博 士 論 文 概 要
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(2) 近年,自動車による化石燃料の消費量が急速に増加し,二酸化炭素や有害物質 の排出による環境問題が深刻化している.このような状況のもと,高効率かつ石 油に代わる環境負荷の低い燃料の利用を可能とする次世代自動車用動力源として, 固体高分子形燃料電池の研究開発が各所で推進されている. しかしながら,燃料電池自動車の本格普及に際しては,小型化,コスト低減, 耐久性確保などの課題解決が不可欠となっている.システムの小型化やコスト低 減には,低加湿,高電流密度運転が有効となるが,低加湿運転時には電解質のプ ロトン伝導性が低下し,高電流密度運転時にはフラッディングが発生し,セル性 能の低下を招く.これらの課題解決は,現有技術の延長上では不可能であり,燃 料電池内部における物質輸送などの現象理解と,それにもとづく材料開発を含め た新たな革新技術の創出が不可欠となっている. このような背景のもと,本研究では自動車用途を想定した固体高分子形燃料電 池を対象とし,その実用化推進の一助とすべく,低加湿,高電流密度運転実現の ための技術構築を目指した.そのために,低加湿,高電流密度運転時におけるセ ル性能低下(分極増大)のメカニズムについて,電池内の諸現象に遡って実験と 数値計算の両面から解析し,低加湿,高電流密度運転を実現するための技術指針 を提示することを本研究の目的とする.本論文は,以下の7章で構成した. 第1章では,研究の背景と目的,従来研究ならびに問題点を示した.従来,電 池性能の電気化学面からの研究は数多く行われているが,自動車用途を想定した 視点からの報告は少ない.また,セル性能の数値解析も各所で行われているが, 発電状態での分極解析や膜電極接合体の物質輸送物性計測などの基礎実験に裏づ けられた解析を行っている報告は少ない.このような状況のもと,これらを一体 とした多角的な研究の重要性を示し,本研究の意義ならびに目的,方法を示し, 成果の概要について述べた. 第2章では,自動車用途を想定した単セルを製作し,ガス流れ方向(並行流お よ び 対 向 流 ),ガ ス 拡 散 層 の 拡 散 性 ,反 応 ガ ス 湿 度 を 変 化 さ せ て ,セ ル の 基 本 性 能 を 調 査 し た .ま た ,同 セ ル は ガ ス の 流 れ 方 向 に セ パ レ ー タ が 1 0 分 割 さ れ て お り , ガスの流れ方向の電流密度分布ならびにセル抵抗分布の計測ができる.さらに, 単相二次元のセル性能モデルを構築し,実験結果との比較解析を行った.このモ デルには,実験で測定した供試膜の水輸送物性値(第3章に記述)を適用し,解 析精度の向上を図った.これらの諸解析から,ガスの流れ方向を対向流にするこ とで,低加湿運転時における電解質膜や触媒層の乾燥が抑止でき,セル性能の向 上が図れることを示した.この効果は,水分濃度が高いカソードおよびアノード の下流部から,同濃度が低いアノードおよびカソードの上流部に,電解質膜を介 した水の移動流束が発生し,その水がセル内を再循環することによる効果である ことを実験とモデル計算の両面から検証した.また,カソードに拡散性の低いガ 1.
(3) ス拡散層を用いた場合,水分濃度が低い部位では乾燥抑止による分極低減効果が 得られるが,水分濃度が高い部位では凝縮水の発生にともなう分極の増大が生じ ることを確認した.一方,ガス拡散性の高いガス拡散層を用いた場合,水分濃度 が高い部位では良好な性能が得られるが,水分濃度が低い部位では乾燥による分 極の増大が生じることを明らかにした.これらの結果から,ガス拡散層の拡散性 を部位毎に適正化することによるセル性能の向上の可能性を示した. 第3章では,セル性能に多大な影響をおよぼす電解質膜の水の拡散係数と電気 浸透係数を計測した.従来研究として,NMR法(核磁気共鳴法)を用いた水の 拡散係数の計測手法や,濃淡電池の原理を利用した電気浸透係数の計測手法が提 案されているが,特殊な設備を必要とすることや,計測精度上の問題も多いこと などからその適用例は少ない.本研究では,電化質膜もしくは膜電極接合体の両 側に水分濃度の異なる加湿ガスを流し,電解質膜を介した水の移動量を鏡面式露 点計で測定することで,水の拡散係数ならびに電気浸透係数を簡易かつ高精度に 定量する手法を案出した.この手法で計測した電解質膜内における水の拡散係数 の 計 測 結 果 は ,本 研 究 の 全 て の 数 値 計 算 に 適 用 さ れ ,解 析 精 度 の 向 上 に 役 立 て た . また,電気浸透係数については,数値計算に適用した従来文献値と本計測値を比 較し,文献値の妥当性を検証した. 第4章では,低加湿運転時におけるセル性能低下(分極増大)の要因を明らか にするための諸解析を行った.第2章に示したように,実際のセルでは反応物質 の消費や生成にともない,反応面内の物質組成や反応分布が不均一となるため, その解析が困難になっている.本研究では,反応面内の物質組成を均一とみなせ る 小 型 単 セ ル ( 5 ×2 c m ) を 製 作 し , 反 応 ガ ス の 相 対 湿 度 を 変 化 さ せ て 実 験 を 行った.さらに,触媒層内の物質輸送と電気化学反応を詳細に考慮したモデルを 構築し,これによって,従来研究が対象としていたカソード触媒層のみでなく, アノード触媒層で発生する分極の解析を可能にした.また,触媒層の乾燥にとも なう分極を解析するため,触媒層内電解質の含水率変化とそれによるプロトン伝 導性および酸素の溶解拡散性の変化を考慮したモデルとした. これらの諸解析の結果,低加湿運転時におけるセル性能の向上には,低湿度条 件での電解質膜のプロトン伝導性の向上のみでなく,触媒層内電解質の低湿度条 件でのプロトン伝導性や酸素の溶解拡散性の向上が不可欠となることを示した. また,低加湿・高電流密度運転時には,電気浸透現象によりアノード触媒層や電 解質膜のアノード側の乾燥が顕著となり,セル性能の低下を招くことを明らかに した.したがって,低加湿・高電流密度運転時の性能向上には,電解質膜の水の 拡散性を向上させ,カソードからアノードへの濃度拡散による水移動を増大させ ることが重要となる.. 2.
(4) 第5章では,高電流密度運転時におけるセル性能低下(分極増大)の要因を明 らかにするため,第4章と同様の小型単セルを用い,ガス拡散層(ペーパーおよ びクロス)を変えて実験を行った.また,高電流密度運転時に問題となる,酸素 輸送にともなう濃度分極を解析する実験手法を構築して適用した.この手法は, ガス拡散層と触媒層内とで酸素の輸送形態が異なることを利用し,窒素およびヘ リウムで希釈した酸化剤ガスを用いた分極試験の結果にもとづいて,酸素輸送に ともなう酸素濃度低下の発生部位を巨視的に分析するものである.さらに,ガス 拡散層のミクロ構造を走査電子顕微鏡(SEM)を用いて観察し,酸素拡散性の 差異要因を考察した. これらの解析の結果,凝縮水がない状態でのガス拡散層内の酸素拡散性は,気 孔率のみでなく,気孔構造(屈曲度など)の影響を強く受ける可能性が示唆され た.さらに,凝縮水の発生にともない,ペーパー基材のガス拡散層は酸素拡散性 が大きく低下するが,クロス基材のガス拡散層では酸素拡散性がほとんど変化し ないことを明らかにした.クロス基材のガス拡散層のセル性能が優れる要因とし ては,気孔構造の屈曲度が小さいことや比較的大きな気孔径の存在が,酸素拡散 に有効に機能することが考えられるが,その検証は今後の課題である. 第6章では,前章までに得られたさまざまな知見,ならびに第2章で構築した 単相二次元モデルを用いたさまざまな感度解析にもとづき,低加湿,高電流密度 運 転 を 実 現 す る た め の 要 素 課 題 を 明 示 し た .さ ら に ,新 た な 性 能 向 上 策 を 提 案 し , その妥当性を実際のセルを試作・評価することで検証した.低加湿・高電流密度 運転時に問題となるアノード側の乾燥を抑止するためには,電解質膜の水の拡散 性を向上させることや電解質膜の厚さ低減により,カソードからアノードへの濃 度拡散による水移動を増大させることが有効であることを確認した.また,アノ ードガスとカソードガスを低加湿性能に優れる対向流とし,カソード側のガス拡 散 層 の 拡 散 性 を ,ガ ス の 入 口 部 で 低 く ,そ の 他 の 部 位 で 高 く 設 定 す る こ と に よ り , 入口部の乾燥抑止と他の部位でのフラッディング抑止を両立でき,低加湿・高電 流密度運転時のセル性能の向上が可能となることを見出した. 最後に第7章では,本研究で得られた成果を総括した.今後は,本研究で確立 した数値モデルや実験手法を改良,発展させるとともに,膜電極接合体(ガス拡 散層,触媒層,電解質膜)のミクロ構造や物質輸送特性の解析するための新たな 手 法 の 開 発 も 不 可 欠 と な る .こ れ ら に 加 え ,研 究 対 象 を 材 料 レ ベ ル に ま で 拡 大 し , 学際領域を含めた多角的かつシステム的な研究を展開することにより,小型化, コスト低減,耐久性確保などの諸課題を解決するための新たな革新技術の創出に 繋げることができ,エネルギ効率や環境特性に優れた燃料電池自動車の実用化を 通じて,社会の要請に応え得ると考えられる.. 3.
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