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博士(文学)学位請求論文審査報告要旨
論文提出者氏名 小澤 純
論 文 題 目 芥川龍之介における同時代文学・思想受容の研究 ―作品の形成と太宰治への継承を中心に―
審査要旨
本論文は、論者が大学院入学以来研究して来た芥川龍之介の文学の考察を集大成したものであり、更に芥川 文学の太宰治を中心とした後代の作家たちへの継承の問題に関する考察を添えてまとめた論文である。芥川龍之 介の本格的な文学活動は十数年しかないが、その文学世界はかなり変遷している。論者は、その中で、まず「地獄 変」の達成に至る 1910 年代の芥川の変遷を、特に同時代の外国文学・外国思想との関わりで分析する。次に、晩 年の「西方の人」「歯車」の達成に至る 1920 年代の作品を、晩年顕著になった芥川の独特の「ジヤアナリズム」認識 を軸に丹念に跡付ける。そして、その延長として、1930 年代における芥川文学の影響を、特に影響が顕著な太宰 治の受容の様相を論じ、新たな展望を開いている。倉敷市や日本近代文学館に所蔵された新資料にも目配りがさ れ、資料による実証性が高い達成ともなっている。
「序章 同時代思潮の関わりから見た芥川龍之介―研究史の再検討と本研究の意義―」で、論者は、1990 年代 以降の芥川研究史、及び芥川と太宰の比較研究の達成を丹念に辿り、それをどう乗り越えるかを明快に提示する。
論者は、研究の出発点として手堅く研究史を辿るのを重視しており、その成果が明らかになった部分と言える。
「第一部 芥川文学の出発と同時代芸術・思想との関わり―一九一〇年代をめぐって―」は、全五 章からなる。
「第一章・「大川の水」を貫く《体験》―木下杢太郎を視座にして」と「第二章 ・「鼻」を《傍観》する
―夏目漱石を視座にして」は、芥川の文学的出発期を扱い、木下杢太郎さらにはその背後にあるホフマンスタール などの芸術の持つ影響を探り、芥川が、超越的視点からの語りと登場人物の関係を読書と超越的視点の関係へと 転換したこと、その過程に師漱石の影響があったことが論じられている。「第三章 ・「我」の大正六年―「戯作三昧」
と「明日の道徳」」では、「我」の問題が論じられているが、従来照明が当てられていなかった「明日の道徳」が 意味付けられたのも収穫であろう。「第四章・遅れて《出来事》を語る「私」―「地獄変」と西田幾 多郎」と「第五章・「顛倒」する眼差し―「地獄変」と《感情移入》」は、「第一部」の中心点の部分で あり、問題作「地獄変」がどういう思想的背景の中で書かれたかが明らかにされている。芥川による 新カント派の摂取については先行研究があるが、それをさらに推し進めて、ベルグソン・リッケルト・
コーエン更には西田幾多郎の思想、ヘッベルの文学を、芥川がどう取り入れたかが詳細に分析されて いる。論者の丹念な文献操作が光った部分である。
「第二部 晩年の芥川文学における《ジヤアナリズム》―一九二〇年代をめぐって―」は、関東大震災以後の芥 川の問題を扱っており、全六章からなる。「第一部」で考えた創作方法としての経験主体の問題が、作家の存在理 由を作家自身が考えるための問題へと拡大したことを丹念に跡付けた部分である。 「第六章・震災以後の《このジ ヤアナリズム》―「伝吉の敵打ち」と「梅花に対する感情」」は、これまであまり注意されて来なかった作品を論じたも ので、震災後の芥川を考える面白い視点を打ち立てている。 「第七章・「無数の分裂」と「ジヤアナリズム」―「西方 の人」Ⅰ」と「第八章・マリア/精霊/ジヤアナリスト―「西方の人」Ⅱ」は、キリストを独特な視点で考えた芥川の晩年 の問題作を論ずる。芥川の言う「ジヤアナリズム」の語に、社会と言葉の関係が見直される時代性を見るところなど、
首肯出来るところが多く、ユニークな章となっている。「第九章・過剰な《言葉》の交換―「歯車」Ⅰ」と「第十章・異数 のドッペルゲンガーと《不眠》―「歯車」Ⅱ」は、晩年の作品「歯車」を論じ力の籠ったものであり、主人公「僕」の言葉 に込められたものが明らかにされる。「第十一章・悪循環する《銅貨》―「河童」・「歯車」・「十本の針」」は、芥川晩年 の書くことをめぐる問題意識を明らかにした章である。
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「第三部 太宰治を中心とした芥川文学の継承―一九三〇年代文学をめぐって―」は、全六章からなる。
「第十二章・都鄙にひらく《玩具箱》―『晩年』の中の「雛」・「葉」・「玩具」」は、太宰治の最初の短篇集『晩年』を 対象に、その多層的な構造を分析する。 「第十三章・声のピグマリオン―「狂言の神」Ⅰ」と「第十四章・《芥川宗》
を経巡る「間抜け」―「狂言の神」Ⅱ」は、ジャーナリズムの只中にいる太宰の問題意識を、芥川の「歯車」の文体と 比較し、白樺派への距離感を補助線として、考察する。当時の作家深田久彌との関連で分析したところなど、時代 を考える眼が生かされた部分だと思われる。「第十五章・「田舎者」が《故郷》を書き散らすまで―初期太宰治と葛西 善蔵」は、太宰の作品に良く出て来る「田舎者」の意味を考察したもので、太宰の中で芥川と葛西善蔵がどう位置し たかに視点を合わせつつ論が進められている。「第十六章・《感謝の文学》の継承―大正期文学と「富嶽百景」」
は、豊饒な中期太宰文学の出発に、一九一〇年代からの文学の蓄積が生かされていることを示唆して、特徴を出 している。「第十七章・比喩と道化―福田恆存『太宰と芥川』を視座にして」は、研究史の中で比較的初期に、芥川 と太宰を結び付けた福田恆存の仕事を丹念に跡付けた部分である。同時代を踏まえつつ太宰の中の芥川の意味 を明らかにした先駆的な指摘として、この福田の達成を意味付けている。
「終章 本研究の成果とこれからの展望」は、研究を展望し芥川の中国体験など、残された問題を指摘する。
以上概略をまとめたが、芥川の分析で海外思想や海外文学との関係という側面を限定することで見えてきたもの も多いが、切り捨てられてしまったものも多い点も指摘されよう。それは、時代の思想史・精神史に対する目配りがも う一つという印象につながる。論文ごとにアプローチが工夫されているのは理解出来るが、方法論としての統一は今 一つである。「影響」「受容」といった概念も、もう少し理論的説明がほしい。太宰治への展開を論じたい心情は理解 出来るが、芥川の部分でまとめあげる努力もほしかったと思う。
こういった問題点も考えられるが、これまで無かった芥川作品への視点も随所にあり、外国文学・思想との関連で 論じた本論文は、新しい指摘や着眼点が見られ、今後の研究に資するところ大だと思われる。よって、本論文が「博 士(文学)」の学位を授与するのにふさわしいものであると認定する。
公開審査会開催日 2012 年 4 月 2 日
審査委員資格 所属機関名称・資格 博士学位名称 氏 名
主任審査委員 早稲田大学文学学術院・教授 博士(文学)早稲田大学 中島 国彦
審査委員 早稲田大学文学学術院・教授 高橋 敏夫
審査委員 早稲田大学政治経済学術院・教授 宗像 和重
審査委員 早稲田大学文学学術院・教授 博士(文学)早稲田大学 十重田裕一 審査委員 早稲田大学文学学術院・教授 博士(文学)早稲田大学 鳥羽 耕史