中学校数学におけるボトムアップ的学習指導に関する研究
96
0
0
全文
(2) はじめに 筆者は中学校の現場で9年間数学を教えてきた。教職について間もないころは, 少しでも分かりやすい授業をしようと,丁寧な説明を繰り返した。しかし,その説明 をなかなか理解できない生徒が,結果的に与えられた公式や問題の解決方法を暗記す ることに専念するという姿を多く見かけた。その後,自分の指導を反省し,生徒に意 味理解を伴った知識を獲得させることを目指して,教師の説明が中心ではなく,生徒 のアイデアを生かした学習指導を実践することを心掛けた。しかし,公式や問題の解 決方法を暗記することに必死になる生徒は一向に減らず,そういった生徒たちからは 「数学はおもしろくない」という声を聞いた。今振り返ってみると,こちらが意図す る内容を数学が得意な生徒に発表させるだけということも少なくなく,生徒の既有知 識と獲得させたい知識とを結び付けて,新たな知識を獲得させる配慮が欠けていたよ うに思う。このような授業を改善し,生徒に数学の楽しさを味わわせたいという思い は,筆者を含めた多くの中学校の数学教師の願いであろう。このような学習指導を改 善し,意味一理解を伴った数学的知識を獲得させるためには,多くの生徒にとって理解. が容易な生徒の素朴なアイデアを重視し,それをもとに知識を獲得させる学習指導が 有効ではないかと考えた。. 本研究は,オランダのブロイデシタール研究所において,研究が進められている現 実的数学教育(Rea1istic Mathematics瓦ducati㎝)の理論を参考にして,生徒の素朴. なアイデアを生かした学習指導について考察する。本研究では,生徒の素朴なアイデ アをインフォーマルな知識二推論として特徴づけ,それらを生かした学習指導をボト ムアップ的学習指導と捉え,その在り方について探っていくことにする。. 2009年12月 草深 豊.
(3) 目. 次. はじめに. 第1章 中学校数学の学習指導の現状と本研究の目的・・・・・・・・…. 1. 第1節 中学校数学の学習指導の現状と目標・・・・・・・・・・・…. 2. 1.中学校数学の学習指導の現状 2.新学習指導要領における中学校数学科の目標. 第2節 本研究の目的と本論文の構成・・・・・・・・・・・・・・…. 10. 1.本研究の目的 2、本論文の構成. 第2章 現実的数学教育(Rea1istic Mathematics Educati㎝)・・・・・… 12. 第1節ボトムアップ・アプローチとトップダウン・アプローチ・・… 13 1.トップダウン・アプローチ 2.ボトムアップ・アプローチ 第2節 現実的数学教育(Rea1istic Mathematic睾Educati㎝)・・・・・… 18. 1.現実的数学教育の概要 2.現実的数学教育の原理. 第3章 ボトムアップ的学習指導・・・・・・・・・・・・・・・… 第1節 ボトムアップ的学習指導・・・・・・・・・・・・・・・・…. H24 25. 1 インフォーマルな知識・推論 2 ボトムアップ的学習指導の捉え 第2節 ボトムアップ的学習指導の設計・・・・・・・・・・・・・…. 30. 1 問題場面め設定 2 学習水準の移行 第3節 ボトムアップ的学習指導の具体例と意義・・・・・・・・・… 1 文字式の展開におけるボトムアップ的学習指導 2 一ボトムアップ的学習指導の意義. 35.
(4) 第4節. ボトムアップ的学習指導の実際・・・・・・・・・・・・・…. 1.. 方程式の利用に関するボトムアップ的学習指導. 2.. 一次関数のグラフの傾きに関するボトムアップ的学習指導. 3.. 三角形の合同条件に関するボトムアップ的学習指導. 45. 第4章 文字式の導入におけるボトムアップ的学習指導の実践・・・・… 61 第1節 文字式の学習指導における課題と改善策・・・・・・・・・… 62 第2節 問題解決の文脈における文字式の導入に関する先行研究・・… 65 第3節 事前調査・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・…. 71. 1、調査の目的と方法 2.調査の結果と考察. 第4節 授業実践・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・… 75 ユ.授業実践の目的と展開. 2.授業実践の考察. 第5章 本研究のまとめと今後の課題・・・・・・・・・・・・・・・… 81 第1節 本研究のまとめ・・・・・・・・・・・・・・・・・・…. 一82. 1 各章のまとめ 2 全体的なまとめ. 第2節 今後の課題・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・… 86 1 ボトムアップ的学習指導の意義について 2 数学的知識と不整合なインフォーマルな知識の利用. おわりに・・・・・・・・・・・・・…. ’・・・・・・・・・・・…. 引用・参考文献・・・・・・・・・・・…. 88. ..............8g.
(5) 第1章 中学校数学の学習指導の現状と本研究の目的 本章では,まず,中学校数学の学習指導の現状を学習指導に関する調査をもとに述 べる。その現状から明らかになった課題を改善するために’生徒の素朴なアイデアを 生かした授業の必要性を述べる。そして,生徒のアイデアを生かすことについて,新 学習指導要領の目標と絡めて述べる。それら踏まえて,本研究の目的と本論文の構成 について述べる。. 本章の構成は,以下の通りである。. 第1節. 中学校数学の学習指導の現状と目標. 1.. 中学校数学の学習指導の現状. 2.. 新学習指導要領における中学校数学科の目標. 第2節. 本研究の目的と本論文の構成. 1.. 本研究の目的. 2.. 本論文の構成. ・1一.
(6) 第1節 中学校数学の学習指導の現状と目標 1.中学校数学の学習指導の現状 中学校の数学の授業では,どのような学習指導が行われているのであろうか。日本 数学教育学会・数学意識調査委員会(2009)は,中学校の教員を対象として指導方法. に関するアンケートを実施した。表1−1,I−2は,それぞれr始めに先生が重要なと ころを説明した後,問題を解かせる問題演習的な授業」という指導方法に対する評価 と実施状況についての回答を集計したものである。. 表1−1指導方法に対する評価. 表1−2 指導方法の実施状況. とてもよい方法だ. 18.9%. いつも行う. 12.2%. まあまあよい方法だ. 41.9%. しばしば行う. 40.5%. あまりよい方法でない. 25,7%. たまに行う. 28,4%. 全くよい方法でない. 4,1%. 全く行わない. 無答. 9.5%. 無答. 8.1%. 10.8%. (日本数学教育学会・数学意識調査委員会,2009,p.50). この指導方法は,教師が重要なところを生徒に説明することから始まるとされてい る。重要なところという表現があいまいではあるが,その後問題演習を行うというこ とから考えれば,問題演習に使われる数学的知識を指していると考えられる。つまり,. この学習指導では,教師が生徒に数学的知識を伝達することから始まる。そして,そ の後,伝達した数学的知識を定着させることを目的とした問題演習が行われる。この ような学習指導に対して,「とてもよい方法だ」「まあまあよい方法だ」と回答した 教師の書1j合を合わせると60.8%であり,rいつも行う」rしばしば行う」と回答した 教師の割合を合わせると52.7%であることがわかる。この結果から,教師が生徒に数 学的知識を伝達し,その後定着をねらって問題演習をさせるという授業を肯定的に捉 えたり,実践したりしている教師は少なくないと言える。このような教師の説明によ って数学的知識を伝達する学習指導は問題はないのであろうか。このことに関して, 根本(2004)は次のように指摘している。. 「数学的知識や概念は丁寧に説明しさえすれば,教師の思う通りに理解してもら. 一2一.
(7) えるというものでは必ずしもない。また,数学的知識や概念は抽象度が高いだけ に,その伝達が,生徒の知識獲得を推進する活動を保障するものとは限らないこ とを再確認する必要がある。数学的概念や価値(よさ)の認識にかかわる内容で は一層の注意が必要である。」(p.379). この指摘と同様に,筆者も教師の説明によって生徒に数学的知識を与える学習指導 は,数学的知識を獲得させたり,数学のよさを実感させたりすることに対して不十分 であると考える。こうした教師の説明による数学的知識の獲得の困難性は,前述の数. 学意識調査委員会が,高等学校1年生を対象にして行った中学校での数学学習を振 り返って回答するアンケート調査の結果にも現れている。この調査では,調査校を進 学状況をもとに以下の3つのグループに分けて集計が行われている。. グループA:大多数の生徒がセンター試験を受験 グループB:半数前後の生徒がセンター試験を受験 グループC:センター試験の受験者が少ない普通科高校や普通科以外の高校 表1−3は,r先生の話を聞いていると数学がわかるか」という質問に対してrはい」,. 「いいえ」,「どちらともいえない」のいずれかに回答した生徒の割合をまとめたも のである。. 表1−3 教師の説明による教学の理解. 先生の話を聞いていると数学がわかる 据籠鎌冊 繕舘. 、’}. 鰍鰍螂醐㎝. 11111. 11萎11萎11. 吐=:=撚. ゙11萎≡1. 1萎. :1字 .・一. g・’・.. 榊w蒜=篶1:.. @. 徽描. @. 朴ん.・圭. @ 萱=蝋華. @. 国グルーブA. Y田 35.㎝. ■グルーブ8. 28.δZ. 1コグルーブC. 22,3Z. ■討. NO OTl.{三R 20、跳 何1% 24.3% 29.1%. 47.3% 48,6%. (日本数学教育学会,2008,p.94). 一3一.
(8) いずれのグル」プにおいても教師の話を聞くことで数学がわかると答えた生徒の割. 合は高くない。この結果が示すように,教師の説明だけでは,数学的知識を理解を伴 って獲得させることは困難なのである。そのため,前述したような教師が数学的知識 を伝達して問題演習を行わせる授業では,教師の説明後に問題演習を課すことによっ て,数学的知識の定着を促進することをねらっていると考えられる。しかし,このよ うな学習指導では,数学的知識が形成されるプロセスは重視されず,与えられた知識 を適用することに焦点が当てられているため,生徒が意味を理解せずに教師から与え られる公式や解法などを暗記することを助長するおそれがあると考える。. 表1−4は,平成21年度全国学力・学習状況調査で中学3年生を対象に実施された アンケート調査の「数学の授業で公式やきまりを習うとき,その根拠を理解するよう にしていますか」という質問に対する結果である。. 表1−4 公式やきまりの根拠の理解に対する回答 当てはまる. 28.5%. どちらかといえば当てはまる. 37.3%. どちらかといえば当てはまらない. 24.4%. 当てはまらない. 9.1%. 無回答. O.6%. (文部科学省,国立教育政策研究所,2009,p.38). 「どちらかといえば当てはまらない」「当てはまらない」と回答した生徒を合わせる. と33.5%である。この結果から,約3分の1の生徒は,公式やきまりを習う際に, その根拠を理解しようとはしていないことがわか」る。このような生徒たちは,公式や きまりを意味理解せずに,.単に暗記しようとする傾向にあると考えられる。このよう. な意味理解を伴わず数学的事実を記憶することに関して,根本(2004)は次のように 指摘している。. 「計算アルゴリズムの理解や結果としての数学的事実,すなわち原理・法則とか 公式を記憶することは大切である。ただし,これが優先されると,こうした事実 を支える豊かな概念が切り捨てられ,柔軟性を欠いた極めて表層的で単調な理解 になる。ともすると,一方的に押しつける指導に牟りがちで,次第に生徒の思考 様式まで固定化してしまうことが心配される。」(p.376). 一4一.
(9) このことから,単なる数学的事実の暗記ではなく,こうした数学的事実を支える概 念を理解しながら,意味理解を伴.った数学的知識として獲得させることが重要である. と言える。では,意味理解を伴った数学的知識を獲得させるには,どのような学習指 導が必要なのだろうか。子どもたちの知識の獲得について,根本(2004)は,次のよ うに述べている。. 「子どもは教えられた通りにやるというよりも,既得知識構造で意味付けをしな がら新たな知識を獲得していく存在である。」(p.392). また,中原(1994)は,次のように述べている。. 「子供たちには,教師からの伝達だけによっては,意味を伴う数学的知識を獲得 させることはできないこと,ま走,子供たちは隠された数学的知識を発見してい るというよりも,子供たちなりに自らの数学的知識を構成していると捉える方が 適切である」(p.9). これらの指摘からわかるように,生徒は自分が既に獲得している知識をもとにして, 生徒たち自身によって意味付けしながら知識を獲得していくと考えられる。そのため,. 意味理解を伴った知識を獲得させるためには,完成された数学的知識を教師が生徒に 一方的に与える学習指導ではなく,生徒自身が獲得している知識をもとにして自発的 に創出するアイデアを重視した学習指導が必要であると考える。さらに,より多くの 生徒に対して意味理解を伴って展開される学習指導を行うためには,生徒にとって理 解が容易な素朴なアイデアを重視し,それらを生かした学習指導を行うことが有効で あると考える。. それでは,素朴なアイデアを生かした学習指導は,どの程度実施されているのであ. ろうか。次頁の表1・5は,国立教育政策研究所が実施した平成15年度小・中学校教 育課程実施状況調査の教師に対するアンケートの結果である。. 一5一.
(10) 表1−5 考えを発表したり,話し合ったりする授業の実施状況 設闘2. (12)策重(生徒)が,いろいろな考え方を発表したり,姦し合ったりする綬繋を行っていま. すか。. 重金校1. 締っている方. 底醤械湶. @ 養 人数. 教 諏. どちらかといえ どちらかとも、え Pま行っている ホ行っていな. @ 方だ 翻含 i嵩). 人数. @も、方だ 翻舎 i駕). 人数. 翻密 i箆). 行っていない. 入数. 544. 24ε. 13−6. 苅. 2μ. 953. 54.3. 289. 満.5. 扱フ. 6?3. 燃3. 5銚. 3棚. 幸螂. 12.6. 脳O. 猫.{. 呂4婁. 繊2. η1. 11.3. 鑓フ. 555. 36、フ. 鱗学年. 3θ.?. 繁6肇察. 郷1. 繁1挙緯. 224. 鍬挙壕 窮3箏隼. 4鮎. 金稼. @方だ. 95フ. 541. 無團審. その艦. 割合. 割合. 人数. i笛). o,9. o. 孤。. 2. 1.4. o. α0. ?1. 令?. θ. αo. 89. 紋3. ④. ao. o. 似。. 95. 能. 翻合. 人数. 人数. 譲合 i篤). 1⑪Gゆ. ?. 旺4 O−5. 1フ艶 1㈱織. 2. α…. 1,5鴻. {oo坦. 説. 1,鋤?. 言。⑪苅. α2. 1.51…. 10段⑪. 1.フ釣. (国立教育政策研究所教育課程研究センター,2004,p.44). この設問は,生徒にいろいろな考え方を発表させたり,話し合わせたりすることに 焦点が当てられているため,教師の説明が中心の授業ではなく,生徒のアイデアを生 かした授業がどの程度行われているのかを調べる指標となると考える。結果は,「行. っている方だ」と答えた中学校の教師の割合が15%弱であり,「どちらかといえば 行っている方だ」と回答した中学校の教師の書1」合を合わせても60%弱であり,発表 や話し合いを通して生徒のアイデアを生かす指導が,十分に実施されているとは言い 難い状況である。. また,この結果を見ると,学年が進むにつれて,生徒が考えを発表したり,話し合 ったりする授業を行う割合が減少していることがわかる。中学校での授業では,学年 が進むにつれて授業での生徒の挙手が減り,次第に数学が得意な生徒だけが考えを発 表することが多くなっていく。このことが,実施している割合が,学年が進むにつれ て減少している1つの要因ではないかと推測する。 また,「行っている方だ」「どちらかといえば行っている方だ」という回答に該当 する授業に対しても考慮しなければいけないことがある。それは,生徒のどのような アイデアが発表されているのかということである。筆者自身の中学校での指導経験や 他の教師による授業を参観した経験から言えることであるが,上述したような発表の 主体となる数学が得意な生徒が発するアイデアは,教師が生徒に獲得させることを期 待する数学的知識に近いアイデアであることが少なくない。つまり,一見すると生徒 にアイデアを発表させ,生徒自身のアイデアを生かした授業であっても,実際には,. 一6一.
(11) 教師の意図する数学的知識を生徒が代弁するがごとく発表し,それをもとにして展開 するような授業が少なくないのである。このことから,前述のアンケ」トに肯定的に 回答したとしても,生徒の素朴なアイデアが生かされているかは疑問であると言える。. こうしたことから,中学校数学の学習指導は,生徒の素朴なアイデアが十分に生かさ れているとは言い難い状況であると考える。. 前述したように,このような学習指導における現状は,生徒たちを意味を理解する ことなく結果として表れる公式や解法手続きのみを暗記することへと導いてしまうお それがある。このような問題点を改善するためには,初めから抽象的な数学の内容に 焦点を当てるのではなく,生徒によって自然に考え出される素朴なアイデアを一層重 視し,より多くの生徒に対して意味理解を伴って展開される学習指導を行う必要があ ると考える。. ・7一.
(12) 2.新学習指導要領における中学校数学科の目標 2008年に改訂された新学習指導要領では,中学校数学科の目標に「数学的活動を 通して」という記述が加えられた。学習指導要領解説によれば,数学的活動は,「生 徒が日的意識をもって主体的に取り組む数学にかかわりのある様々な営み」(文部科 学省,2008b,p.17)を意味しており,基礎的・基本的な知識及び技能を確実に身に付. けさせたり,数学を学ぶことの楽しさや意義を実感させたりするために重要な役割を 果たすものと考えられている。そして,数学的活動には,試行錯誤や操作などの活動 も含まれ得るが,教師の説明中心の学習や単なる計算練習などは含まれないとしてい る。つまり,新学習指導要領においても,中学校数学科においては,試行錯誤などの 素朴なアイデアをもとにした活動を含む生徒の主体的な取り組みを重視した学習指導 が求められているのである。. そして,数学的活動を通して,数量や図形などについて実感を伴って理解させるこ とが求められて・いる(文部科学省,2008b)。前項で述べたように,生徒の素朴なアイ. デアをもとにして意味づけながら数学的知識を獲得させることが,この目標を達成す る上での1つの方策になると考える。. また,今回の学習指導要領の改訂では,数学的活動を通して,数学のよさを実感さ せることも目標としてあげられており,これまで以上に情意的な側面が大切にされ, 数学を学習する意欲を高めることが求められている。前項で,根本(2004)の指摘を もとに,教師が数学的知識を伝達する授業は,数学のよさを生徒に実感させることに 対して不十分であることを述べた。学習指導要領解説では,数学のよさを実感させる ためには,次のことが必要であると述べている。. r数学のよさを実感できるようにするためには,数学を学ぶ過程で,数学的な知 識及び技能,数学的な見方や考え方などを用いることによって能率的に処理でき るようになったり,簡潔かつ明瞭に表現できるようになったり,事柄を的確にと らえることができるようになったりしたことを,その過程を振り返るなどして明 確に意識できるようにすることが大切である。」(文部科学省,2008b,p.18). 生徒の素朴なアイデアは,数学的に洗練されたものではなく,感覚的であったり, 非能率的であったりするだろう。そのため,生徒の素朴なアイデアを生かした学習指 導では,それらのアイデアを例えば簡潔性や能率性というような観点から考察させる. 一8一.
(13) ことで発展させていくことになる。この過程で創出されるより簡潔な表現やより能率 的な方法によさを感じさせることで,数学のよさを実感させることができると考える。. このような数学のよさを実感させることは,数学を学習する必要性の感得につながる と考えられる。こうしたことからも生徒の素朴なアイデアを生かした学習指導の実践 が必.要であると考える。. 一9一.
(14) 第2節 本研究の目的と本論文の構成 1.本研究の目的 中学校数学の学習指導の現状を第1節で述べた。その結果,数学的知識を生徒に 伝達し,その後間題演習を行うような授業を行っている教師が少なくないこと,中学 校数学では,生徒の素朴なアイデアを生かした学習指導が行われているとは言い難い 現状であることが明らかになった。そして,そのような現状では,意味理解を伴った 数学的知識を獲得させることや,数学のよさを実感させる上で問題があることを指摘 した。. そこで,筆者は,このような現状を改善し,中学校数学科の目標を達成するために は,生徒の素朴なアイデアを生かした学習指導を設計し,実践することが有効ではな いかと考えた。このようなことから,次のことを本研究の目的とする。. ① 生徒の素朴なアイデアを生かした授業を実践する際の留意点,そのような授業を 行う意義を明らかにする。. ②.生徒の素朴なアイデアを生かした授業を構成し,その実践及び結果について考察 する。. これらの目的を達成するために,①.ド関しては,先行研究をもとに,生徒の素朴な. アイデアにはどのようなものがあるのかを特徴づける。そして,それらのアイデアの 導出に有効な問題場面,導出された素朴なアイデアを発展させるための方法を明らか にする。また,生徒の素朴なアイデアを生かした学習指導の実践の考察を通して,そ のような学習指導の意義を明らかにする。. ②に関しては,文字式の導入に焦点を当て,アンケート調査によって代数の文章題 に対する生徒の素朴なアイデアを分析する。先行研究やアンケート調査の結果をもと に,生徒の素朴なアイデアを生かした授業を構成し,その実践結果を述べる。. 一10一.
(15) 2.本論文の構成 本論文は,5つの章からなる。本章ではまず,学習指導に関する調査をもとに,中 学校数学の学習指導では,数学的知識を生徒に伝達するような授業を行っている教師 が多く,生徒の素朴なアイデアを生かした学習指導が行われているとは言い難い現状 であることを指摘した。そして,このような現状を改善し,新学習指導要領が示す中 学校数学科の目標を達成するために,生徒の素朴なアイデアを生かした学習指導につ いて考察することが本研究の目的であることを述べた。. 第2章では,生徒の素朴なアイデアを生かした学習指導へのアプローチとして, Gravemeijer(1997)が述べるボトムアップ・アプローチを取り上げる。そして,ボト ムアップ・アプローチが依拠する理論である現実的数学教育について考察し,生徒の 素朴なアイデアを生かした学習指導についての知見を得る。. 第3章では,まず,生徒の素朴なアイデアをインフォーマルな知識・推論として 特徴づけ,本研究の主題であるボトムアップ的学習指導の捉えを述べる。そして,第2 章の現実的数学教育についての考察から得られた知見を参考にしつつ,ボトムアップ 的学習指導を設計する際の留意点について述べる一。その後,文字式の展開に関するボ. トムアップ的学習指導を例示し,その考察を通してボトムアップ的学習指導の意義を 述べる。最後に,数と式,関数,図形の各領域の教材についてボトムアップ的学習指 導を提案する。. 第4章では,文字式の導入におけるボトムアップ的学習指導として,問題解決の 文脈における文字式の導入の授業について考察する。まず,先行研究をもとに提示す. る問題場面について考察する。次に,中学校1年牟の実態を把握するために行った 代数的問題に対する調査について述べる。そして,筆者が行った授業実践の展開を述 べ,最後に授業実践の考察を述べる。. 第5章では,本研究のまとめを行い,今後の課題について述べる。. 一1・1一.
(16) 第2章 現実的数学教育(Rea1isticMathematics Education) 本章では,オランダのブロイデシタール研究所において,研究が進められている現 実的数学教育という数学の教授・学習への理論的アプローチについて考察する。まず,. Gravemeijer(1997)が述べる数学の学習指導に対する2つのアプローチとして,ボト ムアップ・アプローチとトップダウン・アプローチについて述べる。次に,生徒の素 朴なアイデアを生かしたボトムアップ・アプローチが依拠する理論である現実的数学 教育について述べる。. 本章の構成は,以下の通りである。. 第1節. ボトムアップ・アプローチとトップダウン・アプローチ. 1.. トップダウン・アプローチ. 2.. ボトムアップ・アプローチ. 第2節. 現実的数学教育(Rea1isticMathematicsEducation). 1.. 現実的数学教育の概要. 2.. 現実的数学教育の原理. 一12・.
(17) 第1節 ボトムアップ・アプローチとトップダウン・アプローチ Gravemeijer(1997)は,長除法の学習指導を例にあげ,数学の学習指導に対する2 つのアプローチをトップダウン・アプトーチ,ボトムアップ・アプローチと特徴づけ て,対比している。本節では,この2つのアプローチについて述べる。. 1.トップダウン・アプローチ Gravemeijer(1997)は,トップダウン・アプローチとして,次のような長除法の学. 習指導を取り上げている。それは,ディーンズ・ブロックのような1Oのまとまりを つくるブロックを用い,ブロックを等しく分ける操作を通して,長除法のアルゴリズ ムを獲得させる学習指導である。教師は,この活動を通して長除法のアルゴリズムを 導くために,初めにより大きな単位のブロックを分配してから,より小さい単位のブ ロックを分配するというルールによってブロックを分けさせる。そして,生徒は,こ. のルールに従ってブロックを分配する。例えば1476÷24の場合,1476を表すフロ ック(1000を表すブロック1個,100を表すブロック4個,1Oを表すブロック7個,1 を表すブロック6個)を24人で分けることとして考える。まず,1000を表すブロッ クと100を表すブロックを,全て10を表すブロックに交換する。それによって得た10. を表すI47個のブロックを24人に分配する。その後,残りの3個の10を表すブロ ックを1のブロックに交換し,それによって得た1を表す36個のブロックを24人 に分配する。結果として,1人あたり1Oを表すブロックが6個と1を表すブロック が1個分配される。その後,こうしたブロックを用いた操作から形式的な筆算に移 行させるために,行ったブロックによる操作を,図2−1のような筆算に似た形式に 置き換える。. 缶 口 2. 4. 1. 4. 1. 4. 口. 口. 口. 口 ?. 6. 6. 4 3・. 6. 2. 4. 1. 2. 図2−1(Grav6me−er.1997.p.317). ・13・. 1.
(18) この学習指導では,操作物を用いた活動は行われているが,操作に対する生徒の自 由は与えられず,意図された長除法のアルゴリズムにつながる手順を教師が示して,. 操作物を操作させている。Gravemeijerは,このように教師が操作物や図式的な表現 を提示し,それらを用いて数学的知識を生徒に伝達するアフロ』チをトップダウン・ アプローチと特徴づけている。Gmvemeijerは,トップダウン・・アプローチでは,生 徒が数学的な洞察を十分に得られないことを指摘している。そして,こうした問題は,. インフォーマルな知識や方略を考慮していないことに起因すると途べている。 Grave岬eijerは,経験的に獲得している場面固有の知識をインフォーマルな知識と捉 え,そのような知識にもとづいて行われる問題解決の方略を,インフォーマルな方略 と捉えていると考えられる。. 一14一.
(19) 2.ボトムアップ・アプローチ 前述のトップダウン・アフ1コーチに対して,Gravemeijer(1997)は,生徒のインフ. ォーマルな知識や方略を発展させ,数学的知識を獲得させるアプローチを,ボトムア ップ・アプローチと特徴づけ,次のような問題解決の文脈での長除法の学習指導を取 り上げている。. 次のような問題場面を提示する。. 座礁した船の船長は,船に4000個のビスケットがあると教えられた。乗組員は64. 人で,1目に3枚すっ全員にビスケットを配る。つまり,全員の乗組員のために1 目192個のビスケットが必要である。このビスケットの供給は,どれだけ続くだ ろうか。. (Gravemeijer,1997,P.324). Gravemeijerは,毎日192枚ずつビスケットが配給されることから,図2−2のよう な4000から192を繰り返し引くという同数累減の考えが導出されることをねら・って この問題場面を提示している。. 4⑪⑪o. 皿 33囎. 一ミ的. 遡 3郁6. 一Id野. 遡. 一1曲y. 皿. 一重舶y. 3毎24 割。、. 図2−2 (Graveme−er,1997,p.325). また,Gravemeijerは,上記の192を繰り返し引くという同数累減の考えの他に,. 次頁の図2−3のように192を何倍かしてから引くという考えが出されることも期待 されると述べている。. 一15一.
(20) 4000. 40G0. 翅 幽 3424 幽 2弱6. 一掬y. 38⑪3. 4d鞭. 幽. 一満d箏. 2碗。. 幽. 一旦。幽輝. 三60. 4d聯. 脳. 一8幽ys. 銚。,. 図2−3 (GravemeOer,1997,P.325). そして,次のような問題場面を提示する。. 1296人のサポーターはフェイエノールトのサッカーゲ」ムを見に行きたい。会. 計担当者は,バス1台で38人運べて,バス10台ごとに割引があることを知って いる。バスは何台必要か。 (Graveエneijer, 1997,p.325). この問題は,10台のバスごとに与えられる害■」引の条件によって,10倍してから引. くという考えの気付きを一層促進することをねらっている。この条件によって,生徒. は繰り返し38を引くという同数累減の考えから,図2r4のような38の10倍を可能 なだけ引き続けるという考えへと発展させる。 3目’亘296. ,. 3鋤一 1晦 916 理一 1倣一. 珊6. 山一 iOx. 156. 箪=一 1x. H8 理一 1x 80 誠一 工1元. 42 型・一 .収. 4 図2−4 (Graveme−er,1997,p.326). 一16一.
(21) その後,生徒たちは,さらに能率の良い解決方法を考えることで,例えば図2−5 のようなより操作が短縮された方法を創出する。図2−5右部の38注〕の30倍を引いて. から,38の4倍を引くという方法,つまり,まず,除数×(10×整数のうち被除数 を超えない最大の数)を被除数から引き,その後,除数×(整数のうち余りを超えない 最大の数)を引くという方法は,標準の筆算アルゴリズムと同様の考え方である。. 36ハ296. 36パ2%. 、. 脳一 916. ㈹■. エ⑩一. 2倣. ■幽.一 3脈. 156 1誠一 伽 4. 1.56. 雄一. 、. ・㌫. 80 地一. ㌫. 4 図2−5 (GravemeOer,1997,p−326). 上述の学習指導では,まず,生徒が自らの経験的な知識をもとに,除数による累減 を導出する。そして,その解決方法を発展させることで,長除法の標準的なアルゴリ. ズムを獲得している。Gravemeijerは,このように生徒がインフォーマルな知識や方 略をもとにして,数学的知識を獲得するアプローチを,「ボトムアップ・アプローチ」 と特徴づけている。Gravemeijerは,このようなボトムアップ・アプローチによって,. 洞察力のある数学的知識が獲得されることが期待されると述べ,数学教育においてボ トムアップ・アプローチを推進することを支持している。こあボトムアップ・アプロ ーチは,正に生徒の素朴なアイデアを生かした学習指導である。. 注〕. }2−5は,原文の図をそのまま引用したが,図中の36は38の誤植である。. ・17一.
(22) 第2節 現実的数学教育(Rea11sticMathematicsEducation) 前述のボトムアップ・アプローチは,現実的数学教育(Rea1istic Mathematics Education,以下RMEと略記する)という数学の教授・学習への理論的アプローチに もとづく (Graveme句er,1997)。そこで,本節では,生徒の素朴なアイデアを生かし. たボトムアップ・アプローチの基盤を確かなものにするために,RMEの理論につい て考察する。. 1.現実的数学教育の概要 RMEは,オランダのブロイデシタール研究所において,1970年代から研究が進め. られてきた。RMEの理論は,Freudentha1のr活動としての数学」という考えに起 源をもつ。Gravemeijer&Doorman(1999)によれば,Freudentha1は数学者の研究の 結果,つまり,既成の体系を数学教育の出発点として用いることを「非教授学的反転」. (anti−didaCtiCa1inVerSion)と呼び,そのような指導を批判している。そして,. Freudentha1は,活動としての数学の中に数学教育の出発点を取るべきであると主張 している。Freudentha1(1968)は,活動としての数学について次のように述べている。. 「人間が学習しなければならないことは,閉じた体系としての数学ではなく,む しろ活動としての数学であり,現実を数学化するというプロセス,そして可能な らば数学さえも数学化するというプロセスである。」(p.7). つまり,Freudentha1によれば,活動としての数学は,現実あるいは数学を数学化 するプロセスであると考えられる。彼が述べる数学化とは,数学的な観点から.組織化. することを表す(Gravemeijer&Doorman,1999)。そして,Freuaentha1の哲学,つ まり大局的な理論は,例えば,上述の長除法のアルゴリズムの指導理論のような多く の局所的な指導理論によって具体化されてきた。そして,それらの局所的な指導理論. を分析することによって一般的な理論として再構成されたのがRMEの理論である。 そして,Gravemeijer&Stephan(2002)は,RMEについて,次のように述べている。. 「我々は,RMEにおいて,フォーマルな数学は,生徒が結び付けなければなら ない“向こうにある(out there)”ものとして見なされるものではないというこ. 一18一.
(23) とを強調←たい。そうではなく,フォ』マルな数学は,生徒の活動から生じたも のとして見られる。生徒が彼ら自身のインフォ』マルな知識や方略を数学化する という方法によって,フォーマルな数学を発達させることが期待される。」(p.148). つまり,RMEは,インフォーマルな知識や方略を,数学化することで,フォーマ ルな数学へと発展させることを目標とした学習指導と言える。数学化について, Gravemeijer(1997)は,RMEにおける数学化は主に一般化するこ一とと形式化するこ とを必要とすると述べている。一般化とは,様々な場面の間の関連を帰納的に構成す ることであり,形式化とはモデル化すること,記号化すること,図式化すること,定 義することを含むと述べている。そして,生徒にとって一般化や形式化は問題でなく,. それらは能率性に関して考察することによって導かれるとしている。つまり,生徒は 一般化や形式化を目的と・して活動するのではなく,より能率の良い方法を考えるとい う目的で活動することで,結果として一般化や形式化が達成されるということである。. 一19一.
(24) 2.現実的数学教育の原理 前述したように,RMEの理論は多くの局所的な指導理論を分析することによって, 一般的な理論として再構成されてきた。そして,Gravemeijθr(1997)は,指導計画の ための発見的な方法として,「漸進的数学化を通した再発明」,「自己発展モデル」と. いうRM瓦の原理を導き出した。以下に,これらの原理について述べる。. (1)漸進的数学化を通した再発明 RMEにおける「再発明」とは,数学が発明されたプロセスとある程度同じような プロセスを生徒が経験することを意味している。そ一 オて,Gravemeijer(1997)は,再 発明は,インフォーマルな知識や方略によって呼び起こされると述べている。そして,. インフォーマルな知識や方略はフォーマルな数学的知識に先行するものであり,類似 したインフォーマルな知識や方略を数学化することによって再発明のプロセスが構成 される。そして,このようなプロセスを可能にするのがTre拙ers(1087)の述べる「漸. 進的数学化」である。Tre拙ersは,Freudentha1の現実を数学化することを水平的数 学化,数学を数学化することを垂直的数学化と言い換え,次のように述べている。. 「観察,実験,帰納的な推論のような経験的なアプローチを通して,問題が数学 的方法でアプローチされうるように変形される。問題を数学的に図式化しようと する試みを水平的数学化という用語で表す。(中略)一般的に,水平的数学化は,. 数学的手法によって問題に取り組むことを可能にする領域の図式化から構成され る。(水平的数学化に)続く,問題を解決する,解法を一般化する,さらに形式. 化するというような数学的なプロセスに関連する活動が垂直的数学化として述べ られる。」(Tre拙ers,1987,p.71)(()内は筆者). つまり,水平的数学化は,経験的なアプローチを通して,現実的な問題場面を数学 的方法で解決できるように変形していくプロセスであり,その出発点は問題場面につ いての考察から導出されるインフォーマルな知識や方略である。そして,垂直的数学. 化は,数学的方法を用いて問題を解決し,その解決方法を一般化,形式化することで 発展させるプロセスを意味する。そして,Tre拙ersは,水平的数学化と垂直的数学化 を繰り返すことで,次第に数学化が進行して,高次の水準の数学へと発展していくと 考えている。これが「漸進的数学化」である。. 一20一.
(25) そして,Graveme句er&Doorman(1999)は,こうした漸進的数学化の機会を提供す るためには,文脈問題が有効であると指摘している。文脈問題は,次のように定義さ れている。. 「文脈問題は,生徒にとって経験的にリアルであるような問題場面であると定義 される。」(Gravemeijer&Doorman,1999,p.111). また,RMEにおいて扱われる文脈について,VandenHeuve1・Panhuizen,(2003)は, 次のように述べている。. 「「rea1iStiC」という用語は,rrea1neSS」つまり問題の信懸性に言及するという. より,生徒が想像できる問題場面が彼らに提示されるべきであるということを意 図している。しかし,それは実生活とのつながりが重要でないことを意味するの ではなく,必ずしも文脈が現実の場面に制限されるわけではないことを意味する。. 問題に関する文脈が生徒の中でrリアル」である限り,おとぎ話という空想世界 や数学という形式的な世界でさえ,問題に関する非常に適切な文脈になり得る。」 (P.10). RMEにおいて用いられる文脈問題は,日常生活に関する文脈が重要視されている が,必ずしもそれに限られるわけではないうことを上記のことは示している。つまり,. 現実的な場面,非現実的な場面という区別ではなく,問題に関する文脈が生徒にとっ. て想像可能であるかどうかが重要なのである。そして,このような文脈問題を提示す ることによって,インフォーマルな知識や方略を導出するこ一 ニが促進される。また,. このインフォーマルな知識や方略が,数学化の足掛かりとして機能するのである。. そして,Gravemeijer(1997)は,前述したようにRMEにおける数学化を,一般化 することと形式化することと捉えており,フォーマルな数学的知識は,様々な場面に ついての場面固有の問題解決アプローチや概念を一般化し,形式化することによって. 生じると捉えている。そのため,Gravemeijerは,漸進的数学化のプロセスを可能に するために,場面設定に関する次のような必要性を示唆している。1つ目は,場面固. 有のアプローチが一般化され得るようないろいろな問題場面を見つける必要性であ る。これは,考察する場面が異なり生徒が考えるべき内容は異なっても,それぞれの 問題解決アフロ」チは本質的に同じであり,これらの問題解決アプローチを一般化す. ・21・.
(26) ることが可能であるような場面を提示することの必要性を示唆している。2つ目は,. 垂直的数学化の基礎として使われうる典型的な問題解決アプローチを引き起こす場面 を見つける必要性である。つまり,獲得させたいフォーマルな数学的知識につながる ような問題解決アフロ∵チを,生徒から引き出すことができる問題場面を提示するこ とが必要なのである。. (2)自己発展モデル RMEでは,モデルが場面固有のインワォーマノレな知識や方略とフォーマルな数学. 的知識の間を媒介する役割を果たすと考えられている。RMEにおけるモデルとは, 操作物のような実際に見たり,触ったりすることができる物質的なモデルに加えて, 口頭の説明,記号化したり,表記したりする方法など,生徒自身の考えや表現を含む 広い意味で解釈される(Gravemeijer,1997;Gravemeijerら,2000)。そして,それらの. モデルを発展させていくことで,フォーマルな数学的知識へと高めていくのである。. つまり,トップダウン・アプローチでは,モデルが教師によって提示されたのに対し. て,RMEではモデルが生徒によって形成され,発展させられるものとして考えられ ている。これがr自己発展モデル」の意味するところである。. また,RMEではモデルは動的なもので変化していくと考えられており,モデルは その特徴により,「mode1of(the situation)」と「mode1允r(mathematica1reasoning)」. という2つに区別される(Gravemeijer,1997;Gravemeijerら,2000)。RMEでは,文. 脈問題の考察から学習が始まる。したがって,生徒は初めに場面固有のインフォーマ ルな知識や方略にもとづく活動を行う。その後,場面固有のインフォーマルな知識や 方略にもとづく場面についてのモデルを形成する。このような考察する場面について モデル化したものが「mode1of(thesiもuation)」(以後,「mode1of」と記す)である。. 前節セ述べた長除法の学習指導で言えば,図2−2のような除数による同数累減が,. ビスケットの配給という場面についてのモデルrmode1of」であると考えられる。そ の後,その「mode1of」自体が考察の対象となり,数学的な視点から考察することに より,徐々にフォーマルな数学的知識へと高めていく。この過程で,形成されるモデ. ルは,フォーマルな水準で数学的な推論を行うためのモデルであり,このモデルが rmode1缶r(mathematica1reasoning)」(以後,rmodeユfor」と記す)である。前述の. 長除法の学習指導で言えば,同数累減という「mode1of」自体を考察の対象とし,よ り能率良く計算するという数学的な視点から考察することで,除数を10倍してから. 一22一.
(27) 被除数から引く,除数×(10×整数のうち被除数を超えない最大の数)を被除数か ら引くというような方法(図2−3∼2−5)が創出される。これらの創出された考えや. それを表現したものがrmOde1for」である。これらのrmOde1缶r」を形式化してい くことで,最終的にフォーマルな数学的知識(長除法の学習指導で言えば,標準的な 長除法の手続きや表記法)を獲得する。そして,Gravemeijer(1997)は,モデルの変. 化と対応させながら,RMEにおける4つの学習水準を示している。以下にその水準 について述べる。また,各水準の活動の例として,()内に物の分配に関する長除法 の学習指導の場合の活動を述べる。. 1 場面的な水準. 日常経験から得た場面固有のインフォーマルな知識や方略を使う水準 (実際に物を分配するというような紙や鉛筆を使わない活動). 2 参照的な水準. 問題に記述された場面を参照するモデル「mode1of」を形成する水準 (分配に関する場面を,同数累減としてモデル化する。). 3.一般的な水準. 場面の参照を越え,「mode1of」自体を数学的な視点から考察し,標準的な手続 きや表記法などのフォーマルな数学的知識を獲得するためのモデル「mOde1缶r」 を形成する水準. (同数累減を考察の対象とし,より簡略化された計算方法を創出し,それを形式化 する。). 4 フォーマルな水準 標準的な手続きや表記法を獲得し,それら使って数学的な推論を行う水準 (標準的な長除法の手続きや表記法を用いて,問題解決に取り組む。). RMEの原理は,指導計画のための発見的な方法としての原理である。そのため, 上述の学習水準は,インフォーマルな知識や方略から,フォ」マルな数学的知識へと 発展させていく理想的な道筋を示しており,このような水準の移行が可能となるよう に指導計画を立てる必要があることを示している。. ・23・.
(28) 第3章 ボトムアップ的学習指導 本章では,生徒の素朴なアイデアをインフォーマルな知識・推論として特徴づけ, それをもとにボトムアップ的学書指導の捉えを述べる。そして,ボトムアップ的学習. 指導を設計する際の留意点について述べる。その後,文字式の展開の学習指導に焦点 を当ててボトムアップ的学習指導を例示し,その考察を通してボトムアップ的学習指. 導の意義を述べる。最後に,いくつかの教材についてボトムアップ的学習指導を提案 する。. 本章の構成は,以下の通りである。. 第1節. ボトムアップ的学習指導. 1.. インフォーマルな知識・推論. 2.. ボトムアップ的学習指導の捉え. 第2節. ボトムアップ的学習指導の設言十. 1.. 間題場面の設定. 2.. 学習水準の移行. 第3節 ボトムアップ的学習指導の具体例と意義 1.文字式の展開におけるボトムアップ的学習指導 2.ボトムアップ的学習指導の意義 第4節 ボトムアップ的学習指導の実際 1.方程式の利用に関するボトムアップ的学習指導 2.一次関数のグラフの傾きに関するボトムアップ的学習指導 3.三角形の合同条件に関するボトムアップ的学習指導. 一24一.
(29) 第1節ボトムアップ的学習指導 本節では,前章で述べたRMEにもとづくボトムアップ・アプローチとの共通点や 相違点に触れながら,ボトムアップ的学習指導の出発点となる生徒の素朴なアイデア を,インフォーマルな知識・推論として特徴づける。そして,本研究の主題であるボ トムアップ的学習指導の捉えについて述べる。. 1.インフォーマルな知識・推論 前章で述べたRMEにもとづくボトムアップ・アプローチは,日常生活の経験から 生徒が獲得しているインフォーマルな知識や,それにもとづくインフォーマルな方略 を学習の出発点にすべきであるという考えが根底にある。このような日常生活の経験 から獲得している知識やそれにもとづく方略は,生徒の素朴なアイデアと言えよう。 しかし,生徒の素朴なアイデアは,常に日常生活の経験にもとづくわけではない。そ のため,より広い意味で生徒の素朴なアイデアを捉える必要があると考える。そこで,. 本研究では,生徒の素朴なアイデアを,次に述べるインフォーマルな知識・推論とし て特徴づけることにする。. (1)インフォーマルな知識 吉田(1999)は,インフォーマルな知識について次のように述べている。. 「それ(インフォーマルな知識)は,子どもが日常生活の中で獲得した知識であ り,正しい場合もあれば,間違っていることもあり,日常場面に近い文脈で問題 が提示されると,この知識が活性化されるタイプの知識を指しています。」(p.110) (()内は筆者)一. このインフォーマルな知識の捉えは,Gravemeijer(1997)が述べているインフォー マルな知識と同様の捉えをしていると考えられる。本研究でも,生徒が日常生活の経 験から獲得している場面固有の知識をインフォーマルな知識と捉えることとする。イ ンフォーマルな知識は,あまり意識されず暗黙のうちに使われる。.そのため,インフ. ォーマルな知識の利用を促すためには,こうした知識が活性化される日常に近い場面 を与え,考えたことを表現させることを通してそれを顕在化させる必要がある。. 一25一.
(30) 中学校数学に関するインフォーマルな知識の例としては,次のような傾きに関する. 知識があげられる。生徒たちは,図3−1のような壁に立てかけたはしごについて, 地面からはしごの上端までの垂直距離や,はしごの下端から壁までの水平距離を変化 させることで,傾きぐあいが変化するというインフォーマルな知識を獲得していると 考えられる。. 図3−1. こうしたはしごの傾きに関するインフォーマルな知識は,一次関数のグラフの傾き. の概念の構成において,rXの増加量に対するyの増加量の割合」という傾きの意味 理解を促進させるのに有効な知識であると考えられる。このようなインフォーマルな 知識をもとにして,一次関数のグラフの傾きの概念を獲得させる学習指導の実際につ いては,本章第4節で述べる。 しかし,インフォーマルな知識は,吉田(1999)が指摘するように,数学的知識と 不整合な場合がある。こうした場合は,不整合であることを・明確にし,数学的知識へ. と再構成する必要がある。数学的知識と不整合なインフォーマルな知識としては,次 のような知識が考えられる。. 2つの会社の従業員の平均月収を比較して,平均月収が高い会社の方が従業員の 給料が高い。. こうした知識は,両社の給料の分散が小さいときは正しいかもしれない。しかし, 分散が大きい分布のデータを比較する場合でも,平均値が大きければ個々のデータも 大きいといった誤った知識をもつ生徒がいると考えられる。このようなインフォーマ ルな知識に対しては,分布や極端に外れた値を考慮する必要があるということを理解 させていくような学習指導を行うことが必要であると考える。. 一26一.
(31) (2)インフォーマルな推論 Karsentyら(2007)は,数学に関する問題に対して生徒が何らかの推論をして得た 結果を数学的な結果とし,イスラエルの中等学校における低学力生徒によって創り出 された数学的な結果を分析した。そして,Karsentyら(2007)は,次のような推論に よって創り出される数学的な結果を,インフォーマルな数学的な結果としてまとめて いる。. ・その場限りの方略 ・暗算. ・特異な考え. ・数学的というよりむしろ日常的な言語 ・言葉だけの説明 ・視覚的な正当化 ・常識にもとづく推論. ・公式や記号的な表記を使用しない推論 (Karsentyら,2007,p.159). Karsentyら(2007)が,rそれ(インフォーマルな数学的な結果)は,学習のための 出発点として役立つような彼ら自身の生産物である」(p.174)(()内は筆者)と述 べるように,インフォーマルな数学的な結果は生徒が自発的に創り出したものであり,. それらを産み出す過程で生徒が用いる上記のような推論も,生徒が自発的に行う推論 であると考えられる。また,このような推論は,数学的に十分洗練されているとは言 えない。そこで,本論文では,このような数学的に十分に洗練されていない推論をイ ンフォーマルな推論と捉え,生徒の素朴なアイデアを特徴づけるものとして考える。. インフォーマルな推論の例としては,次頁の図3−2に示すような,代数的な文章 題に対して,未知の数量を推測し,問題文から読み取った演算を適用して,推測が正. しいかどうかを判断するguess&checkと呼ばれる試行錯誤的な推論があげられる (Bednarz&Janv1er,1996,Johammg,2004)。こうした推論は,暗算を用いたり,常. 識にもとづいていたり,公式や記号的な表記を使用しない推論であったりすることか ら,インフォーマルな推論と考えられる。. 一27・.
(32) 問題. 3人の子どもがおはじきを持っている。彼らは全員で198個持っている。ジョ. ージはデニスの2倍の個数を持ち,ピエールはジョージの3倍の個数を持って いる。多子どもは,おはじきをいくっ持っているか。 (Bednarz&Janvier,1996,p.121). 下の図のようにデニスが1Oだとすると,ジョージは20,ピエールは60なので,. 合計が90となり,少ないのでデニスの数を増やすというように試行錯誤的に考え る。. 鋤. .務. 理一D融. 紬。暉. ★.. 令. 鯉1一触∴. ÷.. 一新. 脇. (Bednarz&Janvier,1996,p.125). 図3−2 guess&ch6ckの例. このようなguess&checkというインフォーマルな推論を生かした方程式の利用に. 関する学習指導について本章第4節で述べる。また,筆者は中学1年の文字式の導 入において,guess&checkを生かした授業実践を行った。その実践については,第4 章で述べる。. 一28一.
(33) 2.ボトムアップ的学習指導の捉え RMEにもとづくボトムアップ・アプローチは,主に現実場面についての考察から 始まる学習指導が想定されている。それは,日常生活の経験から生徒が獲得している インフォーマルな知識や方略を学習の出発点にすべきであるという考えにもとづく。 このような生徒が自発的に用いるインワ・オーマルな知識や方略を学習指導の出発点に すべきであるという考えは,筆者の考えと同様であると言える。しかし,本研究では,. 生徒の素朴なアイデアをインフォーマルな知識やインフォーマルな推論として特徴づ け,学習の出発点となる生徒の素朴なアイデアを,日常生活の経験にもとづくアイデ アに制限しない。そこで,Gravemeijer(1997)の「ボトムアップ」という表現を参考 にして,本研究では,ボトムアップ的学習指導を次のように捉えることにする。. ボトムアップ的学習指導 生徒のインフォーマルな知識や推論を出発点とし,それらを発展させ,数学的 知識へと高めていく学習指導. また,Gravemeijer(1997)は,教師が操作物や図式的な表現を提示し,それらを用. いて数学的知識を生徒に伝達するアプローチをトップダウン・アプローチとしてい る。本研究では,教師による操作物や図式的な表現の提示の有無にかかわらず,教師 が完成された数学的知識を生徒に与えるアプローチを,ボトムアップ的学習指導と対 比して,トップダウン的学習指導と呼ぶことにする。. 一29一.
(34) 第2節 ボ’トムアップ的学習指導の設計 根本(2004)は「教師は,模範解答だけではなく,生徒の既習経験から生まれるで あろう素朴な解法や,既習から行い得るその解決後の発展的な扱いを予め探っておく 必要がある。」(p.168)と述べている。この指摘のように,ボトムアップ的学習指導を. 設計する際にも,学習指導の出発点となり得るインフォーマルな知識・推論や,それ. らを発展させていく方法を明らかにしておく必要がある。そこで,本節では,第2 章で述べたRMEについての考察から得られた知見を参考にしつつ,ボトムアップ的 学習指導を設計する際の留意点について,問題場面の設定,学習水準の移行に焦点を 当てて述べる。. 1.問題場面の設定 RMEの考察から,生徒のインフォーマルな知識や方略を導き出すために,生徒に とって経験的にリアルな・文脈を用いるべきであることがわかった。また,獲得させた. いフォーマルな数学的知識につながるような問題解決アプローチを生徒から引き出す ことができる問題場面を提示する必要性が示唆された。そこで,このような問題場面 を設計する際の留意点について述べる。. ボトムアップ的学習指導は,最終的に生徒がフォーマルな数学的知識を獲得し,標 準的な手続きや表記法を使って数学的な推論を行うことを目標とする。そのため,ボ トムアップ的学習指導を計画する際,最終的にどのような数学的知識を獲得させたい のか,どのような方法で推論することができるようにしたいのかを明らかにする必要 がある。. 例えば,詳しくは次節で述べるが,中学3年の(a斗b)(c+d)の展開についての学習. 指導では,展開した結果を単に知識として知っているというのではなく,図3−3の ように順々に計算を行う意味を理解させ,展開に関する知識を獲得させることが必要 であると考える。. 傘②. (a+b)(c+d)=ac+ad+bc+bd. び. 図3−3 展開の計算の手1頃. 一30・.
(35) そして,次に行うことは,目標とする数学的知識の獲得を可能にする問題場面を設. 定することである。そのためには,次の2点に留意して,問題場面を設定する必要 があると考える。. ① 目標とする数学的知識の獲得に有効なモデルを検討する。. ② ①で検討したモデルの形成につながるインフォーマルな知識や推論の導出を可 能にする問題場面を設定する。. ここで,述べるモデルとは,RMEの考察で述べた生徒の考えや表現を含む広い意 味でのモデルを意味する。. ①に関して,文字式の展開の学習指導を例に述べる。教科書では,図3−4のよう な面積図をモデルとして提示し,長方形の面積を様々な方法で表現させることで, (a+b)(c+d)=ac+ad+bc+bdという展開の式を・導くように工夫されている。. 図3−4 面積図(啓林館,2006c.p.12). しかし,この面積図は,展開の結果を表す式を導くことはできても,図3−3のよ うに順々に計算を行うことの意味を理解させることは難しい。したがって,ボトムア ップ的学習指導を設計するためには,順々に計算を行うことの意味理解を可能にする ようなモデルを検討する必要がある。次節で述べる学習指導では,組合せをモデルと して取り上げ,それが形成される問題場面を取り上げている。それは,組合せを表す2 つの式から,展開の結果を表す式が導かれ,あるものとあるものとを順々に組み合わ. せていくという操作が,文字式の展開を行う際の計算手順の意味理解を可能にするか らである。. 次に②に関してだが,RMEの考察から,自分自身の経験をもとにインフォーマル な知識や推論を想起して活動することが可能になるように,生徒にとって経験的にリ. 一31・.
(36) アルな問題場面を設定する必要性が示唆された。そのため,①で検討したモデルの形 成を意図した問題場面を設定する際に,生徒にとって想像可能で,実感のわく文脈を 用いることが望まれる。. 次節で述べる文字式の展開の学習指導では,生徒が日常的に経験している組合せに 関するインフォーマルな知識や推論の導出を意図して,初めに「衣服の組合せ」とい う生徒にとって想像でき,実感がわく問題場面を設定している。. ・32・.
(37) 2.学習水準の移行 第2章第2節で述べたRMEにおける4つの学習水準は,生徒のインフォーマルな 知識や方略から,フォーマルな数学的知識へと発展させていく理想的な道筋を示して おり,ボトムアップ的学習指導を設計する上で参考になるものである。したがって, ここでは,このような学習水準の移行を促進するための方法について述べる。. RMEの理論では,モデルの発達に伴って学習水準が移行すると考えられている。. そして,RMEの考察から,モデルを発達させるための1つの方法として,各場面で 形成されるモデルを一般化することが可能であるようないろいろな問題場面を見つけ る必要性が示唆された。具体的には,次のように問題場面を配列することが有効であ ると考える。. まず,生徒にとって経験的にリアルな問題場面を提示して,インフォーマルな知識 や推論を引き出し,それらにもとづくモデルを形成させる。次に,同様のモデルが形 成される問題場面を提示する。その後,各場面について形成されたモデル自体を考察 の対象として反省させることで,参照する場面に依存しない一般的なモデルヘと発展 させる。その際,初めは生徒にとって経験的にリアルな問題場面を提示し,徐々に抽 象的な問題場面を提示していくことで,一般化はさらに促進され・ると考えられる。. 例えば,次節で述べる文字式の展開の学習指導では,まず,具体的な数値を与えた 組合せの文脈を提示し,その後,条件の一部を文字に変えた文脈を提示し,.最終的に. 全ての条件を文字に変えた文脈を提示している。その後,各場面において形成した展 開の式自体を考察する活動を行うことで,場面の参照を越えた,形式的な展開の手順 として一般化していく。. ただし,学習水準の移行を促進するためには,常に複数の問題場面を配列しなけれ. ばならないわけではない。1つの問題場面について形成したモデルであっても,それ を対象に反省させ,発展させることで,学習水準を移行させることは可能であると考 える。清野ら(2008)は,Gravemeijer(1997)の述べるRMEの原理を参考に,数学化 を重視した学習指導の枠組みを構築している。清野らは,現在の水準で形成した解決 方法が妥当か,あるいは適切かどうかの吟味を行い,妥当でない,あるいは適切でな いと判断したとき,解決方法に対する反省が始まり,次の水準への移行が始まると述 べている。そのため,学習水準を移行させるために,教師は生徒に現在の解決方法で 満足させるのではなく,よりフォーマルな解決方法を求める必要性を意識させ,反省 を繰り返させる必要があることを指摘している。つまり,生徒自身の形成したモデル. 一33・.
(38) が十分ではないことを生徒に意識させ,モデル自体を数学的な観点から考察し,発展 させることが必要なのである。そして,それに伴って,問題に記述された場面を参照 するモデルを形成する「参照一的な水準」から,場面の参照を越えてフォーマルな数学. 的知識を獲得するためのモデルを形成してい<r一般的な水準」への移行が行われる と考.えられる。. また,Gravemeijer(1997)は,水準の上昇が,一般性,確実性,厳密性,簡潔性と いう数学を特徴づける性質から達成されるとし,各特徴を向上させるための方法とし て,次のような方法を示している。. ・ 一般性に関して:一般化すること(類似性を探すこと,分類すること,構造化 すること). ・ 確実性に関して:反省すること,正当化すること,証明すること(組織的なア プロ」チを使うこと,推測牟詳しく述ベキ検証すること). ・ 厳密性に関して:モデル化すること,記号化すること,定義すること(解釈と 妥当性に制限をカ)けること). ・ 簡潔性に関して:記号化すること,図式化すること(標準的な手続きや表記法 を発達させること) (Gravemeijer,ユ997,p.321). このような一般性,確実性,厳密性,簡潔性という観点は,モデルを考察の対象と して反省する際の観点となろう。ま一た,数学の特徴を向上させるための上記の方法は,. モデルを発展させる際の具体的な活動を示していると考えられる。つまり,生徒が形 成したモデルを一般性,確実性,厳密性,簡潔性というような観点から反省させ,上 記のような活動によってモデルを発展させることに伴って,学習水準の移行を促進で きると考える。. 一34一.
(39) 第3節 ボトムアップ的学習指導の具体例と意義. 本節では,Tsai&Chang(2009)の行った文字式の展開に関する教授実験をもとに して,ボトムアップ的学習指導の具体例を示し,その後,ボトムアップ的学習指導の 意義について述べる。. 1.文字式の展開におけるボトムアップ的学習指導 (1)現行の指導 前節で述べたように,中学3年の(a+b)(c+d)の展開の学習指導では,展開の結果. だけを暗記するのではなく,既に述べたように順々に計算を行うことの意味を理解し て,展開の手順を獲得することが必要であると考える。 ところが,通常,この展開の指導は,(a+b)(c+d)をM(c+a)と置き換え,分配法則. を用いた式変形による指導が行われる。しかし,このように多項式を1つの文字に 置き換えるという操作は,生徒にとって馴染みのない操作であることから,教師の説 明が中心となる指導になりがちで,生徒のインフォーマルな知識や推論は考慮されな い。そのため,抽象的な記号操作を苦手とする生徒は,計算の意味を理解することな く,計算の結果のみを記憶することになる。また,面積図と関連づけた指導も行われ るが,前節で述べたように,この指導では展開の結果を表す式を導くことはできても, 順々に演算を行うという意味を理解させることは難しい。. (2)教授実験 Tsai&Chang(2009)は,文字式の展開の指導に,組合せの文脈を取り入れ,イン フォーマルな知識や推論を学習の出発点とする教授実験を行っている。そこで,Tsai. & Changの行った文字式の展開に関する教授実験を,ボトヰアップ的学習指導の具 体例として取り上げる。. 被験者は台湾の8学年の生徒62人で,同程度の学力を有する2クラスを,実験群 (32人),統制群(30人)に分けた。各クラスともそれぞれ約3分の1の生徒が平均的. な学力で,残りの3分の2の生徒は学習遅滞児である。また,これらの被験者全員 が小学校での学習経験が乏しく,数学の学習に対して否定的な感情をもっている。. 統制群には,教師が面積図を提示し,それを用いて教師が展開の手順を説明する指 導,つまりトップダウン的学習指導を行った。そして,実験群には文脈問題を用いて,. 一35一.
関連したドキュメント
○本時のねらい これまでの学習を基に、ユニットテーマについて話し合い、自分の考えをまとめる 学習活動 時間 主な発問、予想される生徒の姿
「職業指導(キャリアガイダンス)」を適切に大学の教育活動に位置づける
“〇~□までの数字を表示する”というプログラムを組み、micro:bit
学期 指導計画(学習内容) 小学校との連携 評価の観点 評価基準 主な評価方法 主な判定基準. (おおむね満足できる
小学校学習指導要領総則第1の3において、「学校における体育・健康に関する指導は、児
「PTA聖書を学ぶ会」の通常例会の出席者数の平均は 2011 年度は 43 名だったのに対して、2012 年度は 61 名となり約 1.5
「PTA聖書を学ぶ会」の通常例会の出席者数の平均は 2011 年度は 43 名、2012 年度は 61 名、2013 年度は 79 名、そして 2014 年度は 84
「PTA聖書を学ぶ会」の通常例会の出席者数の平均は 2011 年度は 43 名、2012 年度は 61 名、そして 2013 年度は 79