第 2 章 参加過程: PSI への参加決定
2. 参加の決定主体
本節では、参加を決定した主体について検証する。この過程に関与し得たアクターは非 常に少なく、ひとつは外交ルートを通じて米国と交渉をした外務省であり、次に、首相官 邸、そして、小泉総理本人であるが、本節においてはこれらアクターのうち誰が、どのタ イミングで参加を決定したかを詳述している。
(1) 「政治的な合意」の存在
スペインでの会議に参加するにあたって、外務省から各省にコメント作成の作業依頼が 出されたのは6月2日になってからである39。具体的には、内閣官房(安危室)、防衛庁、
海上保安庁、経産省、国交省、警察庁、財務省(関税局含む)、法務省、水産庁等各省庁で あるが、このうち、経産省のみはすでに何らかの方法で情報を入手していたという40。もっ とも、経産省の情報入手が30日以前であっても、同省は構想への参加を決定する立場にな い。したがって、5月31日の参加表明の時点でPSIについて詳細を把握し、参加決定に関 与し得た組織は外務省と官邸のみである。
PSIはブッシュ大統領個人の着想にかかるものであり、その構想はブッシュ大統領と、ご く少数の側近の間で練り上げられた経緯は先にみた。日本においても、PSIへの参加につい て官邸のトップレベルで参加が決定されたことを推察させる資料がある。たとえば、先述 の外務省からの作業依頼の中には、すでに米国との「政治的な合意」があることが示唆さ れ、国交省からその内容について逆照会がかけられている箇所がある41。また、6月7日、
天野外務省審議官は、12 日のマドリード会議に先立ち、ワシントンで米国側と打ち合わせ
39 防衛省情報公開開示文書(以下、防衛省開示文書と略す)、外務省、2003年6月2日外 務省軍備管理・科学審議官組織「米による『拡散阻止イニシアティヴ』【作業依頼】」。作業 依頼に添付された資料の一部(主に米国側が説明したイニシアティヴの中身に関するもの と推察される)は現時点で非開示。
40 同上。次章で分析するように外務省等から開示された資料を読む限り、経産省は5月28 日から30日の間に情報を入手したことが推察されるが、現時点で経産省はPSIに関する全 ての情報開示を拒否している。
41国交省は6月2日付の外務省からの作業依頼(前掲註(39))について、「政治的な合意と は何か」との逆照会を行っている。外務省、2003年6月4日、外務省軍科審組織部内資料
「各省・省内コメントとりまとめ」、(防衛省開示文書)。なお、これに対する外務省側の回 答については資料開示がなされておらず、不明である。
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を行った冒頭で次のように述べている。「我が国は本件イニシアティブを支持するとの立場 を固め、既に福田官房長官からも公に発言いただいている。また、川口大臣も本件イニシ アティブは重要且つ創造的であると考えておられ、その故に自分を当地に派遣した」42。さ らに、「現時点でも既存の国内法に基づいてできることがある」43とし、「本件イニシアティ ヴでは、政治的コミットメントを確保しつつ、斬新的に更なる戦略を検討していくと考え て良いか」と米国側と見解の摺り合せを行っている44。これらはいずれも、各省が参加の是 非やその態様を検討する前から、米国との間にトップレベルの「政治的な合意」が存在し、
「政治的コミットメント」を優先して参加表明がなされたことを示す。
この参加決定にあたっては、官邸スタッフやブレーンも交えずに小泉首相がひとりで決 断した可能性が高いと判断できる証言がある。小泉総理の秘書官(安全保障・危機管理担 当)であった小野次郎参議院議員は、官邸内でのPSI参加決定が行われた経緯について問う 筆者のインタビューに対し、「なぜ、参加することになったのか詳しい記憶がありません。
官邸スタッフは詳しい経緯にタッチしていないのです」45と答えた。そして、次のように証 言した。「ただ、日米同盟が土台にあることは理解していました。(官邸の)みんなも『ブ ッシュさんが言い出したことだからね』というだけで、官邸でもよくわかっていなかった し、外務省のほうもよくわかっていなかった。だけど、首脳同士の間で決まったことだか ら、私たちもみんな協力してやらなきゃという空気でした」46。この証言によるならば、「政 治的合意」は両首脳間、すなわちブッシュ大統領と小泉首相という両首脳官の個人的なや りとりのなかで決定されたものと推測する他はない。
小泉首相が官邸スタッフ等に意見を求めず、たった一人で日米同盟に関する重要事項を 決断した例は他にもある。2004 年から小泉内閣の内閣官房副長官補(安全保障・危機管理 担当)を務めた柳澤協二はその著書『官邸のイラク戦争』のなかで、「小泉政権では、官邸 が実質的に外交・安保戦略をリードし、官房長官・外務・防衛の三閣僚による協議が機能 していた」と証言する47。さらに柳澤は、2003年3月18日に小泉首相が米国によるイラク への武力行使に支持を表明したことについて、「当時の関係者は一様に、総理が、このタイ ミングで与党との根回しもなく、国会への報告もなく支持表明したことに戸惑いを感じる とともに、総理の強い決意を感じたと言う。それは、小泉総理独特の政治的『勘』による 決断であったと思う48」と記している。小野秘書官の証言を考え合わせるならば、ブッシュ 大統領のクラコフ宣言への対応についても同様であった可能性が高いのではないか。
42 2003年6月7日、外務省電信第5823号、(防衛省開示文書)。
43 同上
44 同上
45 イラク戦争当時、小泉総理の安全保障・危機管理担当秘書官を務めた小野次郎参議院議 員へのインタビュー、2014年10月29日、於:参議院議員会館。
46 同上
47 柳澤協二、2013年、『官邸のイラク戦争』、岩波書店、138頁。
48 同上、64頁。
94 (2) イラク戦争と「ブッシュ=小泉」関係
では、どのような理由で小泉首相は構想への参加を決断したのであろうか。まず、考慮 しなければならないのは、日米両首脳の「蜜月関係」であろう。先述した通り、外交ルー トでイニシアティブについての正式な打診がなされた数日前、5月22、23日と小泉首相は テキサス州クロフォードにブッシュ大統領の私邸を訪ね、「世界の中の日米同盟」という概 念を確認した49。すでに「テロ対策特措法」等の政策によって「テロとの闘い」を共闘して いた両首脳は、イラク戦争とその後の復興支援においても日米同盟のスキームを活用する ことで合意したのである。
ただし、領域外における「武力の行使」ができない自衛隊には、日米同盟の枠組みを利 用してできることも限られている。そこで、「テロ対策特措法」と同じく、国連安保理決議 等の「法執行」という建前で、主要な戦闘が終結したイラク本土における復興支援活動に 携わることになった。それが、「イラク特措法」に基づく陸上自衛隊のイラク派遣である。
柳澤の証言では、イラク特措法案の作成指示が福田官房長官から事務方になされたのは、
2003年5月の連休明けであった 50というから、小泉首相は訪米前から対米協力の具体的内 容について密かに検討を進めていたことになる。したがって、クロフォード滞在中にイラ ク戦争における日米同盟の活用について、かなり突っ込んだ内容を話し合ったことは想像 に難くなく、そして、PSI構想についての「政治的な合意」がなされたのであれば、この場 で、もしくはその前後になされた可能性が高い。
本論文第1章で検証したように、「テロ対策特措法」、「イラク特措法」は、直接的には日 米同盟深化に類する戦略目標を、「国際貢献アプローチ」に属する政策手段で達成しようと したものと言える。ならば、同じ文脈で登場したPSI構想への参加もまた、小泉・ブッシュ 関係が目指した「日米同盟深化」を念頭に置く戦略的意図に基づくものであった可能性が 高い。以下に掲げる【表7】にみるように、イラク戦争とPSI創設は時系列的に重なってい る出来事であり、この時期においては両首脳の間で「テロとの闘い」と「日米同盟」がリ ンクしていたことを考え合わせると、少なくとも小泉首相個人においてPSIへの参加は、日 米同盟の深化と深く関連していたはずである。この点は、先にみた小野元秘書官の「日米 同盟が土台にあることは理解していました」51という証言のとおりであろう。
49 外務省、(公開日不詳)、「日米関係 両国首脳間の関係(小泉総理、ブッシュ大統領)」、
外務省、http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/usa/kankei_200612.html#01 (2016年1 月1日)。
50 前掲注(47)、柳澤 (2013年)、91頁。
51 前掲註(45)、小野元秘書官証言。