1987年出上の木簡
こ う そ う じ
滋 賀 ︒ 光 相 寺 遺 跡
1 所 在 地 滋賀 県野 洲郡 中 主町 大 字吉 地
︒西 河 原 2 調査 期間 一九 八 七年
︵昭 62︶
月一 を 一九 八八 年 月一 3 発 掘機 関 中 主町 教育 委 員 会 4 調査 担 当者 辻 広 志 5 遺跡 の種 類 集 落跡 6 遺 跡 の年 代 飛 鳥 時代 ぞ江 戸時 代 7 遺 跡 及び 木 筒 出土 遺構 の概 要 光 相 寺遺 跡 は︑ 滋賀 県 下最 大 の河 川 であ る野 洲 川 の右 岸 下流 域 に 位 置 す る︑ 飛鳥 時 代を 奈 良 代時 を中 心 すと る遺 跡 であ る︒ そ の立 地 F≫御羨争が は︑現況の水田耕上下二m
余 り にあ る埋 没微 高地 上 に あ てっ 遺︑ 跡 はそ の中 央 を 北東 方向 に流 れ る埋 没 旧河 道 の両 岸 に沿 う うよ に広 が
崎 よる うで 住︑ 居に はあ まり
臥 適 さ な い低 湿 な 所 に 所 在 す
征 る︒ なお 本︑ 遺跡 を貫 す流 る埋 没旧 河道 の五 OO m余
り下 流 左岸 には
︑ 同時 代 に同 様 の立 地 に営 ま たれ 西河 原森 ノ内 遺跡 が所 在 し て いる 今︒ 回 の第 八次 調査 第 三遺 構 面 で は︑ 七 世紀 葉中 を 八 世紀 前 半 を中 心 とす 遺る 構 検が 出 さ れた
︒ この う ち木 簡 は︑ 総 柱 小の 規 模 な南 北 棟 全二 間
×二 聞︶ と方 位 を 同じ くす る︑ 西側 前 面 の幅
○
︒三 m余 り の素 濤掘 より ω が︑ 東側 幅の 三 m以 上 の素 掘濤 より
② と︑ 釈 読 で なき い二 点 が出 上 し た︒ 8 木 筒 の釈 文
・内 容
①
・× 迩 文
□
□
□
﹂
・×
□
□ 日川
□
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︵中 ё 遜 聟
∞ ΦF
︹料 己
②
︒﹁ 田物
□
□
□
︒﹁ 馬 道
□
□
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① は︑ 木筒 の上 を端 二次 的 に切 断 たし も ので 表︑ 裏 共 に文 字 間を あ け て書 かれ て いる のが 特 徴 であ るが
︑ 墨痕 が薄 く判 読 でき な い︒
② の 馬﹁ 道
□﹂ は︑ 西 河原 森 ノ内 遺 跡 号一 木簡 に みら れ た
﹁馬 道
﹂首
﹁馬
﹂道 と同 様 の氏 姓 か︑ ま たは
﹁馬 道 郷﹂ の郷 名 と の関 係 が想 起 され るが 文︑ 字 の遺 存 状 態 が悪 く︑ いず れと も決 めが た い︒
︵辻 広 志︶