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宝 物 集 に お け る 希 望 表 現 に つ い て

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(1)

宝物集における希望表現について

一五

そ の 底 本 は 吉 川 泰 雄 氏 蔵 本 で あ り、 翻 字 に 際 し て、 本 文 中 の 〈   〉 で 示 される振り仮名は底本にある振り仮名、校注者の付けた振り仮名は記号 を 付 け ず に 示 し、 仮 名 に 漢 字 を 宛 て た 場 合 は も と の 仮 名 を 〔   〕 で 表 す ものとある。   二、希望表現の構成形式   宝 物 集 (以 下、 「本 書 」 と 略 す ) に お け る 希 望 表 現 と 認 め ら れ る 構 成 形 式と、おおよその用例数は以下の通りである。    「欲」        (二〇例)

   「~ントオモフ」

  (二八例)

   「~ントス」     (二七例)

   「願」        (九九例)

   「ネガフ」      (三五例)

   「ネガハクハ~」    (九例)

   「~タマヘ」      (六例)

   「望」         (六例)    目次

    一、はじめに

    二、希望表現の構成形式

    三、各形式の用法

    四、おわりに

  一、はじめに

  本 稿 は、 別 稿

を 受 け、 宝 物 集 を 研 究 資 料 と し て、 そ れ に お け る 希 望 表現

の実態を解明しようとするものである。

  宝 物 集 は 平 安 時 代 院 政 期 の 説 話 文 学。 『日 本 古 典 文 学 大 辞 典 』

に よ る と、 平 康 頼 著 で、 康 頼 が 鬼 界 が 島 か ら 帰 洛 (治 承 三 年 〈一 一 七 九 〉) 後 数 年間の成立とするのが通説である。その内容は宝物とは何かについて議 論を展開し、仏道とは何かを述べるものであり、著作の意図は仏教の啓 蒙にあると考えられる。漢字交じりの仮名文で表記された語り口調の文 章を基調にし、引用漢文と和歌が挿入されるものであり、それは宝物集 の特徴的な文体となっている。

  テ キ ス ト に は、 岩 波 書 店 刊 新 日 本 古 典 文 学 大 系 『宝 物 集 』

を 用 い る。 宝物集における希望表現について

  田   昭   二

   連   

  仲   友

  

(2)

一六

   「祈」        (三二例)

   「乞」        (二二例)

   「請」         (五例)

   「求」        (三五例)

   「誂」         (一例)

   「ホシ」        (六例)

   「マホシ」       (七例)

   「 バ ヤ」        (八例)

   「モガナ」       (六例)

   「テシガナ」      (二例)

   「ナン」        (四例)

  右から分かるように、本書における希望表現の構成は、その形式が多 様にわたり、主要形式の用例数も多数にのぼる。それらを大きく纏める と、 「欲」 とその訓読に関わる 「~ムトオモフ」 及び 「~ントス」 、「願」 と その訓読に関わる 「ネガフ」 「ネガハクハ~」 及び 「~タマヘ」 、その他の 漢字 「望」 「祈」 「乞」 「請」 「求」 「誂」 、和語の 「ホシ」 「マホシ」 「 バ ヤ」 「モ ガナ」 「テシガナ」 「ナン」 という四つのグループに分けられる。

  三、各形式の用法   1 、「欲」 「~ントオモフ」 「~ントス」 の用法   まず、 「欲」 の用法を見る。本書において 「欲」 の用例は二〇例見られ、 そ の う ち 名 詞 用 法 が 一 三 例、 助 動 詞 用 法 が 七 例 あ り、 実 動 詞 用 法 は な い。

( 1 )是

〈ぜしやうめつぽう〉

生滅法は愛

〈あい

よく〉

の川をわたる船、 (巻第二   五六頁) ( 2 )手をひきてわたる ほ どに、欲 をおこして、 (巻第五   二〇九頁)

  右の例 ( 1 )( 2 )における 「愛欲」 「欲」 は、何れも人間の 「欲望」 の意 を表す名詞用法である。

( 3 ) 天

てんじやうよりしりぞかんとするとき

上 欲 レ 退 時   心

こころにだいくなうをしやうず

生 二 大苦悩 一 (巻第三   一四三頁)

( 4 )若

もしさんげせんとすれば

欲 二 懺悔 一 者   端

たんざしてじつさうをおもへ

坐思 二 実相 一 (巻第六   二五八頁)

  例 ( 3 )( 4 ) は 引 用 漢 文 に お け る 用 例 で 助 動 詞 用 法 で あ る。 例 ( 3 ) は 正 法 念 経 の 引 用 で、 「天 上 か ら 退 出 し よ う と す る 時 に 」 の 意 と 解 さ れ、 これは 「~しようとする」 の意、即ち有情の人の 「将然」 を表す用法であ り、 希 望 表 現 と 類 似 す る も の で あ る。 例 ( 4 ) は 観 普 賢 菩 薩 行 法 経 の 引 用 で、 「も し 懺 悔 し た い の な ら ば 」 の 意 と 解 さ れ、 こ れ は 希 望 表 現 の 下 位分類の 「願望」

を「説明」

する用法と説明される。

  次 に、 「~ ン ト オ モ フ 」 の 用 法 を 見 る。 本 書 に 「~ ン ト オ モ フ 」 は 二 八 例見られる。

( 5 )「汝

〈なんじ〉

が持

〈もつところ〉

所の金五百両を取

とり

て、千両になして持

もた

ん為に、汝をころし て ん と 思 ふ 一 念 お こ り つ、 故

かるがるゆへ〉

に、 金 は う た て き 物 な り と 思

おもひ

て、 捨

〈すつ〉

る也」 といひければ、 (巻第一   一九頁)

( 6 )都

みやこ

には恋

こひ

しき人のあまたあれば猶

なほ

このたびはゆかんとぞ思ふ (巻第七   三一一頁)

  例( 5 )は 「殺したいと思う気持ちが」 の意であり、 「願望」 を「説明」 す る用法である。例 ( 6 )は、 「この度の旅には行きたいと思う。 」の意と解

(3)

宝物集における希望表現について

一七

され、 「願望」 を「表出」

する用法である。

( 7 ) 金

こんじこんし

字 紺 紙 の 大 般

〔はんにゃ〕

若 経

きやう

を 一 部 書

しよしや

写 せ ん と お ぼ す に、 一 天

てんせいしゆ

聖 主 の 皇 子 た り と い へ ど も、 山 林 流

らう

の 行

ぎやうにん

人 と な り て、 分

ぶんまい

米 の 砂

しやきん

金 に と も し。

(巻第五   二四七頁)

  例( 7 )は動作主体が高貴な 「天皇の皇子」 であるため敬語 「おぼす」 が 用いられるが、これも 「願望」 を「説明」 する用法である。

  次に、 「~ントス」 の用法を見る。本書に希望表現と関連する 「~ント ス」 は二七例見られる。

( 8 )「我

〔われら〕

等年

としごろ

来領する山を、隣国よりうちとらんとする なり。 」

(巻第五   二四二頁)

( 9 )母を山へ具

〔ぐ〕

して行

ゆき

て、ころさんとする に、大

だいち

地俄

にはか

にさけて、

(巻第六   二七〇頁)

  例( 8 )は、 「我等が領有する山を隣国が奪おうとしている。 」の意、例 ( 9 )は、 「母を殺そうとすると」 の意と解され、いずれも有情物の 「将然」 を 表 す 用 法 で あ り、 こ れ ら は、 希 望 表 現 と 類 似 す る も の と い え る。 「~ ム ト オ モ フ 」 は 明 ら か に 希 望 表 現 を 表 す の に 対 し て、 「~ ム ト ス 」 は 「将 然」 を表すという表現の使い分けが見られそうに思われる。

  2、「願」「ネガフ」「ネガハクハ~」「~タマヘ」の用法

  ま ず、 「願 」 の 用 法 を 見 る。 本 書 に 「願 」 は 九 九 例 見 ら れ、 そ の う ち 名 詞用法が九三例、実動詞用法が四例、助動詞用法が二例ある。 (

  ば、 (巻第一 一三頁)

10

)「我 東 土 の 衆 生 を 利 益 す べ き 願 あ り。 我 を 渡 す べ し 」 と 仰 ら れ け れ

〈われ〉〈とうど〉〈しゆじやう〉〈りやく〉〈われ〉〈わた〉おほせ〈ぐはん〉

11

)大 聖明王におもひをかけて、二世の願 をいのりたまふべし。

〈だいしやうみやうわう〉〈ぐはん〉

(巻第四   一八三頁)

  例 (

10

)(

かける人の 「願」 の意を表す名詞用法である。

11

) における 「願」 はすべて仏教用語の 「願」 であり、神仏に   これらの 「願」 以外に、複合名詞と見なされる形の用法も見られる。

12

)大 悲の悲 願 をあふぎて、来 迎引接をまち給ふべき也。

〈だいひ〉〈らいがういんぜふ〉〈ひぐはん〉

(巻第四   一七五頁)

  例(

「願文」 があり、何れも仏教用語としての名詞用法である。

12

)における 「悲願」 の他に、 「大願」 「誓願」 「宿願」 「願力」 「願主」

13

    レ レ 二 一 )若 人願 作 仏 心 念 弥陀仏 (巻第五 二三九頁)

こころにあみだをねんずればもしひとほとけにならんとねがひて

14

  二 一 レ 二 一 )廻 向彼仏 願 欲 往生 、 (巻第七 三四六頁)

かのほとけにゑかうしてわうじやうせんことをぐわんずれば

  例(

13

)(

14

)は引用漢文における用例である。例 (

の意、例 ( の 引 用 で、 「も し 人 が 仏 に な り た い と 願 っ て、 心 に 阿 弥 陀 を 念 ず れ ば 」

13

)は十住毘婆沙論

が与えられているが、いずれも実動詞用法である。 うならば、 」の意と解され、テキストでは 「ねがひて」 「ぐわんず」 と訓み

14

) は大宝積経の引用で、 「あの仏に廻向して往生したいと願

(4)

一八

15

   下 二 一 上 二 一 )願 我臨 欲 命終 時 尽 除 一切諸障碍

ねがはくはわれいのちをはらんとするときにのぞんでことごとくいつさいのしよしやうげをのぞいて

    面

まのあたりかのほとけあみだをみたてまつり

見 二 彼仏阿弥陀 一    即

すなはちあんらくこくにわうじやうすることをえん

得 レ 往 二 生安楽国 一 (巻第五   二三九頁)

16

   二 一 ) 願 我 命 終 時 尽 除 諸 障 碍

ねがはくはわれいのちをはるときことごとくもろもろのしやうげをのぞき

    面

まのあたりあみだをみたてまつり

見 二 阿弥陀 一    往

あんらくこくにわうじやうせん

二 生安楽国 一 (巻第五   二三九頁)

  例(

15

)(

16

)は引用漢文における助動詞用法の用例である。例 (

華厳経の引用、例 (

15

)は 法である。 国に往生したい。 」 の意と解され、一人称の 「願望」 を直接 「表出」 する用 は ~ ん 」 と 読 み 下 し、 と も に 「私 の 命 が 終 わ ろ う と す る 時 (中 略 )、 安 楽

16

)は文殊師利発願経の引用で、いずれも 「ねがはく

  次 に、 「ネ ガ フ 」 の 用 法 を 見 る。 本 書 に 「ネ ガ フ 」 は 三 五 例 見 ら れ、 そ のうち連用形名詞法が四例、実動詞用法が三一例ある。

17

  )宝 は尽 くれども衆 生のねがひ は尽ず。 (巻第一 二一頁)

〈たから〉(つ)〈しゆじやう〉

  けん」 とてうせぬ。 (巻第三 一三五頁)

18

)「我 一 切 衆 生のねがひ をみて、苦 をすくひ、貧 窮ならんものをたす

われいつさいしゆじやう〔く〕ひんぐう

  例(

17

)(

の意を表す名詞用法である。 と 異 な り、 こ れ ら の 「ね が ひ 」 は よ り 広 い 意 味 の、 一 般 的 な 「願 う こ と 」

18

)は 「ネガフ」 の連用形名詞法の用例である。仏教用語の 「願」

19

)物をねがふ には、かなふまじき事をねがふ 人、お ほ く侍るめり。

(巻第五   二五二頁)

20

  )早 く行業をつみて浄土をねがひ 給ふべし。 (巻第五 二三七頁)

〔はや〕

  (巻第七 三三五頁)

21

)「弥 陀の名 号をとなへて、極 楽をねがひ 給へ」 と申 給ひければ、

〔みだ〕みやうがう〔ごくらく〕まうし

  例(

れ に 対 し て、 例 (

19

)は、 「ものを願う」 「事を願う」 という一般的な意味を表す。そ

20

)(

に往生することを願う」 という意の、定型化した実動詞用法である。

21

) の 「浄 土 を 願 う 」「極 楽 を 願 う 」 は 「極 楽 浄 土   次に、 「ネガハクハ~」 の用法を見る。本書に仮名表記の 「ネガハクハ ~」 は九例見られ、その文末の結び方で三つの種類に分けられる。即ち、 「ン」 (一例) 、「ベシ」 (七例) 及び 「タマへ」 (一例) で受ける場合である。

22

)「狩の度 にお ほ くの鹿うせぬ。ねがはくは 御 狩をとめられて、日 次

〔たび〕みかりひなみ

の鹿をたてまつらん 」と申

まうし

ければ、 (巻第五   一九六頁)

  例(

に鹿を献上したい。 」の意と解され、 「願望」 を「表出」 する用法である。

22

)は 「ネガハクハ~ン」 の用例である。 「狩りをやめて、一日おき

  ぞ侍りける。 (巻第五 二四八頁)

23

)「ね が は く は 、 来 世 に 当 国 の 国 司 と む ま れ て、 供 養 を と ぐ べ し 」 と

らいせたうごく〔こくし〕〔くやう〕

24

)「ねがはくは 戦 とむべし 」と制 したまひければ、

〔せい〕〔いくさ〕

(巻第五   二四〇頁)

  例(

23

)(

24

)は 「ネガハクハ~ベシ」 の用例である。例 (

を「表出」 する用法である。例 ( に 当 国 の 国 司 と し て 生 ま れ て 供 養 を 遂 げ た い。 」 の 意 と 解 さ れ、 「願 望 」

23

)は、 「来世

の意と解され、他者に対する 「希求」 を「表出」 する用法である。

⑻ 24

)は大臣 ・ 公卿に 「戦を止めて ほ しい。 」

(5)

宝物集における希望表現について

一九 (  ければ、(巻第四一八三頁) 25)ねがはくは、明王、臨終正念にしてころし給へ」といひてぬかづき 〈みやうわう〉〈りんじうしやうねん〉

  例(

「表出」する用法である。 臨終正念のまま殺してほしい。」の意と解され、他者に対する「希求」を 25)は、「ネガハクハ~タマへ」の用例である。「不動明王よ、私を   また、「ネガハクハ」と呼応せずに、「タマヘ」のみで希望表現を表す用法もある。本書にこのような用法は六例見られる。

 へといのり申けるころ、(巻第四一七六頁) まうし26)あまりにたよりなくなりて、あさましかりければ、観音たすけ給 〈くはんをん〉

27)「我

わが師 しの年 〔ねんらい〕来たもち給ふ法花経たすけ給へ」と祈念するに、

(巻第七  三二九頁)

  これらの用例はいずれも命令形の形をとっているが、「いのる」「祈念す」と呼応し意味上は「お助けください。」という気持ちが示される希望表現として解釈し、「希求」を「表出」する用法であると考えられる。

  3、「望」「祈」「乞」「請」「求」「誂」の用法   まず、「望」の用法を見る。本書に「望」は六例見られ、そのうち名詞用法が五例、実動詞用法が一例である。

28)いはんや、往生極楽の望みにおゐてをや。 〈わうじやうごくらく〉(い)〔のぞ〕

(巻第四  一八九頁) (

29)  

レ 二 一 レ 二 一

随世似望有背俗如狂人(巻第四一五二頁) よにしたがへばのぞみあるににたりぞくにそむけばきやうじんのごとし

  例(

28)は和文における用例、例(

らにおける「望み」はいずれも「希望」の意を表す名詞用法である。 29)は行基菩薩遺誡の引用で、それ

30) いはんや、一生はつくれども希望はつきず。(巻第二五九頁) 〔けまう〕

 とげん。(巻第七三四二頁) 31)念仏の功なからん人、なにをもてか蓮花台として、往生の宿望を こう

  例(

30)(

31)における「希望」「宿望」は複合名詞形式の用法である。

32)允亮、検非違使を申けるころ、夢に、地獄に落る官をのぞむと、 まさすけけびゐしまうし〈ゆめ〉〈ぢごく〉〈おつ〉くわん

(巻第一  四頁)

  例(

32)は、「官位を望む」という行為を表す意で、実動詞用法である。

  次に、「祈」の用法を見る。本書に「祈」の用例は三二例見られ、そのうち名詞用法が三例、実動詞用法が二九例ある。

33)逢までとせめて命の惜ければ恋こそ人の祈也けれ 〈あふ〉〈いのち〉〈おし〉〈こひ〉〈いのり〉

(巻第一  四五頁)

  例(

意と解され、名詞用法である。 33)は和歌における用例であり、「恋こそが人間の祈りなのだ。」の

34)「明王の加護によりて病者をいのるに、一日にしるしあり。 〈みやうわう〉〈かご〉〈びやうじや〉

(巻第二  七九頁)

(6)

二〇

  (巻第四 一七二頁)

35

)はやく、薬 師如来を称 念して、仏 道をいのり 給ふべし。

〈やくしによらい〉〈せうねん〉ぶつだう

  例(

34

)(

法である。

35

)における 「いのる」 は、いずれも動作行為を表す実動詞用

  ば、秦 皇 驚 て、いとまをとらせてけり。 (巻第一 四七頁)

〈しんくはう〉〈おどろき〉36

) 燕 丹 仏 天 を 祈 念 し け れ ば、 馬 に 角 お ひ、 烏 の 頭 し ろ く 成 た り け れ

〈ゑんたん〉〈ぶつてん〉〈むま〉〈つの〉〈からす〉〈かしら〉なり〈きねん〉

37

  )仏天に此 事を祈 請 す。 (巻第六 三〇四頁)

このきしやう

  例 (

36

)(

る複合動詞の用法である。

37

) における 「祈念」 「祈請」 は、他の語と複合して用いられ   次 に、 「乞 」 の 用 法 を 見 る。 本 書 に 「乞 」 は 二 二 例 見 ら れ、 そ の う ち 実 動詞用法が一四例、熟語形式の用法が八例ある。

38

)百 里奚が食 を道 路に乞 し 、命 長かりし故に、天 下を司 り、

〈はくりけい〉〈しよく〉〈だうろ〉〈いのちなが〉〈てんか〉〈つかさど〉〈こひ〉

(巻第一   四一頁)

39

  )「野べに出 る時、一人の婆 羅門、物をこひ つ。 」 (巻第五 二二六頁)

いづ〔ばらもん〕

  例(

38

)(

う」 という動作行為を表す実動詞用法である。

39

)における 「道ばたで乞い、 」「物を乞う。 」は、いずれも 「乞

40

)守 る者にこひ請 て、なめさせ奉り給ひたりけるを、

〈まも〉〈うけ〉

(巻第一   三五頁) (

  (巻第三 一三七頁)

41

)目 連の弟子利 堀尸は、乞 食 すれども鉢をむなしくす。

〔もくれん〕りくつしこつじき

  例(

40

)における 「こひうく」 は複合動詞の用法である。例 (

例ずつ見られ、いずれも熟語形式の用法である。 語である。本書にこの 「乞食」 が六例見られる他に、 「乞 眼」 「乞 物」 も一

こつげんこつじや

る 「乞食」 は 「食物を乞いながら仏道修行をすること」 という意の仏教用

41

)におけ   次 に、 「請 」 の 用 法 を 見 る。 本 書 に お け る 希 望 表 現 と 認 め ら れ る 「請 」 は五例見られ、いずれも実動詞用法である。

42

  )宿 願 やぶらじが為に、請 によてあたふ。 (巻第六 二九二頁)

しゆくぐわんこふ

  例 (

のと同様である。 動 詞 「祈 請 」 が 二 例、 「乞 請 」 が 二 例 見 ら れ、 そ の 用 法 は 前 節 に 述 べ た も

42

) における 「請」 は訓読される実動詞用法である。その他、複合   次 に、 「求 」 の 用 法 を 見 る。 本 書 に 「求 」 は 三 五 例 見 ら れ、 そ の う ち 実 動詞用法が三一例、熟語形式の用法が四例ある。

43

)心ある人、みな出 家遁世して仏 道をもとめ てこそ侍るめれ。

〈しゆつけとんせい〉〈ぶつだう〉

(巻第四   一六〇頁)

  いひければ、 (巻第四 一七六頁)

44

)「よ き 男 の、 美 濃 の 国 に 侍 る が、 女 を も と む る な り、 あ は せ ん 」 と

〈おとこ〉〔みのゝ〕〈くに〉

45

    レ レ 二 一 レ )若 以 色見 我 以 音声 求 我 (巻第六 三〇四頁)

もしいろをもつてわれをみおんじやうをもつてわれをもとむれば

(7)

宝物集における希望表現について

二一

  例 (

43)(

行 為 を 表 す 実 動 詞 用 法 で あ る。 例 ( 44) における 「仏道を求めて」 「女を求める」 はいずれも動作

上記二例と同じく実動詞用法である。 45) は 金 剛 般 若 論 の 引 用 で、 こ れ も

  なり。 (巻第三 一三二頁) 46) 求 不 得 苦 と い ふ は、 よ ろ づ の 事 を も と め え ず、 心 に か な ふ 事 な き

〔こゝろ〕ぐふとくく

  例(

苦しみ」 という意を表す熟語形式の用法である。 46) における 「求不得苦」 は仏教用語であり、 「求めても得られない   次 に、 「誂 」 の 用 法 を 見 る。 本 書 に 「誂 」 は 一 例 見 ら れ、 実 動 詞 用 法 で ある。

47)「忉

〈とうりてん〉

利天にのぼり給ひしを、優

〔うでん〕

闐王

〈わう〉

の恋

〈こひ〉

奉りて、毘

〔びしゆかつま〕

首羯磨と云

いふ

人に 誂

〈あつら〉

へ て、 (巻第一   一二頁)

  例 (

ある。 47) は、 「毘 首 羯 磨 と い う 人 に 願 っ て 」 の 意 を 表 す、 実 動 詞 用 法 で

  4、「ホシ」「マホシ」「バヤ」「モガナ」「テシガナ」「ナン」の用法

  ま ず、 「ホ シ 」 の 用 法 を 見 る。 本 書 に 「ホ シ 」 は 六 例 見 ら れ、 そ の う ち 「 ほ し」 が四例、 「 ほ しがる」 が二例ある。

48) 始 に貪 といふは、人の物を ほ し と思ひ、我 物をお しと思ふ也。

〈はじめ〉〈とん〉わが(を)

(巻第二   八四頁)

49) 王 祥 が 親 は、 あ ざ ら け き 魚 を ほ し が り し か ば、 氷 ふ た が り た る 江

〈わうしやう〉〈おや〉〈うを〉〈こほり〉〈え〉

  にむかひて歎 しかば、 (巻第一 二八頁)

〈なげき〉

  例(

法であり、例 ( 48) における 「他人の物が ほ しい」 は内心の 「願望」 を「説明」 する用 に現れていることを表す、動詞的用法である。 49) における 「魚を ほ しがり」 は第三者の内心の願望が外   次 に、 「マ ホ シ 」 の 用 法 を 見 る。 本 書 に 「マ ホ シ 」 は 七 例 見 ら れ、 そ の うち地の文に一例、会話文に四例、和歌に二例ある。

50)「こゝにあり」

といはま ほ しかり けれども、 (巻第三   一二七頁)

  例(

50)は地の文における用例である。

「『ここにいます。 』と言いたかっ たが、 」の意と解され、 「願望」 を「説明」 する用法である。

51)「われ、つねに国王と生

〈むま〉

れて、大

〈だいじん

臣公

くぎやう〉

卿に囲

〈いねう〉

遶せられて、百

〈はく

せい

ばん

みん〉

にあふがれてぞあらま ほ しき 」との給ふ。 (巻第二   五二頁)

52)「我 つ ね に 父

〈ぶも〉

母 六 親

〈しん〉

に そ ひ て、 立

〈たちゐ〉

居 の す が た を ぞ 見 え ま ほ し き 」 と のたまふ。 (巻第二   五二頁)

  例 (

51)(

52) は会話文における用例である。例 (

状態でありたい。 」 の意、例 ( 51) は、 「このような いずれも 「願望」 を「表出」 する用法である。 52) は、 「目にしていたい。 」 の意と解され、

53) さ夜 衣 隔 つることはなけれども身をわけてこそいらま ほ しけれ

ごろも〔へだ〕

(巻第五   二五三頁)

54) ごくらくの蓮 の花のうへにこそ露のわがみはを かま ほ しけれ

〔はちす〕(お)

(8)

二二

(巻第七   三四九頁)

  例 (

53

)(

54

) は和歌における用例である。例 (

は身体を分けて入りたいものだ。 」の意、例 (

53

) は、 「床に入る時に

ずれも 「願望」 を「表出」 する用法である。 な ん と か し て は か な い わ が 身 を 座 ら せ た い も の だ。 」 の 意 と 解 さ れ、 い

54

)は、 「極楽の蓮台の上に

  次 に、 「 バ ヤ 」 の 用 法 を 見 る。 本 書 に 「 バ ヤ 」 は 八 例 見 ら れ、 そ の う ち 会話文 (心話文) に五例、和歌に三例ある。

  て、 (巻第一 一九頁)

55

)「我 汝 を 殺 し て、 五 百 両 を 取 て、 千 両 に な さ ば や と お も へ る 也 」 と

〈われ〉〈なんじ〉〈ころ〉とり

56

)「仏 法 の宝 にてあらん事をきかばや 」といふなれば、

〈ぶつぽう〉〔たから〕

(巻第二   五一頁)

  例 (

55

)(

56

) は会話文における用例である。例 (

「願 望 」 を 「説 明 」 す る 用 法 で あ る。 例 ( し て 五 百 両 を 奪 っ て 千 両 に し た い と 思 っ た。 」 の 意 と 解 さ れ、 一 人 称 の

55

) は、 「あなたを殺

ことを聞きたい。 」の意と解され、 「願望」 を「表出」 する用法である。

56

) は、 「仏 法 が 宝 で あ る と い う

57

)うら山し雲のかけはし立 かへりふたゝびのぼる道をしらばや

たち

(巻第三   一三九頁)

58

)子 規あかでこの世をつくしてはかたらふ空の雲とならばや

ほととぎす

(巻第七   三一一頁)

  例 (

57

)(

58

) は和歌における用例である。例 (

57

) は、 「私も殿上へた ち 帰 り、 そ の き ざ は し を 再 び 昇 る 道 が 知 り た い も の だ。 」 の 意、 例 (

と解され、いずれも 「願望」 を「 「表出」 する用法である。 は、 「私 は お 前 と 懇 意 に な れ る よ う に、 空 の 雲 に な り た い も の だ。 」 の 意

58

  次 に、 「モ ガ ナ 」 の 用 法 を 見 る。 本 書 に 「モ ガ ナ 」 は 六 例 見 ら れ、 す べ て和歌に用いられている。

59

)影 清き鷲 の山べの月をみて心の闇 に迷 ずもがな

〈かげきよ〉〈わし〉〈やみ〉〈まよは〉

(巻第一   三九頁)

  (巻第五 二五三頁)

60

)大空にお ほ ふばかりの袖もがな 春 咲 花 を風にまかせじ

はるさくはな

  例 (

59

) は、 「心 の 闇 を 晴 ら し、 道 に 迷 わ ぬ よ う に し た い。 」 の 意、 例

いずれも 「願望」 を「表出」 する用法である。

60

) は 「大 空 に 花 を 覆 う ほ ど 大 き な 袖 が あ っ て ほ し い。 」 の 意 と 解 さ れ、

  次 に、 「テ シ ガ ナ 」 の 用 法 を 見 る。 本 書 に 「テ シ ガ ナ 」 は 二 例 見 ら れ、 ともに和歌に用いられている。

61

)秋の野の萩 の錦 を故 郷に鹿の音 ながらうつしてしがな

はぎ〔にしき〕ふるさとね

(巻第五   二五三頁)

62

)梅がか を桜のはなにに ほ はせて柳が枝にさかせてしがな

〔ゝ〕

(巻第五   二五三頁)

  例 (

61

) は、 「鹿 の 鳴 き 声 と と も に 私 の 庭 に 移 し 植 え た い。 」 の 意、 例

62

) は、 「梅 の か お り を 桜 の 花 に 香 ら せ て、 そ れ を 柳 の 枝 に 咲 か せ て み

(9)

宝物集における希望表現について

二三

たい。 」の意と解され、いずれも 「願望」 を「表出」 する用法である。

  次 に、 「ナ ム 」 の 用 法 を 見 る。 本 書 に 「ナ ム 」 は 四 例 見 ら れ、 す べ て 和 歌に用いられている。

63 )底清 みながれる川のさやかにもはらふる事を神はきかなん

きよ

(巻第三   一〇八頁)

  (巻第五 二三一頁) 64 )たのめつゝあはで年ふる偽 にこりぬ心を人はしらなん

いつはり

  例 (

い。 」の意、例 ( 63 ) は、 「澄 ん だ 心 で 祓 を し て 祈 る こ と を 神 は お 聞 き 入 れ く だ さ ほ しい。 」の意と解され、いずれも 「希求」 を「表出」 する用法である。 64 )は、 「こりずにあてにする私の心をあなたには知って   四、おわりに

  宝 物 集 に お け る 希 望 表 現 は 構 成 形 式 も 主 要 構 成 形 式 の 用 例 数 も 多 い。 名詞用法は主に 「欲」 「願」 及びその他の動詞連用形名詞法などが見られ、 そのうち特に仏教用語の 「願」 が際立つ。実動詞用法は主に 「ネガフ」 及 び そ の 他 の 動 詞 で あ る。 こ れ ら の 名 詞 用 法 は 希 望 の 「概 念 」 を 表 し、 実 動 詞 用 法 は 希 望 に 基 づ い た 「行 動 」 を 表 し、 い ず れ も 内 心 の 希 望 を 表 す ものではない。したがって、名詞用法と実動詞用法はあくまでも希望表 現の周辺的な存在である。

  内心の希望を表すには、まず、慣用形式の 「~ムトオモフ」 「~ムトス」 「ネガハクハ~」 が挙げられる。 「~ントオモフ」 は「願望」 を「表出」 また は 「説明」 する。 「~ントス」 は本来 「将然」 を表すものであるが、有情物 の「将然」 は希望表現と関連がある。 「ネガハクハ~」 は希望を直接 「表出」 し、その結び方によって 「願望」 か「希求」 かが決められる。即ち、 「ネガ ハクハ~ン」 は「願望」 を、 「ネガハクハ~ベシ」 は「願望」 と「希求」 を、 「ネ ガハクハ~タマヘ」 は「希求」 を「表出」 する。

  そして、和語の形容詞、助動詞、終助詞は内心の希望を表すものが多 い。 「ホ シ 」 は 内 心 の 希 望 を 表 し、 「ホ シ ガ ル 」 は 外 に 現 れ て い る 動 作 を 表 す。 「マ ホ シ 」 は 地 の 文 と 会 話 文 と 和 歌 に 用 い ら れ、 「願 望 」 の 「説 明 」 及び 「表出」 を表す。 「 バ ヤ」 は会話文と和歌に見られ、 「願望」 の 「説明」 又は 「表出」 を表す。 「モガナ」 「テシガナ」 「ナン」 は和歌のみに用いられ、 「モガナ」 「テシガナ」 は「願望」 を「表出」 し、 「ナン」 は「希求」 を「表出」 する。

  以上、宝物集における希望表現の構成と用法を考察してきた。宝物集 は複数の説話を集めた説話集ではなく、平康頼一人によってまとめられ た首尾一貫した説話であり、その文体には統一性が見られる。即ち、基 本 的 な 漢 字 交 じ り の 仮 名 文 で 表 記 さ れ た 語 り 口 調 の 文 章 を 基 礎 に し て、 そ こ に 仏 典 な ど の 漢 文 及 び 和 歌 が 挿 入 さ れ、 独 特 な 文 体 と な っ て い る。 したがって、それにおける希望表現も多様性が現れている。

【注】 ( 1 ) 柴 田 昭 二、 連 仲 友 「希 望 表 現 の 通 史 的 研 究 序 説 」『香 川 大 学 教 育 学 部 研 究 報 告第 Ⅰ 部第 1 09 号』 平成

望」 は 「~たい」 の形で、 「希求」 は 「~て ほ しい」 の形で表現するのが最も一般 質しや過去などの場合を希望の 「説明」 と称する。現代日本語においては、 「願 と 称 す る。 さ ら に、 希 望 を 直 接 発 す る 場 合 を 希 望 の 「表 出 」、 そ れ 以 外 の 問 い るものを 「願望表現」 、他者の動作 ・ 状態に対して向けられるものを 「希求表現」 である。また、その下位分類として、話者自身の動作・状態に対して向けられ ( 2 ) こ こ で い う 希 望 表 現 と は、 人 の 願 い 望 み に 関 す る、 一 種 の 心 情 的 表 現 形 式

12

年 3 月

(10)

二四

的である。したがって、一人称現在形形式 「一人称~たい」 「一人称~て ほ しい」 はそれぞれ 「願望」 、「希求」 の「表出」 であり、一人称の過去形 「一人称~たかっ た 」「一 人 称 ~ て ほ し か っ た 」、 二 人 称 形 式 「二 人 称 ~ た い か 」「二 人 称 ~ て ほ しいか」 、三人称の 「三人称~たがる」 「三人称~て ほ しがる」 などの形式は、 「説 明」 にあたる。 ( 3 )『日本古典文学大事典』 第五巻   岩波書店   ( 4 )『宝物集』 小泉弘・山田昭全   校注   岩波書店新日本古典文学大系

40   二〇一二年四月二四日第一〇刷発行 ( 5 )注 ( 2 )参照。 ( 6 )注 ( 2 )参照。 ( 7 )注 ( 2 )参照。 ( 8 )注 ( 2 )参照。

(しばたしょうじ      香川大学名誉教授)

(れんちゅうゆう   広島市立大学客員研究員)

(二〇一六年五月三一日受理)

参照

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