【博士号学位論文】
PSI 参加をめぐる日本の対応
―領域外における「軍事力」使用に至る政策過程―
2016 年 1 月
早稲田大学大学院アジア太平洋研究科
博士課程後期 津山謙
【目次】
PSI参加をめぐる日本の対応
- 領域外における「軍事力」使用に至る政策過程 - i
序章
1 .問題の所在と本論文の目的
………1頁 (1) 「軍」としての自衛隊………..3頁 (2) 「軍事力(防衛力)」使用の範囲及び領域………....6頁 (3) 本論文の目的………..8頁2. 背景 : PSI の双面神的(Janus-faced)性格
………10頁 (1) 国際的な「法執行」の取組……….12頁 (2) 「武力の行使」と有志連合的性格……….13頁(3) PSIの普遍性、規範性………..15頁
(4) PSIと日本の安全保障政策………..16頁
3. 先行研究
……….18頁(1) PSIと日本………..18頁
(2) 冷戦後の安全保障政策―2つの政策的系譜と具体的政策事例………..20頁 (3) 安全保障政策をめぐるアクターについて……….25頁
4. 研究手法及び史資料
………29頁 (1) 史的アプローチに基づく事例研究……….29頁 (2) 分析の射程……….30頁 (3) 史料及び資料……….31頁5. 分析の視座および構成
………..32頁 (1) 法解釈と政策形成……….32頁 (2) 「外務省優位」、「官邸主導」、「軍・軍関係」……….35頁 (3) 多国間安全保障協力という新しい政策群……….36頁 (4) 本論文の構成……….38頁【目次】
PSI参加をめぐる日本の対応
- 領域外における「軍事力」使用に至る政策過程 - ii
第 1 章 法的整合性に基づく解釈軸の提示
…………..41頁1 .「武力の行使」と「武器の使用」
...42頁 (1) 政府解釈にみる概念の整理……….43頁 (2) 自衛隊任務の法的基盤……….50頁 (3) 法解釈上の分類にかかる2つの政策的系譜……….52頁2. 同盟深化アプローチ
………..54頁(1) 1990年代:日米同盟再定義………..56頁
(2) 2000年代 : 米軍再編と日米同盟の変革………..61頁
3. 国際貢献アプローチ
………..67頁 (1) 1990年代 : 国連PKOと「武器使用の制限」………..72頁 (2) 2000年代:国連外の国際貢献活動と「武器使用の緩和」………..74頁4. 小括
………..82頁【目次】
PSI参加をめぐる日本の対応
- 領域外における「軍事力」使用に至る政策過程 - iii
第 2 章 参加過程: PSI への参加決定
………..83頁1. PSI 構想への参加決定
………..83頁(1) ブッシュ大統領の構想………83頁 (2) 米国からの要請………85頁 (3) イニシアティヴへの参加決定………87頁
2. 参加の決定主体
………..92頁 (1) 「政治的な合意」の存在………92頁 (2) イラク戦争と「ブッシュ=小泉」関係………94頁3. 小括
……….96頁(1) 「官邸外交」の検証 ………..96頁 (2) 法的基盤の認識と戦略意図の考察………97頁
【目次】
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- 領域外における「軍事力」使用に至る政策過程 - iv
第 3 章 形成過程:多国間交渉による PSI の形成
……….101頁1. 外務省による検討
………101頁 (1) 外務省の立場………...102頁 (2) 各省からのコメント………...104頁2. 防衛庁の懸念
………..113頁 (1) 防衛庁の基本的態度………113頁 (2) 国際法体系の変更が必要………115頁 (3) 国内法整備の必要性………116頁 (4) 政治的リスクと防衛庁・自衛隊………118頁3. 外務省による「基本的立場」と「対処方針」の策定
……….120頁 (1) 外務省条約局の見解………117頁 (2) 米国へ「基本的立場」を伝達………133頁 (3) 米国側への照会………...135頁 (4) 「対処方針」の策定………140頁 (5) 外務省の「本音」と防衛庁の「不満」………147頁4. スペイン会合と PSI の形成
……….150頁 (1) 「意欲的」な提唱国(米)と議長国(西)………150頁 (2) 「抑制的」な日本代表団………153頁 (3) 議長サマリーの発出………...157頁 (4) 外務省による「今後の進め方」………158頁5. 小括
………160頁(1) 外務省主導による「国際貢献アプローチ」………160頁
(2) PSIの行政連合的性格 ………...161頁
【目次】
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- 領域外における「軍事力」使用に至る政策過程 - v
第 4 章 発展過程: 「法執行」としての「軍事力」使用
163頁1. ブリスベン会合とオペレーション作業部会
………164頁 (1) 会合内容の説明と防衛庁・自衛隊の反応………..164頁 (2) オペレーション作業部会と防衛庁・自衛隊………..167頁 (3) オペレーション作業部会と「臨検」演習………..171頁 (4) ブリスベン会合への「対処方針」の策定………..179頁 (5) ブリスベン会合を受けて………..185頁2. PSI 合同阻止訓練への参加をめぐって
……….193頁(1) PSI合同阻止訓練への参加……….193頁
(2) 「オペレーション作業部会への対処方針」の策定………195頁
(3) PSI合同阻止訓練への海上保安庁派遣………/………203頁
(4) PSI合同阻止訓練への自衛隊派遣………...215頁
3. パリ会合と「 SIP( 行動阻止宣言 ) 」
...218頁 (1) パリ会合と防衛庁の参加………...218頁 (2) 米国「SIP(行動阻止宣言)」案へのコメント………219頁 (3) パリ会合「対処方針」の策定………220頁 (4) 「SIP(行動阻止宣言)」の採択………..222頁 (5) 議長発出のプレスステートメント………...225頁 (6) 「法執行の取組」としてのPSI ………..226頁4. 小括
………228頁(1) PSI活動での自衛隊の「軍事力(防衛力)」使用………..228頁
(2) 「国際貢献アプローチ」としてのPSI参加………..229頁
【目次】
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- 領域外における「軍事力」使用に至る政策過程 - vi
第 5 章 PSI がもたらしたもの
………231頁1. PSI 海上阻止活動
………..232頁(1) 国際法上の根拠 ………...232頁 (2) 国内法上の根拠………...234頁
(3) PSI阻止活動における「交戦」の可能性………237頁
2. 情報提供活動について
……….240頁 (1) 自衛隊の警戒監視活動による情報収集、情報提供………241頁(2) PSIにおける他国軍への情報提供……….241頁
(3) 情報提供についての先例………...242頁
3. 多国間共同訓練の位相
……….245頁 (1) 多国間共同訓練の法的根拠………...245頁 (2) 自衛隊の多国間共同訓練の系譜………...247頁 (3) 多国間共同訓練の前史:リムパック演習………251頁 (4) 「戦闘を想定しない」多国間訓練の始まり………256頁 (5) 新しいタイプの「地域協力」としての多国間共同訓練………259頁 (6) 本来の目的である戦闘を想定した多国間共同訓練………...262頁 (7) PSI合同阻止訓練への自衛隊参加………...266頁4. 小括
………267頁【目次】
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- 領域外における「軍事力」使用に至る政策過程 - vii
結論
………269頁1. 政策過程における法的整合性、継続性、安定性
………270頁 (1) 「国際貢献アプローチ」としての法的整合性………271頁 (2) 「同盟深化アプローチ」に転換もしくは接続する可能性………272頁2. 政策過程の段階、課題及びアクター
……….……..273頁 (1) 決定期における「官邸外交」………274頁 (2) 形成期における「外務省主導」………274頁 (2) 発展期と「軍・軍関係の深化」……….275頁3. PSI と多国間安全保障協力
………276頁 (1) 多国間安全保障枠組としてのPSIについて……….276頁4. 同時代史としての一考察
………278頁 (1) 両アプローチの関係性について………278頁 (2) 多国間枠組での「同盟深化アプローチ」……….279頁資料編
……….281頁【別表1】過去のPSI総会等の内容………..281頁
【別表2】自衛隊の多国間共同訓練の実績………285頁
参考文献・公刊資料リスト
………..321頁【目次】
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本文中で使用した図表
【表1】領域外における「武力の行使」と「武器の使用」についての政府解釈………..49頁
【表2】自衛隊の全行動類型の法的整理……….51頁
【表3】2つの安全保障政策アプローチ………..53頁
【表4】「同盟深化アプローチ」に連なる政策事例………55頁
【表5】「国際貢献アプローチ」に連なる政策事例………71頁
【表6】防衛省・自衛隊の定義する「国際平和協力活動……….75頁
【表7】2003年におけるイラク戦争、PSI関連の日程対応表………95頁
【表8】防衛省による、多国間共同訓練の類型………249頁
【表9】自衛隊の参加した多国間共同訓練………251頁
略語一覧
PSI Proliferation Security Initiative :拡散に対する安全保障構想 SIP Statement of Interdiction Principles : 行動阻止宣言
RR Rules of the Road : 進むべき道筋のルール
NPT Treaty on the Non-Proliferation of Nuclear Weapons : 核兵器の不拡散に関する条約
BWC Biological Weapons Convention : 生物兵器禁止条約 CWC Chemical Weapons Convention : 化学兵器禁止条約 NSG Nuclear Suppliers Group : 原子力供給国グループ AG The Australia Group : オーストラリア・グループ
ICOC International Code of Conduct against Ballistic Missile Proliferation : 弾道ミサイルの拡散に立ち向かうための国際行動規範
HCOC Hague Code of Conduct against Ballistic Missile Proliferation : 弾道ミサイルの拡散に立ち向かうためのハーグ行動規範 MTCR Missile Technology Control Regime :
大量破壊兵器の運搬手段であるミサイル及び関連汎用品・技術の輸出管理体制
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序章
1.問題の所在と本論文が目指すもの
本論文は、日本のPSI(Proliferation Security Initiative:拡散に対する安全保障構想)参加の 経緯を解明、分析することを目的とした実証研究である。
2003 年に発足したPSI は、大量破壊兵器及び関連物資等の拡散阻止を目的とした、従来 にないタイプの安全保障レジームである。現在、参加国は約100か国にのぼる。PSIは、同 盟でもなく、条約でもなく、国際機構でもなく、「行動」であるとされ、参加国には拡散対 抗という規範への賛同の他は、特段の義務は課されておらず、すべての活動は任意である。
しかし、そのような緩やかなレジームでありつつ、定期的に総会(plenary)を開き、複数 の専門家会合を置くという制度的な実体を備えている。また、実務家による情報協力や、
参加各国軍による合同阻止訓練(多国間共同演習)を定期的に開催するなどにより、拡散 阻止オペレーションの実効性確保に努めているという特徴もある。日本は、米国ブッシュ 大統領がPSI 構想を発表した同日に「参加」を表明し、11 か国の「コア・メンバー」の一 員として、その創設、発展に力を尽くしてきた。
PSIは「法執行の取組」とされる。しかし、日本においてPSI活動を行う主体のひとつは 自衛隊である。PSIでの自衛隊の活動は、日本の領域外に及ぶ。具体的には、米国を含む他 国軍との多国間枠組を通じて警戒監視情報等の交換を行うことで、拡散懸念事態の発生防 止にあたっているとされる。また、自衛隊が米国以外の他国の軍隊との間で、公海及び他 国領域において本格的で実質的なオペレーションを含む訓練(演習)を行った初めてのケ ースがPSIである。これらの活動は、日本の防衛のみを目的とする自衛行動を前提としたも のではなく、また、非軍事分野に限定された従来型の国際貢献活動でもない。PSI活動は冷 戦後の安全保障政策の系譜において、任務の質という点でも、地理的領域という観点から も、従来とは異なる自衛隊任務として付加されたものであるが、この事実はあまり知られ ていない。
本論文においてPSI参加問題を取り上げる理由は、それがこれまであまり知られていなか ったからだけではない。むしろ、自衛隊の「軍事力(防衛力)」の使用範囲及び領域の一貫 した拡大という、冷戦後の日本に通底する政策的潮流、また、そのなかで2000年代に生起 した多国間安全保障協力の生起という変化をとらえるともに、日本の安全保障政策を考察 するにあたって法解釈上の問題を中心とした可能性と限界を示すと考えるからである。冷 戦後史は同時代史でもあり、研究テーマとしてはまだ新しい。とりわけ、史資料の不足も
2
あって安全保障分野に関する政策過程分析等の精緻な積み重ねはこれからである。本事例 研究はそうした観点からの学問的な貢献となることを目指している。
本論文が目指すものは、具体的には以下の諸点である。まず、実証研究として、PSI参加 の政策過程を解明、分析することである。本論文は、日本がPSIへの参加を決定し、その形 成及び発展にコア・メンバーとして尽くした過程、また、自衛隊の「軍事力(防衛力)」を PSI活動に投入するに至った経緯を、一次史料(資料)のアーカイバル・リサーチを中心に 再構成する。冷戦後史はまだ新しいテーマであり、外交・安全保障分野における政策過程 はまだ研究蓄積が多いとはいえないが、本論文はその事例研究のひとつとして学問的な貢 献をなすことを目指す。
また、本論文は、冷戦後の日本の外交・安全保障政策の系譜におけるPSIの位置づけを考 察することも目指す。この考察は、主に法的議論の整理を通じてなされる。安全保障政策 をめぐる議論はしばしば「神学論争」と揶揄され、その議論は時に混迷を極めてきた。し かし、内閣法制局及び外務省国際法局(旧・条約局)を頂点とする官僚機構を経る限りに おいて、政策過程における法的整合性、法的安定性は保たれてきたとされる。本論文はこ うした官僚機構の議論に依拠し、個別の安全保障政策を「武力の行使」及び「武器の使用」
という観点から、法解釈上の解釈軸として「同盟深化アプローチ」及び「国際貢献アプロ ーチ」を提示する。PSI参加をめぐる政策過程の検証は、この解釈軸の妥当性を証する一事 例にもなろう。
最後に、本論文は、日本の安全保障政策の変化の兆候について考察することも目指す。
PSI参加の政策過程については、「官邸主導」、「外務省優位」、及び「軍・軍関係の深化」と いった、冷戦後の政策過程ついての先行研究が示してきたモデルあるいは事象を検証する。
このうち、「軍・軍関係の深化」については、自衛隊の制服組がアクターとしての影響力を 強める可能性も指摘されており、立憲的統制の在り方、あるいはシビリアン・コントロー ルとの関係から、一定の注意が必要となろう。また、PSI参加によって新たに自衛隊に加わ った任務も、重要な変化の兆しを示す可能性がある。もし、PSIを目的とした領域外での自 衛隊の「軍事力(防衛力)」の使用が、「武力の行使」としてなされるのであれば、それは 冷戦後の安全保障政策の根本的な転換点となることは言うまでもない。また、法執行にと もなう「武器の使用」を意図した任務であっても、それが「武力の行使」に転換あるいは 接続する可能性があるとすれば、やはりそれは、安全保障政策史のひとつの分岐とみなさ れる可能性はあろう。さらにいえば、PSI参加と同時期に、伝統的安全保障(軍事)分野に おける「多国間安全保障協力」という新しい概念が生起しており、自衛隊は米国以外の他 国軍との間に実際の軍事オペレーションを伴う軍事協力を深めつつあるが、それは、従来 の政策とは質的にも内容的にも異なっている可能性が高いのではないか。本論文は、こう した重要な変化の兆しについて考察を深めることも目指す。
3
(1)「軍」としての自衛隊
「(多国間共同訓練への参加は)…一緒に訓練する国々との関係がより親密になっ ていくわけでありますし、また、我が軍の透明性をまさに、一緒に訓練するわけ でありますから、上げていくということにおいては大きな成果を上げているんだ ろうと、こう思います。1」
安倍晋三
2015年3月20日、参議院予算員会で維新の党の真山勇一参議院議員の質問に対して答弁 に立った安倍晋三首相が自衛隊を「我が軍」と発言し、少なからぬ波紋を広げた2。現職の 首相が公式の場で、留保条件をつけずに自衛隊を「軍」と呼んだのはこれが初めてであっ た3。その後、野党を中心にその真意を問う声が相次ぐなか、3月25日には菅義偉官房長官 が「自衛隊も軍隊の一つである」、「(首相発言は)まったく問題ない」と明言したことで、
当該首相発言は言い間違いでも口を滑らせたのでもなかったことが確定した4。また、安倍 内閣はその後、維新の党の別の議員から出された質問主意書5に対しても、「(自衛隊は)国 際法上、一般的には、軍隊として取り扱われるものと考える」との答弁書6を閣議決定し、
この問題を決着させた。無論、憲法が禁じていないとされる「自衛権の行使」もまた国際 法上は「武力の行使」であり、そのような任務にあたる自衛隊が国際法上、軍隊と呼称さ
1 第189回国会 参議院予算委員会、2015年3月20日、安倍晋三総理大臣答弁。
2 同上。また、この「我が軍発言」を取り上げた審議としては、衆議院内閣委員会(2015 年3月25日)、衆議院安全保障委員会(同3月26日)、参議院外交防衛委員会(3月26日)、 衆議院外務委員会(同3月27日)、参議院予算委員会(同3月27日)、衆議院予算委員会
(同3月30日)、参議院予算委員会(同3月30日)がある。いずれも、第189回国会。
3 例えば、佐藤栄作首相は、「自衛隊を、今後とも軍隊と呼称することはいたしません。は っきり申しておきます」と断言している(第61回国会 参議院予算員会、1968年3月31 日)。ただし、鳩山一郎首相は「自衛隊は、外国からの侵略に対するという任務を有するが、
こういうものを軍隊というならば、自衛隊も軍隊ということができる」と述べているが(第 21回国会 衆議院予算委員会、1954年12月22日)、「自衛隊を通常の観念で言う軍隊と は異なるというふうに私どもは考えておるわけであります」(第95回国会 参議院安保特 別委員会、1981年11月13日、塩田防衛局長答弁)、「通常の観念で考えられる軍隊ではあ りませんが、国際法上は軍隊として取り扱われておりまして、自衛官は軍隊の構成員に該 当します」(第119回国会 衆議院本会議、1990年10月18日、中山外務大臣答弁)など、
自衛隊を軍隊と呼称するには、自衛権の行使に限るという留保条件が必要とするのが従来 の政府の立場であった。
4 『朝日新聞』、2015年3月26日、『東京新聞』、2015年3月27日等。菅官房長官のこの 発言は、「自衛隊は国際法上は軍隊」という政府認識を踏まえてのものではある。従来の政 府答弁のいずれもが、自衛隊を軍隊と呼称する際に「自衛権の行使」という任務に限る留 保条件をつけてきた一方、安倍首相の発言が多方面にわたる多国間安全保障協力の一環と しての共同訓練について述べたことについては言及がない。
5 衆議院議員今井雅人、『安倍総理が自衛隊を「我が軍」と呼称したことに関する質問主意 書(質問第168号)』、2015年3月26日。
6 内閣総理大臣安倍晋三、『衆議院議員今井雅人君提出安倍総理が自衛隊を「我が軍」と呼 称したことに関する答弁書(答弁第168号)』、2014年4月3日。
4
れ得ることは、従来の政府解釈でも踏襲されてきた事柄ではある7。しかし、安倍首相の「我 が軍」発言は、多方面、多任務にわたる多国間安全保障協力の一環としての自衛隊の共同 訓練について述べたものであり、日本政府が「自衛権の行使」以外の文脈で自衛隊が「軍」
と呼称した初めての事例となった。
筆者は、真山議員の政策担当秘書として、安倍総理へのこの質問の準備に携わった。こ の質問は、安倍首相が下野時代に執筆した論文”Asia’s Democratic Security Diamond”のなかで 展開された日米豪印による「安全保障のダイヤモンド構想」8の真意を問う過程でなされた ものである。2000年代になって盛んに展開されるようになった米国及び米国以外の軍隊と の多国間共同訓練に自衛隊が参加する意義、および法的基盤について問われた際、安倍首 相は自衛隊をして「我が軍」と呼称したものであるが、当日の委員会の席上、誰もこの発 言を問題視しなかったことからもわかるように、その文脈を見る限りにおいて決して不自 然な語用ではなかった。自衛隊の多国間共同訓練への参加は、技量向上や戦術会得といっ た自身の能力構築のみのためになされているのではなく、他国の軍隊との間の信頼性向上 や透明性確保を大きな目的としており、これが基盤となって「二国間・多国間安全保障協 力」が伝統的及び非伝統的安全保障分野において積み上げられているという事実がある。
いわば、多国間での「軍・軍関係」の拡大、深化が進行しているという事実がある以上、
安倍首相が他国軍との関係性において自衛隊を「我が軍」と呼称したのは、その政治的意 味合いや問題点はさておくとして、少なくとも文脈的には整合する用語法であった。
しかし、ここで考察すべきは、字面上の用語選択の問題ではなく、自衛隊はいつから「自 衛権の行使」以外の意味で「軍」としての役割を負うことになったのかという点であろう。
言うまでもない話であるが、憲法第9条第2項において「前項の目的を達するため、陸海 空軍その他の戦力はこれを保持しない。国の交戦権はこれを認めない9」と決意したところ から、日本の戦後の歩みは始まった。それゆえ、自衛隊の創設、発展にいたる「再軍備」
以後の歴史において、その実態はともかく、少なくとも政府の認識においては「自衛隊は 軍ではない」という前提を確認する作業が繰り返されてきた10。
7 前掲註(3)、鳩山一郎首相答弁など。
8 Shinzo Abe, Dec 28 2012, “Asia’s Democratic Security Diamond,” Project Syndicate.第 2次安倍政権発足後間もない2012年12月28日、国際的NPO であるProject Syndicate
(本部:プラハ)のwebサイトに安倍首相の署名入りで発表された論文がこの「アジア安 全保障ダイヤモンド構想」である。前掲の真山参院議員の質疑によって、この構想が安倍 首相本人によって練られてきたことが確かめられた。この論文は、自由及び民主主義そし て資本主義的価値観で結ばれ、地理的にちょうどダイヤモンド型に配置されている東京、
米国(ハワイ)、オーストラリア、インドの4か国が、太平洋とインド洋を舞台に世界の 平和と繁栄のために協調すべきとするグランド・ストラテジーがそこに描かれている。第 2次政権での安倍首相の外交政策はこの論文をトレースするように、米国、オーストラリ ア、インドとの協調関係を重視しているが、実質的にこの構想は「対中抑止」を目的とし たものとの見方もある(『産経新聞』、2014年9月2日等)。
9 日本国憲法第9条2項。
10 ただし、憲法上許された「自衛権の行使」の文脈においては、「軍」としての機能及び役 割を果たすと認識されてきたことは、前掲註(3)にみた通りである。
5
とりわけ、自衛隊が他国軍との間で「軍・軍関係」を拡大・深化させることには、極め て抑制的な姿勢が堅持されてきた。集団的自衛権行使の問題に抵触するためである。海上 自衛隊は、米海軍が主催する多国間軍事演習である「リムパック訓練」に1980年から参加 しているが、当初、国内外への説明は「米国との二国間訓練への参加」というものであり、
その趣旨はあくまで自衛隊及び米軍が、日本を防衛するために必要な諸能力を獲得するこ とに限定されてきた11。その際、演習海域に存在する米軍以外の他国軍については「たまた ま同じ演習海域に存在した」との説明しかなされておらず、それら他国軍との間で「軍・
軍関係」のようなものが存在することは否定されてきた。また、冷戦終了後には、例えば、
タイが主催するコブラゴールドなど、PKOや災害人道支援を目的とした多国間訓練にも自 衛隊は参加するようになったが、これらは、非伝統的な安全保障分野、すなわち、非軍事 的領域に限定されたものである。しかも、それら非軍事的領域に属する訓練でさえ、当初、
自衛隊はオブザーバーを派遣するのみにとどめるなど抑制的な対応に終始し、これら多国 間共同訓練への参加が多国間での「軍・軍関係」を拡大・深化させるという印象を持たれ ないよう注意深く振る舞ってきたはずであった12。
しかし、安倍首相が自衛隊を「我が軍」と呼んだ2015年3月20日の国会質疑で指摘さ れたように、事実として2000年代以降、自衛隊は「伝統的な安全保障分野」すなわち「軍 事的領域」に属する多国間共同訓練に盛んに参加している。それら訓練には、実質的で本 格的な軍事オペレーションが含まれており、多国間安全保障協力という概念のもとで「伝 統的な安全保障分野」における「軍・軍関係」を拡大・深化している13。自衛隊が「日本の 防衛を目的とした自衛権の行使」以外の文脈で「軍」としての任務を帯び、多国間枠組に おける軍事分野での安全保障協力の実績を積み重ね、あまつさえ「軍・軍関係」を拡大、
深化させているという事実は、戦後史、あるいは冷戦後史に進行した外交・安全保障分野 における重要かつ根源的な変化のひとつであるはずであるが、この現象に着目した考察は 少なく14、またこうした現象が発生した経緯や、その法的基盤などを分析した研究はほとん どない。
本論文の中心的な問題意識はそこに存在する。
11 リムパック演習参加の際の日本国政府の認識については本論文第5章を参照のこと。
12 非伝統的安全保障(非軍事)分野における多国間安全保障協力の系譜についても本論文 第5章を参照のこと。
13 PSI合同阻止訓練の具体的内容についても本論文第5章を参照のこと。
14 例えば、植木千可子、2015年、『平和のための戦争論』、ちくま新書など。植木教授はこ の本において、「共同訓練を兼ねた警戒監視活動や情報収集活動で協力することによって、
情報の共有が増すことが期待されている」(72頁)としてその直接的な効用を述べた上で、
「有事の際の参加を前提として日常的に訓練することは、参加を既成事実化し、有事の際 の政治決定を縛る可能性もある」(73頁)として、多国間共同訓練が政治決定に与える本質 的な影響を指摘している。事実、かかる懸念が存在するがゆえに、集団的自衛権に係る内 容やシナリオの多国間訓練に自衛隊が参加することは控えらえられてきたはずであるが、
いつ、何を目的として、どんな法的基盤によってそれが可能となったのかを網羅的に研究 した業績は管見する限り、あまり見当たらない。
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(2)「軍事力(防衛力)」使用の範囲及び領域
冷戦後の日本の外交・安全保障政策の系譜を俯瞰して気づかされるのは、自衛隊の保有 する「軍事力(防衛力)」が使用される任務の範囲及び地理的領域が一貫して拡大してきた という事実である15。少なくとも現在(2016年1月1日)まで、この流れは一方向であっ て、その逆はない16。そして、その活動目的が軍事分野をも含み得る多国間安全保障協力に あり、また、その作戦行動の地理的領域が公海もしくは外国領域に及ぶことを公式に認め つつ、日本が自衛隊を参加させた最初の事例こそが、本論文で扱うPSIであった。それゆえ、
本論文は PSI 参加を、自衛隊の「軍事力(防衛力)」17の使用範囲及び領域の拡大という、
冷戦後一貫してきた政策課題のひとつの事例として位置づける。
冷戦の終結は、フランシス・フクヤマが「歴史の終わり」と表現したように18、少なくと も「勝利」した側の西側陣営には明るく、楽観的な時代をもたらすと思われた。ところが、
その西側陣営に属していたはずの日本には、「冷戦後の世界」は「バブル崩壊にともなう経 済敗北」、「湾岸戦争での外交敗北」19という二つの衝撃とともに到来した。ギャディスが「長 い平和」20と呼んだ冷戦下で、その「平和の果実」を享受してきた日本にとって、「冷戦後
15 ここでいう「領域の拡大」は、冷戦後の脅威認識の拡大あるいは変化と直結している。
特に2000年代になってから、大量破壊兵器及び運搬手段の拡散、テロ、サイバー攻撃等の 登場で、伝統的な「前線」の概念が拡散もしくは消滅しつつあり、これにともなって「我 が国の自衛」の概念が適用され得る地理的範囲もまた拡散もしくは希釈されてきたという のも、冷戦後の安全保障政策史の特徴のひとつであろう。
16 このように冷戦後、自衛隊の役割が徐々に拡大(積極化)し、安全保障上のツールとし て軍事力を積極的に使用とする潮流を、藤重博美は「積極化」あるいは「積極主義」と表 現した。藤重は「日本の安全や国際社会の安定に資するならば、自衛隊を最大限活用すべ きである」という「強迫観念とも言えるほどの強い推進力を持った考え方への転換が、自 衛隊の役割の積極化を可能にしてきた」と述べるが、本論文はそうした「精神的土壌」の 上に展開された政策系譜のうちひとつにあたると思われる事例研究ともいえる。藤重博美、
2008年12月、「冷戦後における自衛隊の役割とその変容―規範の相克と止揚、そして「積 極主義」への転回―」、『国際政治』第154号「近現代の日本外交と強制力」、95-96頁。
17 現時点において政府刊行物等を渉猟する限り、「自衛隊は軍隊ではない」という従前の政 府解釈のもとで、自衛隊の持つ「戦力」は一貫して「防衛力」と呼称されている。
18 Francis Yoshihiro Fukuyama,1992, “The End of the History and the Last Man”,
Freepress. (邦訳:フランシス・フクヤマ著、渡辺昇一訳、1992年、『歴史の終わり(上、
下)』、三笠書房)
19 手嶋龍一、2006年、『外交敗戦』、新潮文庫。(手島龍一、1996年、『一九九一年 日本 の敗北』、新潮文庫)
20 John Lewis Gaddis, 1987, "The Long Peace; Inquiries Into the History of the Cold War," Oxford U.P. Inc. (邦訳:五味俊樹・坪内淳・阪田恭代・太田宏・宮坂直史訳、2002 年、『ロング・ピース――冷戦史の証言「核・緊張・平和」』、芦書房)。ギャディスが冷戦の
時代を「long peace」と呼んだのは、その崩壊によって米ソ2極体制による安定的な秩序が
失われ、流動化した情勢下で新たな危機と挑戦が相次ぐ時代が到来することを逆説的に暗 示したものといえよう。西側陣営は等しく冷戦の勝者であったはずであるが、米国をはじ めとするNATO諸国は核戦力を含む膨大な軍備負担の軽減などの「勝利の配当」を享受し
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の世界」は安定と繁栄を維持する基盤を再構成する努力を強いられる、ある意味で憂鬱な 時代であったといってよい。日本は、まず、相対的な経済的地位の低下に悩まされた。「失 われた20年」という言葉に集約されるように、バブル崩壊の痛手から相対的な経済力が低 下を続け、ついにはGDP規模において中国に抜かれ多くの日本国民を落胆させるに至った。
しかし、日本国民が危機感を抱いたのは経済面だけではなかった。より直接的な危機、す なわち、外交的、軍事的な意味で、冷戦期にはなかった挑戦と試練に晒されることになっ た。欧州では冷戦構造が崩壊したが、東アジアでは対立の構図がそのまま残され、台湾海 峡危機や北朝鮮の核・ミサイル問題という形で繰り返しその危機が顕在化した。また、2000 年の米国同時多発テロ事件以降は、テロや大量破壊兵器の拡散という新しい脅威の存在に も直面することとなった。経済的な意味で「失われた20年」と呼ばれた時代はまた、五百 旗頭真らが指摘するように外交・安全保障の面では「危機の 20 年」21であったといえる。
現時点において、「失われた20年」と「危機の20年」の双方とも、それらが終結したのか 継続しているのかを判断する確たる根拠はないが、少なくとも日本にとって冷戦の終結は、
東西両陣営の全面衝突という大きな悲劇を遠ざけた一方で、外交、安全保障、経済等の各 方面にわたる憂鬱をもたらしたことは、この時代の分析する上で欠くことのできない背景 といえるのではないか。
相対的な国力が低下し、伝統的な安全保障上の危機や挑戦に加え、テロやサイバー攻撃 などの新しい脅威の台頭にも直面することになったことが、「危機の 20 年」において日本 が一貫して自衛隊の「軍事力(防衛力)」22使用の範囲及び領域の拡大という政策課題に迫 たのに対して、同じく勝者の側にいたはずの日本はそうした果実を得ていない。冷戦期を
「長い平和」と表現するのは、日本の外交・安全保障政策を考察するにおいてこそ、より 顕著かつ正確であろう。
21 五百旗頭真(編) 、2010年、『戦後日本外交史 第3版補訂版』、有斐閣アルマ、
12,19,228-278頁など。
22 戦力不保持を原則とする現行憲法下において、日本政府が自衛隊の保有する戦闘能力を
「戦力」もしくは「軍事力」と呼んだことはない。変わりに使用されてきたのが「防衛力」
という言葉である。1953年に締結されたMSA協定に「日本国政府は…自国の防衛力及び 自由世界の防衛力の発展及び維持に寄与し」とあり、1957年以降は「防衛力整備計画」が 策定されているのをみてもわかるように、1950年代には一般化した用語と思われる。(防衛 力整備の概念については、田村重信、2012年、『日本の防衛政策』、内外出版株式会社、98-100 頁。自衛隊創設当時に防衛力の使用が想定された事態については、山内敏弘、1980年12 月、「自衛隊法制三〇年の軌跡と行方」、『法学セミナー』など。)
しかしながら、本論文では軍事分野における自衛隊の戦闘能力全般を「防衛力」と呼ぶ ことには一定の留保を示したい。冷戦後の安全保障政策のひとつの特徴として、領域外に 派遣された自衛隊が国際任務等を遂行する過程でその戦闘能力を使用するケースが想定さ れたことがある。現時点における国内法上、許されているのは「自己等の防護」等を目的 とした警職法に準ずる形の戦闘能力の使用であるが、これは「自国の防衛」に限定するコ ンテキストで使われてきた従来の「防衛力」とはやや異なる概念であろう。また、仮に領 域外において任務遂行を目的とした「武器の使用」が行われるのであれば、それは従来型 の「防衛力」概念とは明らかに食い違う。とはいえ、こうした新しい事象に対応する適切 な用語も創出されていない以上、本論文では、領域外において自衛隊が使用する可能性の
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られた理由といえる。長く憲法第 9 条によって自ら厳しく縛りをかけ、たとえ「自衛権の 行使」をする場合おいてすら、自国領域及びその周辺での専守防衛に限るとしてきた日本 である。しかし、国連等の枠組下での国際協力を目的として、あるいは日米同盟をある種 の国際公共財と位置づけた上でその深化を目的として、自衛隊の持つ「軍事力(防衛力)」
を使用しての「武力の行使」もしくは「武器の使用」の範囲を徐々に拡大するという作業 に多大な労力を費やすことになったのである。国会における海外出動禁止決議23が未だ有効 に存在するのをよそに、今や自衛隊は、海を超えての「本来任務」24に従事している。また、
2014年に集団的自衛権の行使が一部容認され25、2015年には日本の自衛の定義に新たに「存 立危機事態」などの概念が加えられ、日本領域外において自衛隊が他国軍と共同で「武力 の行使」あるいは「武器の使用」を可能にする法律26が成立したが、それらはいずれも、自 衛隊による「軍事力(防衛力)」の使用範囲及び領域の拡大という、一貫した政策課題のも とにあるといえよう。
(3)本論文の目的
自衛隊のPSI参加もまた、その「軍事力(防衛力)」の使用範囲及び領域が拡大されてき た政策的系譜の上にあるというのが、本論文が提示する認識である。そして、PSIを日本に おける外交・安全保障政策上の政策事例としてとらえなおすことが、本論文の主要な研究 目的のひとつである。
中心的な目的は、日本のPSI参加という安全保障政策の実態解明、及び再構成である。ま ず、日本がPSIへの参加を決めた過程は、これまで全くといっていいほど知られていない27。 ある軍事分野の戦闘能力を「軍事力(防衛力)」とカッコ書きで記載することにする。
23 第19回国会 参議院、『自衛隊の海外出動を為さざることに関する決議』、1954年6月 2日。
24 2007年、防衛庁から防衛省への移行にともない、「我が国を含む国際社会の平和および
安全の維持に資する活動」として「国際緊急援助活動」、「国際平和協力業務」、「テロ対策 特措法に基づく活動」、「イラク特措法に基づく活動」などが自衛隊の本来任務に格上げさ れた。水島朝穂、2007年3月、「防衛省誕生の意味(法律時評)」、『法律時報』。倉持孝司、
2007年1月、「(第2部)安全保障の担い手とつくり手 国会は安全保障にどう向き合って きたのか 日本国憲法下での国会・地方議会(「安全保障」を法的にどう考えるか)(特集)」、
『法学セミナー』などを参照。
25「国の存立を全うし、国民を守るための切れ目のない安全保障法制の整備について」、2014 年7月1日、 国家安全保障会議決定 閣議決定。
26 2015年9月19日に成立したいわゆる「安保法制」については、例えば、中山康夫・横
山絢子・小檜山智之、2015年7月、『平和安全法制整備法案と国際平和支援法案―国会に 提出された安全保障関連2法案の概要―』、立法と調査 No.366、参議院事務局企画調整室。
27 拙稿を参照されたい。津山謙、2014年9月、「『PSIスキーム』と日本外交・防衛政策 :
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また、PSIにおいて自衛隊がどんな活動に従事しており、今後、その任務はどこまで拡大す る可能性があるのかもほとんど知られていない。これらの実証的な解明作業による新事実 の提示は、まだ新しい学問的テーマである冷戦後の安全保障政策史に広がりと深みを持た せることとなろう。
冷戦後の安全保障政策における政策過程論には、後述するようにすぐれた研究が出始め てはいるが、現在進行形の同時代史という側面もあり、まだ一次史料を駆使した実証研究 の厚みに欠ける。特に、「外務省優位」、「官邸外交」、「軍・軍関係の深化」といった複数の 現象あるいはモデルが指摘されているが、それらについてまだ明快な整理はなされていな い。それゆえ、本論文がPSI参加というひとつの事例を通して本論文が解明する以下の諸点、
すなわち、1)政策の形成、決定過程における政治及び官僚組織相互の関係性、2)官邸 及び外務省を中心とするそれぞれのアクターの二国間及び多国間交渉における役割、また、
3)実際のオペレーション担当者としての自衛隊、特に制服組の存在感の変化等の実証的 研究は学問的にも意義ある貢献となると考える。
また、「自衛隊のPSI参加」というこれまで欠けていたピースを埋め込み、冷戦後の安全 保障政策を俯瞰した際にどんな景色が見えてくるかもあわせて考察したい。冷戦後、自衛 隊の「軍事力(防衛力)」の使用範囲及び領域は一貫して拡大されてきたが、この政策的潮 流は、日本の安全保障政策にふたつの政策的系譜として生起したことが指摘される。ひと つは日米同盟を強固にし、実戦に即応できるものとする「同盟深化」である。もうひとつ は、国連平和維持活動や災害人道支援等を中心とする「国際貢献」である。これら2つの 政策的アプローチの関係性については、それを択一の問題としてとらえる論者もいれば28、 むしろ両者の「一体性」を指摘する考え方もあり29、必ずしも評価が定まっているとはいえ ない。いわば、冷戦後の安全保障政策史の議論における盲点となっている論点といってよ いだろう。また、「同盟深化」でもなく、「国際貢献」でもないアプローチが生起する、あ るいはしている可能性も否定できない。例えば、鳩山由紀夫政権下での試みが明確に失敗 した30とはいえ、理論的には中国等の第三国に接近しての安全保障枠組の形成もひとつの選 択肢としてはあり得よう31。一方、日米同盟を基軸としながらも、日米という二国間の枠組
その経緯、法的基盤、意義」、『アジア太平洋研究科論集 (28)』。
28 たとえば、大芝亮、2013年、「総説」、大芝亮編、『日本の外交 第5巻 対外政策課題 編』、岩波書店、7頁など。
29 星野俊也、2013年、「紛争予防と国際平和協力活動」、大芝亮編、『日本の外交 第5巻 対外政策課題編』、岩波書店、88-89頁など。
30 東アジア共同体構想については、進藤榮一、2005年、『東アジア共同体をどうつくるか』、 ちくま新書、2007年。伊藤憲一、『東アジア共同体と日本の針路』、NHK出版。谷口誠、
2004年、『東アジア共同体-経済統合の行方と日本-』、岩波新書など。
31 ただし、第3国への接近が日米同盟と相反するとは限らない。例えば、ドリフテは日米 中トライアングルのなかで日中関係を捉え直し、その対中政策をリアリズム、リベラリズ ム、コンストラクティヴィズムのそれぞれから分析しているが、「関与政策」のあり方によ っては相互依存的な予定調和のなかにあって、例えば「日米同盟と日中協商」のようなも
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を超えた「多国間協力枠組」が形成されつつあることも事実であり、それが既存の安全保 障政策アプローチの延長線上にあるのか、あるいは質的に別のものに変化しようとしてい るのかを考察するのは、これからの課題である32。さらにいえば、ひとつの多国間枠組であ るPSIは、「同盟深化」の要素と「国際貢献」の性質を併せ持っている可能性があるともい えるが、PSIにおいて自衛隊は、日米の同盟関係に立脚し、また、国連の存在を前提しつつ、
「同盟深化」と「国際貢献」のどちらでもあり、また、どちらでもない多国間任務に従事 しつつあるという解釈も成り立ち得る。自衛隊によるPSI活動の実態を精査・分析する作業 は、冷戦後における日本の安全保障政策の系譜を整理するための、意義のある視点を提供 にするのではないか。
2.背景: PSI の双面神的( Janus-faced )性格
2003年5月31日、ポーランドのクラコフにおいて米国ブッシュ大統領によって提唱され たPSIは、大量破壊兵器等の拡散阻止を目的とする国際的枠組である。米国及び米国の呼び かけに応えた10ヶ国のコア・メンバー11ヶ国で発足したPSIはその後、10年の間に地球大 の広がりをみせた。現在では、国連加盟国の半分にあたる約 100 ヶ国の参加国を擁するに 及び、中国を除くほぼ全ての主要国家が参加している33。
PSIは既存の国際レジームや国際的枠組にはない特徴を持っている。最もユニークなのは、
のを両立することは可能であろう。参照、Reinhard Drifte, 2002, “Japan’s Security Relations with China Since 1989,” Routledge. (邦訳:ラインハルト・ドリフテ著、坂井 定雄訳、2004年、『冷戦後の日中安全保障 関与政策のダイナミクス』、ミネルヴァ書房。
32 もっとも、ここで掲げた政策的アプローチの淵源は、冷戦期にもすでに存在していた。
波多野澄雄らの実証研究により、ジョンソン政権下の米国国務省は、望ましい日本の役割 として「近海防衛能力の向上を含む日本本土の防衛と国連のもとでのPKO参加」を検討し ていたことが判明している。また、同じくジョンソン政権には「日本が主導する地域的枠 組み形成への期待」があり、「多国間協力枠組へ日本の誘導というアメリカの目標の一つ」
が存在していたことも指摘されている。これらは、米国に根強かった「瓶の蓋論」や、保 革対立という日本の国内政治上の事情により頓挫したが、冷戦後に具体的な政策アプロー チとして復活したとすれば、それは学問的にも興味深いテーマであろう。波多野澄雄編著、
2004年、『池田・佐藤政権期の日本外交』、ミネルヴァ書房、6, 12, 16頁。
33 外務省は2013年6月時点でのPSI加盟国を102か国としているが、その根拠は示され ていない(外務省不拡散・原子力課資料、「拡散に対する安全保障構想」、2013年6月20 日)。PSIへの加盟承認は実質的に米国国務省の専権事項となっているが、同省のホームペ ージにおいても” The more than 100 countries that have endorsed the PSI so far”と曖昧な表現し か散見されない。US Department of States website: http://www.state.gov/t/isn/c10390.htm (2016 年1月1日閲覧)
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同盟でもなく、条約でもなく、国際機関でもなく、「行動」であるとされる点にある34。参 加国は「拡散阻止」というコンセプトについて、規範的な意味における「趣旨へ賛同」し たという政治的コミットメントによって結ばれているが35、PSIへの参加によって新たな国 際的な義務を負わされることはなく、そこでの活動は全て任意とされる36。秋山信将は「PSI は制度というよりは規範の形成を行う外交のプラットフォーム」37と評価している。ただし、
PSIはただの会議体やトークショップ的な存在ではなく、制度としての実体を備えているこ とにもその特徴がある。定期的に開催される総会(Plenary)の下には複数の実務者協議機 関が置かれており、参加国間で日常的に、情報の相互提供や、法執行機関同士の協力が行 われている他、参加各国の軍事組織が参加しての大規模な合同阻止訓練が毎年、複数回行 われ、実務的、実践的なオペレーションの実効性を高める努力を継続している。これまで に見られなかった新しいタイプの拡散対抗レジームであるといえよう。
日本は米国からの呼びかけに答え、当初からPSIの創設、発展に尽くしたコア・メンバー のひとつである。にもかかわらず、日本国内であまりPSIについて知られていないのは、そ れへの参加が、国会での決議や批准を経て決定したからではなく、また、閣議決定等の正 式な手続きを経てなされたわけではないという事情にもよる。また、参加当時の政治的課 題として、海外においてはイラク戦争の終結38があり、国内においては有事法制39やイラク
34 PSIの創設を主導した米国ボルトン国務次官(当時)らは、各地で繰り返し“PSI is an
activity, not an organization.” 等の表現をもって同構想の性格を表現しており、PSIにつ いて記したものの多くに引用されている。Jack I. Gravey, 2005, “The International Institutional Imperative for Countering the Spread of Mass Destruction: Assessing the Proliferation Security Initiative,” Journal of Conflict & Security Law, vol.10, no.2
pp.129-130、青木節子、2003年、「第一期ブッシュ政権の大量破壊兵器管理政策にみる「多
国間主義」」、『総合政策学ワーキングペーパーシリーズNo.93』、21 世紀 COE プログラム
「日本・アジアにおける総合政策学先導拠点」慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科、
21頁など。
35 外務省はPSIの「憲章」にあたる国際約束である「行動阻止宣言(SIP:Statement of
Interdiction Principles)」を「政治的文書」と表現している。外務省、「拡散に対する安全
保障構想」、2015年6月20日。http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/fukaku_j/psi/pdfs/psi.pdf
(2016年1月1日閲覧)。SIPについては本論文第4章で詳しく分析する。
36 PSIにおいて参加国の任意性が確保された経緯については、本論文第4章でふれる。
37 秋山信将、2015年、「アメリカの核不拡散秩序と日米関係」、遠藤誠治編、『シリーズ安 全保障2 日米安保と自衛隊』、岩波書店、192頁。
38 イラク戦争の「戦闘終結宣言」が出されたのは2003年5月1日であった。したがって、
ブッシュ大統領がPSIのもととなる具体的な構想を思い付き、日本に対して参加を打診し たのは、イラクが国連安保理決議1483に基づいてアメリカ国防総省人道復興支援室および 連合国暫定当局(CPA)の統治下に入り、復興支援業務が始まった時期にあたる。
39 いわゆる「有事法制」とされる法律は複数あるが、2003年6月6日には、そのうち「武 力攻撃事態対処関連三法」が可決、成立した。具体的には以下の3法である。「安全保障会 議設置法の一部を改正する法律」「武力攻撃事態等における我が国の平和と独立並びに国及 び国民の安全の確保に関する法律」、「自衛隊法及び防衛庁の職員の給与等に関する法律の 一部を改正する法律」。
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特措法40の審議があり、PSI参加問題がこれら内外の重要案件の影に隠れてしまったことも 否定できない。
しかし、仔細に見ればPSIへの参加は、従来の日本の安全保障政策にはない特殊性があり、
大きな議論を引き起こしてもおかしくなかったといえよう。政策上の観点から言えば、国 内政治に大きな軋轢や摩擦を引き起こしたイラク戦争やイラク特措法といった事柄と、PSI の創設は密接に連動していたのは事実である。ただし、PSIは「法執行の取組」という建前 を堅持したこともあって、対北朝鮮の文脈で議論を招いた韓国以外に政策上の議論を引き 起こした例はほとんどみられない41。しかしながら、日本独自の特殊事情で大きな議論にな り得たのは、すぐれて日本的な憲法に絡む点であったといえよう。もし、提唱国である米 国の意図の通りにPSIが設計されていたならば、PSI活動に派遣された自衛隊が「武力の行 使」をする、あるいは関与する可能性もあり、集団的自衛権の問題などに絡む憲法上の議 論を引き起こす恐れもあったはずである。にもかかわらず、政治的にも、学問的にも、日 本のPSI参加があまり議論の対象とされてこなかったのは不思議なことである。その背景に は、日本政府による、PSI参加を政治問題にさせないための努力があったことは、本論文第 3章及び第4章で詳しく分析する。
しかし、それだけでなく、制度としてのPSIそのものが持つわかりづらさ、とらえどころ のなさがPSIに関する議論の発展を防いできた側面も否定できない。注意深く見ると、PSI は権力政治的な「有志連合」という性格と、行政連合的な「普遍的な国際的取組」の性格 の、双方をそなえた双面神的(Janus-faced)な姿をしていることがわかる。
(1) 国際的な「法執行」の取組
PSIは、国際的な「法執行(law-enforcement)の取組」と定義されている42。PSIはまず、
発足の時点では、既存の国際法、国内法の枠組のなかで、新しい規範である「拡散対抗」
40 「イラクにおける人道復興支援活動及び安全確保支援活動の実施に関する特別措置法」。
その前月に成立した有事法制(武力攻撃事態対処関連三法)が与野党の協調によってあっ さり成立したのとは逆に、この法案の審議は難航を極め、2003年7月26日の未明になっ て成立した。4年間の時限立法として成立したが、その後、2007年7月に2年間の延長が なされた。
41 当初、韓国は米国との同盟関係からPSIへの参加を不可避的とみていたものの、盧武鉉 政権は北朝鮮を刺激するリスクを重視し、後ろ向きな態度をとった。しかし、2009年、北 朝鮮が長距離ミサイル実験を行うや、李明博政権はPSIの持つ対北抑止効果に着目し、以 後、非常に活発な参加国となった。PSIをめぐる韓国での議論については、Scott Bruce,
“Counterproliferation and South Korea: From Local to Global,” Scott A. Snyder ed., Global Korea: South Korea’s Contributions to International Security, (Council on Foreign Relations Press, 2012).など。
42 PSIが「法執行の枠組」と定義された経緯は、本論文第3章、第4章で扱う。
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の実現を目指すこととされた。また、ブッシュ大統領がこの構想を提唱した背景に、既存 の法的枠組では対処不能な拡散懸念事態が存在するという事実があったため、PSIはその発 展過程において、新たな国際法の創設、既存法規の解釈変更、国連安保理からの授権、そ して参加国それぞれの国内法整備といった法創造を伴うものとなった 43。いずれにせよ、
PSI において参加国は、国際法、国内法で許された範囲の拡散阻止活動を、「法執行」とし て行うことが原則となっていることは一貫している。この点において、PSIは国際紛争を解 決する手段としての「武力の行使」を行う枠組とは、少なくとも表面上は一線を画してお り、いわば「法執行」のための行政連合的レジームの姿をしているといってよい。
(2) 「武力の行使」と有志連合的性格
一方、PSIは行政連合的なものにとどまらない可能性も秘めている。まず、PSIの諸活動 の全てが純粋な意味での「法執行の取組」にとどまるのか疑問が残る。PSIの主役のひとつ は軍である。そして、PSI阻止活動を実施するための実務者会合、図上演習、PSI合同阻止 訓練などは、いずれも米国を中心とした参加国の軍によって主催されており、参加国間の
「軍・軍関係」を深化させることが、当初からその主要な目的のひとつであった。無論、「軍・
軍関係」に立脚するとはいえ、その「行動」が「法執行の取組」に限定されるのであれば 特段の問題はない。軍事組織が「警察権の行使」をすることは、そこに法的基盤が存在す る限りどの国においても差支えなく、国連PKO活動の多くがそうであるように、それは「武 力の行使」とは区別される概念である44。しかし、PSIの創設にあたって米国が意欲を燃や した一部の行為、例えば「旗国の同意を得ない公海上で臨検」等を国際法は「武力の行使」
としており、それはすなわち国家間の衝突・紛争に他ならない45。かかる行為を行うのであ
43 もっとも、これらの法創造、あるいは国際約束等がなされたのは国連海洋法条約の改訂 作業や国連安保理においてであり、それらは厳密な意味でPSIの枠組の外での出来事であ る。これら一連の法創造をもって、PSIが掲げた「拡散対抗」という新しい規範に基づく新 しいレジームにおける現象であると解釈することは可能であろうが、ひとつの制度的枠組 としてのPSIの限界を示しているとも言える。
44 治安出動及び海上警備行動発令下で自衛隊が出動する際は、「自衛権の行使」としてでは なく、「警察権の行使」をすることと解される。その場合、「武器の使用」が認められては いるが、警職法の規定を援用し、正当防衛または緊急避難等としてなされる。PSI阻止活動 との関連については、本論文第3章及び第5章を参照のこと。
45 本来、公海上を航行する船舶は旗国の管轄権に服するが、現在では海賊行為など明白な 犯罪行為を行っている場合に限り、他国の軍艦がこれに対して臨検を行ってよい(国連海 洋法条約第110条)。したがって、もし、実際にPSI阻止活動が行われるとすれば、大量破 壊兵器の移転行為を海賊行為に準じる犯罪行為と解釈するほかはないが、洋上を航行中の 船舶の積み荷が大量破壊兵器等であると事前に確証を得ることは困難である。また、当該 船舶が軍艦あるいは政府公用船の場合は、他国軍艦がこれを臨検することは禁止されてい
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れば、PSIは「法執行の取組」の範疇を超える恐れがあろう。
もうひとつは、発生の経緯に由来するPSIの有志連合的性格である。PSIはブッシュ大統 領個人が発案し、ごく少数の側近によって短期間(2~3週間)でまとめられた構想である。
そして、2003 年5 月に同大統領がこれを発表する前に、内々にイラク戦争での有志連合国 に対して打診がなされ、それらの国々から「参加を熱望する」との確約が得られていたこ とが判明している46。また、ブッシュ大統領の発案の直接的なきっかけは、その前年12月 に発生したソ・サン号事件47があったが、それゆえに、PSIでは構想の初期段階から、拡散 阻止の対象となる「拡散懸念国」として、具体的に北朝鮮及びイランの名前が挙げられて いる48。有志国が集って特定の「国又は国に準ずる機関」を対象として「武力の行使」をす るのであれば、それはまさに有志連合であろう。また、公海等を経由してなされる拡散事 態の阻止がその主目的のひとつであることから、PSI 参加国は必然的に「自国領域の内外」
における「多国間軍事協力」を念頭に置かざるを得ず、事実、公海及び相互領域内におけ る「軍・軍関係」に立脚した協力体制の構築に余念がない。これはむしろ、軍事同盟ある いは国際的安全保障機構の姿に近いといえよう。少なくとも「法執行の取組」からは逸脱 する可能性があるのは否定できない。
これらの事実は、自衛隊にとって重大な意味を持つと考えるのが自然であろう。「日本の みの防衛」を目的としていないにもかかわらず、「国又は国に準ずる機関」に対し、他国軍 る(同95条、96条)。したがって、拡散懸念国が軍艦あるいは公船を用いて拡散活動を行 う場合、これにPSI阻止活動を行えば、それは国家間の武力紛争に直結することになる。
46外務省情報公開開示文書(以下、外務省開示文書と略す)、外務省、2003年6月3日、FAX 公信第5670号「拡散防止イニシアティヴ(米政府高官によるバックグラウンド・ブリーフ ィング)」。
47 2002年12月、北朝鮮のスカッド・ミサイル15基を積んでイエメンに向かっていた船舶
ソ・サン号を、同船の出港時から監視・追跡していた米国の要請によって、スペイン海軍 が警告射撃の後、停船させ、これを臨検したものの、当時の法的枠組では積み荷を検査、
押収する法的権限がないことが判明し、釈放せざるを得なかったという事件である。北朝 鮮は米国、スペインの行為を「海賊行為」、「国家的テロ行為」と厳しく非難したが、そう したことよりも大量破壊兵器の運搬兵器を発見し、その現場を押さえてもなお、何らの措 置もとれないという事実が世界に大きな衝撃を与えた。PSI構想への影響に絡めたソ・サン 号事件の経緯等については以下を参照。Mark J. Valencia, 2005, “The Proliferation Security Initiative: Making Waves in Asia,” Adetphi Paper, pp.35-36. Douglas Guilfoyle, 2005, “The
Proliferation Security Initiative: Interdicting Vessels in International Waters to Prevent the Spread of Weapons of Mass Destruction,” Melbourne University Law Review vol.29, pp.735-736. Andrew C.
Winner, 2005, “The proliferation security initiative: The new face of interdiction,” The Washington Quarterly volume 28 issue 2, pp.131-132. Benjamin Friedman, 2003, “The Proliferation Security Initiative: The Legal Challenge,” Bipartisan Security Group Policy Brief, p.1. 坂元茂樹、2005年、
「PSI(拡散防止構想)と国際法」、『ジュリスト』第1279号、52頁。中井良典、2005年、
「ブッシュ大統領の核不拡散政策とPSI(拡散阻止構想)」、『アジア太平洋研究』第28
号、27-28頁。山崎元泰、2006年、「大量破壊兵器不拡散体制の間隙とPSIの意義」『早稲田
成治経済学雑誌』2006年10月、41頁。
48 前掲註(44)、外務省「ブリーフィング」。また、本論文第2章、第3章でも詳しくみる が、PSI会合に関する内部資料にもこの両国の名前はしばしば登場する。