2014
年度
修士論文
COMET
実験に用いるトリガー検出器の開発
九州大学大学院
理学府
物理学専攻
粒子物理学分野
素粒子実験研究室
中居
勇樹
指導教員
吉岡
瑞樹
概要
これまでの素粒子物理学は標準理論(SM : Standard Model)により良く理解されており、唯
一未発見であったヒッグス粒子が2012年に発見されたことによりSMは完成したと言える。
しかし、ニュートリノの質量やミューオンの異常磁気能率など、SMでは説明が出来ない現象
が存在する。そのため、世界中でSMを超える物理(BSM : Beyond the Standard Model)
の探索が精力的に行われている。その中でも、ミューオン電子(µ−e)転換過程と呼ばれる
荷電レプトンフレーバーを破る(cLFV : charged Lepton Flavor Violation)事象は、BSM
を探索するプローブとして大きく期待されている。
µ−e転換過程の分岐比は、SMではO(10−54)以下で非常に小さく、BSMの一部のモデル
ではO(10−15)まで大きくなることが予測されている。したがって、発見すれば即座にBSM
が存在する証拠となる。分岐比の現在の上限値は、スイス・PSI研究所の SINDRUM-II実
験が得た 7×10−13(信頼度90 %)である。更にO(10−15)以下の高感度で探索することに
より、µ−e転換過程の発見が期待できる。
我々は、茨城県東海村のJ-PARCハドロン実験施設において世界最高感度でµ−e転換過
程を探索するCOMET 実験を計画している。J-PARC加速器で8 GeVまで加速された3.2
kWの大強度の陽子ビームを用いて、世界最高強度のミューオンビームを生成し、統計量に
よる大幅な感度の向上を目指す。さらに、パルス状のビーム構造を採用し特定の時間窓を設
けて測定を行うことによりビーム由来の背景事象を削減し、世界最高感度でのµ−e転換過
程の探索を可能にする。COMET実験はPhase-I, Phase-IIの二段階に分けて行う。Phase-I
では分岐比O(10−15), Phase-IIではO(10−17)の感度で探索し、cLFV事象の発見を目指す。
µ−e転換過程では、105 MeV/cの単色電子が信号事象である。しかし、陽子や低運動量
の電子が背景事象となる。これらの背景事象を削減するために事象の選別を行う必要があり、
閾値型チェレンコフ検出器を用いたトリガー検出器を開発することを提案した。その検出器
では、チェレンコフ放射で放出される光子数が少ないため、光検出器は高い増幅率をもつ必
要がある。また、1 Tの高磁場中で動作させるため、磁場耐性が要求される。
本研究では、トリガー検出器への要求を満たすため、プラスチックシンチレータとUVア
クリルをチェレンコフ輻射体に用いたチェレンコフ検出器を独立二層で組み合わせ、それぞ
れを MPPCと呼ばれる半導体光検出器で読み出すデザインを考案した。プロトタイプ検出
器を製作し、東北大学電子光理学研究センターにおける電子ビームを用いた性能評価により、
十分な信号が得られる事を示した。一方、実験エリアでは中性子の放射線量が高いことが予
測されるため、九州大学タンデム加速器施設において、MPPCの中性子耐性試験を実施し
目次
第1章 序論 1
1.1 標準理論 . . . 1
1.2 荷電レプトンフレーバーを破る過程 . . . 2
1.2.1 荷電レプトンフレーバー . . . 2
1.2.2 標準理論でのミューオン崩壊 . . . 2
1.2.3 µ−e遷移過程 . . . 3
1.2.4 µ−e転換過程 . . . 4
1.3 本論文の構成 . . . 5
第2章 COMET実験 7 2.1 J-PARC . . . 7
2.2 ハドロン実験施設 . . . 8
2.3 COMET実験 . . . 8
2.3.1 µ−e転換過程での信号事象 . . . 8
2.3.2 主な背景事象:ミューオンの軌道上崩壊 . . . 9
2.3.3 Phase-I実験 . . . 9
第3章 COMETトリガー検出器 15 3.1 トリガー検出器の役割と要求性能 . . . 15
3.2 閾値型チェレンコフ検出器 . . . 17
3.3 プラスチックシンチレータ . . . 17
3.4 光検出器の比較 . . . 18
3.4.1 各光検出器の特徴 . . . 18
3.4.2 光検出器の性能比較 . . . 21
3.5 トリガー検出器のデザイン . . . 23
第4章 プロトタイプ検出器の製作 25 4.1 プロトタイプの全体図 . . . 25
4.3 MPPC基板の製作 . . . 26
4.4 フロントエンド回路プロトタイプの製作. . . 27
4.4.1 動作電圧分配器 . . . 28
4.4.2 前置増幅器. . . 28
第5章 東北大学電子光理学研究センターにおけるテスト実験 32 5.1 東北大学電子光理学研究センター . . . 32
5.2 実験装置とセットアップ . . . 33
5.2.1 データ収集システム . . . 34
5.2.2 DRS4 Evaluation Board . . . 34
5.2.3 Beam Defining Counter . . . 36
第6章 データ解析 37 6.1 波形解析 . . . 37
6.2 結果と考察 . . . 38
6.2.1 チェレンコフ検出器の厚さ依存性 . . . 39
6.2.2 プラスチックシンチレータの時間分解能 . . . 39
6.2.3 プラスチックシンチレータとチェレンコフ検出器の波高 . . . 41
第7章 シミュレーション 43 7.1 光子数への変換 . . . 43
7.1.1 LEDの光量測定 . . . 44
7.1.2 変換係数の見積もり . . . 45
7.2 シミュレーションの設定 . . . 45
7.3 光学パラメータの設定 . . . 47
7.4 光学パラメータの調整 . . . 48
7.4.1 垂直入射での調整 . . . 49
7.4.2 実測値との比較 . . . 50
7.5 電子以外の粒子への応答 . . . 50
第8章 光検出器の中性子耐性評価 55 8.1 半導体の放射線損傷 . . . 55
8.1.1 表面損傷 . . . 55
8.1.2 バルク欠損. . . 55
8.1.3 MPPCの放射線損傷 . . . 56
8.2 実験セットアップ . . . 56
8.3.1 中性子流量に対する暗電流の変化 . . . 56
8.3.2 照射前後の信号波形比較 . . . 58
8.4 冷却試験 . . . 59
8.4.1 セットアップ . . . 60
8.4.2 波形の比較. . . 61
8.4.3 実機における冷却の可能性 . . . 61
第9章 今後の課題 63 第10章 結論 65 付録A Beam Defining Counterの開発 66 A.1 概要. . . 66
A.2 設計. . . 66
A.3 BDCの製作 . . . 73
A.3.1 ファイバーとパーツAの接着 . . . 73
A.3.2 ファイバーとMPPCの取り付け . . . 73
図目次
1.1 SMを構成する粒子一覧 . . . 1
1.2 ニュートリノ混合を仮定したSMにおけるµ− →e−+γのダイアグラム . . 4
1.3 SUSYを仮定したµ− →e−+γのダイアグラム . . . 4
1.4 ニュートリノ混合を仮定したSMにおけるµ−+N →e−+N のダイアグラム 5 1.5 SUSYを仮定したµ−+N →e−+N のダイアグラム . . . 5
1.6 COMET実験の到達感度 . . . 6
2.1 J-PARCの鳥瞰図 . . . 7
2.2 ハドロン実験施設の全体図 . . . 8
2.3 Al原子核におけるDIO由来電子のエネルギー分布 . . . 9
2.4 Phase-Iの実験セットアップ全体図 . . . 10
2.5 ビーム構造と測定時間窓の概念図 . . . 11
2.6 ストロー飛跡検出器の全体図 . . . 12
2.7 電磁カロリメータの全体図 . . . 12
2.8 CyDetの全体図 . . . 13
3.1 CyDetのジオメトリ . . . 16
3.2 下流側トリガー検出器のDIO電子による計数率 . . . 16
3.3 PMTの動作原理 . . . 19
3.4 APDの動作原理 . . . 20
3.5 SiPMの動作サイクル . . . 21
3.6 SiPM全体での動作原理 . . . 21
3.7 各検出器の検出効率 . . . 22
3.8 各検出器の検出光子数 . . . 22
3.9 トリガー検出器のデザイン . . . 24
3.10 トリガー検出器の概観 . . . 24
4.1 プロトタイプの全体図 . . . 25
4.3 ブラックテープを巻いた様子 . . . 26
4.4 MPPC基板の回路図 . . . 27
4.5 表面実装型MPPCを取り付けた基板 . . . 27
4.6 動作電圧分配器の回路図 . . . 28
4.7 動作電圧分配器の基板 . . . 29
4.8 前置増幅器の回路図 . . . 30
4.9 前置増幅器の基板 . . . 30
4.10 C11の最適化で使用した評価ボード . . . 30
4.11 C11を変えたときの波形 . . . 31
4.12 C11を変えたときのS/N比 . . . 31
5.1 東北大学電子光理学研究センターの実験室レイアウト . . . 32
5.2 実験装置の全体図 . . . 34
5.3 セットアップについて横から見た図 . . . 34
5.4 データ収集系の模式図 . . . 35
5.5 ビームプロファイルとフィット結果 . . . 36
6.1 UVアクリル10 mm厚のチェレンコフ検出器の波形 . . . 37
6.2 ビームを照射した時の波高分布とフィット結果 . . . 38
6.3 ビームを照射しなかった時の波高分布とフィット結果 . . . 38
6.4 入射位置・角度の定義 . . . 38
6.5 チェレンコフ検出器のUVアクリル厚依存性(波高) . . . 39
6.6 チェレンコフ検出器のUVアクリル厚依存性(S/N比) . . . 39
6.7 波高に対するプラスチックシンチレータの応答時刻 . . . 40
6.8 プラスチックシンチレータの時間応答 . . . 40
6.9 シンチレータとチェレンコフ検出器の波高 . . . 42
7.1 光子数絶対較正のための測定セットアップ . . . 43
7.2 0.5ピクセル以上の波高を要求した時のヒストグラム . . . 44
7.3 10 mm厚アクリルに使用したMPPCの波高分布 . . . 45
7.4 シミュレーションのジオメトリ . . . 46
7.5 UVアクリルの透過率 . . . 46
7.6 ESRの反射率 . . . 47
7.7 光学パラメータごとのシミュレーション結果 . . . 49
7.8 αとLの関係. . . 50
7.9 αとLに対するχ2のグラフ . . . 51
7.11 電子の放出光子数(縦軸)と検出光子数(横軸) . . . 53
7.12 陽子の放出光子数と検出光子数 . . . 53
7.13 ミューオンの放出光子数と検出光子数 . . . 53
7.14 パイオンの放出光子数と検出光子数 . . . 53
7.15 検出光子数の閾値を越える割合 . . . 54
8.1 中性子照射試験に用いたビームライン . . . 57
8.2 照射したMPPCとそのセットアップをビーム上流から見た写真 . . . 57
8.3 中性子流量に対する暗電流の変化 . . . 58
8.4 4.60×1010 n eq/cm2 の中性子流量を照射したサンプルについての波形変化 . 59 8.5 照射前のMPPCの波高分布 . . . 60
8.6 照射後のMPPCの波高分布 . . . 60
8.7 冷却試験に使用した基板 . . . 60
8.8 冷却試験のセットアップ . . . 60
8.9 最大の中性子照射量をもつMPPCサンプルについて、照射前後の比較 . . . 61
8.10 MPPCを冷却したときの波形 . . . 62
9.1 ファインメッシュ型PMTの構造 . . . 63
A.1 ファイバー・MPPCの治具の全体図 . . . 68
A.2 パーツAの図面 . . . 69
A.3 パーツBの図面 . . . 70
A.4 パーツCの図面 . . . 71
A.5 パーツDの図面 . . . 72
A.6 パーツAを取り付けたファイバー . . . 73
A.7 ファイバーとパーツA, Bを固定した写真 . . . 74
A.8 MPPC側から見たファイバーの写真 . . . 74
A.9 MPPCを搭載した読み出し基板 . . . 75
表目次
1.1 レプトンフレーバーとレプトン数の一覧. . . 2
2.1 背景事象の一覧 . . . 10
3.1 トリガー検出器の要求性能 . . . 17
3.2 各粒子のn= 1.5での運動量の閾値 . . . 18
3.3 光検出器の比較 . . . 23
3.4 トリガー検出器の構成要素 . . . 24
4.1 S12572-100シリーズの仕様 . . . 27
5.1 使用したNIMモジュール . . . 35
7.1 中心からの距離と検出光子数 . . . 45
1
第
1
章
序論
1.1
標準理論
これまでの素粒子物理学は標準理論(SM : Standard Model)により良く理解されてきた。
SM を 構 成 す る 素 粒 子 の 一 覧 を 図 1.1に 示 す 。物 質 を 構 成 す る 粒 子 と し て 6 種 の レ プ ト ン
(電子e−、ミューオンµ−、タウオンτ−、及びそれらのニュートリノνe, νµ, ντ)と6種の
クォーク(アップu、ダウンd、ストレンジs、チャームc、ボトムb、トップt)が存在する。
また、力を媒介する粒子として4種のゲージボソン(光子γ、W±, Z0,グルーオンg)、質量
の起源となるヒッグスボソンH が存在する。2012年には唯一未発見であったヒッグス粒子
が、欧州合同原子核研究機構(CERN)の大型ハドロン衝突型加速器(LHC : Large Hadron
Colloder)の実験で発見され[1, 2]、SMは完成したと言える。
物質を構成する
プトン
ー
力を媒介する
光子
W±, Z ボソン
ー ン
質量の起源
ヒッ ス
図1.1 SMを構成する素粒子の一覧。物質を構成する12種のフェルミオンと、力を媒
介する4種のボソン、質量の起源となるヒッグス粒子、及びそれらの反粒子で構成されて
2 第1章 序論
しかし、SMではゼロであるニュートリノの質量が有限の値を持つ事[3]や、宇宙観測の結
果によりダークマター、ダークエネルギーの存在が予言されている事[4, 5]、ミューオン異常
磁気能率の実験値とSMの理論値で3.3 σの差がある事[6]など、SMでは説明出来ない現象
が報告されている。これらの現象を説明するため、現在の素粒子物理学ではSMを超える物
理(BSM : Beyond the Standard Model)の探索が精力的に行われている。
1.2
荷電レプトンフレーバーを破る過程
1.2.1
荷電レプトンフレーバー
荷 電 レ プ ト ン と そ の ニ ュ ー ト リ ノ の 組(e−, νe), (µ−, νµ), (τ−, ντ) に 対 し て 、そ れ ぞ れ
レプトンフレーバー数と呼ばれる量子数Le, Lµ, Lτ が定義される。その値を表1.1に示す。
レプトンの粒子に+1, 反粒子に−1, レプトン以外の素粒子にゼロが与えられ、反応前後の
Le, Lµ, Lτ は保存する。現実にはニュートリノが有限の質量を持つためニュートリノ混合[3]
を生じ、レプトンフレーバーの破れ(LFV : Lepton Flavor Violation)を生じる。しかし、
荷電レプトンe−, µ−, τ−のLFV(荷電レプトンフレーバーの破れ、cLFV : charged Lepton
Flavor Violation)は未だ確認されていない。
フレーバー Le Lµ Lτ
νe 1 0 0 e− 1 0 0
νµ 0 1 0 µ− 0 1 0
ντ 0 0 1 τ− 0 0 1
表1.1 レプトンフレーバーとレプトン数の一覧。
1.2.2
標準理論でのミューオン崩壊
真空中のミューオンは、2.20 µsの平均寿命をもち、次の崩壊過程によりµ−は電子、反電
子ニュートリノ、ミューオンニュートリノへ、µ+ は陽電子、電子ニュートリノ、反ミューオ
ンニュートリノへ崩壊する。
µ− →e−+ν
µ+ ¯νe µ+ →e++ ¯νµ+νe
1.2 荷電レプトンフレーバーを破る過程 3
一方、原子核とそのクーロンポテンシャルに束縛されたµ− はミューオニック原子と呼ば
れる束縛系を形成する。束縛されたµ− は基底状態の1s軌道に遷移し、原子核と相互作用し
て真空中と異なる軌道上崩壊(DIO : Decay In Orbit)
µ− →e−+νµ+ ¯νe (1.1)
や質量数A, 原子番号Z の原子核N(A, Z)による捕獲反応
µ−+N(A, Z)→νµ+N(A, Z−1) (1.2)
によって崩壊することが知られている。ミューオニック原子中のµ− の寿命は真空中より短
くなる。その値は原子核によって異なり、Al原子核の場合τAl = 864.0±1.0 nsである[8]。
1.2.3
µ
−
e
遷移過程
ニュートリノ混合を仮定するSMではレプトンフレーバーは厳密には保存しない。しかし、
cLFV事象が起きる確率は極めて小さいと予測されている。例として図1.2に示すミューオ
ンが電子へ遷移するµ∓ →e∓+γ(µ−e遷移)過程を考えると、その分岐比は
Br(µ∓ →e∓γ) = 3α
32π ∑ k
UekUµk∗ m2 νk m2 W 2 (1.3)
と表せる[9]。ここで、αは微細構造定数、Uℓkは荷電レプトンℓ のフレーバー固有状態と質
量mν
k のニュートリノ質量固有状態との世代間遷移行列(MNS行列 : 牧-中川-坂田 行列)、
mW はW ボソンの質量である。理論的予測値はBr(µ∓ →e∓γ)≈10−50 であり、現在の技
術では測定出来ない程小さい。
一 方 、BSMの 複 数 の モ デ ル は 大 き い 分 岐 比 を 予 言 し て い る た め 、BSM の 探 索 に お い て
cLFV事象が注目されている。一例として、超対称性理論(SUSY : SUperSYmetry)を考え
る。SUSYではSMの素粒子に対して電荷が同じでスピンが1/2だけ異なる超対称性粒子の
存在を予言する。レプトン、クォーク、ゲージボソン、ヒッグス粒子の超対称性粒子として
それぞれスレプトン(セレクトロンe˜、スミューオンµ˜、スタウτ˜)、スクォーク、ゲージー
ノ、ヒグシーノが予言されており、レプトンとスレプトン、クォークとスクォークの間に質
量の差が生じることでLFVが起きる。SUSYを仮定した場合のµ− →e−+γのダイアグラ
ムを図1.3に示す。ここで、質量行列m2˜
ℓ は
m2ℓ˜=
m2 ˜
ee˜ ∆m2˜eµ˜ ∆m2e˜τ˜
∆m2µ˜˜e mµ2˜µ˜ ∆m2µ˜τ˜ ∆mτ˜˜e ∆mτ2˜µ˜ m2τ˜τ˜
(1.4)
で定義され、スレプトン質量m˜
ℓi の二乗差∆m
2 ˜
ℓiℓ˜j =|m
2 ˜ ℓi −m
2 ˜ ℓj|
に依存してcLFVの分岐
4 第1章 序論
定可能な値である可能性がある。現在は、スイス・PSI研究所のMEG実験により90 %の
信頼度で
Br(µ+ →e++γ)<5.7×10−13 (1.5)
の上限値が与えられている[11]。
µ− e−
γ W−
νµ νe
図1.2 ニュートリノ混合を仮定したSMに
おけるµ− →e−+γのダイアグラム。まず、
µ−
がνµ とW− に 崩 壊 す る 。次 に 、MNS
行列の非対角成分により、νµがνe に転換す
る。W−がγを放射し、その後νeがW−に
吸収されてe−を生じる。
µ− e−
γ
∆m2µ˜e˜
˜
χ0
˜
µ
˜
e
図1.3 SUSYを仮定したµ− →e−+γの
ダイアグラム。まず、µがフォティーノ・ジー
ノ・ヒグシーノの混合状態であるニュートラ
リーノχ˜
0
とスミューオンµ˜に崩壊する。次
に、質量行列の非対角成分によって、µ˜がセ
レクトロンe˜に転換する。e˜もしくはµ˜がγ
を放射し、その後χ˜
0
が˜eを吸収してe− を
生じる。
1.2.4
µ
−
e
転換過程
µ−e 遷移過程とは異なるcLFV 事象として、原子核N とミューオンの相互作用による
µ−N →e−N
(µ−e転換)過程がある。SM、SUSYを仮定した場合のダイアグラムをそれ
ぞれ図1.4, 1.5に示す。原子核とγ の相互作用が存在するため、Br(µ+ →e+γ)/Br(µ−N →
e−N)
は次の式で与えられる[12]。
Br(µ+ →e+γ)/Br(µ−N →e−N)≈ 428
B(A, Z) (1.6)
ここでB(A, Z)は原子核に依存するパラメータで、27Al原子核では1.1−1.3、48Ti原子核
では1.8−2.2、208Pb原子核では1.25−2.2の値を取る[13, 14, 15]。したがって、µ−e転
換過程の分岐比はµ−e遷移過程と比較して2桁小さい値となる。
µ−e転換過程の場合、γが原子核と相互作用する「光子過程」だけでなく、γ 以外の中性粒
子が原子核と相互作用する「非光子過程」も存在する。SUSY以外の有力なBSM[16, 17, 18]
では非光子過程によるcLFVを予言しており、BSMの探索においてµ−e転換過程は優れた
感度を持つ。
現在、スイスPSI研究所のSINDRUM II実験により、90 %の信頼度で
Br(µ−+Au→e−+Au)<7×10−13 (1.7)
の上限値が与えられている[19]。我々は、µ−e転換過程を現在の上限値の100倍から10,000
SINDRUM-1.3 本論文の構成 5
II実験で得られた新物理に対する感度を示す。COMET実験はPhase-IとPhase-IIの二段
階に分けて行い、Phase-IではO(10−15), Phase-II ではO(10−17)の単一事象感度でµ−e
転換過程を探索する。SINDRUM-II実験の上限値を大幅に上回り、COMET実験ではBSM
の発見が十分に期待出来る。
µ− e−
N(A, Z) N(A, Z)
γ W−
νµ νe
図1.4 ニュートリノ混合を仮定したSMに
おけるµ−+N →e−+N のダイアグラム。
ま ず 、µ− がνµ とW− に 崩 壊 す る 。次 に 、
MNS行列の非対角成分により、νµ がνe に
転換する。W− と原子核N が電磁相互作用
し、その後νe がW− に吸収されてe− を生
じる。
µ− e−
γ ∆m2µ˜˜e
˜ χ0 ˜
µ
˜ e
N(A, Z) N(A, Z)
図1.5 SUSYを仮定したµ−+N →e−+N
のダイアグラム。まず、µ−がニュートラリー
ノχ˜
0
と ス ミ ュ ー オ ンµ˜に 崩 壊 す る 。次 に 、
質量行列の非対角成分によって、µ˜がセレク
トロンe˜に転換する。˜eもしくはµ˜が原子核
N と相互作用し、その後χ˜
0
がe˜を吸収して
e−を生じる。
1.3
本論文の構成
本論文では第2章で COMET実験、第3章でトリガー検出器のデザイン、第4章で製作
したプロトタイプ検出器について述べる。第5章では性能評価のために行ったテスト実験の
セ ッ ト ア ッ プ を 取 り 扱 い 、第6 章 は そ の 解 析 結 果 、第 7章 は チ ェ レ ン コ フ 検 出 器 の 光 学 シ
ミュレーション結果を取り扱う。また、第8章で光検出器の中性子照射試験についてを、第
6 第1章 序論
図1.6 COMET実験の到達感度[20]。横軸κは光子過程と非光子過程の比。縦軸Λは
BSMのエネルギースケール。現在の上限値を赤線で示した。µ−e遷移過程を探索する
MEG実験(緑)は光子過程に感度を持ち、µ−e転換過程を探索するCOMET実験(青)
は光子過程に加えて非光子過程にも優れた感度を持つ。COMET実験では現在の上限値
を更新する計画である。COMET実験の将来計画であるPRISM実験では、更に高い感
7
第
2
章
COMET
実験
2.1
J-PARC
J-PARC(Japan Proton Accelerator Research Complex)は茨城県東海村の大強度陽子加
速器施設である。全体図を図2.1に示す。陽子を初段の線形加速器で400 MeVまで加速し、
図2.1 J-PARCの鳥瞰図[21]。初段の線形加速器(リニアック)で400 MeV、次段の
シンクロトロンで3 GeVまで加速する。メインリングでは現在30 GeV、将来的には50
GeVまで加速する計画である。
シンクロトロン(RCS : Rapid Cycling Synchrotron)へ入射する。RCSでは陽子を3 GeV
ま で 加 速 し 、物 質・生 命 科 学 実 験 施 設(MLF : Materials and Life Science Experimental
Facility)もしくはメインリング(MR : Main Ring)へと入射する。MLFでは二次粒子とし
て生成した中性子やミューオンを物質・生命科学の研究に利用する。一方、MRでは入射さ
れた陽子を最大エネルギー30 GeVまで加速し、世界最高クラスである240 kWの大強度陽
8 第2章 COMET実験
設やハドロン実験施設へ射出され、生成された二次粒子を用いて素粒子・原子核物理学の研
究に利用する。
2.2
ハドロン実験施設
ハドロン実験施設の全体図を図2.2に示す。COMET実験は、ハドロン実験施設での実施
を計画しており、新規のビームラインを建設中である。MRにおける8 GeVで3.2 kWの
陽子ビームを入射し、世界最高強度のパルスミューオンビームを生成して用いることにより、
µ−e転換過程の探索で大幅な発見感度の向上を目指す。
COMET実験エリア
高運動量ビームライン
MR ハドロン実験施設
図2.2 ハドロン実験施設の全体図[22]。COMET実験では建設中の高運動量ビームライ
ンを利用する。
2.3
COMET
実験
COMET (COherent Muon to Electron Transition) 実 験 は 、Al 原 子 核 に お け るµ−e
転換過程を高感度で探索する実験である。Phase-IとPhase-IIの二段階に分けて実施する。
Phase-Iでは分岐比 O(10−15)の単一事象感度で早期に物理結果を出すことを目指す。また、
Phase-IIに 向 け て ビ ー ム 起 源 の 背 景 事 象 を 理 解 す る た め 、ビ ー ム 粒 子 の 組 成 を 測 定 す る こ
とも目的である。Phase-IIでは、Phase-Iの更に100倍であるO(10−17)の単一事象感度で
µ−e転換過程の探索を行う。本研究ではPhase-Iに用いる検出器の開発を扱うため、以下で
はPhase-Iに焦点を当てる。
2.3.1
µ
−
e
転換過程での信号事象
質量数A, 原子番号Z の原子核N(A, Z)におけるµ−e転換過程
2.3 COMET実験 9
では、二体崩壊であるため以下のエネルギーEµeをもつ電子を放出する。
Eµe=mµ−Bµ−Erec (2.2)
ここで、Bµは1s軌道の束縛エネルギー、Erecは原子核の反跳エネルギーである。Erec は反
跳原子核の質量MAを用いてErec ≈(mµ−Bµ)2/(2MA)と表すことができ、その値は十分
小さいため無視出来る。したがって、
Eµe≈mµ−Bµ (2.3)
が得られ、放出される電子は単色のエネルギーを持つ。Bµ は原子核によって異なり、Al原
子核の場合はEµe = 105.1 MeVである。したがって、信号事象は105 MeVの電子である。
2.3.2
主な背景事象:ミューオンの軌道上崩壊
表2.1に背景事象の一覧を示す。主な背景事象は、ミューオンのDIOである。ミューオン
が原子核と相互作用して多体崩壊するため、真空中での崩壊よりも高いエネルギーを持った
電子が放出される。電子のエネルギーをEe としたときのエネルギー分布は図2.3で与えら
れる[23]。事象頻度は近似的にEeとエンドポイントEend の差の5乗(Eend−Ee)5 に比例
し、µ−e転換過程で放出される電子のエネルギー105 MeVの近傍まで分布するため、背景
事象となる。したがって、DIO由来の電子とµ−e転換過程の信号電子を区別するため、検
出器には高いエネルギー・運動量分解能が必要である。
0 20 40 60 80 100
0.000 0.005 0.010 0.015 0.020 0.025 0.030 0.035
EeMeV
1 0
d dE
e
MeV
1
0 20 40 60 80 100
1016
1012
108
104
EeMeV
1 0
d dE
e
MeV
1
図 2.3 Al原 子 核 に お け るDIO由 来 電 子 の エ ネ ル ギ ー 分 布[23]。横 軸 は 電 子 の エ ネ ル
ギー、縦軸はミューオンの崩壊幅で規格化した微分部分幅で、崩壊確率に相当する。縦軸
は、左図では線形表示、右図では対数表示である。
2.3.3
Phase-I
実験
図2.4にPhase-Iの実験セットアップの全体図を示す。3.2 kWの8 GeV陽子ビームをパ
イオン生成標的へ入射し、生成されたパイオンを捕獲してミューオン輸送ソレノイドへ導く。
10 第2章 COMET実験
背景事象 原因となる過程 補足
ミューオンのDIO DIOで放出される電子 主な背景事象
ミューオン捕獲反応 生成された荷電粒子や中性子に
よる電子生成
ミューオン・パイオンの放射性捕獲反応
生成されたγ 線による
電子・陽電子の対生成
ビーム起源 ビーム中の電子や、ミューオン・
パイオンの崩壊による電子、反
陽子による背景事象
後 述 す る ビ ー ム
構 造 と 時 間 窓 で
の 測 定 に よ り 十
分小さい
宇宙線ミューオン起源 宇宙線ミューオン由来の電子 後 述 す る 宇 宙 線
Veto 検 出 器 に よ
り十分小さい
表2.1 背景事象の一覧。主な背景事象であるDIOの他に、ミューオン捕獲反応やミュー
オン・パイオンの放射性捕獲反応、ビーム起源の即発・遅延事象、宇宙線ミューオンによ
る背景事象が挙げられる。
図2.4 Phase-Iの実験セットアップ全体図。パイオン生成標的、ミューオン輸送ソレノ
2.3 COMET実験 11
標的へ入射し、ミューオニック原子を生成する。ミューオンの崩壊で放出される電子は、1 T
の磁場をかけた円筒型検出器システム(CyDet : Cylindrical Detector system)で検出し、
運動量測定と粒子識別を行う。以下、セットアップの詳細[20]について記述する。
パルス状陽子ビーム
MRをCOMET 実験専用のモードで稼働させ、以下3点についてビームの質を向上させ
ることによって、大幅な発見感度の向上を目指す。第一に、パルス構造を持った陽子ビーム
を採用する。ビーム起源の背景事象は即発的に発生し、Al原子核のミューオニック原子では
0.86 µsの寿命にしたがった長い時間幅を持つ。図2.5に示すように測定する時間窓を設ける
ことにより、ビーム起源の背景事象を大幅に低減しつつ、ミューオニック原子の崩壊事象を
効率的に測定する。
図2.5 ビーム構造と測定時間窓の概念図。横軸が時間、縦軸が事象数を表す。
第二に、時間窓への漏れ出しを低減する。測定する時間窓に漏れ込む事象は背景事象とな
り、発見感度を悪化させる。バンチあたりの陽子数と時間窓に漏れる陽子数の比を10−9以下
に抑えることを要求し、既に10−10 から10−12の測定値を得ている。
第三に、3.2 kWの大強度陽子ビームを用いる。背景事象を削減することで、到達感度は統
計量に依存して向上する。ミューオニック原子の生成量はビーム強度に比例するため、MR
の大強度陽子ビームを用いることで統計量を大幅に向上させることが可能である。
パイオン生成標的
パイオン生成標的は、陽子ビームを照射する標的で、ミューオン源となるパイオンを生成
するために用いる。一般に、パイオンの生成量は原子番号が大きい物質ほど多くなる。しか
し、標的の放射化を小さくするため、また、Phase-IIで必要な熱遮蔽の改良を容易にするた
12 第2章 COMET実験
存せず、標的の長さが長い程増加する。標的の形状は廃熱を考慮して最適化されており、半
径20 mm, 長さ600 mmのグラファイト標的を用いる。
超伝導ソレノイド
COMET実験では40 MeV程度の運動エネルギーをもつミューオンをミューオン静止標的
に入射してミューオニック原子を生成する。図2.4に示すようにパイオンを90◦ 曲げる超伝
導ソレノイドで輸送し、ミューオンに崩壊させる。パイオンの収集やミューオンの輸送、後
述する検出器のための磁場生成に超伝導コイルを用いたソレノイドを使用する。熱負荷と放
射線損傷を低減するため、線材としてアルミ安定化超伝導線を用いる。
ビーム測定検出器
ビームの粒子組成を測定するために用いる。後述する円筒型検出器システムと置き換えて
使用し、ストロー飛跡検出器と電磁カロリメータ(ECAL: Electro-magnetic Calorimeter)
から構成される。ストロー飛跡検出器の全体図を図2.6に示す。直径9.75 mm、64−108 cm
長、20 µm厚のストロー状ガス検出器を多数配置した飛跡検出器で、飛跡から粒子の運動量
pを測定する。ECALの全体図を図2.7に示す。2 cm 角、12 cm長のLYSO結晶とアバラ
ンシェフォトダイオード光検出器を基本単位とする。2272本の結晶を最下流に配置し、粒子
のエネルギーE を測定する。上記2種の検出器で測定する情報を組み合わせ、E/pを用いて
粒子の識別を行い、ビーム情報を測定する。
図2.6 ストロー飛跡検出器の全体図。後述
するECALの上流に配置する。
図2.7 電磁カロリメータの全体図。最下流
に配置する。
宇宙線Veto検出器
宇宙線ミューオンによる背景事象を削減するため、宇宙線Veto検出器で検出器システムの
上半分を覆う。Vetoとは拒否を意味し、Veto検出器で信号が検出された事象は信号事象の
2.3 COMET実験 13
成し、≈1 nsの時間分解能、99 %以上の検出効率を有する。
円筒型検出器システム
ミューオニック原子の崩壊により生成される電子を測定する。大きく分けてミューオン静
止標的と2 つの検出器、円筒型ドリフトチェンバー(Cylindrical Drift Chamber : CDC),
トリガー検出器(Trigger Hodoscope)で構成する。
Trigger Hodoscope CDC Endplate
Proton Absorber
CDC Outer Wall
CDC Inner Wall CDC
Stopping Target
図2.8 CyDet の 全 体 図 。左 が ビ ー ム 上 流 、右 が 下 流 で あ る 。ミ ュ ー オ ン 静 止 標 的 を 中
心 に 、CDCと そ の 両 端 に ト リ ガ ー 検 出 器 を 、CDC の 内 壁 に は 陽 子 の 吸 収 壁 (Proton Absorber) を配置する。
ミューオン静止標的
ミ ュ ー オ ン 静 止 標 的 と し て 、200 µm厚 、半 径 100 mmの ア ル ミ ニ ウ ム 円 盤 17 枚 を50
mm間隔で配置する。輸送された40 MeV程度のミューオンは、ミューオン静止標的で運動
エネルギーを損失し、静止する。標的中で静止したミューオンはAl原子核とのクーロン相互
作用によりミューオニック原子を生成する。ミューオニック原子中のミューオンは、1s軌道
に脱励起する際に特性X線を放出するため、Ge半導体検出器を用いた特性X線の収量から
ミューオニック原子の生成量を見積もる。
円筒型ドリフトチェンバー
CDCはミューオン静止標的から放出される粒子の飛跡を検出し、その運動量を精密に測定
する。形状は半径83.5 cm, 長さ約1.6 mの円筒型で、半径50 cmから80 cmの領域にある
飛跡の運動量を測定する。DIO の背景事象を低減するため、105 MeV/cの電子に対して運
動量分解能σp < 200 keV/cを要求する。プロトタイプ検出器の位置分解能を組み込んだモ
14 第2章 COMET実験
トリガー検出器
トリガー検出器はCDCの上流内側と下流内側に設置する。事象の選別を行い、データ収集
システムへのトリガー信号を供給する。電子以外の粒子による事象を排除して、不要なデー
タ収集の頻度を下げることが役割である。本研究では、トリガー検出器を開発するため、デ
15
第
3
章
COMET
トリガー検出器
3.1
トリガー検出器の役割と要求性能
トリガー検出器は以下に挙げる役割を果たす。
電子の識別
µ−e転換過程ではミューオニック原子からの105 MeV/cの運動量をもつ電子が信号
事象である。これに対して、ミューオンの原子核捕獲反応µ−+N →N′+p+νµが
4 %の分岐比で起き、CDCではこの反応で生成される陽子が60 kHz程度の計数率で
検出される[20]。CDC中でのエネルギー損失が電子と陽子で異なるため信号事象と区
別することはできるが、現実的なデータ収集の頻度を実現するため、陽子による事象
は排除する必要がある。トリガー検出器に後述する閾値型チェレンコフ検出器を用い
ることで粒子を識別し、電子による事象のみを収集する。
高い運動エネルギーを持つ粒子の選別
主な背景事象としてミューオンのDIO
µ−+N →N +e−+νµ+ ¯νe (3.1)
によって電子が放出される事象が挙げられる。一般に、素電荷をもつ荷電粒子が運動
量p [GeV/c]で磁場B [T]の中を運動するとき、その軌道半径R[m]は、
R= p
0.3B (3.2)
と表せる。図3.1に示すように円筒状にトリガー検出器を配置することにより、軌道
半径から幾何学的に検出する電子の運動量に制限を与えることが出来る。後述するデ
ザインで見積もった下流側トリガー検出器の計数率を図3.2に示す。≈50 MeV/c以
下の運動量をもつDIO電子はほとんど検出されず、100 MeV付近の電子を高い効率
で検出できる。上流側と下流側で合計20 kHzの計数率に低減出来ると見積もってい
16 第3章 COMETトリガー検出器 CDC Beam duct 3210 Stopping target Return yoke Superconducting coils Shielding Proton absorber Trigger hodoscope CDC inner wall CDC outer wall
Vacuum window CDC endplate
300
unit : mm
1490.3 1577.3 496 835 900 1973 360 250 1610 864 Collimator Cryostat 107.5 127.5
図3.1 CyDet の ジ オ メ ト リ[20]。左 が ビ ー ム 上 流 、右 が 下 流 で あ る 。ト リ ガ ー 検 出 器
(緑と赤の部分)はCDCの上流側と下流側に配置する。
Initial P (MeV/c)
0 20 40 60 80 100
C o u n ts p e r 1 Me V/ c -16 10 -15 10 -14 10 -13 10 -12 10 -11 10 -10 10 -9 10 -8 10 -7 10 -6 10 -5 10 -4 10 -3 10 -2 10
DIO Hit Probability at Downstream Scintillator DIO Hit Probability at Downstream Scintillator
Downstream Hodoscope Downstream Hodoscope
図3.2 下流側トリガー検出器のDIO電子による計数率[20]。横軸はDIO電子の運動量、
縦軸は計数率に相当する。DIO電子(実線)の分布に対して、トリガー検出器の計数率で
は約50 MeV/c以下の電子を検出しない。
1 ns以下の時間分解能
CDC検出器を含めた検出器全体のイベント時間をトリガー検出器で測定する時間で
定義する。時間分解能は、CDC検出器の時間分解能が8 ns程度であることから、そ
れよりも十分に小さい1 ns以下の時間分解能を要求する。
ト リ ガ ー 検 出 器 の 要 求 性 能 を 表 3.1に 示 す 。実 験 エ リ ア で は パ イ オ ン 生 成 標 的 に 陽 子 を
衝突させるため、多量の中性子が発生する。1 MeVの中性子等量 (neq) に換算して、1011
3.2 閾値型チェレンコフ検出器 17
は安全ファクター 10を掛けた1012 neq/cm2 の中性子耐性を要求する。検出器の信号ノイ
ズ(S/N)比は十分大きな20の目標値を設定した。チェレンコフ輻射体の厚みについては、
DIO起源の低運動量の電子による寄与を削減するため、薄くする必要がある。
時間分解能 1 ns
磁場耐性 1 T
中性子耐性 1012 neq/cm2
S/N比 20
輻射体の厚み 可能な限り薄く
表3.1 トリガー検出器の要求性能。
3.2
閾値型チェレンコフ検出器
電荷qの荷電粒子が、屈折率nの物質中を速さv > c
n で通過するとき、チェレンコフ放射
により光子が円錐状に放出される。このとき放出される単位長さ単位波長当りの光子数は
dN dxdλ =
2παq2 λ2
(
1− 1 n2β2
)
(3.3)
光子の放射角度θC(チェレンコフ角)は
cosθC = 1
nβ, β ≡v/c (3.4)
で表される。ここで、λ は光子の波長、αは微細構造定数である。θC を測定することにより
β を測定することができ、別途測定した運動量pを用いれば粒子の質量mにより粒子識別を
行うことが出来る。放出角度θC を測定することにより粒子識別を行うものをRing Imaging
CHerenkov (RICH)検出器と呼び、チェレンコフ放射を起こすβ の閾値(β > 1
n)を利用し
て粒子識別を行うものを閾値型チェレンコフ検出器と呼ぶ。電子、パイオン、陽子の運動量
閾値を表3.2に示す。本研究では、100 MeV/c前後の運動量の電子とそれ以外の荷電粒子を
識別するため、アクリルを輻射体に用いた閾値型チェレンコフ検出器を採用する。
3.3
プラスチックシンチレータ
荷電粒子が物質中を通過するとき、電磁相互作用によって物質中の分子を励起する。ある
分子では一部のエネルギーを可視光として放出する。この過程をシンチレーション、シンチ
レーションを起こす物質をシンチレータと言う。固体有機物では特にポリビニルトルエンな
18 第3章 COMETトリガー検出器
粒子 質量[MeV/c2] 運動量閾値 [MeV/c]
e± 0.511 0.457
µ± 105.7 94.5
π± 139.6 124.9
陽子 938.3 839.2
表3.2 各粒子のn= 1.5での運動量の閾値。なおβthreshold=
1
n = 0.67である。
芳香族のプラスチックシンチレータは1 %程度の蛍光物質を混ぜて使用する。その目的
は、紫外光(UV : UltraViolet)として放出される光の波長を利用し易い波長に変換すること
である。また、蛍光共鳴エネルギー移動(フェルター共鳴エネルギー移動)と呼ばれる、励
起エネルギーが直接的な電子のやり取りで移動する過程を通して、エネルギーを蛍光物質へ
移動させることも出来る。これにより、立ち上がり時間を<1 ns,減衰時間を2 - 3 nsに短く
することができる。
3.4
光検出器の比較
チェレンコフ光とシンチレーション光を検出する光検出器を選定するため、3種の光検出
器、光電子増倍管(PMT : Photo Multiplier Tube)、アバランシェフォトダイオード(APD
: Avalanche Photo Diode)、シリコン光電子増倍器(SiPM : Silicon Photomultiplier)につ
いて比較を行った。
3.4.1
各光検出器の特徴
PMT
PMTは素粒子・原子核実験分野において古くから使用されてきた光検出器である。図3.3
に動作原理を示す。光電面と二次電子増幅部(ダイノード)で構成される。光子が光電面に
入射し、光電効果により光子から電子に変換される。電子は収束電場によりダイノードへ輸
送される。輸送された電子は高電場で加速され、ダイノードへ衝突し、二次電子を放出する。
この過程を繰り返すことで指数関数的に電子を増幅し、信号として出力する。電子の輸送率
を1と仮定したとき、ダイノード段数をnとし、PMTの印加電圧V を各ダイノード間に等
分割する場合の増幅率µは、次の式で表せる[24]。
µ= A (n+ 1)knV
kn (3.5)
ここで、Aは定数、k は電極の材質や構造で決まる値で典型的には0.7 - 0.8である。指数関
3.4 光検出器の比較 19
光電子増倍管は一般的にガラス管に封じられた真空管で、入射窓、 光電面、集束電極、電子増倍部、陽極より構成されています。その構 造を図 2-1 に示します。
光電子増倍管に入射した光は以下に示す過程を経て信号出力されます。 (1) ガラス窓を透過する。
(2) 光電面内の電子を励起し、真空中に光電子を放出(外部光電効果) する。
(3) 光電子は集束(フォーカス)電極で第一ダイノード上に収束され、 二次電子増倍された後、引き続く各ダイノードで二次電子放出を 繰り返す。
(4) 最終ダイノードより放出された二次電子群は陽極(アノード)より 取り出される。
第 2 章ではこの光電子放出の原理、電子軌道、そして電子増倍部に ついて記述します。
光電子増倍管の増倍部には大別して通常の多段ダイノードを持つも のと、マイクロチャンネルプレートのように連続ダイノードを持つも のがあり、両者の動作原理はかなり異なっています。本章は、光電子 増倍管の基本原理について記述します。マイクロチャンネルプレート 内蔵型光電子増倍管については、第10章で記述します。また、各種粒 子線、イオン検出器については第 12 章で記述します。
THBV3_0201JA
–4
–
第 2 章
光電子増倍管の基本原理
1)∼ 5)図3.3 PMTの動作原理[24]。ダイノードでの二次電子放出の繰り返しにより増幅した
電気信号を取り出す。
率が得られる。動作について深く理解されており、信頼度も高い。しかしながら、磁場中で
は電子の輸送が阻害され、通常の PMTでは数 mTの磁場中でも増幅率が著しく減少する。
1 T以上の磁場中でも動作可能なファインメッシュ型と呼ばれるPMTはあるが、磁場が無
い場合と比較して1 Tの磁場中で増幅率が2.5 %程度に減少し[24]、比較的高価である。
APD
半 導 体 光 検 出 器 は 半 導 体 のPN接 合 を 用 い た 光 検 出 器 で 、順 方 向 と は 逆 の 電 圧 を 掛 け て
キャリアを排除した領域(空乏層)を作り出して動作させる検出器である。APDはシリコン
ダイオードに逆電圧を印加して動作させる半導体光検出器の一種である。動作原理を図3.4
に示す。高い逆電圧が印加された半導体中で、光子が空乏層内でバンドギャップ以上のエネ
ルギーを与えると、電子・正孔対が生成され、電場により電子と正孔が逆方向に加速される。
加速された電子と正孔が結晶格子と衝突してイオン化することにより、新たに電子・正孔対
が生成される。この過程が繰り返されて増幅された信号を出力する。この増幅過程をアバラ
ンシェ過程と言い、電場強度が≈2×105 V/cmを超えると発生する[25]。印加する逆電圧
が高いほど大きい増幅率が得られる。APDは入射光子を電子に変換する効率(量子効率)が
高く、増幅過程での電子の移動距離が短いため磁場中でも問題なく動作する。しかし、増幅
率が温度や動作電圧の変動に敏感であるため、温度と電圧を精密に制御しなければならない。
また、典型的な増幅率が102 程度と低いため、十分大きな信号を得るには多くの光子数、ま
たは低ノイズの増幅回路が必要である。
SiPM
SiPMは近年開発が進んでおり、新しい光検出器として注目されている。クエンチ抵抗と
呼ばれる抵抗を直列に接続した、10 - 100 µmのピクセル型APD が二次元状に多数配置さ
れている。1ピクセルに注目したときの動作原理を図 3.5に示す。一般にアバランシェ過程
20 第3章 COMETトリガー検出器
図3.4 APDの動作原理。N
+
に正、P
+
に負の電圧を印加することで、空乏層を作り出
す。空乏層内で電子-正孔対が生成されると、アバランシェ過程がアバランシェ層で起き、
増幅された信号を出力する。右図の縦軸はAPDの縦位置、横軸は電場強度|E|を示す。
る。この増幅モードはガイガーモードと呼ばれ、極めて大きい増幅率を有する。SiPMは降
伏電圧を超えた電圧を印加して、各APD ピクセルをガイガーモードで動作させる。光子が
検出されると大きく増幅された信号電流が出力される(図3.5 : 1⃝)。このとき、信号電流が
クエンチ抵抗を流れることで電圧降下を生じる。APDの印加電圧が減少することで増幅率が
減少し、ガイガーモードを脱するまで信号電流は減少しつつ出力され続ける(図3.5 : 2⃝)。
降伏電圧に至ることでガイガーモードを脱し、信号出力が停止するとAPDに再び動作電圧
が印加される(図3.5 : 3⃝)。1ピクセルから出力される信号電荷Qsignal は1ピクセルの静
電容量C と動作電圧VOP、降伏電圧VBD を用いて
Qsignal =C(VOP −VBD) (3.6)
と表される。図3.6に示すように、光子が入射したピクセル数に応じて離散的なアナログ信
号を出力するため、出力信号から光子の計数を行うことが出来る。
SiPMはガイガーモードで動作するため105 - 106 と高い増幅率が得られ、1光子の弁別が
行えるS/N比に優れた信号が得られる。さらに、APDと同様の理由で磁場耐性にも優れて
いる。その一方で、降伏電圧が温度に依存して変化するため、増幅率が温度や動作電圧の変
動に対して敏感であり、動作に際しては精密に温度・電圧を制御する必要がある。また、増
幅の過程で電子・正孔対が再結合することで光子が生成され、その光子が別のピクセルで検
3.4 光検出器の比較 21
図3.5 SiPMの動作サイクル。
図 3.6 SiPM 全 体 で の 動 作 原 理 。光 子
が Nf ired ピ ク セ ル に 入 射 し た 場 合 、
Nf iredQsignalの電荷が出力される。
プされ、本来の信号に加えて遅れた信号を出してしまうアフターパルスと呼ばれる現象も確
認されている。常温で動作させることが可能であるが、電子の熱励起由来で1ピクセル以上
の増幅信号を出力するダークカウントと呼ばれるノイズが1 MHz程度生じる。温度・電圧依
存性は精密に制御することで、ダークカウントについては適した閾値を設定することで安定
した動作ができる。日本では浜松ホトニクス社のMPPC (Multi-Pixel Photon Counter)と
呼ばれる製品が広く使われているため、以下ではMPPCに焦点を当てて議論する。
3.4.2
光検出器の性能比較
生成された光子がすべて検出器へ到達すると仮定し、検出器の検出効率と増幅率、磁場耐
性を考慮して性能を比較する。各検出器の波長に依存する検出効率を図3.7に示す。検出効
率に対してチェレンコフ光の波長分布の重みを掛けて、相対的な検出光子数を見積もった。
チェレンコフ光の波長分布は式(3.3)で与えられるため、光検出器の検出効率をQE(λ)とす
ると荷電粒子の単位長さ当たりの検出光子dN/dxは
dN dx =
∫
QE(λ) dN
dxdλdλ= 2παq
2
(
1− 1 n2β2
) ∫ QE(λ)
λ2 dλ (3.7)
で表せる。ここで、検出する荷電粒子は高速の電子であることからq = −1, β ≈ 1である。
チェレンコフ輻射体は、後述するようにUVアクリルを用い、n= 1.5である。これらの値
を用いるとdN/dxは次の式で表せる。
dN
dx = 0.025
∫ QE(λ)
λ2 dλ[photons/m] (3.8)
荷電粒子のチェレンコフ輻射体における経路長1 cm当たりの検出光子数を図3.8に示す。な
お、図3.7の波長領域外ではQE(λ) = 0とした。各光検出器についての、全波長で積分した
22 第3章 COMETトリガー検出器
Wavelength [nm]
300 400 500 600 700 800 900 1000
Efficiency [%]
0 10 20 30 40 50 60 70 80 90 100
MPPC PMT
APD
Efficiency
図3.7 各検出器の検出効率。APD(赤)はHamamatsu S8664-1010の量子効率を、PMT
(黒)はHamamatsu R5924-70の量子効率を、MPPC(青)はHamamatsu S12572-100
の検出効率を用いた。
Wavelength [nm] 300 400 500 600 700 800 900 1000
d
N
/d
x
[p
h
o
to
n
s/
cm/
1
0
n
m]
0 2 4 6 8 10
MPPC
PMT APD
Detected Photons
図3.8 各検出器の検出光子数。赤はAPD, 青はMPPC, 黒はPMTを表す。ここで、生
3.5 トリガー検出器のデザイン 23
の面でPMT, MPPCと比較すると不十分である。PMT, MPPCは105 - 106 の高い増幅率
を有するため、実際に検出器に到達する光子数を考慮しても十分な光量が期待出来る。APD
は増幅率、PMTは磁場耐性の面でデメリットを抱える。MPPCは放射線耐性についての情
報が少ないため試験が必要であるが、十分な性能を期待できるため、トリガー検出器に用い
る光検出器の候補とすることに決定した。
検出器 APD PMT MPPC
検出光子数 [photon/cm] 382.6 75.4 129.3
増幅率 50 - 100 105 - 107 105 - 106
磁場耐性 良い 使用可能 良い
表3.3 光検出器の比較
3.5
トリガー検出器のデザイン
本研究ではプラスチックシンチレータとUVアクリルのチェレンコフ輻射体を独立した二
層として組み合わせたデザインを考案した。トリガー検出器のデザインを図3.9に、構成要
素と使用する型番号を表3.4に示す。図3.10に示すようにCDCに面する側(外側)にプラ
スチックシンチレータ、静止標的に向かう側(内側)にUVアクリルを配置する。ビーム方
向の長さの最適化により、信号電子に対するアクセプタンスが300 mm長で最大になること
がシミュレーションで示され、支持部として50 mmを追加した350 mm長で決定した。幅
45 mmは、円周方向に64分割することから決まる。UVアクリルの厚みは本研究で最適化
を行う。
プラスチックシンチレータを用いる理由は、以下の3点が挙げられる。第一に、時間応答
が優れているためである。一般にプラスチックシンチレータはシンチレーション光の発光量
が多く、使用するEJ-230は0.5 nsの早い立ち上がり時間を持つため、十分な時間分解能が
期待できる。第二に、DIO電子による背景事象を減らすためである。チェレンコフ輻射体の
外側にプラスチックシンチレータを配置し、チェレンコフ検出器とプラスチックシンチレー
タの信号のコインシデンスを要求する。これにより、背景事象であるDIO由来の低運動量の
電子がチェレンコフ検出器のみをヒットする事象を減らすことができる。第三に、光検出器
のノイズ由来のトリガーを減らすためである。光検出器は光を検出しない場合でも熱励起し
た電子を増幅し、信号を出すダークノイズと呼ばれるノイズを出力する。特に MPPCはノ
イズが多いため対策が必要である。2つの検出器のコインシデンスを取ることでノイズによ
24 第3章 COMETトリガー検出器
図3.9 トリガー検出器のデザイン。プラスチックシンチレータを外側、UVアクリルを
内側に配置する。チェレンコフ検出器からの信号は前置増幅器で増幅する。
構成要素 品名/型番号 メーカー
プラスチックシンチレータ EJ-230 [26] ELJEN
UVアクリル アクリライト #000 [27] 三菱レイヨン
光学グリス EJ-550 [28] ELJEN
光検出器 MPPC S12572-100P [29] Hamamatsu
反射材 Vikuiti ESR [30] 3M
表3.4 トリガー検出器の構成要素。
図3.10 トリガー検出器の概観。CDCの上流側と下流側にトリガー検出器を配置する。
中心静止標的に面する側にUVアクリル(青)を、CDCに面する側にシンチレータ(緑)
25
第
4
章
プロトタイプ検出器の製作
4.1
プロトタイプの全体図
製作したプロトタイプの全体図を図4.1に示す。反射材(ESR)を巻いたプラスチックシ
ンチレータとUVアクリルをブラックテープ(3M スコッチ ビニルテープ)で遮光し、位置
を合わせて更にブラックテープを巻いて固定した。シンチレータ厚は5 mmで固定し、UV
アクリル厚が10, 15, 20 mmの3種類のプロトタイプを製作した。MPPCは基板に取り付
け、シンチレータ・UVアクリルに光学グリスを用いて接触させた。フロントエンド回路は
動作電圧分配器と前置増幅器で構成する。動作電圧分配器からはMPPCの動作電圧を供給
図4.1 プロトタイプの全体図。フロントエンド回路は前置増幅器とMPPCの動作電圧
を供給する動作電圧分配器で構成する。MPPCはシンチレータ・UVアクリルの片端に取
り付けられている。シンチレータ・UVアクリルの根元は治具で固定されており、フロン
26 第4章 プロトタイプ検出器の製作
している。また、チェレンコフ検出器からの信号はフロントエンド回路の前置増幅器で増幅
して、シンチレータからの信号は直接後段へ送る。フロントエンド回路は電磁シールドを兼
ねたアルミ治具内に固定されている。
以下の章では、それぞれの製作過程について扱う。
4.2
プラスチックシンチレータ・アクリルのラッピング
UVアクリルとプラスチックシンチレータについては、以下の方法で ESRを巻き付けた。
複数のESR のシートを、境界が5 mm重なるようにカプトンテープで固定した。辺の部分
は折り目をつけた上で、ESRを巻き付けて図4.2の様にカプトンテープで固定した。片端に
は光学グリスを用いて後述するMPPC基板を取り付け、上からESRを被せてカプトンテー
プで固定した。遮光のためブラックテープを引っぱりながら2 mm程度重なるように1重で
巻き付けた。両端については光漏れが無いよう、図4.3のように念入りにブラックテープを
巻き付けた。最後に、UVアクリルとシンチレータの位置を合わせ、ブラックテープを1重
に巻いて固定した。
図4.2 ESRを 巻 い た と き の 概 観 。ESR同
士の境界は5 mm程度重なるようにカプトン
テープで固定した。
図4.3 ブラックテープを巻いた様子。端は
光漏れしないようにブラックテープを十分に
巻いた。
4.3
MPPC
基板の製作
3 mm角の表面実装型MPPC (Hamamatsu S12572-100P)を取り付けた基板を製作した。
4.4 フロントエンド回路プロトタイプの製作 27
に示す。基板表面にMPPCを並列に 10個取り付けており、裏面のカソード側に電源ライ
ン、アノード側に読み出し回路を搭載している。汎用性の面から、シンチレータとチェレン
コフ検出器に用いるMPPC基板は共通にし、それぞれの厚みに応じた数だけMPPC基板を
使用した。アノードとカソードそれぞれに同軸ケーブル(RG174/U)を取り付けており、フ
ロントエンド回路の前置増幅器と動作電圧分配器にLEMOコネクタで接続して動作させる。
製作したMPPC基板は、光学グリスを用いてシンチレータ・UVアクリルに取り付けた。
有効受光面サイズ 3×3 mm2
ピクセルピッチ 100µm
ピクセル数 900
典型的なダークカウント*1 1000 kHz
時間分解能(半値幅) 300 ps
増幅率 2.8×106
表4.1 S12572-100シリーズの仕様[29]。
図4.4 MPPC基板の回路図。高周波の信号
成分を取り出すためにC = 100 pF, R = 1
kΩを用いた。
図4.5 表 面 実 装 型MPPCを 取 り 付 け た 基
板。裏に読み出し回路とケーブルが接続され
ている。
4.4
フロントエンド回路プロトタイプの製作
フロントエンド回路のプロトタイプとして前置増幅器と動作電圧分配器を開発・製作した。
28 第4章 プロトタイプ検出器の製作
4.4.1
動作電圧分配器
動作電圧分配器は複数のMPPC基板に動作電圧を供給する。図4.6に回路図を、図4.7に
製作した基板を示す。与えられた入力電圧を、後段の MPPC基板へ並列に出力する。各出
力チャンネル毎に過電流防止用の抵抗(10 kΩ)と、電源由来のノイズを低減するためのバイ
パスコンデンサとしてセラミックコンデンサ(100 nF)を取り付けた。
8&A#/2ၮ᧼ 8&A#/2ၮ᧼ 8&A#/2ၮ᧼
8QNVCIG&KXKFGT
C1 100nF C1 100nF C3 100nF C3 100nF R5 10k R5 10k R4 10k R4 10k R2 10k R2 10k R3 10k R3 10k OUT1 EPL.00.250.NTN OUT1 EPL.00.250.NTN 1 1 2 2 3 3 4 4 5 5 R1 10k R1 10k OUT5 EPL.00.250.NTN OUT5 EPL.00.250.NTN 1 1 2 2 3 3 4 4 5 5 IN1 EPL.00.250.NTN IN1 EPL.00.250.NTN 1 1 2 2 3 3 4 4 5 5 OUT4 EPL.00.250.NTN OUT4 EPL.00.250.NTN 1 1 2 2 3 3 4 4 5 5 OUT2 EPL.00.250.NTN OUT2 EPL.00.250.NTN 1 1 2 2 3 3 4 4 5 5 C5 100nF C5 100nF C2 100nF C2 100nF OUT3 EPL.00.250.NTN OUT3 EPL.00.250.NTN 1 1 2 2 3 3 4 4 5 5 C4 100nF C4 100nF図4.6 動作電圧分配器の回路図。IN1への入力電圧を並列に分けてOUTに出力する。
R, Cはそれぞれ過電流防止の抵抗と電源ノイズの低減のコンデンサである。
4.4.2
前置増幅器
前置増幅器はチェレンコフ検出器の信号を増幅する。図4.8に回路図を、図4.9に製作し
た基板を示す。MPPC基板からの信号を並列に入力し、増幅した信号を後段へ出力する。増
幅回路として、オペアンプ(Texas Instruments OPA657N/250[31])を使用した非反転増幅
回路を2段使用している。1段当たりの増幅率GAM P は、図4.8中の値R12, R13, R14, R15
を用いて
GAM P = R12
R13
= R14 R15
= 360
51 = 7.1 (4.1)
と表せるため、2段での増幅率は∼50となる。
4.4 フロントエンド回路プロトタイプの製作 29
40 mm
45 mm
図4.7 動作電圧分配器の基板。入出力には実用性を考慮してLEMOコネクタを採用した。
ルタに用いるC11については、図4.10の試作ボードを用いて最適化を行った。信号として
25℃でのMPPCのダークシグナルを入力し、20 mVを越えたイベントについてC11を変
化させてデータを取得した。得られた平均波形を図4.11に示す。波形が鈍り始めた1000 pF
までの範囲でC11を変化させた。波形の電荷を信号、ベースラインの電荷の標準偏差をノイ
ズと定義したときのS/N比を図4.12に示す。C11に比例してS/N比が向上することが分か
30 第4章 プロトタイプ検出器の製作
8&A#/2ၮ᧼ 8&A#/2ၮ᧼ 8&A#/2ၮ᧼
Ⴧེㇱಽ
ᧂታⵝ R12 360 R12 360 R16 51 R16 51 U2 OPA657N U2 OPA657N 1 2 3 4 5 VIN4 EPL.00.250.NTN VIN4 EPL.00.250.NTN 1 1 2 2 3 3 4 4 5 5 R15 51 R15 51 VIN2 EPL.00.250.NTN VIN2 EPL.00.250.NTN 1 1 2 2 3 3 4 4 5 5 C19 100n C19 100n C11 1000pF C11 1000pF C15 470u C15 470u 1 2 C14 100n C14 100n U1 OPA657NU1 OPA657N 1 2 3 4 5 C18 100n C18 100n C13 470u C13 470u 1 2 VIN3 EPL.00.250.NTN VIN3 EPL.00.250.NTN 1 1 2 2 3 3 4 4 5 5 R14 360 R14 360 CN1 S3B-PH-K-S CN1 S3B-PH-K-S 1 1 2 2 3 3 VOUT1 EPL.00.250.NTN VOUT1 EPL.00.250.NTN 1 1 2 2 3 3 4 4 5 5 R13 51 R13 51 VIN1 EPL.00.250.NTN VIN1 EPL.00.250.NTN 1 1 2 2 3 3 4 4 5 5 C17 100n C17 100n C16 C16 R11 51 R11 51
図4.8 前置増幅器の回路図。2段の非反転増幅回路とローパスフィルタで構成する。オ
ペアンプの動作電圧は外部から±5 Vを供給する。ローパスフィルタのC11は後述する
最適化を経て決定した。
40 mm
45 mm
図4.9 前置増幅器の基板。信号の入出力に
はLEMOコネクタを、オペアンプの電源に
は3ピンコネクタS3B-PH-K-S (LF) (SN)
を採用した。
図4.10 C11の 最 適 化 で 使 用 し た 評 価 ボ ー
ド。左側のケーブルから信号を入力し、右の
ケーブルから増幅した信号を出力する。出力
ケーブルの直前にC11を取り付け、値を変え
4.4 フロントエンド回路プロトタイプの製作 31
図4.11 C11を変えたときの波形。波形が鈍り始めたため、C11は1000 pFまでの範囲で比較した。
Capacitance [pF]
0 200 400 600 800 1000
S/N
0 2 4 6 8 10 12 14
図4.12 C11を75 pFから1000 pFまで変えたときのS/N比。C11に比例してS/Nが
32
第
5
章
東北大学電子光理学研究センターに
おけるテスト実験
トリガー検出器の性能評価を行うため、東北大学電子光理学研究センターGeV γ 照射室に
てビームテストを実施した。この章では利用した実験施設とセットアップを取り扱う。
5.1
東北大学電子光理学研究センター
東 北 大 学 電 子 光 理 学 研 究 セ ン タ ー の 実 験 室 レ イ ア ウ ト を 図5.1 に 示 す 。テ ス ト 実 験 で は
GeVγ照射室を利用した。使用した装置については以下の通りである[32]。