第三章 新学力観の言説分析
第一節 新学力観への反応
1 教育現場の混乱
新学力観が文部省から通知という形で示されてから,教育界ではさまざまな反応が見ら れた。当然,この通知をした側,すなわち新学力観の概念を形成した側は,肯定的な反応 を,というよりは新学力観の意義や価値の説明を展開した。それは,すでに見てきた通り であり,その新学力観の問題点も明らかにしてきた。こ二こでは,当時の教育界における反 応を見ながら,新学力観がどのように受け止められ,その後の教育に展開されていったの かということを見ていく。
新学力観を形成した側は,当然肯定的であるが,さらに説明,説得を重ねている。それ は,学習の仕方や学習活動に重点をおいていることについての付加的説明であり,新学力 観と同時に誕生した新教科である生活科にかかわる言説である。また,これらと同様に肯 定的にとらえる言説が見られる。それは,吉本均の学習主体である。学習主体自体が学習 者の主体を重視する考え方であったので,新学力観がめざす主体性歓迎されるのは,ある 意味当然である。
しかし,一方で,批判的な反応も多い。そして,この批判的な反応は大きく二種類に分 かれる。その一つは,批判的にとらえてそれに対抗する自らの学力観や学習観を形づくろ
うとする言説である。もう」方は,批判的にとらえるが教育現場の実情や実態に即してと らえなおし,積極的に展開しようとする言説である。前者で代表的なのは,全国生活指導 研究協議会のスタンスである。
このような,教育界の混乱とも呼べる状況に,教育現場の混乱を示す言説が多く見られ る。例えば,『現代教育科学』では1993年の8月号で,新学力観について特集が組まれ,
さまざまな立場から,新学力観について述べられている。その中で,安藤豊は次のように 現場の様子を報告している。
聞くところによると,ある研究指定校では,子どもを「できる子」「普通の学力の子」
「学資力が劣る子」の三つに分け,それぞれに到達点を設定し,「個に応じた教育」で
あるとしているという。また,「指導しないほうがよいといわれるが,黙っていてもこ どもは育つのか」等の五○年ほど前にもいわれていたらしい疑問が表明されることが あると聞く。「関心・意欲・態度」を測る市販テストまで出回っているらしい。1)
「聞くところによると」であるからどれだけ正確か判断できないが,このような話があ るということ自体,新学力観の「個性化」,「主体性重視」を現場がさまざまにとらえ,混 乱していることがわかる。この安藤は,新学力観に賛成の立場を示している。その上で,
性急に変革しようと混乱するのではなく,授業をまるごと変えるためにじっくりと発想し ようとまとめている。
これは,現場の性急な態度に対する危倶である。というよりは,性急な態度が生み出す 誤解や形式化への危惧である。言い換えると,当時の現場は,誤解や形式化が進もうとし ていたと言える。
同様に,現場の混乱を示しているのが,山下政俊(1994)である。
今,小中学校の現場では「新学力観のスローガンで一日が始まり,新学力観の評価 で」日が終わる」「子どもの言葉を聞かない日はあっても,新学力観の言葉を聞かない
日はない」といわれるぐらいに,新学力観は多大な影響を現場に与えている。(略)
しかし,学校現場では新学力観は,大きな戸惑いをもって受けとめられているのが,
実情といえよう。2)
ここで明らかなように,新学力観の影響は大きく,学校現場にはr大きな戸惑い」をも たらした。その理由として,山下は,「わが国のこれまでの学校と教育のあり方を根本的に 変革する強い指向性」をもっているからだと言う。つまり,この強い指向性に対して学校 現場が敏感に反応し,戸惑いが生じているという判断なのである。
この1年の間にも,新学力観が学校現場に広がっていったことは容易に想像できる。そ して,その際に,新学力観が何を示しているのか,その目的や方法が明確でないから,学 校現場が戸惑っていると言い,それらを明確にしていく必要があると論じている。
この言説からは,山下自身が,新学力観を「変革する強い指向性」をもつものだと考え ていることがわかる。それを現場の混乱に照らし合わせているのである。しかし,現場の 混乱がや戸惑いが本当にそれほど大きなものであったのだろうか。それに相反するような
言説が先の特集に見ることができる。それは,野口芳宏(1993)であり,次のように言う。
事が教育,それも初等中等教育,いわば基礎学力形成期の学校である。白が黒にと いうような変化があるわけではない。「変わった」というよりは「変わりそう」「変わ
りつつある」という言い方の方が当たっているだろう。3〕
そして,変わりつつあるものとして,「①知から情へ,そして意へ」「②量から質へ」「③ 教え上手から育て上手へ」の三つについてまとめている。そして,変わらぬ部分として,
「①教師の力量への期待」「②教師の指導性の発揮」「③子どもを弓1きつける授業技術」の 三つも挙げている。ただ,この変わらぬ部分は,これから変えていかなければならない部 分としてではなく,不易の部分として示している。それが,教師の力量と指導性,授業技 術であるというのは,技術中心主義を背景として,教師の力量・指導性を見ようとしてい ることがわかる。この技術中心主義は,法具1」化運動として広がっていく。
次に,有田和正(1993)は,これまでも心ある教師は子どもの「関心・意欲」を大切に してきたと述べた後,当時の学校現場の様子を次のように報告している。
あちこちの研究会のテーマに,「新学力観」がかかげられるようになり,講演会の主 催者挨拶にも必ず「新学力観うんぬん」の言葉が入っている。
何とかして指導のあり方を変えようという意気込みである。
授業の導入に今までより以上に力を入れるようになってきている。(中略)
しかし,教師中心のr教え込み」の授業は,依然として存在している。教師中心で なくてはr授業ではない」という考えの教師も健在である。4)
やはりここでも変革を意識してめざしながらも,どのように変革すればいいのかという 教育現場の戸惑いを読み取ることができる。そして,もう少し時間がたてば,授業も変わ ってくるのではないかと楽観的に見ている。この「あちこちの研究会のテーマに」「新学力 観」がかかげられるということは,それだけ当時の教育現場の関心が新学力観に志向して
いたことがわかる。
ただ,「指導のあり方」をどのように変えようとするのかという問題が生じる。「指導の あり方」を問題化していること自体,教師の指導性を主たる問題ととらえているといえる。
それは,「授業の導入」の工夫をその一つとして挙げており,導入の主体である教師の工夫 のみを問題化しようとしていることからもわかる。
以上のように教育現場の戸惑いや混乱を見てきたが,そこには,当然であるが,新学力 観を否定的にとらえる混乱と肯定的にとらえる混乱があったと考えられる。それらが,混 在しながら,新学力観が学校現場に浸透していく。その浸透の過程は,何らかの解決をも たらした浸透であったとは言い難いのではないか。それが,次の指導要領改訂の「総合的 な学習の時間」の新設の混乱,さらに「英語活動」や学力低下からの「学習内容と授業時 数の増加」による混乱と,混乱を重ねながら浸透していったのではないか。
さらに,そのような混乱が,さまざまな言説を導き出し,一つの大きな教育的な運動で ある法則化運動が広がっていったと考えるのは間違いだろうか。実際,混乱した学校現場 の教師は,具体的な方法や技術を探し求める。ちょうどそんなときに具体的で,ある程度 効果的な技術があれば,それに飛びつくのも理解できる。新学力観が学校現場の混乱や不 安から,もちろん他の仮説も考えられるが,教師を手近な技術に走らせたという一つの仮 説として成立するのではないだろうか。
2 肯定的な反応
北俊夫(1993)は,学習活動の多様性について論じている中で,新しい学力観によって,
子どもの学習活動のあり方が間い直されていると述べている。そして,「従来主流となって いた学習活動の傾向」を示し,rr矢口識・技能」習得型の学習活動からの脱却」,r学習活動 は子ども自らがつくっていくもの」と論を展開していく。最後に,次のようにまとめる。
しかし,ここで重要なことは,子どもが教材にどのようにかかわっていくかというこ とである。このかかわりが,子どもの学習活動である。子ども一人一人が,教材に主 体的にかかわりながら,自らの学習活動を組み立てていくようにすることが大切であ
る。5)
北が当時文部省初等中等教育局教科調査官であったことから,新学力観を肯定するのは 当然である。この「教材に主体的にかかわる」ということが新学力観に立った学習活動で あるというのは,教材を誰が用意するのかということにおいて,その主体性のとらえ方が 違ってくる。ここで,北は,教材の重要性を説きながら,「子どもが意欲的に食いっ」く数