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小括

ドキュメント内 PSI 参加をめぐる日本の対応 (ページ 106-111)

第 2 章 参加過程: PSI への参加決定

3. 小括

本章での分析を通じて、以下の諸点が明らかになった。まず、日本のPSI参加は、小泉総 理を中心とするトップレベルによって、米国ブッシュ大統領側との「政治的な合意」をも とに決定がなされたという事実である。外務省にはその可否を十分に検討する時間が与え られておらず、また防衛庁・自衛隊をはじめとする他省庁に至っては構想の存在を知らさ れたのは参加表明の後であったが、それは、「政治的合意」をもとにした決定事項として伝 達された模様である。そして、もうひとつ重要な点は、政治問題化することが想定され得 る既存の国際法、国内法等との整合性の問題や、新たな法整備といった課題に関する検討 も、全て先送りとされたという事実である。これらの点を掘り下げつつ、本章の小括を述 べたい。

(1) 「官邸外交」の検証

当初における PSI の構想そのものがブッシュ大統領個人の着想にかかる属人的な性格を 帯びていたことが米政府某高官の証言からみられたことは先にみた。同様に、本論文は、

日本の PSI への参加決定はブッシュ大統領との盟友関係を重視した小泉首相個人の決断で あった可能性が高いという見方を提示したい。

小泉政権における官邸主導、トップダウン型の政策過程による外交が、しばしば「官邸 外交52」と呼ばれたことは本論文序章でみた。PSI参加が小泉首相個人の主導によるもので あるとすれば、本事例もまた「官邸外交」の一事例としてよいだろう。少なくとも外務省 内で参加の可否について検討が積み上げられ、組織として参加を推進するよう決裁が仰が れたという事実は確認できず、むしろ、外務省は小泉首相側からの「参加決定」を受けて、

事後処理に追われたというのが実情である。

ただし、組織としての首相官邸がこの決定に深く携わったわけでもない。当時、安全保 障担当秘書官であった小野氏ですら、「参加決定」を既定事項として知らされたという事実 を鑑みれば、官邸スタッフもまた外務省と同列に決定過程での関与は限定的であった。そ

52「官邸外交」、もしくは「官邸主導外交」については以下を参照。信田智人、2004年、『官 邸外交』、朝日新聞社。信田智人、2007年、「強化される外交リーダーシップ 官邸主導体 制の制度化へ」、『国際問題』、2007年1・2月号。上久保誠人、2009年、「小泉政権期にお ける首相官邸主導態勢とアジア政策」、『次世代アジア論集』、2009年3月。柳原透、2004 年、「日本の「FTA戦略」と「官邸主導外交」」、『海外事情』、2004年4月など。

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の意味では、「官邸外交」でありながらその実態は、伝統的な「首脳外交」に近い形で決定 されたというのが実情ではないだろうか。

(2) 法的基盤の認識と戦略的意図の考察

日本政府のPSI参加にあたっての法的基盤の認識について整理する。本章でみてきたよう に、PSIへの参加の可否や、参加国としてPSI阻止活動を行うために必要なリソース、また、

爾後に予想される政治的、実務的課題などが首相官邸スタッフの間で議論された形跡はな く、この決定が日本の安全保障政策に本質的な変化をもたらす可能性があったことを決定 の当事者が認識していたかどうかも定かではない。それゆえ、参加決定の時点においては PSIが「武力の行使」を念頭に置いたものか、それともその活動が「武器の使用」に限定さ れるものか、日本政府においてはっきりとした認識がなかったか、あるいは定まっていな かったというのが実情であろう。各省庁間の議論の内容をみてもわかる。PSIとはいったい 何をする構想なのか、また、そこで日本はどんな任務を受け持つのか、また、何らかの任 務があるとしてその根拠法は何かといった事柄が、外務省をはじめとする主要省庁、各法 執行機関、そして防衛庁・自衛隊によって精査・検討がされたのは、すべてPSIへの参加表 明の後である。このことについては、次章以下で詳しく検証する。このように、法的基盤 の整理が曖昧なままであるにもかかわらず、まず、PSI への「参加」が優先された事実は、

日本の冷戦後の安全保障政策史の一頁として記憶に留められるべきではないか。

また、参加決定にあたっての外交戦略的な意図についても、現時点で一面的な結論を下 すことには慎重を期したい。確かに、本章で検証してきたように、官邸スタッフの証言か らも、また、当時の状況を鑑みても、この決定の目的のひとつには日米同盟の深化があっ た可能性は濃厚である。また、当時においてイラク戦争の開戦、戦闘終結、復興支援等に 際して日米同盟の深化が進行していた背景があり53、また、このイニシアティブが北朝鮮と

53 主に日米同盟進化の文脈において、イラク戦争に関係する外交過程、立法過程、及びそ こから導き出された自衛隊派遣等について論じた研究等には、たとえば、以下のようなも のがある。織田邦男、2010年、「航空自衛隊の国際協力活動―現場から見たイラク派遣―」、

『防衛学研究』、2010年3月号、日本防衛学会。出川展恒、2008年、「自衛隊派遣をイラ クで取材して」、『国際安全保障』、2008年6月、国際安全保障学会。知々和泰明、2007年、

「イラク戦争に至る日米関係―二レベルゲームの視座―」、『日本政治研究』、第4巻1号。

矢島定則、2006年、「アジア外交とテロ対策特措法・自衛隊イラク派遣の延長を巡る国会論 議」、『立法と調査』、2006年3月、国立国会図書館。浅野一弘、2004年、「イラク戦争と

「アカウンタビリティ」―日米首脳の発言から」、『世界と議会』、2004年5月、尾崎行雄 記念財団。村田晃嗣、2004年、「イラク戦争後の日米関係」、『国際問題』、2004年3月、

日本国際問題研究所。丸楠恭一、2004年、「小泉政権の対応外交」、櫻田大造・伊藤剛編、

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いう主権国家を具体的な脅威として想定していたという意味では、やはり、ちょうどこの 頃生起した北朝鮮に対する「対話と圧力」という外交姿勢54ともあいまって、リアリズム的 な戦略意図があったことも否定できないであろう55。ただし、小泉政権の外交のひとつの特 徴として、対米支持を優先させながらも、常にそれを国際協調と両立させる努力があった ことも無視できない。それは本論文第 1 章で検証したように、冷戦後史における日本の安 全保障政策におけるひとつの大きな潮流でもある。佐藤丙午は小泉首相が対米支持と国際 協調を両立させる条件として、1) 米国のコミットメントに対する揺るぎない信頼感を日本 側が寄せ続けること、2) 国際社会及びアジア太平洋において両国が直面する安全保障問題 に対する意識を共有し、その解決手法に関する共通認識が存在すること、3) 米国が自衛隊 の海外での活動を支持し続けることの3つを掲げていると指摘56したが、これらの条件が満

『比較外交政策 イラク戦争への対応外交』、2004年、明石書店など。また、国際協力、国 際協調の色合いを濃く分析したもの、法律的側面に焦点をあてたものに、庄司貴由、2009 年、「イラク自衛隊派遣の政策過程―」、『法学政治学論究』、第81号、慶応義塾大学。山口 昇、「平和構築と自衛隊―イラク人道復興支援を中心にー」、『国際安全保障』、2006年6月、

国際安全保障学会。倉持孝司、2004年、「法律時評 自衛隊のイラク「派遣」と国会審議」、

『法律時報』、2004年4月、日本評論社。神谷万丈、2004年、「なぜ自衛隊をイラクに派 遣するのかー積極的平和国家として」、『外交フォーラム』、2004年3月、都市出版。瀬戸 山順一、「イラク人道復興支援特措法案をめぐる国会論戦」、『調査と立法』、2004年1月、

国立国会図書館。森本敏、2004年、『イラク戦争と自衛隊派遣』、東洋経済新報社など。

54 冷戦後の外交・安全保障政策史の政策事例のひとつに、北朝鮮に対する「対話と圧力」

という新しい外交戦略が生起したことを加えることも可能であろう。日本政府が「対話と 圧力」という対北朝鮮政策を策定したのは2003年5月上旬の外務省で開かれた幹部協議で あるとされる(藤野清光、2003年6月24日、「北朝鮮への「対話と圧力」で不協和音」、『世

界週報』84(23)(通号4102)、18-19頁)。そして、初めてこの言葉が報じられたのが、まさ

に本項で触れた5月23日の首脳会談の際の報道である。ここで小泉首相が「対話と圧力が 必要」という言葉を使って北朝鮮に対して強い姿勢を打ち出すことを表明し、以後、この 表現が定着したとされる(『朝日新聞』、2003年5月24日)。

55 北朝鮮に対する「武力の行使」を示唆してきた米国に対して、日本政府による「圧力」

は送金や輸出の規制等、経済的なものが中心である。(たとえば、城祐一郎、2015年2月、

「北朝鮮に対する国連安保理決議とその履行としての日本制裁措置及び国内法による刑事 処罰等について(上)」、『警察学論集』第68巻第2号、48-76頁。同、2015年3月、「同

(下)」、『警察学論集』第68巻第3号、126-142頁。)PSIへの参加によって自衛隊の持つ

「軍事力(防衛力)」が「圧力」の手段のひとつに加わったことは、本論文の指摘のひとつ である。なお、北朝鮮への「制裁」に関しては他に以下を参照。浅田正彦、2013年6月、

「北朝鮮の核開発と国連の制裁―三つの制裁決議をめぐって―」、『海外事情』。寺林祐介、

「北朝鮮の核実験と国連安保理決議2094―挑発行為を続ける北朝鮮への追加制裁―」、『立 法と調査』、国立国会図書館。宮川眞喜雄、2011年12月、「北朝鮮に対する経済制裁―核 兵器開発等を行う北朝鮮に対する経済政策の評価―」、『海外事情』。広実郁郎、『北朝鮮制 裁について』、日本安全保障貿易学会第12回研究大会資料。稲木宙智布、2007年、「特定 船舶禁止法の成立経緯と入港禁止措置の実施」、『立法と調査』、国立国会図書館。森恭子、

2004年4月、「法令解説 我が国単独による経済制裁発動が可能に―外国為替及び外国貿 易法の一部を改正する法律」、『時の法令』。世界編集部、2003年8月、「ドキュメント・激 動の南北朝鮮(73)「対話と圧力」路線の中で」、『世界』717など。

56 佐藤丙午、2005年12月、「ブッシュ第2期政権の安全保障政策と日本の対応―小泉政権

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