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日本語とドイツ語の多義語の対応をめぐって

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日本語とドイツ語の多義語の対応をめぐって

城 岡 啓 二

は じ め に

 自然言語の語彙は多義語であることが多い。この多義語の言語間の対応・

非対応が本稿で扱う研究テーマである。

 論文中多くの辞典や百科事典を引用した。頻繁に引用したものについては 略語を使った。正確な文献名は末尾の参考文献のところを参照されたい。

1.多義語が多義語として対応している場合

 多義(Polysemie)と同音(異i義)(Homonymie)の区別は必ずしも容易で はないとしても、一応、多義の場合は共通の語源に基づく派生関係の場合に 使い、同音(異義)の場合は語源的に無関係な語と語のあいだの関係に使う

という違いがある。したがって、多義語のもつ複数の語義のあいだには同音 語の場合と違って密接な意味的な関連があるわけだから、言語間で多義語が 多義語のまま対応していてもおかしくないことになる。しかし、こういうケー スは、外来語として多義語が多義語のまま導入されているような場合をのぞ けばそれほど多くないのではないだろうか。多義語の複数の語義が意味派生 のうえで関連があるといっても最後はやはり言語ごとの恣意的な取り決めに

よって使い方が決まっているからだ。

 共通もしくは類似の文化基盤で、言語の系統上も近い関係のドイツ語と英 語のあいだでさえ、多義語が多義語のまま対応することは難しいようだ。英 語でfal$e friendsと呼ばれている蓄語間で関連語が対応しない言語現象は、

ドイツ語と英語のあいだについてまとめられたHartmut Breitkreuz(1991,

1992)を読むと、両言語の多義語の部分的非対応を扱ったものが多い。たとえ ばドイツ語のTechnikと英語のtechniqueは共に「技術」という意味を持つ のだが、Technikには「工学」という意味もあるのに対してtechniqueには

「工学」の意味がなく、「工学」の場合はtechnologyが対応する。また、ド イツ語のSoBe(Sauce)と英語のsauceも対応する点もあれば、対応しない点 もある。ドイツ語でも英語でもソー一スはウースターソー一スだけを指すわけで

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なく、アイスクリー一ムにかけたり、料理にかけたり、日本語ではドレッシン グと呼ばれるようなサラダにかけるものなど広く指すことばであるがミドイ ツ語のSoBeではさらに肉を焼いたりして出てくる肉汁やそれをもとに作る ソースもSoBeと呼んでいる。この肉汁は肉にかけたりするわけだから、ドイ ツ語内部ではやはりソースなのであろう。英語ではこのようなものはsauce ではなくgravyと呼ばれるのだという。Kana1とcanalの場合も対応する点

と対応しない点がある。両者とも「人口の運河や水路」を意味する点では一 致しているのだが、ドイツ語のKanalのほうは「海峡」や「(テレビなどの)

チャンネル」や「(外交ルートなどの)ルート」という意味があるが、英語の cana1にはこういう意味はなく、channe1が対応している。また、「孤独な」

とか「孤立した」という意味ではドイツ語のisoliertと英語のisolatedは共通 しているのだが、isoliertにある「断熱した」とか「電気的に絶縁した」の意 味になるとisolatedの使い方とは重ならず、英語ではinsulatedを使わなけ ればならないe

 さて、このようにドイツ語と英語のあいだにおいてさえ多義語が多義語と して完全には対応しないことが少なからずあってfalse friendsと呼ばれて いることを上で見たのだが、いわんや文化基盤も言語系統もまるっきりこと なる日本語とドイツ語では多義語が多義語として対応するのは極めてまれな ことである。そういう象れな場合で日独の語彙の対応関係をいくつかみてお

くことにしよう。

 まず、「歯」の場合である。この語は口の内部にある噛むための歯以外にも 形態的類似から「のこぎりの歯」についても使われるし、「くしの歯」とも言っ たりする。また、「歯車の歯」もある。ドイツ語でもZahneはこれら三つの場 合に使うことができ、die Zahne einer Sageと言うし、 die Ztihne eines Kammsと言う。それから、歯車の歯ならAn dem Zahnrad fehlt ein Zahn.

(DDUW)という例文があった。これだけ使い方が一致してしまうと、ほぼ完全 に一致しているのではないかと思いたくなるが、やはりそんなことはないe

ドイツには存在しない「げた」についてはrげたの歯」という言い方がドイ ツ語にないのは当然であるが、げた以外にも対応しない例がすぐ見つかる。

ドイツ語では切手の縁のぎざぎざのこともdie Ztihne einer Briefmarkeと 言うが、日本語では「切手の歯」という言い方はない。切手の縁のぎざぎざ

などといっては具合が悪ければ切手のミシン目ぐらいだろうか。

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 「針」の場合も日独でかなり対応している。針といえぼ、縫い針も針だし、

注射針も針だし、レコード針2も針だ。ドイツ語でもこの三つの場合にNade1 が使える。ただ、針とNadelの場合はかなり違いも目につく。日本語では待 針は針だが、それと同じようなものである虫ピンのようなものはピンと呼ば れている。ドイツ語では待針も虫ピンもStecknadelだ。 iikた安全ピンは Sicherheitsnade1と言う。また、針葉樹の葉のこともNade1と言う。一方、

日本語の針は時計の針にも使われるが、ドイツ語ではこれはZeigerが使われ る。不思議なことに方位をしめすコンパスの針ならNade1が使えることに なっている。それから、日本語ではハチなども針を持っていることになって いるが、ドイツ語ではこれはNade1ではなく、サボテンのとげなどと同じ Stache1である。現代の釣り針はまっすぐの針状の形ではないが日本語では 針と言われる。ドイツ語では釣り針はNade1ではなくi掛け釘やフックと同じ Haken(Angelhaken)が使われる。また、日本語ではホッチキスも針を使う わけだが、ドイツ語ではこれは針ではなくHeftklammerと言って、 Klam−

mer(「クリップ」)の一種である。

 「ボタン」とKnopfも多義語が多義語のまま対応しているケースである。

衣類についているボタンとスイッチとしてのボタンは形状は似ているが意味 が全く異なる。ドイツ語のKnopfも日本語のボタンも衣類と機械の両方に使 える。しかし、機械のボタンの意味のKnopfはDBWではein an techni−

schen Anlagen und Ger銭ten befindliches Teil, das auf Druck oder durch Drehen eine Funkti◎n in Gang setzt beziehungsweise beendetとされ、

Knopfは「押したり、回したり」するものということになっている。日本語 のボタンは基本的には押しボタンである。LLJでもボタンは「機械などを作 動させるために押すもの」というふうに「押すもの」という定義になってい る。回すのは「つまみ」や[スイッチ」ということになるわけだ邑さて、身 の回りのスイッチ類あるいはスイッチ類に付いている操作用の突起物といっ ても各種あるのだが、Knopfにしてもボタンにしてもその一部にしか使えな い語である。日本語のボタンよりも意味の広V> Knopfにしても押しボタンと しては円形のものだけでなくたとえば四角いものにも使えそうなのであるが

(LGDaFにはDruckknopfとして丸いボタンだけでなく、四角いボタンの 図が出ている)、回すツマミとしては円形のものにしか使いにくいようであ る。また、レバー(Hebe1)を使った各種のスイッチなどにも使えない。それ

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から、スライドスイッチや部屋の照明器具のスイッチとして日本で一般的な シーソースイッチのようなスイッチにも使えない。こういう場合はSchalter という以外にはないようである。

 噛」や「針」や「ボタン」で見たように、多義語が多義のまま対応する といっても、その対応はまず完全ということはあり得ない。また、形態的な 類似による意味の転化に基づく多義ならば「歯」や「針」や「ボタン」のよ

うにドイツ語と日本語のあいだでもかなり対応しているのではないかと思い たくなるが、これはある程度は正しいのだろうが、そういうケースはそれほ ど多くないのではないかと思う。事実、「歯」などとは対照的にまるっきり対 応していない例もすぐに見つかる。「くし」の場合がそうで、ドイツ語の Kammは「くし」の他に「ニワトリのとさか」にも「山脈のつくる輪郭」に

も「波の波状の輪郭」にも使える多義語であるが日本語の「くし]にはこの ような派生した意味はまったくない。また、日本語とドイツ語でたまたま多 義語が多義語として対応しているからといって他の言語でもそうだというわ

けにはいかないようだ。たとえば「はさみ」であるが、カニやザリガニやロ ブスターのはさみもはさみと言う。これはドイツ語のSchereも同様iでカニ やザリガニやロブスタ…一一.のはさみもSchereと呼ばれている。ところが、英語 ではカニなどのはさみに対してscissors(はさみ)とは違う言い方を使い、

pincers(やっとこ〉やclaws(かぎつめ)を使う。

2.多義語が多義の数だけの語と対応している場合

 多義語の外国語との対応は、おそらくその多義の数だけの外国語の単語と 対応するのが大部分であるはずである。だから、日本語の「娘」は親子関係 の場合と若い女性を意味する場合のふたつがあるが、ドイツ語では前者が Tochter、後者はMtidchenが対応する。同様にr趣味」では「あのひとは趣 味がいい」と醤うときの趣味と「クルマが私の趣味です」という場合のホビー の意味の趣味があるが、ドイツ語の対応はGeschrnackとHobbyのふたつ だ。「年」の場合も西暦1995年というときの年と年齢の意味の年のふたつが あるがドイツ語では区劉され、前者がJahr、後者がAlterだ。また、「網」に ある複数の意味、糸やロープやワイヤーで編んだ網と餅や魚を焼く網のあい だにはかなり自然な関係があるように思えるがミドイツ語のNetzにはふつ

うの網の意味はあるが焼き網の意味はなく、焼き網ならRostだ。「浮き袋」

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も人間が泳ぐときなどに使うものと魚類の体内のものと機能的な類似はある が多義語である。ドイツ語ではこのふたつは語彙的に区別され、人間が使う

ものはSchwimmkissenやSchwimmringやRettungsring、魚類の体内の器 官はSchwimmblaseだ。

 ドイツ語の多義語も臼本語の複数の語に対応する場合が多い。Mannや Frauはそれぞれ「男」と「女」という意味の他に「夫」と「妻」の意昧をも

ち、日本語では区別されなければならない。.Filmなら「フィルム」と「映画」

のふたつだし、Birneなら「梨」と「電球」だ。 Schokoladeは「チョコレー・

ト」、それから同じカカオが原料の「ココア」が対応する。Glasなら素材とし ての「ガラス」と製品としての「コップ」や「グラス」5のふたつの意味で、

やはり、日本語では複数の語彙が対応する。

 多義語が別の言語の複数の語に対応するという原則は単純なのだが、多義 語かそうでないかは場合によっては微妙で分かりにくい。郁文堂和独辞典で

は「とげ」がサボテンやバラのとげなどの植物組織としての意味と指などに 刺さる木やガラスの破片などのふたつの意味の多義語であることが見逃され ているようで、「指にとげが刺さった」がIch habe mir einen Dorn in den Finger gestochen.とDornを使う例しかない。これだと、うっかりバラを手 でっかんでしまったような場合にしか使えない。指に刺さるとげは「入や動 物のからだにささった、はり状の木片など」(例解新国語辞典)であり、Split−

terを使ってSie hat einen Splitter im Fing砿(WUW)のように使うのが正 しいようだ。

3.言語間で生じる多義性

 これまでi扱ってきた多義語は単純な意味の多義語だった。しかし、逆説的 な言い方になるが、多義語ではない多義語もある。その醤語では多義語では ないのに別の言語に移すと多義性が生じる場合である。例をあげると、英語 のclockとwatchの区別をこの区別のない言語にもっていったときの多義 性のことである。ドイツ語のUhrも日本語の「時計・」も英語に直すとclock

とwatchに分かれる9だからといってUhrにしても「時計」にしてもclock とwatchのふたつの意味をもつ多義語ではない。少なくともそれぞれの言語 内で考えればそうである。しかし、英語から見ればUhrにしても「時計」に しても多義だと雷えないこともない。このような意味での多義性というか擬

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似多義性は言語間では頻繁に生じる多義性であり、ふたつの言語のあいだで 語彙の対応関係が複雑になる原因の主要なものであると私は考えている。

 言語間で生じる多義性について述べるのに以下では動植物の分類がらみの ものをもっぱら対象にした。動植物の分類は、それぞれの言語で科学的な分 類とも違う独自の分類をしている部分が少なからずあってζその言語の分 類、別の言語での分類、科学的な分類学上の分類の三者が重なりはあるもの

のかなり複雑な関係になっている反面、動植物が文化の外に存在する具体的 対象で扱いやすいし、動植物の分布範囲が重なれば学名を手掛かりにそれぞ れの言語での動植物の名称を正確に知ることが可能であるし、分類学にもと つく客観的な基準で動植物の類似性について判断できるなど厳密な研究をす すめることができる。したがって、動植物の語彙は対照研究をすすめるのに 調査が容易で有利な対象である。

翻 EuleとKauzとUhuとフクロウとミミズク

 まず、対応関係が非常に複雑で一筋縄ではいかない場合をあげておこうe 日本語とドイツ語のフクロウ類の分類だ。両言語ともこの分野では独自の分 i類をしていて複雑極まりない。ドイツ語ではEuleとKauzとUhuの3つが あって、日本語にはフクロウとミミズクの区別がある。ミミズクは耳のよう に見える飾り羽が頭部にあるものを言い、耳羽がないのがフクロウだ。Uhu と呼ばれる鳥の仲聞は世界には10種ぐらいいるのだそうだが、ヨーロッパに は1種だけで、このEurasi atischer Uhuの学名はBubo buboで、この鳥は 日本にもまれに飛来して、ワシミミズクという和名がある。それでは、ミミ ズクはUhuのことかと思うと違うらしい。動物事典SDTの説明だとUhu

というのはワシミミズクと同じ属の鳥のこととしてある。日本で見られる他 のフクロウ類の鳥ではワシミミズクの近縁種にシマフクロウ(フクロウとい

う名のついたミミズク)がいるが、学名がBubo blakistoniとしてあったり Ketupa blakistoniとしてあったりして属名があいまいなのだが、少なくとも 他にはBubo属はいない。だから、コノハズクやもっとも典型的なミミズクの オオコノハズクなどのミミズクはUhuではないことになるわけだ。したがっ て、Uhuとはミミズクのこととは単純に言えないことになる。それから、こ の耳羽であるが、Kauzと呼ばれる仲間にはないとされている。それでは日本 語で言う広義のフクロウがKauzかというと、これも問題があるようだ。

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Kauz以外にも耳羽のないフクロウ類の鳥がいるからだ。 SDTではSchnee・

Eule(和名がシロフクロウで北海道に飛来することがある)にも耳羽はない し、Kanincheneuleにも耳羽はないとなっている。したがって、 Kauzはすべ てフクロウだとは言えても、フクロウはすべてKauzだとは言えない関係で ある。ただ、耳羽のあるフクロウ類についてはドイツ語にも「耳のフクロウ 類(Ohr・−Eule)」という言い方もあるから、これだったら日本語のミミズクと 同じ概念をあらわしている語だろう。一方、.ドイツ語のEuleとKauzだが、

科学的な分類はいざ知らず、言語的にはたんに大小の区別をしているようで ある。日常語辞典DBWではEuleの語義説明に「比較的大型の鳥」があり、

Kauzでは「比較的小型の鳥」になっている。大小の区別は日本語のフクロウ i類にはなく、したがって、フクロウi類はドイツ語ではEuleとKauzに分かれ るということであり、ミミズクi類は前記のUhuとEuleとKauzに分かれる ということになる。それから、Kauzの語義説明では「Euleと近縁の鳥(der Eule verwandter Vogel)」としていて、 Kauzが日常語ではEuleの下位語で

はなく、対立する別の概念を表す語という解釈だ。もうひとつ付け加えるな ら、日本でたんにフクロウと呼ばれる狭義のフクロウはドイツを含めた中央 ヨーロッパにも生息している。このStrix uralensisという学名の比較的大型 の鳥はドイツ語ではHabichtskauzとよばれ、かなり大型であるにもかかわ

らずKauzだ。ドイツ語のEuleとKauzの分類基準の小型・大型という区劉 はどの辺りにあるのだろうか。なお、Uhuは大型の鳥であることもあってか DBWの解釈だとKauzではなくEuleの一種という説明になっている。

圏 ツツジやバラは「木」ではない?

 日本語の「木」はドイツ語ではBaumとStrauchに分かれる§Strauchは 独和辞典をしらべると「灌木」と出ていて、灌木なら木の一種であり、ドイ

ツ語でもそうなっていることを期待してしまうが、StrauchはBaumの一一Pt などではなく、Baumとは独立した概念を表す語のようである9 Strauchが Baumの一種ならStrauchの辞書の定義にBaumが出てくるはずだが、その

ような独独辞典は見当らない。DBWのStrauchの定義はPflanze mit

mehreren an der Wurzel beginnenden holzigen Stengeln und vielen Zweigenだ。つまり、 StrauchはPflanzeつまり「植物」とされているわけ であるが、Baumという語は使われていない。一方、日本語の灌木は間違い

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なく木である。灌木の国語辞典の定義には木が出てくる。例解新国語辞典で は「『低木』のこと」と出ている。あらためて「低木」をしらべると「あまり 高くならない樹木、幹は地面近くでえだわかれするものが多い。ツツジ・ア ジサイなど」と説明している。Baumがツツジやアジサイやバラなどの灌木・

低木を含まない語だとしたら、Baumの独独辞典の定義はどうなのか気にな るところだが、やはり、低木を排除するような語義が与えられているようだ。

DBWではgroBes Gew琶chs mit einern Stamm aus Holz, aus dem Aste wachsen, die sich in Zweige(mit Laub oder Nadeln)teilenとなっていて、

語義説明のなかでBaumは「大きな植物で、幹から枝分かれする」と説明さ れている。それではブナの苗木はどうなるのか、これはBaumではないのか

ということにもなるが、言語の分類は特殊な場合は想定していないというこ となのだろう。要するにドイツ語のBaumは「喬木」や「高木」の意味とい うことになるのだが、使われかたは科学用語の喬木や高木と違ってむしろ

「木」と同じ一般語彙である。

 ところで、盆栽を例に出すまでもなく、実際の木には媛性のものもあるわ けで、小さくても根元から枝分かれしていないようなものもあるわけだし、

根元から枝分かれしている低木でも著しく小さいものもあるだろう。專門語 としてはこういう場合にZwergbaumやZwergstrauchを使うらしい。

DGW8でBonsaiをしらべると、このZwergbaumを使って説明している。

圏 RatteやKaninchenはMausやHaseみたいに見える動物

 ドイツ語でMausとRatteと区別している動物を日本語ではネズミとひ とまとめにとらえている。MausもRatteも日本語ではネズミなのに、ネズミ はドイツ語ではMausとRatteに分かれるのだから和独辞典がこんな場合 に頼りにならないのは仕方のない面もある。コンサイス和独辞典やLLJでは なんの説明もなしにRatteとMausが列挙してあるだけだし、郁文堂和独辞 典ではネズミとして出ているのがRatteで、ハツカネズミとしてMausがあ

げてある。ネズミはすべてRatteと言ってよいかのように受け取られかねな い書き方だ。いろいろ調べて見ると、ドイツ語圏で見られる小さなネズミの 種類にHausmaus, Waldmaus, Zwergmausなどがあって、これらのネズミ のことをMtiuseと醤うらしい。もともとヨーロッパに生息していたのはこ のような小さなネズミだけである。それに対して、もともとはアジアにいた

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ネズミで現在は世界中に分布している比較的大型のHausratteやWander.

ratteというネズミがいて、これをドイツ語ではRattenと呼んでいるらし い。おそらく、ドイツ語を母語とする人たちがMausかRatteか決める場合 に自分たちの知っているこれらのネズミとの類似性から判断するに違いな い。実は私たちの身の回りにいるドブネズミの学名はRattus norvegicusと 言うが、このネズミのことをドイツ語ではWanderratteと言っている。また、

日本にもニッポンクマネズミという亜種がいるクマネズミは入家の天井裏や 船などを根城にしているネズミらしい。クマネズミの学名はRattus rattus

でこれがHausratteのことであり、ドブネズミ以前にヨーロッパに移住して ペストの媒介をした悪名高きネズミである。したがって、Rattenはドイツ語 圏のひとびとにとってもドブネズミやクマネズミのことで、ドイツに生息す るものと亜種としての相違はあるとしてもほとんど同じネズミである。一 方、

Mtiuseであるが、ドイツにいる平凡なHausmausの学名はMus musculus というがこれはまさにハツカネズミのことである。ただし、日本語の日常語 でハツカネズミというと「家ねずみの一種。からだは小型で、色は白または灰 黒色のネズミ。生物実験用・愛玩用」(新明解国語辞典)というところだろう が、生物実験用・愛玩用の畜養種はハツカネズミとは言わずに中国産のハツ カネズミから派生した畜養種にはナンキンネズミを使い、欧州産ハツカネズ ミから派生した畜養種はマウスを使うのが正式らしい。本来の野生のハツカ ネズミは白色ではなくミ゜色合いは地域によって多少異なるらしいが灰色が基 調のネズミらしい。ドイツ語圏の代表的野ネズミのWaldmausであるが、こ れは単一の種を表す言い方ではなく、森に住むApodemus属のネズミの総称

らしい。とくにGroBe Waldmausと言われるGelbhalsmaus(Apodemus flavic◎11is)やKleine Waldmausと言われるFeldwaldmaus(Apodemus sylvaticus)が代表的らしい。°日本の山野にもApodmus属の野ネズミがいる。

アカネズミ(Apodemus speciosus)やヒメネズミ(ApQdemus argenteus)

である。ヒメネズミは平凡社世界大百科事典ではFeldwaldmausに近縁のネ ズミとされている。

 LGDaFのR就teの定義のしかただが、 ein(Nage)Tier mit einem d伽nen Schwanz, das wie ei嶽e groBe Maus aussiehtとなっていて、 Mausだとは書 かずに「大きなMausのように見える尻尾の細いげっ歯類の動物」としてい

る。MausとRatteが別の動物であることを前提にした書き方である。ドイツ

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語の日常語としては両者をまとめる上位語はない。ただし、科学的な分類で RatteとMausをまとめる場合はMausで代表させることになるようだ。動 物事典SDTでMauseをしらべると、 H ausratteやWanderratteもHaus−

mausやWaldmausやZwergmausなどとならんでMtiuseとして記述され

ている。

 日本語でたんにネズミと言っている動物をドイツ語では2種類の異なる動 物とみなしていた。同様に、日本語でウサギと呼んでいる動物の仲間をドイ

ツ語ではHaseとKaninchenのふたつに分けている。コンサイス和独辞典で はウサギはKaninchenとされ、「野兎」がHaseとなっている。現代和独辞典 では「野生のウサギ」がHaseで「家兎」がKaninchenだ。郁文堂和独辞典 の記述はコンサイス和独辞典とは反対でウサギはまずHaseとされ、「家兎」

がKaninchenとされててる。 DBWでKaninchenを調べてみると、 dem

Hasen Xhnliches, wild und als Haustier gehaltenes SXugetierとなってい て、Kaninchenは家でペットとして飼われることもあるウサギだとしている のだが、Kaninchenにも野生のKar丘nchenがいることが述べられている。そ れから、DBWのKaninchenの定義でとくに印象的なのは、 Kaninchenが Haseだとは書いていない点である。これはRatteがMausだと書いてな かったことと同じことである。Ka㎡鷺chenとHaseは別の動物なのだが、

「KaninchenはHaseに似ている哺乳動物」だと述べているわけだ。似てい るというのは違う動物だということを前提にした定義のしかたである。ノウ サギとイエウサギ(カイウサギ)はしろうとの私たちはその命名もあって誤 解してしまいがちだが、イエウサギを家畜として飼い馴らしたものがイエウ サギではない。イエウサギの先祖はヨーロッパのアナウサギである。アナウ サギとノウサギでは科も違っていて、人工交配も不可能なくらい異なってい るウサギらしい。ドイツ語では野生のアナウサギもイエウサギもKaninchen と言っている。日本のノウサギの学名は平凡社の世界大百科事典ではLepus timidus、図鑑『日本の哺乳類』ではLepus timidusの近似種でLepus

brachyurusとされている。 Lepus timidusは北極圏から温帯にかけてユーラ シア大陸北部やアメリカ大陸に広く分布しているらしい。『日本の哺乳類』の 解釈でも北海道のウサギはLepus timidus ainu(エゾユキウサギ、エゾノウ サギ)となっていて、L,epus timidusの亜種という扱いだ。ドイツ語でSchnee−

hase(文字通り訳せばユキウサギ)と呼ばれるウサギがLepus timidusであ

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る。ドイツ語圏でHaseといえば代表的なのはこのSchneehaseとFeldhase

(Lepus europaeus)だから、日本のノウサギとドイツ語圏のHaseは少なくと も同属であり、ほぼ同じような実体をさしていると見てよい。なお、科学的 な分類ではKaninchenとHaseは同じウサギ科の哺乳動物となるわけで、ウ サギ科の動物という意味ではHaseを使うことになるらしい。動物事典SDT の説明だと、Hasenはほぼ世界中に分布している哺乳動物で、主なHasenと してSchneehase, Feldhase, Kaphase(Lepus capensis)とならんでWild−

kaninchen(Oryctolagus cuniculus,アナウサギ属)をあげている。というこ とは、日常言語ではKaninchenはHaseだとは言えないわけだが、科学的分 類ではKaninchenもHase(ウサギ科の哺乳動物)の一一種ということになる ようだ。日本語の「ウサギ」の場合は意味はさらに広く、平凡社の世界大百 科事典のウサギの定義は「ほ乳類のウサギ目に属する動物」となっている。

ウサギ目の動物となるとウサギ科のほかにナキウサギ科もふくむわけだが、

ドイツ語では、専門語になってしまうが、HasenartigeやHasentiereが対応

する。

■ ハチに刺されないドイツ語

 標題の意味は、ハチに刺されてもそれをドイツ語ではそのまま表現するこ とはできないということである。なぜかというと、ドイツ語にはハチを表す 語がないからだ。次の図は日常語を中心にした基礎語彙の意味記述を中心に

した辞書DBWからのものだ。

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なるほど、ここには日本人の私が見るとどう見てもハチだと思われる昆虫が 4種類出ている。それではこの図全体についている工nsektenという語がハチ のことだろうか。実は、この語はハチではなくて昆虫どいう意味なのである。

どうしてこうなるかというと、ドイツ語の世界ではハチは日常語としては4 種類区別されるが、ハチをまとめる語はないからだ。ハチはドイツ語では Biene, Wespe, Homisse, Hummelの4種類に分類されているのだけれど、

この4種類の上位の分類概念が欠けているわけだ。この4種類はおおよそ(1>

ミツバチ、(2)アシナガバチのような小型のスズメバチ科のハチ、③大型のス ズメバチ、(4)マルハナバチに対応している。DBWの定義ではWespeとはミ

ツバチと似ている昆虫(einer Biene ahnliches Insekt mit schlankem, nicht behaartem Kδrper und schwarzgelb gezeichnetem Hinterleib)であり、

HornisseはWespeと似ている昆虫(groBes, der Wespe ahnliches Insekt mit schwarzem VorderkOrper und gelbgeringeltem Hinterleib)となって いる。「似ている」というのは、RatteやKaninchenのところでも述べたが、

2種の動物の違いを前提にした定義のしかただ。

 ところで、ドイツ語ではハチを4種類に区別しているわけであるが、英語 ではbeeとwaspとh◎rnetの3種類になるようだ。マルハナバチなどのミツ バチ科の大型のハチを指すらしいHummelは英独辞典をしらべるとbum−

blebeeとかhumblebeeと出ている。このbumblebeeだが、 American Heri−

tage DictionaryでしらべるとAny of vari◎us large, hairy bees of the genus B◎mbus.と出ているから、英語の世界では大型のミツバチと考えられ

ているようだ。

 多義語ではない日本語のハチはこのようにドイツ語では4つの意味の多義 語になってしまうわけで、ハチに刺されたと言ってもどのハチか特定しなけ れば表現できない。ただし、科学的分類を行う場合にはどうもHumme1と Bieneの区別およびWespeとHornisseの区別はされず、それぞれ、 Bielteと Wespeで代表させることになるようだ。つまり、科学的分類ではHumme1も Bieneの一癒だし、 H◎rnisseもWespeの一種だということになる。ドイツ語 ではハチについて無用の区別をしていて、日本語のハチのほうが合理的な分 類をしているように思えるが、この日本語のハチという概念も科学的な分類

の見地からはかなり奇妙な分類であるらしい。なぜなら、ハチとアリを区劉 しているからだ。科学的な分類では各種のハチとアリの仲間が一緒に膜翅目

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という昆虫のグループを構成していて、このグループがまずハチとアリに分 かれるということはないからだ。

翻 エビという分類概念がないドイツ語

 日本は世界一のエビ消費国で台湾やインドやインドネシアや中国などから 大量のエビを輸入しているのだそうだが、日本人のエビ好きをドイツ語で説 明しようとすると、これがかなり難しい。事情はハチの場合と同じである。

ドイツ語にはエビという言葉がないのである。あるのは細分化されたHum−

merとLangusteとGameleの3つ11だ。だから、エビの話をドイツ語でする 場合はどのエビのことを言っているのかはっきりさせないと話はできない。

それで、どのエビがHummerで、どのエビがLangusteで、どのエビがGar−

neleなのか。イセエビの料理にロブスターとかジャンボロブスタ・・…一と書いて いるレストランがあったりする。私はだから伊勢エビのことをロブスターと 言うのだとずっと思い込んでいたのだが、独和辞典でLangusteをしらべる

と「伊勢エビの類」となっていて、Hummerが「ウミザリガニ」または「ロ ブスタ・ww−・v」となっている。こうなると奇妙だ。伊勢エビはロブスターで、

Hurnmerもロブスターなのに、伊i勢エビはHummerではなくLangusteで ある。いったいどういう関係なのだろう。レストランと辞書のどちらかの記 載が聞違っていると考えたのだが、どちらも間違っていなかった。要するに レストランのロブスターは英語のlobsterから来ているのだが、英語でlob−

sterと呼ばれる大型のエビはドイツ語のLangusteもHummerも包括する 概念をあらわしているようだ。EncartaではIobsterとしてアメリカンロブ

スター(Homarus americanus)やヨー『ロピアンロブスター一(Homarus vulgarisi2)やヨーロッパアカザエビ(Nephrops norvegic駁s)の記述をした あとでspiny lobsterあるいはrock Iobsterと呼ばれる別のタイプの1ebster にふれている。このspiny lobsterあるいはrock lobsterと呼ばれるロブス ターこそ日本のイセエビと同じタイプのエビのことで、これがドイツ語の Langusteなのである。つまり、HummerとLangusteだが、どちらも大型の エビでカニのように硬い甲羅の歩行類のエビz3だ。加えてどちらも美味なエ

ビだ。しかし、Humrnerは大型のハサミを2本もっているのに対してLan−

gusteと呼ばれるエビはハサミのないエビなのである。

 Langusteにはそのかわり根元が太く発達した第2触角がある。日本近海に

(132)9ヱ

(14)

は大型のハサミをもった海産のエビはいないようで、平凡社大百科事典の甲 殻類の図版にもそんなエビは存在しない。淡水には比較的小型だが、ザリガ ニやアメリカザリガニがいるきこのザリガニを大型にしたような海産のエビ がHummerになるわけだ。ところで、 HummerとLangusteは大きなハサミ の有無で区別できるわけだが、ヨーロッパにしてもアメリカにしてもハサミ のあるHummerのほうがふつうのエビらしく、DBWの説明の仕方は私の想 定したものと逆だった。つまり、Hummerにハサミがあることを記されてい

るのではなく、Langusteにハサミがないことが書かれていた。

 HummerとLangusteに続く第3のエビの種類Gameleは歩行類ではな

く遊泳類のエビで、泳ぐのを得意としている中型や小型のエビのことである。

エビの消費大国である日本で主に食べられているのはこのタイプのエビであ る。ただし、日本で食べられているこのタイプのエビはクルマエビにしても 大正エビにしてもブラックタイガーにしてもPanaeus属(クルマエビ属)の エビで、日本で食品として重要なのはクルマエビ属に集中しているのだが、

ドイツなどで食用になっているエビはクルマエビ属ではなく、種類が異なる ようだ。Nordseegarnele(Crangon crang◎n)はCrangon属1sだし、 Ostsee・

garnele(Palaemen squilla)とFelsengarnele(Palaemon serratus)とStein−

gamele(Palaemon elegans)はPalaemon属z6である。

 エビという分類概念はドイツ語にはないのであるが、エビやザリガニやカ ニを合わせた甲殻類についてはKrebstierやKrustentierという語がある。

また、日本語にはない奇妙な分類概念、甲殻類や二枚貝類などを合わせた上 位語がある。「殻の動物」という言い方でSchalentierと言う。

圏 イカもTintenfisch,タコもTintenfisch

 日本語では「タコ」と「イカ」の区別をする。どちらも墨を出す共通性が あることは日本人なら多分誰でも知っているから「タコ」と「イカ」の類似 性を理解するのは容易であるはずなのに、日本語に「タコ」と「イカ」とい う区別があるため外国語でも当然その区別がなければならないものと想定し てしまいがちである。したがって、独和辞典の記載もドイツ語を記述するは ずのものでありながら、H本語の分類を持ち込んでしまうことになるのだろ う。新現代独和辞典でTintenfisch(文字通り日本語に移すと「インクの魚」)

をしらべると、頭足類という国語辞典ならおよそ使われないような専門語も

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使い「頭足類;(とくに)イカ」と「タコ」を明記していない。マイスター 独和辞典なら「イカ〔鳥賊〕;頭足類」と順序が入れ代わり、難しい漢字を使っ た言い方が出ているが、タコに関する記載はやはり見当たらない。そういう わけで、私はTintenfischというのはイカのことだとずっと思い違いをして いたようだ。タコならOktopusである。それが、ノルウェー一のベルゲンで水 族館に入ったときのことなのだが、紛れもなく大きなタコの水槽があったの だが、その説明がドイツ語でTintenfischとしてあった。これは間違いだろう と思って、ドイツ語のネイティブスピーカにそのことを確認したのだが、間 違っていないという。Tintenfischを英独の共同作業でつくられたCollins German Dictionaryでしらべると、 cuttlefish;(Kalmar)squid;(achtarmig)

octopusとしてあり、イカを優先させる記述は見られない。それどころか、こ の語が甲17のあるイカやないイカそれからタコの三者を指す語だと明記して いる。LGDaFの記述ではTintenfischはein Tier, das im Meer lebt, acht Arme hat und bei Gefahr eine dunkle Fl廿ssigkeit ausspritztとなっていて、

Tintenfischが八本足の動物としてあって、これではイカではなくタコしか 指さないことになるが、たんなるミスで、むしろタコとイカの区別がそれほ ど一一般的ではないドイツ語圏の事情を示すものだろう。Tintenfischという のは少なくとも現在ではイカもタコもさして使われる語のようである。実は 独和辞典に出てくる頭足類というのはイカもタコもさす専門語なのである。

したがって、そうなると、独和辞典の記載は間違ってもいないことになるが、

不適切であることは否めない。日本では誰でもタコは知っているのだから、

難しい専門語を使う必要はまったくなく、「イカ・タコ類」とでも書けばよい

からだ。

 それにしても、Tintenfischがとくにイカを指すという記載はどこから来 たのだろうか。しらべてみると、Tintenfischが狭義でコウイカを意味すると いう記載なら見つかる。MELのTintenfischeの項にはim weiteren Sinne soviel wie Kopf鰯er;im engere簸Si㎜e soviel wie Sepien(vor allem Sepia◎fficinalis)と出ている。広義で頭足類(KopffttBer)、狭義でコウイカ 類(Sepien)、とくにSepia officinalisという学名のコウイカと出ているわけ だS8 MELはもうかなり内容の古い百科事典であるが、辞書や事典の記載は 往々にして保守的な傾向を示すものであるから、最近のものでもTinten−

fisch :コウイカ説を支持する記載もあるようだ。動物事典のSDTのTinten一

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fischもvolkstUmliche Bezeichnung fttr die Sepien、つまり「コウイカ類の 俗称」としている。

 タコやイカは現在ではドイツ語圏の人にとって珍しい食物ではなくなっ た。ギリシャ料理やイタリア料理やスペイン料理がこれらを使うからだ。雑 誌STERNにTintenfischの料理記事が載ったことがあるのだが(Nr.44/

1994)、そこでは3種類のTintenfischeが区別されていた。 Krake(Oktopus>

とSepien、それにKalmare(Calamaris)だ。 KalmareはSTERNの記事で はコウイカに近い味としているが第3のTintenfischとしての扱いを受けて いる。ドイツ語の世界でも英語の世界同様にイカを2種類に分類するように なってきているのだろうか。ところで、日本のスルメイカ(Todarodes pacificus)やヤリイカ(Doryteutis bleekeri)やアオリイカ(Sepioteuthis lessoniana)はコウイカ類ではないからKalmareということになるのだろう

と思うが、ヨーロッパには似たイカはいないのか、KalmarとしてSDTがあ げているものと同属のイカはない。たとえば地中海や北大西洋に生息する Kalmarの普通種Gemeiner Kalmarの学名はLoligo vulgarisだ。 Ame−

rican Heritage DictiGnaryでsquidをしらべると、 Loligo属やRossia属お よび近縁の属のものをsqUidと言うとしているが、ドイツ語のKalmarも英 語のsquidと同様の分類であれば、ヤリイカやスルメイカなどはKalmarで

はないことになってしまいそうだが、どうなのだろう。

薩 日本人は「カタツムリ⊥を食べるか?

 アワビやサザエやカワニナやタニシなどは巻貝であるが、「巻貝」を現代和 独辞典でしらべると、Kreiselschneckenと出ている。このKreiselschnecken は動物事典のSDTには出ているが、 DGW8にさえ出ていない専門語のよう で、巻翼はふつうは単にSchneckeと呼ばれることになるようだ。実はこの Schneckeというのは独和辞典では「カタツムリ」となっている語で、おそら くそのために和独辞典ではSchneckeと書くのがはばかられたのだろう。独 和辞典をいくつか調べてみたが、どれもSchneckeでは「カタツムリ」や「ナ

メクジ」としか出ていない。巻貝もSchneckeだという点がこれまで見逃され てきたのは、日本人はアワビやサザエなどの巻貝なら食べるが、カタツムリ は食用にしないし、日本語では巻貝は二枚貝と同じ貝であって、貝はカタツ ムリとは共通性のないまったく違う動物だという先入観のためではないだろ

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うか。動物事典のSDTでSchneckenをしらべると、世界申に10万種以上い て、海にも淡水にも陸にもいる1mmから60 cm象での大きさの軟体動物と 書かれている。また、DDUWのCD−−ROM版で記載内容にSchneckeが出て

くる箇所を検索させると、なめくじのNacktschneckeと食用カタツムリの Weinbergschnecke以外はすべて海の巻貝で、タカラガイ科の貝はPor2eL lanschneckeだし、この中で貝貨として使われたりして有名なMonetaria moneta  (Geld−Kaurischnecke>やM◎netaria annulus  (Ring−Kauri−

schnecke)などを含むMonetaria属の貝のことをKauriまたはKauri・

schneckeと言っているようだ。それから、ホラ貝のTritonshornの説明でも

Schneckeが使われ、ホラ貝の別名はTrompetenschneckeだ。この他 PurpurschneckeやStrandschneckeという巻貝がDDUWの見出し語にあ

り、語義説明でSchneckeが使われていた。日本語では巻貝とカタツムリは別 の動物だと書いたが、分類学上は同じ腹足綱(Gastropode, BauchfUBler)の 仲間で、二枚貝の二枚貝綱(Bivalvia)とは別のグループをつくっている。な お、「カタツムリ」は例解新国語辞典にはちゃんと「陸にすむ巻き翼の一種」

と書いてあった。

 一般に日本語の「貝」に対応するドイツ語はMuschelということになって いるが、ドイツ語では上に述べたように巻貝はカタツムリ同様にSchnecke である。したがって、ドイツ語でMuschelと呼ばれる貝は二枚貝だけだから 日本語の「則とドイツ語のMuschelも完全には対応していないことになる。

意味内容だけを問題にすれば、Muschelに対応するのは「二枚貝」というこ とになるが、「貝」は日本語の一般語彙、「二枚貝」は一般語彙というより科 学用語で、ドイツでは日常語であるMuschelと「二枚貝」が全く同じ意味だ

とするのも問題がないわけではない。日本語の日常語の「翼」は腹足綱の一 部と二枚貝綱を合わせた概念で、分類学的に見ると相当奇妙な分類をしてい

ることになるが、言語の分類というのは科学の分類とは必ずしも一致しない ものなのだろう。なお、専門家の中には「貝」をイカやタコなども含め軟体 動物というぐらいの意味で使い、日常語とかけ離れた意味で理解しているひ

とがあるようだ。

麟 カレイとヒラメの区別は難題である

 1995年3月、カナダはニュー一ファンドランド島沖でスペインの漁船を違法

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操業として寧捕し、EUとカナダのあいだの政治的な問題に発展した。この漁 船がとっていた魚はドイツ通信社(dpa)のニュースによるとSchwarzer Heilbuttといって「オヒョウY9の一一Ptのようだが、これについて日本の新聞 を読んでいたら訂正の記事をつけていたのが厨に入った。ヒラメの一一njでは なくカレイの一種だというのである。カレイとヒラメはよく似ていて同じ仲 間の魚なのに名前が全く違うせいで必要以上に区別されているのではない か。完全に同じ魚でないのならカレイの仲間はヒラメの仲間の魚でもあるは ずだ。最初はそう考えたのだが、カレイとヒラメの問題は分類学上はもう少

し整理できそうである。

 まず、和独辞典でしらべてみた。予想はついたことだが、カレイとヒラメ については和独辞典はあまりあてにならないようだ。

表1 カレイとヒラメ

カレイ ヒラメ

現在和独辞典 Scholle Butt

コンサイス和独辞典 Plattfisch,(Stein)butt Flunder, Scholle

郁文堂和独辞典 Scho11e Scholle, Plattfisch

Plattfischという語はカレイ類やヒラメ類の分類をする上で一番意味の広い 言葉で、カレイ欝の魚という意味である。したがって、カレイもヒラメも間 違いなくPlattfischだ。 Scholleになると、広い意味ではカレイ科の魚、狭い 意味ではカレイ科の特定の魚でGoldbutt(Pleuronectes platessa)と解まれ る魚のことである。カレイ目には4つの科があるとしている文献と6つの科 があるとしているものがあるのだが、いずれにしても、そのうちのひとつが カレイ科(Pleuronectidae)でイシガレイ(Kareius bicoloratus)など日本 でカレイと呼ばれているものやオヒョウなどはすべてこの科の魚のようだ。

ドイツ語の世界でもカレイ科の魚には上記のGo1dbuttやHeilbuttの他に

Flunder(Butt, Elbbutt, Platichthys flesus)やKliesche(Limanda limanda)

がいる。カレイ目にはまたヒラメ科(Bothidae)があって、 EI本やドイツで はカレイ科の魚が羽振りがいいので信じ難いのだが、CIEによれば世界全体 ではカレイ目の最大派閥らしいき゜日本でヒラメと呼ばれる種(Paralichthys olivaceus)はもちろんヒラメ科の魚だ。ドイツにはヒラメ科の魚はいるので

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あるが、ヒラメと同じ属のものは事典類には記載されていない。違う属だっ たらSteinbutt(Turbot, Scophthalmus maximus2i)やGlattbutt(Kleist,

KleiB, Scephthalmus r◎Mbus22)が有名だ。なお、 Steinbuttは広義ではStein・

buttと同属の魚(Scophthalmidae)の意味にも使えるようだ。

 ヒラメについてドイツ語と日本語の対応をまとめてみよう。狭義のヒラメ

(Paralichthys olivaceus)はドイツ近海にはいないようだ。だから、狭義の ヒラメを過不足なくドイツ語で表現することはできない。また、広義のヒラ メ、つまりヒラメ科の魚(Bothidae)にぴったりのドイツ語もない。広義の Steinbuttもヒラメ科の一部を表しているだけだ。したがって、カレイ(類)

とヒラメ(類)の区別はドイツ語では適当に表現する手段はない。和独辞典 の記載が矛盾に満ちているのも無理はない。

騒 アヤメとカキツバタの違いはモクレンとコブシの違い

 アヤメとカキツバタとハナショウブの区溺もカレイとヒラメの区別のよう に命名によって区別されているために、実際はしろうとには見分けがつかな いくらいの同じ仲間の植物であるのに名前が違うためこの区別が外国語でも 当然あるべきだと考えられてしまっているようだ。和独辞典でアヤメやカキ ツバタやハナショウブをしらべてみると、SchwertlilieやIr量sが出てくるの であるが辞書によって記載内容に食い違いがある。ある辞書ではカキツバタ がIrisになっている。別の辞書ではアヤメのところにIrisが書いてある。

Schwertlilieとlrisの区別もはっきりしないし、いったいどちらがlrisでど ちらがlrisではないのか。アヤメはSchwertlilieと言えてもIrisとは言えな いのか、和独辞典の記載はこういった疑問に答えるだけの内容になっていな

いo

 Schwertlilie}こしてもIrisにしても日常語とは言えないのか、 DBWの見 出し語にはなっていない。ジャーマンアイリスとかドイツアヤメと銘打った 園芸種が花屋さんの店先に存在するから、これは少し意外だった。DBWには チューリップ(Tulpe)やユリ(Lilie)やバラ(Rose)やグラジオラス(Gladiole)

やクロッカス(Krokus)なら出ているから、花の名前が出ていないというわ けではなさそうである。DGW8でIrisをしらべると、たんにSchwertlilieで 置き換えている。Schwertlilieをしらべると、「剣状の葉のユリ」という命名 の由来を説明したうえでIrisをあげているき3詰まるところ、 Schwertlilieと

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Irisには意味の差などないようである。また、日本のアヤメとカキツバタとハ ナショウブの学名は、アヤメがIris sanguinea、カキツバタがIris laevigata、

ハナショウブがlris ensata var. ensataである。この3つはすべてアヤメ科 アヤメ属だ。ジャーマンアイリスと日本で呼ばれている園芸種もアヤメ科ア ヤメ属だ。したがって、アヤメもカキツバタもハナショウブもジャーマンア イリスも、どうやら、ドイツ語ではすべてIrisあるいはSchwertlilieと言う しかないようだ。

 また、コブシもモクレンもハクモクレンもタイサンボクも日本語では名前 が違っていて、別の植物という扱いである。しかし、ドイツ語で対応するの

はMagnolieひとつしかない。日本語のように相互に関連のない命名だと見 逃されることもあるが、すべてモクレン科モクレン属の植物だ。コブシの学 名はMagnolia kobus、モクレン(シモクレン)の学名はMagnolia liliflora、

ハクモクレンはMagnolia denudata、タイサンボクはMagnolia 9randiflora

だ。

翻 野生の動物と家畜を名前で区別する日本語、区別しないドイツ語

 野生のイノシシが家畜化されたものが豚で、野生のマガモが家畜化される とアヒルになり、野生のガンが家畜化されるとガチョウだ。これらの場合、

日本語では野生のものと家畜は全く違う名前で呼ばれている。そのことと関 係していると思うのだが、たとえばイノシシはブタの原種であり、ブタの先 祖であってもブタとはもはや異なる別の動物であると理解されているのでは

ないだろうか。・・・・・・…方、ドイツ語ではアヒル(Hausente)やマガモ(Stockente)

やオシドリ(Mandarinente)などの水鳥はすべてEnteと呼ばれるし、ハイ イロガン(Graugans)やこれをもとに作られたガチョウ24もどちらもGansで ある。また、豚とイノシシの区別はされることはされるのだが、日本語のイ ノシシのように全く違う言葉が使われるのではなく「野豚」という言い方の Wi ldschweinが使われる。しかも、この野豚という言い方のイノシシはドイ ツ語の世界ではブタの一一種と考えられているようである。DGW6でWild−

schweinをしらべるとr野生のブタ(種類はいくつかある)」(in mehreren Arten v◎rkommendes)wildlebendes Schweinとなっている。また、通常の

ブタはHausschwein(「家ブタ」)と言われることもあるのだが、 Brockhaus

百科事典に付属の絵入り辞典ではHausschweinとWildschweinの図が

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あって、全体にSchweinという題がつけられていた。日本語の場合ならブタ とイノシシの図全体にブタという表題をつけることはとても考えられない。

日本語ではイノシシやアヒルやガチョウだけでなく、生物実験用などのドブ ネズミをダイコクネズミやシロネズミやラットと言ったり、おなじく実験用 のハツカネズミをナンキンネズミやマウスと言ったりするから、家畜化した 動物を野生種と名前で区別しようという傾向があるようだ。反対に、ウサギ のところで述べたように、ドイツ語では野生のアナウサギも家畜のイエウサ ギもKaninchenと言うし、野生種と畜養種を区別しない傾向があると言え

る。

幽 動物と人間の区別がやかましいドイツ語

 動物の語彙と人間の語彙をドイツ語では区別することが多く、動物の語彙 と人聞の語彙をドイツ語ほど区別しない日本語の語彙が「多義語」になって しまう。日本語では動物は必ずしも人間と対立する概念ではない。だから、

新明解国語辞典の「動物」の定義に「広義では人間を含み、狭義では人間を 除く」という説明がはいるわけだ。ドイツ語のTierは違う。ふっう動物と同 義と考えられるTierの独独辞典の定義は「自分で動くことができる」だとか

「感覚器官や神経をもっている」だとか「他の動植物を栄養とする」だとか、

こんな生物学的な定義は顔を出さない。動物は人間との対立で定義されてい る。TierはDBWではLebewesen, das sich vom Menschen durch die

starkere Ausbildung der Sinne und Instinkte und durch das Fehlen von Vemu薮ft und Sprache u捻terscheidetとなっていて、要するに、動物とは「感 覚や本能が人間よりも発達していて、理性と言語を持たない点で人間と異な

る生物」という定義になっている。

 人間と動物の区別を厳格にまもるのはドイツ語の場合広い範囲の語彙にも およんでいる。次の表はそれをまとめたものである。

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表2 動物と人間を厳密に区別するドイツ語

動物・Ti餅 人間・Mensch 日本語の対応

Maul, Schnabel,

@Schnauze,

ereBwerkzeuge,

lundwerkzeuge

Mund ロ,くちばし

Pf◎te, Pranke,

@ Tatze

FuB (くるぶしから先の)

@   足

Kra難e, Klaue, Huf NageI 爪,蹄

Junges Ki籍d ひな,子(供)

Kadaver撃Aas, Tierleiche Ldche 死骸,死体,遺体

fressen essen 食べる

saufe目,重rinken trhken 飲む

eingehen, verenden s電erben 死ぬ

tr哲chtig schwa籍ger 妊娠した

丁ragezeit Schwangerschaft 妊娠期間

 日本語では「口」は人間も動物も共通だ。かなり形態のことなる鳥の「く ちばし」にしても言葉の中に「くち」がふくまれている。ドイツ語では動物 の口は人間の口とはまったく違う語をつかってMau1と言う。辞書のMau1 の語義説明にも人間の口との機能的な一致については触れないままだ。

DBWのMau1の定義はdem Aufnehmen der N ahrung dienende Offnung an der Vorderseite des Kopfes bei manchen Tierenとなっている。動物の 口ならなんでもMaulというわけでもないようである。しかし、辞書には牛や 馬についての用例があるし、魚のロ、かえるの口、ライオンの口はそれぞれ Mau1をふくむ複合語Fischrnau1, Froschmau1, Lδwenmaulがあり、哺乳動 物(Stiugetiere)や魚(Fische)や爬虫類(Reptilien)や両生類(Lurche)

など多くの動物の口はMaulと雷うのであろう。鳥のくちばしはSchnabe1 というまったく形態の異なる語がある。それから、Schnauzeだが、 Duden Vergleichendes Synonymwδrterbuchではこの語は犬やねこなどについて

参照

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注5 各証明書は,日本語又は英語で書かれているものを有効書類とします。それ以外の言語で書

Aの語り手の立場の語りは、状況説明や大まかな進行を語るときに有効に用いられてい

高等教育機関の日本語教育に関しては、まず、その代表となる「ドイツ語圏大学日本語 教育研究会( Japanisch an Hochschulen :以下 JaH ) 」 2 を紹介する。

その結果、 「ことばの力」の付く場とは、実は外(日本語教室外)の世界なのではないだろ

日本語接触場面における参加者母語話者と非母語話者のインターアクション行動お

4.弁論のテーマ: “Coexistence for a Sustainable

 さて,日本語として定着しつつある「ポスト真実」の原語は,英語の 'post- truth' である。この語が英語で市民権を得ることになったのは,2016年