博 士 ( 水 産 学 ) 松 本 行 司
学 位 論 文 題 名
各 種 添 加 物 に よ る コ イ 筋 原 繊 維 夕 ン パク 質 の 冷 凍 及 び 凍 結 乾 燥 変 性 の 制 御 に 関 す る 研 究
学 位 論 文 内 容 の 要 旨
水産 動物 の筋肉 タンパ ク質は 極めて 変性 しやす いため ,その 貯蔵 や加工 及び流通を図るうえで 多く の問題 が生じ てい る。そ のため従来から様々な工夫がナょされてきた。例えば,スケトウダラ を原 料とし た冷凍 すり 身は, 元来極 めて変 性し やすい 性質で あるた めその ままでは長期の貯蔵が 不可 能であ るが, 水晒 しと糖 類及び りン酸 塩の 添加と いう手 段によ り数年 間に及ぷ冷凍貯蔵を可 能と したも のであ る。 この例 に見ら れるよ うに 魚肉タ ンパク 質の変 性に対 して糖類などの化合物 が保 護効果 を示す こと はよく 知られ ている 。そ こで, 著者は ,冷凍 すり身 の場合と同様に魚肉夕 ン パ ク質 の 品 質 を よ く反 映 す るCa ‑ ATPase活性 を指 標とし て用い ,冷 凍及び 凍結乾 燥によ る コ イ 筋原 繊 維(Mf)タ ン パ ク 質の 変 性 の 様 式と 変 性 に 対 する 糖 類 な ど の添 加物の 保護効 果を , 定量 的に検 討する こと を目的 として 本研究 を行 なった 。
本論 文 は 二 部 から 成 っ て い るが , 第1部 では , 冷凍 による コイMfタンパ ク質の 変性の 様式 と 変 性 に対 す る 糖 類 及 びカ ル ボ ン 酸 類の 保 護 効 果 を検討 した。 そのた め,Mf夕ンパ ク質を 約3ケ 月 に わ た って 冷 凍 貯 蔵 してMfCa ‑ ATPase活 性の 経 時 変 化 を測 定 し , 一 次反 応 式 に 従 って 解 析 し た。 そ の 結 果 , (1) 添 加 物 が共 存 し な い 時の ようにMfCa―ATPaseの失活 が速い 場合は , 初 期 に速 く 後 期 に は 遅い 二 段 階 の 反応 か ら な る が, 添 加 物 が 共存 す る 時のよ うにCa−ATPase の失 活が極 めて遅くなる場合は,見かけ上一段階の反応として進むことを認めた。そこで,(2)冷 凍 貯 蔵 中 のMfCa一ATPaseの 経 時 的 失 活 か ら 変 性 速 度 定 数 (kD) を 算 出 す る と , こ のkDの 対 数 値(logkD)と 添 加 物の モ ル 濃 度(M) の 間 に は比 例関係 が成立 するこ とが 見出さ れた。 この logkDと 添 加物 濃 度 と の 関 係直 線 の 勾 配 からMf夕ン パク 質の冷 凍変性 に対す る添加 物の 保護効 果(E値 ) を 定 量 的に 表 す こと が可能 となっ た。 そして ,(3)E値 を求め て以下 の事実 を明 らかに した 。
@E値 を 用 い てMfタ ン パ ク 質の 冷 凍 変 性 に対 す る 糖 類 の 保護 効 果 を 異 なるpHの 下 で比 べ る と ,pH7.5付 近 にお い て 最 も 強く ,pH6.5で は そ の65% , ま たpH5.8で は そ の わ ずか30% の 効
果 しか 発揮せ ず,そ の効果 は中 性付近 で最大 であり ,酸性 域で はより 高濃度 の糖が 共存 しなけれ ば 冷 凍 変 性 を 抑制 す る こ と が困 難 で ある ことを 認めた 。◎Mf夕ンパ ク質の 冷凍 変性に 対する 各 種 添 加 物 のE値 と そ の化 学 構 造 式 と の関 係 を み る と, 糖 類 で は 一般 に そ の 分 子中 にOH基 数が 多 いも のほど 変性に 対する 保護 効果が 強い傾 向があ り,ま たカ ルボン 酸類で はモノ カル ボン酸の 効 果 は ジ カ ル ボン 酸 の そ れ より も 弱 い傾 向があ ること が示 された 。◎Mf夕 ンパ ク質の 冷凍変 性 に 対し て,糖 類など の添加 物が 単独で はなく ,混合 して添 加さ れた際 の保護 効果に っい て検討し た 結果 ,糖類 及びカ ルボン 酸類 などの 添加物 は相互 に協調 的に 作用し ,各種 添加物 によ ってもた ら さ れ るkロの 減 少 倍 率 の 相乗 値 に 近 似 する 値 のkDとな る こ とを示 した。 @Mf夕 ンパク 質の冷 凍 変性 に対す る添加 物の保 護効 果は, 夕ンパ ク質と 添加物 の濃 度比率 が同じ でも同 一で はなく,
ま た共 存する タンパ ク質濃 度の 高低に も係わ りなく ,添加 物の モル濃 度が高 いほど 強い 事実を認 め た 。 ◎ 仮 にMfCa―ATPaseの 失 活 を700日 後に50% に 留め る た め に 必要 な 糖 の 濃 度を 計 算 す る と, ソルビ トール では0. 35M,スク口ースで0.30Mとなる。一方、実際に冷凍すり身中には水分 が 約80% ,糖が5〜8% 含まれ ている ので, 換算 すれば 糖濃度 は0.3〜O. 4Mに相当 し,これはす り 身 中 に あ るMf夕 ン パ ク質 の 冷 凍 変 性 を抑 制 す る の に充 分 な 濃 度 であ っ た 。 ◎Mf夕ン パク質 の 冷 凍 に お け るkDは 先 に報 じ ら れ た 熱変性 の場合 のkDに 比べれ ば極め て低 い値で あり, 日数の 単 位で 測定さ れるの に対し て熱 変性は 秒単位 で求め られる 。し かし, いずれ の変性 に対 する糖類 及 び カ ル ボ ン 酸類 の 保 護 効 果も , そ の強 さの順 位はほ とん ど同じ であっ た。ま た,Mfタンパ ク 質 の 冷 凍 変 性 に対 し て 同 じ 添加 物 が 示すE値 は,熱 変性に 対する 値の 数倍か ら十倍 に達し ,Mf‑
Ca―ATPaseの 冷凍 変 性 の 速 度を , 熱 変 性 の場 合 と 同 程 度 に抑 制 す る た めに は , 数 分のー から 十 分の 一程度 のモル 濃度の 添加 で充分 である ことが 示され た。
第2部 では , 凍 結 乾 燥中 の コ イMfタ ン パ ク 質 の変 性 様 式 と変 性に対 する 糖類の 保護効 果を検 討 し た 。 す な わ ち , 各 種 の 糖 類 共 存 下 に お け る 凍結 乾 燥 中 のMfCa・ATPase活 性 の 経 時 変化 を 測 定 し た 。 その結 果, (1)MfCa→ATPaseの失 活様式 は,熱 変性や 冷凍変 性の 場合と は異ナ ょ り , 凍 結 乾 燥 の初期 の2時間位 の間 は一次 反応に 従う速 い失 活が起 こるが ,それ 以後の 失活 は起 こ らず ほぼ一 定の値 を維持 した 。そし て,(2)糖濃 度が高 いほ ど初期の失活の速度とその度合が小 さ く な る 傾 向 を 示 し た の で ,MfCa・ATPaseの 凍結 乾 燥 初 期 のkDの 対 数 値と 失 活 が 最 大に 達 し た時 の残存 活性値 を求め ,これらの値と糖のモル濃度(M)との関係を検討した。その結果,(3) い ず れ の 糖 が 共存 す る 場 合 も凍 結 乾 燥初 期のlogk。と糖 濃度の 間には 単純 な直線 関係が 成立す る こと を見出 したの で,そ の直 線の勾 配から 変性に対する保護効果(E値)を求めた。また,(4) MfCa ‑ ATPaseの残 存 活 性 (A) の 対 数 値(logA)と 糖 濃 度 の 間に も 単 純 な 直線 関 係 が 成 立 し
たので,直線の勾配から糖の保護効果を表すもうーっの指標(R値)を考案した。これらの指標 によって凍結乾燥による変性に対する糖類の保護効果を定量的に比較し,さらに以下の事実を明 らかにした。
@Mfの凍結乾燥変性 に対する糖類のE値及びR値とその化学構造式との関係をみると,一般 にその分子中にOH基数 が多いほど変性に対する保護効果が強いことが示された。◎E値をx, R値をyとすれば,両値にはy =0. 34x―1.0の式で表され,相関係数がr=ニ0.99の強い相関関 係が認められた。◎MfCa・ATPaseの冷凍変牲と凍 結乾燥変性において糖類が示す保護効果 の強さを比較すると,両変性に対するE値はかなり近似した値であり,かつ糖の種類による保護 効果の強さの順位もほば同じであった。それゆえ,冷凍変性を抑制する場合と同程度の濃度の糖 類の添加により,凍結乾燥による初期の変性をも抑制できることが示された。ただし,冷凍と凍 結乾燥とではMfCa・ATPaseの失活の反応様式と速 度が異なり,凍結乾燥の場合はその後期 の段階では失活が事実上阻止されるが,冷凍変性の場合はその後期の段階においても,失活は進 行してゆく。それゆえ,Aを指標とすれば,凍結乾燥の方がより低濃度の糖によってその変性を 抑制できることが示さ れた。logAと糖濃度(M)と の関係から凍結乾燥によるMfCa・ATPase の失活を完全に阻止す る(logAの値が0となる)ために必要とする理論的な糖濃度を外挿して 求め(ソルビトールの場合はO. 22Mとなった),実際にその濃度を添加するとMfCa ATPase の失活が起こらないこ とを認めた。@2種類の糖が共存する時の凍結乾燥によるMfCa ‑ AT・ Paseの失活に対する保 護効果をkD及び残存活性の 変化から検討すると,2種類の糖が共存す る時のkDと残存活性は 個々の糖の添加によってもたらされるkD及び残存活性の変化倍率の相 乗値に近似し,恊調的に作用することを認めた。◎Mf夕ンパク質とソルビトールの濃度比率を 変えて,凍結乾燥変性に対する保護効果に及ぼす影響を検討した結果,保護効果の強さはソルビ トー ル濃 度 にの み依 存し て定 ま り,夕ンパク質濃度 には無関係であることが示 された。
本研究の第1部及び 第2部の結果より,糖類などの添加物はMfタンパク質の冷凍変性および 凍結乾燥による変性のいずれに対しても,従来報じられた熱変性の場合と同様な作用機構で,強 い保護効果を発揮することが明らかとなった。すなわち,これらの添加物は混合液中の水の構造 を安定化させ,その結果としてMfタンパク質の変性を保護するものと考えられており,本研究 の成果はこの推論を支持するものであった。
学位論文審査の要旨 主 査 教 授 新 井 健 一 副 査 教 授 信 濃 晴 雄 副 査 教 授 関 伸 夫 副査 助教授 沼倉忠弘 副査 助教授 猪上徳雄 副査 助教授 今野久仁彦
水産動物の筋肉タンパク質は極めて変性しやすいため,その貯蔵や加工に際して従来から様々 な工夫がなされてきた。例えば,スケトウダラを原料とした冷凍すり身は,元来極めて変質しや すいため,そのままでは長期貯蔵が不可能であるが,糖類リン酸塩の添加という手段により数年 間に及ぶ冷凍貯蔵を可能としたものである。この例のように魚肉夕ンパク質の変性に対して糖類 などの化合物が保護効果を示すことはよく知られてる。本論文は,魚肉夕ンパク質の品質をよく 反 映するCa・ATPase活性を 指標として,冷凍および凍 結乾燥による筋原繊維(Mf)タンパ ク質の変性の様式と変性に対する糖類などの添加物の保護効果を,定量的に検討することを目的 としたものである。
まず第1部では,冷凍によるコイMf夕ンパク質の変性の様式と変性に対する糖類及びカルボ ン酸類の保護効果を検討し,(1)MfCa―ATPaseの失活が速い場合は初期は速く後期は遅い二 段階の一次反応に従うが,失活が極めて遅い場合は見かけ上一段階の一次反応で進むことを認め た。(2)冷凍貯蔵中のMfCa−ATPaseの変性速度定数(kD)の対数値と添加物のモル濃度(M) の間には比例関数が成立するので,この関係直線の勾配からMfタンパク質の冷凍変性に対する 添加物の保護効果(E値)を表した。(3)E値を求めて,@Mfタンパク質の冷凍変性に対する糖 類の保護効果は,pH7.5付近において最も強く,微酸性及び微アルカりでは弱まることを認めた。
◎糖 類では一般にその分子中にOH基数が多いものほど保護効果が強い傾向にあり,またカル ボン 酸類では・COOH基数の多い方が強い傾向にあることを認めた。◎糖類などの添加物が,
混合して添加された場合のkDは,それぞれが協調的に作用し,各添加物によってもたらされる kDの 滅少倍率の相乗値に近似する値となった。@添加物の保護効果は,Mfタンパク質と添加 物の濃度比率や,またタンパク質濃度の高低にも係わりなく,添加物のモル濃度によって定まる 事実 を認めた。◎MfCa・ATPaseの 失活を700日後に50%に留めるために必要な糖の濃度を求
める と, ソルビ トールではO. 35M,スクロースでO.30Mとなるが,一方,冷凍すり身中の糖濃度は 0. 3〜0. 4Mに 相 当 し てい る。 ◎Mf夕 ンパク 質の冷 凍変性 におけ るkDは 熱変性 の場合 のkDに 比 べれ ば極 めて低 い値で あるが ,いず れの 変性に 対する 糖類及 びカ ルボン 酸類の保護効果もその強 さの 順位 はほと んど同 じであ った。
第2部 で は , 凍 結乾 燥 中 の コ イMfタ ン パ ク質 ガ 変性 様式と 変性 に対す る糖類 に保護 効果 を検 討 し , (1)MfCa―ATPaseの 失 活は 凍 結 乾 燥 の初 期 の間は 一次反 応に 従って 進むが ,それ 以後 はそ の活 性値を 維持し た。(2l糖濃 度が 高いほ ど初期 の失活の速度とその度合が小さくなる傾向を 示す ので ,logk。と 失活 が最大 に達し た時の 残存 活性値 (A)の対数値を求め,これらの値と糖の モ ル 濃 度(M)の 関 係を 検 討 した 。(3) logkDと糖 濃度の 間に は単純 な直線 関係が 成立す るの で,
直 線 の 勾配 か ら 変 性 に対 す る 保 護 効 果(E値 ) を 求めた 。またlogAと糖 濃度の 間にも 直線 関係 が成 立す るので ,直線 の勾配 から糖 の保護効果を表すもうーっの指標(R値)を考案した。(4)こ れ ら の 指標 に よ っ て ,◎ 糖 類 の 化 学 構造 式 と の 関 係を み る と , 一般 に その 分子 中にOH基 数が 多 い ほ ど変 性 に 対 す る保 護 効 果 が 強 いこ と が 示 され た。◎E値 と,R値と の間に は,相 関係 数r ーO. 99の強 い相関 関係 が認め られた 。◎冷 凍変 性と凍 結乾燥変性に対する糖類が示すE値はかな り近 似し た値で あり, ま.た 糖の種 類による保護効果の強さの順位もほば同じであった。ただし凍 結乾 燥の 場合は その後 期の段 階で失 活が 事実上 阻止さ れるが ,冷 凍変性 の場合はその後期におい て も 失活は 進行 してゆ く点が 異なっ てい る。な おlogAと 糖濃度 (M)との 関係か ら,凍 結乾 燥に よ るMfCaーATPase失 活 を 完 全 に 阻 止 する 理 論 的 ナ ょ糖 濃 度 を 求 め ると ソ ル ビ ト ール の 場 合 0. 22&と なった 。@2種類 の糖が 共存す る時 のkD及び(A)の 値は, 個々 の糖に よって もたら され るkD及び(A)の変 化 倍 率 の 相乗 値 に 近 似 し ,協 調 的に 作用す るこ とを認 めた。 ◎保護 効果 の強 さ は 糖 の濃 度 に の み 依存 し て 定 ま り ,Mf夕 ン パク 質 濃 度 に は 無関 係 で ある ことが 示され た。
以 上の 結 果 よ り ,糖 類 な どの添 加物は ,Mfタ ンパク 質の冷 凍変 性およ び凍結 乾燥変 性の いず れに 対し ても, 熱変性 の場合 と同様 な作 用機構 で強い 保護効 果を 発揮す ることが示された。すな わ ち こ れら の 添 加 物 は混 合 液中 の水の 構造を 安定 化させ ,その 結果と してMf夕ンパ ク質の 変性 を保 護す るもの と考え られる 。本論 文は ,魚肉 の冷凍 ,及び 凍結 乾燥に 際して起こる品質低下に 対す る糖 類など の添加 物によ る保護 効果 を定量 的に表 わし, 論ず ること が可能であることを示し たが ,こ れらの 成果は 本来不 安定な 魚肉 を貯蔵 及び加 工する ため の技術 を改良,開発するのに極 めて 有益 である 。以上 の点を 評価し て, 審査員 一同は 申請者 が博 士(水 産学)の学位を授与され る充 分な 資格が あると 判定し た。