冷戦後の安全保障政策の展開のなかで、領域外における自衛隊の「軍事力(防衛力)」が 使用される範囲及び領域が拡大してきたことが、本論文の問題意識の前提にあることは序 章で述べた。しかしそれは、無秩序、不連続に進行した事象ではない。その政策過程、政 治過程においては、多大なエネルギーが費やされながらも憲法及び国際法を頂点とする既 存の法体系及びそれらの解釈との整合が常にはかられてきたことに冷戦後の安全保障政策 史の特徴がある。それは法解釈をめぐる葛藤であった1。
確かに、安全保障をめぐる議論は難解であり、また、論者によって用語の定義や議論の 視座が変わることが、国民を混乱させてきたことは否めない。特に、湾岸戦争、台湾海峡 危機、朝鮮半島危機と矢継ぎ早に新しい脅威に直面した1990年代は、新しい安全保障法制 をめぐって国論が分裂する大きな議論が巻き起こったが、時の政府・与党すら「神学論争 はしない」2として論争への参加を忌避するほど、その議論は混迷を深めた3。
1 別の言葉で言えば、それは政治上の要請によってなされる自衛隊任務の範囲及び領域の拡 大に応えるべく、整合性と継続性が担保された法解釈を編み出し続ける困難な作業であっ たと言ってよい。一方、冷戦期の自衛隊任務は、基本的に日本領域内及びその近海等にお ける「個別的自衛権」に限定されていた。高坂正堯は「国内では憲法論議はタブーであり、
常に外交、安全保障問題をサボタージュするための逃げ口上として使われてきた」(高坂 正堯、「日本が衰亡しないために」、1996年、『高坂正堯外交評論集:日本の進路と歴史 の教訓』、中央公論社、336頁)と指摘しているが、冷戦後の安全保障政策の最も大きな環 境変化は、こうした「逃げ口上」が通用しなくなり、正面からこの問題に取り組まざるを 得なくなったことにあるともいえよう。
2 橋本龍太郎内閣総理大臣の言(『産経新聞』、1996年5月4日)。もっとも、橋本総理 のこの言葉は、加藤紘一自民党幹事長(当時)の「台湾、朝鮮問題で神学論争をやるべき ではない」という言葉の受け売りだったとされる(『朝日新聞』、1996年4月4日)。
3 衆参両院での憲法調査、憲法審査の記録を追うと、安全保障法制をめぐる議論が「神学論 争」化をしてきたことを批判する言葉が、特に自民党議員から多く発せられている。(例 えば、衆議院憲法調査会、2001年11月、「中間報告書」。参議院憲法審査会、2004年、
「日本国憲法に関する調査報告書」など)。1990年代には8党連立の細川政権の誕生から、
自社さ政権による政権奪回、そしてまた自(自)公政権への連立組み替えへと至る一連の 政局において、安全保障をめぐる議論が常に政治問題化したことが、この混迷に拍車をか けたことは否めない。その反動もあって2000年代には各政党とも安全保障論議に消極的に
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ただし、それぞれの世界観、戦略観、価値観、規範意識に固執する政治家、学者、言論 人、メディア等が、いかにかみあわない議論を続けていたにせよ、官僚機構を中軸に据え る政策当局・立法補佐組織における法解釈の整合性及び連続性・継続性は担保され続けた。
ことに政策当局による「武力の行使」と「武器の使用」の整理についてはこれまで揺るぎ ない整合性が認められる。本章の目的は、これら法解釈の整合性から浮かびあがる二つの 政策的系譜の存在を指摘するとともに、PSIをめぐる政策過程を分析する解釈軸としてそれ らを提示することにある。すなわち、「同盟深化アプローチ」と「国際貢献アプローチ」の 二つがそれである。この解釈軸はまた、冷戦後の他の安全保障政策を分析、評価する際に も援用可能であろうと筆者は考える。
なお、本章が提示する内容は、政府関係者、政策立案当事者の間で共有されている周知 の概念整理に基づくものであるが、用語の定義と視点の設定次第では、これと異なる解釈 軸も当然ながら存在し得る。無論、筆者は政府解釈の優位性を訴える立場にはなく、また、
学説上、「正しい解釈」は諸説あり得ることも承知をしているが、政策過程の実証研究とし て政府内での法解釈をめぐる議論を主要な分析対象の一つとする本論文の目的上、本論文 が採用する解釈軸は政府解釈に沿って定めることが妥当と思われる。
1. 「武力の行使」と「武器の使用」
本来、「武器の使用(use of arms, use of weapons)」とは「武力の行使(use of force)」を含む 広い概念である。しかし、安全保障問題を論じる際には、ある任務が「武力の行使」にあ たるかどうかが焦点になるため、政策当局では「武力の行使」にあたらない「軍事力(防 衛力)」の使用を総称して「武器の使用」と呼ぶことが一般的である。したがって、本論文 でも「武力の行使」にあたらない「軍事力(防衛力)」の使用態様を「武器の使用」と呼び、
「武力の行使」と区別する立場をとる。
領域外における自衛隊の「軍事力(防衛力)」使用の態様は「武力の行使」か、「武器の 使用」かのいずれかに分類される。日本政府によるこれら二つの概念の整理は、冷戦の生 起から現在に至るまでゆるぎはなく、また、冷戦後の安全保障政策はそれらのいずれかに 立脚している。そのため、本論文ではこれら両概念に立脚して「同盟深化アプローチ」と
なる傾向も散見されたが、ひとたびこの問題が政治問題化すれば、国会が一時的に機能停 止する混乱が発生することは変わらない。
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「国際貢献アプローチ」の二つの政策類型を提示し、PSI参加をめぐる政策過程を分析する 際の解釈軸としたい。
(1) 政府解釈にみる概念の整理
日本政府による「武力の行使」と「武器の使用」の定義は、1991年9月27日、PKO協 力法の審議過程において、衆議院国際平和協力等に関する特別委員会に提出された資料「武 器の使用と武力の行使の関係について」に示されたものが、現在に至るまで一貫して踏襲 されている。同資料は二つの概念を以下のように定義している(傍線は筆者による)。
一 一般に、憲法第9条第1項の「武力の行使」とは、我が国の物的・人的組織 体による国際的な武力紛争の一環としての戦闘行為 をいい、法案(筆者註:当該 委員会で審議対象となったPKO協力法)第24条の「武器の使用」とは、火器、
火薬類、刀剣類その他直接人を殺傷し、又は武力闘争の手段として物を破壊する ことを目的とする機械、器具、装置をその物の本来の用法に従って用いることを いうと解される。
二 憲法第9条第1項の「武力の行使」は、「武器の使用」を含む実力の行使に係 る概念であるが、「武器の使用」がすべて同項の禁止する「武力の行使」に当た るとはいえない 。例えば、自己又は自己とともに現場に所在する我が国要員の生 命又は身体を防衛することは、いわば 自己保存のための自然権的権利というべき ものであるから、そのために必要な最小限の「武器の使用」は、憲法第9条第1 項で禁止された「武力の行使」には当たらない4。(傍線は筆者)
この見解は2015年の安保法制をめぐる国会審議でも、政府によってそのままの形で引 用・踏襲されていることからわかるように5、冷戦後、日本政府における二つの概念の定義 は一貫している。防衛大臣がこれら両概念の違いについて「これがわからないと議論でき
4 第121回国会 衆議院国際平和協力等に関する特別委員会提出資料「武器の使用と武力の 行使の関係について」、1991年9月27日。
5 第189回国会 衆議院我が国及び国際社会の平和安全法制に関する特別委員会、2015年5 月27日。維新の党柿沢未途幹事長に対する中谷元防衛大臣答弁。
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ません6」と口を滑らせた事件もあったが、安全保障政策を立案する当局者としては、最も 基本的で重要な概念整理の一つでもある。
そしてこれら二つの概念が整理されたことで、自衛隊の「海外派遣」の合憲性を担保す ることが可能になったともいえる。1954年、参議院で「海外出動の禁止」が決議されたが7、 政府の解釈によればこの決議によって禁止された「海外出動」とは「海外派兵」であり「海 外派遣」ではない。1966年、椎名外相は「派兵といいますと、やはり私どもの解釈では、
軍隊の本来の武力行動というものを前提とした海外への派遣である。でありますから、派 兵と派遣とは違うと私は考えます」8と答弁している。この見解に基づいて1980年には「武 力行使の目的を持たないで部隊を他国へ派遣することは、憲法上許されないわけではない」9 と、自衛隊の「海外派遣」を容認する解釈が閣議決定されており、これが後に国連PKO等 の国際的任務への自衛隊派遣に道を開いたといえる。なお、国連が主体となって行うPKO 活動等は、国連用語でいうところの「武力の行使」10を含み得る。それは日本政府の定義す る「武力の行使」と必ずしも一致しないとの指摘もあるが11、一応、政府は「武力の行使(国
6 同上。「武力の行使」と「武器の使用」の両概念が「国民が見て、どう違うのか全然わか らないと思うんですよ」という柿沢議員からの問いに対し、中谷防相が「本当にわかりま せんか。これがわからないと議論できませんよ」と柿沢議員に逆質問したことが問題とな り、防相は後日、柿沢議員に陳謝をすることになった。国民目線での質問をした柿沢議員 を侮辱するかのような中谷防相の態度等には不適切の誹りを免れない要素があったことは 否めないが、「これがわからないと議論できません」という言葉は防衛当局の責任者とし ての素直な心情であったものであろう。
7 第19回国会 参議院本会議、「自衛隊が海外出動を為さざることに関する決議」、1954 年6月2日。自衛隊法の成立に際して参議院本会議が付帯決議として採択したもの。
8 第51回国会 衆議院予算委員会、1966年3月5日、椎名外相答弁。
9 稲葉誠一衆議院議員提出の「自衛隊の海外派兵・日米安保条約等の問題に関する質問主意 書」に対する政府答弁、1980年10月28日、閣議決定。
10 国連が憲章第7章に基づく強制措置として多国籍軍に「武力の行使」の権限を授権する ことが模索されたこともある。ただし、ここでいう国連用語の「武力の行使」は、国家行 為としての「武力の行使」とは異なり、実質的にはPKO要員の「武器の使用」に他ならな いとの指摘もある。この解釈に立つならば、自衛隊によるPKO活動はいかなる意味でも「武 力の行使」には抵触しない。矢部明宏、2008年9月、「国際平和活動における武器の使用 について」、『レファレンス』692号、国立国会図書館。松葉真美、2010年1月、「国連 平和維持活動(PKO)の発展と武力行使をめぐる原則の変化」、『レファレンス』708号、
国立国会図書館など。
11 国連用語の「武力行使」と、政府解釈による「武力の行使」の両概念のズレあるいは相 違が、冷戦後の自衛隊海外派遣をめぐる神学論争の混迷を深めたのではないか。