2015
年度 修士論文
複合核共鳴反応を利用した
CP
対称性の破れ測定のための
In(
n, γ
)
反応の解析
九州大学大学院 理学府 物理学専攻
粒子物理学分野 素粒子実験研究室
髙田 秀佐
指導教員 川越 清以
概要
我々の観測可能な宇宙空間は物質優勢であり、自然界での反物質の数は物質の数に比べて 圧倒的に少ない。この物質・反物質数の非対称を説明するためには、粒子・反粒子間の性質
が非対称であること(CP対称性の破れ)が不可欠である。CP対称性の破れは中性K 中間
子の崩壊から既に観測されているが、現宇宙の物質優位性を説明するには不十分であり、未
知のCP非保存過程の存在が示唆されている。
原子核反応における空間反転(P)対称性の破れは、陽子-陽子散乱の実験結果からO(10−7)
の大きさで発見されている。一方で、中性子と原子核との反応において中間状態に複合核を
介す場合(複合核共鳴)は、s波共鳴とp波共鳴間の干渉が長時間持続することによってP
対称性の破れが増幅し、最大O(10−1)の大きさでの破れが観測されている。この複合核共鳴
状態を介すことでの増幅効果がCP対称性の破れにおいても適用され得ることが理論的に予
測されており、既発見のCP非対称より大きなCP非対称の観測が期待される。
本論文では、複合核共鳴を利用したCP対称性の破れの探索実験のための標的原子核候補
の一つであるインジウム(In)に関する研究結果を主に報告する。茨城県東海村の陽子加速
器施設にて2014年6月に取得したIn(n, γ)反応のデータ解析を行った。解析の結果、現在
の測定精度では有意な結果が得られなかったが、本研究によりIn(n, γ)反応の解析手法を確
立することが出来た。測定精度を悪化させる要因を調査し、測定系の不感時間が主な原因で あることが判明したため、不感時間の低減に応じた測定精度の改善を見積もった。現状では
目標とする統計精度に達するまでに50日の測定時間を要するが、測定系の改良によって不感
時間を現状の半分に低減すると、約3日間の測定で目標に到達出来ることがわかった。また、
測定レートの減少によって不感時間を低減した場合、最も良い条件では約5.4日間の測定で
目標に到達出来ることがわかった。
In(n, γ)反応の解析のためには、(n, γ)反応より放出されるγ 線の放出角度の測定が必要
となる。一方で、検出器を構成する物質によってγ 線が散乱し、放出角度と異なる位置でγ
線を検出する可能性がある。このため、Geant4と呼ばれるシミュレーションツールキットを
利用して、検出角度の誤認識率を見積もった。実験に使用した検出器の体系をGeant4に実
装し、データを良く再現するシミュレーションを構築することが出来た。シミュレーション
目次
第1章 本論文の構成 1
第2章 序論 2
2.1 CP対称性の破れ . . . 2
2.2 複合核共鳴 . . . 2
2.3 複合核共鳴による空間反転対称性の破れの増幅 . . . 3
2.4 複合核共鳴によるCP対称性の破れの増幅 . . . 5
2.5 CP対称性の破れの測定 . . . 6
2.6 κの測定 . . . 7
第3章 J-PARCにおける中性子吸収反応の測定 11 3.1 実験施設 . . . 11
3.1.1 J-PARC . . . 11
3.1.2 物質・生命科学実験施設(MLF) . . . 11
3.2 中性子吸収反応測定 . . . 14
3.2.1 BL04 . . . 14
3.2.2 Ge検出器の動作原理 . . . 15
3.2.3 クラスタ型Ge検出器 . . . 15
3.2.4 データ収集系 . . . 17
3.2.5 測定データについて . . . 19
第4章 Geant4を用いたモンテカルロシミュレーション 20 4.1 シミュレーションの構築 . . . 20
4.1.1 Geant4へのクラスタ型Ge検出器の実装 . . . 20
4.1.2 エネルギー分解能の実装 . . . 22
4.2 線源を使用したデータとシミュレーションの比較 . . . 25
4.2.1 137Cs線源を用いたγ線エネルギースペクトルの比較 . . . 26
4.3 測定角度誤認識の見積もり . . . 29
4.3.1 パターン1の影響 . . . 30
1 ⃝γ線の放出方向が中央の検出器の場合 . . . 30
2 ⃝γ線の入射方向が斜めの検出器の場合 . . . 32
4.3.2 パターン2の影響 . . . 33
1 ⃝γ線の入射方向が中央の検出器の場合 . . . 33
2 ⃝γ線の入射方向が斜めの検出器の場合 . . . 34
3 ⃝γ線の入射方向がクラスタ型Ge検出器外の場合 . . . 36
4.4 考察. . . 37
第5章 In(n, γ)反応の解析 41 5.1 In(n, γ)反応の中性子共鳴分布 . . . 41
5.1.1 γ 線エネルギーキャリブレーション . . . 42
5.1.2 γ 線エネルギーによる共鳴イベントの選別 . . . 43
5.1.3 バックグラウンドイベントの除去 . . . 44
5.2 中性子エネルギー分布への補正 . . . 46
5.2.1 測定系の不感時間に関する補正 . . . 46
5.2.2 中性子ビーム強度に関する補正 . . . 48
5.3 非対称度の導出 . . . 49
5.4 考察. . . 50
5.4.1 ダブルヒットイベントを含んだ解析 . . . 50
5.4.2 トリプルヒットイベントまで含んだ解析 . . . 53
5.4.3 他のγ 線ピークを使用することによる考察 . . . 55
5.4.4 不感時間改善による非対称度誤差の減少 . . . 56
第6章 結論 59
付録A ウィグナーの6j 記号と9j 記号 60
付録B クラスタ型Ge検出器での各Ge検出器の計数 61
図目次
2.1 s波の裾野にp波が存在する様子 . . . 4
2.2 原子核種毎のパリティ対称性の破れの大きさ . . . 4
2.3 κのφ依存性 . . . 6
2.4 各γ 線放出角度毎の115Inの微分断面積 . . . 9
2.5 115Inのp波共鳴分布の非対称度のφ依存性 . . . 10
3.1 J-PARCの鳥瞰図 . . . 12
3.2 各ビームラインの配置図 . . . 13
3.3 BL04の模式図 . . . 14
3.4 クラスタ型Ge検出器群の全体図 . . . 16
3.5 Ge結晶のサイズ . . . 17
3.6 試料位置から見たクラスタ型Ge検出器の配置図 . . . 17
3.7 BL04における測定回路 . . . 18
4.1 Geant4に実装したBL04クラスタ型Ge検出器 . . . 21
4.2 シミュレーションの主なイベントディスプレイ . . . 21
4.3 BL04での測定により得られるγ 線エネルギー分布 . . . 23
4.4 各γ 線ピークへのフィッティング結果. . . 25
4.5 Ge検出器のエネルギー分解能のγ 線エネルギー依存性 . . . 25
4.6 137Csに関するデータとシミュレーションのγ 線エネルギースペクトル . . . 26
4.7 137Csをビーム軸方向に動かした際の各線源位置での応答 . . . . 27
4.8 ダブルヒット分布のデータとシミュレーションの比較 . . . 28
4.9 各Ge検出器の配置 . . . 28
4.10 検出角度を誤認識する2パターン . . . 29
4.11 クラスタ中央の検出器へ入射する場合のγ線入射領域 . . . 30
4.12 γ 線入射方向が中央の検出器で、入射γ線エネルギー6500 keVの場合のγ 線エネルギースペクトル . . . 31
4.13 γ入射方向が中央の検出器の場合の誤検出パターン1の誤検出率 . . . 31
4.15 γ 線入射方向が斜めの検出器で、入射γ線エネルギー6500 keVの場合のγ
線エネルギースペクトル . . . 32
4.16 γ線入射方向が中央の検出器の場合の誤検出パターン2の誤検出率 . . . 34
4.17 初期入射方向が斜めの検出器の場合に同じ反応を示す検出器の組 . . . 35
4.18 初期入射方向を斜めの検出器とした場合の、各検出器位置毎のパターン2に 関する誤検出率 . . . 35
4.19 Ge検出器外へγ線を入射する場合のγ 線入射領域 . . . 36
4.20 6500 keVのγ 線をクラスタ型Ge検出器外へ入射した場合の、入射方向か ら最も近いGe検出器の応答 . . . 36
4.21 検出器角度70.9◦ で得られるp波共鳴分布の非対称度に対する誤検出率補正 39 4.22 検出器角度109.1◦ で得られるp波共鳴分布の非対称度に対する誤検出率補正 40 5.1 BL04でのIn(n, γ)反応の測定より得た中性子共鳴分布 . . . 42
5.2 キャリブレーション後のγ線スペクトルへのフィッティング . . . 43
5.3 In(n, γ)反応により発せられるγ 線の内、解析の候補となるピーク . . . 44
5.4 シグナル領域とバックグラウンド領域 . . . 45
5.5 パルサーイベントに関してイベント選別した(a)TOF分布と(b)中性子エネ ルギー分布。 . . . 47
5.6 不感時間補正後の中性子共鳴分布 . . . 47
5.7 J-PARC MLF BL04の中性子ビーム強度の中性子エネルギー依存性 . . . . 48
5.8 10Bの断面積 . . . 49
5.9 各検出器角度に関する全補正後の中性子共鳴分布 . . . 50
5.10 各検出器角度に関する非対称度のデータと理論値の比較 . . . 50
5.11 考えられるダブルヒットイベントのパターン . . . 51
5.12 ダブルヒットイベントにおける、1つ目のGe検出器に反応があってから2 つ目のGe検出器に反応があるまでの時間分布 . . . 52
5.13 ダブルヒットイベントのタイムウォーク. . . 53
5.14 ダブルヒットイベント時の2信号の強度比と1つ目の信号のエネルギーの相関 53 5.15 考えられるトリプルヒットイベントのパターン . . . 54
5.16 全検出器で1つの90.0◦ の検出器とした場合の、非対称度のデータと理論値 の比較 . . . 55
5.17 測定系の不感時間と不感時間によって失われたイベント数の対応 . . . 57
5.18 測定系の改良によって不感時間を改善した際に期待される誤差の減少 . . . . 58
5.19 測定レートを減少した際に期待される不感時間と測定時間の関係 . . . 58
表目次
2.1 陽子-陽子散乱実験における入射陽子エネルギー毎のP対称性の破れの大きさ 3
3.1 各モデレータ毎での中性子源の性能 . . . 13
3.2 クラスタ型Ge検出器の角度と検出器個数の対応 . . . 17
3.3 115In(n, γ)反応における中性子共鳴の詳細 . . . 19
4.1 115In(n, γ)により発せられる高エネルギーγ線の強度 . . . 34
4.2 各検出器に対する誤検出率の寄与のまとめ . . . 37
5.1 終状態スピンの条件を満たす(n, γ)反応のγ 線 . . . 44
5.2 シングルヒットイベントのみの場合とダブルヒットイベントを含んだ場合で の積分領域のイベント数の比較 . . . 52
5.3 全Ge検出器を 1つの90.0◦ の検出器とみなした場合の、シングルヒット、 ダブルヒット、トリプルヒットイベント数の比較 . . . 54
5.4 各解析候補ピークのイベント数 . . . 55
5.5 ピークを複数用いて解析した場合のシングルヒットイベントの変遷 . . . 55
5.6 各補正誤差のみを伝播した場合の非対称度の誤差 . . . 56
1
第
1
章
本論文の構成
本論文では、複合核共鳴を利用した CP 対称性の破れの探索実験のための標的原子核候補
の一つであるインジウム(In)に関する研究結果を報告する。本論文は、本章を含めて6章か
ら構成される。
第2章では、CP対称性の破れや複合核、複合核共鳴状態での空間反転対称性やCP対称
性の破れの増幅効果に関して説明する。この章で、理論式と中性子吸収反応の測定データと の比較方法についての説明も行う。
第3章では、中性子吸収反応の測定を行った実験施設や、使用した検出器に関する説明を
行う。また、解析に使用した中性子吸収反応のデータについてもこの章で説明する。
第4章では、測定結果の解析時に問題となる、γ 線検出器角度の誤認識に関する考察を行
う。この議論を行うために、素粒子実験分野では良く使用されるGeant4というシミュレー
ションツールキットを使用して、実験施設での測定結果を再現するシミュレーションを構築 した。このシミュレーションの構築方法や、データの再現性に関する説明もこの章で行う。
第5章では、In(n, γ)反応の測定データを解析し、その結果について議論する。解析結果
から、現在の測定精度では有意な結果が得られないことが判明したため、測定精度の改善に 関する議論を行う。
2
第
2
章
序論
2.1
CP
対称性の破れ
宇宙誕生初期は高エネルギー状態であり、物質と反物質は対生成によって等量生成された と考えられる。しかし、我々の観測可能な宇宙空間は物質優勢であり、反物質の数は物質の 数に比べて圧倒的に少なく、反物質は自然界に長時間存在できない。これを説明するには、
以下に示すサハロフの3条件が満たされねばならない。
(1) バリオン数を破る相互作用が存在する
(2) CP対称性の破れ(粒子・反粒子間の性質の非対称性)が存在する
(3) 熱非平衡状態である
バリオン数を破る相互作用が存在しなければ、そもそも物質・反物質数の非対称性は生まれ
ない。また、CP変換が対称性を持てば、物質と反物質の生成・消滅過程が全く同じであるこ
とを意味し、現在でも物質・反物質数は等量存在することになる。さらに、系が熱平衡状態 にあると、バリオン数の生成過程とその逆過程が同頻度で起こることを意味し、系のバリオ ン数に変化が生じなくなる。
この内、CP対称性の破れは1964年にK 中間子系の崩壊から(O(10−3))、2000年台にB
中間子系の崩壊から(O(10−1))既にその存在が確認されている[1][2]。既発見のCP対称性
の破れはクォークの世代間の混合から発生するものであるが、このクォークの混合に起因す
るCP対称性の破れのみでは現在の宇宙の物質優位性を説明することはできず[3]、さらなる
CP対称性の破れの存在が示唆されている。
2.2
複合核共鳴
2.3 複合核共鳴による空間反転対称性の破れの増幅 3
子核へ入射させると、ある中性子エネルギーで反応断面積が急激に増加する共鳴現象が観測 される。
共鳴が起こる際、核反応の途中で中間状態を形成する。このとき、入射中性子の持つエネ ルギーを原子核内の各核子が分配して受け取るため、各核子が受け取るエネルギーは小さく、
原子核ポテンシャルを離脱するまでに10−16 sec程度の時間を要する。このような中間状態
は、寿命をもったある種の原子核として扱うことができ、複合核と呼ぶ。また、この現象が
起こる過程を複合核共鳴と呼ぶ。次の反応式のうち、(AZ+1X)∗ が複合核にあたる。
A
ZX+n→(A
+1
Z X)∗ → A+1
Z X+γ
ここで、標的原子核がA
ZX、残留核がA
+1
Z X である。このような反応式において、矢印の前
後にあたるA
ZX+nや( A+1
Z X)∗、 A+1
Z X+γ をチャネルと呼ぶ。特に、反応の始状態を表す
チャネル(A
ZX+n)を入口チャネル、反応の終状態を表すチャネル(
A+1
Z X+γ)を出口チャ
ネルと呼ぶ。また、AとZ はそれぞれ質量数と原子番号を意味する。このように、標的核が
中性子を吸収してγ 線を放出する反応を、中性子吸収反応((n, γ)反応)と呼ぶ。
2.3
複合核共鳴による空間反転対称性の破れの増幅
核反応において空間反転(P)対称性が破れることは、60Coのβ 崩壊事象を観測する実験
により1957年に発見されている[4]。陽子-陽子散乱を利用した実験結果によると、核子-核子
相互作用におけるP対称性の破れはO(10−7)の大きさである[5][6]。表2.1に、入射陽子エ
ネルギー毎のP対称性の破れについてまとめた。一方で、複合核共鳴状態では、P対称性の
破れの大きさが最大でO(10−1)と大きく観測される場合がある[7]。 複合核共鳴において、
共鳴の入口チャネルで支配的な成分はs波(軌道角運動量l =0)であり、このような増幅現
象が見られる場合には、図2.1のようにs波共鳴の裾野にp波(l= 1)共鳴ピークが存在す
る。このため、定性的にはs波・p波共鳴間の干渉が複合核状態を経ることによって長時間持
続し、これによってP対称性の破れの効果が増幅すると説明される[8]。このようなP対称
性の増幅現象は、様々な原子核種において既に発見されている[7]。図2.2に、P対称性の破
れの効果が増幅して観測される原子核についてまとめたグラフを示す。
入射陽子エネルギー[MeV] P対称性の破れの大きさ
15 (1.7±0.8)×10−7
45 (2.3±0.8)×10−7
800 (2.4±1.1)×10−7
4 第2章 序論
s-wave
resonance P-violation is enhanced inp-wave resonance
Es
Ep
図2.1 s波の裾野にp波が存在する様子。横軸は中性子エネルギー、縦軸は反応断面積を示す。
1
10
100
1
10
Neutron Energy
[eV]
P
ari
ty
A
sym
m
et
ry[%]
2.4 複合核共鳴によるCP対称性の破れの増幅 5
2.4
複合核共鳴による
CP
対称性の破れの増幅
2.3節で述べたP対称性の破れの増幅と同様のメカニズムで、CP対称性の破れも増幅し得
ることが理論的に予測されている[9]。P対称性の破れの大きさとCP対称性の破れの大きさ
は、次式で関連付けられる。
∆σCP =ακ∆σP (2.1)
ここで、∆σP はP対称性の破れの大きさ、∆σCP はCP対称性の破れの大きさ、αは新物理
の大きさを示す定数である。定数αが有限値であれば、新しい物理が存在すると言える。こ
の式から、P対称性の破れの増幅が確認されている原子核種において、CP対称性の破れの増
幅が現れることが理論的に示される。
I を原子核の核スピン、sを中性子スピン、lを軌道角運動量とすると、複合核の全角運動
量J は
J =I+s+l (2.2)
と書ける。また、中性子の合成角運動量を
j =s+l (2.3)
とする。κは核スピンIと混合角φに依存し、以下の式で表される[9]。
κ= 3
2√2
2I+ 1
2I+ 3
√
2I+ 1(2√Ix−√2I + 3y)
(2I −3)√2I + 3x−(2I+ 9)√Iy (J =I+
1 2)
− 3
2√2
(2I+ 1)√I
√
(I+ 1)(2I−1)
2√I + 1x√2I−1y
(I + 3)√2I −1x+ (5I−3)√I+ 1y (J =I−
1 2)
(2.4)
式(2.4)中のx,yはそれぞれ以下のように定義される。
x2 =
Γn
p,1 2
Γn
p
y2 =
Γn p,3 2 Γn p (2.5)
ここで Γn
p,1
2 と Γ
n p,3
2 は、それぞれ中性子合成角運動量 j =
1 2,
3
2 の p 波共鳴幅を表す。
Γn
p = Γnp,1 2
+ Γn
p,3 2
であるため、x2+y2 = 1となり、
x= cos φ y = sin φ (2.6)
を満たす実数φが定義できる。φは中性子合成角運動量(j = 12,32)毎のp波共鳴状態の混
合角である。図2.3は、139La核(I = 7
2)と
131Xe核(I = 3
2)と
115In核(I = 9
2)につい
6 第2章 序論
[deg]
φ
150− −100 −50 0 50 100 150
(J)|
κ
|
6 − 10 4 − 10 2 − 10 1 2 10 4 10 5 102
7
La, J=4, I=
139
2
3
Xe, J=1, I=
131
2
9
In, J=4, I=
115
(J) Graph
κ
-
φ
図 2.3 κのφ依存性。縦軸は|κ|、横軸はp 波共鳴の混合角φを示す。実線(緑)は 139
La、破線(赤)は131
Xe、点線(青)は115
Inについてそれぞれ示している。
2.5
CP
対称性の破れの測定
中性子を標的原子核に入射する場合、前方散乱振幅f は次の式で示される[10]。
f =A+Bσ·I +Cσ·k+Dσ·(I ×k) (2.7)
ここで、σは中性子スピン、I は標的核スピン、kは中性子進行方向を示す。式(2.7)にCP
変換(T変換)を施すと、Dを含む項のみが符号を変える。そのため、CP対称性の破れに
寄与するのはDを含む項であり、散乱振幅の測定によってこの項がゼロでない有限な値を取
れば、CP対称性の破れの存在を示すことができる。Dを含む項の測定のためには、中性子
と標的核の偏極が必要となる。中性子スピンと標的核スピンを固定した異なる2偏極パター
ンの測定を行い、測定結果の差を取ることによってDを含む項のみを抽出し、CP対称性の
破れの観測を行う。
複合核共鳴におけるCP対称性の破れの増幅効果を探索する実験の着想は1990年代には
既に確立していたが、ビーム強度の観点から、これまで実現が困難であった。しかし、現在
J-PARC(第3章で説明する)が世界最高の中性子ビーム強度を達成したことにより、実現
2.6 κの測定 7
式(2.1)によると、増幅したCP対称性の破れの観測のためにはκと∆σP が共に大きい核
種を標的に用いることが望ましい。図2.2が示す通り、核種毎の∆σP の大きさは既知のもの
である。しかし、核種毎のκは未知の値であるため、事前に測定して大きさを見積もる必要
がある。κの測定は J-PARC MLF BL04にて行われている。実験施設についての説明は次
章で行う。κの測定手法の説明は次節で行う。
CP対称性の破れの測定及びκ の測定に用いる標的核種の候補としては、139La、131Xe、
115
In等が挙げられる。139Laや115Inは天然存在比が99.91%、95.7%と豊富であるため、独
立した中性子共鳴ピークを観測しやすいという利点を持つ。また、これらは室温で固体であ
るため、実験施設での取り扱いも比較的容易である。図2.3を見ると、131Xeは他の候補原子
核よりもκの期待値が高い(κ∼1)。また、Xeは光ポンピング法による偏極技術が既に確立
している。比較的低エネルギーにp波共鳴を持つ原子核が候補となっているのは、実験施設
の中性子流量が低エネルギー程多く、統計的に有利となるためである。
現在、CP非保存過程を最も強く制限しているのは中性子電気双極子能率の測定[11]であ
るが、その上限値はα ∼10−3の大きさである。
κ∼1、∆σP ∼0.1、J-PARCの大強度中性
子ビーム(1 MW運転時)を利用すると仮定した場合、約5日の測定で、現在のCP対称性
の破れの上限値が持つ統計精度へ到達できると試算されている。
2.6
κ
の測定
κを導出するためには、p波共鳴の状態の混合角であるφを知る必要がある。φの測定に
は、(n, γ)反応を利用する。(n, γ)反応によって得られるp波共鳴の情報を理論値と測定値
とで比較することによって、φを導出する。
(n, γ)反応の微分断面積は、以下の式に従う[12]。
dσ dΩ=
1
2(a0+a1kn·kγ+a3((kn·kγ)
2
− 13)) (2.8)
ここで、kn、kγ はそれぞれ中性子とγ 線の進行方向を示す単位ベクトルである。また、中性
子吸収反応におけるs波共鳴の振幅をV1、p波共鳴の振幅をV2 と置くと、それぞれ
V1 = 1 2ks
√
Es E
√
gΓn sΓ
γ s E−Es+iΓ2s
(2.9)
V2 = 1 2kp
√ Ep E √ Γn pj Γn p √
gΓn pΓ
γ p
E−Ep +i
Γp 2
(2.10)
8 第2章 序論
a0 =
∑
Js
|V1(Js)|2+
∑
Jp,j
|V2(Jpj)|2
= 1
4k2
s Es
E
gΓn sΓγs
(E−Es)2+ (Γ2s)2
+ 1
4k2
p Ep
E
gΓn pΓγp
(E −Ep)2+ (
Γp 2 )2
(2.11)
a1 = 2Re
∑
Js,Jp,j
V1(Js)V2∗(Jpj)P(JsJp
1
2j1IF)
= 1
2kskp
√
EsEp E
√
gΓn sΓ
γ sgΓnpΓ
γ
p((E −Es)(E −Ep) +
ΓsΓp
4 )
((E −Es)2) + (Γ2s)
2((E −E
p)2) + (
Γp 2 )
2)
×(P(JJ′1
2 1
21IF)cosφ+ P(JJ
′1
2 3
21IF)sinφ)
(2.12)
a3 = Re
∑
Jp,j,Jp′,j′
V2(Jpj)V2∗(Jp′j′)P(JpJp′jj′2IF)3
√
10
2 1 1
0 12 12
2 j j′
= 3√10 1
kp Ep
E
gΓn pΓγp
((E−Ep)2+ (
Γp 2 )
2)(((P(JJ
′1
2 3
22IF) + (P(JJ
′3
2 1
22IF))cosφsinφ
+P(JJ′3
2 3
22IF)sin
2
φ)
(2.13)
P(JJ′jj′kIF) = (−1)J+J′+j′+I+F3
2
√
(2J + 1)(2J′+ 1)(2j + 1)(2j′+ 1)
× {
k j j′
I J′ J
} {
k 1 1
F J J′
} (2.14)
ここで、ksとkp はそれぞれs波とp波の運動エネルギー、Es とEp はそれぞれs波とp
波の中性子共鳴エネルギー、Γn
s とΓnp はそれぞれs波共鳴とp波共鳴入口の共鳴幅、Γsと
Γp はそれぞれs波共鳴とp波共鳴の全共鳴幅、Γsγ とΓγp はそれぞれs波共鳴とp波共鳴出
口の共鳴幅、E は中性子エネルギーを示す。また、F は共鳴出口での複合核スピンを示す。
P(JJ′jj′kIF)とa
3 に含まれる{}はそれぞれウィグナーの6j 記号、9j 記号と呼ばれるも
のである(付録A)。
gは統計因子であり、中性子スピンをsとすると次の式で表せる。
g= 2J + 1
(2s+ 1)(2I + 1) =
2J + 1
2(2I+ 1) (2.15)
また、共鳴幅には次のような関係がある。
2.6 κの測定 9
式(2.8)は、
dσ dΩ =
1
2(a0+a1cos θ+a3(cos
2
θ− 1
3)) (2.17)
と変形できる。ここで、θ は入射中性子の進行方向と(n, γ)反応によって放出されるγ 線の
進行方向との成す角を表す。つまり、(n, γ)反応における微分断面積は γ 線を検出する角度
に依存する。
式(2.17)を用いてγ 線放出角度θ毎の中性子エネルギーと微分断面積の関係をIn(n, γ)反
応について示すと、図2.4が得られる(φ= 90◦ とした)。115Inは中性子エネルギー6.85 eV
にp波、9.07 eVにs波の共鳴ピークを持つ。γ 線放出角度θを変化させた際のグラフ形状
の変化に最も寄与するのは式(2.17)の内a1を含む項であり、a1 はp波共鳴状態の混合に関
する係数である。そのため、検出器角度毎に比較した際、p波共鳴部分に差が現れる。
Neutron Energy [eV]
5 6 7 8 9 10
Ω
/d
σ
d
16
−
10 15
−
10
=70.9[deg]
θ
=90.0[deg]
θ
=109.1[deg]
θ
In)
115
Differential Cross Section (
10 第2章 序論
図2.4を得るにあたり、終状態スピンF を固定する必要がある。理論値と測定値を比較す
る場合にも同様の操作を行う必要があり、解析時には(n, γ)反応によって放出される多数の
γ 線ピークの内の1つで同定することによって、終状態スピンF を確定する操作を行う。本
論文では混合角 φの導出にp波共鳴前後での分布の非対称度を利用する。p 波共鳴エネル
ギー以上の領域の積分値をYH、p波共鳴エネルギー以下の領域の積分値をYLとし、非対称
度Asym.を
Asym.= YL−YH
YL+YH
(2.18)
と定義する。
理論式(2.17)において、混合角φを変化させて非対称度を導出すると、非対称度は混合角
φに依存して変化し、図2.5が得られる。測定データより得られる中性子共鳴分布の非対称
度と対応付けることで、混合角φ及びκの決定が可能となる。
[degree]
φ
150
− −100 −50 0 50 100 150
Asym.
0.2
−
0.1
−
0
=70.9[deg] θ
=90.0[deg] θ
=109.1[deg] θ
- Asymmetry Graph
φ
図2.5 115
11
第
3
章
J-PARC
における
中性子吸収反応の測定
3.1
実験施設
本実験は、茨城県東海村にある大強度陽子加速器施設(J-PARC:Japan Proton Accelerator
Research Complex)にて行われている。以下の節で、実験施設や検出器について説明する。
3.1.1
J-PARC
J-PARCでは、素粒子物理、原子核物理、物質・生命科学等幅広い分野の研究が行われて
いる。世界最高強度の陽子ビームが利用でき、これにより中性子やミューオン、K 中間子、
ニュートリノ等の多彩な2次粒子ビームを生成することができる。2016年現在、陽子ビーム
強度500 kWでのビーム運転が実現している。
図3.1に、J-PARCの鳥瞰図を示す。初めに、陽子ビームは線形加速器によって400 MeV
まで加速され、その後RCS(Rapid Cycling Synchrotron)で3 GeVまで加速される。RCS
で加速された陽子は2箇所に分け与えられ、一方はMR(Main Ring)に入射して30 GeV
まで加速し、ハドロン実験施設やニュートリノ実験施設へと送られる。もう一方は物質・生
命科学実験施設(MLF:Material and Life Science Experimental Facility)に送られ、中性
子ビームやミューオンビームとして利用される。本実験は、MLFにおいて生成された中性子
ビームを利用する。
3.1.2
物質・生命科学実験施設(
MLF
)
MLFには3 GeVに加速された陽子パルスが25 Hz間隔で入射し、水銀ターゲットに衝突
する。水銀ターゲットに衝突した陽子はHg核と核破砕反応を起こし、約2 MeVの運動エネ
12 第3章 J-PARCにおける中性子吸収反応の測定
図3.1 J-PARCの鳥瞰図[13]。本実験は、物質・生命科学実験施設で行った。
エネルギーになるまで減衰させ、23本の中性子ビームラインへと送られる。図3.2は各ビー
ムラインの配置図を示す。次節で説明するが、本実験はビームライン04(BL04)で行った。
核破砕反応によって発生した中性子を各ビームラインへ送る前に、モデレータを利用して 各ビームラインでの実験に最適なエネルギーまで中性子速度を落とす必要がある。
モデレータから得られる中性子ビームの強度を増強するために、周囲にベリリウム(Be)
反射体が置かれている。これにより中性子強度は10倍以上に増強される。これは、中性子が
反射体中で減速・熱化された上でモデレータ内に入射するためである。一方で減速・熱化に 時間を要するため、モデレータを通過した中性子ビームはパルス幅が広がり、エネルギー分 解能が悪くなる。
MLFで利用されているモデレータは温度20 K、圧力1.5 MPaの超臨界水素である。反射
体・モデレータ間に中性子吸収材等を置くことによって3タイプのモデレータを実現してお
り、これらは水素ターゲットの上下にそれぞれ設置されている。3タイプのモデレータの内
訳は以下の通りである。
• 結合型モデレータ(Coupled Moderator)
中性子ビーム強度は最も高いが、前述の影響により中性子パルス幅の時間構造が他よ り劣っている。
• 非結合型モデレータ(Decoupled Moderator)
熱中性子領域に大きな断面積を持つカドミウム(Cd)や炭化ホウ素(B4C)等の中性
3.1 実験施設 13
デレータへの入射を防いでいる。結合型モデレータより中性子ビーム強度は劣るが、 中性子エネルギー分解能は優っている。結合型モデレータとポイズン型モデレータの 中間の性能を発揮する。
• 非結合ポイズン型モデレータ(Poisoned Moderator)
中性子パルス幅を更に狭くするために、非結合型モデレータの内部にさらに中性子吸
収板(Cd)を設置している。中性子エネルギー分解能は3つの中で最も高いが、中性子
ビーム強度は劣る。Cd板の設置位置によって、モデレータの厚さが厚い側(Thicker
Side)と薄い側(Thinner Side)の2タイプのビームラインが存在する。
表3.1に、1 MW運転時の中性子源性能を各モデレータ毎にまとめる。
図3.2 各ビームラインの配置図[13]。本実験は、BL04で行った。
モデレータの種類 ビームライン数 中性子流量[n/s·cm2] パルス幅[µs]
結合型 11 4.6×108 92
非結合型 6 0.95×108 33
ポイズン型(Thicker Side) 3 0.65×108 22
ポイズン型(Thinner Side) 3 0.38×108 14
14 第3章 J-PARCにおける中性子吸収反応の測定
3.2
中性子吸収反応測定
中性子吸収反応測定は、J-PARC MLF ビームライン04(BL04)で行った。本節にて、
BL04の説明を行う。
3.2.1
BL04
BL04(図3.3)は結合型モデレータを使用したビームラインである。パルス中性子と標的
原子核が核反応((n, γ)反応)を起こして励起状態を形成し、その後基底状態に落ちる際に発
する即発γ 線を測定することにより、マイナーアクチノイド(244Cm、246Cmなど)や長寿
命核分裂生成物(129I、99Tc、93Zrなど)等核種の高精度な核データを得ることを目的とし
ている[15]。これらの測定結果は、使用済み核燃料に含有される放射性廃棄物の削減等の評
価のために利用される。(n, γ)反応における多数の励起状態に由来する多種の高エネルギー
γ 線を分別して測定するために、BL04では、検出器として比較的高いエネルギー分解能を
持つゲルマニウム検出器を使用している(クラスタ型Ge検出器)。標的核はモデレータから
21.5 m離れた位置に設置でき、試料から約140 mm離れた位置にクラスタ型Ge検出器が設
置されている。クラスタ型Ge検出器やそれを含む検出器群については、次節で説明する。
A
ccurate
N
eutron-
N
ucleus
R
eaction Measurement
I
nstrument
ANNRI is open to users, Call for Proposals: Twice a year
3.2 中性子吸収反応測定 15
3.2.2
Ge
検出器の動作原理
Ge検出器は半導体検出器であり、空乏層領域に入射した放射線のエネルギーに応じて電
子・正孔対を多数生成する。生成された電子正孔対は電極に吸い寄せられ、電気的なパルス 信号に変換されてデータ収集系に送られる。パルス信号への変換過程は次の通りである。
(1) γ 線がGe結晶内部でコンプトン散乱や光電吸収を起こし、散乱γ 線や二次電子を生
成する。散乱γ 線は、再度Ge結晶内部でコンプトン散乱や光電吸収を繰り返す。
(2) 生成された二次電子は、電離作用によって電子・正孔対を多数生成する。高エネルギー
の電子は静止するまで自身の持つエネルギーを結晶内部で落とし、電子・正孔対を生 み出す。
(3) 発生した電子・正孔対は、結晶にかけられた電場によって電極へ移動し、パルス信号
を発生する。
GeはSiなどの他の半導体と比べてバンドギャップが非常に狭く、その大きさは0.7 eV程
度である。このために、Ge検出器は他の半導体検出器よりも電子・正孔対を生成しやすく、
一般に高いエネルギー分解能を有する。しかし、一方で室温レベルの熱でも空乏層内部に熱
雑音を生じ、暗電流が大きくなってしまう。このために、一般にGe検出器は液体窒素(77
K)を用いて冷却して使用される。
3.2.3
クラスタ型
Ge
検出器
図3.4は検出器群全体の側面図を示している。図の左方向より中性子ビームが入射し、中
性子ビームはモデレータより 21.5 m 離れた位置に置かれた標的核に衝突する。標的核で
の(n, γ)反応によって発生した γ 線はビーム軸より約140 mm 離れた位置に置かれたGe
検出器へと入射する。Ge検出器は試料位置から見て手前が六角形形状、奥が円形形状をし
ており、そのサイズは六角形の1辺が約 60 mm、円形の直径が約 70 mm、奥行き方向の
長さが約 80 mmである。図3.5 はGe検出器1つの形状を示す。Ge検出器は、上下クラ
スタで合計して14個設置されている。図3.6はクラスタ型Ge 検出器を試料位置から見た
場合の配置図である。中性子入射方向と γ 線射出方向との成す角を θ とすると、検出器は
θ = 70.9◦,90◦,109.1◦ の位置に検出器中央部が来るように設置されている。検出器角度と検
出器個数の対応については、表3.2の通りである。
散乱した中性子がGe検出器へ入射すると、Ge結晶が放射線損傷を受けたり、Geと中性
子が相互作用してγ 線を発生させ得る。これを防ぐために、試料位置から見てGe検出器よ
り手前の位置に、中性子吸収材であるフッ化リチウム(LiF)や水素化リチウム(LiH)が用
いられている。これらは物質量が小さいため、(n, γ)反応によって放出された高エネルギーγ
16 第3章 J-PARCにおける中性子吸収反応の測定
また、Ge検出器内で全吸収されずに検出器外へ出たγ線イベントは、γ線エネルギー分布
においてピークを形成せずに裾を引き、バックグラウンド事象となる。これを抑えるために、
BGO(Bi4Ge3O12)シンチレータと光電子増倍管(PMT:Photo Multiplier Tube)を組み
合わせた検出器(Anti-Compton Detector)が外側に設置されている。BGOへγ 線の入射
があった場合、そのイベントは排除される。
≈
≈
~ 140 mm
Neutron Beam
θ
Target
Ge detector
BGO
(anti-compton detector)
Pb
LiH
LiF
3.2 中性子吸収反応測定 17
~ 60 mm
~ 80 mm
~ 70 mm
図3.5 Ge結晶のサイズ。六角形部分の辺の長さが約60 mm、円形部分の直径が約70 mm、奥行き方向の長さが約80 mmである。
~ 60 mm
図 3.6 試料位置から見たクラスタ型 Ge 検出器の配置図
検出器角度[◦] 検出器個数
70.9 2
上側 90 3
109.1 2
70.9 2
下側 90 3
109.1 2
合計 14
表3.2 クラスタ型 Ge 検出器の角度と検 出器個数の対応
3.2.4
データ収集系
BL04の測定回路は図3.7の通りである。各Ge検出器からのシグナルは、プリアンプで
増幅された後にディバイダー(T Junction Box)で2つの信号に分けられる。一方の信号は
ADCに入射してγ 線エネルギー測定に使用する。もう一方はイベントトリガーとして利用
18 第3章 J-PARCにおける中性子吸収反応の測定
リミネータを通過した各パルス信号はFPGA(Field Programmable Gate Array)モジュー
ルで処理され、トリガー信号としてまとめられる。このトリガー信号をADCへ入射させ、γ
線のエネルギースペクトルを得ることができる。
標的核に入射した中性子のエネルギーは、中性子の飛行時間(TOF:Time Of Flight)よ
り得る。TOFはTDC(Time to Digital Converter)モジュールを用いて測定する。TDC
のSTART信号としては、J-PARC陽子ビームの25Hz毎の水素ターゲットへの入射タイミ
ングと同期したT0 信号を用い、STOP信号としてはGe検出器へのγ 線入射が用いられる。
これらの信号の時間差を測ることで、中性子飛行時間を得る。また、中性子飛行時間から中性 子運動エネルギーを算出することで、入射中性子ビームのエネルギースペクトルが得られる。
また、プリアンプより上流にはGe検出器と並列にパルサーが設置されている。パルサー
信号はγ 線信号と同等に扱うことができ、パルサーのイベント数の低減率から測定系の不感
時間を見積もることができる。パルサー信号はγ 線の波高より十分に高く入射しており、γ
線信号とは独立に扱うことができる。これを用いたイベント数の補間手法については、5.2.1
節で議論する。
ADC m o d u le 1 (fo r E n e rg y M e a s u re m e n t ) ADC m o d u le 2 (fo r E n e rg y M e a s u re m e n t ) PC (Data Acquision) Linear Fanout (REPIC RPN-980) Random Pulse Generator
(BNC Model DB-2)
Di s c ri m in a to r 1 Di s c ri m in a to r 2 F PG A m o d u le (fo r T im in g M e a s u re m e n t ) Fast in NIM out Trigger Signal Trigger Signal KL9447 30ch T Janction Box
BGO+ PMT (Upper Side set)
Di s c ri m in a to r 1
Timing Filter Amp (ORTEC 474) OUTPUT OUTPUT OUTPUT OUTPUT INPUT INPUT INPUT INPUT
Anti Compton Detector
BGO+ PMT (Upper Back set)
BGO+ PMT (Lower Side set)
BGO+ PMT (Lower Back set)
Ge Detector Ch 1 Ge Detector Ch 2 Ge Detector Ch 3 Ge Detector Ch 4 Ge Detector Ch 5 Ge Detector Ch 6 Ge Detector Ch 7
Ge Detector Ch 8 Ge Detector Ch 9 Ge Detector Ch 10 Ge Detector Ch 11 Ge Detector Ch 12 Ge Detector Ch 13 Ge Detector Ch 14 Ge Detector Ch 1 Cluster (Upper Side)
Cluster (Lower Side) Dual 5 kV Bias Supply
3.2 中性子吸収反応測定 19
3.2.5
測定データについて
本論文において解析に使用したデータは、2014年6月4日から7日の間にJ-PARC MLF
BL04で測定された、全測定時間38.0 hのデータである。標的核として、厚さ0.1 mmのイ
ンジウム(In)箔を使用した。全イベント数は2.9×108 events である。また、実験当時の
ビーム出力は290 kWである。
Inは核スピンIP = 9
2 +
であり、天然存在比は95.7%が115In、4.3%が113Inである。複
合核共鳴状態を形成し、P対称性の破れの増幅効果が観測されるのは、115Inである。115In
の中性子共鳴について、表3.3に記す。ここで、図2.2より、P対称性の破れの増幅効果が現
れるのは6.853 eVのp波と 9.07 eVのs波間、13.46 eVのp波と22.73 eVのs波間であ
る。J-PARCの中性子ビーム強度は低エネルギー程強度が高く、中性子との反応数が多い。
そこで、本論文では統計量の比較的多い前者の共鳴に焦点を絞り、解析を行った。解析の詳
細は第5章で述べる。
中性子エネルギー[eV] 全角運動量J 中性子軌道角運動量l 共鳴幅 2gΓn [meV]
1.457 ± 0.002 5 0 3.28 ± 0.06
3.85 ± 0.01 4 0 0.339 ± 0.013
6.853 ± 0.009 5 1 0.00046 ± 0.00004
9.07 ± 0.04 5 0 1.69 ± 0.12
12.04 ± 0.1 4 0 0.105 ± 0.008
13.46± 0.02 5 1 0.000184 ±0.00001
22.73± 0.01 5 0 1.03 ± 0.04
20
第
4
章
Geant4
を用いた
モンテカルロシミュレーション
式2.17より、p波共鳴分布の非対称度の導出のためにはγ 線の入射角度の情報が重要とな
る。しかし、検出器群を構成する物質によってγ 線がコンプトン散乱して元の角度情報を失
い、本来入射すべきGe検出器とは異なるGe検出器に入射してしまう場合が想定される。こ
のような事象は、検出角度毎に得られる中性子共鳴分布に、別角度の中性子共鳴分布を混在 させ、非対称度が正しく求まらない。検出角度の誤認識情報は測定データからは得られない ため、シミュレーションによって検出角度の誤認識率を見積もる必要がある。
本章では、4.1節でシミュレーションの構築手順について説明し、4.2節で線源を用いた測
定データとシミュレーションを比較し、データの再現性を確認する。4.3節で、作成したシ
ミュレーションを用いて検出角度の誤検出率を導く。4.4節でシミュレーションによって得
られた誤検出率を用いて、理論式から得られた非対称度に対する補正の議論を行う。
4.1
シミュレーションの構築
測定角度誤認識のシミュレーションには、Geant4[17]を使用した。Geant4は任意の物質
中における素粒子反応をシミュレートするためのツールキットであり、素粒子実験分野をは
じめ、粒子線治療や放射線教育等へも応用されている。本研究で使用したGeant4のバージョ
ンはgeant4.9.6.p03である。
4.1.1
Geant4
へのクラスタ型
Ge
検出器の実装
J-PARC MLF BL04クラスタ型Ge 検出器を図4.1のようにGeant4 に実装し、後述す
るようにBL04での測定より求めたエネルギー分解能を導入して測定結果を再現するシミュ
レーションを作成した。図4.2(a)、(b)はそれぞれシミュレーションでのイベントディスプ
4.1 シミュレーションの構築 21
器中で全吸収するイベントをシングルヒットイベント、図4.2(b)のように入射γ 線がGe検
出器中でコンプトン散乱して複数のGe検出器にわたって検出されるイベントをマルチプル
ヒットイベントと呼ぶこととする。特に、2つのGe検出器にわたって検出される場合をダブ
ルヒットイベントと呼ぶ。
図4.1 Geant4に実装したBL04クラスタ型Ge検出器。
(a) シングルヒットイベントの様子。1つ
のGe検出器中で入射γ線のエネルギーを
全吸収している。
(b) マルチプルヒット(ダブルヒット)イ
ベントの様子。Ge検出器中でコンプトン
散乱し、隣のGe検出器へ入射している。
22 第4章 Geant4を用いたモンテカルロシミュレーション
4.1.2
エネルギー分解能の実装
Ge検出器のエネルギー分解能をシミュレーションに導入するために、BL04での線源を用
いた測定結果や115
In(n, γ)反応の測定結果を利用した。
Ge検出器の全エネルギー分解能は通常3つの要因を含み、式4.1で表される。[18]
σT2 =σ2D+σX2 +σ2E (4.1)
ここで、σT は全エネルギー分解能、σD は電荷キャリア数のポアッソン分布に従うことに起
因するピーク幅、σX は電荷キャリアの収集効率の影響によるピーク幅、σEは電子回路雑音
によるピーク幅を表している。
F をファノ因子(ポアッソン分布からのずれを定量化した因子)、εを電子正孔対1つを生
成するのに必要なエネルギー、Eγ をγ 線エネルギーとすると、σDは
σD =
√
F εEγ (4.2)
と表される。F とεは物質によって取る値が異なり、Geの場合F ∼0.112 [19]、ε= 2.96 eV
である。σXは電荷キャリア収集の不完全性によるものであり、検出器が大体積かつ低電場の
場合に効果が現れる。収集不完全性により、入射γ 線のエネルギーに依らず発生電荷キャリ
ア量の一定割合が収集されずに失われるとすると、σX は
σX =AEγ (4.3)
と表すことができる。ここで、Aは比例定数を表す。また、電子回路雑音は入射γ 線エネル
ギーには依存しないため、Bを定数として
σE =B (4.4)
と表される。よって、全エネルギー分解能はγ線エネルギーに依存する形で書くことができ、
σT =
√
F εEγ+ (AEγ)2+B2 (4.5)
となる。
BL04での測定により得られた γ 線エネルギー分布は図 4.3(a)、(b) の通りである。図
4.3(a)は152Eu線源のγ 線エネルギー分布、図4.3(b)はIn(n, γ)のγ 線エネルギー分布を
4.1 シミュレーションの構築 23
Gamma Energy [keV]
0 500 1000 1500 2000
Count
1 10 2 10
3 10
4 10
Eu)
152
Gamma Ray Spectrum (
(a) 152Eu線源のγ線エネルギー分布
Gamma Energy [keV]
5000 5500 6000 6500 7000
Counts
0 500 1000
In)
115
Gamma Ray Spectrum (
(b) 115
In(n, γ)のγ線エネルギー分布
24 第4章 Geant4を用いたモンテカルロシミュレーション
図4.4(a)は152Eu線源のγ 線エネルギー分布を1408 keVのピークに関して拡大したもの
である。Ge検出器より得られるγ線ピーク形状は理想的にはガウス関数であるが、実際には
図4.4(a)のように低エネルギー側に裾を引いている。この主な要因としては、コンプトン散
乱による影響の他に、Ge結晶の放射線損傷の影響が挙げられる。Ge結晶に放射線が入射す
ると、Ge結晶中に格子欠陥を生じる場合がある。γ 線がGe結晶へ入射することによって電
荷キャリアが生成され、その一部が格子欠陥に捕捉されると、電荷キャリア収集が不完全に なる。その結果として、低エネルギー側へ裾を引くこととなる。そのため、フィッティング の関数にはこの影響を含める必要がある。そこで、フィッティングには以下の関数を用いた。
f(Eγ) =Fgauss+Fskew +Ferf c (4.6)
ここでFgauss、Fskew、Ferf cはそれぞれガウス関数、スキュードガウス関数、相補誤差関数
であり、次の式で与えられる。
Fgauss =C exp(
Eγ−c
√
2σ )
2
(4.7)
Fskew =D exp(
Eγ−c
β ) erfc(
Eγ−c
√
2σ −
σ
√
2β) (4.8)
Ferf c=G erfc(
Eγ−c
√
2σ ) +H (4.9)
ここでC、D、GおよびHは定数、cはピーク位置、σ は標準偏差、βは低エネルギー側への
裾の広がりを示す。低エネルギー側への裾の広がりの影響としてスキュードガウス関数を導
入した(Fskew)。また、コンプトン散乱によってピーク前後で定数項の高さが変化すること
を考慮し、相補誤差関数を導入した(Ferf c)。
図4.4(a)(b)はフィッティング結果の例である。ガウス関数、スキュードガウス関数の高さ
を表す定数C、Dは、フリーパラメタが多いために各プロット共に安定した値を取っていな
い。しかし現在注目しているのは標準偏差σ と裾の広がりβのγ 線エネルギー依存性のみで
あり、これらは関数の高さに寄らないため、考慮しなくて良い。
標準偏差σ と裾の広がりβ のエネルギー依存性を図4.5に示す。標準偏差σ のγ 線エネ
ルギー依存性については、式4.5でフィットした。フィッティング結果より、低エネルギー
において寄与が大きいのは統計項σD と電子回路雑音項σE であるが、エネルギーの増加に
従って電荷収集効率項σX の影響が主要となることがわかる。また、裾の広がりβ のエネル
ギー依存性については、経験式としてI+J exp(KEγ)を用いてフィットした。ここで、I、
J、K は定数である。これら標準偏差σ、裾の拡がりβ のエネルギー依存性を、作成したシ
4.2 線源を使用したデータとシミュレーションの比較 25
s35
Entries 843317
Mean 1408
RMS 5.206
/ ndf
2
χ 36.2 / 30
Prob 0.2016
C 1904 ± 1253.8
c 1409 ± 0.4
σ 1.952 ± 0.072
D 1.148e+04 ± 1.520e+04
β 1.245 ± 0.235
G 11.95 ± 1.42
H 4.684 ± 0.604
Gamma Energy [keV]
1380 1390 1400 1410 1420 1430
Count 1 10 2 10 3 10 s35
Entries 843317
Mean 1408
RMS 5.206
/ ndf
2
χ 36.2 / 30
Prob 0.2016
C 1904 ± 1253.8
c 1409 ± 0.4
σ 1.952 ± 0.072
D 1.148e+04 ± 1.520e+04
β 1.245 ± 0.235
G 11.95 ± 1.42
H 4.684 ± 0.604
Eu)
152
Gamma Ray Spectrum (
(a) 1408 keVピークへのフィッティング
h_gE Entries 165576 Mean 5885 RMS 28.29
/ ndf
2
χ 61.77 / 74 Prob 0.844 C −13.61 ± 8.07 c 5895 ± 1.5
σ 5.678 ± 1.301 D 72.2 ± 132.7
β 5.297 ± 3.235 G 0.3913 ± 0.3246 H 1.986 ± 0.327
Gamma Energy[keV]
5840 5860 5880 5900 5920 5940
Counts
0 10 20
h_gE Entries 165576 Mean 5885 RMS 28.29
/ ndf
2
χ 61.77 / 74 Prob 0.844 C −13.61 ± 8.07 c 5895 ± 1.5
σ 5.678 ± 1.301 D 72.2 ± 132.7
β 5.297 ± 3.235 G 0.3913 ± 0.3246 H 1.986 ± 0.327
In)
115
Gamma Ray Spectrum (
(b) 5892.5 keVピークへのフィッティング
図4.4 各γ線ピークへのフィッティング結果。(a)は152Eu線源の1408 keVピークへ のフィッティング、(b)はIn(n, γ)反応の5892.5 keVピークへのフィッティングである。
Gamma Energy [keV]
0 1000 2000 3000 4000 5000 6000
Sigma [keV] 0 2 4 6 8 / ndf 2
χ 7.492 / 3 Prob 0.05777 F 0.112 ± 0 A 0.0009027 ± 2.689e−05 B 1.389 ± 0.09156
/ ndf
2
χ 7.492 / 3 Prob 0.05777 F 0.112 ± 0 A 0.0009027 ± 2.689e−05 B 1.389 ± 0.09156
Energy Dependence (Sigma)
(a) 標準偏差σのγ線エネルギー依存性
Gamma Energy [keV]
0 1000 2000 3000 4000 5000 6000
Tail [keV] 0 2 4 6 8 10 / ndf 2
χ 1.329 / 3 Prob 0.7222 I 0.9795 ± 0 J 0.1193 ± 0.1231 K 0.0006157 ± 0.0001781
/ ndf
2
χ 1.329 / 3 Prob 0.7222 I 0.9795 ± 0 J 0.1193 ± 0.1231 K 0.0006157 ± 0.0001781
Energy Dependence (Tail)
(b) 裾の広がりβのγ線エネルギー依存性
図4.5 Ge検出器のエネルギー分解能のγ線エネルギー依存性。(a)は標準偏差σのエネ ルギー依存性、(b)は裾の広がりβのエネルギー依存性を示す。横軸はγ線エネルギーを 示し、縦軸はそれぞれ(a)標準偏差、(b)裾の広がりを示す。
4.2
線源を使用したデータとシミュレーションの比較
作成したシミュレーションがデータを再現するかを確認するために、データとシミュレー
ション間で主に3種類の比較を行った。1つ目は線源を用いたγ 線エネルギースペクトルの
比較、2つ目は線源をビーム軸方向へ移動した際の各Ge検出器の応答の比較、3つ目はダブ
ルヒット分布の比較である。
26 第4章 Geant4を用いたモンテカルロシミュレーション
152
Eu線源を使用した。そこで、他の線源のデータを再現するシミュレーションが作成でき
ているかを確認するために、本節では137Cs線源を用いて取得したデータについて議論する。
4.2.1
137Cs
線源を用いた
γ
線エネルギースペクトルの比較
図4.6は137Csを検出器中央部(図3.4の試料設置位置)に設置した際のGe検出器1個の
シングルヒットの応答を示している。137Csはβ 崩壊によって137Baの準安定同位体に崩壊
し、その後基底状態になる。この基底状態に落ちる際に661.7 keVのγ 線を放出するため、
Ge検出器で取得されるγ 線スペクトルには 661.7 keVに全吸収ピークが存在する。発生し
たγ 線がGe検出器中で完全にエネルギーを落とし切ると全吸収ピークイベントとなるが、
実際には Ge検出器中で全エネルギーを落とし切る前に γ 線が検出器外部へ出てしまうイ
ベントが存在する。このために、全吸収ピークより低エネルギー側でコンプトンエッジや裾
を形成する。コンプトンエッジや裾の高さはGe結晶のサイズや検出器群の構成物質に大き
く依存する。図4.6は全吸収ピークの幅、コンプトンエッジや裾の高さなどについてシミュ
レーションがデータを再現していることを示している。ピークより高エネルギー部分でのず れは主に信号の重複(パイルアップ)に起因しており、全吸収ピークの測定レートよりも十 分に低いため考慮しなくて良い。
Gamma Energy [keV]
450 500 550 600 650 700
Count
1 10
2
10
3
10
4
10
Data
Simulation
Cs Gamma Ray Spectrum 137
4.2 線源を使用したデータとシミュレーションの比較 27
4.2.2
137Cs
線源をビーム軸方向へ移動した際の各
Ge
検出器の応答の比較
検出器中央部に線源を設置した場合については、シミュレーションが測定データを再現し ていることが確認できた。ここでは、線源位置をビーム軸方向へ動かした際にシミュレー
ションがデータを再現するかを確認する。線源の位置を動かすと Ge検出器の立体角が変わ
るため、全吸収ピークの高さやコンプトンエッジ、裾の高さが変わる。そこで、ここでは全
吸収ピークのイベント数に注目して、線源の位置をビーム軸方向に動かした際に各Ge検出
器の全吸収イベント数がどのように変動するかについて確認した。ここで、ピーク位置より
2σを全吸収イベントとした。
図4.7(a)は横軸に検出器中央部からの距離、縦軸に各Ge検出器の応答とクラスタ中央の
Ge検出器の応答の比を取ったグラフである。線源をビーム軸下流(+方向)に動かすと、下
流に位置する検出器(検出器角度70.9◦)の立体角が増えるために全吸収イベント数は増加
し、反対にビーム軸上流(−方向)に位置する検出器(検出器角度109.1◦)の立体角は減少
するため、全吸収イベント数は減少する様子が確認できる。ビーム軸0 cmに位置する(検出
器角度90◦)検出器については、各測定点でクラスタ中央の検出器と立体角が同等であるた
め、比に変化は見られない。
図4.7(b)に各測定点でのデータとシミュレーションの比を示す。各検出器、各測定点に関
してデータとシミュレーションの比は誤差の範囲内で1であり、ビーム軸上の各点でシミュ
レーションがデータを再現していることがわかる。
Position[cm] 10
− −5 0 5 10
Acceptance
0.5 1 1.5
2 Data, 70.9 [deg]
Data, 90 [deg] Data, 109.1 [deg]
Simulation, 70.9 [deg] Simulation, 90 [deg] Simulation, 109.1 [deg]
Position Dependence of Acceptance
(a) 137
Csをビーム軸方向に動かした際の中央のGe
検出器に対する各Ge検出器の応答。横軸は検出器中
央部からの距離、縦軸は各Ge検出器の応答と中央の Ge検出器の応答の比を示す。
Position[cm] 10
− −5 0 5 10
Data/Simulation 0.8 0.9 1 1.1 1.2 1.3 70.9 [deg] 90 [deg] 109.1 [deg] Data/Simulation Ratio (b) 137
Csのビーム軸方向の移動に関する各測定点で
のデータとシミュレーションの比。横軸は検出器中央 部からの距離、縦軸はデータとシミュレーションの比 を示す。
28 第4章 Geant4を用いたモンテカルロシミュレーション
4.2.3
ダブルヒット分布
シングルヒットについてはデータとシミュレーションに良い一致が確認できたため、次に
ダブルヒットについて確認する。隣り合う2つの検出器にエネルギーデポジットが存在し、
かつ2つの検出器でのエネルギーの和が全吸収イベント(661.7 keV)となるようにイベント
選別を行うと、図4.8(a)、(b)の分布が得られる。図4.8(a)はクラスタ中央のGe検出器と斜
めのGe検出器間でのダブルヒット分布について示しており、図4.8(b)はクラスタの斜めの
Ge検出器同士間でのダブルヒット分布について示している。各図について、データとシミュ
レーションが一致していることが確認できる。図4.8(a)が300 keV付近について非対称な分
布をしているのに対して、図4.8(b)が対称な分布となっているのは、中央の検出器と斜めの
検出器では立体角が僅かに異なるためである。各Ge検出器は、図4.9のように配置されてい
る。これは試料位置からクラスタ型Ge検出器を見た際に、各Ge検出器間に隙間ができない
ように設置されているためである。
Gamma Energy[keV]
0 100 200 300 400 500 600
events
0 100 200 300 400 500
/ndf.=2.33 2
χ
Double Hit
Data
Simulation
(a) 中央に位置する検出器と斜めに位置する検出
器間でのダブルヒット分布。
Gamma Energy[keV]
0 100 200 300 400 500 600
events
0 50 100 150 200 250 300 350
/ndf.=1.23 2
χ
Double Hit
Data
Simulation
(b) 斜めに位置する検出器同士間でのダブルヒッ
ト分布
図4.8 ダブルヒット分布のデータとシミュレーションの比較。横軸はγ 線エネルギー [keV]、縦軸はイベント数を示す。
試料
ビーム軸
4.3 測定角度誤認識の見積もり 29
以上の3 つの比較に関してシミュレーションがデータを再現していることから、シミュ
レーション上にBL04クラスタ型Ge検出器を正しく実装できていることがわかった。この
シミュレーションを利用して、次節で検出角度の誤認識率を見積もる。
4.3
測定角度誤認識の見積もり
測定角度誤認識のパターンとしては、図4.10(a)(b)の2パターンが存在する。図4.10(a)
は、γ線の初期入射方向にあるGe検出器にはエネルギーを残さずにそのまま隣のGe検出器
へ入射する場合である。図4.10(b)は、クラスタ型 Ge検出器へγ 線が入射する前に、検出
器群を構成する物質でコンプトン散乱して初期の方向とは異なる検出器へ入射する場合であ
る。前者をパターン1、後者をパターン2と呼ぶこととする。次項と次々項にて、これら2
パターンの誤検出のシミュレーション結果を記す。候補核種に関して、スピンパリティの定
まったγ 線ピークは5000 keV - 7000 keVに存在するため、5000 keV - 7000 keVの領域に
注目して調査する。特に、In(n, γ)反応は5892.5 keVに強度の高いピークを持ち、解析時に
は主にこのγ 線ピークを利用する。そのため、本章で最終的に導出する誤検出率は入射γ 線
エネルギー 5892.5 keVに注視したものである。5892.5 keVピークを解析に用いる理由は、
第5章で述べる。
(a) 初期方向のGe検出器にはエネルギーを残さず
に隣の検出器へ入射する場合。(パターン1)
≈
(b) 検出器群を構成する物質でコンプトン散乱し、
クラスタ型Ge検出器へ入射する前に初期の入射方
向情報を失ってしまう場合。(パターン2)