第 3 章 形成過程:多国間交渉による PSI の形成
4. スペイン会合と PSI の形成
スペイン会合は、PSIの創設がコア・メンバー11カ国によって正式に決定され、その後の 方向性や性格付けが決められた重要な国際会合である。この会合に向けて、外務省が作成 した「対処方針」は、「意欲的」な目的を掲げる米国と対立する内容であった。必要とあれ ば既存法規を改変し、公海上の臨検等の「武力の行使」をも可能としたい米国の思惑に対 して、日本政府の立場はあくまで既存の法的枠組みを遵守し、「武力の行使」の可能性を排 除したいとするものであった。
そのため、スペイン会合における日本代表団は「ロー・キー」の対応に徹するとともに、
本会合の外で他の慎重な参加国への根回しをして、米国らに対する多数派工作を仕掛けた。
日本代表団はそこで、PSIが「武力の行使」を目的としたスキームになることを避け、本論 文で定義する「国際貢献アプローチ」に分類される政策手段となるよう力を尽くしたので ある。以下、その経緯を検証する。
(1)「意欲的」な提唱国(米)と議長国(西)
2003年6月11日、読売新聞第2面に、米国が発表した拡散阻止構想の初会合が、12日に スペインにて開催されるという報道があった 252。そのためもあり、外務省はスペイン会合 に向けた「対外応答要領」を作成した 253。この要領では、読売新聞等の報道内容について は「承知している」254としつつも、会合の議題や目的については、「関係国との外交上の関 係もあり、我が国として本件に関して申し述べることは差し控えたい」255という回答を用 意している。また、この会合で大量破壊兵器の拡散防止のための何らかの国際的な合意が 発表されるのかという想定問に対しても、「具体的な内容については、今後、参加国間での 議論の上、策定されるものと理解している」256、また、「何らかの対外発表がある可能性も あるが、その点も含めて参加国間で議論されるものと承知している」257として、日本政府
252 『読売新聞』、2003年6月11日。
253 外務省総合外交政策局 兵器関連物資等不拡散室作成、2003年6月11日、「【対外応答 要領】米による大量破壊兵器拡散阻止のための新イニシアティブ」、軍不拡応答03第08 号、(外務省開示文書)。
254 同上
255 同上
256 同上
257 同上
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として具体的ないかなる措置等について言質を与えないよう注意を払っているように見え る。
ただし、「対外応答要領」は、本イニシアティブに対する日本の基本的立場として、「基 本的な趣旨は我が国のこれまでの不拡散体制強化への取組に沿うもの」258という認識を示 すとともに、そして、「関係省庁と連携しつつ、我が国としてどのような貢献が可能か検討 しているところ」259という従来からの姿勢を繰り返している。ここで示された「基本的趣 旨への賛同」、及び「日本として可能な貢献内容の検討」という対外的な発表内容は、外務 省内、及び関係省庁間で進んでいた議論の中身からだいぶ開きがあるが、外務省が無用な 政治的論争を防ぎたいと考えていたのであれば、当然の対応であったともいえる。なお、
この「対外応答要領」には、6月12日にスペインで関係国の会合が開催されるにあたり、
日本から天野軍科審議官らが参加予定であることや、会合終了後、何が行われたかを簡潔 に示す議長総括が発出予定であること、また「我が国としてもできる限りロー・キーで対 応する方針」であることが「参考」として添えられているが、この項目そのものが「この 項秘」とされた 260。関係国との外交上の配慮もあり、具体的な内容について秘匿すべきも のがあるのは当然としても、イニシアティブの内容が政治的な論争領域に及ぶ可能性があ ることを外務省はよく認識し、情報の管理については慎重な対応に終始していたことが伺 える。
しかし、実際のスペイン会合では、外務省が「できる限りロー・キーで対応」したい意 向をもっていたのとは裏腹に、議長国スペインおよび提唱国米国はかなり意欲的なプラン を打ち出してきた。冒頭の議長挨拶では、今回扱う、大量破壊兵器及びミサイル拡散の問 題を、これまで行われてきたG8カナナキス・サミットにおけるグローバル・パートナーシ ップ、G8エビアン・サミットにおけるG8不拡散ステートメント261などにおける、対テロ
258 同上
259 同上
260 同上
261 G8エビアン・サミットは、本スペイン会合の直前、2003年6月1~3日の日程で、スイ スのエビアンで開催された。大量破壊兵器等の不拡散問題についても、前年に出されたカ ナナキス宣言の内容を引き継ぎつつ、この一年間の「前進」を受けて、新たな行動計画が 出された。エビアン宣言における、「大量破壊兵器・物質の拡散に対するグローバル・パー トナーシップ:G8行動計画」は、日本を含むG8諸国がロシア国内の大量破壊兵器及び関連 物資の拡散阻止のために所定の協力と貢献を行い、また、ロシアもカナナキスでの「指針」
に基づいて、集中的な取り組みを行ったことが評価されている。具体的には、最近のロシ アにおける多国間核環境プログラム(MNEPR)協定の締結が、グローバル・パートナーシ ップ・イニシアティブを具体的行動にうつす上での実質的な前進となったことが確認され、
また、全てのパートナー諸国が、実施すべき協力事業の決定に積極的に関与し、カナナス キスで確認した優先順位に従い、いくつかの有意義な事業が既に開始されたか、または拡 張されたことが、この一年の具体的な成果として明記されている。また、非G8諸国の参加 と貢献を奨励し推進するためのアウトリーチ活動が行われ、その結果、フィンランド、ノ ルウェー、ポーランド、スウェーデン及びスイスが資金供与国としてグローバル・パート ナーシップに参加することに関心を表明したこともこの一年間の大きな成果とされた。そ
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リズムと並ぶ国際社会の平和と安定についての取組の一環として位置づけながらも、5 月 31 日のブッシュ大統領のクラコフ演説を「新しい発想に基づき、この分野における一層の 前進を目指すもの」262と評価して、従来の取組からの質的な進化を指摘するとともに、「我々 は、明確かつ一致したシグナルを拡散者に対し発」263することに、この会議の意義がある とし、会議全体の性格付けを行った。その上で議長は、「我々が発すべきメッセージは、我々 が能動的なアプローチをとるということ」264、そして、「法的措置を含む強固な(solid)措 置をとることも辞さない」265といった、「力強い政治的メッセージ」266を送ることの重要性 を強調し、大量破壊兵器及び関連物資の取引に対して強く牽制すること重点を置いて、こ のイニシアティブの戦略的な意義を主張している。提唱国である米国からスペイン会合参 加各国に事前に示されたとみられる「進むべき道筋のルール」(the Rules of the Road:この 資料等ではRRと表記されているので、本論文でも以後、これに倣う)がかなり「意欲的」
であったことは先にもみたが、少なくとも議長国スペインもまた、「能動的なアプローチ」
や「強固な措置」、また、「力強い政治的メッセージ」への取組において「意欲的」であっ たことは、日本代表団が「できる限りロー・キー」での対応を基本に会議に臨んだことと 対比して興味深い。この議長挨拶に紹介される形で、会議では提唱国である米国がRRにつ いて詳しい説明をしたが、議長国スペイン、提唱国米国からの説明に対して、参加各国か ら「強く肯定的なメッセージ」が寄せられ、問題の所在や政治的コミットメントの必要性
の上で、行動計画は不拡散への取組が次のステージに入りつつあることを宣言している。
特筆すべきは、「不拡散の「原則」の全世界による採択を追及する」という合意がエビアン 宣言に盛り込まれたことである。そして、この「不拡散原則」を実効あるものとするため に、具体的な「実施枠組み」を設定し、これに基づいた「事業活動計画」を策定し、既に 実施中の事業を引き続き着実に前進させるという準備作業の上に、事業活動を実質的に拡 大することが目標として掲げられた。G8参加諸国は、「向こう一年間、その優先順位に従っ て、優先順位を精査し、事業の空白や重複を避け、事業の国際的な安全保障上の目的との 一貫性を評価するために、事業の開始と実施の進捗を引き続き精査し事業の調整を引き続 き監督する」とかなり具体的な工程表について確認しており、また、カナナスキス文書を 採択する意志のある、関心を有する非G8資金供与国に、グローバル・パートナーシップへ の参加を拡大するとして、アウトリーチ活動の推進についても意欲を示している。スペイ ン会合において、議長国たるスペイン政府が、新イニシアティブの規範的意義、また、具 体的な行動計画を述べるにあたって、カナナキス宣言、エビアン宣言に言及したというこ とは、PSI構想の発足にあたって、米国の単独行動主義に基づく、有志連合的な性格を否定 し、その国際協調的な性格を強調する狙いがあったものと思われる。エビアン宣言につい ては、首相官邸HP、「エビアン・サミット特集」、2003年6月、
http://www.kantei.go.jp/jp/koizumispeech/2003/06/02global.html(2016年1月1日)を参照。
262 外務省総合外交政策局 兵器関連物資等不拡散室、2003年6月13日、「拡散阻止イニシ アティブ・スペイン会合(記録)」(2の1)、(外務省開示文書)。
263 同上
264 同上
265 同上
266 同上