一雑談集における希望表現について
目次
一、はじめに
二、希望表現の構成形式
三、各形式の用法
四、おわりに
一、はじめに
本 稿 は、 別 稿
⑴を 受 け、 雑 談 集 を 研 究 資 料 と し て、 そ れ に お け る 希 望 表現
⑵の実態を解明しようとするものである。
『日
本 古 典 文 学 大 事 典 』
⑶な ど に よ る と、 雑 談 集 は 鎌 倉 中 期 の 仏 教 説 話 集。著者は沙石集と同一の無住道暁。沙石集執筆後、嘉元三 (一三〇五) 年成立。その内容は書名の 「雑談」 (著者が謙遜の気持ちを込めて) で示 されるように、沙石集に比して全体の組織に統一性が乏しく、聞くまま 思 う ま ま に 記 述 し た よ う に 思 わ れ る。 説 話 の 取 材 範 囲 は 広 く 天 竺・ 震 旦・日本に亘り、仏典中の因縁譚や比喩譚、庶民間の滑稽譚、無住自身 の見聞と体験を含め、また和歌も七〇余首採用される。各巻の編集意図 を整然と現し、仏教の要旨や処世訓などを説く啓蒙書という性格の沙石 集と異なり、本書は無住自身の生い立ち、求法などについての告白・述 懐を述べるのが特徴であると思われる。その文章は沙石集に比べ、平易 な表現と記述が感じられる。その文体の基本は漢字片仮名交じり文であ るが、また和歌と漢文体のものも含まれる。 テ キ ス ト に は、 山 田 昭 全・ 三 木 紀 人 校 注 『雑 談 集 』(三 弥 井 書 店 刊 「中世の文学」 第一期第三回配本 平成一二年三月第四刷発行) を用いる。 その底本は、寛永二一年版を底本としているが、翻刻に際して、底本に あ る 振 り 仮 名 は 片 仮 名 の ま ま (あ ま り に も 自 明 な も の は 削 除 し た )、 校 注者のつけたものは平仮名で示され、仮名に漢字をあてた場合はもとの 仮名を ( )で傍記したとする。
また、香川大学図書館の神原文庫に
雑談集 一〇巻 沙門無住 (梶原一円) 寛永二一刊 (堤六左衛門) 五冊 分類番号一八〇 ・ 四
(神原文庫分類目録 風間書房 昭和三九年三月)
が揃っており、テキストを補助するものとして、希望表現で削除された 振り仮名を 〔 〕で補った。 雑談集における希望表現について
柴
田 昭 二
連
仲 友
二
二、希望表現の構成形式 雑 談 集 (以 下、 「本 書 」 と 略 す ) に お け る 希 望 表 現 と 認 め ら れ る 構 成 形 式及びそれぞれの用例数は以下の通りである。
「欲」 (二四例)
「~ントオモフ」 (二四例)
「~ントス」 (一六例)
「願」 (一〇四例)
「願ス」 (一例)
「願フ」 (一八例)
「ネガハクハ」 (四例)
「ネガハシ」 (二例)
「庶幾」 (三例)
「欣」 (九例)
「望」 (一三例)
「祈」 (一七例)
「乞」 (二〇例)
「請」 (五例)
「求」 (二四例)
「誂」
(二例)
「ホシ」 (六例)
「タシ」 (二四例)
「 バ ヤ」 (三例)
「テシガナ」 (一例)
右から見られるように、本書における希望表現を成す構成形式の種類 が多く見られる。その主要な構成形式の用例数から見て、仏教用語とし ての名詞 「願」 の用例数が特に多いこと、助動詞 「マホシ」 が見られず 「タ シ 」 が 多 用 さ れ て い る こ と を 指 摘 し た い。 そ の 理 由 と し て は、 本 書 の 内 容 は 仏 教 関 係 の も の で あ る 故 に、 仏 教 用 語 と し て の 「願 」 が 多 用 さ れ る こ と が 当 然 で あ る。 ま た、 「マ ホ シ 」 が 見 ら れ ず 「タ シ 」 に 取 っ て 代 わ ら れたことに著者の意識があると考えられよう。 三、各形式の用法 1 、「欲」 「~ントオモフ」 「~ントス」 の用法
ま ず、 「欲 」 の 用 法 を 見 る。 本 書 に 「欲 」 は 二 四 例 あ り、 そ の う ち 名 詞 用法が二〇例、実動詞用法が一例、助動詞用法が三例見られる。
( 1 )中
ナカ比
コロニ 京 中 ニ、 身
ミハ 豊 ニ シ テ 貪
トン欲
ヨク無
ナクレ
極
キハマリ、 知
チ惠
エ才
サイ覚
カク無
ナクテ、 然
シカモ 又 音
ヲンジヤウ声ワルク、口モキカズシテアル説法者一人候キ。
(巻第四 一三七頁)
( 2 )神
シン明
メイ我 国
クニニ 跡
アトヲ タ レ、 大 聖
シヤウノ 方
ハウ便
ベンニ 明 王・ 賢 主 ト 生
ウマレ テ、 欲
ヨク釣
ノツリバリヲモ テ、仏道ニ入シメ給事、大
だい権
ゴンノ慈悲、カタジケナクコソ侍レ。
(巻第十 三〇九頁)
例( 1 )( 2 )における 「貪欲」 「欲」 はいずれも 「欲望」 を表す名詞用法 である。
( 3 )佛 法 ヲ 學 シ 行 ゼ ヨ ト 勧 ル ヲ 不
ルレ用
ヒ事、 譬 バ 不 食 ノ 物 ニ 食 ヲ 勧
スヽムル ニ 都
スベテ不
レ食
セ。不
レ欲 ガ如シ。 (巻第三 一〇七頁)
ル セ
例( 3 )は 「食べたくないようだ。 」の意と解され、実動詞用法である。
三雑談集における希望表現について
( 4 )古人ノ云ク、 「欲
ホツセ レ学
ハマナハントレ
道
ミチヲ、可
レ
学
シマナブレ
貧
」。 (巻第一 四七頁)
云云 ヲ( 5 )「有身ト者身見也。身見ハ計
ケス
レ
我
ガヲ、欲
ホツシテレ
令
ントレ得
レ楽
ラクヲ、能
ヨク行
ズレ善
ゼンヲ故
云云」。 (巻第九 二八二頁)
( 6 )願
ハ我臨
下二
欲 命 終
ム ルヲハラント一
時
ニ上等ノ願、弥陀極楽ヲ願ヒ給ヘリ。
(巻第六 一九八頁)
例 ( 4 )( 5 ) は 漢 文 に お け る 助 動 詞 用 法 の 例 で あ る。 「も し 道 を 学 び た い と 思 う な ら ば、 」「楽 を 得 さ せ た い と 思 っ て、 」 の 意 と 解 さ れ、 い ず れも希望表現の下位分類では 「願望」
⑷を「説明」
⑸する用法である。例 ( 6 ) は、 「私 の 命 が 終 わ ろ う と す る 時 に、 」 の 意 と 解 さ れ、 希 望 表 現 で は な く 「将然」 を表す用法である。
次 に、 「~ ン ト オ モ フ 」 の 用 法 を 見 る。 本 書 に 希 望 表 現 と 認 め ら れ る 「~ントオモフ」 は二四例見られる。
( 7 )后
きさキ臣下ノ纓
エイヲ取テ落シテ王ニ此ノ事ヲ語テ臣下ヲ誅
チウセシメント思 フ 。 (巻第一 六五頁)
( 8 )「彼ノ恩ヲ報ゼント思フ 。絹十疋アリ、進
レ
之 、我志ヲ申 ヨ」 ト。
ジ ヲノベ(巻第五 一八六頁)
例 ( 7 )( 8 ) は文末の言い切りの形である。例 ( 7 ) は地の文で 「臣下 を殺させたいと思う。 」 の意と解され、第三者の 「願望」 を 「説明」 する用 法である。例 ( 8 )は会話文で 「助けられたご恩に報いたいと思う。 」の意 と解され、一人称の 「願望」 を「表出」
⑹する用法である。 ( 9 )女 房 イ ハ ム ト 思 フ ケ シ キ ナ ガ ラ、 イ ラ エ モ セ ネ バ 、 経
キヨウヨ ミ ハ テ ヽ ト、 (巻第四 一四〇頁)
(
10 )本来智者ヲ教導セント思
心ナシ。 (巻第十 三二四頁)
フ例 ( 9 )(
する用法である。 「智者を教導したいと思う心は」 の意と解され、いずれも 「願望」 を「説明」 10 ) は 連 体 修 飾 の 形 で あ る。 「も の を 言 い た い よ う す だ が、 」
(
11 )「道ヲ學セント思ハ ヾ、貧ヲ學セヨ」 ト云ヘリ。
(巻第三 一一五頁)
(
12 )セ メ テ ノ 悲 サ ニ、 今 一 度 見 ン ト 思 テ、 ヒ ソ カ ニ 棺 ヲ ア ケ テ ミ レ バ 、 ヒトタビ
(巻第四 一四四頁)
例 (
11 )(
12 ) は従属節の形である。例 (
( を 口 語 体 に し た も の で あ り、 「道 を 学 び た い と 思 う な ら ば、 」 の 意、 例 11 ) は先出の例 ( 4 ) の漢文体 明」 する用法である。 12 )は 「もう一度見たいと思って、 」の意と解され、いずれも 「願望」 を「説 次 に、 「~ ン ト ス 」 の 用 法 を 見 る。 周 知 の よ う に、 「~ ン ト ス 」 の 基 本 的な用法は 「将然」 を表すのであるが、そのうち 「有情物」 の「将然」 は希 望 表 現 と 関 連 性 が あ る。 本 書 に 希 望 表 現 と 関 連 す る 「~ ン ト ス 」 は 一 六 例見られる。
(
13
レ)出家シ寺ニ住ス。住處・衣 食心ニ不 叶 。是ニ不
ハエジキシテ
レ
堪
エ還
ゲン俗
ゾクセムトス 。
(巻第三 一〇〇頁)
四
(
14)空門ヲ修セムトスレ
バ 、即
スナハチ意
コヽロノ馬アレテ、六塵ノ境ニハス。 (巻第四 一四七頁)
例 (
13)(
あるものである。 を 修 行 し よ う と す る と、 」 の 意 と 解 さ れ、 い ず れ も 希 望 表 現 と 関 連 性 が 14) は、 「こ れ に 耐 え ら れ な く て 還 俗 し よ う と す る。 」「空 門 2 、「願」 「願ス」 「願フ」 「ネガハクハ」 「ネガハシ」 「庶幾」 の用法
ま ず、 名 詞 「願 」 の 用 法 を 見 る。 本 書 に 名 詞 「願 」 は 一 〇 四 例 見 ら れ、 すべて仏教に関係する用語である。
(
15)又薬
ヤク
師
シニ有
ニ
十二ノ願
リグワン一
。 (巻第六 一九七頁)
(
16)此
ノ中ニ天然トシテ衆生ヲ利スベキ本誓悲
ヒ願
クワン有リ。
(巻第九 二六四頁)
例 (
15)(
願」 「願心」 「願行」 などが見られるが、その用法は例 ( 外に、 「四弘誓願」 「五大願」 「揔願」 「別願」 「虚願」 「福願」 「悪願」 「呪 16) における 「十二ノ願」 「悲願」 は仏教用語である。それ以
15)(
ある。即ち、そのいずれもが仏教に関係する内容を指す名詞用法である 16) と同様で 次に、 「願ス」 の用法を見る。本書に 「願ス」 は一例見られる。
(
17)咒願ニ云、
「沐
モクニ
浴
ヨク身
ミ躰
ヲ一、當
レ
願 衆生身心無
ニ スレ
垢、内外清浄ナラン」 。
ク(巻第五 一七八頁)
例(
17) は漢文体であり、 「まさに願すべき」 と訓読されるが、この 「願 ス」 は実動詞用法である。
次 に、 「願 フ 」 の 用 法 を 見 る。 本 書 に 「願 フ 」 が 一 八 例 あ り、 そ の う ち 連用形名詞法が一例、実動詞用法が一七例見られる。
(
18)大般
ハン
若
ニヤニ、般若ノ德
トクヲ説
トイテ、一切災
サイ難
ナン病
ビヤウ患
ゲン壽
ジユ命
ミヤウネカヒ ノ如クナルベ シト云テ、 (巻第六 二〇二頁)
例 (
り広く、一般的な希望を表す。 内 容 を 表 す の に 対 し て、 こ の 動 詞 連 用 形 名 詞 用 法 「ネ ガ ヒ 」 の 対 象 は よ 連 用 形 名 詞 用 法 で あ る。 仏 教 用 語 と し て の 名 詞 「願 」 は 仏 教 特 定 の 希 望 18) は 「願いの通りになるだろう。 」 の意と解され 「ネガフ」 の動詞
(
三學 齊 修セム事ヲ願 フ 。 (巻第三 一〇九頁)
ヒトシク〔ネガ〕19)サ
レレ バ 談 議 ノ 次 如 此 雑 談 ナ ド 見 テ、 心 ヲ コ リ、 底 ヨ リ 思 ヨ リ テ、
キ ノツイデ(
20)コノ世ニ物思 ムトナリ。 (巻第四 一四一頁) 人ノ、往生ヲ願 フ 事ニテ侍ラ バ 、イカニ心カシコカラ
フ〔ネガ〕(
21)譬
タトヘ バ 稲
イネヲネカヒ テ、エツレ バ 、藁
ワラモヲノヅカラ有リ。
(巻第九 二八三頁)
例(
19)(
20)(
解され、いずれも実動詞用法である。 「浄 土 に 生 ま れ る こ と を 願 う こ と 」「稲 を 手 に 入 れ た く 思 っ て、 」 の 意 と 21)は 「悟りを開くための三学を全て修めることを願う。 」
次 に、 「ネ ガ ハ ク ハ 」 の 用 法 を 見 る。 本 書 に 「ネ ガ ハ ク ハ 」 が 四 例 見 ら れる。
五雑談集における希望表現について
(
22 )「願
我レ臨終ノ時盡
ハ二
除 諸ノ障碍
ク キ一
、面 見
ヲマノアタリ二
弥陀佛
一二
、往生 安楽国
ヲ(巻第六 一九八頁)
一」
云云 ニ(
23
二) 願 得 智恵
テ〔ネカワクハ〕一二一文
風 吹 入 法 性 海 (巻第四 一四三頁)
ノ ヲ キ ント ニホツシヤウノ例 (
22 )(
解され、いずれも 「願望」 を「表出」 する用法である。 碍 を 除 く よ う に。 」「知 恵 の 風 を 得 て 法 性 の 海 に 吹 き 入 り た い。 」 の 意 と 23 ) は 漢 文 に お け る 用 例 で あ る。 「私 が 臨 終 の 時 に 全 て の 障
(
24 )「願 共衆生躰解道 発無上道帰眞際」 (巻第五 一七五頁)
〔グワン〕例 (
うに」 の意と訓読でき、例 ( れ る が、 漢 文 語 法 に お け る 副 詞 用 法 で あ り、 「衆 生 と 共 に 仏 道 に 入 る よ 24 ) も漢文における用例である。神原文庫本には 「グワン」 と読ま
22 )(
ある。 23 ) と同じ 「願望」 を 「表出」 する用法で 次に、 「ネガハシ」 の用法を見る。本書に 「ネガハシ」 は二例見られる。
(
25 )心モトヾマラザルマヽニ、穢 土 ノ愛執情 ツキハテヽ、淨 土 ノ欣 求 弥
エドジヤウジヤウドゴングイヨ心
〳〵ニ願
〔ネカ〕ハシカル ベシ。 (巻第四 一三三頁)
(
26 )智惠ハ葉、ネガハシク 侍ル心也。 (巻第九 二六八頁)
例 (
25 )(
うありたい心である。 」の意と解され、 「希求」 を「説明」 する用法である。
⑺26 ) は 「浄 土 欣 求 の 心 が ま す ま す 望 ま し く な る だ ろ う。 」「そ
次に、 「庶幾」 の用法見る。本書に 「庶幾」 は三例見られる。 (
27
二)永 嘉大師・智覚禪師戒行、殆 超 尋常ノ律僧
エヤウカホトンド(巻第一 六〇頁)
一二一、所 庶 幾 也。
ニコイネガフ(
28 )一念相応尤トモ可
二一
庶 幾 。 (巻第一 七五頁) シ ス
(
29
二)心アラム人、愚老ガ心ヲ知テ、如説行學所 庶 幾
ソキスル一
也。
(巻第三 一〇九頁)
例 (
27 ) は 「コイネガフ」 と訓読、例 (
28 ) は 「庶幾ス」 と音読、例 (
しても 「希望する」 の意であり、いずれも実動詞用法である。 は 「ソキスル」 「コイネガフ」 の両方の読みが記されているが、いずれに 29 ) 3 、「欣」 「望」 「祈」 「乞」 「請」 「求」 「誂」 の用法
ま ず、 「欣 」 の 用 法 を 見 る。 本 書 に 「欣 」 は 九 例 あ り、 そ の う ち 実 動 詞 用法が四例、名詞用法が五例見られる。
(
30 )又起信 論ニ、 「大乗ノ信解アリトモ堕
シンダシ二
悪趣
シユニ一
、不
レ
遇
ルアハレ
佛
ニ事ヲ怖
ヲソレ バ 、 可
シレ欣
ネガフ二
淨土
一」トテ、 (巻第八 二五一頁)
ノ
(
31 )後世菩提ノ心ニテ行
ズレバ
レ
善
ヲ、世間ノ楽ハ不
ザレ
レ
欣
ネカハドモ、自
ジ然
ねんニ
有
リレ之。
(巻第九 二八二頁)
例 (
30 )(
わなくても、 」の意と解され、実動詞用法である。 31 ) は 「浄 土 に 生 ま れ る こ と を 願 い な さ い。 」「世 間 の 楽 を 願
(
テ、如法ニ修行スル故也。 (巻第三 一〇八頁) 32 )欣 慕 ノ 心 ヲ ス ヽ メ、 愛 樂 ノ 志 シ 深 ク シ テ、 習 ヌ レ バ 、 重 々 貴 ク 思
アイゲウヂウ〳〵ゴンボ コヒネガフ六
(
33 )我見ノ中ニモ、天然 トシテ涅 槃 ヲ欣 求 スル心有
ネンネハンゴング(巻第九 二八二頁)
レ之。
リ例(
32 )(
33 )における 「欣慕」 「欣求」 は、仏教に関わる名詞用法である。
次 に、 「望 」 の 用 法 を 見 る。 本 書 に 「望 」 は 一 三 例 あ り、 そ の う ち 連 用 形 名 詞 法 が 三 例、 実 動 詞 用 法 が 六 例、 熟 語 名 詞 形 式 の 「所 望 」 が 二 例、 名詞用法 「懇望」 が一例見られる。
(
34 )我ガ願既ニ満ジ、衆ノ望 亦タ足 ト思フ バ カリ也。
タレリノソミ(巻第八 二六二頁)
(
35
二)マシテ菩提心ノ行業決定シテ、二世ノ望 ミ 可 成 就
シシヤウジユスノソ一
。
(巻第九 二八四頁)
例 (
34 )(
である。 35 ) における 「望ミ」 はいずれも 「希望」 の意を表す名詞用法
(
36 )實教猶 自證ノ眞 空冥 寂ノ處ニ望 レ バ 妄語也。 (巻第二 八五頁)
ナヲシングウミヤウジヤクノゾム(
レ不 遣 ドモ海ニ入ルガ如シ。 (巻第七 二三七頁)
レヤラ37 )賢人ノ望 ム 事ナケレドモ、官位ニ処スルガ如ク、水ノ多ケレ バ 、人
〔ノゾ〕
例(
36 )(
37 )における 「望ム」 は、動作行為を表す実動詞用法である。
(
38 )懇 望スル 間、無
コンバウ レ止 シテ書 テアタフ。 (巻第五 一八〇頁)
ク ムコトカイ
(
39 )僧ノ云 「法楽 多シ。ナドトリワキ、錫杖ヲ所望 スル 」ト。
ラクマウ(巻第六 二〇六頁)
例 (
38 )(
用法である。 39 ) における 「懇望ス」 「所望ス」 は、サ変動詞の形で実動詞 次 に、 「祈 」 の 用 法 を 見 る。 本 書 に 「祈 」 は 一 七 例 あ り、 そ の う ち 実 動 詞 用 法 「祈 ル 」 が 四 例、 熟 語 名 詞 形 式 の 「祈 念 」 が 七 例、 「祈 請 」 が 三 例、 「祈祷」 が二例、 「祈雨」 が一例見られる。
(
40 )「地蔵ノ所ニシテ、一食ノ頃 所求ヲ祈 ベシ」 ト説キ給フ事、
アヒダイノル(巻第六 一九〇頁)
(
41 )コレ佛ノ本誓ヲ驚シテ、我願ヲ成ゼント祈 ル 言也。
〔イノ〕(巻第七 二四〇頁)
例(
40 )(
41 )は実動詞用法である。
(
42 )咒願ハ事ニヨリテ定レル言ナシ。唯志ヲノベテ祈 念ス 。
〔キ〕(巻第五 一七九頁)
(
43 )本尊ニ丁寧ニ、御
祈 念 アリケル。 (巻第十 二九九頁)
〔コキ〕(
44 )多年霊 寺霊 社 ニ参 詣 シテ、祈
レイレイシヤサンケイ〔キ〕
請 スルニ、都
すべテ其ノカヒナシ。
(巻第六 二〇〇頁)
(
45 )イブカシク思ケレ バ 、参籠シテ、此ノ事ヲ取 別、祈 請 シケルニ、
トリワケキシヤウ(巻第十 三〇八頁)
七雑談集における希望表現について
( 46 )天 竺 ノ 作 法、 在 家 人 始
レ二
テ 作 家 若 ハ 喜 ビ 有 リ 憂 モ ア レ バ 、 為 祈 禱
メ ルニ ヲ ニもし〔キタウ〕一
必ズ請
スル
レ
僧
ヲ習ト云へリ。 (巻第五 一八〇頁)
(
47 )サレ バ 現世ノ祈禱 、後生ノ資 粮 、此ノ経ニ足レリ。
シリヤウ(巻第七 二三一頁)
例 (
42 ) ~(
47 ) は 熟 語 用 法 の 例 で あ る。 例 (
サ変動詞用法、例 ( 42 ) に お け る 「祈 念 ス 」 は
43 ) における 「祈念」 は名詞用法と区別され、例 (
( 44 )
45 ) に お け る 「祈 請 ス 」「祈 請 シ 」 は サ 変 動 詞 用 法、 例 (
46 )(
る「祈祷」 は名詞用法である。 47 ) に お け
次 に、 「乞 」 の 用 法 を 見 る。 本 書 に 「乞 」 は 二 〇 例 あ り、 そ の う ち 実 動 詞用法の 「乞フ」 が一二例、名詞 「乞食」 が七例、名詞 「乞者」 が一例見ら れる。
(
48 )又王宮ニ米 ヲ乞 テ與 ヘテ、十二因 縁 ノ章 句 ヲ説キ、宝 勝 如来ノ名 号
ヨネアタインエンシヤウクホウシヨウミヤウガウコツヲ唱
トナヘテ、魚ニ聞
キカシム。 (巻第六 二〇七頁)
(
49 )願ニシタガヒテ、乞ヒ 願 フ国、人天・淨土ニ生ズベシ。
〔ネカ〕(巻第七 二三七頁)
例 (
48 ) は音便あるいは誤写として 「米を求めて」 の意、例 (
まれたい国」 の意と解され、いずれも実動詞用法である。 49 ) は 「生
(
50 )佛法ニハ乞食 頭陀上行也。 (巻第三 一一三頁)
(
51 )日本ノ乞 者 法師ハ、誑惑ヲモテ道 トシテ、渡 世 シ侍ル。
ミチトセイコツジキ(巻第九 二九一頁) 例(
50 )(
51 )における 「乞食」 「乞者」 はいずれも名詞の熟語用法である。
次 に、 「請 」 の 用 法 を 見 る。 本 書 に 希 望 表 現 と 認 め ら れ る の は 前 出 の 名詞形式の 「祈請」 以外に、二例の 「請」 が見られる。
(
52 )此ノ物語、同法ノ請 ニヨリテ書キ始メ侍
ベリ。
は(巻第五 一八九頁)
(
53 二一)随喜功德 請 転法輪 (巻第七 二三九頁)
例(
で あ る。 例 ( 52 )は 「同法の要請によって書き始めた。 」の意と解され、名詞用法 動詞用法である。 53 ) は 漢 文 の 用 例 で あ り、 「転 法 輪 を 請 く 」 と 訓 読 で き、 実 次 に、 「求 」 の 用 法 を 見 る。 本 書 に 「求 」 は 二 四 例 あ り、 そ の う ち 実 動 詞 用 法 「求 ム 」 が 一 七 例、 そ れ 以 外 は 仏 教 用 語 と し て の 「欣 求 」「求
グ不
フ得
トク苦
ク」「求
ぐ聞
もん持
ぢ」「隨
ズイ求
グ陀羅尼経」 といった名詞用法である。
(
54 )或ハ炎天ノ夏ノ日ニ、汗ヲノ ゴ テ、利養ヲ求ム 。
(巻第四 一四五頁)
(
ヲ酌 ホサムト誓願シ給フニ、 (巻第七 二三五頁)
クミ55 )釈迦大師ノ因位ニ、大 施 太子トテ、如意珠ヲ求 メ テ、貝ヲモテ大海
たいセ〔モト〕例 (
54 )(
解され、いずれも実動詞用法である。 55 ) は 「利養を求める。 」「如意宝珠を求めるために、 」 の意と
次に、 「誂」 の用法を見る。本書に 「誂」 は二例見られる。
八
(
56 )「厳恭ノ誂 テ、ヲハスル、銭五万、請 取給
ウケトリアツラヘ(巻第九 二八九頁) 」トテ、
ヘ(
57 )「我誂 タル事ナシ。但
亀ヲ買 テ放 タル事アリ」 ト答 フ。
シカフハナチコタ(巻第九 二八九頁)
例(
56 )(
意と解され、いずれも実動詞用法である。 57 )における 「誂テ」 「誂タル」 は「厳恭 (人名) が依頼する」 の 4 、「ホシ」 「マホシ」 「タシ」 「バ ヤ 」「テシカナ」 の用法
ま ず、 「ホ シ 」 の 用 法 を 見 る。 本 書 に 形 容 詞 「ホ シ 」 は 六 例 あ り、 そ の うち派生語の 「ホシサ」 が一例、 「ホシガル」 が一例見られる。
(
ロキハ (巻第四 一五一頁) 58 )コトハリハ、サルベケレドモ、ホシカラ ズ 野 老 ノニガク、人ノワ
トコロ例(
され、否定的に 「願望」 を「説明」 する用法である。 58 )は和歌における用例であり、未然形で 「欲しくない。 」の意と解
(
ニイトナミ、タヅネアヘリ。 (巻第九 二六八頁) 59 )世間ノ人、カリナル夢ノ中ノ財宝ハ、マコトニホシク 思アヒテ日夜
例(
明」 する用法である。 59 )は連用形で 「手に入れたく」 の意と解され、これも 「願望」 を「説
(
ニムケヨ」 トテ、 (巻第六 二〇五頁) 60 )常 ニ 菓 子 等 ノ 物、 酒 ナ ド モ ア ル 時 ハ、 「物 ホ シ キ 者 多 カ ル ラ ム。 物
ツネサケヲヽ例(
いだろう。 」の意と解され、 「願望」 を「説明」 する用法である。 60 )は会話文における用例であり、連体形で 「物が ほ しい者は数多
(
61 )心ヲドリテ、鷹ノ子ノホシサ ニ、 (巻第九 二九二頁)
例(
語であり、 「鷹の子が ほ しくて、 」の意と解され、名詞用法である。 61 )における 「ホシサ」 は「ホシ」 に接尾語 「サ」 を付けた名詞の派生
(
ノ物ドモヲ、マイラセラレタリケレ バ 、 (巻第三 一〇八頁) 62 )ソラ事ヲ申テ、ホシガラ セ、マイラセムレウニ、スコシヅヽ、殊勝
例(
外に現れている動作行為を表す、動詞的用法である。 語の用例であり、 「お召し上がりたく、 」の意と解され、内心の 「願望」 が 62 )における 「ホシガラセ」 は「ホシ」 に接尾語 「ガル」 を付けた派生 次に、 「タシ」 の用法を見る。本書に 「タシ」 は二四例見られる。
(
63 )「我モヲガミ奉タシ 。ヲホヂハ只ネ給ヘ」 トテ、
(巻第六 一九四頁)
(
64 )サビシキ時ハ目
ヲサマシタク、人中ヘサシ出タシ 。
メ(巻第四 一三四頁)
例 (
63 )(
64 ) は 「タシ」 の終止形の用例である。例 (
望」 を「表出」 する用法である。例 ( ける用例であり、 「私も拝みさしあげたい。 」の意と解され、一人称の 「願 63 ) は会話文にお
出したい。 」の意と解され、 「願望」 を「説明」 する用法である。 64 )は地の文における用例であり、 「外
九
雑談集における希望表現について (
存ジテ記セリ。 (巻第十 三〇五頁) 65 )然 ドモ本来、法ヲ秘スル心ナク侍マヽニ、老後ニ同法ニヲシヘタク
しかれ(
66 )小法師コレヲ知テ、事ノ次 ニ云ヒタク 思テ、鶏ノ曉 鳴 ヲ、
ツイデアカツキナク(巻第二 八九頁)
(
ト、 (巻第三 一〇八頁) 67 )チト物マイリタガリ ケル時、纔 ニチリ バ カリヲ、 「ツクリイダシ候」
ハツカ例 (
65 )(
66 )(
67 ) は 「タシ」 の連用形の用例である。例 (
例 ( たく思って」 の意と解され、一人称の 「願望」 を 「表出」 する用法である。 65 ) は 「教え
する用法である。例 ( 66 ) は 「言いたく思って、 」 の意と解され、三人称の 「願望」 を 「説明」
意と解され、三人称の 「願望」 を「説明」 する用法である。 67 )は 「お召しあがりたくお思いになった時に、 」の
(
68 )道心ハ、梯 ヲ立 テモヲヨ バ ヌニ、天 須 菩 提 ノ跡ゾマネタキ
ハシタテてんシユボダイ(巻第三 一〇一頁)
(
69 )制シテ 「ナミソ」 ト云 バ 、自ラ學シタキ 事モ有ルベキカ。
(巻第三 一〇七頁)
(
レズ。 (巻第三 一一八頁) 70 )「我 モ カ ク ア リ タ キ 」 ト テ、 佛 法 ヲ 信 ジ 行 ゼ ザ ル 者 ハ、 メ シ ツ カ ハ
例(
68 )(
69 )(
70 )は 「タシ」 の連体形の用例である。例 (
され、 「願望」 を 「表出」 する用法である。例 ( おける用例であり、係り結び 「ゾ~タキ」 の文型で 「まねたい。 」の意と解 68 )は和歌に
だろうか。 」の意と解され、 「願望」 を「説明」 する用法である。例 ( 69 ) は 「学びたい事もある
70 )は れ、 「願望」 を「表出」 する用法である。 会 話 文 に お け る 用 例 で あ り、 「私 も 女 院 の よ う に な り た い。 」 の 意 と 解 さ
次に、 「 バ ヤ」 の用法を見る。本書に 「 バ ヤ」 は三例見られる。
(
思フ。 (巻第四 一三〇頁) 71 )地獄ノ苦ニモ代 ラ バ ヤ ト思ヒ、貧 賤 ・孤 独 ノ者ニ、財宝與 ヘ バ ヤ ト
カハヒンセンコドクアタ(
事ナケレドモ、我 心スデニ、罪 業 ヲ薫 ズ。 (巻第四 一三一頁)
ワガザイゴウクン72 )反 テ思ヘ バ 、人ヲ損 ジ害 セ バ ヤ ト思フ心、彼 ガマコトニ苦ヲウクル
かへソンガイカレ例(
71 )(
ずれも 「願望」 を「説明」 する用法である。 を 与 え た い と 思 う。 」「人 を 傷 つ け た い と 思 う 心 は、 」 の 意 と 解 さ れ、 い らず、 「~ バ ヤト思フ」 の形で 「地獄の苦にも代わりたいと思い、 」「財宝 72 )はいずれも地の文における用例であり、 「 バ ヤ」 で言い切
次に、終助詞 「テシガナ」 の用法を見る。本書に 「テシガナ」 は一例見 られる。
(
73 )アヤマリニ、影 ヲ我ゾト、思ナシテ、マコトノ心、ワスレテシカナ
カゲ(巻第四 一五〇頁)
例 (
「希求」 を「表出」 する用法である。 73 ) は 和 歌 に お け る 用 例 で あ り、 「忘 れ て ほ し い。 」 の 意 と 解 さ れ、
四、おわりに
以上、雑談集における希望表現の構成と用法を考察してきた。本書を
一〇