早稲田大学大学院国際情報通信研究科
博 士 論 文 概 要
論 文 題 目
単眼式ヘッドマウントディスプレイ使用時の 視覚情報の認識と生理・心理特性に関する研究
Visual Perception and Psycho-Physiological Characteristics in The Use of Monocular Head-Mounted Displays
申 請 者
山添 崇
TAKASHI YAMAZOE 国際情報通信学専攻
先端メディアと人間工学研究Ⅱ
2013 年 3 月
単眼式ヘッドマウントディスプレイはそのシンプルかつ軽量小型な構造と特徴的な 観察方法により,ヒトの行動を機器が阻害する要因を可能な限り排除しつつ,利用者が 記憶の鮮明化や予測精度の向上を可能にすることを目指しているデバイスである.単眼 式ヘッドマウントディスプレイは,片眼の直前にディスプレイを配置することで,ハン ズフリーで視覚情報を観察することが可能であり,様々な行動を行いながら同時に視覚 情報を享受し,活用できる機器である.
一方で,単眼式ヘッドマウントディスプレイは,その特徴的な観察方法により,左右 眼を外界の視覚情報とディスプレイの視覚情報にそれぞれ振り分けることになってし まい,極めて非日常的かつ不自然な知覚を形成しやすい状況下に置かれることとなる.
不自然な視覚の形成は,ヒトの日常的な視覚とは異なるとされており,不自然な視覚の 形成された際に生じる基本的なヒトの視覚情報の認識特性や,不自然な視覚の形成が生 体や行動に及ぼす影響も未解明のままである.
本研究では,単眼式ヘッドマウントディスプレイ使用時における基礎的な視覚情報の 認識特性の解明を目的として,単眼式ヘッドマウントディスプレイがヒトへの視覚情報 の認識に及ぼす影響を検証し,その人間工学的評価を行った.
本論文では,上記の議論を第1章から第7章までに分けて展開した.
第1章では,序論として本研究の背景と目的,及び本論文の概要について述べた.
第2章では,単眼式ヘッドマウントディスプレイとヒトの視覚について,それぞれの 背景を述べた.両者の背景から単眼式ヘッドマウントディスプレイとヒトの視覚および ヒトの行動に関する問題点を明確にした.また,問題の解決方法を提案するとともに,
関連研究との比較をし,本研究の位置づけを行った.
第3章では,単眼式ヘッドマウントディスプレイ使用時における眼精疲労の評価を行 った.単眼式ヘッドマウントディスプレイを着用し,映像を観察した場合のヒトの視覚 メカニズムには不明な点が多く,視覚情報の認識の詳細なメカニズムもわかっていない.
そこで,視覚情報を認識に影響を及ぼし,生理・心理特性にも影響を及ぼす要因の一つ である眼精疲労に着目して実験を行った.実験では,機器の影響が少ない小型軽量の単 眼式ヘッドマウントディスプレイを使用して映像の観察を行い,使用前と使用後および 休憩後の眼精疲労を計測し調査するものとした.評価指標には,眼球の屈折値変化およ び眼精疲労に関する自覚症状調査を用いた.
第4章では,単眼式ヘッドマウントディスプレイ使用時の両眼視野闘争の知覚現象の 顕在化による視認性の低下から,ディスプレイの知覚を回復させる方法の検討と評価を 行った.単眼式ヘッドマウントディスプレイ使用時に,両眼視野闘争の知覚が顕在化し てしまうと,ディスプレイの知覚を阻害し視認性を低下させてしまう.さらに,一度,
両眼視野闘争の知覚が顕在化してしまうと自力ではディスプレイの知覚に戻す事は非 常に難しい.そこで,両眼視野闘争の顕在化によって生じた視認性の低下からディスプ レイの知覚を回復させることを目的として,視運動性眼振を誘発する実験を行った.視 運動性眼振はトリガー刺激を用いて誘発させるものとし,誘発された運動性眼振によっ て,ディスプレイの知覚を回復することを試みた.
第5章では,単眼式ヘッドマウントディスプレイのバックライト自動調光機能による 視認性の向上に関する評価を行った.視認性に関わる全ての問題は,外界の視覚刺激の 変化によって生じている.視覚刺激の変化は,明るさの変化として網膜に識別されるこ とが起点となっている.そこで,周辺光量による影響を相対的に抑制するために,ヘッ ドマウントディスプレイのバックライトの輝度を変化させ,視認性の変化を感じにくく することで,知覚の変化を抑える方法を考案し評価を行った.実験では,まず単眼式ヘ ッドマウントディスプレイと高輝度かつ調節可能な光源を用いて単眼式ヘッドマウン トディスプレイの視認性を維持できるディスプレイのバックライト輝度と周辺環境の 平均輝度の関係を調整法による主観評価を用いて調べた.調べられたバックライト輝度 と周辺環境の平均輝度の相関を元に,自動調光方法を数種類作成した.作成された自動 調光方法は,単眼式ヘッドマウントディスプレイに搭載し,高照度のプロジェクターを 用いた高照度の周辺環境において,その有効性を検討する評価実験を行った.評価実験 は主観評価を用いて,単眼式ヘッドマウントディスプレイの映像を見失った時間を計測 し,自動調光機能の有効性を評価した.
第6章では,歩行時における単眼式ヘッドマウントディスプレイ使用とその生理・心 理的特性および,視認性へ与える影響を検証する実証実験を行った.単眼式ヘッドマウ ントディスプレイは,実空間において使用を想定しているものの,統制のとれた実験室 内での評価が中心であり,歩行など活動中における評価はほとんど行われていなかった.
そのため,活動中における単眼式ヘッドマウントディスプレイ使用がヒトに与える影響 がどのようなものなのか不明なままであった.第3章において,単眼式ヘッドマウント ディスプレイ使用時に懸念される眼精疲労が回復可能な程度の疲労に納まることが示 されたことで,活動中における単眼式ヘッドマウントディスプレイ使用がヒトに与える 影響の評価を行うことが可能であるこが示唆された.そこで,活動の基本的な動作のひ とつである歩行に絞って単眼式ヘッドマウントディスプレイを使用し,その生理・心理 特性を視認性も含め評価した.実験は,歩行しながら単眼式ヘッドマウントディスプレ イを使用し心拍,ストライド,歩行速度および視線の切り替え回数を計測するものとし た.被験者が実空間内を移動するため多様な要因が複合し被験者に影響を及ぼしやすい 環境であることを考慮し,最も基本的な生理指標のひとつである心拍を用いて評価を行
った.また歩行の基本的な客観指標である,歩行速度とストライド(歩行間隔)の計測 も併せて行った.視認性に影響を及ぼす可能性の高い前方と下方の視線切り替え回数は ゴーグルに取り付けられたビデオカメラによって計測された.試行の前後にはSSQ,
VSQ,NASA-TLX,の主観評価も併せて行った.
第7章では,本研究における一連の研究の結果および考察,さらに今後の研究の課題 について記述した.
本研究を通じて以下の知見が得られた.
(1) 単眼式ヘッドマウントディスプレイ使用時に生じる眼精疲労に両眼視野闘争が 深く関わっている可能性が高いと考えられ,眼精疲労の主な要因となっている 可能性が高い.
(2) また単眼式ヘッドマウントディスプレイ観察時の生じる眼精疲労は,休憩を挟 むことで回復が可能な疲労であり,ヒトが活動を行いながら使用することに支 障を来す可能性が低い.
(3) 運動性眼振を誘発するトリガー刺激によって失ったディスプレイの知覚を回復 することが可能である.
(4) 両眼視野闘争の顕在化による視認性の低下は,フラッシュ抑制を用いることで,
ディスプレイの知覚を回復させ,知覚をある程度制御できる可能性が高い.
(5) 単眼式ヘッドマウントディスプレイ使用時にバックライトを自動で調節すると 視認性低下を改善する手段となりうる.
(6) 単眼式ヘッドマウントディスプレイを用いて歩行することは,生理・心理的な 変化の影響源になり得る.
(7) また心拍数や歩行速度,NASA-TLX,SSQ,VSQなど,既存の指標を用いることで,
生理心理負荷を計測し評価することが可能であった
(8) 既存の評価指標によって評価を行うと,矛盾するような結果を示すことがある こともわかった.そのため,計測されていない未知の要因が存在する可能性が 高い.
これらの知見から,単眼式ヘッドマウントディスプレイ使用時におけるヒトの基礎的 な視覚情報の認識特性の一端が解明されたと考えられる.解明された知覚特性を足がか りとすることで,単眼式ヘッドマウントディスプレイの基礎的な視覚情報の認識特性を 解明することが期待され,単眼式ヘッドマウントディスプレイの安全で快適な使用法の 確立や単眼式ヘッドマウントディスプレイの視覚情報の伝達能力の向上および視覚情 報の制御方法の確立を通じて,ヒトと情報通信のより密接な関係の構築や発展に寄与で きるものと考えられる.