九州大学学術情報リポジトリ
Kyushu University Institutional Repository
コンクリート構造物の塩害およびアルカリシリカ反 応に関わる診断技術の高度化に関する研究
池田, 隆徳
九州大学大学院工学府
https://doi.org/10.15017/21999
出版情報:Kyushu University, 2011, 博士(工学), 課程博士 バージョン:
権利関係:
コンクリート構造物の塩害およびアルカリシリカ 反応に関わる診断技術の高度化に関する研究
2012 年 1 月
池 田 隆 徳
i
目 次
第1章 序論
1.1 本研究の背景 1
1.2 本研究の目的 3
1.3 本論文の構成 3
参考文献 4
第2章 既往の研究
2.1 序 5
2.2 塩害劣化の進行過程 5
2.3 コンクリート中の鉄筋の腐食発生について 6
2.3.1 Climに対する試験方法の影響 7
2.3.2 Climに対する配合条件および使用材料の影響 8
2.3.3 鉄筋-コンクリート界面性状がClimに及ぼす影響 9
2.4 コンクリート中鉄筋の腐食機構の整理 10
2.5 電気化学的計測手法による腐食診断方法とその原理 12
2.5.1 自然電位法 12
2.5.2 腐食速度の評価方法 13
2.5.3 Tafel外挿法による腐食速度の評価 13
2.5.4 分極抵抗法 15
(1) コンクリート中の鉄筋の回路モデル 15
(2) 分極抵抗の測定方法 16
(3) 交流インピーダンス法の測定原理 16
2.5.5 分極曲線による腐食反応の評価方法 18
2.6 電気化学的計測を用いた鉄筋コンクリート構造物の腐食診断の現状と課題 20
2.6.1 自然電位法による腐食診断 20
2.6.2 分極抵抗による腐食速度の評価 22
2.6.3 分極曲線を用いた鉄筋腐食の評価 24
2.7 アルカリシリカ反応に関する研究の現状と問題点の整理 25
2.7.1 ASR抑制手法について 25
2.7.2 ASRの反応機構の整理 26
2.7.3 各種反応性判定試験による試験結果の相違について 27
ii
2.7.4 海外におけるASR抑制対策 28
2.8 本研究で取り組む課題について 30
参考文献 31
第3章 電気化学的手法による鉄筋腐食診断に関する基礎的検討
3.1 序 37
3.2 実験概要 39
3.2.1 使用材料 39
3.2.2 供試体の作製および養生方法 40
3.2.3 測定項目 41
(1) 自然電位 41
(2) 分極抵抗,コンクリート抵抗 41
(3) アノード分極曲線 43
3.3 試験結果 45
3.3.1 自然電位に対する水セメント比および塩化物イオン量の影響 45
3.3.2 自然電位に対するかぶり厚さの影響 47
3.3.3 分極抵抗に対する水セメント比および塩化物イオン量の影響 48
3.3.4 アノード分極曲線と自然電位・分極抵抗の関係に関する考察 50
(1) アノード分極曲線の測定結果 50
(2) アノード分極曲線の自然電位・分極抵抗の関係 56
3.4 結論 57
参考文献 58
第4章 アノード分極曲線法による鉄筋腐食診断の実構造部材への適用
4.1 序 59
4.2 アノード分極曲線の形状に基づく不働態グレードの評価 60
4.3 モルタル供試体を用いた接触法による分極曲線測定結果の従来の方法との比較 61
4.3.1 使用材料および配合 61
4.3.2 供試体の作製および養生方法 61
4.3.3 計測方法 62
4.3.4 実験結果および考察 63
4.4 掃引速度の影響に関する検討 64
4.4.1 供試体概要および測定方法 64
iii
4.4.2 実験結果および考察 64
4.5 接触法におけるかぶり厚さの影響の評価 67
4.5.1 使用材料および配合 67
4.5.2 供試体の形状および寸法 67
4.5.3 養生および測定方法 67
4.5.4 実験結果および考察 68
4.6 実構造物部材への適用性の確認 72
4.6.1 供試体概要 72
4.6.2 携帯型腐食診断器による腐食診断 72
4.6.3 接触法を用いた分極曲線の計測方法 73
4.6.4 計測結果および考察 74
4.7 結論 77
参考文献 78
第5章 鉄筋周囲に形成される空隙の定量評価に関する検討
5.1 序 79
5.2 X線CTスキャナについて 80
5.3 実験概要 83
5.3.1 X線CTスキャナによる観察のための鉄筋代替材料 83
5.3.2 モルタルの使用材料および配合 83
5.3.3 供試体作製方法 83
5.3.4 モルタルのフレッシュ性状 84
5.3.5 X線CTによる撮像条件 85
5.3.6 実際の断面との比較 86
5.4 X線CTスキャナによる空隙の可視化 87
5.4.1 実際の切断面とCT像の比較結果 87
5.4.2 空隙の3次元的形状および分布 88
5.5 空隙の寸法および分布の定量評価 89
5.5.1 空隙厚さの比較 89
(1) 画像処理方法 89
(2) 平均空隙厚さの算出方法 91
(3) 平均空隙厚さの算出結果 91
5.5.2 ブリーディングが空隙形成に及ぼす影響 95
5.5.3 空隙分布の評価 95
iv
5.6 結論 99
参考文献 100
第6章 層状腐食生成物の層構造の観察とその形成要因に関する考察
6.1 序 101
6.2 実験概要 102
6.2.1 採取した試料の概要 102
6.2.2 観察用試料の作製 102
6.2.3 観察方法 103
6.3 観察結果 104
6.4 錆層の形成に対する腐食環境の影響に関する考察 107
6.5 結論 109
参考文献 110
第7章 遅延膨張性 ASR に対する構造物の診断と骨材の反応性判定試験に関する検討
7.1 序 111
7.2 劣化した構造物の調査 112
7.2.1 コアの分析項目および方法 112
7.2.2 構造物および採取コアの外観観察 113
7.2.3 偏光顕微鏡観察による反応性鉱物の同定 114
7.2.4 アルカリ総量の推定 118
7.2.5 残存膨脹量の測定結果 119
7.3 遅延膨張性骨材のASR反応性判定試験に関する実験的考察 120
7.3.1 実構造物に使用した泥質片岩と入手骨材の比較 120
7.4 各種ASR反応性試験における入手骨材の反応特性の試験結果 122
7.4.1 ASR反応性試験の方法 122
7.4.2 ASTM C 1260の結果 122
7.4.3 化学法の結果 123
7.4.4 セメントアルカリ量を変化させたモルタルバー法の結果 123
7.4.5 デンマーク法の結果 123
7.4.6 入手骨材に対する各種ASR促進試験結果の考察 125
7.5 骨材のASR反応性判定試験について 127
7.6 結論 128
v
参考文献 129
第8章 結論
8.1 本研究のまとめ 131
8.2 今後の課題 134
1
第1章 序論
1.1 本研究の背景
社会基盤構造物の多くは,コンクリート,鉄筋コンクリート,プレストレストコンクリートで構成 されている。コンクリート,鉄筋コンクリート,プレストレストコンクリートから成る構造部材の使 用性,安全性を判断するため,力学的特性に加え耐久性を知ることは,非常に重要である。コンクリ ート標準示方書[設計編]1.1)では,コンクリートの耐久性は以下のように定義される。
耐久性:想定される作用のもとで,構造物中の材料の劣化により生じる性能の経時的な低下に対 して構造物が有する抵抗性
従来,コンクリート構造物は,メンテナンスフリーと考えられてきたが,塩害やアルカリ骨材反応 に代表されるコンクリートの劣化が顕著となり,予定の供用年数よりも短い期間で,その要求性能を 満たさなくなる場合が顕在化してきた。そのため,コンクリートの耐久性,コンクリート構造物の長 寿命化,また耐久性設計などに関する研究が活発となり,これまで多くの知見が蓄積されてきた。
我が国の有する土木構造物のストックの多くが,高度経済成長期に建設されたものであり,現在,
建設後50年経過する時期に達している。道路橋を例にすると 1.2),図-1.1は,道路橋の架設年次ご との橋梁数を種類別に示したものである。また,図-1.2 は,橋梁数の将来予測であり,全橋梁数お よび供用 50 年に達する橋梁のそれぞれの数を示している。図より分かるように,高度経済成長期の 昭和30年~昭和50年において,橋梁数は急激に増加しており,将来予測では,2006年を境に供用年 数 50 年となる橋梁が急激に増加することが分かる。ここでは,道路橋を例として挙げたが,このよ うな傾向は土木構造物全体に共通するものである。そのため,現在は,これらの高齢化した土木構造 物のストックに対し要求性能を満足するように,適切に維持管理を行うことが重要である。
2
0 20 40 60 80 100 120 140
0 5 10 15 20 25
M.T S1~5 S6~10 S11~15 S16~20 S21~25 S26~30 S31~35 S36~40 S41~45 S46~50 S51~55 S56~60 S61~H2 累積橋数(千橋)
橋数(千橋)
架設年次(年)
鋼橋 RC橋 PC橋 その他 累積
図-1.1 道路橋の架設年次別橋数1.2)
0 50 100 150 200
橋数(千橋)
西暦(年)
供用年数50年以上 全体橋数
図-1.2 橋梁数の将来予測1.2)
維持管理においては,構造物の現在の状態を的確に知り,さらに高精度の将来予測を行うことが肝 要である。一方,何らかの変状を生じた構造物について,主要な原因となる劣化現象を解明するだけ でなく,なぜその劣化現象を生じるに至ったかを知ることが重要であると考える。規格・規準類の変 遷とも大きく関連するものであるが,劣化を生じるに至った経緯を詳細に解明し,現状の規格・規準 によって制御可能であるかを考えることは,長期耐久性を有する構造物の建設において,非常に重要 な課題であるものと考えられる。すなわち,劣化を生じた構造物に対し,現状を適切に知り,より長 期的に供用するための対策を行う技術・システムを開発することに加え,劣化を生じた原因を追求し,
新規に建設する構造物の長寿命化に向けフィードバックすることが重要であるものと考える。
3 1.2 本研究の目的
構造物の維持管理技術の向上と劣化因子の追求を重ねることで,より耐久的な構造物の建設および 供用が可能となるものと考える。
本研究では,コンクリートの劣化現象として,「塩害」および「アルカリ骨材反応」を対象として,
構造物の劣化状態を知るための診断技術の向上,実構造物の調査を通じた新たな劣化因子の推定とそ の影響度の把握および抑制手法の提案を目的としている。本研究では,構造物の「診断」を(1)構 造物の劣化状態の現状を知ること,(2)劣化原因を追求し新たな劣化因子の可能性を模索することと 定義する。
第2章において既往の知見を整理し,それぞれの劣化現象に対する現状の課題を抽出した後に,本 研究で取り組むべき課題について述べる。
1.3 本論文の構成
図-1.3に本論文の構成を示し,以下に各章の概要を述べる。
第1章では,本研究の背景および目的について述べた。
第2章では,既往の知見を整理し,研究の現状と課題について整理し,本研究で取り組むべき課題 を明確にした。
第3章では,鉄筋腐食に関する基礎的診断技術の向上を目的として,現在,鉄筋腐食診断において 広く用いられる電気化学的手法を対象として,各種電気化学的特性値に対する影響要因を把握するた めの実験的検討を行った結果を示した。
第4章では,新たな電気化学的計測手法として,アノード分極曲線法を実構造物に対して適用する ため,分極抵抗測定用のセンサーを応用する測定方法を考え,従来の方法との比較検討および実構造 部材に対して適用性の確認を行った結果を示した。
以上の第3章および第4章では,電気化学的手法による構造物の診断技術の向上を目的とした検討 であるが,ここでの診断の定義は,上記の(1)構造物の劣化状態の現状を知ることに相当する。
第5章では,塩害劣化に対する影響因子として,鉄筋-コンクリート界面構造に着目し,その微視 的構造の解明のため,X線CTスキャナを適用し,鉄筋-コンクリート界面に形成される空隙を3次 元的に可視化した上でブリーディングの関係性について考察した結果を示した。
第6章では,塩害劣化に関する新たな環境評価手法として,腐食生成物が層状構造を示すことに着 目し,その層構造が,環境条件の影響を受けていることの確認を目的とし,観察手法の確立および層 構造の違いと環境条件の関連性について検討を行った結果を示した。
第7章では,アルカリ骨材反応を対象とし,アルカリ骨材反応によって劣化を生じた構造物の診断 技術の向上について検討した。なお,ここでの診断の定義としては,(2)劣化原因を追求し新たな劣化 因子の可能性を模索することである。本章では,アルカリ骨材反応に対する劣化因子である反応性骨 材に関して,劣化を生じた実構造物の詳細調査として,岩石学的分析を行った結果より,現状の反応 性判定試験では検出できない骨材が存在することを示した。
第8章では,本研究結果を取りまとめ,総括とし,今後の課題を述べた。
4
第1章 序論
第2章 既往の研究
第3章
電気化学的手法による鉄筋 腐食診断に関する基礎的検討
第4章
アノード分極曲線法による鉄筋腐食診断 の実構造部材への適用
第6章
層状腐食生成物の層構造の観察と その形成要因に関する考察
第7章
遅延膨張性骨材によるASRに対する構造物の 診断と骨材の反応性判定試験に関する検討
第8章 結論 第5章
鉄筋周囲に形成される空隙の 定量評価に関する検討
図-1.3 本論文の構成
【参考文献】
1.1) 土木学会:【2007年制定】コンクリート標準示方書[設計編],2007
1.2) 西村和廣:道路橋の寿命と維持管理,土木学会論文集,No.501/I-29,pp.1-10,1994
5
第2章 既往の研究
2.1 序
本章では,塩害およびアルカリシリカ反応(以下,ASR)に関して,研究の現状と課題に関して整 理する。塩害については,腐食発生限界塩化物イオン量,非破壊試験による鉄筋の腐食診断に関する 知見を整理し,現状の課題と本研究の位置づけについて述べる。
ASRについては,現在の抑制対策における問題点を述べ,実構造物調査の重要性や考え方について 整理し,本研究で取り組む課題について述べる。
2.2 塩害劣化の進行過程
塩害劣化の進行過程については,土木学会コンクリート標準示方書[維持管理編]では,表-2.1 に示す4段階が定義され2.1),塩害劣化の進行に伴う構造部材の性能低下との関係は,図-2.1のよう に表される。なお,現在では,構造部材の性能として,(a)美観・景観に着目した場合と(b)安全性に着 目した場合の2つが考慮されており,それぞれで塩害劣化の進行に伴う性能の変化が異なることが示 されている。
維持管理においては,構造物の現状がどの期間に当たるのかを調べ,適切な対策を施す必要がある が,塩害劣化に関しては,外観から劣化を判断できる時期は,「加速期」または「劣化期」に相当し,
その後の補修・補強が大規模なものとなる可能性もあり,ライフサイクルコストの観点からも必ずし も有効な方法ではない場合がある。
そのため,外観上の変状が生じる以前において,非破壊検査により鉄筋の腐食状態を知ることやそ の後の進行を予測することが非常に重要である。
また,設計の段階において,塩化物イオンの浸透予測を高精度で行うことも重要な課題である。
塩害に関する既往の知見として,腐食発生限界塩化物イオン量に関する研究および非破壊検査によ る鉄筋の腐食診断に関する研究の現状と課題に関して整理した。
6
表-2.1 塩害の劣化過程の定義2.1)
劣化過程 定義 期間を徹底する要因
潜伏期 鋼材表面における塩化物イオン濃度が腐食発生 限界濃度に達するまでの期間
塩化物イオンの拡散 初期含有塩化物イオン濃度 進展期 鋼材の腐食開始から腐食ひび割れの発生までの
期間
鋼材の腐食速度
加速期 腐食ひび割れの発生により腐食速度が増大する
期間 ひび割れを有する場合の鋼材の
腐食速度 劣化期 腐食量の増加により耐荷力の低下が顕著な期間
劣化塩害による部材の性能低下 潜伏期 進展期 加速期 使用期間劣化期
鋼材の腐食開始
コンクリートに腐食 ひび割れ発生
・耐荷力の低下
・剛性の低下
塩害による劣化部材の性能低下 潜伏期 進展期 加速期 劣化期使用期間
鋼材の腐食開始
コンクリートに腐食 ひび割れ発生
・美観の低下
(a)美観景観に着目した場合 (b)安全性に着目した場合 図-2.1 塩害の劣化進行過程2.1)
7 2.3 コンクリート中の鉄筋の腐食発生について
コンクリート中の鉄筋は,通常,コンクリート中の空隙水が高いpH(13程度)であるため不動態 皮膜に覆われており,腐食から保護されている2.2)。しかし,コンクリートの細孔溶液中のpHの低下 や塩化物イオンの作用によって不動態皮膜は容易に破壊され,後に述べる腐食反応が生じることとな る2.2)。
ここで,塩化物イオンに起因する腐食反応について考えると,腐食の発生条件としては,不動態皮 膜の破壊に寄与する塩化物イオン濃度[Cl-]と不動態皮膜の形成に寄与する水酸化物イオン濃度[OH-] のバランスによって決定されるものと考えられる。そのため,腐食発生条件を示す指標として,
[Cl-]/[OH-]が広く用いられている。腐食発生の閾値となる[Cl-]/[OH-]の値は,数多くの研究者により提 案されているが2.3)~2.7),0.3~5の範囲と1桁以上の違いがある。これらは,コンクリート細孔溶液を 模擬した水溶液中を用いた実験 2.3),2.4),2.5)やモルタル,コンクリート中の硬化体に埋設した鉄筋から 実験的に求められた値 2.6),2.7)であるなどの実験条件の違いが大きく影響しているものと考えられる。
図-2.2に,Alonso et al.による[Cl-]/[OH-]の比較2.7)を示す。
図-2.2 各種条件における[Cl-]/[OH-]の値2.7)
[Cl-]/[OH-]は,腐食発生の原理に基づく指標であるが,コンクリート標準示方書[設計編]2.8)では,
照査の簡便性を考慮し,塩化物イオン濃度に閾値を与える形で,腐食発生限界塩化物イオン濃度(Clim) が採用されている。
Climに関する研究は多いが,実験条件や腐食発生時期の確認方法の違いが多岐に渡り,その値の範 囲が広い。現在,コンクリート標準示方書[設計編]2.8)では,1.2kg/m3が挙げられているが,これは,
実環境曝露試験の結果より安全側の値として採用されたものであり,同じ環境における曝露試験等の 試験結果をもとに定めることが理想的であることが述べられている2.1)。例えば,近年では,港湾施設 の設計において,実際の曝露試験結果に基づき 2.0kg/m3が採用される事例などもある 2.9)。また,新 北九州空港海上橋脚部維持管理指針(案)2.10)では,鉄筋表面での全塩化物イオン量で 2.4kg/m3を限 界塩化物イオン量と定めている。
膨大な試験結果に基づくClimの設定は,信頼性の高い値を与えるが,材料,配合,環境などが多岐
8
に渡る条件について各々試験を行うことは困難であり,使用材料,配合条件に基づいた定式化や簡便 な試験により確認できることが望ましい。
以下では,Climに対する影響要因として,試験方法,配合条件およびセメント種類,鉄筋-コンク リート界面の影響についての既往の研究について整理,考察した結果を述べる。
2.3.1 Climに対する試験方法の影響
Climは,腐食発生限界塩化物イオン量と定義されているが,腐食が発生した状態をいかなる状態と するかの定義が無いために,研究者によって定義された腐食発生時とそれに対応するClimが提案され る形となっているのが現状である。
腐食発生時の定義としては,(1)鉄筋の観察により,腐食面積率などの腐食状態を表すパラメータと 鉄筋近傍の塩化物イオン濃度の関係から,腐食面積率等がゼロとなるときの塩化物イオン量をClimと する考え方や電気化学的手法を用いた方法として,(2)自然電位がある閾値より卑となったときとする もの,(3)腐食速度が増加し始める時の塩化物イオン濃度とするもの,(4)不動態皮膜の存在する確率 から判断するものなどが挙げられる。文献2.11)において,国内外の文献調査により,上記の腐食発生 時の確認方法とClimの値が整理されており,その調査結果によれば,(1)腐食面積率等がゼロの時とす る考え方では,Climは高くなり,一方,(4)不動態皮膜が破壊される確率から算出されるClimは低くな る傾向にある2.11)。
2.3.2 Climに対する配合条件および使用材料の影響
Climに対する配合条件の影響は,腐食発生限界塩分量に関する表記の方法の問題を含んでいる2.12)。 つまり,我が国では,総量規制(コンクリート1m3中における許容塩化物イオン量)による表記であ るが,ASTM,CEBでは,セメント従量規制(セメント質量に対する許容塩化物イオン量)による表 記であり,ASTMでは,0.1%-cementが,CEBでは,0.4%-cementがそれぞれ腐食発生塩化物イオン 量として推奨されている。
河野らは2.13),種々の配合のモルタルまたはコンクリートに対し,Ponding試験によりClimを求めて
いる。その結果,単位セメント量と腐食発生塩化物イオン量の関係に関して,セメント従量での表記 方法とした場合には,単位セメント量によらず,Climがほぼ一定の値となるのに対し,総量規制とし た場合にはClimは,単位セメント量に比例して大きくなることを示している。また,堀口ら2.14)も,
同様にClimに対するセメント量の影響について検討しており,河野ら2.13)と同じく単位セメント量が 増加することによってClimの値が大きくなることを報告している。
以上の結果は,セメント量が異なる場合には,固定塩化物イオン量が異なるためと考えられる。す なわち,コンクリート単位体積中の塩化物イオン量が同じである時,単位セメント量が多いほどC-S-H,
AFm相への塩化物イオンの固定量が多くなるため,腐食に影響を及ぼす自由塩化物イオン量は,単位 セメント量が多いほど少ないことになる。
一方,セメント従量の表記とした場合には,固定化の違いがキャンセルされることで,単位セメン ト量によらずほぼ一定の値となるものと考えられる。ただし,セメント種類によって塩化物イオンの 固定能が異なるため2.15),セメント種類に応じた値の設定が必要である。
セメント組成においてC3A量が,Climに対する影響が大きいことが報告されている2.16)。これは,
セメント中のC3A量が塩化物イオンの固定化に対する寄与が大きいこと2.15)と関連するものである。
9
Hussain et al.2.16)は,C3A量の異なるセメントでのClimの値の比較を行なっており,その結果,C3A 量が増加するに従い,Climの値が大きくなるとしており,C3A 量が 2.43%,7.59%,14%の場合で,
Climは,それぞれ,セメント質量に対し0.48%~0.59%,0.73%~0.85%,1.01%~1.20%の値となるこ とを報告している。
また,混和材を用いた場合における検討として,網野ら 2.17)は,普通セメントと高炉セメントを使 用した場合のClimの比較を行なっており,自然電位の値から腐食の発生確率を判断する手法を適用し,
腐食発生の確率が50%となるときの塩化物イオン濃度が,普通セメントの場合に0.7%-cementである のに対し,高炉セメントを使用した場合には,1.0%-cementとなることを報告している(図-2.3)。
図-2.3 全塩化物イオン濃度と腐食発生確率の関係のセメント種類による比較2.17)
2.3.3 鉄筋-コンクリート界面性状がClimに及ぼす影響
鉄筋-コンクリート界面性状が腐食に与える影響について,実構造物調査などにおいて,鉄筋腐食 を生じた構造物を観察すると,鉄筋の下面において空隙が発生し,下面の方の腐食が激しいことなど が観察されることが多い2.18)。また,実験的な検討として,Mohammed et al.は,打設面に対して水平 に配置した鉄筋(空隙が形成される)と垂直に配置した鉄筋(空隙が形成されない)の腐食挙動を比 較しており,水平に配置した鉄筋において,鉄筋下面の著しく腐食が進行しており,一方,水平に配 置した鉄筋の上面や鉛直に配置した鉄筋では,軽微な腐食にとどまっており,鉄筋下面に形成される 空隙が鉄筋腐食の促進をしていることを述べている 2.18)。また,この時の鉄筋近傍の塩化物イオン濃 度は,コンクリート質量に対して0.008%(コンクリートの密度を2300kg/m3とすると,1.8kg/m3程度)
であったことを報告している 2.18)。また,米澤らは,鉄筋とモルタルの界面にろ紙を設け,界面の空 隙を模擬した実験より,ろ紙を設けた場合において,腐食発生限界の[Cl-]/[OH-]の値が小さくなるこ とを報告している2.6)。また,審良ら2.19)は,鉄筋周囲の空隙のClimに対する影響を検討しており,空 隙面積AとClim(コンクリート総量,kg/m3)の関係式として,以下の式(2.1),(2.2)を示している。
OPC使用コンクリートの場合:Clim= -0.58Ln(A) + 4.11 (2.1) OPC+膨張材使用コンクリートの場合 Clim = -0.51Ln(A) + 2.22 (2.2) ここに,A:空隙面積(mm2)
また,Glassら2.20)も同様に鉄筋下面における空隙率とClimとの関係を求めており,空隙率が1%以 上になると,Climの値は急激に低下することを示している。
10 2.4 コンクリート中鉄筋の腐食機構の整理
鉄筋の腐食とは,鉄筋が鉄イオンとなり,最終的に Fe(OH)2,Fe2O3,Fe3O4などの錆を形成する反 応である。腐食の反応は,鉄が鉄イオンとなり溶解するアノード反応と酸素の還元反応であるカソー ド反応の両反応によって成り立つ。式(2.3)および式(2.4)にアノード反応およびカソード反応を示す。
アノード反応 Fe→Fe2+ +2e− (2.3)
カソード反応 O2 +2H2O+4e− →4OH− (2.4)
図-2.4は,不動態が存在しない場合の腐食反応の概略を示した図2.21)である。鉄の溶解(式(2.3))
によって生じた電子は,金属中をカソード部へと移動し,水および酸素と式(2.4)に示すカソード反応 を生じ水酸化物イオンを形成する。水酸化物イオンは,コンクリート(電解液)中を移動し,アノー ド反応によって生じた鉄イオンと反応し,Fe(OH)2が生成される。
さらに,Fe(OH)2は,酸素と反応し,FeOOH,Fe2O3または Fe3O4となる。Fe2O3は,赤褐色~黒の 錆であり腐食反応が活発であるときに生成される錆である 2.22)。一方,酸素が不足し反応が停滞する と黒色のFe3O4が生成される2.22)。
これらの錆は,金属鉄に比べ体積が大きく,錆の生成に伴い膨張圧が発生し,ある限界量を超える とかぶりコンクリートにひび割れを生じる。表-2.2 に,各種錆化合物の性質として,色調,密度お よび体積膨張率を示す2.23)。体積膨張率は,化合物の種類によって異なるが,概ね2~4程度であると される。
健全なコンクリートの細孔溶液は,pH=13 程度の高アルカリ環境にある。このような環境では,
鉄筋は,不動態皮膜と呼ばれる厚さ30Å程度の非常に薄い酸化膜によって覆われ,腐食から保護され ると言われる。しかし,塩化物イオンが作用すると,不動態皮膜は,容易に破壊され腐食反応を生じ ることが知られている。塩化物イオンによる不動態皮膜の破壊機構には不明な点も多いが,その影響 については明らかにされており,ごく少量の塩化物イオンであっても不動態皮膜を容易に破壊する作 用があることが知られている2.2)。
不動態皮膜が破壊された部分と残存している部分がそれぞれアノード部とカソード部となり,腐食 電池が形成され,図-2.4 のように電子とイオンの移動を伴う腐食反応が進行する。このときアノー ド部とカソード部の距離によって腐食電池は大別され,距離が短いものがミクロセル,距離が長いも のがマクロセルと呼ばれる。
11 電解液
鉄 アノード反応 カソード反応 Fe2+
二次反応 O2
Fe
3O
4FeOOH
などFe(OH)2
OH-
O2 H2O
電子の移動 電流
カソード領域 アノード領域
図-2.4 腐食反応の概略図2.21)
表-2.2 鉄錆の種類とその性質2.23)
化合物 色調 密度(g/cm3) 体積膨張率(倍)
Fe(OH)2 白~淡緑 3.40 3.7
FeO 黒 5.9 1.7
Fe3O4 黒 5.2 2.1
α-FeOOH 褐~黄 3.3~4.3 2.9~3.8
β-FeOOH 淡褐~白 3.0 4.2
γ-FeOOH オレンジ 4.1 3.0 δ-FeOOH 褐 3.95 3.2
α-Fe2O3 赤褐~黒 5.2 2.2
γ-Fe2O3 褐 4.88 2.3
12
2.5 電気化学的計測手法による腐食診断方法とその原理
前節で述べたように,鉄筋の腐食反応は,電子とイオンの移動を伴う電気化学的反応である。その ため,鉄筋の腐食の状態を知る方法として,電位,電流,抵抗などの電気化学的特性値の計測が用い られることが多い。
ここでは,代表的な電気化学的計測である「自然電位法」,「分極抵抗法」および「分極曲線法」に ついて,計測により得られる情報とその原理を述べる。
2.5.1 自然電位法
自然電位法は,金属が腐食環境にあるか否かを判断する方法として用いられる。一般的には,自然 電位が貴であるほど腐食しにくい環境にあり,卑であるほど腐食しやすい環境であるとされる。コン クリート中の鉄筋の自然電位計測方法は,土木学会規準JSCE-E 601-2007「コンクリート構造物に おける自然電位測定方法(案)」2.24)として規準化がなされている。
一般的な自然電位の計測方法では,図-2.5 に示すように,鉄筋と照合電極との電位差を計測する ものであり,非常にシンプルな計測方法である。照合電極は,安定性が優れたものを用いることが望 ましい。一般的に用いられる照合電極の種類と標準水素電極(SHE)との電位差を表-2.3に示す。
一般的に,電位の計測結果は,どの照合電極との電位差であるかが分かるように「vs.[照合電極の 略号]」を付記することが多く,本論文においても電位の値は同様の表記方法としている。
電位 差計
コンクリート 鉄筋
照合電極
スポンジ
+
- 電位 差計
コンクリート 鉄筋
照合電極
スポンジ
+
-
図-2.5 自然電位の計測方法
表-2.3 照合電極の種類と標準水素電極に対する電位差
種類 略号 標準水素電極(SHE)に対する電位(V ,25℃)
飽和硫酸銅電極 CSE +0.316
飽和カロメル電極 SCE +0.242
飽和塩化銀電極 Ag/AgCl +0.196
鉛電極 PRE -0.483
二酸化マンガン電極 MnO2 +0.227
13 2.5.2 腐食速度の評価方法
前節で述べたように,腐食反応は電気化学的な反応である。そのため,アノード部とカソード部で 形成される腐食電池を流れる腐食電流の大小は,アノードおよびカソード反応の反応速度と密接に関 連する。この両者の関係を説明するものがファラデーの第2 法則であり,腐食電流が大きいことは,
腐食速度が速いことと等価である。
腐食が進行し,かぶりコンクリートにひび割れを生じるまでの期間である「進展期」の予測におい て,腐食速度を知ることは非常に重要であり,そのためには,腐食電流の計測が必要である。
しかし,通常,アノード反応とカソード反応は平衡状態にあり,外部回路に電流は流れないため,
腐食電流を直接知ることは困難である。
そこで,外部電源によって,電位または電流を変化させ,平衡状態からのずれを生じさせることで,
アノード反応もしくはカソード反応を優位とさせることができる。この平衡状態から変化させること を「分極」といい,電気化学において重要な概念である。分極によって変化された電位と平衡状態と の電位の差を過電圧と呼び,過電圧とその時に流れる電流密度の関係を示したものが,分極曲線であ る。分極曲線は,優位とさせる反応(電位の掃引方向)によって,アノード分極曲線とカソード分極 曲線に分けられ,これらの分極曲線より,腐食電流(腐食速度)を推測することができる。その方法 として,Tafel外挿法と分極抵抗法があり,過電圧が大きい領域で推測するのが前者のTafel外挿法で あり,過電圧が小さい領域で推測する方法が分極抵抗法である。
2.5.3 Tafel外挿法による腐食速度の評価
過電圧が大きい領域において,腐食速度を評価するものがTafel外挿法である。
通常,腐食が生じている鉄筋には,アノード部,カソード部が生じており,それぞれの平衡電位が Eaおよび Ecであるとすると,図-2.6に示すように,アノードおよびカソードの平衡電位から,そ れぞれの反応に応じた仮想のアノード分極曲線およびカソード分極曲線が描かれる(図中実線)。こ のとき,両反応のバランスする点,すなわち,電位Ecorr,電流密度icorrが,それぞれ自然電位および 腐食速度に相当するものである。ここで,これらの仮想の分極曲線は,実際に計測することはできな いが,Ecorrから電位を掃引したとき(過電圧を与えたとき)の分極曲線(外部分極曲線)は,これら の仮想の分極曲線と接するような形となる(図中点線)。すなわち,数100mVの過電圧(η)を与え たときの,分極曲線の接線と自然電位(Ecorr)の交点から,腐食速度を求めることができる。
また,このとき,分極曲線の接線が,Tafel近似曲線と呼ばれるものであり,過電圧ηを与えたとき に流れる外部電流iの関係として,以下の式(2.5)で表される。
( )
⎥ ⎦
⎢ ⎤
⎣
⎡
⎭ ⎬
⎫
⎩ ⎨
− ⎧−
⎭ ⎬
⎫
⎩ ⎨
= ⎧ −
RT F RT
i F
i β η βη
1 exp
0
exp
(2.5)ここで,i0:腐食電流
β:symmetry factor(0.5と近似することが多い)
F:ファラデー定数 R:気体定数 T:温度
14
いま,過電圧ηが十分大きい(100mV以上)とき,式(2.4)は,以下の式(2.5)で近似できる。
⎭ ⎬
⎫
⎩ ⎨
= ⎧ −
RT i F
i ( 1 β ) η
0
exp
(2.6)以上より,ηとiを,iを対数として図示すると,図-2.7のように表され,図中の実線が測定され るη-i 関係であり,点線が,ηが十分大きいところで近似した直線部が,式(2.6)で表される Tafel 近似である。図中の点線とη=0(E=Ecorr)との交点が,腐食電流ioである。
E
corrE
pP P
’E
aE
ci
pi
corr測定されるア ノード分極曲線
仮想のアノード 分極曲線
測定されるカソード分 極曲線
腐食電流
電流i(Log‐scale)
電位
自然電位
仮想のカソード 分極曲線
図-2.6 分極曲線の模式図
図-2.7 Tafel線の適用例2.22)
15 2.5.4 分極抵抗法
分極抵抗法は,前述したように鉄筋に微小な電圧を印加し,そのときに流れる電流より腐食速度を 推定しようとするものである。±10mV程度の微小な過電圧の領域では,過電圧(Δη)とそのとき に流れる電流を鉄筋の表面積で除した電流密度(Δi)は比例関係(オームの法則)にあり,過電圧Δ ηとΔiの比であるΔη/Δiが分極抵抗Rctと呼ばれるものであり,単位はΩ・cm2である。
腐食電流密度(腐食速度)と分極抵抗の関係について,Stearn and Grearyは,腐食電流密度i0は,
分極抵抗Rctに反比例することを示している(式(2.7))2.25)。
R
cti
0= K
(2.7)ここに,i0:腐食電流密度(mA/cm2) Rct:分極抵抗(kΩ/cm2)
K:比例定数(V)
式(2.7)における比例定数K値は,電圧の単位(V)となり,条件によって様々な値を取ることが知 られているが2.29),0.026Vが広く用いられている。
分極抵抗の測定方法としては,直流を印加する方法と交流を印加する方法の2種類があるが,我が 国で用いられる方法は,交流法が多い。
(1) コンクリート中の鉄筋の回路モデル
分極抵抗の測定原理の説明の前に,まず,鉄筋とコンクリートがどのような電気回路として表され るかを説明する。
一般的に溶液中の金属では,溶液と金属の界面は,図-2.8 に示すようにコンデンサと抵抗が並列 につながれた回路に近似される2.27)。また,図中に示す液抵抗Rsは,溶液そのものの抵抗である。
図-2.8 は,溶液中の金属の等価回路であり,コンクリート中の鉄筋の電気回路とは異なるものと 考えられている2.27)が,鉄筋とコンクリートを最も単純化したモデルとして適用されることも多い。
溶液抵抗Rs
電気二重層(不動態)容量C 腐食反応抵抗Rct
溶液抵抗Rs
電気二重層(不動態)容量C 腐食反応抵抗Rct
図-2.8 溶液中の金属腐食の等価回路モデル2.27)
16 (2) 分極抵抗の測定方法
分極抵抗の測定方法は,直流法,交流法によらず照合電極,対極および電位を制御する装置が必要 である。電位を制御する装置としては,ポテンショスタット,関数発生器,周波数応答解析装置(交 流法)などが必要である。図-2.9に分極抵抗の測定機器の基本的な接続図を示す。
直流法は,外部の対極から直流電流を流し,鉄筋の電位を変化させたときに鉄筋から流れる電流を 計測し,そのときの過電圧と電流密度の勾配を分極抵抗とするものである。ただし,ここで計測され る分極抵抗値は,液抵抗 Rsも含まれた値であるため,別途,液抵抗を計測するなどによって補正す る必要がある。
一方,交流法では,交流電流が,その周波数によって通る経路が異なることを利用し,液抵抗 Rs と分極抵抗Rctを分離して計測できる利点があることから,近年では,交流法を用いた分極抵抗の計 測が一般的になってきている。次に,交流法の代表的な方法である交流インピーダンス法の測定原理 を示す。
WE 鉄筋 照合電極 RE 対極
CE 導電性物質
コンクリート 電源・制御装置
CE RE
WE
図-2.9 分極抵抗計測における機器接続図
(3) 交流インピーダンス法の測定原理
ここでは,図-2.8の等価回路に対して交流インピーダンス法によって分極抵抗 Rctを求める際の 理論を示す。
コンデンサの電流I,電圧V,抵抗Rの関係は,以下の式で表される。
IR
V = (2.8)
CV
Q =
(2.9)dt C dV dt I = dQ =
(2.10) ここに,Q:電気量
C:電気容量
また,交流回路の解析は,複素数によって簡略化される。
) sin( t V
V =
mω
(2.11)17 ω:角速度
Vm:電圧の絶対値
式(2.12)のオイラーの式より,式(2.11)の正弦波電圧の挙動を式(2.13)に示す複素電圧を用いて計算 を行なっても,その虚数部を取り出すことで,目的の量を知ることができる。
) sin(
) cos(
)
exp( i t V t iV t
V
mω =
mω +
mω
(2.12)) exp( i t V
V =
mω
(2.13)i:虚数単位
ここで,式(2.13)に示す複素電圧が,抵抗とコンデンサを並列につないだ回路に負荷されるときを 考える。回路の全電流Iは,以下の式(2.13)で表すことができる。
dt C dV R
I = V +
(2.14)式(2.14)に複素電圧(式(2.13))を代入すると,
Z V t i R V
I = ( 1 / + ω ) = /
(2.15)ここに,1/Z =1/R+i
ω
t (2.16)) ) ( 1 /(
) ( 1
/( RC i R
2C RC
2R
Z = + ω − ω + ω
(2.17)このZは,複素インピーダンスと呼ばれ,交流の抵抗を示す。
ここで,実軸をx,虚軸をyとすると,
) ) ( 1
/( RC
2R
x = + ω
(2.18)) ) ( 1
/(
22
C RC
R
y = ω + ω
(2.19)式(2.18)および式(2.19)より,ωを消去すると,
2 2
2
( / 2 )
) 2 /
( x − R + y = R
(2.20)したがって,角速度(周波数)を変えたとき,複素平面上の複素インピーダンスの軌跡は,中心(R/2,
0),半径R/2の円を描く。この複素インピーダンスのプロットは,Cole-Coleプロットと呼ばれる。
図-2.8で示す等価回路中の液抵抗Rs,分極抵抗Rct,電気二重層容量CとCole-Coleプロットと の対応は,図-2.10に示す通りである。
図において,容量成分Cがほとんど充電されないくらいの高周波数の電圧を印加した時,電流は,
Rs~Cの経路を通り,全体で計測される抵抗は液抵抗Rsに等しい。一方,容量成分が十分充電され るくらいの低周波の電圧を印加した時は,電流は,Rs~Rct の経路を通り計測される抵抗は,Rs+Rct に収束することを表している。
18 θ
実数値 Re|Z|
虚数値-Im|Z|
Rs+ Rct Rs
低周波数 f → 0 高周波数
∞←f
Rct=1/2πf Cdl
Rct
図-2.10 Cole-Coleプロットと液抵抗,分極抵抗,電気二重層容量の対応関係
以上の特性に基づき簡易的に高低2周波の電圧を印加し,インピーダンス値から溶液抵抗Rs,分極 抵抗Rctを求める方法が,高低2周波交流法と呼ばれる方法である。
横田は,腐食の生じている鉄筋と不動態状態の鉄筋について交流インピーダンス法を用いた分極抵 抗の計測を行なっている。
交流インピーダンス特性は,腐食の有無によらず,高周波,低周波側それぞれに2つの半円が描か れるような特性を示すとされ 2.28),高周波側における半円はかぶりコンクリート部の交流インピーダ ンス特性を,低周波側の半円が鉄筋の交流インピーダンス特性を示すとされる2.28)。
不動態状態にある鉄筋の場合には,0.001Hz(=1mHz)の周波数においても半円は収斂が見られず,
そのため,不動態状態にある鉄筋の分極抵抗Rctを正確に測定しようとすれば,1mHz 以下の低周波 での測定が必要であることが指摘されている 2.28)。しかしながら,低周波での測定には長時間を要す る。例えば,周波数1mHz での計測では,平均的に20分程度の時間を要する。そのため,実用上を 考えて低周波側の周波数としては,10~20mHz程度の値が採用され,その計測で得られたインピーダ ンス値は周波数依存性を考慮し分極抵抗を求めることが多い。しばしば採用される方法として,複素 平面上で高低2周波数の測定点を通る円の直径の1.9倍を見掛けの分極抵抗値(kΩ)とすることが多 い。
2.5.5 分極曲線による腐食反応の評価方法
2.5.3において,Tafel外挿法を用いた分極曲線による腐食速度評価について述べたが,分極曲 線は,腐食速度の算定だけでなく,その形状から,現在生じている腐食反応の状態が分かる。すなわ ち,アノードおよびカソード分極曲線からは,アノード反応およびカソード反応の生じやすさを判断 することができる。具体的には,アノード分極曲線によって,鉄筋が不動態状態にあるか,活性な状 態にあるかが判断でき,また,カソード分極曲線からは,酸素の供給が十分であるか,不足している かを判断することができる。図-2.11に,アノードおよびカソード分極曲線形状と腐食反応の関係を 示す。図に示すように,不動態の破壊が進行するにつれ,アノード分極曲線は,電流密度が大きい方 向へシフトする(A1ÆA2)。また,同様に酸素の供給が増加すると,カソード分極曲線は,電流密度 が大きい方向へシフトする(C1ÆC2)。
前述したように,アノード分極曲線とカソード分極曲線の交点の電位および電流密度が,それぞれ,
19
自然電位と腐食速度である。ここで,分極曲線(A1,C1)の組み合わせの状態の鉄筋と(A2,C2)
の組み合わせの状態の鉄筋が存在しているとすると,両者の自然電位は,ほぼ等しくEcorrであるが,
i1<i2であり,自然電位が等しい状態でも,異なる腐食状態にある可能性があることを示唆される(図
-2.11)。
以上より,分極曲線より,現在生じている腐食反応に関して詳細な情報を得ることのできるもので あると言える。
分極曲線の測定に必要な機器および接続方法は,分極抵抗の場合と同様である(図-2.9)。コンク リート中の分極曲線の測定方法として確立されたものは無いが,過電圧η=±1000mV程度の範囲で 測定されることが多い。また,分極抵抗に比べ,大きい過電圧を与えることから,計測には長時間を 要する。
不働態の破壊
酸素供給の増加
電流密度i 電位E
i1 i2 Ecorr
A1 A2
C2 C1
図-2.11 分極曲線形状と腐食反応の関係
20
2.6 電気化学的計測を用いた鉄筋コンクリート構造物の腐食診断の現状と課題
2.6.1 自然電位法による腐食診断
自然電位法は,簡易的な装置で,腐食の可能性を検出できる方法であり広く活用されている。
自然電位による腐食の可能性の評価には,ASTM C 876(Standard Test Method for Corrosion Potentials of Uncoated Reinforcing Steel in Concrete)2.29)が判定基準として引用されることが多い。表-2.4は,
ASTM C 8762.29)による自然電位に基づく腐食判定規準を示したものである。この判定基準は,室内試 験および実構造物調査の結果より,腐食の状況と自然電位の関係から定められたものであるが,実際 の腐食状況と一致しないケースもあることから,現在では判断の参考とすることが推奨されている。
表-2.4 ASTM C 876による腐食判定基準2.29) 自然電位E(mV vs. CSE) 判定
-250≦E 90%以上の確率で腐食なし -350 < E <-250 不確定
E≦-350mV 90%以上の確率で腐食あり
以下に,自然電位を用いた鉄筋腐食診断の適用性に関する知見を整理する。
横田は,RC 開水路の腐食診断に対し,自然電位法および交流インピーダンス法を適用した結果を 示している。その結果,自然電位法と実際の腐食の状態は,一部で一致していたが,腐食が生じてい ない箇所のほうの電位が腐食を生じている箇所の電位よりも卑になることもあることを報告してい る2.31)。
中村らは,自然電位を用いた腐食診断に対する環境条件の影響として,長期間のモニタリングを実 施しており,測定時の4時間以内に降水がある場合には,自然電位が卑になることを示しており,そ の傾向はかぶり厚さが薄い場合に顕著であることを報告している 2.32)。これは,かぶりコンクリート の含水率の変動の影響がかぶり厚さが薄い場合において顕著となったものと考察している。
また,夏期と冬季では,夏期の方が全体的に卑な電位を示すとし,冬季においては腐食判定基準で は,90%以上の確率で腐食なしと判定されるが,実際には腐食を生じていたことを述べている 2.32)。 温度の影響としては,松村らも同様にコンクリート表面の温度が高いほど自然電位が卑になることを 示している2.33)。
審良らは,異なるセメントを用いたモルタルに鉄筋を埋設し,干満帯での長期曝露試験を行ってお り,その結果,腐食の発生は,自然電位が-450mV vs. Ag/AgCl-海水を境界として,腐食の傾向が認め られ(図-2.12),自然電位による腐食診断が概ね適用できることを述べているが,現状の腐食判定 基準とは異なる閾値であることを報告しており 2.34),判定基準の電位は,環境やコンクリートの条件 に依存することや構造物全体での相対的な比較から判断する必要性を述べている。
以上より,自然電位の適用に関しては,ある1回の測定で腐食の有無を判断するには,現状では信 頼性が低い方法であるのが現状であり,連続的なモニタリングや等電位線図を作成し,相対的に腐食 の可能性の高い場所を検出するなどの方法で使用することが推奨されている。
また,自然電位による腐食診断の高精度化に向けた検討について述べる。
通常,自然電位の計測では,コンクリート表面に照合電極を当てて,電位差計によって計測が行わ
21
れることが多く,かぶりコンクリートの状態は,自然電位の計測値に大きく影響するとされる2.35),2.36),
2.37)。佐々木ら2.35)は,コンクリート表面から計測した電位と鉄筋に直接照合電極をあて計測した電位
の差は,コンクリートの含水率が大きいほど小さくなることを報告しており(図-2.13),含水率が8%
以下では,コンクリート表面で計測した電位のほうが貴となり,含水率が3%程度であれば,100mV もの差を生じていることが分かる。一方,含水率が8%以上であれば,その電位差はほぼ0となるこ とを示しており,コンクリートの含水率による補正式を提案している2.35)。
また,小山ら2.38),大津ら2.39)は,コンクリート表面の電位分布およびコンクリート抵抗の計測値か ら鉄筋表面の分布を推測する解析手法を提案している。
また,コンクリート中に照合電極を埋設し,連続的にモニタリングする方法も検討されており2.40), かぶりコンクリートの影響を排除し,長期的なモニタリングを行う技術の開発が進められている。
図-2.12 自然電位と鉄筋の質量減少率の関係2.29)
含水率 (%)
E2 - E1(mV)
150
100
50
0
0 2 4
6 8
‐50
図-2.13 含水率と鉄筋上の電位(E2)とコンクリート表面の電位(E1)の差の関係2.35)
22 2.6.2 分極抵抗による腐食速度の評価
分極抵抗を用いることによって腐食速度を評価可能であることから,腐食量(腐食減量,断面減少 率など)を,腐食速度の時間積分によって推定する手法が用いられ,横田 2.31),審良ら 2.34),松村ら
2.41)などにより腐食量とある程度相関があることが報告されている。
横田 2.31)は,分極抵抗を腐食速度に換算して求めた腐食量の推定量と実際の腐食量の関係を求めて
おり,定性的には実測量と推定量は一致したことを示している。また,横田 2.31)の推定結果は,一回 の測定値のから推測された結果であり,連続的にモニタリングすることで定量精度の向上が図れるこ とを述べている。
審良ら 2.34)は,干満帯に長期曝露した試験体について,分極抵抗を経時的にモニタリングし,得ら
れた分極抵抗から換算した腐食速度の時間積分値と実測の腐食量の比較を行なっている。その結果,
分極抵抗から推測される腐食量と実測の腐食量は概ね相関があるが,推測値のほうが実測値に比べて 大きく見積もっていることを報告している。
また,松村ら 2.41)も同様の結論を示しており,特に電流密度が小さい(分極抵抗が大きい)場合に 推定腐食量の方が実測値に比べて大きく見積もる傾向にあることを示している(図-2.14)。また,
松村らによると,腐食ひび割れの発生の前後において,分極抵抗と腐食電流密度の換算係数(K値)
が異なることを示している。
分極抵抗による腐食量の定量的な評価については,分極抵抗から,腐食電流密度への換算式におけ
るK値の設定2.29)や電流経路の設定2.42)などが大きく影響しているものと考えられ,これら影響度を
定量的に評価することが分極抵抗による腐食量推定の高精度化につながるものと考えられる。
図-2.14 分極抵抗より推測した腐食量と実測の腐食量の関係2.41)
23
また,分極抵抗の測定においては,測定時の温度や湿度が影響する。これらの影響は,連続的にモ ニタリングが可能である場合には,さほど問題とならないが,少ない回数の計測から腐食量を推定す る場合には,考慮すべき事項である。
温度の影響としては,網野らは,温度を10,20,30℃に変化させた場合に,10℃の時に対する腐食 速度は,20℃で1.5倍,30℃で3倍となることを示している2.17)。
また,西田らは,腐食速度に対する温度の影響については,アレニウスの式で説明できることを示
している2.43)。さらに,森田らは,季節変動を考慮した予測手法について検討しており,夏期では1.2
倍,冬季では0.8倍の腐食速度とすることで,腐食量の推定精度の向上が図れることを示している2.44)。 湿度の影響について,Lopez2.45)は,湿潤環境(90%R.H.<)から乾燥環境(50%R.H.)に変化させ た場合における,モルタルの飽和度と腐食速度の関係について検討している。その結果,飽和度が 100%から70%の間で腐食速度が最大となり,70%以下となると急激に腐食速度が減少することを示 している(図-2.15)。また,Enevoldsen et al.2.46)も,同様の結果を報告しており,コンクリート内部 の相対湿度が80%R.H.の時に分極抵抗の逆数(≒腐食速度)が最大となることを述べている。
以上の挙動については,湿度の変化に伴う酸素の供給とコンクリート比抵抗の変化によって説明さ れる。つまり,湿度が低下するほど酸素の作用は大きくなるためカソード反応が活発となり腐食速度 は増加するものと考えられる。しかし,湿度の低下は,同時にコンクリート比抵抗を増加させ,腐食 電流が流れにくくなる,すなわち反応速度が低下することになる。このように,湿度変化に伴い相反 する作用が生じることで,ある湿度または飽和度において腐食速度が最大となる挙動となるものと推 察される。
以上より,分極抵抗の値は,温度や湿度の影響により変化するため,ある任意の時期での測定値か ら,腐食量を推定する際には,考慮の必要がある。
1.0E-05
1.0E-06
1.0E-07
1.0E-08
1.0E-09 icorr(A/cm2)
% Pore Saturation
0% Cl‐
+
2% Cl‐図-2.15 細孔溶液の飽和度と腐食速度の関係2.45)
24 2.6.3 分極曲線を用いた鉄筋腐食の評価2.22)
分極曲線を用いたコンクリート中の鉄筋の腐食評価は,大即 2.22)によって精力的に検討がなされて いるが,その適用事例は少ないと言える。大即 2.22)は,アノード分極曲線の形状より不動態の状態を 判定する方法として,不動態の状態をグレード0~5(0Æ5で不動態の状態が良いことを表している)
の6段階に分類する方法を提案している。大即によれば,不動態グレード2を境に腐食を生じている 傾向にあり,グレードが3以上であれば,腐食を生じている可能性は極めて低いとされる2.22)。
2.5.5でも述べたように,自然電位と腐食速度は分極曲線により決定されるものであることから,
自然電位は,必ずしも腐食の状態と一致するものでは無い可能性についても言及しており,腐食状態 を確認する手法として,アノード分極曲線によるグレード判定が適用されることが望ましいとしてい る。しかしながら,分極曲線測定を実構造物に適用した事例は無い。そこで,本研究では,第4章に おいて,分極曲線測定の実構造物への適用性について検討を行った。