博士(農学)佐原 健 学位論文題名
1
低 温 処 理 に よ り 誘 起 し た 家 蚕 倍 数 体 の 諸 性 状 に 関 す る 研 究
学位論文内容の要旨
本論文は、総頁数
126頁、表24 、図26 からなる和文論文で、他に参考論文
12編が添えられている。
動物の倍数体研究において、家蚕は最も研究の進んだ実験材料であり、様々 な人為的倍数体誘起法によって誘起され得る。中でも低温処理(‑10 ℃、24hr )は 容易に倍数体蚕を誘起する。家蚕の性染色体は雄がZZ 、雌が
ZWで構成される。
倍数体になると3 倍体、4 倍体ともにそれぞれの倍数体雌について異なる性染色 体構成を示す。
本研究においては、家蚕3 倍体と4 倍体について性染色体構成の違いにより引 き起こされる形態的ならびに細胞遺伝的変化を調査した。以下、3 倍体、4 倍体 の家蚕において新しく明らかになったそれぞれの性状4 項目について概要を述 べる。
1
.家蚕4 倍体雌における性染色体対合の選択性の解明
低温処理によって誘起した4 倍体雌(ZZWW) に伴性劣性遺伝子を持つ
4種類の2 倍体雄 を交配して 得た
3倍 体にはZZZ 雄ならびに
ZZWとZWW の
2種 類の性染色 体構成 を持った雌が存在した。伴性劣性形質により判別が可能であったZWW に つい て は
1蛾 区内 の 個体 数 が 非常 に 少な く
1.5010前 後に とど まった。
3
種類の性染色体構成の3 倍体は2 倍体雄から必ずZ 配偶子を受け取っているの
で、
4倍体雌の 配偶子は
ZZ、
ZWおよびWW が形成されたと考えられる。3 種類
の正常系統および4 種類の限性系統
4倍体雌に伴性赤蟻系統を交配して得られた
3倍体の性染色体構成の分離比から、4 倍体雌における性染色体の対合割合を算
出した 。その結果、いずれの場合にも
ZとZ およびW とW の問での対合割合が
ZとW 間での割合よりも多く、ランダムな対合は行われていなかった。性染色体
の対合選択性は正常系統よb も限性系統において著しく、転l 箜染色体の長さと
の関係が示唆された。
限性 系統の「 ほまれ」を 用いた実 験において低温処理によって誘起された4 倍 体 雌
(ZZWW)の 性染 色 体の対合 選択性は 、同品種内 交配由来 の4 倍体
(Homotype)より も異品種 間交配由来 の
4倍体
(Heterotype)において顕著であった。この事実 を糸
lII胞学的に確認するために、限性黄繭系統
(Sy)の卵母細胞の性染色体対の割 合
(ZZ+WW):(ZW+ZW)を 調査した ところ、
Homotypcで
2.
1:3.4であ ったのに対 し て 、
Heterotypeで は
1:8と 約
4.9倍 も の 選 択 性 の 増 加 が 認 め ら れ た 。
2.3
倍 体蚕 に おけ る 卵 サイ ズ 決定 機 構 なら び に大 卵
(Ge)系 統を 用 いた 卵 サ イ
ズと卵数との関係の解明
低 温 処 理に よ って 誘 起され た
4倍体雌 に2 倍体雄を 交配して 得られた 次代
3倍 体 の卵 サ イズ を 調 査し たと ころ、
ZZW雌 では異常形 卵を混在 する正常 サイズ卵 を 産下 し たの に 対 して
ZWW雌 では 大 型卵 が 形 成さ れ たことか ら、W 染色 体上に 卵サイズを決定する遺伝子(Escl: Egg size determinig gene) が存在することを確認 し た 。
Esd遺 伝子 の 発 現を 調 査す る た めに
ZWW卵巣 を
ZZW個体 に 移 植す る と同 時 にEsd 遺 伝子 と 同 一遺 伝子と 考えられ るGe 系統と正 常系統間 における 相互の 卵巣移 植を行っ た。その結果、移植卵巣には本来と同じサイズの卵が形成され、
Esd
遺伝 子 は卵 巣 内 の遺 伝的要 因以外の 体内環境に 影響され ることな く発現す ることが明らかとなった。
Ge
系統と 正常系統 を用いた 片側卵巣摘 出による 卵サイズ と卵数の 関係の調査 を 行っ た とこ ろ 、 双方 の系 統ともに 卵サイズが
10〜
20%増加し たが、卵 数の増 加が認 められた のは
Ge系統 に限られた 。また、
Ge系統にお ける卵数 の増加は化 蛹
3日ま でであっ たのに対 して、卵サ イズの増 加は化蛹
4日まで続 いた。これら の 事実 は 、家 蚕 の 卵形 成に おいて、 栄養条件の 限られた 環境下で は
E.d遺伝子 がその 発現を抑 制されて 、卵数を優 先して卵 質の決定 を行って いることを示し た。
3.
卵殻紋様の大きさを決定する遺伝子の発見と解析
家蚕の 卵殻表面 に認めら れる網目 状構造の 面積を様 々な性染色 体構成を 有す
る
4倍 体、
3倍 体 に つい て
2倍体と の比較を 行った。 網目状構 造の面積は 倍数性
に 関わ ら ず
ZW(2n)=ZWW(3n)く
ZZW(3n)=ZZWW(4n)く
ZZZW(4n)の順 であった こと
か ら、
Z染 色 体 上に
Esdに続 く2 番目 の数量因 子の存在 を提唱し 、卵殻網目 サイ
ズ決定遺伝子(Pgd: Polygonal pattem size determining gene) と命名した。この遺伝子
と
FLsdとの発現に関する関係を調査するためにGe 系統(T のと正常系統(rvv) の倍数
体 を 誘 起 し 、 卵 サ イ ズ と 網 目 面 積 を 比 較 し た と こ ろ 、 前 者 に は
rw2nく
rw 4n=TG2nく
TG4nの関 係が、後 者には
rw2n=TG2nく
rw4nく
TG4nの関係 が存在し たこ
とから 、
Esd遺伝子 とPgd 遺伝子 はそれぞ れ独立し て発現し ていること が明らか
になった。さらに、
2種類の性染色体構成を持つ4 倍体雌(ZZZW とZZWW) におけ る 同様 の 調査 においても 、卵サイズ は
ZW= ZZZWくZZWW 、網目サ イズは
ZWく
ZZWWくZZZW の 関係カ溶在したことからも、両者の独立性が確認された。
4.4倍 体 雄 に お け る 人 為 的 処 理 に よ る 妊 性 獲 得 法 の 確 立 と 次 世 代4倍 体 蚕 の 、性 状調査
家 蚕4倍 体 雄(ZZZZ)の 不 妊 性 の 要 因 を 調 査 す る 目 的 で 、4倍 体 雄 の 妊 性 獲 得 法 を 検 討 し た 結 果 、5齢 期 に お け る ア ラ 夕 体 片 側 除 去 、 高 温 ‐ 多 湿 処 理 お よ び 絶 食 処 理 が 有 効 で あ る こ と が 示 さ れ た 。 特 に 、5齢 期 の 絶 食 処 理 が 効 果 的 で あ っ た こ と か ら 、4倍 体 雄 の 妊 性 獲 得 に 関 す る 絶 食 処 理 の 最 適 条 件 を 調 査 し て 、5 齢 60時 間 か ら の30時 間 な ら び に48時 間 前 後 の 絶 食 処 理 が 適 当 で あ る こ と が 明 ら か と な っ た 。 家 蚕 4倍 体 雄 の 不 妊 は 有 核 精 子 の 形 成 異 常 に 起 因 す る が 、4眠 と 精 母 細 胞 の 減 数 分 裂 時 期 が ず れ る こ と が そ の 原 因 と な る こ と が 示 唆 さ れ た 。 5齢 期 に お け る ア ラ 夕 体 片 側 除 去 、 高 温 ― 多 湿 処 理 お よ び 絶 食 処 理 を 施 し て 、 妊 性 を 獲 得 さ せ た4倍 体 雄 と 低 温 処 理 に よ っ て 誘 起 し た4倍 体 雌 と の 交 配 に よ っ て 、Fi4倍 体 が 得 ら れ た 。Fi4倍 体 の 生 存 率 を 性 染 色 体 構 成 ご と に 調 査 し た とこ ろ 、7フ ワ ワ離 と77WW|雕に比ぺてZZZWlが傭しく|也い9ltt|:; 譽を冫亅ilーt:‥
ZZZW雌のラピL ii.J":)Ujは、孵化、吐糸、化蜘およびり;J化IlぷJu亅に磐しくIf|川..するこ と か ら 、 体 内 環 境 の 変 化 に 関 与 す る 遺 伝 子 の 発 現 は 性 染 色 体 構 成 の バ ラ ン ス と何ら かの関連があることが示唆 された。
以上のように、本研究は3 倍体、4 倍体蚕の卵形質の比較からW 染色体上に卵
サイズ決定遺伝子
(Escl)、ならびに2 倍体、3 倍体、4 倍体の卵殻における網目サ
イズを比較検討することから卵殻網目サイズ決定遺伝子(珊めの
2つの新規遺伝
子を発見するとともに、4 倍体蚕におけるいくつかの新しい性状を明らかにし
た。
学 位 論 文 審 査 の 要 旨 主 査 教 授 飯 塚 敏 彦 副 査 教 授 諏 訪 正 明 副 査 教 授 三 上 哲 夫 副 査 助 教 授 伴 戸 久徳
学 位 論 文 題 名
低温処理により誘起した家蚕倍数体の諸性状に関する研究
本論 文は、 総頁 数1つ−6頁、 表っ ー4、図26から なる 和文論 文で 、他に 参考 論文12 編が添 えら れてい る。
動物 の倍数 体研 究にお いて 、家蚕 は最 も研究 の進 んだヨ ミ験 材料で あり 、様々
な 人 為 的 倍 数 体 誘 起 法 に よ っ て 誘 起 さ れ 得 る 。lI] で も'LLc:jlyL処Illl( ・1( ) ℃ 、 っ ー4hr) は 容易に 倍数 体蚕を 誘起 する。 家蚕 の性染 色体 は雄がZZ、雌 がZWで 構成 される 。
倍 数 体 に な る と3倍 体 、41 ‑'f1:と も に そ れ ぞ れ の1舟 数 体 雌 に つ い て | せ な る ´v l: 染 也 体構成 を永 す。
本研 究にお いて は、家 蚕3倍 体と4倍体に つい て性染 他体 構成の 述い によル リ|
き起こ され る形態 的な らびに 糸lll胞 遺伝 的変化 を調 査した 。以 下、3竹体、4jt;仆 の家蚕 にお いて新 しく1丱ら かにな った それぞ れの 性Ux4JJi凵 につ いて慨 ,製 を述 べる。
1.家 蚕4倍体 雌に おける 性染 色体対 合の 選択性 の解 明
低温 処理に よっ て誘起 した4倍体雌(ZZWW)に 伴性 劣性遺 伝予 を持つ4;fiT'對iの2 倍体雄 を交 配して 得た3倍体 にはZZZ雄なら びにZZWとZWWの2種類 の性 染色
体構成 を持 った雌 が存 在した 。こ の巾、ZWWでは1蛾区 内のillil体数 が非 常に少 なく1 .5rr/o前後 にと どまっ た。 .
3和R封iの'I'I:染{色'filx4t/i成の31II体は24lIイィ 閲£カゝら ゼ、ずznじ伽5.r.を´受|Jlkりてし、るの で、4倍体雌 の配 偶子はZZ、ZWお よびWWが形 成され たと 考えら れる 。各純 系
統4倍 体雌に 伴性 赤蟻系 統を 交配し て得 られた3倍体 の性染 色体 構成の 分離 比か ら、4倍体雌 にお ける性 染色 体の対 合割 合を算 出し た。そ の結 果、い ずれ のJ易 合にもZとZお よびWとWの 間での 対合 割合がZとWロjJでのA. iJ合よ りも 多く、 ラ ンダム な対 合は行 われ ていな かっ た。
限性 系統の 「ほ まれ」 を用 いた実 験に おいて 低温 処理に よっ て誘起 され た4債
体 雌(ZZWW)の 性 染 色 体 の 対 合 選 択 性 は 、 同 品 種 内 交 配 山 来 の41尚 体 (Ho|n( )Lypc) よ り も 異 品 種 間 交 配 由 来 の 4倍 体 (Heierotype)に お い て 顕 著 で あ っ た 。 2.3倍 体 蚕 に お け る 卵 サ イ ズ 決 定 機 構 な ら び に 大 卵(Ge)系 統 を 用 い た 卵 サ イ ズ と 卵 数 と の 関 係 の 解 明
低 温 処 理 に よ っ て 誘 起 さ れ た4倍 体 雌 に2倍 体 雄 を 交 配 し て 得 ら れ た 次 代3倍 体 の 卵 サ イ ズ を 調 査 し た と こ ろ 、ZZW雌 で は 異 常 形 卵 を 混 在 す る 正 常 サ イ ズ 卵 を 産 下 し た の に 対 し てZWW雌 で は 大 型 卵 が 形 成 さ れ た こ と か ら 、W染 包 体 上 に 卵 サ イ ズ を 決 定 す る 遺 伝 子(Escl: Egg size detenuinig gene)が 存 在 す る こ と を 確 認 し た 。 ま た 、 卵 サ イ ズ が 遺 伝 的 に 異 な る 個 体 間 の 卵 巣 移 植 に よ り 、Escl遺 伝 子 の 発 現 と 宿 主 環 境 と の 関 係 を 明 ら か に し た 。
3.卵 殻 紋 様 の 大 き さ を 決 定 す る 遺 伝 子 の 発 見 と 解 析
家 蚕 の 卵 殻 表 面 に 認 め ら れ る 網 目 状 構 造 の 面 積 を 様 々 な 性 染 色 体 構 成 を 有 す る4倍 体 、3倍 体 に つ い て 2倍 体 と の 比 較 を 行 っ た 。 網 目 状 構 造 の 面 積 は 倍 数 性 に 関 わ ら ずZ染 色 体 の 多 い 順 で あ っ た こ と か ら 、Z染 色 体 上 にEsclに 統 く2番 目 の 数 量 因 子 の 存 在 を 提 唱 し 、 卵 殻 網 目 サ イ ズ 決 定 遺 伝 子(Pgcl: Polygonal pattcm size determining gene)と 命 名 し た 。
4.4倍 体 雄 に お け る 人 為 的 処 理 に よ る 妊 性 獲 得 法 の 確 立 と 次 世 代4倍 体 蚕 の 性 状 調 査
家 蚕 4倍 体 雄 (zzzz)の 不 妊 性 の 要 因 を 調 査 す る 目 的 で 、4倍 体 雄 の 妊 性 獲 得 法 を 検 討 し た 結 果 、5齢 期 に お け る ア ラ タ 体 片 側 除 去 、 高 温 ‐ 多 湿 処 理 お よ び 絶 食 処 珂 ! が 有 効 で あ る こ と が 示 さ れ た ら 特 に 、5齢 期 の 絶 食 処 理 が 効 果 的 で あ っ た こ と か ら 、4倍 体 雄 の 妊 性 獲 得 に 関 す る 絶 食 処 理 の 最 適 条 件 を 調 査 し て 、5齢60 時 間 か ら の30時 間 な ら び に48時 間 前 後 の 絶 食 処 理 が 適 当 で あ る こ と が 明 ら か と な っ た 。 家 蚕4倍 体 雄 の 不 妊 は 有 核 精 子 の 形 成 異 常 に 起 因 す る が 、411k:時 ; 飢 と 精 母 ネ 刪 包 の 減 数 分 裂 時 期 が ず れ る こ と が そ の 原 因 と な る こ と が 示 唆 さ れ た 。
以 上 の よ う に 、 本 研 究 は3倍 体 、4倍 体 蚕 の 卵 形 質 の 比 較 か らW染 色 体 上 に 卵 サ イ ズ 決 定 遺 伝 子(Esめ 、 な ら び に2倍 体 、3倍 体 、4倍 体 の 卵 殻 に お け る 網 目 サ イズを比llik検 お・、J.することから卵般きIq凵lJ.イズ決定遺伝予(l:gd)の2つの新規辿化;
子 を 発 見 す る と と も に 、4倍 体 蚕 に お け る い く つ か の 新 し い 性 状 を | リJら か に し た。得られた知 見は、学術的な新発見を含 み高く評価できる。
よ っ て 審 査 員 一 同 は 、 別 に 行 っ た 学 力 確 認 試 験 の 結 果 と 合 わ せ て 本 論 文 の 提 出 者 、 佐 原 健 は 博 士 ( 農 学 ) の 学 位 を 受 け る に 十 分 な 資 格 あ る も の と 認 定 し た 。