博 士 ( 工 学 ) 兼 子 隆 雄
学 位 論 文 題 名
石 炭 液 化 触 媒 の 開 発 に 関 す る 研 究 学 位 論 文 内 容 の 要 旨
近年, 石油代替エネルギ一源とし て,安価で埋蔵量が豊富な石 炭が注目されており,地球環境 問題の高 まりの中で,環境に調和し た石炭の有効利用が問題とな っている。本研究は,ニュ―サ ンシャイ ン計画の一環として,石炭 液化技術開発における基礎研究として行われたものであり,2 1世紀 初頭の有用なエネ ルギー源として考えられる未 利用の石炭を,高効率で地 球環境にやさし いクリー ンな液体燃料に換えるため の,高活性で実用的な液化触 媒の開発を目的としている。本 論文では ,ー次水素化工程に用いら れる鉄系触媒,および,ニ次 水素化工程で用いられるアルミ ナ 担持 モリ ブ デン 系触 媒に 関 して,石炭液化反応に おける触媒構造の変化,触 媒構造と活性点 発 現機 構、 活 性の 経時 的な 劣 化機構を検討し、高活 性な―次および二次水素化 用触媒を提案し た。本論文は8章から成り、各章は以下のように要約される。
第 ー章 では , 研究 の背 景を 述 べ,本研究の目的と意 義を明らかにした。また, 石炭液化プロセ ス と触 媒に つ いて の既 往の 研 究を概説し,石炭液化 に用いられる触媒の問題点 と課題について 述べた。
第 二章 では , 鉄系 触媒 の形 態 と石炭液化活性につい て検討した。微粉砕した鉄 鉱石、および、
中 和沈 殿法 に より 合成 した 種 々の鉄化合物について 液化活性を調べ,水酸化鉄 系のりモナイト 触 媒, および,合成y‑FeOOH触媒が液化に高い活性を 示すことを見出した。また ,モデル反応と して1ー メチルナフタレンの水素化反 応を行い,触媒として用いる鉄化合物の種類により生成する ピロ―タ イト(Fel̲xS)の粒子サイズが異なること,水素化活性に加えて脱メチル化活性で示される 水素化分解活性が液化触媒に必要であることを明らかにした。
第 三章 では , 鉄系 触媒 の活 性 発現 機構 につ いて 検 討し た。 鉄系 触媒 の 硫化 過程 や生成したピ 口一タイ 卜の性状を調べ,ピロータイトヘの転換温度や生成したピロータイトの結晶子サイズは,
出発原料 である鉄化合物の結晶形態 に強く依存することを明らか にした。また、液化初期におけ る 水素 消費 量 や生 成物 性状 を 調べ ,触 媒に より 活 性化 された気相水素は、350℃程度の低温か ら重質生 成物中に取り込まれること ,液化反応初期の昇温過程で 充分な水素供与を行うことによ り,炭化 水素ガスの生成が抑制され 、オイル収率が向上すること を明らかにした。層状構造を持 つYーFeOOH触 媒で は, 石炭 の 熱分 解が 始ま る250℃ の低 温で,容易に微粒子の ピロ―タイ卜に 転 換さ れて 高 い液 化活 性を 示 すことを明らかにし, 石炭の熱分解に調和した触 媒活性の発現を 図ることの重要性を示した。
第 四章 では , 鉄系 触媒 の活 性 劣化 機構 につ いて 検 討し た。 小型 連続 反 応装 置を 用いて液化反 応 を行 い, 触 媒お よび 硫黄 添 加量の液化油収率への 影響,および,液化残渣中 の硫化鉄の形態 と 液化 活性 と の関 係を 調べ , 液化反応中における触 媒活性劣化の主要な原因は ,活性種である ピロータイ卜の結晶成長と還元によるトロイライト(FeS)の生成であることを明らかにした。また,触 媒 活性 を維持するために は,気相の硫化水素濃度をlvol%程度に保つ必要がある ことを明らかに した。さ らに,触媒を含む液化残渣を反応器ヘリサイクルすることにより触媒添加量を著しく低減 できるこ とを示した。Y―FeOOH触媒は,石炭に対して0.3wt%程度の添加量で,60v¥rヒ%以上の高い 液 化 油 収 率 を 達 成 し , 従 来 の 触 媒 に 比 べ て 優 れ た 液 化 性 能 を 示 す こ と を 明 ら か に し た 。 第 五章 では , 二次 水素 化工 程 用の アル ミナ 担持 モ リブ デン 触媒 の物 性 と固 体酸 性の制御につ
― 228 ‑
いて検討した。種々のアル ミナ担持モリブデン系触媒を調製して,二次水素化反応原料(DAO)の 水 素 化 分 解 活 性 や 触 媒 上 へ の 炭 素 質 析 出 量 を 調 べ 、 バ イ モ ー ダ ル 型 細 孔 構 造 を 持つNi― Mo/AI203触媒が,活性が高く,炭素質の生成も少ないことを明らかにした。また,Caの添加により 活性 に影 響を 与え ず に炭素質の生 成を抑制出来ることを明ら かにし,触媒の固体酸性を制 御す ることの重要性を示した。これらの結果を基に,触媒形状にも検討が加えられ,活性が高く,しか も炭素質生成の少ないバイ モ―ダル型細孔構造を持つCa−Ni―Mo/AI203触媒(三つ葉型)を提案 した。
第六 章で は, 硫化 処 理に よるCa−Ni一Mo/AI203触 媒の 構 造変 化と 活性 点の形成機構につ いて 検討 した 。昇 温硫 化 反応(TPS)やX線 光電 子分 光法(XPS)を用 いた分析結果からは,モリブ デン は250℃以下では,M06十の 状態で酸素原子の一部と硫黄 原子との置換が進み,高温 ではM04゛へ の還元とともに硫化が急激 に進行してMoS2が生成するこ とを明らかにした。また,NH3の昇温脱 離(TPD)の 結果 から ,Ca−Ni‑Mo/AI203は予 備硫化処理によ り固体酸性が急増すること 、Ni‑
Mo/AI203触媒 に比 べ て弱 酸点 の多 い 酸強 度分 布を 示す こ とな どが わか り,Caの一部はMoS2空 孔付近に配位して酸性度を弱める働きをするものと推察された。Ca−Ni−Mo/AI203触媒では,予備 硫化 処理 によ りCaM004からMoS2へ 触媒構造が大きく変化して 活性点が形成されることから ,適 切な予備硫化処理方法とし て,低温硫化(230℃)と高 温硫化・エ―ジング処理(380℃)を組合 わせた二段硫化法を提案し た。
第七 章で は,CaーNi−Mo/AI203触 媒の活性劣化機構について 検討した。反応原料中のプレ アス ファ ルテ ンや 灰分 濃 度の触媒活性 低下におよぼす影響を調べ ,活性劣化の主要な原因は, 反応 初期における炭素質とアル カリ金属の触媒上への蓄積で あること,Ca−Ni―Mo/AI203触媒は,炭 素質の析出が少なく,高濃度のプレアスファルテンを含む反応原料を処理できることを明らかにし た。また,豪州褐炭液化パイロットプラントから回収された使用済み触媒,および通算約7,800時 間の 寿命 評価 試験 で 使用 され た触 媒 の分 析を 行い ,触 媒 粒子 外表 面で は,Mgなどの灰分 中の 金属 蓄積 量が 運転 時 間とともに増 加するが,触媒の表面積や 細孔容積の変化は小さいこと など を明らかにするとともに,Ca−Ni―Mo/AI203触媒は約1年間の触媒寿命を有することを確認した。
Ca―Ni一Mo/AI203触媒では ,Ca修飾により炭素質の生成 が抑制されているとともに,比較的均一 に発 達し たバ イモ ― ダル型細孔構 造を持つことから,炭素質 や金属成分の蓄積による細孔 の閉 塞や表面積の低下が比較的 起こり難いものと考えられた 。
第ハ章では,総括として, 本論文の研究成果をまとめた 。
以上 ,本 論文 では , 石炭 液化 触媒 の 活性 発現 機構 や活 性 劣化 機構 につ いて検討し,―次 水素 化触媒としてY−FeOOH触媒 ,二次水素化触媒としてCa―Ni−Mo/AI203触媒が,実用的な石炭液化 触媒として有望であること を明らかにした。
― 229―
学位論文審査の要旨 主査 教授 服部 英 副査 教授 伊藤博徳 副査 教授 竹澤暢恒 副査 教授 千葉忠俊 副査 教授 古市隆三郎
学 位 論 文 題 名
石炭液化触媒の開発に関する研究
近 年,石 油代替 エネル ギ―源 として ,安価 で埋蔵 量が豊富 な石炭 が注目されており,地球環境 問 題の高 まりの 中で, 環境に 調和し た石炭 の有効 利用が将 来のエ ネルギ―問題を解決する際の 課 題とな ってい る。21世紀初頭の有用なエネルギ一源として考えられる石炭を,高効率で地球環 境 にやさ しいク リーン な液体 燃料に 換える ,高活 性で実用 的な液 化触媒 の開発 が問題 解決の1 つの具体的課題となっている。
本 論 文 は ,石 炭 の 液 化の― 次水素 化工程 に用い られる鉄 系触媒 ,およ び,二 次水素 化工程 で 用いられるアルミナ担持モリブデン系触媒に関して,高活性な実用触媒を開発することを目的とし て 行われ たもの であり 、石炭 液化反 応にお ける触 媒構造の 変化, 触媒構造と活性点発現機構、
活 性の経 時的な 劣化機 構を検 討し、 その結 果に基 づぃて― 次およ びニ次水素化用触媒を提案し た。本論文は8章から成り、各章の要約と評価は以下のとおりである。
第 ー章で は,研 究の背 景とし て,石 炭液化 プロセ スと触媒 につい ての既往の研究を概説し,石 炭 液化に 用いら れる触媒の問題点と課題について述べた。これにより,本研究の目的と意義を明 らかにすることができた。
第 二章で は,鉄 系触媒 の形態 と石炭 液化活 性につ いて検討 した。 微粉砕した鉄鉱石、および、
中 和沈殿 法によ り合成 した種 々の鉄 化合物 につい て液化活 性を調 べ,水酸化鉄系のりモナイト 触 媒,お よび, 合成Y一FeOOH触媒が液化に高い活性を示すことを見出した。また,モデル反応と して1ーメチルナフタレンの水素化反応を行い,触媒として用いる鉄化合物の種類により生成する ピロータイト(Fei̲xS)の粒子サイズが異なること,水素化活性に加えて脱メチル化活性で示される 水 素化分 解活性 が液化触媒に必要であることを明らかにした。これにより,高活性なー次水素化 触媒の最適な出発原料と触媒の機能を明らかにすることができた。
第 三 章 で は, 鉄 系 触 媒の活 性発現 機構に ついて 検討した 。鉄系 触媒の 硫化過 程や生 成した ピ ロータイ卜の性状を調べ,ピロ―タイトヘの転換温度や生成したピロータイ卜の結晶子サイズは,
出 発原料 である 鉄化合物の結晶形態に強く依存することを明らかにした。また、液化初期におけ る 水素消 費量や 生成物 性状を 調べ, 触媒に より活 性化され た気相 水素は 、350℃程 度の低 温か ら 重質生 成物中 に取り込まれること,液化反応初期の昇温過程で充分な水素供与を行うことによ り ,炭化 水素ガ スの生成が抑制され、オイル収率が向上することを明らかにした。層状構造を持 つv−FeOOH触 媒では ,石炭 の熱分 解が始 まる,2500Cの低温で,容易に微粒子のピ口―タイトに 転 換され て高い 液化活 性を示 すこと を明ら かにし ,石炭の 熱分解 に調和した触媒活性の発現を
‑ 230− −
図ることの重要性を示した 。これにより、液化工程の 進行と各所における触媒の作用機構を明ら かにすることができた。
第四 章で は, 鉄 系触 媒の 活性 劣化 機 構に つい て検 討し た 。小 型連 続反 応 装置 を用いて液 化反 応を 行い ,触 媒 およ び硫 黄添 加量 の液化油収率への影響,およ び,液化残渣中の硫化鉄の 形態 と液 化活 性と の 関係 を調 べ, 液化 反応中における触媒活性劣化 の主要な原因は,活性種で ある ピロータイトの結晶成長と還元によるトロイライト(FeS)の生成であることを明らかにした。また,触 媒活 性を 維持するためには,気相の 硫化水素濃度を1vol%程度に 保つ必要があることを明ら かに した。さらに,触媒を含む 液化残渣を反応器ヘリサイクルすることにより触媒添加量を著しく低減 でき るこ とを示した。Y−FeOOH触媒 は,石炭に対して0.3wt%程 度の添加量で,60wt%以上の 高い 液化 油収 率を 達 成で きた 。こ れに より,従来の触媒に比べて優 れた液化性能を示す―次水 素化 触媒を提案することができた。
第五 章で は, 二 次水 素化 工程 用の ア ルミ ナ担 持モ リブ デ ン触 媒の 物性 と 固体 酸性の制御 につ いて検討した。種々のアル ミナ担持モリブデン系触媒 を調製して,二次水素化反応原料(DAO)の 水 素 化 分 解 活 性 や 触 媒 上 へ の 炭 素 質 析 出 量 を 調 べ 、 バ イ モ ― ダ ル 型 細 孔 構 造 を 持 つNi― Mo/AI203触媒が,活性が高 く,炭素質の生成も少ないことを明らかにした。また,Caの添加により 活性 に影 響を 与 えず に炭 素質 の生 成を抑制出来ることを明らか にし,触媒の固体酸性を制 御す ることの重要性を示した。 これらの結果を基に,触媒形状にも検討が加えられ,活性が高く,しか も炭素質生成の少ないバイ モーダル型細孔構造を持つCa−Ni―Mo/AI203触媒(三つ葉型)を提案 することができた。
第 六章 では , 硫化 処理 によ るCaーNi−Mo/AI203触媒の構造変 化と活性点の形成機構につ いて 検討 した 。昇 温 硫化 反応(TPS)やX線 光電 子分 光法(XPS)を用い た分析結果からは,モリブ デン は250℃ 以下では,M06゛の状態で酸 素原子の一部と硫黄原子と の置換が進み,高温ではM04゛へ の還 元と ともに硫化が急激に進行し てMoS2が生成することを明 らかにした。また,NH3の昇 温脱 離(TPD)の結果から,CaーNi―Mo/AI203は予備硫化処理により 固体酸性が急増すること、Ni― Mo/AI203触媒 に 比べ て弱 酸点 の多 い 酸強 度分 布を 示す こ とな どが わか り ,Caの一部はMoSz空 孔付近に配位して酸性度を 弱める働きをするものと推察された。Ca−NiーMo/AI203触媒では,予備 硫化 処理 によ りCaM004か らMoS2へ 触媒構造が大きく変化して活 性点が形成されることを明 らか にした。これにより,適切な予備硫化処理方法として,低温硫化(230℃)と高温硫化・エージング 処理(380℃)を組合わせた二段硫化法を提案することができた。
第七章では,Ca―Ni−Mo/AI203触媒の活性劣化機構 について検討した。反応原料中のプレアス フん ルテ ンや 灰 分濃 度の 触媒 活性 低下におよぼす影響を調べ, 活性劣化の主要な原因は, 反応 初期における炭素質とアル カリ金属の触媒上への蓄積 であること,Ca−Ni―Mo/AI203触媒は,炭 素質の析出が少なく,高濃 度のプレアスファルテンを含む反応原料を処理できることを明らかにし た。また,豪州褐炭液化パ イロットプラン卜から回収された使用済み触媒,および通算約7,800時 間の 寿命 評価 試 験で 使用 され た触 媒 の分 析を 行い ,触 媒 粒子 外表 面で は ,Mgなどの灰分 中の 金属 蓄積 量が 運 転時 間と とも に増 加するが,触媒の表面積や細 孔容積の変化は小さいこと など を明らかにした。Ca―Ni−Mo/AI203触媒では,Ca修飾により炭素質の生成が抑制されているととも に, 比較 的均 一 に発 達し たバ イモ ーダル型細孔構造を持つこと から,炭素質や金属成分の 蓄積 によ る細 孔の閉塞や表面積の低下が 比較的起こり難いと結論し た。これにより、約1年間の 触媒 寿命を有するCa―Ni一Mo/AI203触媒を設計することができた。
第ハ章では,総括として,本論文の研究成果をまとめた。
以 上, 本論 文 では ,石 炭液 化触 媒の活性発現機構や活性劣化 機構について検討し,―次 水素 化触媒としてYーFeOOH触媒 ,二次水素化触媒としてCaーNi―Mo/AI203触媒が,実用的な石炭液化 触媒として有望であることを明らかにした。
これを要するに、著者は 石炭液化触媒について新知 見をえたものであり、触媒化学および石炭 化学の分野に貢献するところ大である。
よ っ て 、 著 者 は 、 北 海 道 大 学 博 士 ( 工 学) の学 位を 授 与さ れる 資格 ある も のと 認め る。