下肢静脈瘤に対する静脈結紮術の合併症:医原性深部静脈損傷
に対する compound vein graft を用いた静脈血行再建術の 2 例
小窪 正樹 兼古 稔 村上 和正 数野 圭 要 旨:症例 1 は56歳,男性.1994年10月左大伏在静脈(GSV)高位結紮術を施行したが 誤って深部静脈を結紮切除した.術後より左下肢の冷感と疼痛が持続.翌日,再手術を行っ た.深部静脈は約 5cmの欠損あり.GSV15cmを採取し,短冊状に切開後これを重ね合わせ てcompound graft(CVG)を作成し間置した.77ヶ月後の静脈造影にてグラフトは良好に開存 している.症例 2 は49歳,女性.5 年前他院にてGSV結紮術の際,左下肢深部静脈損傷を 受けた.以来,左下肢重苦感,浮腫持続.2000年 5 月当科初診した.CEAP分類はC3,Es, Ad,Po.手術では深部静脈は膜様に閉塞し,壁の肥厚瘢痕化は約 5cmに渡っていた.CVG による再建を行い,緊満感,重苦感は完全に消失した.今後,静脈瘤に対する結紮術の普 及に伴い医原性深部静脈損傷の発生が予想されるが,CVGによる再建は有用と思われた. (日血外会誌 11:529–534,2002)
索引用語:静脈血行再建,compound vein graft,静脈結紮術合併症,静脈損傷
はじめに 1994年,下肢静脈瘤に対する硬化療法が保険診療とし て認められるようになって以来,結紮術併用硬化療法は 一般外科医においても広く行われるようになってきた. しかし,小さい創から行う高位結紮術は時として大きな 合併症を招来する.94年以降我々は,大伏在静脈高位結 紮術を2300肢,小伏在静脈高位結紮術を600肢に施行し てきたが1, 2),大伏在静脈高位結紮術の 1 例で深部静脈 を結紮切除するという重大な合併症を招いた.当院の症 例および他院で発症した医原性深部静脈損傷の計 2 例に 対して,compound vein graftを用いて静脈血行再建を行 い,良好な結果を得ることが出来たので報告する. 症 例 症例 1 患 者:56歳,男性,中肉中背. 公立芽室病院外科(Tel: 0155-62-2811) 〒082-0014 北海道河西郡芽室町東 4 条 3 丁目 5 番地 受付日:2001年10月12日 受理日:2002年 2 月 8 日 経 過:1994年10月28日,左大伏在静脈(GSV)高位 結紮術施行.手術は,既に外科認定医を取得し,GSV 高位結紮術約60例の経験がある卒後 6 年目の外科医が 看護婦相手に執刀した.通常の如く鼠蹊皺に沿って約 1.5cmの皮切を加えGSV露出を進めた.いつもよりやや 時間はかかるも,比較的容易にGSV(実際は深部静脈) に到達出来た.この時点で術者は,体格の割にはこの 静脈が深い位置に存在し,テープ牽引後も挙上されに くいと感じていたが,容易に到達できたことにより深 部静脈かも知れないと言う疑いは抱いていなかった. この血管を結紮切離し中枢側を挙上しつつ分枝の結紮 切離を繰り返した.かなり高位となり術野が深くなっ たため,深部静脈が確認されないまま 2 重結紮し手術 を終了した.手術終了後,左下腿部表在静脈が異常に 怒張していることに気付き,深部静脈結紮を疑い即再 開創した.結紮端より末梢側を徹底剥離したところ, 怒張した本来のGSVが露出され深部静脈を結紮切除し たことを確認した.GSVを末梢側へ剥離露出し,この 切離端を中枢側へ遊離挙上してGSV−深部静脈吻合を 行い手術を終えた.患者へ病状を説明し,入院とし た.しかし,入院直後より下肢緊満痛と冷感が出現し
持続した.翌朝,左下肢静脈造影を行ったところ深部 静脈血栓閉塞を認めたため緊急手術となった. 静脈造影:深部静脈は,腸骨静脈末梢から膝窩静脈 さらに下腿静脈の一部まで,広範囲の新鮮血栓閉塞を 認め(contour sign),側副血行により腸骨静脈が造影さ れていた(Fig. 1). 手 術:全麻下に緊急手術を施行した.皮切は前回 の切開を延長して約10cmの縦切開とし鼠蹊靱帯は一部 切離した.まず,GSV−深部静脈吻合部から末梢側深 部静脈までを充分露出した.吻合部は血栓閉塞してお り,静脈性の出血がみられた.中枢側深部静脈には殆 ど血栓形成を認めなかったが,末梢側には約20cm以上 に渡り血栓閉塞がみられた.Fogartyバルーンカテーテ ルと下肢のミルキング法により血栓は比較的容易に摘 除され良好な静脈血流が得られた.深部静脈は総大腿 静脈の約 5cmが欠損していたが,ここにcompound vein graftを作成して間置した.静脈断端の形成を加え,グ ラフト長は約 6cmであった.
Compound vein graft作成法:左大腿部大伏在静脈を 約15cm採取しヘパリン加血液(ヘパリン:血液= 5:20) にて拡張処理を行う.静脈弁を損傷しないように血流 方向に向かって縦切開し短冊状にする.この静脈を 2 分 して同一方向に重ね合わせ7-0プロリン糸にて縫合し
compound graftの完成である(Fig. 2).
後療法:術直後より,ヘパリン,ウロキナーゼ(30万 単位/日,7 日間),デキストランL,プロスタグラン をしているが,良好なグラフトの開存が確認されてい る(Fig. 3). 症例 2 患 者:49歳,女性,看護婦. 現病歴:1995年 8 月,他院にて両下肢GSV高位結紮 術および硬化療法を受けた.この際,左下肢深部静脈 を損傷したと説明され,血栓溶解療法を受けている. 以来,左下肢重苦感,浮腫持続するも諦めていた. 2000年 5 月,右下肢静脈瘤が再発し当科を初診した. 現 症:左下肢は全体的に鬱血色で腫脹緊満してい た.CEAP分類ではC3,Es,Ad,Po.右下肢は,大腿 部不全交通枝を介するGSVの逆流がみられ,典型的伏 在静脈型の静脈瘤として再発していた. 左下肢静脈造影:総大腿静脈が閉塞し,著明な側副 血行路により腸骨静脈が造影された(Fig. 4). Duplex scan:左浅大腿静脈に逆流は殆ど認めず弁機 能は温存されていると考えられた(Fig. 5). 手 術:左鼠蹊部に約10cmの皮切を加え,丹念に止 血を行いながら瘢痕化した総大腿静脈に達した.閉塞 範囲は狭く膜様で内腔は肉柱様に内膜が肥厚していた が,血栓はみられなかった.深部静脈壁の肥厚瘢痕化 は約 5cmに渡っていた.右大腿部のGSVを15cm採取 し,compound vein graftを作成して,深部静脈に置換し た(Fig. 6).ドレーンを留置し閉創した.右下肢は残存 GSVを抜去し,下腿部の分枝瘤切除を追加した. 切除標本組織学的所見:手術縫合糸に対する異物反 応に基づく限局性の炎症細胞浸潤あり.明らかな血栓 はなく,弾性線維の増生と著明な内膜肥厚を認めた. 術後経過:術直後よりフットポンプを使用.プロスタ グランディンE1を 1 週間点滴し,経口摂取開始と同時 にワーファリン及び抗血小板剤の内服を開始した.第 5 病日,ドレーンを抜去し弾性ストッキングを装着させ歩
Fig. 1 Preoperative venography of Case 1 revealed the fresh thrombosis in a region extending from the iliac vein to the popliteal vein(contour sign).
行を開始した.左下肢の緊満感,倦怠感,重苦感は完全 に消失し,第13病日に退院した.退院後は,立ち仕事に おいても倦怠感は完全に消失し,本人の満足度は極めて 高かった.5 ヶ月後の静脈造影(Fig. 7)及び16ヶ月後の duplex scanにてグラフトは良好に開存しており,深部静 脈の逆流持続時間は0.5秒以下と正常に経過している. 考 察 GSV高位結紮術は,局麻下で出来る簡便な術式とし て,若い研修医に対する格好の教育材料となっている. しかし,小さい皮切で行う本術式2)にはいくつかの落と し穴があり,一歩誤れば重大な合併症を招来する危険性 がひそんでいる3).症例 1 は,GSVが全長に渡り触知可 能で極めて容易と思われた症例であった.しかし,アプ ローチがわずかに高位であったために直接深部静脈に到 達して不幸な事態を招いてしまったと推察される.著者 等は,他にも 1 例GSVを深部静脈と間違えそうになった 例があり,約1000例に 1 例の危険率と考えている.本合 併症以降,疑わしい時には血管を切離せずに,術野を広 げて剥離を進め,大腿動脈との位置関係から深部静脈か 否かを見極めるようにしている. さて,GSV高位結紮術はうまく行くのが当たり前だ けに,深部静脈損傷を来したときの対応は極めて重要 であり,確実な治療技術が要求される.しかし,静脈 系は低圧で圧迫されやすく,不規則で遅い血流動態な
Fig. 2 Method Used to Form Compound Vein Graft The greater saphenous vein was
harvested, then expanded with blood with heparin added(blood :
heparin = 20 : 5).
After the vein was cut, the pieces were joined and sutured vertically until the compound vein graft was formed.
Taking care not to damage the valve, a ventical dissec-tion was made in the direc-tion of the blood flow and the vein was cut into strips. The valve was not excised.
Fig. 3 Venography of Case 1 seventy-seven month after venous reconstruction demonstrated no graft or anastomotic stenosis(arrows).
どから,血行再建の成績は不良と言われる.特に末梢 静脈再建については,1960年,静脈血栓後遺症に対す るPalma and EsperonのCrossover femorofemoral
管の開発,さらに動静脈瘻の併設などの技術的進歩が 加わって徐々に試みられるようになってはいるもの の,その成績ははかばかしくない5, 6, 7).急性深部静脈閉 塞に対しては,血栓溶解療法などの保存的治療を行う か,外科的に積極的に手術を行うか意見の分かれると ころである.保存的に治療した場合,側副血行路の発 達や血栓の再疎通により一時的に臨床症状が軽快する 事はあっても,静脈弁は瘢痕萎縮化し,遠隔期には静 脈血栓後遺症に至る例が多い8).その頻度は欧米では40 ∼80%,本邦でも50∼60%と言われている9).それにも 拘わらず外科的治療が選択されないのは,血栓摘除が 不十分になりやすく,また血流速度が遅い事などから 閉塞しやすいためである10).しかし,阪口等は,そも そも血栓発生時期が曖昧なことが成績に影響している と報告しており11),このことは医原性のように発症時 期と原因が明確な場合には,積極的に外科治療をすべ きと捉えることができる.以上の報告を裏付けるかの ように,症例 1 では発症時期から 1 日であったために, ほぼ完全に且つ容易に血栓摘除が可能であった.これ に対して症例 2 では,保存的治療を受け 5 年後に血栓 後遺症を発症して来院した.従って,医原性深部静脈 損傷では可及的すみやかに血栓摘除を行って後遺症の 併発を避けるべきであると言える. 静脈再建ではVirchowの三徴が完璧に満足されること
Fig. 4 Preoperative venography of Case 2 shows that the femoral vein is obstructed, while collateral vessels are clearly developed. Fig. 5 Duplex scan of the superficial femoral vein in Case 2
re-vealed almost no reflex.
が要求される.まず第 1 に血管壁の問題では,抗血栓 性の高い代用血管を用いることであり12),Palma等は自
家静脈が最良であると主張した.自家静脈グラフトと しては,主にChiu(1974年)やDoty(1976年)が報告した
spiral composite graft13(短冊状にした静脈片を好みのサ)
イズの棒に螺旋状に巻きつけ辺縁を縫合して作成した グラフト),Palmaの提唱したcompound graft とtwin graft (通常の静脈グラフトを 2 本移植する方法)がある14).
これらは目的とする静脈口径の差により選択される が,spiral composite graftは棒に接触させるため内皮細胞 を損傷する危険性が高く,twin
graftは断面積比がcom-pound graftの1/2という欠点がある.Compound graftは, 原法では静脈弁を切除し口径を一定にするように逆向 きに重ね合わせているが,我々の症例は同一方向に合 わせ,弁は温存している.これは,静脈弁は再内皮化 の重要な源になっていると考えるからである15).弁を温 存し,自家血を用いた愛護的グラフト拡張処理に努 め,さらにグラフト阻血時間を 1 時間以内にするよう 努力して,グラフト内皮細胞を良好に温存することが 静脈再建成功の鍵と言えよう16). 次いで第 2 点の血流の観点からは,宿主静脈に逆流の ないことがあげられる.この点について阪口等は,閉塞 型,逆流型,閉塞逆流型に分け逆流のない閉塞型が成績 良好と述べ,また,Moore等も,下腿筋ポンプ作用が正常
Fig. 6 Intraoperative findings show the compound vein graft interposed between the deep veins. The arrows show the anastomotic sites.
Fig. 7 Venography of Case 2 five months af-ter the operation demonstrated no graft or anastomotic stenosis(arrows).
であることが再建成功のために重要であると報告してい る17).症例 2 は,逆流のない閉塞型であったために良好 な結果を得ることが出来たと考えられた.事実,duplex scanによる術後の定期的評価では,グラフトの良好な開存 と正常血流波形が得られ,慢性静脈閉塞症の再建適応を 決める重要な点と再認識された.静脈血流についてもう 一つ重要な点は,グラフト口径であろう.つまり充分な 太さのグラフトを用いることが静脈再建成功の秘訣であ り,これによって側副血行路へのstealが回避されグラフト 内の血流が保たれると推察される.呈示した 2 症例はい ずれも静脈瘤症例であったためにGSVが拡張しており, わずか 2 本の大伏在静脈を重ね合わせることで充分な太 さを得ることが出来た.しかし,口径が足りないと予想 される場合は, 3 本ないし 4 本をcompoundすることに躊 躇すべきではない.また,これに付随してグラフト圧排の 問題がある.本術式では置換術であるため,周囲組織に圧 排されることもなく良好な開存が得られたが,圧排が予想 されるような場合には特別な工夫が必要であろう. 第 3 点として,血液学的問題があげられるが,医原 性と言う観点から特記すべき問題はなく,手術を完璧 に行えば再建は成功すると思われる. さて,最後に手術合併症についてであるが,症例 1 で は肺塞栓の予防に関する問題があった.病態を考える と下大静脈フィルターは必須と思われたが,当時は永 久的フィルターのみであり,これを留置することには 非常に抵抗があった.結局は手術操作や静脈遮断を愛 護的に行うことで何とかなると判断して手術した.結 果的に良かったが,今であれば当然一時的フィルター を留置すべきであると考える. おわりに 下肢静脈瘤に対する高位結紮術は2000年より保険適応 が認められ,今後益々一般外科医により実施されること が予想される.しかし,本症例のように重大な合併症を 招くことも予想され,決して安易な手術と決めつけず に,血管外科医の指導のもとに本手術を行うことが望ま しい.万が一深部静脈を損傷した場合には大伏在静脈 compound graftを用いた置換術が有用と思われる. 文 献 1) 小窪正樹,野坂哲也,森山博史:高齢者(75歳以上)に 対する局所麻酔と静脈麻酔を併用した日帰りストリッ ピング手術の検討.静脈学,12:57-62,2001. 2) 小窪正樹,野坂哲也,星野丈二:下肢静脈瘤に対する 局所麻酔と静脈麻酔の併用による日帰り伏在静脈スト
Complications of High Saphenous Ligation for Leg Varicose Veins:
2 Cases of Venous Reconstruction Using Compound Vein Grafts
for Iatrogenic Injuries to Deep Veins
Masaki Kokubo, Minoru Kaneko, Kazumasa Murakami and Kei Kazuno
Department of Surgery, Memuro Municipal Hospital Key words: Venous reconstruction, Compound vein graft (CVG),
Complications of high saphenous ligation, Venous injury
Case 1 was a 56-year-old man in whom the deep vein was accidentally excised during a high ligation of the left greater saphenous vein carried out in October 1994. After the operation, the patient experienced persistent coldness and pain in the left leg. In a second operation performed the following day, about 5 cm of deep vein was found to be missing. A 15 cm length of vein was harvested from the greater saphenous vein, dissected into strips, formed into a compound graft (CVG), and grafted onto the existing vein. Venography after 77 months revealed that the graft had a high level of patency. Case 2 was a 49-year-old woman. Five years previously, the patient had suffered damage to the deep vein of her left leg during ligation of the greater saphenous vein at another hospital. Afterward, the patient suffered edema and persistent feelings of heaviness in her left leg. She came to our hospital and was examined in May 2000. Her CEAP classification was C3, Es, Ad, Po. The region of obstruction in the left femoral vein was occupied by a membrane-like structure, and the hyperplasia and scarformation of the wall extended over an area of about 5 cm. After venous reconstruction was accomplished using CVG, the patient’s feelings of fullness, tension, and heaviness completely disappeared. As ligation for varicose veins becomes more widespread in the future, iatrogenic injuries to deep veins are also likely to increase. It is our conclusion that CVG is an effective alternative to venous reconstruction in such cases. (Jpn. J. Vasc., 11: 529-534,2002) 肢静脈血栓症に対する治療例の検討.静脈学,6: 431-436,1995. 7) 佐久田斉,草場 昭,鎌田義彦他:腸骨静脈圧迫症候 群に対する静脈再建術の術式および遠隔成績の検討. 静脈学,7:361-368,1996. 8) 後藤 久:下肢深部静脈血栓症の診断と病態.外科 Mook No.46 静脈・リンパ管の外科,三島好雄編,東 京,1986,金原出版,46-55. 9) 喜名盛夫,草場 昭,古謝景春,他:下肢静脈血栓症 に対するF-I cross-over
bypassの効果.静脈学,1:17-24,1990.
10) 熊田 馨:静脈血栓症.臨床脈管学,三島好雄,稲垣
Syndrome. Vascular Surgery ed. By Haimovici, H., Norwalk, 1984, Appleton-Century-Crofts,. pp1049-1061. 15) 堀尾昌司:自家静脈graftのde-endothelialization及びre-endothelialization−基礎的,臨床的検討−.日外会 誌,92:867-873,1991. 16) 笹嶋唯博:血管外科の基本手技.血管損傷−四肢外傷 の処置と問題点,久保良彦監修,東京,1990,現代医 療社,15-22. 17) 平井正文,小谷野憲一,阪口周吉:慢性静脈不全症. 臨床静脈学,阪口周吉編,東京,1993,中山書店, 166-174.