博 士 ( 水 産 科 学 ) 奥 村 知 行
学 位 論 文 題 名
水産機能性成分の抗肥満作用に及ぼす 植物成分の併用効果に関する研究
学位論文内容の要旨
近年 、我が国 を含め先 進諸国を中 心に食生 活や生活 習慣の変 化から肥 満となる人が増 加し ており、 それによ り発症する ヌタポリ ックシン ド口ーム (内臓脂 肪症候群)や生活習 慣病 が問題に なってい る。そのた め、こう した肥満 やそれに 伴う疾病 のりスクを未然に予 防、改善することが極めて重要な課題となっている。
肥満 やそれに 伴う疾病 のりスクの 軽減に効 果を発揮 する食品 素材のー っに水産脂質(魚 油 ) が あ る 。 魚 油 はn‑3系 高 度 不 飽 和 脂 肪 酸 で あ るEPAやDHAを 豊 富 に含 ん でお り 、 こ れ ら の脂 肪 酸は 、 抗動脈硬 化作用や 抗腫瘍作 用、抗アレ ルギー作 用などを 示すほか 、EPA やDHAを動 物 に投 与 す るこ と で、 内 臓 脂肪 の 蓄 積が 抑 制さ れ る こと も 報告 さ れている 。 また、食用海藻のワカヌ(Undaria pllnnatifida)に含まれる脂溶性成分のーつであるカ口テ ノイ ド類のフ コキサン チンにも抗 肥満作用 や抗糖尿 病作用が 報告され ている。一方、代表 的な 植物由来 機能成分 のーっとし て、唐辛 子の成分 であるカ プサイシ ンやコーヒーや緑茶 に含 まれるカ フェイン が挙げられ る。カプ サイシン やカフェ インは共 に、交感神経の活性 化に 伴う脂肪 燃焼作用 や代謝亢進 作用を有 すること が知られ ており、 その結果として抗肥 満効 果や体重 軽減作用 を発揮する 。しかし 、これら 水産由来 、植物由 来の機能成分単独で の生 理作用に 関する研 究例は多い ものの、 それぞれ の活性成 分を併用 した場合の作用につ いては不明な点も多い。
そこ で本研究 では、水産由来成分の高度利用と有効活用を目指し、魚油とカプサイシン、
カフ ェインの 併用効果 、ならびに フコキサ ンチンと カプサイ シン、カ フェインの併用効果 について、肥満・糖尿病病態マウスを用いて検討した。
第1章で は 、肥 満 糖 尿病 モ デル マ ウ ス(KK‑´ 功 に魚 油 と カプ サ イ シン お よびカ フェイ
ンの併用投与し、内臓脂肪と血糖値に与える影響について検討した。動物試験では、飼料 脂質を大豆油14%(w/w)としたコント口ール群(Control群)、Control群の飼料脂質である 大豆油14%(W/W)のうち、7%(W/W)を魚油に置換した群を魚油群(FO群)とした。コント口 ール群および魚油群の飼料に、それぞれをカプサイシン0.0042%添加した群(SO十CP群,
FO十CP群)、カフ ェイン0.054%添加した群(SO十CF群、FO十CF群)および、カプサイ シンとカフ ェインの両 方を添加し た群(SO十CP十CF群、FO十CP十CF群)をそれぞれ設 け、全8群とした。実験飼育期間中の総摂餌量は各群で有意差がなかったのに対し、体重 増 加 量 は 、Control群 と 比 べ てFO十CP十CF群 、SO十CP十CF群 お よ びFO十CP群 で 有意に低い値を示した。白色脂肪組織(WAT)の総重量(子宮周囲、腎周囲後腹膜、腸間膜周 囲、鼠径部周囲)を測定したところ、WAT総重量はContr01群と比ベ、魚油を投与した4 群で有意に減少していた。また、肝臓の脂肪酸組成を分析したところ、DHAの割合は大豆 油にカプサイシンとカフェインを併用投与してもControl群と比べて変化がなかったのに 対し、F0十CP十CF群 ではFO群と比 べて有意に 増加した。 血糖値はカ プサイシン また はカフェインを投与した群におしゝて、Control群と比べて有意に減少していた。これらの 結果より、KK.´紗マウスに対する魚油、カプサイシン、カフェインの併用投与によるマウ スの内臓脂肪抑制増強効果が明らかになった。また、これに伴しゝ、肝臓中のDHAの割合 が増加する ことも見出 すことができた。ただし、肝臓とWAT及びBAT中の脂質代謝に関 わる遺伝子 ・夕ンパク 質の発現作用の検討により、EPA、DHAによる脂質代謝制御と、
カプサイシン、カフェインによるエネルギー代謝の亢進作用は相乗的に発現されるもので はないこと も明らかに なった。これまで報告されているように、EPA、DHAを含む魚油 の投与により、肝臓中の脂質合成系の抑制が起こり、肝臓脂質の減少も見られた。一方、
カプサイシン、カフウインの投与は肝臓などでの糖代謝を活性化することが本研究の結果 より推察された。いずれの作用も、遺伝子発現のレベルでは、コント口ールとの有意差は っかなかったが、両者が相加的に働きあうことにより、内臓WATや体重の有意な減少に っながったものと考えられる。また、本研究で用いた肥満糖尿病モデルマウス(KK.制 に対するカプサイシンとカフウインの効果は、内臓脂肪低下作用よりも血糖値低下作用の 方 が 、 投 与 濃 度 が 低 く て も よ り 顕 著 に 発 現 す る こ と も 明 ら か に な っ た 。 第2章では、肥満糖尿病モデルマウスを用いて、ワカヌ油由来のフニユキサンチンとカプ サイシン、カフェインの併用投与による内臓脂肪と血糖値に与える影響について検討した。
コント口ール群(Control群)の大豆油14%(w/w)のうち0.1%(W/W)をフコキサンチンに置 換した群をフコキサンチン群(Fx群)とした。コント口ール群およびフコキサンチン群の飼 料に、それぞれカプサイシン0.0024%添加した群(CP群、Fx十CP群)、カフウイン0.031% を添加した 群(CF群 、Fx十CF群)を設け、全6群とした。実験飼育期間中の総摂餌量は 各群で有意 差がなかっ たが、体重 増加量は、Fx十CP群、Fx十CF群ではControl群と比 べて有意に低い値を示した。血清中の遊離脂肪酸においても同様に、Fx十CP群、Fx十CF 群ではControl群と比べて 有意に低い 値を示した 。また鼠径 部周囲WATにおけるUCP1 のmRNA発 現 量を 測 定し た とこ ろ 、Control群と 比べてFx十CF群 では有意に 増加して おり、Fx十CF群におレゝても高値傾向にあった。一方、血糖値はフコキサンチン、カプサ イシン、カフウインを投与したすべての群でControl群と比ぺて有意に減少したが、フコ キサンチンとカプサイシンまたはカフェインの併用効果は認められなかった。以上の結果 より、フコキサンチンとカプサイシンまたはカフウインの併用投与が病的な体重増加に対 して抑制作用を及ぽすことが明らかになった。本研究で見出されたフコキサンチンとカプ サイシンまたはカフェインの相乗的効果は、カプサイシンまたはカフェインを単独で投与 した場合にはコント口ールと比較して内臓WATや体重に変化がなかったのに対し、フコ キサンチンとカプサイシンまたはカフェインの併用では、フコキサンチンの単独効果より も内臓WATや体重が 低下していることから明らかである。フコキサンチンは内臓WAT中 でUCP1を 発 現誘 導 する こ とが 知 られてい る。UCP1の発現に より、WAT中の脂質が 積 極的に分解され、生じたエネルギーが熱として散逸することが報告されている。一方、カ プサイシンまたはカフェインは、交感神経系からのノルエピネフウリン(NE)などの産生を 亢進させる 。NEは内臓WAT細胞膜上 のアドレナ リンレセプターを刺激し、UCP1の発現 誘導に関与する。こうした分子機構が、フコキサンチンとカプサイシンまたはカフウイン を併用した場合に見られた相乗的な内臓WAT減少作用に関与しているものと推察される。
このように 、水産物由来の機能性成分(魚油由来のEPAとDHA、海藻由来のフコキサ ンチン)は、植物由来の機能性成分(カプサイシンとカフェイン)と併用することにより、
特に内臓脂肪の減少や血糖値の低下においてそれぞれを単独で投与するより効果的なこと を本研究では明らかにすることができた。また、その効果に関与するメカニズムについて も一定の考察をすることができた。特に、フコキサンチンとカプサイシンまたはカフェイ ンの併用による効果は、交感神経系と内臓WAT細胞での一連のシグナル伝達系に関わる ―1043―
ものであり、今後のこの分野の研究において新たな方向性を示すことができたと考える。
本研究により、水産機能成分の高度利用と活用を図るだけでなく、様々な食品素材との組 み合わせが、より効果的な栄養機能性を発揮する上で極めて重要なことが明らかになった。
こうした成果は、新たな食品素材や製品を開発していく上でも役にたっものと期待される。
学位論文審査の要旨 主査 教授 宮下和夫 副査 教授 板橋 豊 副査 准教授 細川雅史
学 位 論 文 題 名
水産機能性成分の抗肥満作用に及ぼす 植物成分の併用効果に関する研究
魚 油 中 に はnー3系 高 度 不 飽 和 脂 肪 酸 で あ るEPAやDHAが 豊 富 に 含 ま れ て お り 、 こ れ ら 脂 肪 酸 に は 、 脂 質 代 謝 改 善 作 用 と そ れ に 基 づ く 抗 肥 満 作 用 が 知 ら れ て い る 。 ま た 、 褐 藻 類 に 特 徴 的 な カ ロ テ ノ イ ド 、 フ コ キ サ ン チ ン に つ い て の 抗 肥 満 作 用 や 抗 糖 尿 病 作 用 が 最 近 明 ら か に な り 、 そ の 有 効 活 用 が 期 待 さ れ て い る 。 一 方 、 代 表 的 な 植 物 由 来 の 抗 肥 満 成 分 と し て 、 唐 辛 子 の 成 分 で あ る カ プ サ イ シ ン や コ ー ヒ ー や 緑 茶 に 含 ま れ る カ フ ェ イ ン が 挙 げ ら れ る 。 カ プ サ イ シ ン や カ フ ェ イ ン は 、 共 に 、 交 感 神 経 の 活 性 化 に 伴 う 脂 肪 燃 焼 作 用 や 代 謝 亢 進 作 用 を 有 す る こ と が 知 ら れ て い る 。 し か し 、 こ れ ら 水 産 由 来 と 植 物 由 来 の 機 能 成 分 単 独 で の 生 理 作 用 に 関 す る 研 究 例 は 多 い も の の 、 そ れ ぞ れ の 活 性 成 分 を 併 用 し た 場 合 の 作 用 に っ い て は 不 明 な 点 も 多 い 。 ま た 、 カ プ サ イ シ シ や カ フ ェ イ ン で は 、 多 量 摂 取 に よ る 弊 害 効 果 も 指 摘 さ れ て い る 。 し た が っ て 、 各 種 の 抗 肥 満 成 分 の 組 み 合 わ せ に よ る 効 果 的 な 抗 肥 満 作 用 が 期 待 さ れ る が 、 こ う し た 観 点 か ら の 検 討 例 は ほ と ん ど な い 。 そ こ で 本 研 究 で は 、 水 産 由 来 成 分 の 高 度 利 用 と 有 効 活 用 と 共 に 、 理 想 的 な 抗 肥 満 効 果 を 有 す る 食 品 素 材 の 開 発 も 考 慮 し 、 魚 油 と カ プ サ イ シ ン 及 び カ フ ェ イ ン 、 な ら び に フ コ キ サ ン チ ン と カ プ サ イ シ ン 及 ぴ カ フ ェ イ ン の 併 用 効 果 に つ い て 、 特 に 抗 肥 満 作 用 に 着 目 し て 検 討 を 行 っ た 。 本 研 究 で 得 ら れ た 成 果 は 以 下 の よ う に 要 約 さ れ る 。 1. 肥 満 糖 尿 病 モ デ ルKK‑Aヅ マ ウ ス を 用 い 、 コ ン ト ロ ー ル 群(Control群 ) と 魚 油 群(FO群 ) に 対 し 、 低 濃 度 の カ プ サ イ シ ン(0. 0042% ) を添 加し た群(SO十 CP群 ,FO十CP群 ) と 、 低 濃 度 の カ フ ェ イ ン (O.054% ) を 添 加 し た 群(SO十CF 群 、FO十CF群 ) 、 お よ ぴ 、 カ プ サ イ シ ン と カ フ ェ イ ン の 両 方 を 添 加 し た 群 (SO+CP十CF群 、FO+CP十CF群 ) を そ れ ぞ れ 設 け 、 全8群 と し て 実 験 を 行 っ た 。 そ の 結 果 、 実 験 飼 育 期 間 中 の 総 摂 餌 量 は 各 群 で 有 意 差 が な か っ た の に 対 し 、 体 重 増 加 量 は 、Control群 と 比 べ てFO十CP十CF群 、SO+CP十CF群 お よ びFO十CP群 で 有 意 に 低 い 値 を 示 す こ と 、 白 色 脂 肪 組 織(WAT)の 総 重 量 ( 子 宮 周囲 、腎 周囲 後 腹膜 、腸 間膜 周囲 、鼠 径部 周囲 )は 、` Control群と 比 べ、
魚 油 を 投 与 し た4群 とSO十CP十CF群 、SO十CF群 で 有 意 に 減 少 す る が 、 魚 油 の 効 果 に 対 す る カ プ サ イ シ ン と カ フ ェ イ ン の 相 加 効 果 や 相 乗 効 果 は 、 本 研 究
で用いた低濃度のカプサイシンとカフェインでは発揮されないことを明らか にした。
2.魚油とカプサイシン船よぴカフェインの併用実験より、大豆油にカプサ イシ ンとカフェインを併用投与してもControl群と比べて変化がなかった EPA、DHEの割合が、FO十CP十CF群ではFO群と比べて有意に増加することを 見出した。また、血糖値は魚油、カプサイシン、カフェインのいずれを投与 した群においても、Control群と比べて有意に減少すること、この効果が相 加的なものであることを明らかにした。
3. 肥満糖尿病モデルマウスを用い、コントロール群(Control群)とフコ キサンチンO.1%(w/w)含有群(Fx群)に、魚油実験で用いた濃度よりもさらに 低濃度のカプサイシン(0. 0024%)とカフェイン(O.031%)を添加した群
((CP群、Fx十CP群とCF群 、Fx十CF群)を設け、全6群として実験を行つ た。その結果、実験飼育期間中の総摂餌量は各群で有意差がなかったのに対 し、体 重増加量は、Fx十CP群、Fx十CF群ではControl群と比べて有意に低 い値となること、ただし、それぞれ単独では有意な減少とはならいこと、Fx 群の総WAT重量はControl群と比較して有意に減少するが、Fx+CP群、Fx十 CF群ではFx単独よりも有意に減少することを明らかにした。この結果から、
本研究で用いたCPとCFの濃度では単独では抗肥満効果は発現しないが、Fxの 抗肥満効果を相乗的に増大させることを示した。
4. CPとCFが示したFxの抗肥満効果に対する相乗効果の分子機構にっいて検 討し、WAT細胞での熱産生亢進誘導作用を提案した。すなわち、CPとCFの作 用により、交感神経系が活性化され、ノルアドレナリン分泌の亢進が起こ る。一方、Fx摂取により、内臓WAT細胞膜のノルアドレナリン受容体タンパ ク発現の増大が起こり、多量に分泌されたノルアドレナリン刺激を受けやす くする。その結果、本来内臓WATでは発現しないと考えられていたUCP1が発 現し、脂肪燃焼エネルギーが体熱となって発散し、内臓脂肪の減少が起こる というものである。この作用にっいては、Fx十CF群の鼠径部周囲WATにおけ るUCP1のmRNA発現量が、Control群と比べて有意に増加していたことからも 裏付けられた。
以上のように、本研究では水産物を起源とする代表的な脂質代謝改善作用 を有する機能成分である魚油と褐藻カロテノイド、フコキサンチンに着目 し、その作用を相乗的に向上できる植物由来食品成分(カプサイシンとカ フェイン)にっいて検討した。その結果、魚油では、何らの相乗作用も見出 されなかったが、フコキサンチンとの併用では典型的な相乗効果が認められ た。この研究から、植物由来成分(カプサイシンとカフェイン)が示す交感 神経系に対する活性化作用と、フコキサンチンが有する内臓WATに対する特 異的な作用の関連が明確になり、確かな科学的基盤に基づく抗肥満食品素材 の創出にも大きく寄与できる成果が得られた。よって審査員一同は本研究の 申請者が博士(水産科学)の学位を授与される資格のあるものと判定した。