第一章 学習の「主体」論の言説分析
第一節 学習集団における主体
1 学級集団の概念形成
学習集団は,折出健二(1982)によると,1960年代半ばから本格的に追求され始め。そ の概念が形成されていった1)。その概念の登場は古く,ほとんど戦後すぐの実践に見られ ると言う。それ以降,学習集団の概念がさまざまな議論を通して形成されていく。」方,
学級集団づくりを展開していた全国生活指導研究協議会でも,学習集団への歩み寄りがあ り,学級集団づくりの技術を用いて学習集団をつくろうという動きがあった。ここでは,
学習集団の概念形成過程を折出の言説からたどり,次に全国生活指導研究協議会の学習集 団づくりがどのようなものであったか,を検討していく。そうして,そこにおける主体概 念について考察していく。
折出は学習集団研究の前史として,戦後すぐのいくつかの実践を紹介している。それは,
石橋勝治や無着成恭や国分」太郎などの実践である。そして,石橋勝治の実践について「資 料を持ち寄って行う集団的討論」の組織化と言い,無着や国分の実践と重ね合わせながら,
教科内容と子どもの実生活を結びつけて指導していると特徴づけている。そして,そのと きの学習集団について,つぎのようにまとめている。
教科内容を子どもの実生活と結びつけて指導することで,学習と集団との民主的か かわりを導き出し,教科の習得過程に一定の規律と自主性をあたえるという実践が戦 後早くから生まれていたのである。2)
その後,相川目出雄や島小の実践を引用しながら,このころの学習集団を「教科と実生 活とをつなぐ主体的な認識の形成という課題が学習に取り組む集団の可能性を発見するこ
とになった」とまとめている。この言説からは,主体を教科と実生活とをつなぐ者として,
あるいはそのつながりを認識する学習におけるふるまいの主体として,あるいはその認識 課題に取り組む集団の一人として,考えられていることがわかる。
次に,1950年代末から,教育研究上の概念として用いられるようになると言う。そして,
そこでは生活指導における学級集団づくりと学習集団づくりの関係が論じられることにな る。つまり,教科指導と生活指導の統一をさらに追求する過程があったのである。ただ,
このとき,どちらをどちらに統一するのか,あるいは統一して全く別の集団をっくりだす のかという問題がある。折出の解説では,統一の方法がどれであれ,「教科の中での生活指 導」ということに重きが置かれている。
そして,1960年代を経て登場してくる大西忠治(1970)の『学習集団の基礎理論』の学 習集団理論に触れていく。大西忠治の学習集団については次のように言う。
日本の学校教育のなかに,「子どもたちの生活のあらゆる諸問題」に白治的活動を通 してとりくむことを「単一目的」とする集団を確立していくという展望のもとで,学 習をr単一胃的」とするr学習集団」の形成を考えていたのである。3)
これは,学級集団が共通の目的をもっということの,その目的を学習と設定することを 示している。つまり,一つの仕事をするという目的のために学級集団を形成するのと同じ
ように,学習するということを目的とする集団を形成し,それを学習集団というのである。
そうだとすると,学級集団づくりで見てきたような学級集団の機能や集団づくりの技術を,
学習集団の機能や集団づくりに転移させることになる。これは,学級集団づくりにおける 主体性や主体の問題をそのまま学習集団にもちこむことにならないか。それとも,学習集 団の形成には,別の主体性や主体が存在するのだろうか。それについては,学習集団づく
りの具体的,実践的な言説から考察する。
その後,学習集団における学習の集団的性格について議論されたと言うが,その帰結す るところは,文化遺産の伝授という教科内容,教師=生徒という教授過程などに集団的性 格を見出す大西忠治の論に依拠し,「労働」としての学習観による第三の集団的性格を支持
している。そして,それに続く1970年代の研究から,吉本均の学習集団理論が登場すると まとめている。
吉本の学習集団は,学級集団とは別のものであると折出はとらえている。そして,その 学習集団の特質を,教科教材の内容の優先性,学習過程における不一致,指導と服従関係 の不在をあげ,「学級集団づくりにおける班を無条件に学習のなかにもちこむことはあやま りである」と言う。そして,折出はこのような学習集団を「教科の学習に習熟していく集 団」と呼び,その学習集団の性質を規定している。さらに,学習集団の独自な性格づけが
なされていったことの事例として見ている。
ここにも見られるように,学級集団づくりを前提として学習集団の独自な性格を認 識することがめざされた。右の吉本氏の述べ方のなかに,そのような学習集団のイメ ージと研究テーマの基本的なことがらが示されている。4)
以上のように見てくると,学習集団の概念形成についてできるだけ客観的にその過程や,
その時々の問題や課題を描き出そうとしており,学級集団づくりからの学習集団形成へと いう視点を見ることができる。特に上の「学級集団づくりを前提に」という解釈は,その ことを如実に示していると言える。折出白身が全国生活指導研究協議会に参加し,そこか らの影響を強く受けていることを考えると当然である。重要なことは,全国生活指導研究 協議会が学級集団づくりだけでなく学習集団の形成にも深くかかわっていたということで
ある。
一方,折出が捉えていた学習の主体は,戦後すぐの主体的に認識しようと集団のなかに 属しているものとして,また学級集団づくりの中にある民主的人格をもった者としてとら えられていることが考えられる。前者が,学習集団の研究以前のものとしてとらえている ことから,やはり,重要となるのは民主的人格をそなえた学級集団づくりの中で現れてく る主体や主体性である。
2 学習集団形成の実際
ここでは,先の折出健二(1982)の『学習集団の指導過程』から,具体的な指導につい て見ていく。上でも考察したように,折出の学習集団形成のとらえ方は,学級集団づくり の延長線上,あるいはそれと深く関連したものとして把握している。したがって,全国生 活指導研究協議会が考えていた学習集団づくりについて見ていくことになる。この折出の 論から見ていく理由として,その論の中に大西忠治を始め,学級集団づくりで実践家とし て認められている研究者の実践から学習集団づくりの技術や方法が導き出されていること二 それについての折出の解釈を検討することが学級集団づくりと学習集団の形成との関連性 を見据えた言説の分析になること,が挙げられる。
まず,折出は,学習集団の指導の位置として,「民主的人格であること」を挙げている。
そして,生活指導運動における民主的人格形成について述べ,学習集団の質の向上を民主
的人格形成への寄与という形で論を進めていく。このことは,学級集団づくりを前提とし ていることを明確に示している。つまり,学習集団の指導によって教科の授業を質的に向 上させることが,民主的人格に寄与すると言っているのである。学習集団の指導の目的は,
学級集団づくりの目的に還元されるのである。
その後,学習集団形成の意義について,教科や教材の論理や教師の教科指導という観点 から検討をしているが,学級集団づくりとの関連を抜きに,その論は展開することがない。
例えば,r3 教科指導と学習集団」の項の,よい教材についてまとめたところで,次のよ うに述べていることからもわかる。
「よい教材」の第」要件に「陶冶と訓育の統一」できる教材ということが挙げられ ている。それは,いままで述べてきたように,真理・真実を教えることと民主的人格
としての生活向上や労働意欲とを一つに結びつけていくような教材をさしている。5)
特に,教科指導の特性だととらえているr真理・真実を教えること」と学級集団づくり の目的である民主的人格の形成とを統」するような教材を,よい教材だととらえているこ
とは,学級集団づくりを前提にしていること,学級集団づくりとの関連から学習集団の形 成を志向していることを,より明らかに示していると言える。
次に,授業の規律について学習集団形成の観点からまとめている。当時の学校教育状況 が規律を形成しにくいという問題を提示している。このときの規律を折出はつぎのように
定義する。
教科内容を「わかる」というひとりひとりの学習目的=集団の目的を達成していく のにふさわしい規律だという点である。このような規律の形成を見通した日常的な授 業指導をどうしていくかというのが,ここで問題にすべきことがらなのである。6)
この規律の定義は,学級集団づくりの規律の定義と全く同じである。学級集団づくりで は,『学級集団づくり入門 第二版』で,民主的集団の説明の第三にある規律の「規律は集 団が目標に向かって合目的的な前進運動を展開する際に現れる集団のちからの形式である」
とまとめられている7)。これと比較してみみれば瞭然であろう。このことからも,学級集 団づくりの考え方を学習集団の形成に転用していることがよく分かる。