生物工学 第99巻 第5号(2021) 〔生物工学会誌 第99巻 第5号 250.2021〕 DOI: 10.34565/seibutsukogaku.99.5_250
光る生き物はブリコラージュの天才?
蟹江 秀星
富山湾の春の味覚であるホタルイカ,日本各地で初夏 の訪れを告げるゲンジボタル.いずれも光る生き物であ り「発光生物」と呼ばれている.世界では800超の属で 発光生物が知られ1),それらの光る仕組みも一口には語 れないほど多様である2).ゆえに,紀元前から多くの科 学者が興味の対象としてきた1,2).プリニウス,ダーウィ ン,そして,ノーベル化学賞を受賞した下村脩もその一 人である.彼が発見したオワンクラゲの発光に関わる緑 色蛍光タンパク質(GFP)は,未知の生命現象の可視化 を実現し,世界をゲームチェンジした. 発光生物の光る仕組みの鍵となるのが,酵素「ルシフェ ラーゼ」と,その基質となる低分子化合物「ルシフェリン」 である.どの発光生物も基本的にはルシフェラーゼを介 したルシフェリンの酸化反応を利用して光る2).ただし, ルシフェリン,ルシフェラーゼという言葉が総称である 点には注意して欲しい.そこに光る仕組みの多様さの真 髄がある.異なる分類群の発光生物が保有するルシフェ リン,ルシフェラーゼをそれぞれ比較すると,その化学 構造,アミノ酸配列はまったく異なる(図1).そのため, ホタルイカ由来のルシフェリンにゲンジボタル由来のル シフェラーゼを混ぜても,ルシフェリンの酸化反応は起 こらず発光しない.ホタルイカとゲンジボタルの発光色 がそれぞれ青色,黄緑色と異なるのも,ルシフェリンと ルシフェラーゼの違いによる. 多様な発光生物の存在は,さまざまな分類群の生物が 独自にルシフェリンとルシフェラーゼを獲得できたこと に起因すると考えられている1).既知のルシフェリンに は,発光生物でない生物に存在する化合物と化学構造が 類似するものや,ありふれた化合物から生合成されるこ とが証明されたものがある.また既知のルシフェラーゼ では,発光生物でない生物に見られるタンパク質にアミ ノ酸配列の相同性という点で類似するものがある.特に 興味深いのは,ルシフェラーゼは酸化反応を担う酵素で あるにも関わらず,既知のいずれのルシフェラーゼも既 知の酸化酵素と有意な相同性を示さないという点であ る.ノーベル医学生理学賞を受賞したジャコブは,ブリ コラージュという言葉で生物の進化を表現している3). ブリコラージュとはフランス語で「ありあわせの道具と 材料とを用いて何かを作ること」(広辞苑)を意味する. 一人の人間の一生よりも遥かに長い時間を進化に費やし た生物にとって,光る仕組みのブリコラージュは無理難 題ではなかったのではなかろうか.光るという形質の生 物学的意義なども考慮すべきだが,光る能力を有する多 様な生物が誕生した理由もそこにあるのかもしれない. では,自然界で長い年月をかけることなく,任意の物質 を使って光る仕組みを作ることは困難なのだろうか. 光る仕組みをブリコラージュしたといえるような研究 がこれまでにいくつか報告されている.たとえば,UMassMedical SchoolのMillerのグループが見いだした化合物 は,ショウジョウバエ由来の脂肪酸代謝に関わるタンパ ク質と反応して光る4).また,産業技術総合研究所の Nishiharaらが開発した化合物は,代表的な血漿タンパ ク質であるヒト血清アルブミンと反応して光る5).いず れの研究も発光生物の光る仕組みに関する基礎研究から 得られた知見を土台とし,発光生物でない生物が保有す るタンパク質に隠れていたルシフェラーゼとしての機能 「latent luciferase activity」を見事に引き出している.
発光生物の光る仕組みは,すでに遺伝子発現の可視化 や衛生検査に関わる製品などに利用されている.しかし その一方で,発光生物の光る仕組みは多様なため,その 理解は未だ不十分である.今後さらに発光生物に学び, 光る仕組みを自在に工学できれば,生体に内在する分子 を介して発光生物でない生物を光らせることも不可能で はないかもしれない.加えて,そうした仕組みが光遺伝 学や光免疫療法などと組み合わさることで研究や治療に も生かされ,世界がゲームチェンジする,そんな夢のよ うな未来にも期待をしたい. 1) 大場裕一:恐竜はホタルを見たか―発光生物が照らす 進化の謎,岩波書店 (2016). 2) 下村 脩:光る生物の話,朝日新聞出版 (2014). 3) フランソワ・ジャコブ 著,田村俊秀,安田純一 訳:可 能世界と現実世界,みすず書房 (1994).
4) Mofford, D. M. et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 111,
4443 (2014).
5) Nishihara, R. et al.: Bioconjug. Chem., 31, 2679 (2020).
著者紹介 国立研究開発法人産業技術総合研究所生物プロセス研究部門(研究員) E-mail: [email protected]
図1.ホタルイカとホタルのルシフェリンの化学構造2)