7.1 序
アルカリシリカ反応(ASR)は,岩石の反応速度の観点から,急速膨張性ASRと遅延膨張性ASR に大別できる 7.1)。岩石の反応速度の違いは,反応性シリカ鉱物の溶解速度の違いによるものである
7.2)。環太平洋造山帯に位置する我が国は,火山岩を砕石として利用することが多く 7.3),これらの反 応に起因するASRによる被害も多く報告されている7.4)。これらの火山岩骨材は,急速反応性を示す 骨材が多く7.1),これらの骨材の反応性の検出のため,モルタルバー法などの判定試験が提案,JIS規 格化されてきた経緯がある。
一方,遅延膨張性 ASRは,堆積岩中の隠微晶質~微晶質の石英を反応性鉱物とする ASRであり,
劣化事例としては海外での事例が多いが,我が国においても数件の報告がある7.5)。ただし,これまで の我が国でのASR調査では,詳細な原因追求が乏しいために,遅延膨張性ASRであったものを見逃 している可能性もあり,今後,調査によるデータを蓄積し,遅延膨張性骨材による劣化の実態を把握 する必要がある。
遅延膨張性骨材の特徴として,現在日本で広く用いられている化学法,モルタルバー法では,その 反応性が検出できないことが指摘されている7.1)。このことは,海外では広く認識されていることであ り,遅延膨張性を示す可能性のある骨材に対しては,ASTM C 1260(80℃ NaOH浸漬法)による評価 が適当であることが示されている7.6)。
判定試験方法は,岩石学的特徴に応じて適切な方法を選定されるべきものであるから,産出される 骨材の岩種が異なる我が国と欧米諸国で異なる試験方法が採用されることは当然であるが,実被害を 詳細に分析し,ASRを生じた原因の追求,またそれに応じて規格を変化させていく点では,日本では 十分に検討がなされていない。
合理的なASR抑制に向けて,実構造物におけるASR劣化事例を詳細に分析し,新しい抑制手法と してフィードバックすることが重要である。
本章では,遅延膨張性ASRと考えられる実構造物の詳細分析を実施し,遅延膨張性ASRであるこ とを確認した。また,岩石学的に同等の骨材を入手し,我が国における遅延膨張性骨材に対する適切 な判定試験方法を提案することを目的とし,各種モルタルバー法試験の適用性について検討した。
112 7.2 劣化した構造物の調査
7.2.1 コアの分析項目および方法
採取したコアについて,表-7.1 に示す項目の試験を行った。表中には,各種分析方法の概略も示 している。
表-7.1 コアの分析項目および方法
外観観察 コアの切断面よりひび割れの発生状況やゲルの滲出状況を 確認し,偏光顕微鏡観察用の試料採取箇所の選択を行った。
また,粗骨材・細骨材の岩種の推定を行った。
偏光顕微鏡観察 コアの採取後にただちにビニルフィルムにより封緘し,1 日後に透明なゲルの滲出が確認された箇所を切り出し,厚 さ20μmの研磨薄片を作製した。
薄片は,偏光顕微鏡を用いて観察し,ゲルの生成状況,ひ び割れの連続性などから,反応性鉱物の同定を行った。
アルカリ量分析 「建設省総合技術開発プロジェクト コンクリートの耐久 性向上技術の開発」7.7)(総プロ法)に準拠し,計測を行った。
抽出溶媒は,40℃温水または1N HNO3とし,
抽出条件は,固液比を40g/100ml とし,30 分間の撹拌と した。
塩化物イオン量分析 JCI SC4[塩素イオン選択性電極を用いた電位差滴定法]7.8) に従って計測を行った。
残存膨張試験 既往の文献 7.5)を参考にカナダ法(80℃ NaOH 浸漬)を適 用した。
コア寸法は,φ50mm とし,コンタクトゲージ法により計 測を行った。開放膨張量の収束後の長さを基長とし,溶液 浸漬後の膨張量より残存膨張性を確認した。
113 7.2.2 構造物および採取コアの外観観察
写真-7.1 に劣化した構造物の外観を示す。この構造物は,全体に亀甲状のひび割れが発生してお り,ひび割れ最大幅は10mm以上であった。また,写真-7.2に構造物コアの切断面を示す。コアの 肉眼観察を行ったところ,粗骨材は,泥質片岩であるものと推察された。粗骨材の周辺に ASR ゲル と思われる白色の滲出物が観察された。また,貝殻が認められたことから,細骨材は海砂あるいは海 底に堆積した陸源砕屑物を起源とする山砂などから生産されたものであると考えられる。
写真-7.1 構造物の外観
写真-7.2 コンクリートコアの切断面
114 7.2.3 偏光顕微鏡観察による反応性鉱物の同定
写真-7.3に粗骨材-モルタル界面の偏光顕微鏡像を示す。また,図-7.1には,写真-7.3の特徴 的な箇所をトレースした図を示す。粗骨材である泥質片岩内部からモルタル部へとひび割れが発生し ており,ひび割れがASRゲルにより充填されている状況が観察された(ASRゲルは直交ニコル下で 消光する)。なお,細骨材の反応の形跡は確認されず泥質片岩が反応性骨材であるものと推察された。
また,図中赤四角で示す部分を拡大した写真を写真-7.4および写真-7.5に示す。図-7.2および 図-7.3には,それぞれの模式図を示す。写真-7.4より,モルタル中の空隙がASRゲルにより充填 されていることが分かり,空隙の周囲には微細なひび割れが発生している様子が確認された。
また,写真-7.5よりひび割れ中のASRゲルは,一部再結晶化し,ロゼット状のゲルが確認された。
さらに,ひび割れ内を拡大したものが,写真-7.6 である。隠微晶質石英が石英,曹長石,白雲母 などの粒間を埋めるように存在していることが確認され,この隠微晶質石英が反応性鉱物であるもの と推察された。
以上の観察結果から,コンクリートに使用された泥質片岩中の隠微晶質石英が ASR を生じたもの と推測された。
115
写真-7.3 粗骨材-セメントペースト界面の偏光顕微鏡像
(左:単ニコル,右:直交ニコル,スケールバー:1.0mm)
泥質片岩
ひび割れ
(ASRゲル脈)
モルタル部
(細骨材は省略)
気泡を埋める ASRゲル
泥質片岩
図-7.1 写真-7.3の模式図 写真-7.4 写真-7.5
1.0mm
116
写真-7.4 写真-7.3の拡大図(気泡を埋めるASRゲル)
(左:単ニコル,右:直交ニコル,スケールバー:0.5mm)
ゲル脈
気泡を埋める ASRゲル
図-7.2 写真-7.4の模式図 0.5mm
0.5mm
117
写真-7.5 写真-7.3の拡大図(ひび割れ内を充填するASRゲル)
(左:単ニコル,右:直交ニコル,スケールバー:0.5mm)
ロゼット状のASRゲル
ゲル状のASR ゲル
ASRゲル脈
図-7.3 写真-7.5の模式図
(直交ニコルで白く変色した部分がロゼット状のゲル)
0.5mm
写真-7.6
118
Crypt-Qtz:隠微晶質石英,Ab:曹長石,Ms:白雲母
Crypt-Qtz
Qtz Ab
Ab Ab
Ms
Qtz
写真-7.6 写真-7.5の拡大図(ゲル脈内の隠微晶質石英)
(左:単ニコル,右:直交ニコル,スケールバー:0.1mm)
7.2.4 アルカリ総量の推定
アルカリ総量の推定に際し,構造物表面からのアルカリ溶脱が懸念される。アルカリ量の推定には,
表層からの距離が150mmの部位より採取した試料を粉砕し,「建設省総合技術開発プロジェクト コ ンクリートの耐久性向上技術の開発」7.7)(総プロ法)を参考に水溶性アルカリ量を測定した。
また,総プロ法における抽出溶媒(40℃温水)との比較として,抽出溶媒を40℃の1N HNO3とした場 合のアルカリ量についても測定した。なお,試験値は2試料の平均値である。
図-7.4 にそれぞれの溶媒で抽出されたアルカリ量を示す。温水によって抽出できたアルカリ量は およそ1.5kg/m3であった。ここで,総プロ法におけるナトリウムの回収率は60%,カリウムの回収率 は80%とされていることから7.7),得られたアルカリ量を式(1)により補正すると,およそ2.2kg/m3と なった。また,硝酸により抽出したアルカリ量は3.0kg/m3程度であった。
アルカリ総量 Na2Oeq(kg/m3)= Na2O/0.6+0.658×K2O/0.8 (1)
硝酸抽出においては,Kが卓越して抽出されているが,これは,骨材中のアルカリが溶解したもの と考えられる。また,酸溶解によってのみ抽出されたことから,ASR反応に対しては寄与していない アルカリ成分であることが推察される。
したがって,建設当時のコンクリート中のアルカリ総量としては,少なくとも3.0kg/m3以下であっ たことが推察される。この量は,現在,ASR抑制対策として定められているアルカリ総量規制値と同 量であり,すなわち,現在のアルカリ総量規制値を満足していても遅延膨張性骨材による劣化が生じ る可能性があることが示唆される。
0.1mm
119
0.0 0.5 1.0 1.5 2.0 2.5 3.0 3.5
H O HNO
推定アルカリ 量 (k g/ m
3) Na O
K O Na O
2 2
2
2 3
eq
図-7.4 各種溶媒で抽出されたアルカリ量
7.2.5 残存膨脹量の測定結果
図-7.5に残存膨張量の経時変化を示す。試験結果は2体の供試体の平均膨張率とした。カナダ法 では,図に示すように,促進期間14日における膨張率が0.1%以下ならば「無害」,0.1~0.2%ならば
「不明」,0.2%以上ならば「有害」と判定する。また,Katayama7.5)は,遅延膨張性のASRに関しては,
判定基準を21日で0.1%にする必要があることを提案している。
本実験においては,促進期間40日においても膨張率は0.1%以下であり,現時点においては,構造 物のASRによる膨張は,ほぼ収束しているものと思われる。
0 0.05 0.1 0.15 0.2 0.25 0.3
0 20 40
膨張率 (% )
促進期間 (日)
図-7.5 残存膨張量の測定結果(カナダ法)