お お み や
滋 賀
︒大 宮 遺 跡
1 所在 地 賀滋 県守 市山 欲 賀 町 2 調 査期 間 一九 八九 年
︵平 1︶ 月五
︱ 一二 月 3 発 掘機 関 働滋 賀県 文化 財保 護協 会 4 調 査担 当者 仲 川 靖 5 遺 跡 の種 類 旧河 道 6 遺 跡 の年 代 七 世紀 i 一五 世紀 7 遺 跡 及び 木 簡出 土遺 構 の概 要 大官 遺跡 は 守︑ 山 市 の西 南部 に位 置 し︑ 南 は草 津 市 と境 を接 てし いる
︒ 琵 琶湖 岸 ま では 約 二 kmあ り 遺︑ 跡 周辺 の標 高 は九
〇 m前 後 で あ る
︒ 遺 跡 の南 に は
︑ 旧 栗 太 郡 と 旧 野 洲 郡 の境 界 で あ たっ 境 川 が あ り
︑ これ よ り 北 に 守 山 川
・山 賀 川 な ど の 小 河 川 が 流 れ る
︒ いず れ も 伏 流 水 か ら 発 す る 河 川 で
︑ これ ら は 鈴︑ 鹿 山 地 の御 在 所 山 付 近 に 源 を 発 す る 野 洲 川 の分 支 流 と み ら れ て い る
︒
(京都東北部)
中 世以 降
︑ これ ら 小河 川 を取 り込 んだ 遺 跡 が多 く みら れ︑ たと え ば 大︑ 官 遺跡 上流 に は︑ 境 川 の三 角洲 上 に立 地 し 溝︑ で区 画 れさ た 掘 立柱 建 物 が並 横ぶ 江遺 跡 や 同︑ じ く境 川を 堀 に取 り込 み船 奉行 所 を置 いた 声 浦 観音 堂遺 跡 山︑ 賀 川を 取 り込 み外 堀 とし て寺 内 町を 形 成 たし 金 ケ森 御坊 跡 など が みら れ 小︑ 河 川 の水 運 を利 用し た交 易 活 動 を たし こと 充が 分 想定 され る︒ 大官 遺跡 の調 査 は︑ 守 川山 中 小河 川改 事修 業 に伴 う 発掘 調査 であ り︑ これ まで に琵 琶湖 側 は 水︑ 資 源開 発 公 団 の依 頼 によ り調 査 が終 了し て改 修 工事 も完 了 てし るい 今︒ 回 の調 査 は 前︑ 年 度 に引 き 続 き︑ 県 の土 木 部河 港 課 の依 頼 によ り行 な たっ も ので あ る︒ 調査
の結 果 集︑ 落 跡 と思 わ れ る遺 構 の検 出 は認 めら れ な か たっ が
︑ 現在 流 れ て いる 山 賀 川 の蛇 行と 同様 に蛇 行 す る推 定幅 三
〇 のm 旧河 道 を検 出 たし
︒ 河旧 道 の埋 没 状 況 は︑ 洪 水な ど の上 流 から の堆 積 過 程 を 顕著 に示 てし おり 最︑ 下層 の砂 礫 層 より ︑ 一 一世 紀 から
一五 世 紀 にか け て の上 師 器
・黒 色 土器
︒輸 入陶 磁器
・山 茶 椀 のほ か 遺︑ 存 状 態 の良 好 な木 製 品が 多 量 に出 上し た︒ 遺跡 の性 格 を示 す澄 物 と し ては 山︑ 茶 椀 の底 部 に 八﹁ 日宅
﹂ と墨 書 たし も のが 三点 出上 し て いる ほか 物︑ 忌札
︒人 形代
・柿 経
・五 輪 卒塔 婆 と い たっ 宗教 色 の濃 い遺 物 があ る︒ 上 流 に︑ これ 遺ら 物 に関 わ る邸 宅 や 寺︑ 暁 のよ うな も のが あ たっ とこ うが かが るえ
︒
8 木筒
の釈 文
︒内 容 0
﹁聞 如 是 法 音 疑 悔 悉 己 除 初 聞 仏 所 説 心 中
︵3 11上 19︶
︵篤
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︵子 驚 愕︶
②
﹁疾 走 往 捉 窮
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⁝ 称 怨 大 喚 我 不 相 犯 何
﹂
︵4 16下 26︶
︵ざ 十t e× 導
③
﹁ 為 見 捉 使 者 執 之 怠 急 強 牽 将 還 子 時 窮 子
︵4 16
下 27
︶
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﹁覚 知 起 已 遊 行 到 於 他 国 為 衣 食 故 勤 力 求
︵8 29
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︶
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︵8 29 2上6
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□ 旬 逗 我 還 為 説 令 得 具 足
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1︵0 32 上 5
︶
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﹁如 人 渇 須
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×□ 読 誦 経 皆 得 見 我 身 若 人 在 空 閑
□
□ 天 龍 王遣 シ 1︵0 32 中9
︶ 合S
︶× 8
1993年出上の木簡
llD llll l101 (9) (3) (6) (5) 14)
⑫ ?ウ 901
&91 t81 llD l10 11e l10 11o④ 謙 酔 騨 畳 立 口薩 若 垂 静 嬰 ﹇女 人 成 就 四
1241
2︵8 6
. 上 17
︶
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×導
﹁ 護 念 二 者 殖 諸 徳 本 三 者 入 正 定 乗 四 者 発
﹂
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2︵8 6
. 上 19
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× 導 2︵8 6
. 上 23
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×□ 宝 塔 品 第 十 一
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︵e 溢 Φ x楽 供 養 宝 塔
× 1︵1 32 む中
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︵者 是︶ 善﹁ 知 識
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⁝ 大 困 縁
× 2︵7 60 下こ
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﹁ 阿 霧 多 羅 三 貌 三 菩 提 心 大 王 汝 見 此 二 子
27︵ 60下 10︶
︵P じω
×導
﹁不 此 二 子 已 曾 供 養 六 十 五 百 千 万 億 那 由 27︵ 60下 11︶
︵μ いじ
×
︹仏
︺
︹法
︺
× □ 親 近 敦 恭 於 諸 仏 所 受 持
□ 2 ︵ 7 6 0 下 ︶ ︵ e 大 じ
︻光 朔
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憲 × 故 頂 上 肉 著 □
□ 顕 照 其 眼 長 廣
︵
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27 60 下 15
︶
︻所 殖 衆
︺
︻成
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×□
□
□ 徳 本
□ × 2︵8 60 下υ 妙﹁ 法 蓮 華 経 普 賢 菩
× 2︵8
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⑭
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1993年出上 の木簡
蜜 遇 竪 優ぃ 貌 □堡 三
⑭
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□薩 躍 豊
﹁ 重 宣 此 義 而 説 掲 言 放 ﹁
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⑫ 日
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⑪ 日 国
⑭
﹁南 無 阿 弥 陀 仏
﹂ ω
﹁南 無 阿 弥 陀 仏
⑪ 南 無 阿 弥 陀 仏
︹南
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制
□ 無 阿 弥 陀 仏
④
︒ ﹁ 固 物 忌 急 々 如 律 令 名 固 物 忌
2︵8 6︲ 由︲ 2
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﹈岸
ω ぞ
① は
︑
﹃妙 法蓮 華経
﹄ 八巻 を書 写 した 柿 経 で︑ 釈 文 の下 に品 順 お よび
﹃大 正新 脩大 蔵経
﹄ 第 九巻 法華 部 の頁 段︑ 行︑ 数 を 示し た︒ 厚 さは いず れも
○
︒一
︱○
・五 剛と 極め て薄 く計 測が 難 し いた め記 載 を省 略 し︑ ま 型た 番式 号 も全 て〇 六 一型 式 な ので 記載 を省 いた
︒ 経木 は いわ ゆ る飽 くず
のよ うな も ので 柾︑ 目取 り に削 り剣 ぎ たし も のが ほと んど であ るが 板︑ 目取 り のも のが 二点 あ る︒ 形 状は 部頭 を圭 頭状 に切 り落 と し︑ 基 部 若が 千細 くな る短 冊 形 で︑ ささ く れ の な い平 坦 な片 面 のみ 書 写 した 細巾 片面 写経 であ る︒ 字 数 は 一本 一七 字 を基 本と し て いる
︒ 出 上し た柿 経 は
︑ 一箇 所 にか たま てっ 出 上し たが 上︑ 流 より 流 出 てし き たも ので あ るた め断 簡 が ほと んど であ る︒ これ ら を品 題別 に整 理す ると 次 のよ う にな る︒
︹品 題︺ ︹該
当木 簡︺
︹出 土行 数︺ 警 喩 品第 二
① l 信解 品第 四
② l0 4 五 百弟 子受 記 品第 八 ⑥
⑦ 2 授学 無学 記人 品第 九 ① l 法師 品第 十 ① i⑫ 4 見 宝塔 品第 十 一
⑬
⑭ 2 妙 荘厳 王本 事 品第 二十 七
⑮ ぞ
⑬ 6 普 賢菩 薩 勧 発品 第 二十 八
⑩ lの 6
︵所 属不 明︶
⑫
①ぞ 5
︵未 解読
︶
⑫ 働 2 これ ら のう ち② O
⑮︑
⑫⑬
⑬ は それ ぞれ 連続 し て いた も ので
⑫︑ い の間 は 一行
⑩︑ O
⑭︑
⑫
④︑
⑭ の間 は二 行
⑬︑
⑭
⑬︑
⑬ の間 は三 行分 あで
たっ こと が字 数 計 算 推で 定 きで る︒ 体全
の八 巻 二七 品 のう ち 第︑ 四︑ 第 十品 の前 後 と 巻︑ 末 の第 二七
︑ 第 二八 品 集が 中 し て出 土し て いる
︒ な お 制を 例は 六︑ 名字 号 あで る︒ 時期 は細 巾片 面写 経 であ る点 極︑ め て薄 い材 を使 用し て いる 点 よ り 一四 紀世 末を 前後 す る室 町時 代 のも ので あ る︒
① は物 忌札 で︑ 旧河 道 の流 木 にひ かっ か たっ 状態 で出 上 たし
︒ 頭 部 を圭 状頭 に整 形 し
︑ 全 を面 槍 飽 で 丁寧 に削
てっ いる
︒
﹁固 物忌
﹂ は固 く物 忌 すみ ると い たっ 意 味 で 呪︑ 句 急﹁ 々如 律令
﹂ を記 し そ︑ の下 の左 右 に道 教 の九 官 八十 一神
︑ 八卦 七十 二神 でも てっ 陰陽 逆順 相 生相 剋 の理 を 表わ す
﹁九 九 十八
﹂一 と 八﹁ 九 七十
﹂二 を 逆向 き に 小 書き す る キテ スト 通り のも ので あ る︒ 塁痕 はす で に消 失 し て いる が︑ 門 口で 長期 さ間 ら さ れ て たい も のと みら れ 墨︑ 書 部分 が浮 き出 て おり 遺︑ 存 状態 は良 好 あで る︒ 時期 は 回︑ 転 成台 形 土師 器 な がど 共伴 し てお り 一 一世 紀 頃 の子 のと みら れ る︒ 柿経
・物 忌札 と も 旧河 道 と いう 木製 品 の保 存 には 極め て好 都 合 な 環境 状 態 であ
たっ がた め 良︑ 好 に遺 存 し て いた も のと みら れ る︒ 特 に中 世 の庶 信民 仰を 知 る上 で貴 重 な資 料 であ る︒ 今 後 上︑ 流部 で の 中 集世 落遺 構 の景 観 を 明ら か にす る 一資 料 とな れば と思 う︒
9 関 係 文 献 滋 賀 県 教 育 委 員 会 他
﹃守 山 川 中 小 河 川 改 修 事 業 に 伴 う 大官 遺 跡 発 掘 調 査 報 告 書
﹄ 全 九九 一年
︶
︵仲 川 靖︶