本章では、PSI構想の発展過程として、スペイン会合に続いて「第2回総会」の位置づけ となるブリスベン会合(2003年7月9~10日)及び同会合と同時に開かれたオペレーショ ン作業部会(同)、また、その後、英国のロンドン郊外にあるヘンロー空軍基地で開かれた オペレーション作業部会(同7月30日)、そして、「第3回総会」にあたるパリ会合(同9 月3~4日)までの経緯を扱う。
本章では、主に 2 つのことがらに焦点を当てて分析する。ひとつめは、ブリスベン会合 及びその作業部会で浮上したPSI合同阻止訓練への参加問題である。同訓練はPSI構想を実 現させるための多国間共同訓練であり、現在に至るまで日本の自衛隊も何度も参加、また 主催もしているが、実質的な軍事オペレーションを伴う軍事演習の色彩を帯びており、自 衛隊としてそのような多国間訓練に参加したのは創設以来、初めてのことであった。前章 までに確認した通り、新しいイニシアティブが構想された当初において、防衛庁・自衛隊 はその形成過程から排除され、また、日本政府部内においては当の防衛庁・自衛隊を含む どの組織も、自衛隊の保有する「軍事力(防衛力)」がPSIに使用されることを想定してい なかった。にもかかわらず、なぜ、現在において自衛隊は日本におけるPSI活動の主役のひ とつとしての地位を確立するに至ったのであろうか。また、そこでの「軍事力(防衛力)」
の使用はいかなる法的基盤の上になされることになるのであろうか。
ふたつ目の点は、多国間協議を経て最終的に確立された、創設時におけるPSIの姿を確認 することである。パリ会合によって採択された「政治文書」である「SIP:Statements of Interdiction Principles(阻止原則宣言)」は、法的拘束力こそ持たないが、実質的にPSIの憲
章(charter)としての位置づけにある。現在、PSIが「法執行の枠組」とされていることは
序章でみたとおりであるが、スペイン会合からパリ会合に至る 3 つの「総会」で骨格が固 まったPSIは、はたしてどのような「法執行」を行う機関であるのか、また、執行すべき「法」
を創造、改正する取り組みを含んでいるのかを検証することで、PSIへの参加が日本の安全 保障政策にとってどのような意味を持ったのかを判断する材料としたい。
164
1.ブリスベン会合とオペレーション作業部会
スペイン会合において、米国等の「意欲的」な意図を封じることに専念した外務省を中 心とする日本代表団は、これ以降の会合も、PSIを「既存の法体系」に基づいた「法執行の 枠組」とすることに努力を傾けた。前章で検証したように、PSI活動に従事するのはあくま で法執行機関であり、自衛隊は「蚊帳の外」に置かれていた。
しかし、「法執行の枠組」とはいえ、海上及び航空での捜索、追尾、また何らかの形での
「臨検」作戦を行うのは、各国とも軍が中心になると想定されていた。事実、日本以外の 参加国は、実務上の事柄を議論するにあたり軍事組織から代表団を送ってきた。そして、
各国海軍が参加する多国間の軍事演習の構想が浮上した。これを受け、日本もPSIにおける 自衛隊の位置づけが変わる。日本代表団に正式に防衛庁・自衛隊が加わるとともに、演習
(訓練)参加について極めて積極的な意向を示すこととなった。
(1) 会合内容の説明と防衛庁・自衛隊の反応
スペイン会合の後、代表団の報告は外務省を通じて国内の各省庁に回付された。日本代 表団は外務省の天野審議官の他、毛利事務官、松本事務官の 3 名に加え、経済産業省から 参加した守屋安全保障貿易管理課長で構成されており1、他の省庁は会合の詳しい内容を後 から知ることになった。スペイン会合において、天野審議官らが主張した拡散阻止活動の 主眼は、第 1 段階である「出国」に関するものでしかなく、手続き的にも内容的にも、国 内の法執行機関による輸出管理強化の域を出ていない。しかも、日本代表団の言葉ぶりは、
日本はすでにこの分野で十分な経験とノウハウを有しているというものであり、かかる法 執行活動を参加国それぞれが強化し、また、拡散懸念国との貿易相手となり得る国家群に も拡大していくようアウトリーチ活動をしていくことが、新たに発足したPSI活動の主眼と なるべきであるといったものであった。そして、他の会合参加国に対して、そうした趣旨 の「根回し」まで行ったことは前章でみた。したがって、日本代表団がイメージした如く、
「第1段階」を中心にしたPSI構想になるのであれば、各国海軍や自衛隊等の実力装置の保 有する「軍事力」は拡散阻止活動の主役にはなり得ない。スペイン会合の「対処方針」を 作成する段階で防衛庁・自衛隊が一切の相談に預からなかったことに不満を抱いていたこ
1 外務省総合外交政策局兵器関連物資等不拡散室、2003年6月13日、「拡散阻止イニシア ティブ・スペイン会合(記録)」(2の1)、(外務省開示文書)。
165
とも先にみたが、米国からの呼びかけに際して外務省に集結された各省コメントにおいて
「自衛隊にできることは非常に限られている」と突き放した防衛庁・自衛隊が日本代表団 に加わらなかったことも理解できなくもない。
しかし、RR において米国が念頭に置いていたとみられるのは、天野審議官のいう「第2 段階」である「航行」中の拡散懸念船舶等を、PSI構想参加国の国内法の執行管轄権が及ば ない公海等、自国領域外において阻止することに主眼があった。実際問題として、日本代 表団が主張したように「第 1 段階」の「出国」段階における輸出管理、貿易管理で事足り るのであれば、参加国がそれぞれに申し合わせ、自国内での法執行を強化すればよいだけ の話であり、このように大がかりな新イニシアティブを用意する必要はあまりない。提唱 国米国が準備したRRが「意欲的」であった理由は、PSI構想の直接のきっかけとなったソ・
サン号事件において、大量破壊兵器及び関連物資の押収が、いかなる国際法、国内法に照 らしても不可能であり、事態の処理にあたったスペイン海軍及び米国海軍とも、輸送阻止 のためにいかなる措置もとれなかったことにある。畢竟、イニシアティブの目的は、かか る国際法、国内法の不備若しくは未整備を是正することにあり、また、拡散阻止活動を遂 行するためには、警察や税関等の法執行機関では能力が不足することが予想され、拡散懸 念国もしくは非国家主体に対抗し得る軍事力を使用することが求められることになる。ス ペイン会合において、防衛庁・自衛隊が蚊帳の外に置かれたという事実は、日米は拡散事 態についての脅威認識こそ共有していたものの、実際のオペレーションに際して必要とさ れる実力組織の必要性の認識には大きな相違があったことを端的に表している。そうでな ければ、外務省を中心とした代表団は重々このことを承知しつつも、あえて、PSI阻止活動 に日本が自衛隊の保有する「軍事力(防衛力)」を使用せざるを得ない可能性を最小限にと どめようとした意志のあらわれであろう。
記録に残る形で防衛庁・自衛隊にスペイン会合の内容が伝わったのは、会議が終わって 一週間近くたった2003年6月18日である2。このとき防衛庁が知らされた内容は、非常に 簡潔なものであった。「会合結果概要」と題されたペーパーには、日本を含む 10 か国が米 国からイニシアティブに関する説明を受けた後、各国がそれぞれの考え方を説明したこと が記された後3、「参加国合意事項」として、以下の4つの項目が記されている。すなわち、
1)大量破壊兵器等の拡散を防止するための国際的な連携の維持・強化に向けて努力する こと、2)当面は、各国が自国の現行法の範囲内で対応すること、3)米国提案のRRの改 訂に向けた協議を推進すること、そして、4)インテリジェンス及びオペレーション担当 各作業部会を設置することである4。その他に、次回会合が7月10日に、フランス、イタ リア又は豪州のいずれかにおいて開催されることも記されている。ただし、このペーパー
2 防衛庁国際企画課、2003年6月18日、「米の大量破壊兵器の拡散防止のための『拡散阻 止イニシアティブ(Proliferation Security Initiative)』第1回会合結果概要」、(防衛省開 示文書)。
3 同上
4 同上
166
には、「米イニシアティブの目標(米国側の説明)」と、これに対する「各国の意見」、そし て、その意見をふまえての「米総括」が約 2 頁にわたって添付されているが、現時点では その全てについて外交機密の扱いとなっており、筆者が開示を受けた資料は黒塗りのまま となっている。先にもみたように、RRの内容については、外務省内の検討資料の分析から、
ほぼ、その概要を推察することは可能であると思われるが、おそらくは米国がRRにおいて 現行の国際法体系の変更を意図したため、実際のオペレーションにおいては防衛庁・自衛 隊が前面に立つことになる可能性を、この時点で防衛庁側が認識していたものと考えられ る。
そのためもあってか、防衛庁はこの「会合結果概要」に、「防衛庁としての基本的な対応 方針(案)」を添付し、この後に同庁及び自衛隊に降りかかってくるミッションへの準備を 開始している 5。この防衛庁の「対応方針(案)」は、スペイン会合以前に作成されたコメ ントと同じく「大量破壊兵器等の拡散は、我が国を含む国際社会の安定にとり大きな問題 である」6との脅威認識を再確認し、かつ、「より安定した安全保障環境の構築を図ることに より我が国の安全を確保する」7との観点から、防衛庁として本イニシアティブの趣旨を支 持することが適切と考えるという基本認識を示す。注目すべきは、防衛庁の認識において 本イニシアティブは、国際法・国内法の法執行の問題ではなく、「安全保障環境の構築」の 問題へと切り替わっていることである。この日以降、防衛庁(省)はPSIを一貫して「安全 保障の問題」としてとらえており、「法執行の取組」であるとの性格に重きを置く外務省の 視点とは、本質的な意味において食い違いをみせたまま、今日に至っている。
米国がRRにおいて提唱した意図が、天野審議官ら外務省が定義するところの「第2段階」
にあることを的確に認識した防衛庁は、実際のオペレーションを自らが担当する可能性が 高いことを理解し、これに対する準備を開始したものと考えられる。「対応方針(案)」は、
本イニシアティブにおいて、今後、詳しく検討されることになる可能性のあるオペレーシ ョンとして、具体的に「船舶への立ち入り、臨検、物資の押収」等を挙げているが、それ らについて、「現行法上、自衛隊が担い得る役割は限定されている」と先のコメントで示し た見解を繰り返し、こうした現行法上の制約を指摘した上で、「対応方針」の結論として次 のように述べている。すなわち、「我が国として、現行法上、本イニシアティブに関して実 施可能な措置と不可能な措置を整理 し、また、米を始めとする関係各国の意見を踏まえつ つ 、今後我が国として新規条約の策定や新規立法を行う可能性を含め、外務省と十分調整 の上慎重に検討 していくことが適切」8である。上記のカッコ書きで引用した部分における 傍線は、防衛省開示資料オリジナルに付されていたものであり、当時の防衛庁として強調 したかった部分であると思われるが、筆者が注目したいのは、むしろ傍線が付されていな
5 同上
6 同上
7 同上
8 同上