博士(農学)佐野雄三 学位論文題名
樹木の凍裂発生要因の研究
学位論文内容の要旨
樹木の凍裂とは、寒冷時に樹幹がその放射縦断面を破断面として割裂する現象 である。近年、北海道内陸部のような酷寒地の林木ばかりでなく、本州や九州地 方のスギ造林木にも凍裂が多発していることが明らかにされており、育林上の問 題となっている。凍裂害を防除、あるいは軽減するための有効な手段は確立され ていない。その発生の実態やしくみについても、不明の点が数多く残されてい る。このような背景から、本研究では、凍裂発生の時期と気温条件の調査、凍裂 樹幹の物性的・構造的特性の解明、人工凍裂の誘発実験を行い、凍裂の発生要因 について検討した。内容の要旨は以下のとおりである。
緒言では、既往の文献に従って凍裂の実態について概説するとともに、凍裂の 発生機構に関する従来の仮説の問題点を指摘した。これに基き、本研究の目的と 範 囲 を 明 ら か に し 、 さ ら に 本 論 文 の 構 成 に つ い て 述 べ て い る 。 第1章では、凍裂発生の時期と気温について検討している。古い凍裂の多く 1ま、気温が十数℃r ̲10℃程度の範囲内で変動する初冬の比較的短い期間内(道 北地方で11月下旬〜12月中旬、札幌近郊で12月中〜下旬)に集中的に再割裂する ことが確認された。新たな凍裂の場合、古い凍裂が集中的に再割裂するのと同時 期、同程度の気温下で発生するものがあることが確認された。この調査により、
凍裂は必ずしも厳寒期に気温が著しく低下するときに発生するわけではなく、
―10℃程度の気温下でも発生するものと判断された。
第2章では、凍裂木の構造的特性を検討するために、6樹種22本の凍裂木につい て、樹幹の内部構造や外部形態を調べている。22本すべての凍裂樹幹の心材部 で、凍裂の割れとは別に内部割れが発達しているのが観察され、とくに凍結状態 で観察すると、それらの内部割れの空隙には氷晶が析出しているのが認められ た。内部割れの発達形状は様々であり、目回ルカ|著しく発達するもの、放射状の 内部割れだけが発達するものなどが認められた。22本の試料のうち4樹種16本の
試料については、軟X線写真観察や含水率測定により樹幹内の水分分布を調ベ、
新凍裂木を含むいずれの試料でも、高含水率心材部が形成されていることを確認 した。これに対レて、従来の報告のいくっかで指摘されている樹幹の損傷や外部 形態との関連については、一部の凍裂木で認められたにとどまった。これらの結 果から、高含水率心材部やその内部に認められる内部割れは、凍裂の発生に強く 寄与していることが示唆された。
第3章 では、凍裂 の発生と高含水率心材部、内部割れの関連を検討するため に、凍結,融解過程での凍裂樹幹の高含水率心材部の放射方向の寸法変化の挙動 の特性を調べている。凍裂樹幹の高含水率心材部は、凍結に伴い限界ひずみに近 い膨張を起こすことが確認された。これに対して、凍裂をもたない樹幹の心材部 は、含水率の高低に拘わらず、凍結の際に凍裂樹幹の高含水率心材部のような膨 張を起こさなかった。この実験に使用レた凍裂樹幹の高含水率心材部には、よく 発達した目回りが発生しており、凍結によりその空隙に氷晶が析出レたのに対し て、凍裂を含まない樹幹部位より採取した試験体には、目回りは発生していな い、という構造的な違いが認められた。これらの結果から、高含水率心材部によ く発達した目回りをもつ凍裂樹幹では、内部膨張が凍裂の発生要因になっている ものと判断され、その内部膨張の直接の原因は、氷晶析出により目回りの空隙が 拡大することであると推察された。
第4章では、内部割れが凍裂の発生にどのように寄与しているのかを詳しく検 討するために、トドマツ凍裂樹幹の水食い材部を凍結状態で実体顕微鏡とcryo‑
SEMによ り直接観察 し、材組織や内部割れの空隙での氷晶の局在や構造、内部 割れに接する材組織の変形の状態を明らかにしている。水食い材部の材組織はか ナより飽水に近い状態であること、内部割れの空隙にも氷晶がほぼ充満しているこ とが確認された。内部割れの近辺の材組織では、表面圧密などの圧縮変形は認め られなかった。その破断面からかなり離れた領域の材組織でも、氷晶の析出によ る内部割れの空隙の拡大に応じて変形を起こしているのが確認された。この観察 から、凍裂樹幹には、凍結の際に氷晶析出により目回りや放射状の内部割れの空 隙が拡大するのに応じて、水食い材部全体の体積増加を伴う内部変形が引き起こ されていることが示唆された。
第5章では、凍裂や内部割れの破壊形態を光学及び走査電子顕微鏡で調べてい る。凍裂と放射状の内部割れの破断面には、有縁壁孔の壁孔縁の破壊や壁層レペ ルでの破断面の移行が頻発するという共通点があること、接線破断面の観察で は、凍裂の破断面の移行部で放射柔細胞が壁切断破壊を起こしていたのに対し
て、目回りの破断面で放射柔細胞が壁界破壊を起こしているとぃう述いがあるこ と、などの破壊形態的特徴が明らかになった。これらの結果から、凍裂の原因と なる応カや内部割れが発生・発達する際の温度条件などについて言及した。
第6章では、(1)生材の円柱状の樹皮付試料をー20〜―80℃の冷凍庫に入れ、
この試料の中心部を局部的に一定温度に加温することにより試料内部に放射方向 の温度勾配を強制的に付与する方法、(2)含水処理した円板ないし円柱状の樹 皮付試料を単に凍結させる方法により、人工的に凍裂を誘発させる実験を行って いる。(1)の実験では、試料中心部と冷凍庫内の温度差を30〜100℃の様々な条 件に設定したが、いずれも凍裂は誘発されなかった。(2)の実験では、一部の 試料に樹幹表面まで達する凍裂状の割れ(人工凍裂)が誘発された。人工凍裂が 誘発された試料には、凍裂の割れとは別に内部割れが著しく発達していたのに対 して、人工凍裂が誘発されなかった試料では、内部割れの発達は軽微であった。
凍裂が誘発された試料と誘発されなかった試料との間でみられたこのような構造 的な違いは、天然下で発生した凍裂をもつ樹幹と凍裂をもたない樹幹との間で認 められた内部構造的な違いとほぼ一致する。従って、内部割れの発達が凍裂の発 生に強く寄与レているものと判断された。
以上の野外調査や観察、実験により得られた結果から、凍裂の発生要因につい て、総合考察を行っているdすなわち、凍裂の発生に不可欠な因子は、樹芯部に 位置する高含水率心材部で目回りや放射状の内部割れが発達し、凍結の際に氷晶 析出によりその空隙が拡大することであると結諭した。内部剖れの空I轍の拡大に より引き起こされる樹幹の内部変形に応じて、樹幹の外層部で局所的に高い接線 方向の引張り応カが生じるものと推察される。
学位論文審査の要旨 主査
副査 副査 副査
′教授 教 授 教 授 助教授
深澤 平井 滝川 大谷
和三 卓郎 貞夫 諄
学位 論文題名
樹木の凍裂発生要因の研究
本論 文は、凍裂発生の時期と気温条件の調査、凍裂樹幹の物性的・構造的特性の 解明、人工凍裂の誘発実験を行い、凍裂の発生要因について検討したものである。研 究結果を6章に区分して記載し、図21、表5、写真103を含み、別に緒言、総合考察を 加えた、172頁の和文論文である。引用文献は114であり、参考論文9編が添えられて いる。
第1章 では、道内の3地点で、樹木の凍裂か冬期間のいつ頃、どの程度の気温下で 起こるのかを検討している。古い凍裂の多くは、気温が十数℃〜 ‑ 10℃程度の範囲 内で 変動する 初冬(11月下 旬〜12月下 旬)に集中的に再割裂すること、新たな凍裂 の場合にも、古い凍裂が集中的に再割裂するのと同時期に発生するものがあることを 確認した。この調査により、凍裂は必ずしも厳寒期に気温が著しく低下するときに発 生 す るわ け では な く、‑10℃ 程度の気 温下でも 発生し得 ることを結 諭してい る。
第2章では、凍裂樹幹の構造的特性を検討している。凍裂樹i:it,の心材部には数多く の内部割れが発達していること、とくに凍結状態ではそれらの内部倒れの空隙に氷|m が析出していることを確認している。さらに、内部割れの発達形状は様々であり、目 回りが著しく発達するもの、放射状の内部割れだけが発達するものなどの類型がある ことを指摘している。また、樹幹内の水分分布を調べた結果、いずれも高含水率心材 部が形成されていることを確認している。これらのことから、凍裂の発生の内的因子 と し て 、 高 含 水 率 心 材 や 内 部 割れ が 強く 関 与 して い るも の と 判断 し てい る 。 第3章では、凍結・融解過程での凍裂樹幹の高含水率心材部の放射方向の寸法変化 の挙動の特性を調べ、凍裂の発生と高含水率心材部、内部割れとの関連を検討してい る。凍裂樹幹の高含水率心材部は、凍結に伴い限界ひずみに近い膨張を起こすのに対 して、凍裂をもたない樹幹の心材部は、含水率の高低に拘わらず、凍結の際に膨張を
ほ とん ど起 こ さな いこ とを 確認 して いる 。さ らに 、凍 裂樹 幹の 高含 水 率心 材部にはよ く 発達 した 日 回り が発 生し てお り、 凍結 によ りこ の目 回り の空 隙に 氷 晶が 析出したの に 対し て、 凍 裂を 含ま ない 樹幹 の心 材部 には 目回 りは 発生 して いな い 、と いう構造的 な 違い があ る こと を明 らか にし てい る。 この こと から 、凍 結の 際に 氷 晶析 出により目 回 り の 空 隙 が 拡 大 す る こ と が 凍 裂 の 発 生 に 寄 与 し て い る こ と を 示 唆 し て い る 。 第4章 で は 、 凍 結 状 態の 凍裂 樹 幹の 高含 水率 心材 部をcryo‑SEMによ り直 接観 察し 、 氷 晶の 局在 や 構造 、内 部割 れに 接す る材 組織 の変 形の 状態 を明 らか に して いる。水食 い 材部 の材 組 織は かな り飽 水に 近い 状態 であ るこ と、 内部 割れ の空 隙 に氷 晶がほぼ充 満 して いる こ とを 確認 して いる 。内 部割 れの 近辺 の材 組織 では 表面 圧 密の ような圧縮 変丿l彡は言忍められず、その破断 而からかなり離れた領域の材組織でも、氷品の析出によ る 内部 割れ の 空I鍛の 拡大 に応 じて 変形 し てい るこ とを明瞭に示している。これらの結 果 か ら 、 凍 裂 の 発 生 に 対 す る 内 部 割 れ の 寄 与 の 仕 方 に つ い て 言 及 し て い る 。 第5章 で は 、 凍 裂 や 内部 割れ の 破壊 形態 を光 学及 び走 査電 子顕 微鏡 で観 察し 、凍 裂 と 放射 状の 内 部割 れの 破断 面に は、 有縁 壁孔 の壁 孔縁 の破 壊や 壁層 レ ベル での破断面 の 移行 が頻 発 する とい う共 通点 があ るこ と、 接線 破断 面の 観察 では 、 凍裂 の破断面の 移 行部 では 放 射柔 細胞 が壁 切断 破壊 を起 こし てい たの に対 して 、目 回 りの 破断面では 放 射柔 細胞 が 壁界 破壊 を起 こし てい ると いう 違い があ るこ と、 など を 明ら かにしてい る 。こ れら の 結果 を踏 まえ 、凍 裂の 原因 とな る応 カや 内部 割れ が発 生 ・発 達するとき の温度 条件などについて言及している。
第6章 で は 、(1) 生 材 の 円 柱 状 の 樹 皮 付 試 料 に 放 射 方 向 の 温 度 勾 配 を 付 与 する 方 法 、(2)含 水 処 理 し た 円 板 な い し 円 柱 状 の 樹 皮 付 試 料 を 単 に 凍 結 さ せ る 方 法 に よ り 、 人 工 的 に 凍 裂 を 誘 発 さ せ る 実 験 を 行 っ て い る 。 実 験(2)で 、 一 部 の 試 料 に樹 幹 表 而ま で達 す る凍 裂状 の割 れ( 人工 凍裂 )を 誘発 する こと に成 功し て いる 。そして、
人 工凍 裂が 誘 発さ れた 試料 には 内部 割れ が著 しく 発達 して いた のに 対 して 、人工凍裂 が 誘発 され な かっ た試 料で は内 部割 れの 発達 は軽 微で ある とい う、 構 造的 な違いが認 め られ たこ と を述 べて いる 。こ れら のこ とか ら、 凍裂 の発 生に 不可 欠 な因 子は、樹芯 部 に位 賦す る 高含 水率 心材 部で 目回 りや 放射 状の 内部割れが発達し、凍結 の際に氷1羈 析出に よりその空隙が拡大することであると結諭している。
以 上 の 研 究 結 果 は 、 内 部 割 れ の 空 隙 の 拡 大 に よ り引 き起 こさ れる 樹幹 の内 部変 形 に 応じ て、 樹 幹外 層部 で局 所的 に高 い接 線方 向の 引張 り応 カが 生じ る こと が凍裂の発 生 要因 にな っ てい るこ とを 示唆 して おり 、そ の見 解は 新知 見と して 高 く評 価される。
よ っ て 審 査 員 一 同 は 、 別 に 行 っ た 学 力 確 認 試 験 の結 果と 合わ せて 、本 論文 の提 出 者 佐野 雄三 は 博士 (農 学) の学 位を 受け るの に十 分な 資格 があ るも の と言 忍定した。