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学位論文 Experimental Particle Physicsyushu University

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(1)

平成

26

年度 修士論文

ATLAS

実験シリコン飛跡検出器の

宇宙線を用いた性能評価

九州大学大学院 理学府 物理学専攻

粒子物理学分野 素粒子実験研究室

古浦 新司

指導教員 東城 順治

(2)
(3)

概要

ATLAS(A Toroidal LHC ApparatuS)実験は、欧州合同原子核研究機構(CERN)にある大

型ハドロン衝突型加速器(LHC : Large Hadron Collider)を用いた新たな物理事象の探索を目

的とした実験である。汎用測定器であるATLAS検出器を用いて陽子-陽子衝突から発生する

多数の粒子を検出し、新粒子や余剰次元の存在などの探索を行う。2012年にATLAS実験グ

ループは、同様の目的を持つCMS実験グループとともに、素粒子標準模型で最後の未発見粒

子であったヒッグス粒子の発見を発表した。LHC加速器は2015年5月に再開予定のRUN2

に向けて、アップグレードのために長期シャットダウン中である。一方、ATLAS検出器も再

稼働を前に様々なアップグレード作業を完了した。

アップグレード作業を経たATLAS検出器をこれまで通り正しく動作させ、各部検出器の

性能をRUN2の開始までに評価しておくことは非常に重要である。そのため、ATLAS実験

グループでは2014年2月から約1年の間に複数回の動作試験期間(MX : Milestone X)を設 けて、段階的に検出器の動作確認及び性能評価を行ってきた。2014年11月末から12月頭に

かけて実施したM7では、ATLAS検出器全体をコミッショニングするために宇宙線データを

取得した。本研究の目的は、このM7で収集した宇宙線データを使用してATLAS検出器内

にあるシリコン飛跡検出器(SCT : SemiConductor Tracker)の検出効率を測定し、その性能

を評価することである。SCT検出器は、4層のバレル部とビーム軸前方後方それぞれ9層の

エンドキャップ部から構成されるシリコンストリップ検出器であり、その読み出しチャンネ ルの総数は約628万チャンネルである。80µmピッチのストリップを持つセンサー2枚を40 mradの角度をつけて組み合わせることにより、荷電粒子の飛跡を約23µmの位置分解能で

検出し、飛跡の運動量の測定に重要な役割を果たす。SCT検出器はアップグレード作業にお

いてデータ収集系を大幅に変更したため、これまでと同等に動作が行えるか確認する必要が あった。本研究により、SCT検出器の検出効率は、バレル部とエンドキャップ部Aサイドで

要求値の99%を越える結果を得た。衝突実験を行っていた2012年に取得した宇宙線データ

と比較しても良好な結果である。一方、エンドキャップ部Cサイドは99%を下回る検出効率 であり、RUN2の開始までにさらに調整することが課題である。

(4)
(5)

iii

目次

1章 はじめに 1

2LHC-ATLAS実験 3

2.1 LHC加速器 . . . 3

2.1.1 LHC加速器を用いた実験 . . . 4

2.2 ATLAS実験 . . . 6

2.2.1 ATLAS検出器 . . . 6

2.3 LHC加速器とATLAS検出器のアップグレード . . . 10

2.3.1 LHC加速器のアップグレード . . . 10

2.3.2 ATLAS検出器のアップグレード . . . 12

3章 シリコン飛跡検出器 15 3.1 内部飛跡検出器 . . . 15

3.2 シリコン飛跡検出器 . . . 17

3.2.1 検出原理 . . . 17

3.2.2 センサー . . . 19

3.2.3 モジュール . . . 19

3.2.4 SCT検出器の各モジュールの配置 . . . 20

3.2.5 データ収集系 . . . 22

3.3 較正 . . . 23

3.3.1 キャリブレーションの流れ . . . 23

3.3.2 キャリブレーションデータベース . . . 25

3.4 SCT検出器におけるアップグレード . . . 26

4章 宇宙線データの収集 27 4.1 期間 . . . 27

4.2 データ収集条件 . . . 27

(6)

目次

4.4 発生した問題 . . . 35

4.4.1 COOLデータベース上のミス . . . 35

4.4.2 TXラインの配線ミス . . . 36

4.5 統計 . . . 37

5章 データ解析 39 5.1 各種の定義. . . 39

5.1.1 クラスターとスペースポイント . . . 39

5.1.2 トラックに付随したヒット . . . 40

5.1.3 検出効率 . . . 41

6章 結果と考察 45 6.1 マイルストーン7の結果 . . . 45

6.2 2012年取得データとの比較 . . . 50

6.3 バッドストリップの数と検出効率との相関 . . . 53

6.4 未解決の問題 . . . 55

6.4.1 Run#248115で生じたバレル部一部モジュールの急激な検出効率低下 55

7章 まとめ 61

参考文献 65

(7)

v

図目次

2.1 LHC加速器の俯瞰イラスト . . . 4

2.2 LHC加速器の各衝突点に設置された検出器 . . . 5

2.3 ATLAS検出器の全景 . . . 7

2.4 各粒子とATLAS検出器各部との反応 . . . 7

2.5 ATLAS検出器内のカロリメータ . . . 9

2.6 ATLAS検出器内のミューオン検出器 . . . 10

2.7 LS1中のLHC加速器のアップグレード作業 . . . 11

2.8 IBL検出器のインストールの様子 . . . 12

3.1 内部飛跡検出器全体とその詳細 . . . 16

3.2 導体・半導体・絶縁体の模式図 . . . 17

3.3 pn接合への逆バイアス印加 . . . 18

3.4 p-in-n型センサーの模式図 . . . 18

3.5 SCT検出器のモジュール . . . 20

3.6 センサー上のストリップの模式図 . . . 20

3.7 SCT検出器のバレル層・エンドキャップ部ディスクの配置 . . . 21

3.8 組み付けられたSCTモジュール . . . 21

3.9 SCT検出器のデータ収集系 . . . 22

3.10 ASIC内の構造 . . . 24

3.11 Sカーブ測定 . . . 25

3.12 ゲインの測定 . . . 25

4.1 SCT検出器バレル部各モジュールの温度 . . . 28

4.2 SCT検出器エンドキャップ部各モジュールの温度 . . . 29

4.3 SCT検出器バレル部各モジュールの印加電圧値. . . 30

4.4 SCT検出器エンドキャップ部各モジュールの印加電圧値 . . . 30

4.5 SCT検出器バレル部各モジュールのリーク電流値 . . . 32

(8)

図目次

4.7 SCT検出器バレル部各モジュールのゲイン . . . 33

4.8 SCT検出器エンドキャップ部各モジュールのゲイン . . . 33

4.9 SCT検出器バレル部各モジュールのノイズ . . . 34

4.10 SCT検出器エンドキャップ部各モジュールのノイズ . . . 35

4.11 COOLデータベースのミス . . . 36

4.12 TXラインの配線ミス . . . 36

5.1 スペースポイントの定義 . . . 39

5.2 クラスターサイズ . . . 40

5.3 トラックに付随したヒット . . . 40

5.4 検出効率の定義の模式図 . . . 42

5.5 バレルレイヤー2でデータ取得から外したモジュール . . . 42

6.1 M7データから求めたSCT検出器各部の検出効率 . . . 46

6.2 M7データから求めたSCT検出器バレル部各レイヤーの検出効率. . . 47

6.3 バレルレイヤー3サイド0の検出効率とヒット数のηφ分布 . . . 47

6.4 M7データから求めたSCT検出器エンドキャップAサイドの検出効率 . . . . 48

6.5 M7データから求めたSCT検出器エンドキャップCサイドの検出効率 . . . . 49

6.6 M7データと2012年取得データとの検出効率の比較 . . . 50

6.7 バレル部各レイヤーの検出効率のM7データと2012年取得データとの比較 . 51 6.8 エンドキャップ部Aサイドの検出効率のM7データと2012年取得データと の比較 . . . 52

6.9 エンドキャップ部Cサイドの検出効率のM7データと2012年取得データと の比較 . . . 52

6.10 検出効率とバッドストリップの割合との関係 . . . 54

6.11 検出効率とバッドストリップの割合との相関 . . . 54

6.12 Run#248115のバレル部各レイヤーの検出効率 . . . 55

6.13 Run#248115の各バレルレイヤーの検出効率のηφ分布 . . . 57

6.14 Run#248115でのバレルレイヤー1サイド0の検出効率・ヒット・トラック に付随したヒットのηφ分布 . . . 58

6.15 Run#248115での各バレルレイヤーの検出効率のルミノシティブロック依存性 59

(9)

1

1

はじめに

素粒子の標準模型(SM : Standard Model)は、17 個の素粒子で全ての物質とそれら同士

の相互作用の記述を試みる理論である。素粒子は物質の最小構成要素で、よく知られている 電子も素粒子のひとつである。SMによると、物質粒子同士の相互作用はそれら物質粒子間

でのゲージボソンの交換によって説明できる。2012年に大型ハドロン衝突型加速器(LHC :

Large Hadron Collider)を用いたATLAS実験とCMS実験により新たなボソンが発見され、

2013年にそれがSM内最後の未発見粒子ヒッグス粒子であることが確かめられ[1] [2]、つい にSMは実験的にも確かなものとなった。しかし、SMの枠組みの中には最もありふれた相互

作用である重力相互作用が含まれていない。さらには、ニュートリノ振動[3]やミューオン異

常磁気モーメントの理論値からのズレ[4]などSMでは説明できない多くの実験的事実が示 されている。そこで今日の素粒子物理学の研究者たちはSMを越えた新物理(BSM : Beyond

the Standard Model)があると考え、その発見に全力を注いでいる。ヒッグス粒子の発見後、

ATLAS実験グループが目指しているのもBSMへと繋がる物理である。具体的には、超対称

性粒子の発見、余剰次元の存在などである。ATLAS実験では2009年に物理データ収集を開

始して以来、それらの探索を精力的に行っているが未だ叶っていない。しかし、多くの人達

がこのATLAS実験を通してヒッグス粒子発見以上の驚きがもたらされるものと考えている。

2013年にはLHC加速器のアップグレードのための長期シャットダウンに伴ってATLAS

実験はデータ収集を中断し、2015年5月に再開予定の衝突エネルギー13 TeVでの運転に向

けて検出器のアップグレードを行った。本研究では、ATLAS検出器内で荷電粒子の飛跡検出

及び運動量測定に重要な役割を果たすシリコン飛跡検出器がこのアップグレード作業を経て 正しく動作し、十分な性能を保持しているかをその検出効率を求めることで評価した。直接 物理につながる仕事ではないが、今後のATLAS実験ひいては素粒子物理学の発展に大きく

(10)

第1. はじめに

ルストーンランについてと解析に使用した宇宙線データの詳細を述べる。第5章において本

研究で検出性能の評価基準とした検出効率と解析に使用した種々の量の定義を解説する。第

6章で本研究より得た結果を報告し、それに対する考察を述べる。第7章では、結果を受け

ての今後の展望を述べて、本論文のまとめとする。

(11)

3

2

LHC-ATLAS

実験

2.1

LHC

加速器

大型ハドロン衝突型加速器(LHC : Large Hadron Collider)[5]は、ジュネーブ郊外に位置

する欧州合同原子核研究機構(CERN)が有する世界最大の円形加速器である。その周長は約

27 kmであり、地下約100 mに掘られたトンネル内にスイスとフランスの国境を跨いで設置

されている。図2.1に概略図を示す。LHC加速器はシンクロトロン加速器であり、ビーム偏

向用双極電磁石1232台とビーム収束用四極電磁石392台から構成されている。全ての電磁

石に超伝導電磁石を使用することにより高電流を流すことが可能になり、メインの双極電磁

石では8.4 Tの強磁場を発生させることができる。陽子の加速はまずLinac線形加速器で50

MeV、次に陽子シンクロトロンブースター(PSB)で1.4 GeV、陽子シンクロトロン加速器

(PS)で25 GeV、スーパー陽子シンクロトロン加速器(SPS)で450 GeVまでとLHC加速

器入射前に段階的に行われ、最終的にLHC加速器で4 TeV*1のエネルギーまで加速される。

またLHC加速器は、陽子だけでなく重イオンを加速させることも可能である。加速された粒

子ビームはリング上の4箇所で収束され、衝突する。各衝突点で行われている実験について

は次節で紹介する。LHC加速器は2015年5月に再開予定の衝突エネルギー13 TeV、ピーク

ルミノシティ1034cm−2s−1 での運転(RUN2)に向けて、2013年2月よりアップグレードの

ために長期シャットダウン中である。シャットダウン中のアップグレード作業については2.3

節で記述する。

*1設計上、最大7 TeVのエネルギーまで加速可能だが、2009年から始まったRUN1では最高4 TeVで運転が行

(12)

第2. LHC-ATLAS実験 2.1. LHC加速器

図2.1: LHC加速器の俯瞰イラスト。ビームラインは地下約100 mに位置し、4箇所の衝突点

で実験が行われる。CERNウェブサイトより引用。

2.1.1

LHC

加速器を用いた実験

LHC加速器のリング上には4箇所の衝突点があり、図2.2に示すように、それぞれに巨大

な検出器が設置され、以下の4つの実験が行われている。

ATLAS実験

ATLAS(A Toroidal LHC ApparatuS)実験[6]は、ATLAS検出器を用いてヒッグス粒子・

超対称性粒子・余剰次元等の新物理を探索する実験であり、本論文ではこの実験を扱う。

ATLAS実験の詳細については2.2節で記述する。

CMS実験

CMS(Compact Muon Solenoid)実験[7]は、ATLAS実験と並ぶ規模の実験である。CMS

検出器を使用し、ATLAS実験同様にヒッグス粒子・超対称性粒子・余剰次元等の新物理探索

を目的とする。2012年にはATLAS実験とともに素粒子標準模型で最後の未発見粒子であっ

たヒッグス粒子の発見を発表した。

実験目的はATLAS実験とほとんど同じだが、検出器の構造はATLAS検出器とはかなり異

なっている。異なる装置で同じ測定を行うことでクロスチェックを行えるという利点がある。

(13)

第2. LHC-ATLAS実験 2.1. LHC加速器

ALICE実験

ALICE(A Large Ion Collider Experiment)実験[8]は、唯一高エネルギー重イオン衝突に

特化した実験である。LHC加速器で加速された鉛イオンの衝突から宇宙初期に存在したとさ

れる物質相クォーク・グルーオンプラズマ状態を作り出し、クォークの閉じ込め機構やハド ロン質量の発現機構等の解明を目指す。

LHCb実験

LHCb(LHC beauty)実験[9]の”beauty”は、”bottom”クォークのもう一つの呼称である。

ボトムクォーク及び反ボトムクォークを含むB中間子の崩壊を測定し、粒子-反粒子の非対称

性の研究を行う。

図2.2: LHC加速器の各衝突点に設置された検出器。それぞれ、ATLAS検出器(左上), CMS

検出器(右上), ALICE検出器(左下), LHCb検出器(右下)である。CERNウェブサイト

より引用。

(14)

第2. LHC-ATLAS実験 2.2. ATLAS実験

2.2

ATLAS

実験

ATLAS実験 [6]は、LHC加速器で加速された陽子同士の衝突から生じる多数の粒子を汎

用検出装置であるATLAS検出器を使って検出し、その解析から新たな物理事象の発見を目

指す実験である。全世界38カ国、177の大学及び研究所から学生約1000名を含む 3000人

の研究者が参加し、共同で実験を遂行している。具体的な目標としては、ヒッグス粒子の発 見、超対称性粒子・ブラックホール等の素粒子標準模型を越えた物理の発見が挙げられる。 このうちのヒッグス粒子については、2012年にCMS実験グループとともにその存在を発見

したことを発表し、2013年のヒッグス、アングレール両氏のノーベル賞受賞に直接的に貢献

した。受賞理由にATLAS実験とCMS実験の貢献が明記されたのは過去の例を見ても異例

のことである。ATLAS実験でのデータ取得は、2013年2月から始まったLHC加速器の長期

シャットダウンに伴って一旦中断し、2015年5月再開予定のRUN2に向けた検出器のアッ

プグレードを終えたところである。

2.2.1

ATLAS

検出器

ATLAS検出器[10][11]は様々な種類の検出器によって構成された複合型の検出装置であ

る。図2.3に検出器の全体図を示す。高さ約25 m、長さ約44 m、重さ約7000トンの巨大な

装置で、衝突点を中心に層構造を取っている。最内層から内部飛跡検出器、超伝導ソレノイ ド磁石、電磁カロリメータ、ハドロンカロリメータ、超伝導トロイド磁石、ミューオン検出 器を配置し、各粒子の運動量やエネルギーを測定し、粒子の種類の同定を行う。図2.4に各粒

子が検出される部分を示す。

ATLAS検出器における座標は衝突点を原点とし、ビーム軸方向をz軸、それに垂直な平面

xy平面と定義する。衝突点からLHC加速器リング中心点を向く方向が x軸、鉛直上

向きがy軸である。LHC加速器リングの反時計回りの方向をz軸正とし、ATLAS検出器の

z軸正側をAサイド、z軸負側をCサイドと呼ぶ。ここで、z軸からの天頂角をθとすると、 擬ラピディティηを、

η=ln [

tanθ 2

]

(2.1)

と定義する。ATLAS実験では各検出器が覆う領域を示すとき、この擬ラピディティηを使用 する。

(15)

第2. LHC-ATLAS実験 2.2. ATLAS実験

図2.3: ATLAS検出器の全景。衝突点を中心に様々な種類の検出器が並んでいる。

図2.4:各粒子とATLAS検出器各部との反応。ミューオン・光子・陽子・中性子・電子・ニュー

トリノが検出器内で検出される部分を示している。

(16)

第2. LHC-ATLAS実験 2.2. ATLAS実験

内部飛跡検出器

内部飛跡検出器は、陽子-陽子衝突から生じた荷電粒子の飛跡を検出し、粒子の運動量を測

定する。ATLAS検出器の最内層に位置し、内側からピクセル検出器、シリコン飛跡検出器、

遷移放射検出器の3種の検出器で構成している。またシャットダウン中のアップグレードで 既存のピクセル検出器の内側にもう一層のピクセル検出器を追加した。内部飛跡検出器の詳 細については次章で記述する。

電磁カロリメータ

図2.5にATLAS検出器のカロリメータの全体図を示す。電磁カロリメータ[12]では、電

子及び光子のエネルギー測定を行う。カロリメータは吸収層と検出層で構成されており、入 射粒子が吸収層で生じる粒子シャワーのエネルギーを検出層で測定し、入射粒子の全エネル ギーを測定する。ATLAS検出器の電磁カロリメータは検出層に液体アルゴン、吸収層に鉛

を使用している。各層をアコーディオン型に重ねていくことによって、粒子の放出方向に よる応答の偏りを減らすと同時に読み出しをしやすくしているのが特徴である。バレル部

(LAr EM barrel)とエンドキャップ部(EMEC : LAr EM end-cap)に分かれており、それぞ

れ|η|< 1.475と1.375< |η|< 3.2の領域をカバーしている。また、より強い放射線に曝され

る高η領域3.1< |η|< 4.9には、放射線耐性を高めるため吸収層に銅を使用した前方液体ア ルゴンカロリメータ(FCAL : LAr forward calorimeter)を用意している。

ハドロンカロリメータ

ハドロンカロリメータ[12]は、パイ中間子・陽子・中性子などのハドロンのエネルギー測

定を行う。ATLAS検出器のハドロンカロリメータは、タイルハドロンカロリメータとハド

ロンエンドキャップカロリメータの2種から成る。タイルハドロンカロリメータは吸収層に

鉄、検出層にプラスチックシンチレータのタイルを使用している。バレル部と延長バレル部 に分けられており、それぞれ|η|< 1.0と0.8 < |η| < 1.7の領域をカバーしている。ハドロン

エンドキャップカロリメータは、銅の吸収層と液体アルゴンの検出層を持ったカロリメータ で1.5<|η|<3.2の領域をカバーしている。

(17)

第2. LHC-ATLAS実験 2.2. ATLAS実験

図2.5: ATLAS検出器内のカロリメータ

ミューオンスペクトロメータ

ミューオンは電子に比べ約200倍も重く透過力が高いため、カロリメータの吸収層も透過

してしまう。そのため、ミューオン検出器は最外層に設置する。図 2.6にATLAS検出器の

ミューオンスペクトロメータの全体図を示す。ATLAS検出器のミューオン検出器[13] は、

超伝導トロイド磁石による約 1 Tの磁場と組み合わせてスペクトロメータとして機能する。

飛跡測定用のMDT(Monitored Drift Tube)・CSC(Cathode Strip Chamber)、トリガー用の

RPC(Resistive Plate Chamber)・TGC(Thin Gap Chamber)の4種類が存在し、ミューオン

の運動量測定及びミューオン信号によるトリガー発行を担う。

MDTはバレル部・エンドキャップ部両方に設置しており、0.0 < |η|< 2.7の領域をカバー

している。MDTを構成する個々のチューブは、30 mm径のアルミ製チューブ内にタングス

テン-レニウム製のワイヤーが張られ、中がアルゴン・窒素・メタンの混合ガスで満たされて いる。ミューオンが通過することで内部のガスがイオン化され、それがワイヤーを通して信 号として読み出される。CSCはMDTと同様に飛跡測定を目的とした検出器だが、よりバッ

クグラウンドの多いエンドキャップ内層かつ高η領域2.0 < |η|< 2.7をカバーしている。セ

グメント分けされたカソードと複数の読み出しワイヤー及びアルゴンと二酸化炭素の混合ガ スを含んだ比例係数チェンバーで高い計数率にも耐えられるようになっている。RPCは、高

抵抗のプレートを複数枚並べた構造をしたガス検出器で、バレル領域0.0 < |η| < 1.0での

ミューオントリガー生成を担っている。TGCは薄型の多線式比例係数チェンバーで、エンド キャップ領域1.0< |η|<2.4でのミューオントリガー生成を行う。

(18)

第2. LHC-ATLAS実験 2.3. LHC加速器とATLAS検出器のアップグレード

図2.6: ATLAS検出器内のミューオン検出器

2.3

LHC

加速器と

ATLAS

検出器のアップグレード

LHC加速器は2009年11月に最初の陽子-陽子衝突を重心系エネルギー0.9 TeVで成功さ

せた後、2010から2012年の間にその衝突エネルギーを1.8 TeV、7 TeV、8 TeVと段階的に

上昇させてきた。しかし、LHC加速器の衝突エネルギーの設計値は最大14 TeVであり、い

まだ本来の性能を出すには至っていない。2015年5月開始予定のRUN2では13 TeVで運転

を開始し、その状況次第で設計性能の14 TeVまでエネルギーを上げる計画である。その準備

として、2013年2月から始まった長期シャットダウン(LS1 : Long Shutdown 1)で、LHC

加速器には多くの改修が施された。図2.7にLS1で行われた作業をまとめる。また LHC加

速器は更なる性能向上のためのアップグレード計画を将来的に予定している。LHC加速器の

衝突エネルギー上昇に伴い、ATLAS検出器においても様々なアップグレードを行う。今回の

LS1でも、いくつかのアップグレード作業を実施した。以下にその概要を記述する。

2.3.1

LHC

加速器のアップグレード

LS1中の作業

■超伝導磁石間の電気的接続の強化・補修

LHC加速器内では、陽子ビームを周回軌道上に保持するため、また陽子ビーム自体を細く絞

(19)

第2. LHC-ATLAS実験 2.3. LHC加速器とATLAS検出器のアップグレード

に冷やされ超伝導状態を保つ。各超伝導磁石は超伝導線材で接続しており、この超伝導線の 回りは銅材で覆われている。超伝導線材を銅で覆うのは、超伝導状態が何らかの原因で壊れ てしまった(クエンチという)ときに超伝導線を保護するためである。超伝導線単体でクエ ンチが生じると、急激な抵抗値上昇により一気にジュール熱が発生し超伝導線に損傷を与え てしまう。銅材で覆っておくことでクエンチが起きた際の電流の逃げ道ができ、この被害を 防止することができる。LS1中のLHC加速器の補修作業で最も重点的に行われたのが、この

超伝導線を覆う銅材の各超伝導磁石間での接続の補強である。銅材同士の接続はハンダ付け によって行うが、接続部の発熱を100 mW以下に抑えるために接続部間の抵抗が0.5 nΩ以下

であることが要求されている。LS1中の補修で10,170の接続箇所の抵抗測定及び強化・補修

作業を実施した。

■その他

その他には、3 つの四重極磁石の置き換え、15の双極磁石の置き換え、圧力開放弁の追加、

ガスリーク検査等様々な強化・補修作業を行った。

図2.7: LS1中のLHC加速器のアップグレード作業。13 TeVのエネルギーを実現するための

装置の強化・補修作業がメインとなった。CERNウェブサイトより引用。

(20)

第2. LHC-ATLAS実験 2.3. LHC加速器とATLAS検出器のアップグレード

将来計画

LHC加速器は、今後2018年と2022年にも長期のシャットダウン期間(LS2、LS3)を取

りアップグレードを行う予定である。LS2では、LHC加速器入射前の陽子の加速を担う線形 加速器を新設のものに置き換え、衝突型加速器の衝突頻度の目安であるピークルミノシティ を現在の約5倍に上げる予定である。さらにLS3では、HL-LHC(High Luminosity-LHC)の

プログラムが計画されており[14]、ビーム入射の改善・より強い超伝導磁石の開発によって

ピークルミノシティを現在の約10倍にすることを目指している。

2.3.2

ATLAS

検出器のアップグレード

LS1でのアップグレード

■新たなピクセル検出器の追加

将来的なLHC加速器のルミノシティ向上による1イベント当たりの陽子衝突数の増加に伴

い、ATLAS検出器の最内層にあるピクセル検出器はその検出効率を維持できなくなってしま

うことが懸案事項となっていた。そこで、LS1中に既存のピクセル検出器のさらに内側に新

たにピクセル検出器をインストールした。図2.8にインストールの様子を示す。この新しい

最内層のピクセル検出器は、Insertable b-layer(IBL)検出器[15]と呼ばれる。単純にパイル

アップの増加に対応するだけでなく、物理解析にも大きな効果をもたらすことが期待されて いる。IBL検出器の追加に当たっては、既存のピクセル検出器とビームパイプとの隙間がわ

ずか 8.5 mmと狭かったため、従来の29 mmより細い23.5 mmの新ビームパイプを準備し

た。それでもなお、ビームパイプと既存ピクセル検出器との隙間は14 mmと限られたもので

あったので、IBL検出器はビームパイプと一体型で組み上げ、その後ピクセル検出器内側に

挿入された。

図2.8: ピクセル検出器内層へのIBLのインストールの様子。CERNウェブサイトより引用。

(21)

第2. LHC-ATLAS実験 2.3. LHC加速器とATLAS検出器のアップグレード

■新たなミューオン検出器の追加

既存のミューオン検出器でカバーできていなかった領域を覆うために新たなミューオン検出 器を追加した。EEチェンバー(Extended-endcap chamber)と呼ばれ、既存のミューオン検出 器バレル部とエンドキャップ部がカバーできていなかった中間領域に設置されている。この 新たなミューオン検出器により、トリガー効率の向上が期待される。

■その他

以上に記述したアップグレードの他に、マグネット冷却系の強化、中性子シールドの強化、各 検出器のメンテナンス等の作業が行われた。本研究で扱うシリコン飛跡検出器に施した作業 に関しては、第3章で記述する。

将来計画

HL-LHC加速器のプログラムの実現に向けて、LS2及びLS3においてATLAS検出器は大

幅なアップグレードを予定している[16]。LS2では新たなミューオン検出器の導入とより速

いトリガーシステムへの移行が行われる。LS3では内部飛跡検出器の総入れ替え、液体アル ゴン検出器及びタイルハドロンカロリメータの読み出し回路の入れ替え、トリガーシステム のアップグレード、前方の検出器のアップグレード等、大規模なアップグレード作業を計画 している。

(22)
(23)

15

3

シリコン飛跡検出器

この章では、ATLAS検出器の内部飛跡検出器について記述した後、本論文の研究対象であ

るシリコン飛跡検出器について、その検出原理とセンサー・モジュール・データ収集系につ いて説明する。また、シリコン飛跡検出器の較正についても説明する。

3.1

内部飛跡検出器

図3.1に内部飛跡検出器の全体図を示す。2.2.1節で記述したように、内部飛跡検出器は

ATLAS検出器の最内層にあり、|η|< 2.5の領域を覆う。4つの異なる検出器と、超伝導ソレ

ノイド磁石で生成した2 Tの磁場を用い、衝突点から来る荷電粒子の飛跡を検出し、崩壊点

の検出や運動量の測定において重要な役割を果たす。4つの検出器は、内側からIBL検出器、

ピクセル検出器、シリコン飛跡検出器、遷移放射検出器である。この内、IBL検出器につい

ては、2.3.2節ですでに記述した。以下にIBL検出器以外の各検出器について説明する。

ピクセル検出器

ピクセル検出器[17] は、3 層のバレル部と片側3枚ずつのエンドキャップ部で構成され

たシリコンピクセル検出器である。1744個のモジュールを持ち、モジュール毎の有感領域

は16.4 mm×60.8 mm、その中に50µm×400µmのピクセルを47,232個含んでいる。各ピ

クセルは、読み出しチップとバンプボンディングという方式で半田接続している。読み出し チャンネルの総数は、8040万チャンネルである。

シリコン飛跡検出器

シリコン飛跡検出器は、4層のバレル部と片側9層のエンドキャップ部で構成されたシリ

(24)

第3. シリコン飛跡検出器 3.1. 内部飛跡検出器

遷移放射検出器

遷移放射検出器(TRT : Transition Radiation Tracker)[18]は、ガスと読み出しワイヤを封

入した298,304本のストロー型比例計数管で構成されている。ストローは4 mm径で、ガス

はキセノン70 %と二酸化炭素27 %と酸素3 %を混合したガス、ワイヤは30µm径のタン

グステン-レニウムを使用している。また、チューブの間にはポリプロピレンの層がある。異

なる物質の境界面に速度の速い荷電粒子が通過すると、遷移放射によってその粒子の進行方 向にX線が発生することを利用し、飛跡を検出するだけでなく電子の識別も行う。

図3.1: 内部飛跡検出器全体(上図)とエンドキャップ部(左下図)、バレル部(右下図)の断

面図。最内層から、IBL検出器(この図では描かれていない)、ピクセル検出器、シリコン飛

跡検出器、遷移放射検出器で構成されている。CERNウェブサイトより引用。

(25)

第3. シリコン飛跡検出器 3.2. シリコン飛跡検出器

3.2

シリコン飛跡検出器

この節では、本研究において宇宙線を用いて性能評価を行ったシリコン飛跡検出器(SCT

: SemiConductor Tracker)[19]の検出原理、及びその各コンポーネントについて記述する。

SCT検出器は、ATLAS検出器内で粒子の運動量測定・衝突粒子同士の最接近距離であるイン

パクトパラメータ測定・衝突で生じた粒子の崩壊点検出で重要な役割を果たすシリコン半導 体検出器である。

3.2.1

検出原理

pn接合

半導体は、導体と絶縁体の中間の性質を持つ物質である。図3.2に、導体・半導体・絶縁体

の模式図を示す。ある物質に電流が流れるとき、電子は価電子帯から伝導帯へと移動してい る。この価電子帯と伝導帯の間に大きなエネルギーギャップ(バンドギャップという)があ るものが絶縁体であり、バンドギャップのないものが導体である。つまり、半導体のバンド ギャップは、ゼロではないが絶縁体ほどは大きくない状態である。

図3.2:導体・半導体・絶縁体の価電子帯・バンドギャップ・伝導帯の模式図

半導体中における電荷の移動の担い手は伝導電子と正孔であり、キャリアと呼ばれる。純 粋な半導体は電気伝導性が低いので微量の不純物を加えて不純物半導体とし伝導性を高める。 このとき支配的なキャリアが伝導電子か正孔かによって、半導体はn型とp型の2種類に分

けられる。n型とp型の半導体を接合することをpn接合と言う。図3.3に示すように、pn接

合のn型側に正電圧(逆バイアス)を印加すると、互いの型の間にキャリアの全く存在しな い空乏層ができる。

(26)

第3. シリコン飛跡検出器 3.2. シリコン飛跡検出器

図3.3: pn接合に逆バイアス(n型側に正電圧)を印加したときの模式図。接合面に空乏層が

生じる。

p-in-n型センサー

SCT検出器のセンサーの模式図を図3.4 に示す。SCT検出器のセンサーは、n-バルクと呼

ばれるn型半導体の中にpインプラントと呼ばれる p型半導体が埋め込まれる形になってお

り、p-in-n型センサーと呼ぶ。センサーのn+に電圧を印加(逆バイアス)すると、nバルク内

に空乏層が広がる。nバルク全体が空乏化するときの電圧を全空乏化電圧と呼び、SCT検出

器動作時には全空乏化電圧以上の電圧を印加する。センサーに荷電粒子が通過しエネルギー を落とすと、空乏層内で電離が起き電子-正孔対が生成される。電子-正孔対が電場により電極

にドリフトされ、p型電極とAC結合されたアルミ読み出しストリップから信号を読み出す。

その後、電荷は読み出しチップに入り、1 fCの閾値を越えた信号に対してデジタル信号を生

成する。

図3.4: SCT検出器センサー(p-in-n型センサー)の模式図

(27)

第3. シリコン飛跡検出器 3.2. シリコン飛跡検出器

3.2.2

センサー

SCT検出器のセンサー[20]は、p-in-n型のセンサーである。ストリップ状に読み出しチャ

ンネルを配置しているため荷電粒子の通過に対して一次元の位置情報を得ることができる。 バレル部とエンドキャップ部ではセンサーの形状が異なる。図 3.5 に示すように、エンド

キャップ部ではさらに5種類の異なる形状(図内W12, W21, W22, W31, W32)のセンサー

を用いている。バレル部センサーは63.6 mm×63.6 mmの正方形で、80µmピッチの読み出

しストリップが768本ある。エンドキャップ部のセンサーは外形が台形型で、読み出しスト

リップは台形の上底と下底を結ぶように放射状に並んでいる。そのストリップの間隔は56.9

µmから90.4 µmと1枚のセンサーの中で一様ではないが、ストリップの本数はどれも768

本である。

バレル部・エンドキャップ部でそれぞれ総計8,448枚と 8,140枚のセンサーを使用してい るが、全てを一社のメーカーが製造したのではなく、日本のHamamatsu社とドイツのCiS

社が分担して製造した。バレル部全センサー及びエンドキャップ部の6,944枚のセンサーが

Hamamatsu製で、残りのエンドキャップ部センサー1,196枚がCiS製である。両者が製造し

たセンサーにはいくつかの相違点があり、顕著なものとしてストリップを取り囲むガードリン グの構造がHamamatsu社は1本である一方、CiS社のものは16本ある。また、Hamamatsu

社のセンサーには、シリコン半導体の切断面がミラー指数で< 111 >のものと、< 100>の ものの2種類が存在する。< 100>のものを用いたモジュールは約90個ほどしかないが、両

者の間ではたわみ方の違いなどがあり、わずかに性能の違いが出る。

3.2.3

モジュール

SCT検出器の1つのモジュールは、センサー4枚とそれを組み付けるためのベースボー

ド、12個の読み出し用チップと読み出し回路を載せたハイブリッドから成る。図3.5 にモ

ジュールの写真を示す。バレル部のモジュール[21]は全て同じ形だが、エンドキャップ部の

モジュール[22]はアウターモジュール・ミドルモジュール・インナーモジュールとミドルモ

ジュールからW21センサーを除いたミドルショートモジュールの4種類ある。それぞれセ

ンサーの項で記述した大きさの異なるエンドキャップ用センサーを使用している。

モジュール内でセンサーは、表面2枚、裏面2 枚で重ねられている。表面と裏面のセン

サーは、40 mradの角度を持たせて組み付けてある。これによって、図3.6に示すように、表

面と裏面のセンサーのストリップが交差する形になり、センサーに入射した荷電粒子に対し て2次元の位置情報を測定することができる。ストリップ間隔hのセンサーに対して一様な 確率で垂直に粒子が入射すると仮定した時、その分解能はh/√12で与えられる。このことか

ら、SCT検出器に用いるシリコンストリップ検出器は、約23µmの位置分解能を持っている

(28)

第3. シリコン飛跡検出器 3.2. シリコン飛跡検出器

µm、z方向に対して66µmの位置分解能が得られる。

図3.5: SCTのバレルモジュール(左図)とエンドキャップモジュール(右図)。エンドキャッ

プモジュールは5種類のセンサーから構成されている。[20]より引用。

図3.6: センサー上のストリップの模式図。1枚(左図)では粒子の入射位置に対して一次元

の情報を得られる。右図のように、角度を付けて2枚重ねることで二次元の位置情報を得る ことができる。

3.2.4

SCT

検出器の各モジュールの配置

SCT検出器は、4層のバレル部と各々9層のエンドキャップ部Aサイド・Cサイドからな

る。図3.7に示すように、バレル部各層は衝突点からr方向に299 mm、371 mm、443 mm、

514 mmの位置にあり、それぞれバレル部レイヤー0、1、2、3と呼ぶ。エンドキャップ部各

層は衝突点からz方向に853.8 mm、934 mm、1091.5 mm、1299.9 mm、1399.7 mm、1771.4

mm、2115.2 mm、2505 mm、2720.2 mmの位置にあり、それぞれエンドキャップ部ディスク

0から8と呼ぶ。このように配置することによって、衝突点から|η|< 2.5の方向に生じた荷

(29)

第3. シリコン飛跡検出器 3.2. シリコン飛跡検出器

実際にモジュールを組み付けた様子を図 3.8 に示す。バレル部各レイヤーでは、SCTモ

ジュールがη方向に12個並び、その列がφ方向にぐるりと一周続いてる。レイヤー 0から 順にφ方向の列数は、32、40、48、56列である。エンドキャップ部の各レイヤーでは、アウ

ターモジュールならφ方向に52個、ミドル・インナーモジュールならφ方向に40個組み付

けている。また、各モジュールに対して、衝突点に向いている面をサイド1、その反対の面を サイド0と定義する。

図3.7: SCT検出器のバレル層・エンドキャップディスクの配置。バレル4層にはバレル部レ

イヤー0から3、エンドキャップのディスク9枚にはエンドキャップ部ディスク0から8を 割り当てている。[19]より引用。

図3.8: 実際にSCTモジュールを組み付けた様子。バレル部で2,112個のモジュール、エンド

キャップ部で1,976個のモジュールを使用している。CERNウェブサイトより引用。

(30)

第3. シリコン飛跡検出器 3.2. シリコン飛跡検出器

3.2.5

データ収集系

ここでは、SCT検出器のデータ収集系(DAQ : Data Acquisition)[23]の流れを説明する。

センサーへの荷電粒子の入射により電荷が生じると、ハイブリッド上の読み出しチップへ と送られる。この読み出しチップは、特定用途向け集積回路(ASIC : Application Specific

Integrated Circuit)で、SCT検出器の読み出しに使用されるASICはABCD3TAチップ[24]

と呼ぶ。ABCD3TAチップは、吸収線量<10 Mrad、1 MeV中性子相当量< 2×1014n/cm2

の放射線耐性をもったフロントエンドチップで、1チップ辺りに128チャンネル分のプリア

ンプと波形整形回路とディスクリミネータを搭載している。ディスクリミネータは、設定し たスレッショルドに対して、それを越える信号が来ると1を出力し、それ以外の時は0を出

力する回路である。ABCD3TAチップ内のディスクリミネータのスレッショルドは128チャ

ンネル一様に設定し、チャンネルごとの微調整は4 bitのTrim DACで行う。ストリップで 生じた電荷は、ABCD3TAチップを通してバイナリ信号として出力される。この信号はバッ

ファ内に一時蓄えられ、トリガーを受け取ると検出器外の読み出しシステムへと送られる。

図3.9: SCT検出器のデータ収集系の模式図。SCT検出器の DAQの中核を成すのは、ROD

とBOCである。[19]より引用。

図3.9 に示すように、検出器外の読み出しシステムは、リードアウトドライバーボード

(ROD : Readout Driver)とバックオブクレートボード(BOC : Back Of Crate)で構成して

いる。個々のROD は48モジュール分のデータ処理を担い、BOCはモジュールと RODと の間の光学接続のインターフェイスの役割を持つ。また、BOCは最終的に生成された出力

データをS-linkと呼ばれる光ファイバーを通してATLASの中央DAQシステムへ転送する

役目もある。各モジュールには、1つのタイミング・トリガー・コントロール(TTC : Timing,

Trigger and Control)ストリームと2つのデータ転送用ストリームがあり、それぞれ放射線耐

(31)

第3. シリコン飛跡検出器 3.3. 較正

性を持った光ファイバー[25]でBOCと接続している。BOCからモジュールへのTTC信号

送信用光ファイバーのプラグインをTX(Transmitting)ライン、モジュールからBOCへの データ受信用光ファイバーのプラグインをRX(Receiving)ラインと呼ぶ。TTC信号は、TX

を通ってモジュールへ送られ、モジュール上のシリコンp-i-nダイオードで光信号から電気信

号に変換される。モジュールからのデータは、RXを通ってBOCへと送られ、BOC上で光 信号から電気信号に変換される。

3.3

較正

SCT検出器で高品質なデータを取得するためには、モジュールを常に低ノイズかつ高検出

効率に保たなくてはならない。それぞれに対する要求値は、ノイズ占有率<5×10−4 と検出

効率> 99 %である。ノイズ占有率は1ストリップ当たりの全検出イベント数に対するノイズ

によるヒット数の割合で、検出効率は荷電粒子がセンサーを通過したときに信号検出する効 率である。SCT検出器の較正(キャリブレーション)はモジュールの設定を最適化し、全モ

ジュールがこれらの要求値を満たすように行う。また、収集したデータを再構成する際にモ ジュール情報をフィードバックするためにも重要である。そこで、データ収集を行っている 期間ではSCT検出器のキャリブレーションは定期的に実施し、問題が発生した時やATLAS

検出器全体でキャリブレーションを行える時間がある時はその都度行う。この節では、SCT

検出器のキャリブレーションの流れとその内容、キャリブレーションの結果得られたデータ を保持するデータベースについて記述する。

3.3.1

キャリブレーションの流れ

SCT検出器のモジュールのキャリブレーションは全てSCT GUIと呼ばれるインターフェ

イスを通して行う。SCT GUIは、SCT全モジュールのステータスをモニターし、異常のあ

るモジュールに対してキャリブレーション操作をすぐに実行することができる。モジュール のキャリブレーションでは主に、モジュールとBOC間の光ファイバープラグインの調整、 ASICの調整を行う。以下に続く小節でそれぞれの項目について詳細に説明する。

光ファイバープラグインの調整

3.2.5節でも解説したように、SCTの各モジュールは光ファイバーでBOCに接続され、そ

れを通してデータ及びクロック信号・コントロール信号の送受信が行われる。BOC上には、

モジュールへ送るクロック・コントロール信号を光信号に変換するTXプラグインとモジュー

ルから送られてきた光データを電気信号に変換するRXプラグインがある。これらの光ファ

イバーのプラグインに異常があるとSCTから信号を受け取ることもモジュールに対し命令を

送ることもできない。そのため、TX・RXプラグインの調整をキャリブレーションにおいて

第一に行う。

(32)

第3. シリコン飛跡検出器 3.3. 較正

ここで調整するのは、TX電流, Mark Space Ratio(MSR), RXスレッショルド, RX Delay

の4つの量である。TX電流はファイバー中の光の強度を、MSRはクロックのデューティー 比を決定する量である。RXスレッショルドとRX Delayの調整は各々の量のスキャンを通し

て同時に行われ、最も安定的に動作できる値を決定する。

ゲイン・ノイズの測定

3.2.5節でも説明したように、SCT検出器の読み出しに使用するABCD3TAチップは、図

3.10に示すようにモジュールストリップから来た信号を増幅、整形した上でコンパレータに

入れ、デジタル信号に変換する。キャリブレーションでは、ABCD3TAチップにテスト電荷

を入力して各チャンネルのゲインとノイズを測定する。

図3.10: ASIC内の構造。モジュールストリップから来た信号を増幅整形し、コンパレータで

デジタル信号に変換する。

ゲインとノイズの測定は、図3.10のテスト入力電荷と書かれた部分からテスト電荷を入力 することで測定する。あるテスト入力電荷に対してコンパレータのスレッショルド電圧Vth

を変化させていくと、図3.11の右図に示すような検出効率の変化が得られる。これをSカー

ブと呼ぶ。Sカーブ上で、検出効率が50 %になるときの電圧をvt50とする。コンパレータ

への入力電圧にガウス分布に従うノイズが乗っていると仮定すると、コンパレータ出力は1

か0のバイナリ読み出しなので、Sカーブは以下に示す関数 fcurve(x)で表すことができる。

fcurve(x)=

∫ ∞

Vth

1

2πσexp

−(xx0)2

(√2σ)2 dx (3.1)

x0 はコンパレータへの入力波高の平均値、σ は出力ノイズである。S カーブをこの関数で

フィットすることにより、出力ノイズとvt50を得る。同様の操作を、0.5から8 fCのテスト 入力電荷で行う。その測定から、図3.12に示すように横軸を入力電荷、縦軸をvt50とすれば

ゲインが得られる。先に得た出力ノイズ(単位: [mV])をこのゲイン(単位: [mV/fC])で割

れば、等価雑音電荷(ENC : Equivalent Noise Charge)に換算した入力ノイズを得ることがで きる。等価雑音電荷は、ノイズを電荷量で表したものである。

(33)

第3. シリコン飛跡検出器 3.3. 較正

図3.11: Sカーブ測定。あるテスト入力電荷に対してスレッショルド電圧を変化させていき、

Sカーブを得る(左図)。Sカーブのフィットから出力ノイズとvt50を得る(右図)。

図3.12: ゲインの測定。左図は、0.5 fCから8 fCのテスト入力電荷に対するコンパレータ入

力前の波形。これらについてvt50を求め、右図を得る。図では4点描いているが、通常は3

もしくは10点の異なる入力電荷でのvt50を測定しゲインを得る。

3.3.2

キャリブレーションデータベース

キャリブレーションの結果得られたモジュールの状況や情報はデータベース上に保存され る。保存される情報は、ノイズが大きく使用できないストリップのリスト・ノイズ情報・印 加電圧とリーク電流・温度などである。キャリブレーションの情報が保存されるデータベー スは、自動更新のSCTキャリブレーションデータベースと手動更新のコンディションデータ

ベース(COOL)の2種類ある。COOLにアップロードされた情報は、データ収集時のSCT

検出器の設定の参照として、また取得データを再構成する際に検出器情報をフィードバック するために使用される。

(34)

第3. シリコン飛跡検出器 3.4. SCT検出器におけるアップグレード

3.4

SCT

検出器におけるアップグレード

LS1中のアップグレード作業で、SCT検出器にもアップグレード作業を行った。最も大き く変更したのはデータ収集系で、前節で説明したRODをもともと90台だったものから128

台に増大した。これは RUN2からのイベントレートの上昇に対応するためである。RODを

増強したことにより、配線も大幅に変更した。もう一点の変更は、TXラインの一部取り替え である。これまで使用していたTXラインが仕様より高い光量の減少と故障率を持っていた

のを解決するためで、市販品のチップを使用可能なLightABLE TXと呼ばれる新しいTXラ

インに交換した。その他にも、電源・ファンの交換、温度センサの修理等の補修作業も行っ た。これらの変更を受けて、SCT検出器をこれまで通り動作させ、データを取得できるかを

確かめるのが本研究のモチベーションである。

(35)

27

4

宇宙線データの収集

第2章、第3章で述べたように、LHC加速器とATLAS検出器はLS1中に多くのアップ

グレードを実施した。ATLAS実験グループでは、これらのアップグレードを経てATLAS検

出器をこれまで通り正常に動作させ、各部検出器の性能をRUN2の開始までに評価するため

に、2014年から約1年間に複数回の動作試験期間(MX : Milestone X)を設けて段階的に検

出器の動作確認及び性能評価を行ってきた。中でも、2014年11月から12月にかけて実施し

たM7では、アップグレード後のATLAS検出器の一部を除くほぼすべての部分を動作させ て宇宙線データを取得し、コミッショニングを実施した。本研究では、M7で収集したデータ

を用いてSCT検出器の性能評価を行った。この章では、M7でのデータ収集条件、検出器モ

ジュールの状態、統計量、及びSCT検出器に発生した問題を記述する。

4.1

期間

M7では、ATLAS検出器全体を動作させた状態で2014年11月24日から12月8日の15

日間の宇宙線データ収集を実施した。11月25日には超伝導ソレノイド電磁石、12月4日に

は超伝導トロイド電磁石の電源を入れた。

4.2

データ収集条件

ATLAS検出器での陽子-陽子衝突データの収集では、衝突点から生じる粒子のデータを取

得するのに最適化したトリガを使用する。しかし、宇宙線は上空から降り注いで来るため専 用のトリガーが必要になる。そこで、内部飛跡検出器における宇宙線データ取得のトリガー には TRT検出器を用いる。これを、TRT Fast-OR トリガーと呼び、TRT検出器内の隣り合

(36)

第4. 宇宙線データの収集 4.3. 検出器モジュールの状態

4.3

検出器モジュールの状態

この節では、M7期間中のSCT検出器各モジュールの温度・印加電圧・リーク電流値・ゲ イン・ノイズについて記述する。この節で示すデータは、12月1日に行った較正用のランで

あるrun#247482を用いたものである。

温度設定

図4.1、 図4.2にSCT検出器バレル部・エンドキャップ部それぞれの各モジュールの温度

を示す。バレル部においてはモジュール間の変動は小さく、各層で一定温度を保っている。 バレル部レイヤー0の各η内の同じ位置に温度が他よりも高い部分が現れているのは、この 部分に対応するクーリングパイプの設定が他と違い高くなってしまっているためである。エ ンドキャップ部においてはバレル部に比べ温度の変動が大きいが、故障により他のモジュー ルに比べ著しく値の外れたものを除いた最低値と最高値でその変動は 6℃程度に収まって いる。

図4.1: SCT検出器バレル部各モジュールの温度。赤色で示されたt0はサイド0、青色で示さ

れたt1はサイド1のものである。

(37)

第4. 宇宙線データの収集 4.3. 検出器モジュールの状態

図4.2: SCT検出器エンドキャップ部各モジュールの温度

印加電圧設定

SCT検出器モジュールの動作電圧は150 Vである。図4.3、 図4.4に、SCT検出器バレル

部・エンドキャップ部それぞれの各モジュールに対する印加電圧を示す。バレル部の図中の < 111>, < 100 > は、3.2.2節にて記述したシリコン半導体の切断面のミラー指数を表して

いる。バレル部の印加電圧は150Vで安定している。一部で0 Vになっているのは、不具合

のためにマスクしたモジュールに対応している。バレルレイヤー2の各η内の同じ位置にマ スクしたモジュールがあるのは、その位置に対応するクーリングパイプの故障により安定動 作が危惧されるので使用不可に設定したものである。エンドキャップ部の印加電圧値もほと んどのモジュールが150 Vで安定しているが、CiS製センサーを用いたモジュールの一部で 印加電圧値が30 Vから50 Vほど下がっている。これは2012年の衝突データ取得時に突然 CiS製センサーを用いたモジュールの27 %に急激なリーク電流の上昇が生じたため、その影

響を少しでも抑えるように対応するモジュールの印加電圧を下げたものである[19]。印加電 圧を下げた状態でも完全空乏化電圧は上回っており、検出効率に大きな影響はない。リーク 電流については次に記述する。

(38)

第4. 宇宙線データの収集 4.3. 検出器モジュールの状態

図4.3: SCT検出器バレル部各モジュールの印加電圧値

図4.4: SCT検出器エンドキャップ部各モジュールの印加電圧値

(39)

第4. 宇宙線データの収集 4.3. 検出器モジュールの状態

リーク電流

シリコン半導体検出器に逆電圧を印加すると微小電流が流れる。これをリーク電流 または漏れ電流と呼び、ノイズの原因となる。リーク電流は温度に強く依存しており、

T2exp(

Eg/2kT) に比例して増大する。T は動作温度、k はボルツマン定数、Eg はバンド

ギャップエネルギーである。また、リーク電流は、シリコン結晶が放射線損傷を受けること によっても増大する。

図4.5及び、 図 4.6 に、SCT 検出器バレル部・エンドキャップ部それぞれの各モジュー

ルのリーク電流値を示す。バレル部の図中の< 111 >, <100 >は、3.2.2節にて記述したシ

リコン半導体の切断面のミラー指数を表している。バレル部におけるリーク電流は各層のモ ジュール間でほぼ同じ値を取っており安定していることが分かる。バレルレイヤー0におい

て周期的にピークが見えるのは、図4.1 で示した温度が高い部分に対応している。リーク電 流の平均がレイヤー2, 1, 0の順で大きくなっているのは、衝突点に近いほど放射線に多く曝

されてシリコン結晶に損傷を受けるためである。レイヤー3でのリーク電流が他のレイヤー

より高くなっているのは、図4.1で確認できるように、レイヤー3の温度が他に比べ高いた めである。エンドキャップ部のリーク電流も各ディスク毎にほぼ一定値を取って安定してい る。ミドルレイヤーとインナーレイヤーのCiS製センサーを用いたモジュールの一部で値が

大きく外れているものがあるが、この原因については分かっていない。ショートモジュール のリーク電流が小さいのは、ショートモジュールに使用しているセンサーストリップの長さ が6 cmと他のセンサーよりも短いためである。

ゲイン

図4.7、図4.8 に、SCT検出器バレル部・エンドキャップ部それぞれの各モジュールのゲ

インを示す。3.3節で記述した較正により、バレル部・エンドキャップ部ともにゲインは約

55 mV/fCである。一部モジュールで値がグラフ外下に落ち込んでいるのは、マスクしたモ

ジュールに対応している。

(40)

第4. 宇宙線データの収集 4.3. 検出器モジュールの状態

図4.5: SCT検出器バレル部各モジュールのリーク電流値

図4.6: SCT検出器エンドキャップ部各モジュールのリーク電流値

(41)

第4. 宇宙線データの収集 4.3. 検出器モジュールの状態

図4.7: SCT検出器バレル部各モジュールのゲイン

図4.8: SCT検出器エンドキャップ部各モジュールのゲイン

(42)

第4. 宇宙線データの収集 4.3. 検出器モジュールの状態

ノイズ

図4.9、図4.10に、SCT検出器バレル部・エンドキャップ部それぞれの各モジュールのノ

イズを示す。3.3.1節で記述した較正により出したENCによるノイズ値を示している。バレ

ル部の図中の<111>, <100>は、3.2.2節にて記述したシリコン半導体の切断面のミラー指

数を表している。バレル部・エンドキャップ部ともに約1500 e付近で揃っている。また、ミ

ラー指数< 100>のものを使用したモジュールのノイズが<111 >のものに比べて低い傾向 がある。エンドキャップ部のミドルレイヤーにおいて、CiS製のセンサーを用いたモジュー

ルの方がHamamatsu製のセンサーを用いたモジュールに比べてわずかにノイズが大きい。

図4.9: SCT検出器バレル部各モジュールのノイズ

(43)

第4. 宇宙線データの収集 4.4. 発生した問題

図4.10: SCT検出器エンドキャップ部各モジュールのノイズ

4.4

発生した問題

M7でのSCT検出器のデータ収集は初めから順調なものではなく、期間の前半では2つ

の問題によって健全なデータ取得を行うことができなかった。以下にその問題について報告 する。

4.4.1

COOL

データベース上のミス

ATLAS実験では、検出器の位置情報や各検出器の設定値・状態等の情報をCOOLと呼ば

れるデータベースに保存している[27]。取得したデータからイベントを再構成する際には、

このCOOLデータベースからの情報を反映させる。SCT検出器では検出器の状況をCOOL

データベースにアップロードする際の形式を長期シャットダウンの間に変更した。M7が始 まった時点で、SCT検出器の各レイヤーのモジュールの位置に関してデータベース上に誤っ

た情報を記録していたため、図4.11 に示すように、対応するモジュールにイベント再構成

後のデータが詰まっていないという事態が生じた。幸いこの問題は早期に発見され、データ ベースを修正することで解決した。

(44)

第4. 宇宙線データの収集 4.4. 発生した問題

図4.11: Run#247236(左図)とRun#247368(右図)のSCT検出器バレル部レイヤー1サイド0

上のトラックに付随したヒット(意味については次章で解説する)の 2次元ヒストグラム。

縦軸はφ、横軸はηである。左図では、COOL上のミスによりヒストグラム上にデータのな

い大きな領域がある。右図は修復後で、データが正しく詰まっていることが分かる。

4.4.2

TX

ラインの配線ミス

SCT検出器のバレル部レイヤー3に極端にデータ量の少ない領域を発見した。データ量の 少ない領域は2箇所あり、それぞれ12モジュールずつの全24モジュールからデータがうま

く読み出せていないことがわかった。図4.12にこの時のトラックに付随したヒットの二次元

ヒストグラムを示す。不具合の表れ方の特徴から、SCTの各モジュールとRODを繋ぐ TX

ラインに異常があると推測し調査したところ、不具合領域に対応するモジュールのTXライ

ンが互い違いに接続されていたことを発見した。早急にTXラインの接続を修正し、無事解

決するに至った。

図4.12: Run#247368(左図)とRun#247906(右図)のSCT検出器バレル部レイヤー3サイド0

上のトラックに付随したヒットの2次元ヒストグラム。左図では、TXの配線間違えにより φ=42, 43, 46, 47のマイナスηの領域(赤丸)で極端にデータ数が少ない。右図は修復後で、 データが正しく詰まっていることが分かる。

(45)

第4. 宇宙線データの収集 4.5. 統計

4.5

統計

M7期間中ではSCT検出器において総計で177万以上の宇宙線イベントを収集した。しか し、4.4で記述した問題のため全てが使えるわけではない。また、全てのランを同じ条件で

行ったわけではなく、超伝導ソレノイド磁石・超伝導トロイド磁石のオン/オフの違いがある。

表4.1に示すのは、1つのランで SCT検出器以外の検出器を含めた全体のイベント数が50

万イベント以上の比較的長いランのリストである。それぞれのランにおいて磁石のオン/オフ

状況も含めた。4.4節で記述した問題を含んだランは除いている。表中のイベント数は、SCT

検出器単体でのイベント数である。本研究では、表中左端の番号1(ソレノイド-ON、トロイ

ド-OFF)、2(ソレノイド-ON、トロイド-ON)、3(ソレノイド-OFF、トロイド-OFF)の3カ

テゴリーに分けて、それぞれのカテゴリーのデータを統合して解析を行った。

表4.1: M7で取得した50万イベント以上を含むランのリスト

カテゴリー ラン番号 ソレノイド トロイド 備考 イベント数 総計

247688 ON OFF - 150,006

1 247894 ON OFF - 10,900 330,294

247906 ON OFF - 169,388

248273 ON ON IBL無し 47,187

248276 ON ON IBL無し 117,081

248282 ON ON IBL無し 9,403

2 248291 ON ON IBL無し 3,313 414,108

248296 ON ON IBL無し 38,115

248324 ON ON IBL無し 86,707

248326 ON ON IBL無し 112,302

248368 OFF OFF - 10,235

3 248370 OFF OFF - 38,433 155,178

248371 OFF OFF - 91,379

248373 OFF OFF - 15,131

(46)
(47)

39

5

データ解析

この章では、SCT検出器の検出効率及び検出効率を出す際に必要な量の定義と解析につい

て記述する。

5.1

各種の定義

5.1.1

クラスターとスペースポイント

3.2.3節で記述したように、SCT検出器のモジュールはセンサーに40 mradの傾きを付けて

2枚重ね合わせることで入射荷電粒子の二次元の位置情報を測定する。

図5.1にSCT検出器のセンサー上での位置決定法を示した。モジュールの片面センサーで

シグナルを発した1つまたは複数の隣接するストリップのことをクラスターと定義する。ク

ラスターの大きさはクラスターサイズと呼び、図5.2 のように荷電粒子がモジュール面の法

線に対してより大きい角度で入射するほどクラスターサイズは大きくなる。もう片面のセン サー上のクラスターとオーバーラップがあれば、スペースポイントを定義することができる。 もし、クラスターが複数のストリップに跨っていれば、その中心とのオーバーラップをスペー スポイントとする。最小で3点のスペースポイントがあると、荷電粒子の飛跡(トラック)を

再構成する。

図 2.4: 各粒子と ATLAS 検出器各部との反応。ミューオン・光子・陽子・中性子・電子・ニュー
図 2.6: ATLAS 検出器内のミューオン検出器
図 3.9: SCT 検出器のデータ収集系の模式図。 SCT 検出器の DAQ の中核を成すのは、 ROD
図 4.3: SCT 検出器バレル部各モジュールの印加電圧値
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参照

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