2004年 出上の木街
賀 滋
・ 北 萱 遺 跡
1 所在 地 秘︼ 賀 県 草津 市 矢橋 町 2 調査 期 間 一九 人四 年
︵昭 59︶ 月四
︱ 一九 八六 年 三 月 3 掘発 機 関 ︼ 賀傲 県 育教 委 員会
・卸 賀滋 文県 化 財保 護協 会 4 調査 担 当者 一二 宅 弘 5 遺跡
の種 類 集 落跡 6 遺 跡 の年 代 縄 文時 代前 期
︱江 戸時 代 7 遺跡 及び 木簡 出 土遺 構 の概 要 北 萱遺 跡 は︑ 草津 市 の西 南 部 位に 置 し︑ 北川 の下 流域 にあ た る︒ 草津 市内
の河 川 は︑ そ の源 流 部分 花に 尚 岩 の風 化 し た脆 弱 な土 壊 を も つ金 勝 山地 など の山 々を 控え て るい めた 古︑ 大来 雨 の後 の氾 濫 悩に ま さ 続れ け てき た そ︒ の結 果 と し て河 川 の天 丼 川化 促が 進 され
︑ 周 辺 の平 地 は排 水 状況 の著 くし 悪 い土 地 にな
たっ
︒ こ のた め天 丼 川 の平 地河 川化 計が 画 さ れ︑ それ に伴 う発
掘調 査 が実 施 され る こと にな たっ 試︒ 掘 調査 の結 果 に基 づき 主︑ 要 地方 道 彦 根︱ 近 江 八幡
︱ 大 津 線
︵通称 浜街 道︶ の西 側 にお い て︑ 北 川 より 北を A地 区 南︑ を B地 区 と し て︑ 発掘 調査 が行 なわ れた
︒ A地 区 では 東端
で検 出 さ たれ 平安 時代 の溝 と︑ 東 方 広に るが 遺 物 包含 層 の範 囲 を︑ B地 区 では 本 川部 分 の東 側全 域 対を 象 と し て調 査 が実 施 され た 多︒ 量 の遺 物 が出 土 し て るい が︑ ほと んど は包 含 層 か ら の出 土 であ る︒ 時 期 は縄 文時 代前 期 から 江 戸時 代 ま でと 幅広
いが
︑ そ の中 心 は古 墳 代時 前期 と平 安 時代 末 から 鎌倉 時代 かに け てで あ る︒ 包含 層出 土 の遺 物 は︑ 土 器を 始 めと し てい 木 器
︒金 属器
︒石 器
・土 製器
・古 銭 と幅 広 い︒ 七点
の木 簡も 全 てこ の包 含 層よ り出 土 たし
︒ 8 木簡 の釈 文
・内 容
①
︒﹁ 質 1 ミ 耳R 南 元 阿 弥 陀 仏
﹂ L
□
□
□
□ 瑣 南 元 阿 弥 陀 仏
﹂
∞∞泉 毬添 り 8P
﹁□
日 日 日国
□ 日 日 日 日 日
□
﹂
(4)
﹁=
廿
﹂
﹁□ 門
﹂
﹁=
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×
∞
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×
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×
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⇔
×
﹈ o o P 中 Φ o
×
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×
∞
︸ o
⇔ P l 一
(京都東北部)
∩ 月
︱ ︱
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③
∩風
︱ ︱
︱ ︱ 口
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①
0 ・ 酢 認 行 身 聞 法 得 果 是 ︹ 酢 難 下 各 得 増 ︹ 欧 ヵ ︺
︹汝
︺力 側
︒□ 等 而 現 其 相 時 多 宝 仏 告 彼 菩 薩
● ︹万
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∞︶
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⑬ ・来文殊 ︹駒祀√王子欲見汝 ︹砂子 ︑ 力′げ
︒
︵P 御Φ︶
×︵ 解牌︶ o×
∞ o∞ P
⑪
⑬l 卒は 塔 婆 であ る︒ ω は 五輪 塔形 作に ら たれ 上 部 に︑ 細長 い 長方 形 の下 部 が付 く︒ 下端 平は ら 整に 形 され
︑ 下か ら約
一二 cmの 部 分 の側 面 に切 り欠 き が 対一 みら れ る︒
①も ωと 同様
の形 態 を呈 す る 小 型 の板 塔婆
︵笹 塔婆
︶ であ る︒
① は ほ 完ぼ 形 品 で︑ 五輪 塔 形 の上
︵牌 伽〇
︶× 牌伽
×
〇
∞ o∞ 岸
部 に中 膨 れ の長 い下 部 付が く︒ 但 し︑ 頂 部 円は 形 はで なく 上︑ 端 が 山形 を呈 す る方 形 であ る︒ 表 面 の上 半 に文 字 が認 めら れ るが 墨︑ そ のも のは 既 に消 失 し︑ 文字 部 分 が白 く浮 き出 た状 態 で残 る︒
②① は 頂部 山を 形 作に り そ︑ の下 左に 右 から 二回 ず つ切 り久 き を入 れ て い る︒
② は下 か ら約 二分 の 一の 位 置 にも 切 り欠 き を 一対 入れ て いる
︒ ま た︑ 経文 は 二行 にわ た てつ 書 か れ て いる うよ だ が︑ 解読 不能
︒ こ れら は鎌 倉 代時 か 室ら 町時 代 にか け て の卒 塔婆 であ うろ
︒
③
①l 柿は 経 であ る︒ 0 は
﹃法 華経
﹄巻 第 二薬 草 喩品 第 五と 授 記 品第 六 の 一節 を表 裏 に記 す︒
① の次 六に 本 の柿 経 があ り 表︑ 裏 に書 き 継 いだ も のと 想 定 でき る︒
⑭ O は︑
﹃法 華
﹄経 巻 第 六妙 音 菩薩 品 第 二十 四 のほ 連ぼ 続 す る
︵三文 字分 を欠 く︶
一節 記を す︒ 裏 面 にも 書 写さ れ て るい 判が 読 でき な い︒ いず れも 室 町時 代 のも ので あ ろう
︒ 9 関係 文献 賀滋 県教 育 委 員会
・卸 滋賀 県文 化財 保護 協 会
﹃北萱 遺跡 掘発 調査 報 告書
﹄︵ 一九 九四 年︶
︵大
橋信 弥
︿安土 城考 古博 物館 し