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『私聚百因縁集』巻第六第十七話に関する小考

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(1)Title. 『私聚百因縁集』第六第十七話に関する小考. Author(s). 竹ケ原, 康弘. Citation. 国語論集, 16: 51-58. Issue Date. 2019-03. URL. http://s-ir.sap.hokkyodai.ac.jp/dspace/handle/123456789/10459. Rights. Hokkaido University of Education.

(2) 竹ヶ原. 康弘. 必要があると考える。 そこで、本 稿 では『私 聚 百 因 縁 集 』巻 六 に収 録 さ れた説 話 の内、 第 十 七 話 にあたる「烏 陵 事 〈父 母 法 華 〉」を通 じ、『私 聚 百 因 縁 集 』 における説 話 採 録 の特 徴 や 他 の説 話 集 からの説 話 の享 受 関 係 につ いて検討を行ってみたい。. レ. 二. 二. ―. 二. 一. 一. 二. レ. 一. レ. 一. 二. 7. 一. レ. レ. ―. 二. レ. 一. 二. 二. 二. 一. 二. 一. 一. 一. - 51 -. 6. 『 私聚百因 縁集』 所収 の「烏 陵事」 につ いて 一、 本節では、『私聚百因 縁集』巻 六の第十 七話「烏 陵事」を題材に、 『私聚百因縁集』における説話の採録について検討してみたい。 同 話 は中 国 唐 代 に成 立 したとさ れる『法 華 伝 記 』巻 八 書 写 救 苦 第 十 之 二 の第 六 話 に見 える「并 州 李 遺 龍 」が元 となっていると考 え られる。『私聚百因縁集』との比較のため、以下に全文を引用する。 テキストは主に『大正新脩大蔵経』第五一巻史伝部三 二( 〇六八)を 使用し、名古屋大学附属図書館小林文庫本と西尾市岩瀬文庫本も 参照した。また、私に句読点・返り点と改行とを施した。 9. 并州李 遺龍 李 遺龍 者 并州 人 。其 家 書業 相繼 究 微。龍 父 名曰 烏龍。 偏重 此土道經、不 信 佛經。性躭 嗜酒肉。謗 佛經 云、 胡 聖 制 酒 肉 。豈 有 慈 悲 。凡 一 生 中 、不 書 佛 經 、設 復 有 人。贈 投金玉利、都不 見 經。况自書寫。遂發 狂亂。. −51−. 『私聚百因縁集』巻六第十七話に関する小考. 序 本稿は、正嘉元(一二五七)年に常陸国の僧住信が編纂したとさ れる説話集『私聚百因縁集』唐土篇に見える説話と、他の説話集に 見える類話とを比較し、平安~鎌倉期における説話の伝播と、『私 聚百因 縁集』唐土篇の説話の採録の傾向について検討 することを目 的とする。 『私 聚 百 因 縁 集 』は天 竺 (インド)篇 ・唐 土 (中 国 )篇 ・和 朝 (日 本 ) 篇 の三 篇 から構 成 さ れる。こう した巻 構 成 からは、『今 昔 物 語 集 』 や 、あるいは時 代 が下 って配 列 の手 法 も異 なっているが『三 国 伝 記 』 とも共通する仏教的三国観の影響をうかがうことができる。 本著の研究は、和朝篇については北海道説話文学研究会編『私聚 百 因 縁集 の研究 本朝 編(上)』が存在 する。しかし、天 竺篇 ・唐 土 篇については、本 稿 執筆 時点 では、まとまった研 究が存 在していない。 筆者は先に『私聚百因縁集』唐土篇巻五の冒頭部に収録された、 いくつかの説話の出典や説話採録の特徴について考察を行った。その 作 業 の結 果 、巻 五 の冒 頭 部 に配 さ れた説 話 は、白 蓮 教 に関 す る内 容が削 除されたことを除 けば、出 典に近い形 で採録されていること を指摘した。 一方 、『私聚百因 縁集』唐 土篇を構成す るもう一つの巻である巻 六 に収 録 さ れた説 話 については、現 時 点 でも出 典 が不 明 な説 話 が 存 在 しており、巻 六 全 体 の構 成 の特 徴 とも関 連 さ せつつ検 討 す る 4. 5. 1. 3. 2. 8.

(3) 二. 一. 一. 二. 一. レ. 一. 二. 二. レ. レ. 一. 一. 二. レ. 一一. レ. レ. 二. 二. 二. レ. 一. 二. レ. 一. 一. 一. 二. レ. レ. 二. 一. レ. 一. 二. レ. 一. レ. 一. 一. 二. 二. 二. レ. 一. 二. 二. 一. 二. レ. 二. レ. 一. 一. レ. 二. 二. レ. 斷善諸 衆生 決定 成 菩提. 一. ―. 二. 二. 一. 二. 一. 一. 二. 一. 一. 一. 一. 二. ―. 二. 二. ―. レ. 一. レ. ―. 二. 一. レ. レ. 二. レ. 一. 二. レ. 二. 二. ―. 二. 一. 一. レ. 一. レ. 一. レ. レ. レ. 二. 一. 一. 一. レ. 二. 一. 一. レ. レ. ―. 二. レ. ―. 二. 一. 一. 二. 下. レ. 一. 一. レ. レ. レ. レ. 二. 二. 一. 上. 一. 二. 二. ―. 二. 一. 一. 二. 一. 二. 一. レ. レ. 一. レ. レ. 二. ―. レ. 二. 二. 烏陵事〈父母法蕐〉 昔、破戒無慚人アリ。其名ヲハ曰 烏陵。烏陵子アリ。其名 ヲハ曰 爲 陵 。父 烏 陵 死 トスルトキ、子 爲 陵 遺 言 スル樣 、汝 穴 賢 。我 死 後 、三 寳 境 界 莫 隨 事 。背 佛法 可 有 也 云。 隨爲陵無 奉 隨 三寳 事。只信 受外道法耳、三寳不 聞 名 字。 時 爲 陵 有 國 一 人 判 史 成 下 、道 心 アリテ常 營 佛 事 。件 司 書 寫 法 華 セントテ、件 ノ爲 陵 能 書 ナリケレハ、尋 爲 書。 時爲 陵全不 可 承。仕 他事 、佛法ヲハ名ヲモ不 聞。書 寫 經 事、不 可 作申時、件司 何ナレハト問 。爲 陵申様 、我 父 烏陵遺言ナリト申ケリ。爾共其國司猶責書セケリ。憗書. - 52 -. 二. 二. レ. 二. 二. 一. 一. −52−. レ. レ. 一. 二. 語 遺 龍 曰 、若 汝 吾 子 、不 可 信 佛 經 。信 而 犯 者 、灾 横 本 話 の内 容 を要 約 す ると、并 州 (現 、山 西 省 )に住 んでいた李 遺 不 少。即吐血而卒。 龍は道教を信仰しており、同じく道教を信仰していた父親である李 後并州 司馬發 心貞固 、偏 重 法華。如 法欲 寫 其經。無 能書。同志有 人。謂 司馬 曰、烏龍之子遺龍、繼 業能書。 烏 龍 の遺 言 によって仏 教 を忌 避 していた。しかし、仏 教 徒 である并 州の州 司馬の命に逆らいきれず、法華経の八軸に題目を書 いた。遺 其 家 邪 見 不 寫 佛 經 。君 威 能 伏 邪 心 、堪 任 書 寫 。司 馬 龍 が父 の遺 言 に背 いたことを悔 いていると、夢 に烏 龍 が現 れ、遺 龍 以 方 便 調 伏 更 不 随 。自 稱 家 傅 固 辞 。更 雇 餘 書 生 、 が書いた法華経の題目の字が変じた仏たちにより、地獄から救済さ 造 一 部 畢 。若 紙 若 筆 、必 以 浄 心 。自 出 珍 寳 、如 法 れたことを教え、遺 龍にも仏教 を信 じ、家 業にするように告げる。 營 欲 清 淨 供 養 。復 思 惟 我 既 州 主 。龍 豈 不 肯 受 言 。逼 その後 、遺 龍 は仏 教 を信 仰 す るよう になり、李 家 の書 業 も現 在 に 以 刑言、贖以 金玉。龍遂立 題目。悔 責父遺嘱。 伝わっているというものである。 入 夜 不 覺 一 日 一 夜 。次 夜 夢 百 千 天 人 囲 繞 大 威 徳 天 。 以下で引用する『私聚百因縁集』も大枠においては『法華伝記』と 龍前 庭 中 住立 。問 誰 人 。天 答 我是 汝 父烏 龍。先 生愚 氣、 不 信 佛經 。堕 大地 獄 炎火纏 身。一日一夜、萬死萬生。 同 話 であるが、細 部 に異 同 が見 られる。『私 聚 百 因 縁 集 』は承 応 二 (一 六 五 三 )年 版 本 の一 系 統 のみが伝 わっており、筆 者 架 蔵 の同 書 求 死不 得、求 生不 得。五百利犁、搆 我舌肉 。不 可 具 を底 本 として使 用 した。比 較 のため、父 に波 線 、子 は直 線 、司 馬 は 説。昨日地獄上忽有 光明。於 中現 化佛 説 偈言、 二重線の傍線を施した。また、私に句読点・返り点と改行とを施し た。. レ. 假使遍 法界 一聞 法華經. レ. 二. レ. 二. 一. 如 此 六 十 四 佛 、次 第 而 現 説 偈 亦 爾 。爾 時地 獄 火 滅 、變 爲 凉 池 。我 及 衆 生 捨 身 生 第 四 天 。天 上 法 爾 初 三 事 即 知 。汝 造 題 目 六 十 四 字 。一 一 之 字 現 化 佛 身 、説 偈 救 苦 。我 與 汝 身 一 肉 血 分 。依 我 一 人 善 縁 、地 獄 罪 人 聞 偈 離 苦 、同 生 一 處 。今 囲 繞 者 是 也 。汝 捨 先 邪 惡 、書 寫佛經、以爲 家業。復此因緣 隐而不 見。 龍 夢 覺 流 涙 悔 過 、具 白 司 馬 。聞 者 歡 喜 。皆 謂 不 意 而 造 題尚爾。况乎若自書。若教 人書、是人所 得功德、無 有 限 量 。龍 家 書 業 相 傳 至 于 今 矣。州 内 或 毎 字 禮 供、 而或毎日書。或行別讚詠。而毎日寫者蓋多〈云々。新録〉。. 10.

(4) 二. レ. 一. 一. レ. 二. レ. レ. 一. レ. レ. レ. レ. 二. レ. 一. えた際、『私聚百因縁集』の本文の変化から考えると、『私聚百因縁 集 』が『法 華 伝 記 』を直 接 に参照 したかどう かは慎 重 な検 討 が必 要 であろう。 『法 華 伝 記 』に収 録 さ れた李 遺 龍 の説 話 は、『私 聚 百 因 縁 集 』以 外 の説 話 集 にも収 録 さ れている。それらと『私 聚 百 因 縁 集 』の本 話 との比 較 を行 う ことで、更 に『私聚 百 因 縁 集』の「烏 陵 事」の参 照 関 係について考えてみたい。. - 53 -. レ. 二、 『百座 法談聞 書抄 』 『十訓 抄』と 『私聚 百因 縁集』 李遺龍 の説話は『法華伝記』を初出として広く享受されたようで、 『私 聚百因縁集』の他にも天仁三 一( 一一〇 年 ) に行 われた説教の 聞 書 である『百 座 法 談 聞 書 抄 』や 、鎌 倉 期 の教 導 説 話 集 『十 訓 抄 』 といった他の説話集にも採録されている。しかし、この両説話集とも に『法 華 伝 記 』をそのまま採 録 したのではなく、本 文 に変 化 が見 ら れる。これらの説 話 集 における本 文 の変 化 と『私 聚 百 因 縁 集 』にお ける変化とを比較 することで、『私 聚百因 縁集』に収 録された説話 の享受関係を検討してみたい。 以下に『百座法談聞書抄』に採録された遺龍の説話を引用する。 テキストは小林芳規 編『法 華百座 法談聞書 抄總 索引』を使用 した。 本説話は冒頭部に欠失部が存在する。以下の引用文中では「〔 〕」 とした。また、私に改行を施し、比較のために先に引用した『私聚百 因縁集』と同様の傍線を施した。. 昔シ、其ノ國ニヒトリノ破戒ムサムノ人〔 〕。子アリ。其 ノ名 ヲ爲陵 トイヘリ。父 ノ遠 陵死 〔 〕トキニ、遺 言〔 〕、 後ニユメユメ佛法ノ名 字ヲトナフル事ナカレ。又經論ヲ書寫 スル事ナカレ。唯 外道ノ法ヲノミヒロムヘキヨシヲイヒテ父死 ヌ。爲陵父カコトヲタモチテ佛法ニオキテアサムケリ。. −53−. 法 蕐 經 題 。即 六 十 四 字 也 。于 時 爲 陵 夢 、我 父 烏 陵 之 墮 タル地 獄 上 六 十 四 佛 來 放 光。父 烏 陵 天 上令 生給 。又 地 獄内 受 苦 衆生 、悉生 天上 。時 炎 魔王 大驚 、烏陵 極悪人 也 。何 ナル事 ソ。六 十 四 佛 放 光 迎 給 ソト申 ケレハ、言 同 シ テ六 十 四 佛 告 云 、汝 不 知 哉 。烏 陵 之 子 爲 陵 、法 蕐 經 文 字 書 六 十 四 字 。故 文 字 因 縁 同 之 。依 其 功 德 我 來 迎。 又受 苦衆生、見 佛故悉天上生也。苦拔給件六十四佛法 蕐六十四字也言、一々佛誦 偈給也。 『法華 伝記 』と比 較した際、まず固 有名詞 の変化(李 遺龍→ 爲陵、 烏龍→烏 陵)が確認できる。この変 化は口 承過程において「爲」「遠」 「陵 」等 の字 を当 てたために生 じたと考 えられる。「司 馬 」が「判 史 」 に変わった経緯は推測しがたいが、初出時以外は「件司」「國司」の表 記 になっており、呼 称 こそ変 化 したが『法 華 伝 記 』内 の「我 れ既 に州 の主 たり(我 既 州 主 )」の一 文 は意 識 さ れていると見 なせるだろう。 『私聚百因縁集』に収録された本話の内容であるが、遺龍=爲陵 は父 の遺 言 に従 って仏 法 を忌 避していたが、着 任 した仏 教徒 の司 馬 に強 要 さ れて法 華 経 の題 目 を書 いたところ、その一 字 一 字 が六 十 四 体 の仏 に変 じて地 獄 に落 ちた父 の烏 龍 = 烏 陵 を救 済 したという 大筋において、『法華伝記』との間に異同は存在しない。 しかし、『私 聚 百 因 縁 集 』では、出 典 と考 えられる『法 華 伝 記 』に 存在 した、遺 龍の家が代々能 書の家であること、并州では道教が信 じられており、仏教が軽視されていたことといった、説話の背景とな る部分が省略されている。また、遺龍が烏龍が救済された夢から覚 めた後 の文 章 も省 略 さ れている。こう した翻 案 により、『私 聚 百 因 縁集』における本話は法華経による救済が強調されたと言えよう。 『私聚百因縁集』における固有名詞の変化は口承による説話の変 化 が一 因 であろう と考 えられよう が、本 文 の変 化 ・省 略 について考. 11.

(5) 爲 陵 カスム國 ニ一 人 ノ司 馬 ナリテ來 レリ。比 人 、道 心 アル ケルモノニテ、法花經ヲ書ムトテ此ノ爲陵ハ能書人ナリケレ ハ、先ツコレニカクヘキヨシヲイフニ、爲陵カイフヤウ「コノ事ニ オキテハイミシキツミニアテラルトモエカヽシ」トマウシケレハ、 司馬ムツカリテ、サラハヲヽクノ財ヲイタスへキヨシセメケレハ、 タチマチニソノ財 ヲナクシテ、爲 陵 シフシフニ法 花 經 ノ文 字 六十四字ヲカキサシテネタル夜ノユメニ、父ノ遠陵カヲチタ ル地 獄 ノウヘニ、タチマチニ六 十 四 ノ佛 、雲 ニノリテ來 テ遠 陵 ヲムカフルニ、地 獄 タチマチニ變 シテムトレトムマレタル人 ミナ天ニムマレヌ。 王カ エムマニオヽキニオトロキアヤシミテ「遠 陵 ハモロモロノツミ人 ナリ。ナニノユヘニ今 六 十 四 ノ佛 、光 ヲハナチテコレヲムカへ、 又 受 苦 衆 生 コトコトク天 ニ生 ヘキ」トイフニ、佛 ノクモノナカ ニテコタヘタマフ「シラスヤ。コノ遠 陵 カ子 、爲 陵 トイフモノ、 娑婆世 界ニシテステニ六十 四字法花 經ヲカキハシメタリ。シ カレハ、カレカ功 德 ニヨリ、父 子 ハヲナシモノナレハ、今 天ニウ マルヽナリ。又 受 苦 衆 生 モ、今 、佛 ヲ見 タテマツルニヨリテ、 コトコトク天 ニハウマルヽナリ。コノ六 十 四ノ佛 スナハチカレカ 書 ルトコロノ法 花經 ノ文 字コレナリ。汝イマニオイテハ、佛法 ヲ修行シ、大乘經ヲ書寫セヨ」トイヒテ、父ノヨロコフトミテ オトロキヌ。 爲 陵 、信 心 ヲイタシテ、コノ法 花 經 ヲカキテ、司 馬 ニコノヨ シヲカタル。司馬、イヨイヨ隨喜シテ、國内ニ宣ヲクタシテ、 佛法ヲナムアカメタテマツリケル。 人 ニスヽメラレテ法 花 經 六 十 四 字 ヲカキシ一 〃 ノ文 字 、皆 佛トナリテ、光ヲハナチタマヒケリ。 『私 聚百因縁集』と『百座法談聞書抄』とを比較すると、まず『法. 華 伝 記 』の「遺 龍 」を「爲 陵 」と 表 記 す る共 通 点 が確 認 できる。 一 方 で「烏 龍 」は『私 聚 百 因 縁 集 』で「烏 陵 」とす るも、『百 座 法 談 聞 書 抄 』では「遠 陵 」と す る。「司 馬 」は『法 華 伝 記 』と同 様「司馬」で統一されている。 本 文 を 比 較 す ると 、『百 座 法 談 聞 書 抄 』と 『私 聚 百 因 縁 集 』と の間 にはいくつかの共 通 点が見受けられる。 『百 座法 談 聞書 抄』の当該 説 話冒頭部の「昔シ、其ノ國ニヒト リノ破 戒 ムサムノ人 」は、『私 聚 百 因 縁 集 』の「昔 、破 戒 無 慚 人 アリ」と「破戒」「無慚」という語 句 の使 用 が共 通 している。大 元 の説話 である『法 華伝 記 』が烏龍 ・遺 龍の住 んだ并州 の気質 を「此 の 土は道教を重んじ、仏教を信ぜず。性酒肉を躭嗜す(重此土道經、 不 信 佛 經 。性 躭 嗜 酒 肉 )」と説 明した文と比較 す ると、大 枠での意 味の変化 はなくとも、簡潔 な説明 に改編 されていると言える。その 後 の烏 龍 = 烏 陵 ・遠 陵 の遺 言 の部 分 も『百 座 法 談 聞 書 抄 』と『私 聚 百因縁集』との間で大きな差違はない。 また、『私 聚 百 因 縁 集 』と『百 座 法 談 聞 書 抄 』には閻 魔 (炎 魔 )が 登 場 している。閻 魔 信 仰 は中 国 では唐 代 末 期 以 降 に定 着 したとさ れ、日 本 でも平 安 期 以降 に信 仰さ れるよう になった。日本 において 『法華伝記』の説話が翻案される際に加えられたのであろう。 〔ママ〕 この両 書 の類 似 については、山 内 洋 一 郎 氏 が「全 體 として似 てい 12. 『法華伝記』. 『私聚百因縁集』. 『百座法談聞書抄』. 父. (李)烏龍. 烏陵. 遠陵. 子. (李)遺龍. 爲陵. 爲陵. 司馬. 司馬. 判史・國司・司. 司馬. −54−. - 54 -. 3説話集における固有名詞の比較. 表1.

(6) 〔ママ〕. 『私聚百因縁集』. 『百座法談聞書抄』. る」と指摘 されていた。一方 で「親 子 關 係 まではなさそう である」と して、直 接 の引 用 関 係 については疑 問 を呈 さ れた。確 かに本 説 話 に おいて『百座 法談 聞書 抄』と『私 聚百 因縁集』とで使 用している語句 や 物 語 の展 開 には類 似 性 が認 められる。しかし、『私 聚 百 因 縁 集 』 と『百 座 法談 聞書 抄』とを比較 すると、『私聚 百因 縁集 』では『法華 伝 記』から少なくない量 の文章が省略され、内容にも変化が生じて いる一 方 、『百座 法 談 聞 書抄 』における本 文 の省 略 や 変化 はわず か なものに留まる。 『法 華 伝 記 』『私聚 百 因 縁 集』『百座 法 談 聞書 抄 』における物 語 の 展開を比較するため、表2を作成した。表中の固有名詞はそれぞれ の説話のものを用いた。. 『 法華伝記』. ・父の名と家業。. ・ 子、爲陵。. ・遠陵の遺言。. ・子、爲陵。. ・李遺龍について。 ・ 破戒無慚の烏陵。 ・破戒無慚の遠陵。 ・烏陵の遺言。. ・烏龍の遺言に従い ・烏 陵 の遺 言 に従 い ・烏 陵 の遺 言 に従 い拒. 長 官 の命 令 を拒 否 れ、題目を書く。. め、法 華 経 の文 字 六. れ た が 、不 足 した た. 出 す るよう に命 ぜ ら. 拒 否 す るも 、州 の 拒否するも、強要さ 否 す るも 、財 産 を 供 した 罪 に 問 わ れ 、. 十四字を書く。. 題目を書く。. ・法 華 経 の功 徳 で ・法 華 経 の功 徳 で天 ・爲 陵 、法 華経 の功徳. 大 威 徳 天 と な った に生 まれ変 わった烏 で遠 陵 が天 に生 ま れ. る。. 烏龍が、仏となった 陵が爲陵の夢に現れ 変 わる様 子 を夢 に見 他 の亡 者 に囲 まれ る。. 四 体 の仏 が光 を放 つ 体の仏が雲に乗って地. て遺 龍 の夢 に現 れ ・文 字 が変 じた六 十 ・文字が変じた六十四 る。. ・文 字 が 変 じた 六 と烏陵が天に生まれ 獄 に遠 陵 を 迎 えに来. 十 四 体 の仏 が偈 を 変 わり、他 の亡 者 も ると、天に生まれ変わ. 火 が消 え て涼 しい ・炎 魔 王 が仏 に「烏 も生まれ変わる。. 誦 す ると 、地 獄 の 天に生まれ変わる。 り、仏を見た他の亡者. 夢 子. る。. は罪人」と告げる。. 陵 は極 悪 人 」と告 げ ・エンマ王 が仏 に「遠 陵. の. 池となる。. ・「子 は父 が血 肉 を ・仏、「子が法華経を ・仏 、「子 が法 華 経 を. 分 けた存 在 であ る 書 いたが、経 を 書 く 書 いたが、父と子 は同. から 、子 の功 徳 が ことによる因 縁 は親 じものなのでその功 徳 告げる。. とがエンマ王に答える。. 親 に も 現 れ た 」と 子 で同 じ」と 炎 魔 に で天 に生 まれ変 わる」 烏龍が告げる。. - 55 -. 表2 三説話集の内容展開比較. 頭 ・并州の気風。. を望む。. 冒 ・烏龍の遺言。. ・并 州 司 馬 、発 心 ・爲 陵 の住 む 国 に、 ・爲 陵 の住 む国 に、道. ・一 部 は作 成 す る ・能 書 の爲 陵 に法 華 を書かせようとする。. し、法 華 経 の書 写 道心のある判史が着 心のある司馬が着任。 任. が、更 に遺 龍 に書 経を書かせようとす. ・能書の爲陵に法華経. 着. かせようとする。. 任。. 馬. る。. 司. −55−. 13.

(7) ・爲陵、法華経を書写. 【了】 告げる。. 大乗経を書写せよ」と. ・烏龍、遺龍に経典 ・字 が変 じた仏 が偈 ・仏、「仏法を修行し、 を 書 写 す るよう に を誦した。. し、司馬に夢の内容を. 告げる。 ・遺龍、仏教を避け 告げる。. る。. ていたことを悔 い、. ・法華経の文字が仏に. 司 馬 に夢 の内 容 を. と の功 徳 の再 確. 変化し光を放ったこと. し、仏 法 を 信 仰 さ せ. 認。. ・司馬 、国 内に宣を発. ・遺 龍 の家 が 今 も. 一 方 、『百 座 法 談 聞 書 抄 』『私 聚 百 因 縁 集 』は、父 である烏 陵 ・遠 陵の地獄からの救済が主題であり、文章も烏陵・遠陵の存在を提示 す ることから始 まる。つまり、『法 華 伝 記 』から『百 座 法 談 聞 書 抄 』 『私 聚 百 因 縁 集 』に説 話 を採 録 す る際 、法 華 経 による救 済 を主 題 とす る翻 案 がなさ れたのである。この翻 案を行った人物 がそれぞれ の説 話 の筆 者 であるのかどう かは確 定 できない。しかし、固 有 名 詞 や 物 語 の背 景 などの不 統 一 や 、翻 案 後 の文 章 における内 容 の不 備 (司馬が爲陵に法華経を書かせようとした際の対応など)から、『法 華 伝記 』を直 接参照した上で翻案・採 録を行ったのではなく、また、 『私 聚百 因 縁 集 』は『百 座法 談 聞 書 抄』から少なくとも一 段階 以 上 の引用を挟んでいるのではないだろうか。 遺 龍の説話 の引用 関 係 について更に考 えるため、ここで『十訓 抄 』 六 の二 十 七 に引 用 さ れた遺 龍 の説 話 を見 てみたい。以 下 に該 当 部 分 を引 用 す る。テキストは新 編 日 本 古 典 文 学 全 集 本 を使 用 した。. - 56 -. 告げる。. 後 の再確認。. ただし、天 竺 に烏 龍 といふ手書 、仏 法 を背 くものにて、 多 くのものを書 くといへども、仏 法 のかたには、一 文 字 を も書 かず してや みにけり。その子 遺 龍 といふもの、あひつ いでいみじき手書なりけるを、烏龍死したる時、「汝、あな かしこ、わがごとく仏 法 のかたのものといはむ、一 文 も書 くな」といひて、失せにけり。かかる不善 のものなれば、悪 道に落ちて、大苦悩を受けたりけり。 遺 龍 、父 の遺 命 にしたがひて、深 く仏 法 を背 くといへど も、国 王 の勅 宣 によりて、心 ならず 法 華 経 八 軸 の外 題 六 十 四 字 を書 くあひだに、その字 六 十 四 体 の仏 となりて、 烏龍が落つところの地獄に行きて、苦患を救ひ給ふにより、 父得道の由、遺龍、夢の告げを見たりけり。 これを思 ふには、不 信 不 浄 の心 なりとも、一 字 の縁 を. −56−. ・法 華 経 を 書 く こ. の 書 家 として存 続 し ていると説明。. そ ・并州では経典の字 を書 くごとに供 養 を したり 讃 詠 を し たりしている。. 表2のように三者を比較した際、決定 的な差違としては『法華伝 記 』の物 語の主 役 は子 である遺龍 であるが、他の二 者は烏龍(烏 陵) が主 役 であることを指 摘 できる。具 体 的 には『法 華 伝 記 』は遺 龍 を 主役とし、彼が仏教を信仰するようになった経緯と、その後も李家 が存 続 していること、并 州でも仏 教 経 典を大切 にするよう になった ことが説話の主題となっている。. 14.

(8) 結 びてむには、後 世 のたのみ、う たがひあるまじきにや と おぼゆ。や う によるべきにや 。ひとす ぢに思 ひ定 がたし。. 15. 相者. 方便品読誦. 弟 子の 行 動. 三 説話集 におけ る固 有名詞 の変化. 河胤之. 方便品読誦. 表3. 十五歳の沙弥. 海雲. 方便品読誦. 巻六第四. 弟子. 開善寺蔵公. 十五歳の沙弥. 海雲. 師匠の僧. ヒトリの聖人. 十五歳の沙弥. 作品名. 『百座法談聞書抄』. 一人ノ聖人. 『法華伝記』. 『私聚百因縁集』 巻六第十六. - 57 -. 遺龍・烏龍の固有名詞は『法華伝 記』に忠実である。また、閻魔の 存 在 も見 えない。固 有 名 詞 では「司 馬 」が「国 王 」に変わっている。ま た、烏龍の紹介から物語が始まり、遺龍を物語の中心とはせず、烏 龍 の救 済 を主 題 とす る物 語 の展 開 は、『百 座 法 談 聞 書 抄 』『私 聚 百 因 縁 集 』に採 録 さ れた翻 案 後 の展 開 に近 い。『十 訓 抄 』に採 録 さ れ た説話本文からは、『私聚百因縁集』と『百座法談聞書抄』との間の 直接の引用関係は肯定しがたい。しかし、『法華伝記』からの説話享 受の間に共通の資料を挟んだ可能性は考えられよう。. やすひろ/北海道教育大学釧路校非常勤講師). 『百 座 法 談 聞 書 抄 』と『私 聚 百 因 縁 集 』とでは、師 の僧 を「一 人 の 聖人」とし、相者を「海雲」とすることが共通している。 ここまでに本 稿 で見 てきた「烏 陵 事 」と比 較 す ると、『法 華 伝 記 』 を出 典 としていながら 、『百 座 法 談 聞 書 抄 』と『私 聚 百 因 縁 集 』は 『法 華 伝 記 』と異 なった共 通 の固 有 名 詞 を使 用 している。一 方 で、 『私 聚 百 因 縁 集 』に収 録さ れた説話 の内 容 を見 ると、『百 座 法 談 聞 書 抄 』と直 接 の享 受 関 係 にあると考 えるには慎 重 な判 断 が求 めら れるであろう 異 同 が散 見 さ れる。恐 らく何 らかの翻 案 のなさ れた 資料を介したのであろう。 今回は巻六の第十七話を題材として『私聚百因縁集』の巻六に収 録 さ れた説 話 について検 討 した。今 後 も唐 土 篇 に収 録 さ れた他 の 説話 を対象 とした作 業を行 い、同 説話集 の説話採録 の特徴や 出典、 また、唐土篇の編纂目的を明らかにしてゆく必要があろう。 (たけがはら. −57−. 16. 結 以上、『私聚百因縁集』巻六第十七話を用い、同説話集に収録さ れた説話が出典と比較してどのような変化をし、他の説話集とどの ような引用関 係に位置 づけうるかについて検討してきた。同巻六 に は第 十 六 話 として「海 雲 相 處 沙 弥 事 〈付 法 華 事 〉」と題 さ れた説 話 が収録されている。本説話も第十七話「烏陵事〈父母法華〉」と同様 に『法 華 伝 記』『百座 法 談聞 書抄 』『私聚 百因 縁集 』の三 説話 集に説 話が採録されている。 先 に提 示 した山 内 氏 の論 考 によれば、三 説話 集 における固 有 名 詞 の異 同 は表 3のよう になっている。氏 の論 考 では他 の説 話 集 につい ても提示 されているが、本 稿で扱った三説話 集に限定して再 整理し た。 17.

(9) 注 1 一九九〇年、和泉書院。 2 和 朝 篇 (本 朝 篇 )も、注 1書 が「上 巻 」として本 朝 編 の半 分 の説 話 (三 十 八 話 中 、十 九 話 )を検 討 したに留 まっており、更 なる 作 業 が必 要 である。現 在 の『私 聚 百 因 縁 集 』の研 究 状 況 につい ては、追 塩 千 尋 「現 存 『私 聚 百 因 縁 集 』の時 代 認 識 」(『北 海 学 園大学人文論集』四十六号所収。二〇一〇年、北海学園大学 人文学会)も参照されたい。 3 拙 稿 「『私 聚 百 因 縁 集 』唐 土 篇 と『楽 邦 文 類 』」(『国 語 論 集 』第 十 二 号 所 収 。二 〇 一 八 年 、北 海 道 教 育 大 学 釧 路 校 国 語 科 研 究室)。 4 現 存 の『私 聚 百 因 縁 集 』は、成 立 時 期 の再 検 討 が提 起 さ れてい る。本稿で扱 う唐土編 巻五 の第一 話は、正嘉元(一二五七)年 時 点 では成 立 し得 ない内 容 が存 在 す ることが、湯 谷 祐 三 氏 に よって指 摘 さ れている(湯 谷 祐三 「『私聚 百因 縁集 』の成 立 時期 二( ) 『 : 拾 芥 抄 』『倭 漢 皇 統 編 年 合 運 』等 へ及 びたる『文 献 通 考 』の影 響 から」。『名 古 屋 外 国 語 大 学 外 国 語 学 部 紀 要 』三 十 六号所収。二〇〇九年、名古屋外国語大学)。 5 高橋 伸 幸 「『私 聚 百因 縁 集 』所 収 説話 の出 典と同 話(一覧 表 )」 (『国 文 学 解 釈 と鑑 賞 』一 九 九 三 年 十 二 月 号 所 収 。一 九 九 三 年、至文堂)。 6 文中の山括弧は割り注を示す。以下同。 7 同 書 の撰 者 や 成 立時 期 、また各 経 典 からの引用 については、市 岡 聡 「『法 華 伝 記 』の撰 者 と成 立 年 代 について」(『人 間 文 化 研 究』十八号所収。二〇一二年、名古屋市立大学大学院人間文 化研究科)を参照。 8 注5、高橋論文。 9 小 林 文 庫 ・岩 瀬 文 庫 は、新 日 本 古 典 籍 総 合 デー タベー ス( http. )の画像を使用した。 s://kotenseki.nijl.ac.jp 『大 日 本仏 教 全 書 』百 四 十 八巻 (一九 一 二 年、仏 書 刊行 会)に 翻 刻 が存 在 す るが、本 文 に誤 脱 が存 在 す るため、版 本 を使 用 した。 小 林芳 規編 『法 華百 座 法談 聞書抄總 索引 』所収。一九 七五年、 武 蔵野書 院。 毛 淑 華 「閻 魔 信 仰 に関 す る日 中 比 較 研 究 」(『比 較 民 俗 研 究 』 十五号所収。一九九七年、筑波大学比較民俗研究会)。 注 書所収、山内洋一郎「法華百座聞書抄の説話」。 浅見和彦校注・訳。一九九七年、小学館。 新 編 日 本 古 典 文 学 全 集 本 『十 訓 抄 』の頭 注 には「司 馬 」を「国 王 」とす る『法 華 伝 記 』異 本 の存 在 が記 さ れており、『十 訓 抄 』 は『百座 法 談 聞書 抄』『私聚 百 因縁 集』と異なった系 統 の『法 華 伝記』を参照した可能性がある。 本稿の作業を元に、『私聚百因縁集』における巻六第十七話の 説 話 の享 受 に ついて整理 した も のが 上 の図 である。 今 後 、巻 六 所 収 の他 の説 話 に ついて 本 稿 と 同 様 の作 業 を 行 う 中 で、 更 な る検 討 を 行いたい。 注. (烏龍救済譚への翻案). 『十訓抄』. 『百座法談. 、山内論文。. 11. 13. 『法華伝記』. 聞書抄』. (1~2段階の. 伝播・翻案). 百因縁集』. 『私聚. 第十七話における説話の享受. 図 『私聚百因縁集』巻六. −58−. - 58 -. 10 11 12 15 14 13 16 17.

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