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外務省による検討

ドキュメント内 PSI 参加をめぐる日本の対応 (ページ 111-160)

第 3 章 形成過程:多国間交渉による PSI の形成

1. 外務省による検討

PSIへの参加決定を受けて、政府部内の各省庁では、外務省が主導する形で、参加の態様 と、参加後の活動内容について検討を開始した。第2章で確認した通り、PSIに対する基本 的姿勢について議論がなされたのは、参加表明の後になってからである。

しかし、当初において米国が考えていた構想の中身は、場合によっては大きな国際法の 改変をともない、また、多国籍の海軍による臨検等の「武力の行使」をも念頭に置く「意 欲的」なものであった。こうした活動に従事する法的基盤は、日本の憲法にはない。その ため外務省を中心に各省庁は、想定されるPSIの活動内容のうち、既存の国際、国内法規で 対応可能なものは何かを抽出する作業を開始した。

102 (1) 外務省の立場

2003年6月5日、衆議院本会議において、伊藤英成議員はブッシュ大統領のクラコフ宣 言について、日本政府との事前調整の有無と今後の対処方針について質問した。小泉首相 は「提案につきましては、先般より我が国の参加について打診があったところです。我が 国はその趣旨に賛成し、今後の議論に積極的に参加していく考えです」と答弁した1。首相 の国会答弁は、外務省が作成した応答要領より幾分トーンが落ち、「議論に参加する」とい う建前をとっている。

このとき、外務省はまさに対処方針を作成中であった。突然の参加表明から、6月12日 に開催されるマドリッド会合まで10日余りしかない中で、関係する全省庁の意見を集約し、

方針を策定する作業である。第2章で触れた外務省からの作業依頼(6月2日)を受け、各 省それぞれに出された論点と課題は6月4日、9日と二度にわたって外務省内で取りまとめ られた2。次項では、各省から寄せられたコメントの概要を検証するが、その前にまず、こ の時点における外務省内の議論を確認しておきたい。

外務省内からは、経済局海洋室と条約局法規課がコメントを寄せた3。法規課のコメント はこの後、さらに練り上げられ、6月10日に条約局として「大量破壊兵器等拡散防止に関 する米提案についての考え方」4という文書にまとめられ、爾後、PSI 参加に関する日本の 態様等を考える基礎資料となった。この資料については後に詳しく確認する。

まず、経済局海洋局は、国連海洋法条約とこのイニシアティブの関係を確認するコメン トを出した。日本を含むイニシアティブの参加国となる、英、スペイン、豪、仏、独、ポ ーランド、ポルトガルの各国は国連海洋法条約の加盟国であり、同条約を前提とした国内 法制度をすでに作り上げている。だが、イニシアティブを持ちかけた米国のみはこの条約 に署名も批准もしておらず5、当時において同条約とどういう距離をとるのかわからない状 況にあった。そのため、海洋室はこの事実に「留意」し、米国について「本イニシアティ ブをきっかけとして、批准する意向はないのか」との問いを発している6

海洋室によれば、新イニシアティブの内容には国連海洋法条約でカバーできる部分と、

同条約の改正等の措置が必要になる部分があるという。例えば、「領海」に関して言えば、

同条約第19条17、第19条2(f8)(g9)によって米国の意図する大量破壊兵器対策が「許容

1 第156回国会 衆議院本会議、2003年6月5日、伊藤議員質疑。

2 外務省、2003年6月9日、軍科審組織資料、「各省・省内コメントとりまとめ」2003年6 月4日、同、「各省・省内コメントとりまとめ(改訂版)」、(外務省開示文書)。

3 同上

4 外務省条約局、2003年6月10日、「大量破壊兵器等拡散防止に関する米提案についての 考え方」、(外務省開示文書)。

5 2015年9月現在も、米国は国連海洋法条約の加盟国ではない

6 前掲註(2)、外務省「各省・省内コメントとりまとめ」。

7 国連海洋法条約第19条1、「通航は、沿岸国の平和、秩序又は安全を害しない限り、無害 とされる。無害通航は、この条約及び国際法の他の規則に従って行わなければならない」。

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されるかもしれない」という10。しかし、「排他的経済水域」に関しては、沿岸国の管轄事 項が同条約56条111の内容に限定されるため、主に旗国による対応が想定されるものと思わ れるとしているが、その際、沿岸国の意向が留意されるべきという見解を示している12。ま た、「公海」については、当然ながら旗国主義が想定されるとしているが、米国案はこの旗 国の権利及び義務に抵触する可能性が示唆されている13

海洋室が挙げたこれらの論点は、より詳しい形で条約局法規課も問題とした。法規課の 見解では、「進むべき道筋のルール(Rule of the Road : RR)」に示されている諸措置は、「具 体的な管轄権の行使の方法等」について検討課題があるものの、「国際法上は、国際約束の 締結又は安保理の所要の決定により基本的に可能」と考えられた14。また、当時、国内法と して提起されていたもののなかに、新イニシアティブと関連すると思われるものがあり、

これらの立法措置に関する影響への留意も促している15。ひとつは、海上保安庁からの「無 害ではない通航を包括的に取り締まる立法」であり、これは工作船事案との関連で提起さ れるとされたものである16。もうひとつは、万景峰号との関係で提起された入港規制に関す る議員立法である17。これら国際法、国内法上の立法措置について、法規課は論点をふたつ 海洋室がここで「許容されるかもしれない」と書いたのは、大量破壊兵器及び関連物質の 運搬が沿岸国の平和、秩序又は安全を害するものと解釈することによってであると推察さ れる。その根拠は次に述べる2(f)(g)に求められる。

8 国連海洋法条約第19条2「外国船舶の通航は、当該外国船舶が領海において次の活動の いずれかに従事する場合には、沿岸国の平和、秩序又は安全を害するものとされる。」「(f) 軍事機器の発着又は積込み」

9 同上「(g) 沿岸国の通関上、財政上、出入国管理士又は衛生上の法令に違反する物品、通 貨又は人の積込み又は積卸し」。ただし、この時点で、全ての加盟国が大量破壊兵器及びそ の関連物質を違法物資としていたわけでないことに留意。19条1で「平和、秩序又は安全」

の定義の読み替えが必要になるのと同様の措置が必要となる。

10 前掲註(2)、外務省「各省・省内コメントとりまとめ」。

11 国連海洋法条約第56条1「沿岸国は、排他的経済水域において、次のものを有する。」 この条項は、沿岸国が保有する管轄事項を「(a)天然資源等に関する主権的権利」、「(b)条 約の関連する物事に関する管轄権」、「(c)その他の権利・義務」に限定しており、この時点 で大量破壊兵器及び関連物質がその中に入るかどうかは不明であった。そのため、イニシ アティブが想定する物資等が沿岸国の管轄事項であるとの確認ができない限りは、第一義 的に旗国の意向が留意されるべきという結論になる。

12 前掲註(2)、外務省「各省・省内コメントとりまとめ」。

13 同上

14 外務省条約局法規課、2003年6月4日、「大量破壊兵器等拡散防止に関する米提案」、(外 務省開示文書)。

15 同上

16 外務省等から開示された資料には、こういった取締行為が海保の検討項目とされたこと が記されているが、具体的な法整備がなされる動きは現時点ではまだない。

17 実際に議員立法の動きが具体化したのは翌年である。「特定船舶の入港の禁止に関する特 別措置法(特定船舶入港禁止法)」(2004年6月18日施行)。なお、同法の成立過程等につ いては、稲木宙智布、2007年9月、「特定船舶入港禁止法の成立経緯と入港禁止措置の実施」、

『調査と立法』No.272、国立国会図書館など。

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に絞ってそれぞれの課題を論じた。ひとつは「旗国の義務」であり、もうひとつは「沿岸 国及び中継国の義務」である18。ここで法規課がまとめた論点は、さらに掘り下げ、また、

新たな視点が追加された形で、6月 10日に作成された条約局としての見解のベースとなっ たものと思われる。条約局の見解については後述する。

(2) 各省からのコメント

外務省が集約作業を行った各省庁からのコメントは以下のとおりである。総じて、新し い構想の具体的な中身が不透明であることへの当惑と、予想し得る新しい任務を遂行する ためには現行の法制度では不十分であるとの認識は一致している。

① 国土交通省

国交省は「全体として、定義が曖昧」とした上で、物資の輸送制限が私権の制限にあた る懸念を示し、「何らかの基準」や「法的枠組み」が必要となるとの見解を示した19。こと に、船舶に対する「臨検等の実施」については運輸行政の所轄省庁として詳細なコメント を寄せており、「事業者への過度な負担とならないよう、配慮が必要」と慎重姿勢を示した 上で、「憲法等法令上、私権の制限、輸送事業者への協力要請は困難と思料」として、実施 にあたってきわめて後ろ向きの見解を述べ、「船舶検査活動法においては、国連安保理決議 又は旗国の同意を要件としている」として、外務省から回付された案のように定義や基準 が曖昧なままでは、国内法上の制限をクリアできない可能性がある旨を明記している20

もっとも、日本領空を通過する航空機に対するPSI阻止活動については、現行の国内法を 運用することで対処できる可能性も示唆している。そもそも、現行の航空法は爆発物等の 輸送が原則として禁止されており21、PSI構想が想定する大量破壊兵器及びその関連物質等 は、日本領空を通過できないと判断される可能性が高い。また、外国籍の航空機が兵器及

18 前掲注(14)、外務省「法規課資料」。

19 国交省、2003年6月4日、「米審イニシアティヴへのコメント(メモ)」、(防衛省開示文 書)。

20 同上

21 航空法第86条(爆発物等の輸送禁止)「爆発性又は易燃性を有する物件その他人に危害 を与え、又は他の物件を損傷するおそれのある物件で国土交通省令で定めるものは、航空 機で輸送してはならない」。

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