一
三宝絵における希望表現について ︵続︶ 目次
一、はじめに
二、希望表現の構成形式
三、各形式の用法
四、おわりに
一︑はじめに 本稿は、別稿
⑴を受け、三宝絵 ︵三宝絵詞とも︶ 関戸家本 ・ 東大寺切 ︵以 下、 関 戸 家 本 と 略 す ︶ を 研 究 資 料 と し て、 そ れ に お け る 希 望 表 現
⑵の 実 態を解明しようとするものである︒
三 宝 絵 は、 永 観 二 年 ︵九 八 四 ︶ に、 源 為 憲 が 冷 泉 天 皇 の 命 を 受 け て、 第 二 皇 女 尊 子 内 親 王 の 仏 道 知 識 を 修 学 す る た め に 作 成 し た も の で あ る︒ 全 三 巻 の 内 容 は、 上 巻 は 仏 の 本 生 譚、 中 巻 は 高 僧 伝・ 霊 験 譚、 下 巻 は 各 所 の 法 会・ 法 要 の 由 来 と 模 様 を 記 す︒ そ の 伝 本 に は、 関 戸 家 本・ 前 田 家 本・ 観 智 院 本 が あ り、 そ れ ぞ れ 保 安 元 年 ︵一 一 二 〇 ︶、 寛 喜 二 年 ︵一 二 三 〇 ︶、 文 永 一 〇 年 ︵一 二 七 三 ︶ の 書 写 識 語 が 明 記 さ れ て、 関 戸 家 本 は 最 も 古 い 写 本 で あ る︒ 前 田 家 本 と 観 智 院 本 と は ほ ぼ 完 本 で あ る が、 関 戸 家 本 は 分 断 さ れ、 現 存 す る 本 文 は 全 体 の 三 分 の 一 程 度 の も の で あ る︒ここで、現存する本文として関戸家旧蔵、現名古屋市博物館の墨付 八三葉、東大寺蔵その他諸家に分蔵された八六葉、その後新出した五葉 をまとめ一七四葉を一括して関戸家本と称する︒ 各本の表記及び文体については、関戸家本は草仮名・平仮名表記で和 文、前田家本は漢字専用表記で和化漢文の文、観智院本は漢字片仮名交 じり表記で漢文訓読調の文であり三様に異なる︒三伝本の成立事情につ いてすでに先学に多く論じられているが、関戸家本は良質の料紙が用い られ、内親王に献上したものの俤を伝えると思われる︒ 既に ﹁研究報告 第Ⅰ部第113号 ︵二〇〇一 ・ 七︶ ﹂において、前田家 本と観智院本における希望表現について報告した︒本稿はその考察を補 い、関戸家本における希望表現の構成形式及び各形式の用いられ方を考 察 し な が ら、 前 田 家 本 及 び 観 智 院 本 に お け る 希 望 表 現 と の 異 同 も 比 較 し、希望表現の観点から三伝本の成立事情及び相互の影響関係について 追求する︒ テキストには、 ﹃
諸本對照三寶繪集成﹄ ︵小泉弘・高橋伸幸著 笠間書院 昭 和五十五年六月刊︶ を用いる︒ 三宝絵における希望表現について ︵続︶
柴 田 昭 二 連 仲 友
二
二︑希望表現の構成形式
まず、関戸家本に見られた希望表現の構成形式の種類とおおよその用 例数を見る︒
欲 一例
~むとおもふ 一四例
~むとす 一三例
願 一五例
ねむ 一例
ねかはくは~ 九例
ねかふ 五例
たまへ 三例
いのる 九例
こふ 一四例
もとむ 一七例
こ れ ら の 構 成 形 式 の 種 類 に つ い て、 名 詞 形 式 の ﹁欲 ﹂﹁願 ﹂、 慣 用 形 式 の﹁~むとおもふ﹂ ﹁ねかはくは~﹂ 、動詞形式の ﹁ねかふ﹂ ﹁いのる﹂ ﹁こふ﹂ ﹁も と む ﹂ が 見 ら れ る︒ 一 方 で、 平 仮 名 表 記 和 文 体 の 文 章 で あ る に も か かわらず ﹁まほし﹂ ﹁ばや﹂ といった和文に多用される様式が見られない︒
三︑各形式の用法 1︑ ﹁欲﹂ ﹁〜むとおもふ﹂ ﹁〜むとす﹂ の用法
ま ず、 ﹁欲 ﹂ の 用 法 を 見 る︒ 関 戸 家 本 に ﹁欲 ﹂ は 一 例 見 ら れ る︒ 比 較 の ため、観智院本 ︵以下 ﹁観﹂ と略す︶ と前田家本 ︵以下 ﹁前﹂ と略す︶ の該当 箇所の用例も並べておく︒ ︵1︶ よくてん ︵んは加筆︶ のたのしひさかりなるもほむてのカ ︵カは加筆︶ たちきよきもこれらのむくいうることはみなそうにゆあむすにより てなり ︵二三七頁 下巻・4 溫室功德︶
六欲天 ノタノシヒサカリナルモ梵天ノ行キヨキモコレラノムクヒヲ ウル事ハ皆僧ニ湯ヲアムシヽニヨリテ也 ︵観︶
欲天 樂盛梵天行清得此等報皆依湯浴僧也 ︵前︶
例︵1︶ における ﹁よくてん﹂ は仏教用語 ﹁欲天﹂ であり、熟語の名詞用 法である︒それに対して、前田家本には ﹁欲天﹂ 、観智院本には ﹁六欲天﹂ となっている︒
次 に、 ﹁~ む と お も ふ ﹂ の 用 法 を 見 る︒ 関 戸 家 本 に ﹁~ む と お も ふ ﹂ は 一四例見られる︒
︵2︶ ようめい天王くらゐにつきたまひぬ二年ありてのたまふ我三法に歸 えしなんと思 そ︵一〇七頁 中巻・一 聖德太子︶
用明天皇位ニツキ給ヌ二年アリテ仏法イヨ〳〵ヒロマリオコリキ王 ノ仰ニ云イマハヒトヘニ三寶ニ歸依セムトヲモフ ︵観︶
用明天皇即位二年有曰吾欲 歸依三寶 ︵前︶
︵3︶ こさうかたらひていはく我ゑうかうにかはりてそのはハ ︵ハは加筆︶ をやしなひつその心さしいまたひさしからさるにそのいのちすてに たえにたりなけきてもかひなしいまはのちのよをみちひかんとおも
三
三宝絵における希望表現について ︵続︶ ふ にたふのうちにいます佛のみまへに ︵二〇五頁 中巻・十八 大安寺榮好︶
勤操カタラヒテ云ワレ榮好ニカハリテ其母ヲヤシナヒツ其志イマタ
久カラサルニソノ命已ニタヘニタリナケキテモカヒナシ今ハ後世ヲ ミチヒカムト思 ニ堂乃ウチニ佛イマス ︵観︶
勤操語云我代榮好養其母其志未久其念
︵ママ︶已終歎而无益今欲 導後世
︵前︶
例 ︵2︶ は、 ﹁私は三宝に帰依したい︒ ﹂ の意、例 ︵3︶ は、 ﹁今は後世を 導きたい﹂ の意と解され、いずれも第一人称の自分自身に向けられる ﹁願 望
⑶﹂を直接 ﹁表出
⑷﹂する用例である︒また、関戸家本の ﹁~んとおもふ﹂ に観智院本には ﹁~ムトオモフ﹂ 、前田家本には助動詞の ﹁欲﹂ で表現し、 三 本 の 希 望 表 現 に は ﹁~ ん と お も ふ ﹂﹁~ ム ト オ モ フ ﹂﹁欲 ﹂ と い う 対 応 関 係 が 見 ら れ る︒ 前 田 家 本 に お け る ﹁欲 ﹂ は 訓 が 決 め か ね る が、 漢 文 の 語法及び関戸家本、観智院本の読み方を見ると、意味的には同一の希望 表現の用法であることに違いはない︒
︵4︶ 山にすむへきところをとひみちをならはむとおもふ こゝろさしをか たらふ ︵六三頁 上巻・一二 須太拏太子︶
山
ニ可住
キ所
ヲ問
ヒ道
ヲ習
ハムト思
フ志
ヲ語
フ︵観︶
問
テ可住山
一之所語欲 習道
一之志
サス︵前︶
例 ︵4︶ は、 ﹁仏 教 の 道 を 習 い た い と 思 う ﹂ の 意 と 解 さ れ、 連 体 修 飾 節 で﹁願望﹂ を﹁説明
⑸﹂する用法である︒また、観智院本は漢文表記である が ﹁習ハムト思フ﹂ と訓読することができ、前田家本は ﹁欲﹂ で、希望表 現を表す部分は例 ︵2︶ ︵3︶ と同様の対応関係になっている︒ ︵5︶ まことそらことしらんとおもハ ヽのりとかんたうのうちに我ために さをしけ我まさにのほりゐんといふ
︵一七一頁 中巻・十一 高橋連東人︶
實否ヲシラムト思ハ ヽ説法ノ堂ノ内ニ我タメニ座ヲシケ我マサニノ ホリヰムトイフ ︵観︶
欲 知真者説法堂内爲吾敷座吾將上居云 ︵前︶
︵6︶ 人天の中にいのちのたのしひをえむとおもは ゝいまゝさにかゆをも ちてもろ〳〵のそうにほとこすへしといへれはなり
︵二二七頁 下巻 1 修正月︶
人天ノナカキ命ノ樂ヒヲエムト思ハ ヽイマヽサニカユヲモチテ諸ノ 僧ニホトコスヘシトイヘレハナリ ︵観︶
人天中欲 得命樂今時以粥
一可施諸僧
一云也 ︵前︶
例 ︵5︶ は、 ﹁真 実 を 知 り た い と 思 う な ら ﹂ の 意、 例 ︵6︶ は、 ﹁命 の 楽 しみを得たいと思うなら﹂ の意と解され、いずれも仮定の形で ﹁願望﹂ を ﹁説 明 ﹂ す る 用 例 で あ る︒ ま た、 観 智 院 本 は ﹁~ ム ト 思 ハ ヽ﹂ 、 前 田 家 本 は﹁欲﹂ で、同一の対応関係になっている︒
︵7︶ 乞者ミそかににけのかれなんとおもひ たるに願主かねてうたかひ て人をそへてまもらす ︵一七一頁 中巻・十一 高橋連東人︶
乞食ヒソカニニケムト思ヰ タリ願主カ子テウタカヒテ人ヲツケテマ モラシム ︵観︶
乞者密欲 逃願主置疑令人守之 ︵前︶
四
︵8︶ む こ ひ そ か に た よ り を ハ か り て し う と を こ ろ し て む と 思 て か た ら ひていはく ︵一八九頁 中巻・十五 諾樂京僧︶
聟 ヒ ソ カ ニ タ ヨ リ ヲ ハ カ リ テ 舅 ヲ コ ロ シ テ ム ト 思 テ カ タ ラ ヒ テ 云︵ 観 ︶
聟竊求便欲 殺此僧語云 ︵前︶
例 ︵7︶ は、 ﹁乞 者 は ひ そ か に 逃 げ た い と 思 っ た が ﹂ の 意、 例 ︵8︶ は、 ﹁婿 は 舅 を 殺 そ う と 思 っ て ﹂ の 意 と 解 さ れ、 い ず れ も 三 人 称 の ﹁願 望 ﹂ を ﹁説 明 ﹂ す る 用 法 で あ る︒ ま た、 観 智 院 本 に は ﹁~ ム ト 思 ﹂、 前 田 家 本 に は﹁欲﹂ で対応する︒
︵9︶ のりなきところに一乗の教をときつ五濁のあしきよにひさしくはあ そはんとおもは すとのたまふ
︵一一五頁 中巻・一 聖德太子︶
法モナキ所ニ一乗ノ義ヲ弘メ説ツ五濁悪世ニ久クアラムト思ス ト乃 給︵観︶
无法文之處説一乗之教不欲 久在五濁悪世 ︵前︶
︵
10︶ほとけこたへたまふわれもかのひとのおむあるをしらぬにはあらね
とも女人をゆるして仏法にいれしとおもふ なり
︵二五三頁 下巻・7 西院阿難悔過︶
佛申答給フ此人ノタメニ恩アルヲシラヌニハアラ子トモ女人ヲユル シテ仏家ニイレシト思 ナリ ︵観︶
佛答吾非不知彼人爲吾有恩只免女人不入佛法思 也︵前︶
例︵9︶ は、 ﹁五濁の悪世に長く生きたくはない︒ ﹂の意、例 ︵
10︶ は﹁女 ト思ハズ﹂ ﹁~ジト思フ﹂ で、前田家本には ﹁不欲﹂ ﹁不思﹂ で対応する︒ 式であり、 ﹁願望﹂ を﹁説明﹂ する用法である︒また、観智院本には ﹁~ム 人 の 出 家 を 許 さ な い と 思 う ﹂ の 意 と 解 さ れ、 い ず れ も 希 望 表 現 の 否 定 形
次に、 ﹁~むとす﹂ の用法を見る︒関戸家本に希望表現と関連する ﹁~ むとす﹂ は一三例見られる︒
︵
11︶なむちか山にいりて道をおこなふするをきゝてことさらにきたりて
くやうせんとする なり ︵七七頁 上巻・十三 施无︶
汝
カ山
ニ入
テ道
ヲ行
ナルヲ聞
テ故
ラニ来供養
セムト爲
ル也
ト︵観︶
汝入山行道聞故来將 供養也 ︵前︶
︵
12︶中臣の勝海の連
ムラシ
またつはものをおこしてもりやの大連をあひたすけ むとす ︵一〇七頁 中巻・一 聖德太子︶
中臣ノ勝海ノ連武者ヲヽコシ天守屋ノ大連ヲアヒタスケムトス ︵観︶
中臣勝海連亦發兵
□欠字屋大臣 ︵前︶
︵
13︶ えのうはそくはかりことをなしてくにをかたふけむとす といふ
︵一三三頁 中巻・二 役行者︶
役 優 婆 塞 ハ カ リ コ ト ヲ ナ シ テ 國 王 ヲ カ タ フ ケ タ テ マ ツ ラ ム ト ス ト ︵観︶
役優婆塞成謀欲 傾国 ︵前︶
例 ︵
11︶ は、 ﹁供養しようとする︒ ﹂ の意、例 ︵
12︶ は、 ﹁守屋の大連を助
五
三宝絵における希望表現について ︵続︶ けようとする︒ ﹂の意、例 ︵
13︶は、
﹁国を傾けようとする︒ ﹂の意と解され、 いずれもいわゆる有情物の ﹁将然﹂ を表す︒この有情物の ﹁将然﹂ は希望 表 現 と 関 連 性 が あ る 用 法 で あ る︒ ま た、 例 ︵
例 ︵
ト宣命書の ﹁養 爲 ﹂と あ っ て 、 前 田 家 本 の 用 例 に は﹁ 將 ﹂で 対 応 し て い る ︒
ルセム11︶ の 観 智 院 本 の 用 例 に は ほ ど の 欠 字 の 部 分 に あ た る︒ 例 ︵ 12︶ の 前 田 家 本 に は 希 望 表 現 が 見 ら れ な い が、 こ れ は 恐 ら く 四 字 分
で対応関係をなしている︒ 13︶ に は ﹁~ む と す ﹂﹁~ ム ト ス ﹂﹁欲 ﹂
2︑ ﹁願﹂ ﹁ねむ﹂ ﹁ねかはくは〜﹂ ﹁ねかふ﹂ ﹁〜たまへ﹂ の用法 ま ず、 ﹁願 ﹂ の 用 法 を 見 る︒ 関 戸 家 本 に ﹁願 ﹂ が 一 五 例 見 ら れ る︒ そ の 使い方に名詞用法とサ変動詞の用法とが見られる︒
︵
14︶我よをすくふ願
あり ︵一〇三頁 中巻・一 聖德太子︶
我ヨヲスクフ願 アリ ︵観︶
我已有願 ︵前︶
︵
15︶ほこのさきにさゝけて願
をおこしてのたまはく
︵一〇九頁 中巻・一 聖德太子︶
鉾ノサキニサヽケテ願 テ云 ︵観︶
上擎杵鉾發願 云︵前︶
︵
こす ︵一九三頁 中巻・十六 吉野山寺僧︶ 16︶わ ら は か ゝ る こ と 之 す し て 心 に う ち ︵ち の 次 に ニ を 補 入 ︶ ね む を お
の童乃カルヽコトエスシテ心中ニ發願ス ︵観︶ 童不得遁心中發願 ︵前︶
例 ︵
14︶ は、 ﹁世を救う願がある﹂ の意、例 ︵
例 ︵ 15︶ は ﹁願を立てて﹂ の意、
16︶ は ﹁ねん ︵念か︶ をおこす﹂ とあるが意味は例 ︵
である︒ただし、例 ︵ こ れ ら の 例 は い ず れ も 仏 教 用 語 の 神 仏 に か け る ﹁願 ﹂ で あ り、 名 詞 用 法 15︶ と同様である︒
15︶の観智院本には
﹁願テ﹂ とあって動詞用法になっ ている︒例 ︵
て、関戸家本の ﹁ねん ︵念︶ ﹂と用法の差が認められる︒ 16︶ の観智院本と前田家本にはいずれも ﹁発願﹂ となってい
︵
17︶大臣もかくのことく願し
ていくさをすゝめてたたかふに
︵一〇九頁 中巻・一 聖德太子︶
蘇我大臣又カク乃コトク願シ テ軍ヲアツメテスヽミタヽカフニ ︵観︶
大臣亦如此願 進軍戰 ︵前︶
︵
18︶をんなかにをもちて
て
らにかへりて行基菩薩して咒願せ しめてたに河 にはなつ ︵一八一頁 中巻・十三 置染臣鯛姫︶
ナツ ︵観︶ 女 蟹 ヲ モ チ テ 寺 ニ 歸 テ 行 基 サ サ ︵菩 薩 ︶ シ テ 咒 願 セ シ メ テ 谷 河 ニ ハ
女持蟹歸寺令行基ササ ︵菩薩︶ 咒願 放谷川 ︵前︶
例︵
﹁ 如 此 願 ﹂ と あ っ て 、﹁ 願 ﹂ は 名 詞 用 法 で あ る ︒ 例 ︵ 本 の 用 例 に も ﹁ 願 シ テ ﹂ と あ っ て 対 応 関 係 に あ る が 、 前 田 家 本 の 用 例 に は 17︶に お け る﹁ 願 し て ﹂は サ 変 動 詞 の 形 で 実 動 詞 用 法 で あ る ︒ 観 智 院
も サ 変 動 詞 の 形 で 実 動 詞 用 法 で あ り 、 観 智 院 本 と 前 田 家 本 は 同 様 で あ る ︒ 18︶ に お け る ﹁ 咒 願せ ﹂
︵
19︶ 願主 なほゆるさす ︵一七一頁 中巻・十一 高橋連東人︶
六
願主 ナヲユルサス ︵観︶
願主 更不免 ︵前︶
︵
20︶ 願す おほきになきていはく ︵一七三頁 中巻・十一 高橋連東人︶
願主 大ニナキテ云ク ︵観︶
願主 大驚云 ︵前︶
例 ︵
19︶ における ﹁願主﹂ と例 ︵
観智院本と前田家本も同様である︒ 音 仮 名 表 記 ︶ は い ず れ も 仏 教 用 語 で あ り、 熟 語 の 形 の 名 詞 用 法 で あ る︒ 20︶ における ﹁願す﹂ ︵﹁す﹂ は ﹁主﹂ の直 次 に、 ﹁ね か は く は ~﹂ の 用 法 を 見 る︒ 関 戸 家 本 に ﹁ね か は く は ~﹂ は 九例見られる︒
︵
21︶ねかはくは
しはラク御はらにやとらん ︵一〇三頁 中巻・一 聖德太子︶
願ハ 暫ク御腹ニヤトラム ︵観︶
願 宿御腹 ︵前︶
︵
22︶そうし申す臣らかやまひのくるしくいたきことたへかたしねかはく
は 三宝にいのらん と︵一〇七頁 中巻・一 聖德太子︶
王ニ奏申テ云臣等カ病クルシクイタキコト更ニタヘカタシ願ハ 三寶 ニイ乃ラム ト︵観︶
奏言臣等之病苦痛叵耐願 祈三寶 ︵前︶ 例 ︵
21︶ は、 ﹁しばらくお腹にとどまりたい︒ ﹂ の意、例 ︵
の﹁願望﹂ を直接 ﹁表出﹂ する用法である︒ に 祈 り た い︒ ﹂ の 意 と 解 さ れ、 い ず れ も ﹁ね か は く は ~ ん ﹂ の 形 で、 話 者 22︶ は、 ﹁三宝
︵
23︶たゝしねかはくは
大德のちのよをみちひかむとおもへ といふ ︵一五三頁 中巻・五 衣縫伴造義通︶
タヽ願ハ 大德後世ヲ引導シ給ヘ ト云 ︵観︶
唯願 大德後代導思云 ︵前︶
︵
24︶ねかはくは
つみをゆるしたまへ ︵一九五頁 中巻・十六 吉野山寺僧︶
願ハ ツミヲユルシ給ヘ ︵観︶
免此罪給 ︵前︶
︵
25︶をむなちかひていはくもし我のちのよにほとけとなるへくはねかは
く はこのあふらつきすして ︒
ヨモスカラひかりきえされ といふ
︵二八一頁 下巻・
15 藥師寺万燈會︶
女誓テ云我後ノ世ニ佛トナルヘクハ此油ツキスシテヨモスカラ光キ ヘサレトイフ ︵観︶
女誓言若我後世可成佛者此油不盡終夜不滅云 ︵前︶
例 ︵
用法であり、観智院本と前田家本も同じ構文である︒例 ︵ ﹁ね か は く は ~ 命 令 形 ﹂ の 形 で、 話 者 の 他 者 へ の ﹁希 求 ﹂ を ﹁表 出 ﹂ す る
⑹23︶ は、 ﹁た だ 大 徳 に 後 世 を お 導 き い た だ き た い︒ ﹂ の 意 と 解 さ れ、
お許しください︒ ﹂ の意と解され、これも ﹁希求﹂ を ﹁表出﹂ する用法であ 24︶ は、 ﹁罪を
七
三宝絵における希望表現について ︵続︶ る が、 前 田 家 本 の 用 例 に は ﹁ね か は く は ﹂ に 該 当 す る 表 現 が な く、 和 化 漢文に見られる敬語 ﹁給﹂ ︵命令形 ﹁タマヘ﹂ と訓読するか︶ で表現してい る︒ 例 ︵
﹁ねかはくは﹂ に直接対応する表現が見られない︒ これも ﹁希求﹂ を ﹁表出﹂ する用法であるが、観智院本及び前田家本には 25︶ は、 ﹁こ の 油 が 尽 き ず 光 が 消 え な い よ う に︒ ﹂ の 意 と 解 さ れ、
次に、 ﹁ねかふ﹂ の用法を見る︒関戸家本に ﹁ねかふ﹂ は五例見られる︒
︵
26︶鬼のいはく、われはうしのしヽをねかひ
くふ
︵一八五頁 中巻・十四 楢槃嶋︶
鬼ノ云我ハ牛ノ肉ヲ子カヒ クフ ︵観︶
鬼云吾願 食牛肉 ︵前︶
︵
27︶たゝしむこの姓名をは人にかたらすもとのさとにかへらんことをね
かふ ︵一九一頁 中巻・十五 諾樂京僧︶
但聟ノ姓名ハ人ニカタラスモトノサトニカヘラム事ヲ子カフ ︵観︶
但聟姓名語人樂 歸故鄕 ︵前︶
︵
28︶ねかふ
ところはたゝこのしまをゆるされておほや
けのにはにしてつミ ︵次は欠字︶ ︵一三三頁 中巻・二 役行者︶
子カフ 心ハタヽコノ嶋ヲマヌカレテオホヤケノニハニシテ罪ヲウケ フサムトイノル ︵観︶
所願 被許此嶋出公庭伏罪祈 ︵前︶ 例 ︵
26︶ は、 ﹁私 は 牛 の 肉 を も と め て ﹂ の 意、 例 ︵
こ と を 願 う︒ ﹂ の 意、 例 ︵ 27︶ は、 ﹁古 郷 に 帰 る
︵ と 解 さ れ、 こ れ ら の ﹁ね か ふ ﹂ は い ず れ も 実 動 詞 用 法 で あ る︒ ま た、 例 28︶ は、 ﹁願 う の は た だ こ の 島 を 離 れ て ﹂ の 意
27︶ の前田家本の用例は ﹁楽 フ﹂ と訓読できよう︒
ネガ次 に、 ﹁た ま へ ﹂ の 用 法 を 見 る︒ 関 戸 家 本 に ﹁ね か は く は ~﹂ と 呼 応 せ ずに単独で用いられる ﹁たまへ﹂ は三例見られる︒
︵
29︶心をいたして願をおこしてあまたのそうをさうして三七日をかきり てこのきとふらひえさせたまへ といのりこふ ︵一六七頁 中巻・十 山城國令造經凾人︶
心ヲイタシテ願ヲオコシテアマタノ僧ヲ請シテ三七日ヲカキリテ此 木トフラヒエサセ給ヘ トイノリコフ ︵観︶
至心發願請數僧三七日爲限令訪得給 祈乞 ︵前︶
︵
30︶わかいのちをたすけたまへ
經ハかならすときかきたてまつらんとね むするに ︵一九七頁 中巻・十七 美作國採鐵山人︶
我命ヲタスケ給ハ ヽカナラストクカキタテマツラムト念ス ︵観︶
助我命給 必將奉書祈念 ︵前︶
︵
︵一九三頁 中巻・十六 吉野山寺僧︶ まへ しにハちをミせたまふなとねむす 31︶ 我 師 の と し こ ろ よ み た て ま つ り た ま ふ 法 花 一 そ う わ れ を た す け た
我師ノ年来ヨミタテマツリ給法花一 ︵﹁經﹂ をミセケチして ﹁一﹂ を補
八
入︶ 乗我ヲタスケ給ヘ 師ニ恥ミセ給ナト念ス ︵観︶
我師年来奉讀法花經助我隠師僧恥給 念︵前︶
例 ︵
29︶ は、 ﹁こ の 木 が 得 ら れ る よ う に ﹂ の 意、 例 ︵
助けてください︒ ﹂の意、例 ︵ 30︶ は、 ﹁私 の 命 を
でなく希望表現であることを表現している︒また、例 ︵ の 例 の 文 末 は そ れ ぞ れ ﹁い の り ﹂﹁こ ふ ﹂﹁念 す ﹂ で 結 び、 強 い 命 令 表 現 れ、いずれも他者への ﹁希求﹂ を ﹁表出﹂ する用法である︒なお、これら 31︶ は、 ﹁私を助けてください︒ ﹂の意と解さ
29︶︵
院 本 及 び 前 田 家 本 も 同 様 な 表 現 で 対 応 関 係 に な っ て い る が、 例 ︵ 31︶ の観智
観智院本における ﹁給ハ﹂ は仮定で意味的には ﹁希求﹂ の﹁説明﹂ になる︒ 30︶ の
3︑ ﹁いのる﹂ ﹁こふ﹂ ﹁もとむ﹂ ﹁たのむ﹂ の用法
まず、 ﹁いのる﹂ の用法を見る︒関戸家本に ﹁いのる﹂ は九例見られる︒
︵
32︶物部の守屋の大連おほきなるいちひのきにのほりてちかひてものゝ
へのうちの大神をいのり てやをはなつ太子の御あふミにあたれり
︵一〇九頁 中巻・一 聖德太子︶
物部守屋大連大ナル榎ニノホリテ物部氏ノ大神ヲチカヒ テヤヲハナ ツニ太子ノ御アフミニアタレリ ︵観︶
守屋大連登櫟木祈 物部氏大神〻〻放矢中太子之鎧 ︵前︶
︵
33︶ 檀越よろこひあやしひてます〳〵ふかくつゝしみいのる
︵一六七頁 中巻・十 山城國令造經凾人︶
檀越悦ヒアヤシヒテマス〳〵フカクツヽシミイ乃ル ︵観︶
檀越悦恠益〻
心○祈︵前︶ 例 ︵
32︶ は、 ﹁大神に祈って﹂ の意、例 ︵
意 と 解 さ れ、 い ず れ も 実 動 詞 用 法 で あ る︒ ま た、 例 ︵ 33︶ は、 ﹁益々謹んで祈る︒ ﹂ の
は﹁イノリ﹂ ではなく、 ﹁チカヒ﹂ となっている︒ 32︶ の 観 智 院 本 で
次に、 ﹁こふ﹂ の用法を見る︒関戸家本に ﹁こふ﹂ は一四例見られる︒
︵
34︶おのれはさとれるところなしたゝわつかに般若たらにをのミすした もちてしきをこひ ていのちをやしなふ ︵一七一頁 中巻・十一 高橋連東人︶
オノレハマナヘル所スクナシタヽワツカニ般若心經陁羅尼ヲ誦持シ テ食ヲコヒ テ命ヲヤシナフ ︵観︶
己无所知只誦持般若陁羅尼乞 食養命 ︵前︶
︵
35︶ ひとつをきたる乞者 にあたふ
︵二〇一頁 中巻・十八 大安寺榮好︶
一ヲ来ル乞者 ニアタフ ︵観︶
一与来乞者 ︵前︶
例 ︵
︵ 34︶ は、 ﹁食 べ も の を 乞 う ﹂ の 意 と 解 さ れ、 実 動 詞 用 法 で あ る︒ 例
名詞用法である︒ 35︶ は、 ﹁一部分を乞者の人に与える︒ ﹂の意と解され、 ﹁乞者﹂ は熟語の
次 に、 ﹁も と む ﹂ の 用 法 を 見 る︒ 関 戸 家 本 に ﹁も と む ﹂ は 一 七 例 見 ら れ る︒
九
三宝絵における希望表現について ︵続︶ ︵ ︵二三頁 上巻・四 精進波羅蜜︶ 36︶ は け む 心 お こ た り ぬ れ は も と む る 心 か た き こ と も 又 か く の こ と し
勵
ケム心若
シ怠
リヌレハ求
ル事成
リ難
キモ又如此
シ︵観︶
勵心若忩
︵ママ︶求 事叵成亦如是 ︵前︶
︵
37︶白檀紫檀をもとむる
にさからかの京よりとふらひえたりせに百貫し てかひとりつ ︵一六七頁 中巻・十 山城國令造經凾人︶
白檀紫檀ヲモトム 諾
サカ樂
ラ郷ヨリトフラヒエタリ錢百貫シテカヒトリツ ︵観︶
求 白檀紫檀自諾樂京訪得以錢百貫買取 ︵前︶
︵
ていはく ︵一七一頁 中巻・十一 高橋連東人︶ 38︶ 法 ゑ あ す お こ な は む と て か う し を も と め に や る つ か ひ に い ま し め 法 會 ヲ ア ス ヲ コ ナ ハ ム ト テ 講 師 モ ト メ ニ ヤ ル 使 ニ イ マ シ メ テ 云 ク ︵観︶
明日欲行法會遣求 講師 ︵前︶
例 ︵
36︶ は、 ﹁道 を 求 め る 心 ﹂ の 意、 例 ︵
めに﹂ の意、例 ︵ 37︶ は、 ﹁白 檀 紫 檀 を 求 め る た
で対応関係をなしている︒ 実 動 詞 用 法 で あ る︒ ま た、 観 智 院 本 に は ﹁モ ト ム ﹂、 前 田 家 本 に は ﹁求 ﹂ 38︶ は、 ﹁法会の講師を探しに﹂ の意と解され、いずれも 四︑おわりに
以上、関戸家本における希望表現の構成形式及びそれぞれの用法を考 察してきた︒ その希望表現の構成形式については、 ﹁欲﹂ ﹁~むとおもふ﹂ ﹁~むとす﹂ ﹁願﹂ ﹁ねむ﹂ ﹁ねかはくは~﹂ ﹁ねかふ﹂ ﹁~たまへ﹂ ﹁いのる﹂ ﹁こふ﹂ ﹁も とむ﹂ が見られ、これらの形式は、観智院本における ﹁欲﹂ ﹁~ムトオモ フ﹂ ﹁~ムトス﹂ ﹁願﹂ ﹁ネカハクハ~﹂ ﹁ネカフ﹂ ﹁タマヘ﹂ ﹁イノル﹂ ﹁コ フ﹂ ﹁モトム﹂ 、前田家本における ﹁欲﹂ ﹁願﹂ ﹁楽﹂ ﹁祈﹂ ﹁乞﹂ ﹁求﹂ と基 本 的 に 対 応 し て い る︒ し か し、 平 仮 名 表 記 の 和 文 体 で あ り な が ら ﹁ま ほ し ﹂﹁ば や ﹂ な ど 和 文 に 多 用 さ れ る 表 現 形 式 は 用 い ら れ な い︒ こ れ は 観 智院本・前田家本と同様であり、為憲の初期型が平仮名文でなかったこ との消極的な証拠となるかもしれない︒ 関戸家本には名詞 ﹁欲﹂ の用例が少なく、仏教用語の ﹁欲天﹂ が平仮名 表 記 で あ る︒ ま た、 仏 教 用 語 と し て の 神 仏 に 掛 け る ﹁願 ﹂ が 漢 字 で 表 記 される︒ ﹁~むとおもふ﹂ ﹁ねかはくは~﹂ は ﹁願望﹂ と ﹁希求﹂ を ﹁表出﹂ または ﹁説明﹂ し、希望表現の中核をなしている︒ ﹁ねかふ﹂ ﹁いのる﹂ ﹁こ ふ﹂ ﹁もとむ﹂ は実動詞用法であり、連用形名詞法の用法は ﹁ねむ ︵念︶ ﹂ しか見られない︒ 全体的には、その表現方法は観智院本・前田家本と概ね一致して、三 伝本の希望表現に対応関係が見られる︒ただし、例 ︵1︶ における ﹁よく てん﹂ に対して、観智院本には ﹁六欲天﹂ 、前田家本には ﹁欲天﹂ 、例 ︵
15︶
に お け る ﹁願 を お こ し て ﹂ に 対 し て、 観 智 院 本 に は ﹁願 テ ﹂、 前 田 家 本 に は﹁發願﹂ 、例 ︵
32︶における
﹁いのり﹂ に対して、観智院本には ﹁チカヒ﹂ 、 前 田 家 本 に は ﹁祈 ﹂ と あ る よ う に、 関 戸 家 本 と 前 田 家 本 と 表 現 形 式 が 同 じであるが、観智院本とは異なる︒一方、例 ︵
家本とは異なる︒また、例 ︵ けであるように、関戸家本と観智院本と表現形式が同じであるが、前田 ~たまへ﹂ に対して、観智院本には ﹁願ハ~給ヘ﹂ 、前田家本には ﹁給﹂ だ 24︶ における ﹁ねかはくは 16︶における
﹁ねむ ︵念︶ をおこす﹂ に対して、 観 智 院 本 に は ﹁発 願 ス ﹂、 前 田 家 本 に は ﹁発 願 ﹂、 例 ︵
はくは~命令形﹂ に対して、観智院本及び前田家本には ﹁ねかはくは﹂ に 25︶ に お け る ﹁な か
一〇