである5)。. (1)文部省初等中等局見解r我が国の初等中等教育」. ここでは,戦後教育の高い水準は,憲法や教育基本法に従って展開されたと前置きをし て,今後も諸制度や施策に依りながら眼下の問題点を解決することを目指すべきだと述べ ている。そして,六つの基本原則を実現するようまとめている。その六つの基本原則は次 の通りである。. ①教育の機会均等 ②教育水準の維持向上 ③知・徳・体調和のとれた人間形成の重視. ④教育の公共性 ⑤政治的中立の確保 ⑥地方自治の尊重 この提案は,臨時教育審議会で当時審議されていた「自由化」の問題について,慎重で あることを要望しているものである。「自由化」とは,学校設立の自由や学区制限の撤廃 などである。特に,④では,学校の設立の自由に対して,「学校の公共性や継続性,安定 性が損なわれない範囲内で検討される必要がある」と反対を表明している。 (2)全国連合小学校長会の提案. 全国連合小学校長会は,①学校教育の目的,②義務教育の性格,③小学校教育の役割な どの基本的事項について明確な理念を提示することを要望している。そして,「画一化と 多様,統制と自由等の対立的な考え方については,後者を理想とせず現実の条件を考慮し て検討する」ように,改革論議があまりに急進的になることに危惧を抱いていると言える。. その上で,基礎基本の徹底,自己教育力の育成の重要性,個性や能力に応じること,国際 化の推進などを特に留意するべきだと述べている。. さらに,当面する関係事項として8点をあげている。その中でも,一つ目にあげている 「自由化」より「現行制度の中で,教育の柔軟化,弾力化を考えるべきである」や二つ目. 9.
(13) 第一章 新学力観の生成過程. の「小学校においては4月始業が適当である」などは,臨教審の「自由化」議論に対する 反対の表明と言える。. (3)日本教職員組合の反応. 安達によれば,日本教職員組合も「教育の自由」を提唱しているが,それは「子どもを 学ぶ主体とした自由でのびのびした教育」「個性の尊重」「子ども・青年と教職員の人間的. ふれあいを大事にする教育」「教職員の自主的・創造的活動」が中心的課題であって,臨 時教育審議会の「自由化」ではないと述べている。これは,臨時教育審議会に対する真っ 向からの反対する意見である。. 日本教職員組合は,臨時教育審議会に参加しないという運動方針を決定しており,今回 のヒアリング参加に対して執行部批判がおこったという。つまり,日本教職員組合は臨時 教育審議会の教育改革には与せず,独自に改革を続けていくということだと考えられる。 以上のように見てくると,いずれの団体も臨時教育審議会の教育改革論議に対しては, 慎重である。臨時教育審議会と同じ課題や問題意識を持ちながらも,現行制度の枠内で, 柔軟な対応をすることを提案している。. ここで見てきたことは,臨時教育審議会がはじまったばかり,第一回答申前の反応であ る。したがって,これから三年間継続審議されるその過程それぞれにおける反応を見てい るわけではないので,これらをもって反応の全てを読み取ったとは言えないだろう。その 過程については,最終答申が出た後の各界の反応を臨時教育審議会に対する評価としてと らえて,考察することとする。. 3 臨時教育審議会の影響 ここでは,臨時教育審議会の最終答申に対するマスコミや教育界の反応を見ていく。こ れは,臨時教育審議会がどのように社会や教育界から評価されたかという問題である。具 体的には,杉原誠四郎(1987)や香山健」(1987)の論から考察する。. ただ,その前に,臨時教育審議会の影響について,教育課程審議会の中間まとめ(1986 年10月)を考察している河野重男(1986)の論から見ていきたい。それは,この教育課程審. 議会が学習指導要領の改訂に直結し,その意味で実際の教育現場への影響が大きかったと 考えられるからである。. (1)教育課程審議会の中間のまとめから. 河野は,臨時教育審議会の第二次答申で打ち出された初等・中等教育における教育内容. 1O.
(14) 第一章 新学力観の生成過程. の改善が,今回の中間まとめに影響していると述べている6〕。特に,臨時教育審議会の 「ひろい心,すこやかな体・豊かな想像力」「自由・自律の精神と公共心の育成」「世界の. 中の日本人」が教育課程審議会の改革の重要な原則としていることをまとめ,それらが教 育課程審議会の重視したい四つの視点に反映されたと言う。. その四つの視点とは,「第一が,豊かな心をもち,たくましく生きる人間の育成を図る こと。第二に,自ら学ぶ意欲と社会の変化に主体的に対応できる能力の育成を重視するこ と。第三に,国民として必要とされる基礎的・基本的な内容を重視し,個性を生かす教育 の充実を図ること。第四として,国際理解を深め,我が国の文化と伝統を尊重する態度の 育成を重視すること。」であり,r臨時教育審議会が打ち出したカリキュラム改革について の基本方向,これと全く共通していると見ることができる」とまとめている。. この論から,臨時教育審議会で審議されたことが,そのまま教育課程審議会に具体的な 教育課程改訂に反映されたことが分かる。これは,教育現場の当の担い手である教師にと って,重要な意味をもつ。それは,新しくなり学習指導要領の教育課程が,臨時教育審議 会の影響を強く反映したものになるからである。. (2)臨時教育審議会の評価. 杉原は,臨時教育審議会の最終答中を読んで,不十分な結果であったとしても,「外圧 からの教育改革」ではなく,「一方では入試問題,いじめ問題があり,他方では二十一世 紀をめざしての転換点に立っての審議」に大きな意味があったと述べている7)。. そして,総論的な点検をする。まず,教育基本法についての解釈が,それなりの定見を 示したことを評価している。そして,メンバー構成に哲学者的な人が少なく,」面で文化 論的だったこと,世間の建前諭に引きずられたこと,教育と教育を包む社会との関係につ いて発言が少なかったことなどを批判している。. また,マスコミの反応についても述べている。さまざまな見解があるが,『毎日新聞』. の「教育の荒廃といわれる現状を変えることはできなかった」が「それでも臨時教育審議 会は無意味ではなかった。臨時教育審議会が展開した自由化諭が,教育界に与えたインパ クトは大きかった」を引用し,臨時教育審議会の「かつてない国民的な討議を呼び起こす 契機となった」ということを素直に認めようとしている。そして,結論を『産経新聞』が 述べている「臨時教育審議会の終わりを,改革の第一歩ととらえる視点を持ち続けたい」 という主張にまとめている。. つまり,マスコミの反応としては,批判は多々あるものの,三年間審議したことには意. 11.
(15) 第一章 新学力観の生成過程. 義があり,教育改革は継続すべきものという認識を持つに至っだということである。. 一方,元臨時教育審議会の委員である香山は,臨時教育審議会の三年間を自ら振り返っ て,「今次教育改革のいわば第1幕に当たるものとして位置づけられるべきものだと考え られる」という8)。これは,香山自身が「教育改革の1O年」という構想をもっていたか. らで,臨時教育審議会の3年間は,1O年の最初の3年だと言うのである。 この見方は,教育改革が短期で可能なのではなく,長期の教育改革プログラムとして認. 識すべきことを意味している。しかし,逆に考えると,臨時教育審議会が3年間ではそ れほど成果が出せなかったとも言える。そのような批判に対しては,「自由に論争する審 議会」rむしろこれまで自由な創意工夫を阻んでいた文部ご要請の諸規制を撤廃すること によって,多元的,分権的な試行錯誤を積極的に推進しようとした」と反論している。. これは,先の杉原がまとめているマスコミの反応と近い考え方である。臨時教育審議会 の当事者とそれを報じるマスコミが,臨時教育審議会の評価について,近いものをもって いるということは興味深い。臨時教育審議会の評価としては,不足や不備はあるものの意 義ある審議会であったということになる。. 一方,全国生活指導研究協議会は,完全に否定的である。宮原広司(1986)は,協議 会の機関誌である『生活指導』の1986年1月臨時増刊号で,「臨教審に抗する学校づく りを」と題して,反臨時教育審議会を述べている。そこでは,全国生活指導研究会の全国 大会における基調提案で,臨時教育審議会の教育改革を喝破したと言う。その内容は,次 の通りである。. 臨教審にもとめられている「教育改革」の課題は,たてまえのうえでは,教育荒廃 の克服にあるが,実際は「行革」が追求している「軍事・企業国家」にふさわしい教 育制度をつくりだしていくことである。9). そして,これまでの教育政策を国家主義,能力主義政策と断じ,臨時教育審議会がその ことに一言も触れようとしなかったことを批判している。そして,そのような教育改革で はない,「”教育荒廃”が一日も早く克服され,一人ひとりの子どもが,ひとしくその個性 と能力を開花させ,明日への喜びをもって成長できることを願って」,「国民の願いに直接 に責任を負って応えていける学校を」つくらなければならないとまとめている。. この論からは,臨時教育審議会の答申,すなわち教育改革には真っ向から反対している. 12.
(16) 第一章 新学力観の生成過程. ものの,「教育荒廃」については,当時の教育や学校教育のかかえる問題と等しく考えて おり,自分たちで自主的にその「教育荒廃」,すなわち問題を解決しようとしていること が分かる。つまり,臨時教育審議会とは別の方法,技術で教育改革を押し進めようとして いるのである。そこには,全国生活指導研究協議会が背負ってきた,学校教育における問 題の解決に対する自負がある。その具体的な方法や技術については,次節で見ていくこと とする。. 第二節 全国生活指導研究協議会の生活指導 1 民主的集団と民主的人格形成 全国生活指導研究協議会は,1969年の12月に発足した。その背景には,「当時文部省 が特設道徳を法律によって規制しようとした情勢のときであり,そうした反動的,観念的 な道徳教育に対する反対の意志が」あったIo)。そして,そのねらいは,全国生活指導研 究協議会の指標の最初にある,「生活指導運動を充実,発展させることによって,憲法と 教育基本法の趣旨である平和と民主主義をめざす国民教育の実現に努める。」ことである。 つまり,「生活指導運動を充実,発展させる」ことなのであるH)。. では,生活指導をどのように捉えていたのだろうか。生活指導について,『学級集団づ くり入門 第二版』では,次のように述べられている。. 生活指導は,人間の行為・行動の指導ならびに行為・行動に直接的にかかわるかぎ りにおいての認識や要求を指導することをとおして,民主的人格形成に寄与すること を主たる目的とする教育活動である。つづめていえぱ,行為,行動の指導によって民 主的人格を形成する教育活動である。12). そして,知識や技能を教授し学習させる陶冶の教育と区別して,人格を形成する訓育の 教育であると言う。ここに,生活指導と学習指導という二元論的な考え方を見ることがで きる。これは,生活指導が行為・行動への働きかけであり,学習指導が知識や技能への働 きかけであるとすることで,教育活動を分離している。しかし,人格を対象とするときに,. 二元論的にとらえて統合的で総合的な人格を形成することができるのだろうか。学習指導. 13.
(17) 第一章 新学力観の生成過程. によって陶冶されたことが人格形成に資することはないのだろうか。全国生活指導研究協 議会が,人格をどのようにとらえていたかが問題となる。. 『学級集団づくり入門 第二版』では,人格を思想と行動能力との統一されたものであ ると定義している。そして,思想も行動能力も民主的であることを前提とし,民主的思想 と民主的行動能力を統」して,民主的人格をめざそうとしていた。このとき民主的行為・. 行動が決定的に重要であると言う。その行為・行動で思想や行動能力を見ることができる からである。したがって,生活指導は,行為や行動からその思想や行動能力を評価し,そ れに働きかけて民主的人格を形成しよういうのである。. ここで問題となるのが,その思想や行動能力が民主的であるとだれが評価するのかとい うことである。また,民主的であるかないかの基準をどこに設定するのかということであ る。いずれも,教育される者の外側に存在する。外側にいて,訓育という尺度のまなざし で監視するのである。これは,フーコーの言う教育されるものを監視し,試験はないもの の評価して働きかけるという,権力装置そのものである。しかも,その権力措置は,知の 領域ではなく,行動・行為を通して思想にまで視線を向ける。そこに自主的な主体が存在 するとは考えにくい。. しかし,『学級集団づくり入門 第二版』では,そのことに次のように述べている。. しかし,もし行動が自主的でないなら,行動がもつ思想との統一力は大幅に消滅す る。行動が思想の実証となったり,思想について責任を負ったりする必要がなくなる からである。個人がどこまで自主的に行動しうるか,行動の自由を社会がどこまで保 障するかは,思想と行動能力の統一としての人格の形成にとってきわめて重要である。 13). 行動・行為する者の自主性の重要性を述べている。これは,一つの矛盾である。この矛 盾が学級集団づくりの具体的な技術にも見ることができる。それについては次節で具体的 に見ていくが,ここでは思想と行動能力の統一の前提としている民主的集団について考察 する。. 『学級集団づくり入門 第二版』では,民主的集団の中でこそ,民主的人格が形成され ると述べている。そして,それは「主人としての人格」であり,管理・運営に参加する権 限をもち,基礎的統治能力をもった人格であると言う。一方,民主的でない集団,非民主. 14.
(18) 第一章 新学力観の生成過程. 的集団については,その集団を管理・運営する権限と能力とは特定の」握りの人々によっ て独占されると言う。したがって,民主的集団では,個人がもつ基礎的統治能力で,いつ でも誰でもがその集団の管理・運営する権限をもつことができると考えているのである。. これは,民主的集団が個人とどのような関係にあるものとしてとらえているかを示して いる。民主的集団において民主的人格が形成される。そして,形成された民主的人格で集 団の管理・運営に携わるわけである。この集団が個人を規定する考え方は,社会的に個人 が構築される考え方と類似している。しかし,民主集団の中で人格が形成されるというこ とは,その形成過程に集団がどのように機能するのか,形成過程において集団が個人をど のように規定するのか,などが不明である。. また,民主的集団というのをだれが規定するのかという問題もある。集団の外にいるも の,学級集団を想定する場合の教師,が規定するのだろうか。そうであるならば,その集 団は教師の監視のもとにあるわけで,教師の権力装置として機能していることになる。あ るいは,民主的人格をもつ集団の成員なのだろうか。そうだとすると,民主的人格が形成 されなければ,民主的集団であるかどうか判断できなくなってしまう。つまり,民主的人 格が未熟な場合,民主的集団であるかどうかが判断できないのである。. しかし,この集団と個人の関係は,一つの可能性も示している。それは,集団と個人が 相互に作用しながら,民主的な集団と人格を形成していくというものである。例えば,民 主的集団でない段階の個人は民主的な人格ではなく,その集団の中でさまざまな活動や行 為をとおして,双方が民主的になっていくのである。ただ,この形成論は,発達的・発展 的な形成過程を意味しない。そのように考えると,さまざまな困難が生じることが考えら れる。実際,全国生活指導研究協議会の「班づくり,核づくり,討議づくり」では,民主 的集団の形成を「よりあい的段階」「前期的段階」「後期的段階」と発達的・発展的にとら えたため,なかなか「前期的段階」へ移行できないという問題が生じている。. また,別のところ,学級集団における指導についてで,「民主的集団とはなにか」とい う見出しで,三点にまとめてしめしている。それらを整理すると,次のようになる。5). 第一に,集団には,これを一個の単一体,統一体として,集団成員の関心と意志と 行動とを集中すべき単一の目的がなくてはならない。(略) 第二に,集団には組織と機関とが必要である。(略). 第三は規律である。規律は集団が目標に向かって合目的的な全身運動を展開する際. 15.
(19) 第一章 新学力観の生成過程. に現れる,集団のちからの形式である。14). ここでは,先の民主的人格を形成する民主的集団として,学級集団のありようをまとめ ていると言える。つまり,指導の具体的対象としての学級集団の民主的な内容を示してい るのである。これらは,先の民主的集団で民主的人格が形成されることの,より具体的な 姿が示されている。それと同時に,この姿に近づけるために教師の指導性が重要であるこ とも述べられている。そこから,さまざまな集団に対する指導の技術が生まれてくるので あるが,これらの集団の姿が指導の目的でもあるということは,この具体的な指導では,. 民主的集団を規定するのが教師であることが明確である。つまり,教師が自らの学級集団 を民主的であるかどうかを評価し,指導して,民主的集団にしていくわけである。このと き,民主的集団の外側,あるいはそれ以前に教師という絶対的存在を配置しているのであ る。ここに,教師の集団に対する権力,権威を見ることができるので牟る。 このことは,別のところで,明示されている。. このような指導は,指導者が集団自体のなかに埋没していては成立しない。その意 味では,指導は経験主義とは無縁である。指導は,集団を社会的諸関連のなかで客体 としてとらえ,それを認識と工作の対象とするものであるから,指導者が集団の一員 であるとないとにかかわらず,それは集団を超えたものとして成立してこなければな らない。いや,指導は,本来,集団を超えたもの,集団の外側のものなのである。15). 指導者である教師をr集団を超えたもの,集団の外側のもの」としており,ここに教師 の集団に対する絶対性や権力,権威を明確に配置していることがわかる。. 一方,それぞれの定義も,個人の自由を保障すると言いながら,個人の自由を限定する ものとなっていると言わざるを得ない。第一の「目的」も,個人の自由な目的の以前に集 団の,しかも「単一の」目的を設定している。特に,第三の「規律」も,その「集団のち からの形式」であり,集団がそのカを個人に行使する権力となりうる。たとえ,その規律 が民主的に決定されたものとしても,その規律には目的に応じた経済性と政治性から,権 力を個人に行使するのである。. 当然,そこでは,逸脱は認められない。逸脱に対する取り締まりも考えられる。取り締 まりがあれば何らかの処罰も生まれてくるだろう。そして,この集団の外に,あるいは以. 16.
(20) 第一章 新学力観の生成過程. 前に教師という存在がいるということは,その集団の権力は教師の権力そのものとなる。. そして,この権力には,さまざまな技術が用意されている。つまり,集団を指導する技術 である。. 2 「学級集団づくり」論について 『学級集団づくり入門 第二版』では,学級集団づくりにさまざまな技術があることを 示し,段階的・発展的に指導していくことが述べられている。それらについて,どのよう な段階を想定していたのか,どのような方法を用いてきたのかについて,検討していく。 (1)学習集団の発展段階 学習集団を①よりあい的段階,②前期的段階,③後期的段階の三段階に分け,さらに,. ②の前期的段階では,一期,二期,三期の三つに分けている。したがって,学級集団の発 展段階は五段階を想定している。それぞれについて,引用してまとめると次のようになる。. ①よりあい的段階. 集団が集団の外側のちから,主として教師の権威によって支配され,支えられてい る段階。したがって,教師の支えを失うとき,集団はバラバラな群の状態に転落する 危険を絶えず内蔵している。. ②前期的段階. 前の段階で生まれ,確かめられてきた核のちからに支えられている段階。したがっ て,この段階にいたって,集団はようやく自主的集団としての実質を獲得したと言う ことができる。. ③後期的段階. 集団の全成員のちからが集団を支えている段階。ここでは集団の要求は完全に自己 要求となり,指導と管理との統一が実現する。かくて,学級は教育的な形態における 民主的な自治集団としての実質を完全に獲得するにいたるのであるが,ただ,わが国 の現状では,このような集団の実現は部分的には今日も可能だが,それの完全な実現 はまだかなりむずかしいと言わなければならない。16). それぞれの段階を区別するのは,集団における支配がだれによるものか,という点であ る。よりあい的段階では教師に,前期的段階では集団の成員の中から現れる「核」と呼ば. 17.
(21) 第一章 新学力観の生成過程. れる者に,後期的段階は集団の全成員に,という区別である。しかし,どの段階であって も,集団の外側に指導者である教師がいるのであるから,全ての段階で集団を教師が支配 していることになる。したがって,前期的段階であっても,後期的段階であっても,学級 集団は教師の権力のもとにあることに変わりはないのである。 では,前期的段階で自主的集団と言うのは,何をもってそう呼んでいるのであろうか。. さらに,その前期的段階では,「核」による指導の質とその形態の高まりに応じて三つに 区分している。一期では班長としての「核」,二期では班長と「核」の分離,三期では指 導的「核」と行動的「核」の分離などを挙げている。つまり,班長として「核」が生まれ それが指導的な力を行使し,やがて「核」ではない班長が生まれて実質「核」が増え,増 えた「核」がそれぞれの機能に配分さ札るという過程である。 この「核」は,教師の指導を内化し,指導の実質を請け負うものとして考えられている。. そして,それを「教師の指導の集団の自己指導への転化」とよび,そこに自主的な姿を見 出しているのである。これこそ,まさにフーコーの言う従順な身体であり,他者の目を内 面化することによって,自分が自由な主体であると信じ込むことある。フーコー(1975) 次のように言う8)。. つまり可視性の領域を押しつけられ,その自体を承知するもの(つまり被拘留者) は,みずから権力による強制に責任をもち,自発的にその強制を自分自身へ働かせる。. しかもそこでは自分が同時に二役を演じる権力的関係を自分に組込んで,自分がみず からの服従強制の本源になる。17). フーコーは,監視と規律・訓練の権力装置がこのような服従する主体を形成すると述べ ているが,「核」は監視の権力装置だけでなく,監視の権力に座す教師の指導を自らに内. 化し,その指導をこれまで自分が所属していた集団に対して行使するようになる。この 「核」の主体性は,全国生活指導研究協議会では,自主的に集団を統治するものとしてと らえられているが,実質は,従順で教師に服従する主体なのである。 ただ,次の言説は,「核」の自主的な主体性について一つの可能性を示している。. やがて,集団は核的な子どもを中心にして,教師の指導の是非を意識的に問題にし, 教師の指導にたいする支持と拒否と抵抗を意識的に組織し,教師の指導をのりこえ,. 18.
(22) 第一章 新学力観の生成過程. 教師の指導に集団の自己指導を対置しはじめる。18). 「核」の指導性を教師の指導の領域にまで広げ,それに対する拒否や抵抗も許容してい るのである。これは,学級集団が教師の権力と対時し,それを乗り越えようとしているよ うに見える。その可能性は否定できないだろうが,はたしてどの程度それが可能なのだろ うか。そこまで指導性を発揮できる「核」は,既に教師と同等の権力を有しているのでは ないか。それだけに困難が想定される。つまり,「核」がそこまで指導されることは難し いのであり,したがって,前期的段階に移行することが難しいと考えられるのである。. ただ,教師を乗り越える可能性を認めることは,それを認めないこととは,教師の集団 に対する権力の質に影響するだろう。そして,教師と同等とまではいかなくても,教師の 集団に対する権威や権力にゆらぎをもたらすだろう。. (2)学級集団づくりの三側面 学級集団づくりの方法として,「班づくり」「核づくり」「討議づくり」という三つの側 面を想定している。ここでは,「班づくり」とその指導技術について考察する。. r班づくり」は,よりあい的段階では,教師が指導しやすいように編成する。そして, 前期的段階の一期では班長が班員を公開で選び,二期では班長会で非公開に編成し,三期 以降はそれを継続する。そして,このような段階的な編成には,教師の段階的な指導が考 えられているが,その中でも特徴的なのが,班競争である。これにかかわる言説を『学級 集団づくり入門 第二版』から抽出する。. まず,原則的に言えば,班の活動は他の弧との競争的なとりくみをすることを重要 なねらいとするために,学級総会で決定したこと,つまり学級の共通課題に対して, それぞれの班が共通のとりくみを開始することである。19). こうしてすべての班がそろって取り組み始めると,自然と競争が起こり,班の優劣が はっきりしてくる。その班競争と班の評価を組織的にも激化し,明らかにしていくも のが「日直」である。20). 班と弧との対立,ぶつかりあいとして導きだすのである。そのために,相手にけちを つけ,いがみあい,やつっけあうといった,いわばえげっない争いの方を実践的にだ. 19.
(23) 第一章 新学力観の生成過程. いせっにする。…こういう競争の主要な契機となるものは,のちに「討議づくり」の ところでくわしく述べるところの日直による「ビリ班」「ボロ班」一という評価である。 2i). 全ての班に共通の行動目標を設定して行動させる,すると自然と競争が起こり,優劣が 明確になる,それに対して,教師や日直が評価するという「共通の行動一競争一評価」とい. う周期の競争を,」つの技術として用いるのである。そして,班外部への視線や注意と班 内部の力の集結をめざしながら,班をつくっていくのである。. この競争は,評価が重要なカをもっていることを示している。この評価は,単に優劣を 示す評価ではなく,rビリ班」rボロ班」という班の成員の感情を刺激する評価である。こ れは,評価の域を超え,ある種の罰となっている。恥辱という罰である。班やその成員は,. この罰を受けないように競争に立ち向かうのである。したがって,この評価が集団を動か すことになり,一つの権力装置となるのである。. しかし,全国生活指導研究協議会は,そのことを認識していないのか,あるは容認して いるのか,その権力装置を有効に使用すべきだと言う。そして,その権力の行使者として,. 最初は教師,次に「日直」,そして班長,核というように転化させていくのである。それ が,「班づくり」の側面における「核づくり」の側面との関連性を踏まえた,よりあい的 段階からの発展段階だと言うのである。. このような「班づくり」が,人道的に問題があるというのではない。あるいは教育的で ないことを問題にするのでもない。このような構造が,権力装置を上手に集団に内化し,. それをずらしながら転化し,そして,だれもその権力装置に無関心になるということが問 題なのである。この「班づくり」の中にいる児童や生徒は,そのような権力や権力装置に は気づかないまま,自主的に行動している,主体的に判断していると信じ込むのである。. しかし,実際は,さまざまな権力の編み目の中に,その時々に合わせて,みずからを配置 しているに過ぎないのである。. (3)学級集団づくりの変容. 『学級集団づくり入門 第二版』以降,『生活指導』の学級集団づくりは変容をしてい く。1970年代は,学級集団づくりを具体的にどのように行うかということが中心である。 それが,!983年ごろから,非行や不登校の問題が取り上げられるようになる。それに呼 応する形で,子どもの「発達」への注意が始まる。さらに,1986,87年ごろには「核」と. 20.
(24) 第一章 新学力観の生成過程. いう言葉が消え始め,1990年からは「リーダー」に取って代わる。さらに,集団づくり は集団の自治やその指導というより,集団における共同性や共同化に重点がおかれるよう. になる。その過程で重要なのは,1990年4月に発刊された『新版 学級集団づくり入門 小学校』である。ここでは,生活指導を次のように定義している。. 生活指導とは,子どもたちが自分たちの必要と要求にもとづいて生活と学習の民主 的な共同化に取り組み,そのなかで人格的自立を追求し,社会の民主的な形成者とし ての自覚と力量を獲得していくようにはげます教師の教育活動である。22). これは,『学級集団づくり 第二版』の定義とは,大きく異なっている。ここには,民 主的人格という言葉はない。そして,『学級集団づくり 第二版』では,学習指導を陶冶,. 生活指導を訓育と区分していたものを,新版では「生活と学習の共同化」を,すなわち陶 冶と訓育の共同化を言うのである。また,行為や行動へ指導という,特にr指導」という 言葉もなく,それはrはげます」という言葉に変わっている。. ここで,重要になるのは,なぜそのように変わったのかではなく,その変容の過程をた どることである。そうすることで,全国生活指導研究協議会がとらえている自主性や主体 がどのように変容したか,あるいは変容しなかったのかを見ることができるからである。 以下に,機関誌『生活指導』の言説を取り上げながら,変容の過程を見ていくこととする。. 1970年代では,『学級集団づくり入門 第二版』の影響が強い。例えば,1972年9月号 では,前期的段階への移行を特集として取り上げ,大酒忠治が「核っくり」の問題が重要 であること述べている。そして,その中で,「核つくり」,すなわちリーダーの指導が教師 の人柄に左右されるとまで触れている。. その核つくり,特にリ」ダーの指導に関していうと,その人の,研究会なりサーク ルなりでの行動のしかた,もののいいかた,人がらを見るほうがよくわかるような気 がするのである。23). これは,強権的である。教師の指導技術を問題にするのではなく,その人の人柄を問題 にしている。つまり,教師自身も監視のまなざしに晒されることになるのである。誰に監 視されているかというと,それは大西忠治であり,全国生活指導研究協議会である。その. 21.
(25) 第一章 新学力観の生成過程. ような監視の連鎖は,既にフーコーによって指摘されている通りである。まさに,その連 鎖の中に生活指導の現場にたつ教師も配属されてしまっていたのである。. このことは,全国生活指導研究協議会が権力をもち,それを教師に行使しようとしてい ると言えるが,これは,『学級集団づくり入門 第二版』にも既に示されている。それは,. 「教師の思想の貧困は,すなわち核の思想の貧困となり,教師の実践力の弱さは,すなわ ち核の実践力の弱さとなる」24)である。つまり,この大西の言説は,既に提起しているこ. とを反復し,強調しているのである。それだけ,学級集団づくりの影響力が強いというこ とであるとともに,子どもだけでなく,教師も従順な身体として,服従する主体として見 ているということである。. このような強い影響は,大西忠治(1972−2)にもrいつまでも前期へ移行できない実践 をあまり多くみせられるからである」25〕や坂本光男(ユ981)の「子どもを管理し子どもに. 管理を教える。」rよって学級担任は,当初は『ねばり強く教えこむ』ことをしなけれぱな. らない。その教えこむ指導から,しだいにかれらの自発性にもとづく取り組みを導きだし ていくのである。」26〕などにも見られる。. また,浅野誠(1983)のr説得しきることができないために,集団づくりがうまくすす まないという状況がみられる」27〕と,子どもを説得しきることと集団づくりとについて論 じている。これも,教師のギ説得しきろうとしない」態度が問題であると述べているが,. それが教師の管理主義に対する子どもの反発を嫌がるからだと論じている。つまり,子ど もの管理に対する反発や反抗が見られるというのである。浅野は,それに屈せず「説得し きる」大切さを言うが,このころから,集団づくりに変化が見られるようになる。. それは,大西忠治(1986)のr集団づくりの新たな展開」では,rゆるやかな集団づく り」を主張している28)ことからも理解できる。これは,子どもが「ゆるやかさ・やわら. かさ」を求めていることに立って,新たな集団づくりをしようというのである。このこと は,子どもたちが従来の競争し評価し合い厳しく集団に所属することを拒み始めたことを 示唆している。そして,それは子どもたちが主体として集団から脱出したのではなく,あ くまでも集団の中にいながら,その主体性を弱くしていると見ているのである。. そして,r班づくり」はよりあい的段階の検討にもどる。そこでは,rいったい何のため の班なのか,何のための核の指導なのか,何のための討議なのか,それを問いなおす意味 がよりあいの思想であるといいたかったからである」29)と大西忠治(1986−2)が言うよう. に,学級集団づくりそのものを見直そうとするのである。これに呼応して竹内常一(1987). 22.
(26) 第一章 新学力観の生成過程. の「班とは何か」という論文や家本芳郎(1988)の「前期的段階の再検討を」のように, 次々と学級集団づくりの理論を見直そうとしている。. その背景には,r集団ぎらい」やrリーダーぎらい」が子どもの申から出てきたからと 論じられているが,この年代は臨時教育審議会が開かれている時期でもあり,集団主義的 な教育の画」化や没個性などが批判されていたこととの関連も容易に想像がっく。しかし,. 大切なことは,この学級集団づくりの見直しを通しても主体それ自体の自主的,自治的な 問題はさほど取り上げられていないことである。それよりは,主体の発達的課題や問題,. 主体間のっながりやその質の変化などからの見直しであり,『学級集団づくり入門 第二 版』のときから変わっていないのである。あるいは,個人が多様化しすぎて,集団の主体 というひとくくりで考えられなくなったとも言える。. 1990年から『新版 学級集団づくり 小学校』の影響からか,r共同性」という言葉が 見られるようになる。例えば,浅野誠(!990)は「教師と子どもとの共同性の追求と指導」. について論じている。この中で,浅野は,指導に権力性を認めている。それは,次の通り である。. 権力関係の存在を把握し,自分の実践のどういう部分が権力性を帯びているのかを自 覚した上で,権力性の強い実戦傾向からの脱却をはかり,(中略)権力関係をくみか え,共同性にもとづく民主的な権力関係,つまり自治へとくみかえる努力が必要であ る。ω. この論では,集団づくりの指導に権力性をみとめ,それを非民主的な権力関係から民主 的な権力関係にくみかえることを述べている。これは,民主的集団が,民主的な権力関係 にある集団であることを宣言している。ただ,共同性を集団づくりにおける教師の指導性 の権力や権威と対時させ,そこに依拠させようとしていることは,その論自体に矛盾を孕 む結果となっている。なぜなら,その共同性の中にこそ,教師の指導を媒介に権力や権威 が内在するからである。さらに,「指導は相手を支配・従属させることではない」と言い,. 集団づくりにおける権力やその装置,あるいはそこで見られた従順な身体には触れられて いないのである。. そして,1990年には「核」という言葉が「リ』ダー」という言葉に取って代わられる。. 竹内常一(1990)の「リーダーシップとフォロアーシップ」の論文や高橋廉(1990)の. 23.
(27) 第一章 新学力観の生成過程. 「班長会・リーダーの自主的活動を育てる」などがそうである。また,坂本光男(1992). は「知的なちからを育てる集団づくり」と自治的な集団づくりそのものへの認識を具体的 に提案している。さらに,照本祥敬(1995)の「現代生活指導と『集団づくり』像の再構 築」では,遠藤芳信の「生活指導の解体と集団づくりの放棄のなかで」という論文に反論 しているが,その中で「生活指導の解体と集団づくりの放棄」という枠組みをいくらかで も支持する一定の状況が,全国生活指導研究協議会の会員内・外にあると判断している。. これは,生活指導や集団づくりというのが,ある程度終結したという教育界の判断があっ たことを示している。実際,これ以降r集団づくり」という言葉は減少の一途をたどるの である。. 以上のように見てきたが,「集団づくり」における主体性や自主性は,1970年代とは大 きく変容していないことが明らかとなった。多少のとらえ方の変容はある。権力性を認め たり,主体の弱さを理解したり,集団内の主体同士の関係に着目しようとしたりなどがそ れらである。しかし,そこでは,これまで検討してきた権力装置に対する認識や,そこで 従属したり服従したりする集団や個人の主体性までは論じられていない。論じられないま ま,r学級集団づくり」はひとまず沈静化していくのである。. 第三節 新学力観の誕生 1 新学力観 臨時教育審議会の答申を受けて,教育課程審議会,中央教育審議会などの審議会を経て三 平成元年度版学習指導要領が公示される。その改訂を受ける形で,評価の改訂が行われ,. 指導要録の改訂において,「新しい学力観」すなわち「新学力観」が登場する。その経緯 について高岡浩二(1991)は,. 文部省では,平成二年一月から小・中学校の指導要録の改訂について検討を進めて きたが,このほど新しい様式等を定め,平成三年三月二十日付けで,都道府県教育委 員会等に通知した。小・中学校において用いられてきた指導要録は,昭和五十五年の 文部省通知に基づいて定められたものであるから,十一年ぶりの改訂ということにな る。3’). 24.
(28) 第一章 新学力観の生成過程. この,平成三年,すなわち1991年の3月の文部省通知の中に,「新しい学力観」という 考え方が示されている。そして,その「新学力観」に即して評価も新しくしなければなら ないと,高岡(1991)は言う。つまり,「各教科等の評価については,新学習指導要領が 目指す学力観の過程や成果に立つ学習指導が十分に評価できるようにする必要がある」と 述べているのである32)。. では,その新しい評価はどのようなものであったのか。高岡(1991)の論文から整理す ると,次のようになる。. ・各教科の目標の実現状況を評価する観点別学習状況を各教科の評価の基本に据え ることとしている。. ・各教科の評価については,これまでは相対評価を中心にした評定が主流を占める 傾向がみられたが,今回は評定は観点別学習状況を補充するものとして位置づけ, 絶対評価を重視することとした ・各教科とも評価の観点は,「関心・意欲・態度」,「思考・判断」,「技能・表現(又. は技能)」及びr知識・理解」の四項目により構成し,その示し方もこの順序によ ることとしている。. ・各教科の評定については児童生徒の発達段階の特性や学習の実態に適合するよう 改めることとしている。す往わち,小学校については,低学年では廃止し,中・高 学年では五段階から三段階に改めている。. ・特別活動については,学級活動,児童(生徒)会活動,クラブ活動及び学校行事 の各内容ごとに評価の趣旨を示し,児童生徒の活動状況をきめ細かく把握できるよ うにしている。. ・各教科,特別活動及び行動の所見においては,個性を生かす教育に役立てる観点 から,児童生徒の個人として優れている点,学習に対する意欲や態度,学習におけ る進歩の状況など,児童生徒の長所を取り上げることが基本となるように改めてい る。. まとめると,①観点別に絶対評価で評価する,②観点は「関心・意欲・態度」「思考・ 判断」「表現・技能」「知識・理解」の4つであり,その順に示されている,③評定は中・. 25.
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