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『万葉集』における連文の翻読語 : 「春さりくれ ば」「春されば」の解釈におよぶ

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(1)

『万葉集』における連文の翻読語 : 「春さりくれ ば」「春されば」の解釈におよぶ

著者 藤井 俊博

雑誌名 人文學

号 202

ページ 59‑105

発行年 2018‑11‑25

権利 同志社大学人文学会

URL http://doi.org/10.14988/pa.2018.0000000346

(2)

﹃ 万 葉 集

﹄ に お け る 連 文 の 翻 読 語

│﹁ 春さ り く れば

﹂﹁ 春さ れ ば

﹂の 解 釈 にお よ ぶ

││

藤 井 俊 博

一 は じ め に 古

代日 本の 文章 に対 して 漢語 は︑ いわ ゆる 字音 語と して の摂 取以 上に

︑和 語に よる 日本 語表 現に 多く の影 響を 与え てい る面 があ る︒ 漢語 の直 訳に よる 影響 とし て︑ 和語 の新 たな 語形 であ る﹁ 翻読 語﹂ が生 み出 され るこ とが ある

︒翻 読語 では

︑意 味の 面で 漢語 の字 義が 和語 の意 味に 影響 し︑ いわ ゆる

﹁意 味借 用﹂ を伴 う場 合も ある

︒ 翻 読語 は︑ 奥村

︵一 九八 五︶ が︑ いわ ゆる 漢文 訓読 語と は異 なり

︑﹁

﹃ 漢文 の構 成の 形の まま

︑国 語に 直訳 し出 した る﹄

︑﹃ 元 来本 邦に は存 せざ りし 語又 は語 法﹄ のこ とを

︑そ れが 必ず しも

﹃漢 文の 訓読 の為 に按 出せ られ しも の﹄ とは 言え ず︑ 翻訳 を契 機と して

︑外 国の

│具 体的 に言 えば 中国 の│ 未知 の事 物を 表す ため に借 用さ れた 表現 形式

﹂と する もの であ る︒ 言い 換え るな らば

︑自 作の 文章 表現 の た め に案 出 さ れた 漢 語 由来 の 語 で ある と 言 えよ う

︒﹃ 万 葉集

﹄で は︑ 中国 の六 朝時 代の 漢詩 文の 語彙 の影 響を 受け て︑ その 表現 にお いて も漢 語を 基盤 にし た翻 読語 が数 多く 指摘 され

― 59 ―

﹃ 万 葉 集

﹄ に お け る 連 文 の 翻 読 語

(3)

てい る︒ この 面の 日本 語学 の研 究と して は︑ 佐藤 武義 氏︵ 佐藤 は﹁ 翻訳 語﹂ と称 する

︶の 一連 の研 究が あり

︑﹁ 大 海﹂

﹁ 大舟

﹂﹁ 故 郷﹂

﹁ 白 雲﹂

﹁人 妻

﹂な ど のよ う な の複 合 名 詞や

︑﹁ 霜 降

﹂﹁ 日 暮﹂

﹁夕 暮

﹂な ど のよ う な﹁ 名 詞+ 動詞

﹂型 の 複合 動 詞 を 数多 く 取 り上 げ て 検討 し て い る︵ 参考 文 献 を参 照

︶︒ 和 歌の 場 合

︑名 詞 が意 味 内 容の 基 盤 と な る た め︑ 自然 を詠 うこ とが 多い 万葉 歌の 特徴 を作 る季 節・ 時間

・色 彩・ 気候 など に関 する 複合 名詞 を取 り上 げる こと は有 効で ある

︒佐 藤︵ 二〇

〇六

︶で は︑ 一連 の研 究 を 通 して

︑﹃ 万 葉 集﹄ の複 合 語 の場 合

︑中 国 の 漢詩 語

・漢 籍 語と 対 応 を前 提に 検討 すべ きで ある とま で述 べて いる

︒ 佐 藤の 取り 上げ た﹁ 名詞

+動 詞﹂ 型の 複合 動詞 以外 に︑

﹃ 万葉 集﹄ では

︑﹁ 動詞

+動 詞﹂ 型の 複合 動詞 があ る︒ この 場合

︑二 つの 動詞 が同 義的 にな る場 合に は漢 語と の関 係が 想定 され る例 が多 い︒ 漢語 には 同義 的結 合の

﹁連 文﹂ が多 く︑ これ を直 訳し た語 彙が 多く 用い られ る の で ある

︒連 文 と は︑

﹁熟 語 ノ 一種 デ ア ツ テ︑ 一義 ヲ 通 有セ ル 二 箇︑ 又ハ 稀ニ 二箇 以上 ノ文 字ガ

︑其 ノ一 義ヲ 紐帯 トシ テ 結 合 スル ト キ︑ 其 ノ結 合 語 ガ乃 チ 連 文 デア ル

﹂︵ 湯 浅廉 孫

﹃漢 文 解釈 に於 ける 連文 の利 用﹄ 朋友 書店

︶と され るも ので ある

︒日 本語 の﹁ 動詞

+動 詞﹂ の複 合動 詞の 中で も前 項と 後項 が同 義的 なも のは 連文 の漢 語に 由来 する 語が 多く を占 めて おり

︑散 文系 統の 文献 では 和漢 混淆 文の 特徴 語に もな る︒ この 場合

︑前 項と 後項 の和 語で の語 義で はな く︑ 漢字 での 語義 が同 義的 であ るこ とが その 指標 にな る︒ すな わち

︑漢 字の 訓詁 とし て﹁ A︑ B也

﹂と あり

︑﹁ A B﹂ とい う熟 語が 存在 し︑ それ を直 訳し たも のが 典型 であ る︒ 例え ば︑

﹁来

︑至 也﹂ の訓 詁が あり

︑﹁ 来 至﹂ の熟 語に よ っ て︑

﹁ き・ いた る

︵き た る︶

﹂の 複 合 動詞 が 作 ら れる よ う な場 合 で ある

︒意 味の 面で は

﹁飽 足﹂

﹁ 厭 足﹂ によ る

﹁あ き だる

﹂の

﹁足 る

﹂の 意 味が

﹁十 分 に あ る﹂ から

﹁足

﹂字 の 字 義の 影 響 から

﹁ 満足 する

﹂の よう な精 神的 意味 にな る場 合の よ う に﹁ 意味 借 用﹂ を 伴う 場 合 があ る

︒こ れ に よっ て 動 詞の 翻 読 語の

﹃ 万 葉 集

﹄ に お け る 連 文 の 翻 読 語

― 60 ―

(4)

場合

︑和 語本 来の 意味 と異 なる 意味 で用 いる 場合 も見 られ る︒ 本 稿で は︑

﹃ 万葉 集﹄ の翻 読語 とし て︑ 連文 の訓 読に よ る 複合 動 詞 や反 義 的 結合 の 複 合 動詞 を 取 り上 げ

︑も と にな った 漢語 との 関連 を検 討し たい

︒次 にこ れの 候補 とな る語 を﹃ 日本 古典 対照 分類 語彙 表﹄

︵ 笠間 書院

︶に より 検出 し︑ 同義 的結 合・ 類義 的結 合・ 反義 的結 合・ 同語 反復 に分 けて 挙げ てお く︒

★は

﹃大 漢和 辞典

﹄に 漢字 表記 が立 項さ れて い るこ と を 示 し︑ 数字 は 語 彙表 に よ って

﹃万 葉 集

﹄に お ける 例 数 を示 し た も ので あ り

︑例 数 の 多 い 順 に 挙 げ た

︒な お︑ 類義 的結 合は 同義 的結 合の 類推 で生 じた と思 われ る例 で︑ 同語 反復 は連 文を 同訓 の反 復で 訳し た可 能性 のあ る例 であ る︒ ここ では 参考 に挙 げた が︑ 具体 的な 検討 は行 わな い︒

︻ 同義 的結 合︼ き た る

︵★ 来 至・ 18︶ い で く︵

★出 来・ 13︶ あ き だ る︵

★飽 足

★厭 足・ 12︶ と き さ く︵

★解 放・ 10︶ す ぎ ゆ く

★過 去・ 9︶ へ ゆ く︵

★経 行・ 4︶ こ いふ す

︵★ 反側

・3

︶あ そ び ある く

︵★ 遊 行・ 2︶ と び か け る︵

★飛 翔

・2

︶あ らひ すす ぐ︵

★洗 濯・ 1︶ うつ ろひ かは る︵

★遷 易・ 1︶ おき たつ

︵★ 起立

・1

︶か よひ ゆく

︵★ 通行

・1

︶き えう す︵

★消 亡・ 1︶ けう す︵

★消 亡・ 1︶ こえ へな る︵ 越隔

・1

︶し ぼみ かる

︵★ 凋枯

・1

︶ち りみ だる

︵★ 散乱

・1

︶は きき よむ

︵★ 掃清

・1

︶め しつ どふ

︵★ 召集

・1

︻ 類義 的結 合︼ と り も つ

︵取 持 25・

︶こ ひ の む

︵乞 祈

・6

︶ま き ぬ

︵枕 寝

・6

︶な き と よ む

︵鳴 響

・5

︶う ゑ お ほ す︵ 殖 生・ 2︶ さり ゆく

︵去 行・ 2︶ あへ かつ

︵堪 難・ 1︶ あれ きた る︵

★生 来・ 1︶ うま れい づ︵

★生 出・ 1︶ かへ りま

― 61 ―

﹃ 万 葉 集

﹄ に お け る 連 文 の 翻 読 語

(5)

かる

︵帰 罷・ 1︶ こえ すぐ

︵越 過・ 1︶ さわ きな く︵ 騒鳴

・1

︶す ゑお く︵ 据置

・2

︶つ らな む︵ 連並

・1

︶な きと よも す︵ 鳴響

・1

︶な びき こい ふす

︵靡 伏・ 1︶ なり いづ

︵成 出・ 1︶ ぬれ ひつ

︵濡 漬・ 2︶ はき そふ

︵佩 副・ 1︶ まく らき ぬ︵ 枕寝

・1

︶ゆ きか よふ

︵行 通・ 1︶ ゆき とほ る︵ 行通

・1

︻ 反義 的結 合︼ さり く︵

★去 来・ 12︶ ゆき かへ る︵

★往 還・ 6︶ ゆき がへ る︵ 往還

・4

︶ゆ きく

︵★ 往来

・2

︶い ゆき かへ らふ

★往 還・ 1︶ いゆ きか へる

︵★ 往還

・1

︶お きゐ る︵

★起 居・ 2︶ きさ る︿ きゆ く﹀

︵★ 来去

・1

︶ね ざむ

︵寝 覚・ 1︶

︻ 同語 反復

︼ こひ こふ

︵★ 恋恋

・3

︶す みす む︵

★住 居・ 2︶ たち たつ

︵★ 起立

・2

︶い つぎ いつ ぐ︵

★継 続・ 1︶ ゆき ゆく

★行 行・ 1︶ よそ ひよ そふ

︵★ 荘厳

・1

︶ 次

にひ めま つの 会﹃ 八代 集総 索引

和 歌自 立 語 篇﹄

︵ 大学 堂 書 店︶ を使 用 し︑ 八 代集 に 見 ら れる か 否 かで 右 の 語を 分類 する と︑ 同義 的結 合の 動詞 は後 代の 八代 集に 引き 継が れな い独 自性 のあ る語 が多 く含 まれ てい るこ とが わか る︒

︵ 八代 集に 見ら れな い例

︻ 同義 的結 合︼

きた る・ いで く

・あ き だ る・ とき さ く・ へ ゆく

・こ い ふ す・ あそ び あ る く・ ゆき く

・あ ら ひす す ぐ・ うつ ろひ かは る・ おき たつ

・か よひ ゆく

・き えう す︵ けう す︶

・ こえ へな る・ しぼ みか れ︿ ゆく

︶・ めし つど ふ

﹃ 万 葉 集

﹄ に お け る 連 文 の 翻 読 語

― 62 ―

(6)

︻ 反義 的結 合︼

さり く・ ゆき く・ いゆ きか へら ふ・ いゆ きか へる

︻ 同語 反復

︼す みす む・ たち たつ

・い つぎ いつ ぐ・ よそ ひよ そふ

︵ 八代 集に も見 られ る例

︶ すぎ ゆく

・ゆ きか へる

・と びか ける

・ち りみ だる

・は きき よむ 平

安時 代以 降︑ 主に 散文 で用 いる

﹁き た る﹂

﹁ い でく

﹂を は じ め八 代 集 には 見 ら れ ない 語 が﹃ 万 葉集

﹄に 多 い こと は注 意さ れる

︒こ れら は後 代の 和歌 に比 べ漢 詩漢 文の 影響 をよ り多 く受 けた

﹃万 葉集

﹄の 特徴 を示 唆す るで あろ う︒ 二

翻読 語 と 漢語 の 検 討 二・

一 翻読 語︵ 同義 的結 合の 複合 動詞

︶と 漢語 次 に

︑同 義 的 結合 の 複 合 動 詞 19の 例 に つ い て︑ 翻 読 語 の 可 能 性 と 影 響 を 与 え た 漢 語 を 検 討 す る

︒漢 語 の 検 索 は︑

﹃ 万葉 集﹄ に影 響を 与え た可 能性 のあ る

﹁先 秦 漢 魏晉 南 北 朝詩

﹂や

﹃文 選

﹄﹃ 玉 台新 詠

﹄の 用 例 を中 心 に 取り 上 げ る︒ 参考 とし て韻 文の

﹁全 唐詩

﹂や

︑散 文の

﹃史 記﹄

﹃ 漢書

﹄﹃ 後漢 書﹄ の三 史の 用例 を中 心と して

﹁二 十五 史﹂ の例 を検 索し た︵ 用例 の 検 索 と引 用 は︑

﹃ 万葉 集

﹄︵ 塙 書房 CD

RO M版

︶︑ 小 尾郊 一

・高 志 眞 夫編

﹃玉 台 新 詠索 引

﹄︵ 山 本書 店︶ を用 い︑ その 他は 凱希 メデ ィア サ│ ビス のC D

R OM 版に よっ てお り︑ 同資 料の 旧字 体の まま で引 用し た︶

― 63 ―

﹃ 万 葉 集

﹄ に お け る 連 文 の 翻 読 語

(7)

︵ 1︶ きた る︵ 来至

18︶ 例︵

﹁せ めよ りき たる

﹂﹁ な がら へき たる

﹂を 含め 20例

︶ 最 も例 の多 い﹁ きた る﹂ は﹁ 来至

﹂の 翻読 語﹁ き・ いた る﹂ の縮 約形 と考 えら れる ため

︑同 義的 結合 の複 合動 詞の 典型 例 とし て 扱 う︒

﹁ きた る

﹂は

﹁来

﹂の 訓 詁と し て﹁ 来︑ 至 也﹂

︵﹃ 爾 雅﹄ 釋 詁︶ と あり

﹁来 至

﹂の 翻 読語 と し て成 立し た語 と思 われ

︑漢 籍仏 典類 の用 例は 多数 見ら れ る︒

﹁ き たる

﹂は 平 安 時代 に は 漢文 訓 読 語 とし て 多 用さ れ 和 漢混 淆文 でも 多用 され るが

︑和 歌に おい ては 八代 集に は見 えず

︑﹃ 万 葉集

﹄に おけ る特 徴語 とな って いる

○ 春過 ぎて

夏 来る

︵来

︶ら し 白た への

衣 干し たり

天 の香 具山

︵1

・二 八︶ 持統 天皇

○ 思ふ まで

︿諸 人の

﹀ 聞 きの 恐 く

︿見 惑 ふま で に﹀

引き 放 つ 矢 の繁 け く 大 雪 の︿ あら れ な す﹀

乱 れ て 来れ

︵ 来礼

︶︿ そち より 来れ ば﹀

まつ ろは ず 立ち 向か ひし も 露霜 の︿ 朝霜 の﹀

消 なば 消ぬ べく

︿消 なば 消と 言ふ に﹀

︵2

・一 九九

︶柿 本人 麻呂

○ 佐保 川の

岸 のつ かさ の 柴な 刈り そね

あ りつ つも

春 し来 ら︵ 来︶ ば 立ち 隠る がね

︵4

・五 二九

︶坂 上郎 女

○ 瓜食 めば

子 ども 思ほ ゆ 栗食 めば

ま して 偲は ゆ いづ くよ り 来り

︵枳 多利

︶し もの そ まな かひ に もと なか かり て 安眠 しな さぬ

︵5

・八

〇二

︶山 上憶 良

○ 取り 続き

追 ひ来 る もの は 百 種 に 迫 め寄 り 来 たる

︵伎 多 流︶

︿中 略

﹀ い つ の間 か 霜 の 降り け む 紅 の面 の上 に いづ く ゆ か 皺 が来 り

︵伎 多 利︶ し ます ら を の 男さ び す と 剣 大刀

腰 に 取 り佩 き

︵5

・八

〇 四︶ 山上 憶良

﹃ 万 葉 集

﹄ に お け る 連 文 の 翻 読 語

― 64 ―

(8)

○ 正月 立ち

春 の来 ら︵ 吉多 良︶ ば かく しこ そ 梅を 招き つつ

楽 しき 終へ め︵ 5・ 八一 五︶ 紀男 人

○ 年の はに

春 の来 ら︵ 伎多 良︶ ば かく しこ そ 梅を かざ して

楽 しく 飲ま め︵ 5・ 八三 三︶ 野氏 宿奈 麻呂

○ 梅の 花 今盛 りな り 百鳥 の 声の 恋し き 春来 る︵ 岐多 流︶ らし

︵5

・八 三四

︶田 氏肥 人

○ この 月の

こ こに 来れ

︵来

︶ば

今 とか も 妹が 出で 立ち

待 ちつ つあ るら む︵ 7・ 一〇 七八

︶作 者未 詳

○ うち なび く 春来 る︵ 来︶ らし

山 のま の 遠き 木末 の 咲き 行く 見れ ば︵ 8・ 一四 二二

︶尾 張連

○ 冬過 ぎて

春 来る

︵来

︶ら し 朝日 さす

春 日の 山に

霞 たな びく 10︵

・一 八四 四︶ 作者 未詳

○ 冬過 ぎて

春 し来 れ︵ 来︶ ば 年月 は 新た なれ ども

人 は古 りゆ く︵ 10・ 一八 八四

︶作 者未 詳

○ 我が 待ち し 秋は 来り

︵来

︶ぬ

妹 と我 と 何事 あれ そ 紐解 かざ らむ 10︵

・二

〇三 六︶ 作者 未詳

○ 我が 待ち し 秋は 来り

︵来

︶ぬ

然 れど も 萩の 花そ も いま だ咲 かず ける 10︵

・二 一二 三︶ 作者 未詳

○ こも りく の 泊瀬 の国 に さよ ばひ に 我が 来れ

︵来

︶ば

た な曇 り 雪は 降り 来 さ曇 り 雨は 降り 来︵ 13・ 三三 一〇

︶作 者未 詳

○ 帰り ける 人来 れ︵ 伎多 礼︶ りと いひ しか ばほ とほ と死 にき 君か と思 ひて 15︵

・三 七七 二︶ 狭野 弟上 娘子

○ み冬 継ぎ

春 は来 れ︵ 吉多 礼︶ ど 梅の 花 君に しあ らね ば 招く 人も なし 17︵

・三 九〇 一︶ 大伴 書持

○ 天地 の 遠き 始め よ 世の 中は

常 無き もの と 語り 継ぎ

な がら へ来 れ︵ 伎多 礼︶

︵ 19・ 四一 六〇

︶大 伴家 持

○ 父母 が 殿の 後の

も もよ 草 百代 いで ませ

我 が来 る︵ 伎多 流︶ まで 20︵

・四 三二 六︶ 生玉 部足 国 訓

字 表 記 10は 例あ り

︑﹁ 来﹂

﹁ 来礼

﹂な ど で 表記 さ れ てい る

︒﹁ 至 る

﹂に あ た る 部 分 は 原 則 的 に は 表 記 さ れ ず﹁ 来﹂

― 65 ―

﹃ 万 葉 集

﹄ に お け る 連 文 の 翻 読 語

(9)

で 表記 さ れ る が︑

﹁春

﹂﹁ 秋

﹂﹁ 夏﹂ の 到来 を 表 す 例 が 多 い︒

﹁く

︵来

︶﹂ と の 差 は

﹁︵ 一 年 を め ぐ っ て

︶こ こ に 来 て い る﹂ とい う語 感を 含む 点に ある と思 われ る︒ こ の語 につ いて は築 島裕

︵一 九六 三︶ 小林

︵一 九六 七︶ に論 があ り︑ 語源 が﹁ 来・ 至る

﹂で ある こと

︵築 島︶ この 語が 使用 され た和 歌︵ 仮名 書き 例︶ は︑ 旅人

・憶 良・ 家持

・家 持・ 狭野 弟上 娘子 ら特 定人 か旅 人周 辺の 官人 の作 で漢 文訓 読語 を使 用し やす い人 の作 に限 られ るこ と が 指 摘さ れ て いる

︵小 林

︶︒ た だ︑ 訓字 表 記 の 例も 含 め ると 第 二 期の 持統 天皇 や作 者未 詳で 必ず しも 漢文 訓読 に馴 染ん だ人 の作 と断 定で きな い歌 も多 く︑ 時代 や使 用層 に広 がり があ る可 能 性が あ る

︵中 に﹁ 来+ た り﹂ の例 の 可 能性 も あ る︶

︒こ れ ら は 漢文 訓 読 で 固 定 化 し た 語 と い う よ り︑ 漢 語﹁ 来 至﹂ の翻 読語 とし て広 く浸 透し て いた 可 能 性 があ る よ うに 思 わ れる

︒表 現 の 面 では 季 節 の到 来

︵﹁ 春﹂ 9例

︑﹁ 秋

﹂2 例︑

﹁ 夏﹂ 1例

︶を 表す 例が 多く

︑﹁ 春き た る﹂ は︑ 次 節 で述 べ る﹁ 春 さり く

︵去 来︶

﹂ とと も に 春 の到 来 を 翻読 語 に よっ て彩 ろう とし たこ とを 示す もの では ない かと 推測 され る︒

﹁来 至﹂ は︑

﹃ 玉台 新 詠

﹄に な いが

︑﹁ 先 秦 漢魏 晉 南 北朝 詩

﹂の 漢 詩 の1 例や

︑﹃ 文 選﹄ の1 例︵

﹃ 六臣 注 文 選﹄ の注 にも 7例

︶が 見ら れる 他︑

﹁ 全唐 詩﹂ には 8例 が見 える

○ 王旅 薄伐

︒傳

首來

至 京師

︒古 之為

︒︵ 宋 詩 何承 天﹁ 巫山 高篇

﹂︶

○ 整及 母䮒 奴婢 等六 人來

至范 屋中

︐ 高聲 大罵

︒︵

﹃ 文選

﹄巻 四十

任 彥昇

﹁奏 彈劉 整﹂

︶ 一

方︑

﹃ 史記

﹄5 例︑

﹃漢 書﹄ 10例

︑﹃ 後 漢書

﹄3 例な ど も あり

︑大 蔵 経 デー タ ベ ース で 検 索 する と 六 千を 超 え る仏

﹃ 万 葉 集

﹄ に お け る 連 文 の 翻 読 語

― 66 ―

(10)

典の 影響 も含 め︑ 一般 的な 漢語 から の摂 取と 思わ れる

︵ 2︶ いで く︵ 出来

13︶ 例

○ 倉橋 の 山を 高み か 夜隠 りに

出 で来 る︵ 出来

︶月 の 光乏 しき

︵3

・二 九〇

︶ 間 人大 浦

○ 雨隠 る 三笠 の山 を 高み かも

月 の出 で来

︵出 来︶ ぬ 夜は ふけ につ つ︵ 6・ 九八

〇︶ 安倍 虫麻 呂

○ 猟高 の 高円 山を

高 みか も 出で 来る

︵出 来︶ 月の

遅 く照 るら む︵ 6・ 九八 一︶ 安倍 虫麻 呂

○ 妹が あた り 我は 袖振 らむ

木 の間 より

出 で来 る︵ 出来

︶月 に 雲な たな びき

︵7

・一

〇八 五︶ 作者 未詳

○ 倉椅 の 山を 高み か 夜隠 りに

出 で来 る︵ 出来

︶月 の 片待 ち難 き︵ 9・ 一七 六三

︶沙 弥女 王

○ さ夜 ふけ ば 出で 来む

︵出 来︶ 月を

高 山の

峰 の白 雲 隠し てむ かも 10︵

・二 三三 二︶ 作者 未詳

○ 奥山 の 真木 の板 戸を

押 し開 き しゑ や出 で来

︵出 来︶ ね 後は 何せ む︵ 11・ 二五 一九

︶作 者未 詳

○ 高山 ゆ 出で 来る

︵出 来︶ 水の

岩 に触 れ 砕け てそ 思ふ

妹 に逢 はぬ 夜は 11︵

・二 七一 六︶ 作者 未詳

○ かく だに も 妹を 待ち なむ

さ 夜ふ けて

出 で来

︵出 来︶ し月 の 傾く まで に︵ 11・ 二八 二〇

︶作 者未 詳

○ 逢ふ よし の 出で 来る

︵出 来︶ まで は 畳み 薦 隔て 編む 数 夢に し見 えむ 12︵

・二 九九 五︶ 作者 未詳

○ 汝が 母に

こ られ 我は 行く

青 雲の

出 で来

︵伊 弖来

︶我 妹子

相 見て 行か む︵ 14・ 三五 一九

︶東 歌

○ 隠り のみ

恋 ふれ ば苦 し 山の 端ゆ

出 で来 る︵ 出来

︶月 の 顕さ ばい かに 16︵

・三 八〇 三︶ 作者 未詳

○ 大君 の 命恐 み 出で 来れ

︵伊 弖久 礼︶ ば 我ぬ 取り 付き て 言ひ し児 なは も︵ 20・ 四三 五八

物 部龍

― 67 ―

﹃ 万 葉 集

﹄ に お け る 連 文 の 翻 読 語

(11)

訓 字表 記は 11例 で︑ いず れも

﹁出 来﹂ で表 記さ れ︑ 漢語

﹁出 来﹂ との 関係 が想 定さ れる

﹁出

﹂は

﹁出

︑見 也﹂

︵﹃ 広 韻

﹄︶ の 訓 詁を 持 ち 熟語 と し ては

﹁出 現

﹂が あ る が︑

﹁来

﹂も

﹁来 現

﹂が あ り︑ 多く 使 用 され る︒

﹃ 万葉 集﹄ では 月な どが 現れ る意 味 13で 例 を見 る が︑ 作 者未 詳 が 多い

︒八 代 集 に は例 が な く︑ むし ろ 平 安時 代以 降の 和文 や和 漢混 淆文 など の散 文で 広く 用い られ る点 で︑

﹁ きた る﹂ と共 通す る点 があ る︒ も とに なっ たと 思わ れ る 漢 語﹁ 出来

﹂は

︑漢 詩 文 では

﹁先 秦 漢 魏晉 南 北 朝 詩﹂ や﹃ 玉台 新 詠﹄

﹃ 文選

﹄に 例 が ない が︑

﹁ 全唐 詩

﹂に は 22例 が 見え る

︒史 書 で は

﹃晉 書

﹄1 例︑

﹃宋 書﹄ 1例

︑﹃ 魏 書﹄ 1例

︑﹃ 北 齊 書

﹄1 例︑

﹃北 史

﹄1 例な ど﹁ 二十 五史

﹂で 12例 が見 られ 散文 系統 の漢 文の 影響 も考 えら れる

○ 笑入

荷花

︐佯 羞不

出來

︒︵

﹁全 唐詩

﹂ 李 白﹁ 越女 詞五 首﹂

○ 千呼 萬喚 始出 來︐ 猶抱

琵琶

半 遮

︒︵

﹁ 全唐 詩﹂

白 居易

﹁琵 琶引

﹂︶ 散

文に も広 く見 える 点は

﹁き たる

﹂と 同様 で︑

﹃ 万葉 集﹄ が漢 詩以 外の 語彙 を取 り入 れた 可能 性を 示唆 して いる

︵ 3︶ あき だる

︵飽 足・ 厭足

12︶ 例

○ 昼は も 日の こと ごと

夜 はも

夜 のこ とご と 臥し 居嘆 けど

飽 き足 ら︵ 飽足

︶ぬ かも

︵2

・二

〇四

︶置 始東 人

○ 梅の 花 手折 りか ざし て 遊べ ども

飽 き足 ら︵ 阿岐 太良

︶ぬ 日は

今 日に しあ りけ り︵ 5・ 八三 六︶ 磯部 法麻

﹃ 万 葉 集

﹄ に お け る 連 文 の 翻 読 語

― 68 ―

(12)

○ 辺つ 波の

い やし くし くに

月 に異 に 日に 日に 見と も 今の みに

飽 き足 ら︵ 秋足

︶め やも

白 波の

い 咲き 巡れ る 住吉 の浜

︵6

・九 三一

︶車 持千 年

○ 汝が 恋ふ る 妹の 命は

飽 き足 ら︵ 飽足

︶に

袖 振る 見え つ 雲隠 るま で︵ 10・ 二〇

〇九

︶柿 本人 麻呂 歌集

○ 相見 らく

飽 き足 ら︵ 䚒足

︶ね ども

い なの めの

明 けさ りに けり

舟 出せ む妻 10︵

・二

〇二 二︶ 柿本 人麻 呂歌 集

○ 隠り 沼の

下 に恋 ふれ ば 飽き 足ら

︵飽 足︶ ず 人に 語り つ 忌む べき もの を︵ 11・ 二七 一九

︶作 者未 詳

○ 草枕

旅 行く 君を

荒 津ま で 送り そ来 ぬる

飽 き足 ら︵ 飽足

︶ね こそ 12︵

・三 二一 六︶ 作者 未詳

○ 磨ぎ し心 を 天雲 に 思 ひ は ぶら し 臥 い まろ び ひ づ ち泣 け ど も 飽 き足 ら

︵飽 足︶ ぬ かも 13︵

・三 三 二 六︶ 作者 未詳

○ 夜は すが らに

暁 の 月 に 向 かひ て 行 き 帰り

鳴 き と よむ れ ど な に か飽 き 足 ら︵ 飽足

︶む 19︵

・四 一 六 六︶ 大伴 家持

○ 我が 門ゆ

鳴 き過 ぎ渡 る ほと とぎ す いや なつ かし く 聞け ど飽 き足 ら︵ 飽足

︶ず 19︵

・四 一七 六︶ 大伴 家持

○ 浜清 く 白波 騒き

し くし くに

恋 は増 され ど 今日 のみ に 飽き 足ら

︵飽 足︶ めや も かく しこ そ いや 年の はに

春 花の

繁 き盛 りに

秋 の葉 の︵ 19・ 四一 八七

︶大 伴家 持

○ 年月 は 新た 新た に 相見 れど

我 が思 ふ君 は 飽き 足ら

︵安 伎太 良︶ ぬか も︵ 20・ 四二 九九

︶大 伴村 上

― 69 ―

﹃ 万 葉 集

﹄ に お け る 連 文 の 翻 読 語

(13)

訓 字 表記 は 9例 で

︑8 例は

﹁飽 足

﹂︑ 1例 は

﹁䚒 足﹂ で︑ 他 に﹁ 秋足

﹂1 例 もあ る

︒仮 名 書 き例 に 連 濁が 見 え 一語 化し てい るこ とが 窺え る︒

﹁ あき だる

﹂は 三代 集に は見 られ ず︑

﹃万 葉集

﹄で は大 伴家 持3 例な どを はじ め官 人の 歌に 例 が多 い

︒﹃ 万 葉 集﹄ の訓 字 に 反映 し て いる よ う に﹁ あ き だ る﹂ は 漢 語﹁ 厭 足﹂

﹁ 飽 足﹂ に よ る と 考 え ら れ る︒

﹁ 厭﹂

﹁ 飽﹂

﹁足

﹂の 三 字 は﹃ 説 文解 字

﹄に

﹁厭

︑飽 也︑ 足 也﹂

﹁飽

︑厭 也

﹂と あ る同 義 的 な 文字 で

﹁満 ち 足り る

﹂意 味 であ る︒

﹃ 類聚 名 義 抄﹄ に は﹁ 饜﹂

﹁飽

﹂﹁ 足

﹂の 訓 に﹁ アキ タ ル﹂

﹁ アク

﹂の 訓 も 見ら れ る

︒﹁ 厭 足﹂ に比 べ

﹁飽 足

﹂は 口 語的 で﹁ 厭︑ 飽足 也﹂

︵﹃ 漢 書﹄

﹃ 資治 通 鑑﹄ の 顔師 古 注︶ の よう な 注 釈に 用 い た 例が 見 ら れる

︒本 文 で は﹃ 史記

﹄の

﹁ 不知 厭 足

﹂︑

﹃ 漢書

﹄の

﹁無 厭 足

﹂︑

﹃ 後 漢 書﹄ の﹁ 不 知 厭 足

﹂の 例 が あ る

︒﹁ 先 秦 漢 魏 晉 南 北 朝 詩

﹂で は 隋 詩 に

﹁厭 足﹂ の1 例が あり

︑﹁ 全 唐詩

﹂に も﹁ 厭足

﹂2 例︑

﹁飽 足﹂ 1例 が見 られ る︵

﹃ 文選

﹄﹃ 玉台 新詠

﹄に 例は ない

︶︒

○ 曼眼 腕中 嬌︒ 相看 無

厭 足

︒︵ 隋 詩 丁六 娘﹁ 十索 四首

﹂︶ 右

の﹁ 無厭 足﹂ は人 物を 見て なお 満 足 し ない 意 味 で︑ 柿本 人 麻 呂歌 集 の﹁ 見 ら く飽 き 足 らね

﹂︵ 10

・二

〇 二二

︶に 影響 した と思 われ る表 現で あ る︒ 単 独 の﹁ 厭﹂ の用 法 も 注目 さ れ る︒

﹃六 臣 注 文 選﹄ に﹁ 不知 厭 足﹂ の 注が あ る 離騒 経の

﹁不 厭﹂ の例 は︑ これ を﹁ あき だ ら ず﹂ と 理解 し た こと が 窺 える 例 で あ り︑

﹃万 葉 集﹄ の﹁ 飽 き足 ら ず﹂ へ の影 響が 考え られ る︒

○ 衆 皆 競 進 以 貪 婪 兮︑ 憑 不

求 索

︵﹃ 文 選﹄ 巻 三 十 二 屈 平

﹁離 騒 経

﹂︑ 六 臣 注 に﹁ 翰 曰

⁝⁝ 雖

満 不

﹃ 万 葉 集

﹄ に お け る 連 文 の 翻 読 語

― 70 ―

(14)

﹂︶

︵ 4︶ とき さく

︵解 放︶ 10例

○ 臣の 女の

く しげ に乗 れる

鏡 なす

三 津の 浜辺 に さに つら ふ 紐解 き放 け︵ 開離

︶ず

我 妹子 に 恋ひ つつ 居れ ば 明け 闇の

朝 霧隠 り 鳴く 鶴の

︵4

・五

〇九

︶丹 比笠 麻呂

○ 難波 津に

み 船泊 てぬ と 聞こ え来 ば 紐解 き放 け︵ 佐気 弖︶ て 立ち 走り せむ

︵5

・八 九六

︶山 上憶 良

○ 高麗 錦 紐の 結び も 解き 放け

︵解 放︶ ず 斎ひ て待 てど

験 なき かも 12︵

・二 九七 五︶ 作者 未詳

○ 旅の 夜の

久 しく なれ ば さに つら ふ 紐解 き放 け︵ 開離

︶ず

恋 ふる この ころ 12︵

・三 一四 四︶ 作者 未詳

○ 高麗 錦 紐解 き放 け︵ 登伎 佐気

︶て

寝 るが 上に

あ どせ ろと かも

あ やに かな しき 14︵

・三 四六 五︶ 作者 未詳

○ かく のみ や 我が 恋ひ 居ら む ぬば たま の 夜の 紐だ に 解き 放け

︵登 吉佐 気︶ ずし て︵ 17・ 三九 三八

︶平 群女 郎

○ 天離 る 鄙に ある 我を

う たが たも

紐 解き 放け

︵登 吉佐 気︶ て 思ほ すら めや 17︵

・三 九四 九︶ 大伴 池主

○ 家に して

結 ひて し紐 を 解き 放け

︵登 吉佐 気︶ ず 思ふ 心を

誰 か知 らむ も︵ 17・ 三九 五〇

︶大 伴家 持

○ もの のふ の 八十 伴の 緒の

島 山に

赤 る橘

う ずに 刺し

紐 解き 放け

︵解 放︶ て 千歳 寿き

寿 きと よも し ゑら ゑら に 仕へ 奉る を 見る が貴 さ︵ 19・ 四二 六六

︶大 伴家 持

○ ほと とぎ す かけ つつ 君が

松 陰に

紐 解き 放く る︵ 等伎 佐久 流︶

月近 付き ぬ︵ 20・ 四四 六四

︶大 伴家 持

― 71 ―

﹃ 万 葉 集

﹄ に お け る 連 文 の 翻 読 語

(15)

訓 字表 記は 4例 で︑

﹁ 開離

﹂2 例︑

﹁解 放﹂ 2例 であ る︒ 作者 は大 伴家 持の 3例 の他

︑大 伴池 主︑ 山上 憶良 らの 例が ある

︒八 代集 には 例が ない が︑ 上代 では

﹃万 葉集

﹄の 他に も記 紀歌 謡に 次の 例が ある

○ ささ らが た錦 の紐 を解 き放 け︵ 等気 舎気

︶て あま たは 寝ず に唯 一夜 のみ

︵﹃ 日 本書 紀﹄ 允恭 八年 二月

︶ も

とに なっ たと 思わ れる 漢語

﹁解 放﹂ は﹁ 解︑ 放也

﹂︵

﹃ 管子

﹄注

︶と ある 連文 によ る語 で︑

﹁ 先秦 漢魏 晉南 北朝 詩﹂ や﹃ 文選

﹄﹃ 玉 台新 詠﹄ に例 がな く︑

﹁全 唐 詩﹂ に 鳥 を放 つ 意 味で 用 い た1 例が あ る の みで あ る︒ 史 書で は

﹃三 国 志﹄ 1例

︑﹃ 梁 書﹄ 1例 など

﹁二 十五 史﹂ 16に 例が ある が︑ 次例 のよ うに 人を 解放 する 意味 であ る︒

○ 解

放 胡鷹

塞鳥

︐ 能將

代馬

秋田

︒︵ 全唐 詩 崔顥

﹁雁 門胡 人歌

﹂︶

○ 儼既 囚

︐乃 表

府解 放︐ 自

是 威恩 並著

︒︵

﹃ 三国 志﹄ 魏書 二十 三 和常 楊杜 趙裴 傳︶

○ 停

十 郡慰 勞

︐ 解

放老 疾吏 役

︐ 及關 市戍 邏先 所防

︐一 皆省 併︒

︵﹃ 梁 書﹄ 卷三 十四

列 傳 張緬

﹃万 葉集

﹄で は一 様に

﹁紐

﹂を 解き 放つ 意味 で用 いて いる

︒﹃ 大漢 和辞 典﹄ には

﹁解 紐﹂ の項 があ り﹁ 縛っ た紐 がと けゆ るむ

﹂﹁ 印 の紐 をと く﹂ など の意 味を 挙げ る︒

﹃万 葉集

﹄の

﹁紐 を解 き放 けて

﹂は

﹁紐 の緒 解き て 家の ごと

解 け て遊 ぶ

﹂︵ 9

・一 七 五三

︶の よ う に﹁ 衣の 紐 を 解 い て く つ ろ ぐ さ ま﹂

︵ 岩 波 文 庫 本﹃ 万 葉 集︵ 五︶

﹄︵ 二

〇 一 五

︶の 注︶ であ り︑ 意味 は必 ずし も合 わな いが

﹁解 紐﹂

﹁ 解放

﹂な どの 熟語 知識 によ る表 現か と思 われ る︒

﹃ 万 葉 集

﹄ に お け る 連 文 の 翻 読 語

― 72 ―

(16)

︵ 5︶ すぎ ゆく

︵過 去︶ 8例

○ し きた へ の 袖 交 へし 君 玉 垂 の 越智 野 過 ぎ 行 く

︵過 去

︶︿ 越 智 野 に 過 ぎ ぬ

﹀ ま た も 逢 は め や も

︵2

・一 九 五︶ 柿本 人麻 呂

○ たら ちし や 母が 手離 れ 常 知 ら ぬ 国の 奥 か を 百重 山 越 え て過 ぎ 行 き︵ 須 疑由 伎

︶ い つし か も 都 を見 むと

思 ひつ つ 語ら ひ居 れど

己 が身 し︵ 5・ 八八 六︶ 山上 憶良

○ 住吉 の 遠里 小野 の ま榛 もち

摺 れる 衣の

盛 り過 ぎ行 く︵ 過去

︶︵ 7

・一 一五 六︶ 作者 未詳

○ 妻恋 に 鹿鳴 く山 辺の

秋 萩は

露 霜寒 み 盛り 過ぎ 行く

︵須 疑由 君︶

︵ 8・ 一六

〇〇

︶石 川広 成

○ 秋萩 の 散り 過ぎ 行か

︵過 去︶ ば さ雄 鹿は

わ び鳴 きせ むな

見 ずは とも しみ 10︵

・二 一五 二︶ 作者 未詳

○ 秋萩 の 下葉 の黄 葉 花に 継ぎ

時 過ぎ 行か

︵過 去︶ ば 後恋 ひむ かも 10︵

・二 二〇 九︶ 作者 未詳

○ 幸く あら ば また かへ り見 む 道の 隈 八十 隈ご とに

嘆 きつ つ 我が 過ぎ 行け

︵過 去︶ ば いや 遠に

里 離り 来ぬ

い や高 に 山も 越え 来ぬ

剣 大刀 13︵

・三 二四

〇︶ 作者 未詳

○ 大舟 を 漕ぎ 我が 行け ば 沖 つ 波 高 く立 ち 来 ぬ よそ の み に 見つ つ 過 ぎ 行き

︵須 疑 由 伎︶

玉 の 浦 に 舟を 留め て 浜辺 より

浦 磯を 見つ つ 泣く 子な す︵ 15・ 三六 二七

︶作 者未 詳

○ 朝な ぎに

潟 にあ さり し 潮 満 て ば 妻呼 び か はす

と も し きに

見 つ つ 過 ぎ行 き

︵須 疑 由伎

︶ 渋 谿 の 荒磯 の崎 に 沖つ 波 寄せ 来る 玉藻

片 搓り に︵ 17・ 三九 九三

︶大 伴池 主 訓

字表 記は 5例 でい ずれ も﹁ 過去

﹂で 表記 され る︒ 作者 は柿 本人 麻呂

・山 上憶 良・ 大伴 池主

・石 川広 成ら が含 まれ

― 73 ―

﹃ 万 葉 集

﹄ に お け る 連 文 の 翻 読 語

(17)

る︒ 八代 集に は﹃ 古今 和歌 集﹄ 1例

︑﹃ 後 撰和 歌集

﹄4 例︑

﹃拾 遺和 歌集

﹄に 1例

︑﹃ 後 拾遺 和歌 集﹄ 3例

︑﹃ 千載 和歌 集﹄ 1例

︑﹃ 新 古今 和歌 集﹄ 2例 が見 られ る︒

﹃万 葉集

﹄の

﹁す ぎゆ く﹂ は人 や景 物が 通り 過ぎ る意 味と

︑時 間が 経過 する 意味 とが 見ら れ る︒ もと に な っ たと 思 わ れる 漢 語 の﹁ 過去

﹂は

︑﹁ 過

︑去 也

﹂︵

﹃ 太玄 経

﹄注

︶と あ る連 文 に よる 熟 語で

︑次 の よ う に人 や 景 物が 過 ぎ ゆく 意 味 と 時間 に 関 する 比 喩 的 な例 と 両 方が 見 ら れる

︒﹁ 先 秦 漢魏 晉 南 北 朝 詩﹂ に次 の1 例が ある

○ 生時 得

尊 貴

︒不 如

過 去榮

︒︵ 北魏 詩 仙道

﹁太 上皇 老君 哀歌 七首

﹂︶

○ 過去 雲衝 断︑ 旁来 焼隔 廻︒

︵ 裴説

﹁廬 山瀑 布詩

﹂︶

︵﹃ 大 漢和 辞典

﹄に よる

︶ そ

の他

︑﹃ 玉 台新 詠﹄ に例 はな く﹃ 文選

﹄で は注 文に 2例 があ るの みだ が︑

﹁全 唐詩

﹂に 19は 例が 見ら れる

︵ 6︶ へゆ く︵ 経行

︶4 例

○ かく のみ や 息づ き居 らむ

あ らた まの

来 経行 く︵ 倍由 久︶ 年の

限 り知 らず て︵ 5・ 八八 一︶ 山上 憶良

○ あら たま の 年の 経行 け︵ 経往

︶ば

あ ども ふと

夜 渡る 我を

問 ふ人 や誰 10︵

・二 一四

〇︶ 作者 未詳

○ 天地 の 神も はな はだ

我 が思 ふ 心知 らず や 行く 影の

月 も経 行け

︵経 往︶ ば 玉か ぎる

日 も重 なり て 思へ かも

胸 安か らぬ

恋 ふれ かも 13︵

・三 二五

〇︶ 作者 未詳

○ もみ ち葉 は 今は うつ ろふ

我 妹子 が 待た むと 言ひ し 時の 経行 け︵ 倍由 気︶ ば︵ 15・ 三七 一三

︶作 者未 詳

﹃ 万 葉 集

﹄ に お け る 連 文 の 翻 読 語

― 74 ―

(18)

訓 字表 記は 2例 でい ずれ も﹁ 経往

﹂で ある

︒作 者は 山上 憶良 の作 を含 む︒ 八代 集に は例 がな い︒

﹁ へゆ く﹂ は︵ 6︶ の﹁ すぎ ゆく

﹂と 類義 の 表現 で あ る が︑

﹁す ぎ ゆ く﹂ が﹁ 時の 経 過﹂ と﹁ 通 過﹂ の両 義 を 持 つの に 対 して

︑﹁ へ ゆ く﹂ の意 味は

﹁時 の経 過﹂ に限 る点 が異 なる

﹁ゆ く﹂ の表 記﹁ 往﹂ は﹁ 行︑ 往也

﹂︵

﹃ 詩経

﹄傳

︶と あり

﹃万 葉集

﹄で も﹁ 行﹂ で表 す例 もあ るた め︑

﹁経 行﹂ によ る と 推 定 す る

︒﹁ 経 行﹂ は︑

﹁ 行︑ 由 経 也﹂

︵﹃ 管 子

﹄注

︶と あ る よ う に﹁ へ る・ わ た る﹂ 意 味 の 連 文 で あ る︒

﹁ 経 行﹂ は︑

﹁ 先秦 漢魏 晉南 北朝 詩﹂ 4例

︑﹃ 文選

﹄1 例︑

﹁ 全唐 詩﹂ 54例 が見 られ る︒

○ 經

行 林樹 下

︒求

道志 能堅

︒︵ 梁詩

庾 肩吾

﹁北 城門 沙門

﹂︶

○ 旋遶 經

行 砌

︒目 想如

神契

︒︵ 隋詩

釋 慧淨

﹁雜 言詩

﹂︶

﹃漢 書﹄ 3例

︑﹃ 後 漢書

﹄4 例 な ど︑

﹁二 十 五 史﹂ にも 96例 が 見 られ る が︑ 詩 以 外で は

︑次 の よう に

﹁常 の 行い

・節 操が ある こと

﹂︵

﹃ 大漢 和辞 典﹄

︶ を表 す意 味の 場合 が一 般的 のよ うで ある

○ 為之 薙草 開林

︐置

經行 之室

︒︵

﹃文 選﹄ 巻五 十九

碑 文下

﹁頭 陁寺 碑文

﹂︶

○ 漢字 仲和

︑以 經行 著名

︒︵

﹃ 後漢 書﹄ 巻二 十六

伏 湛傳

﹃万 葉集

﹄の よう な﹁ 年月 を経 る﹂ 意味 の﹁ 経﹂ の用 法は

︑次 のよ うな 漢詩 の例 に関 連す るで あろ うか

― 75 ―

﹃ 万 葉 集

﹄ に お け る 連 文 の 翻 読 語

(19)

○ 此物 何足

貴︐ 但感 別經

︒︵

﹃ 玉台 新詠

﹄巻 一 枚乗

﹁庭 前有 奇樹

﹂︶

○ 別来 經

年 歳

︑歓 心不

凌︒

︵﹃ 玉 台新 詠﹄ 巻三

謝 恵連

﹁代 古﹂

○ 經春 不

︐秋 落寧 復看

︒︵

﹃ 玉台 新詠

﹄巻 四 呉邁 遠﹁ 長相 思﹂

︵ 7︶ こい ふす

︵反 側︶ 3例

︵或 本歌 曰︶ 門に 出で て 我が 臥い 伏す

︵反 側︶ を 人見 けむ かも 12︵

・二 九四 七︶ 柿本 人麻 呂歌 集

○ 年月 も いく らも あら ぬ に うつ せ み の 世 の人 な れ ば うち な び き 床に 臥 い 伏 し︵ 許伊 布 之︶

痛け く し 日に 異に 増さ る たら ちね の 母の 命の

大 舟の 17︵

・三 九六 二︶ 大伴 家持

○ 出で て来 し ます ら我 す ら 世 間 の 常し な け れば

う ち な びき

床 に 臥 い 伏し

︵己 伊 布 之︶

痛 け く の 日に 異に 増せ ば 悲し けく

こ こに 思ひ 出 いら なけ く︵ 17・ 三九 六九

︶大 伴家 持 訓

字表 記は 1例 で︑

﹁ 反側

﹂で ある

︒作 者は 大伴 家持 2例 と柿 本人 麻呂 歌集 の1 例で ある

︒八 代集 に例 がな い︒

﹃万 葉集

﹄の 表記 に 用 い られ る

﹁反 側﹂ は︑

﹁ 反者 輾 之 過︑ 側者 輾 之 留︑ 皆 伏不

席 之 意﹂

︵﹃ 詩 経

﹄集 傳︶ と あり

︑連 文 と し て の 熟 語 と 考 え ら れ る︒

﹁ 反 側﹂ は︑

﹁ 魏 詩﹂ に3 例︑

﹁ 晉 詩﹂ に3 例︑

﹃ 文 選

﹄に 5例

︑﹃ 玉 台 新 詠﹄ に1 例︑

﹁ 全唐 詩﹂ に6 例が 見ら れる 文学 用語 であ る︒

○ 展轉 反側

︒寤 寐追 求︒

︵ 魏詩

郭 遐叔

﹁贈 䇏康 詩二 首﹂

﹃ 万 葉 集

﹄ に お け る 連 文 の 翻 読 語

― 76 ―

(20)

○ 夜參 半而 不

寐 兮︐ 悵盤 桓以 反側

︒︵

﹃ 文選

﹄卷 十一

王 仲宣

﹁登 楼賦

﹂︶

○ 反側 不

︐逍

遙於 前庭

︒︵

﹃玉 台新 詠﹄ 卷二

曹 植﹁ 棄婦 詩一 首﹂

﹁ こい

﹂は 動詞

﹁こ ゆ

︵臥

︶﹂ の 連 用形 で

﹁臥 す﹂ と の同 義 的 結合 で

︑﹁ こ い ふす

﹂は

﹁こ ろ が り寝 る

︒ま た︑ も だえ 伏す

﹂︵

﹃ 日本 国語 大辞 典 第二 版﹄

︶ とさ れる

︒﹁ 反側

﹂の 意味 は﹁ 心に かか るこ とが あり 眠ら れな いで 寝返 りを 打つ こと

﹂︵

﹃ 大漢 和辞 典﹄

︶ で︑ この 意味 から 意訳 して

﹁こ いふ す﹂ を生 じた ので あろ う︒

︵ 8︶ あそ びあ るく

︵遊 行︶ 2例

○ さつ 弓を

手 握り 持ち て 赤駒 に 倭文 鞍う ち置 き 這ひ 乗り て 遊び ある き︵ 阿蘇 比阿 留伎

︶し

世 間や

常 にあ りけ る 娘子 らが

さ 寝す 板戸 を 押し 開き

︵5

・八

〇四

︶山 上憶 良

○ そこ 故に

心 和ぐ やと

高 円の

山 にも 野に も うち 行き て 遊び ある け︵ 遊往

︶ど

花 のみ に にほ ひて あれ ば 見る ごと に まし て偲 はゆ

い かに して

︵8

・一 六二 九︶ 大伴 家持 訓

字表 記は

﹁遊 往﹂ 1例 であ る

︒作 者 は 山上 憶 良 と大 伴 家 持で

︑八 代 集 に 例が な い︒

﹃ 万葉 集

﹄で

﹁あ る く﹂ の表 記 は右 の

﹁往

﹂の 例 の みで あ る︒

﹁ 遊﹂ は﹁ 游︑ 行﹂

︵﹃ 詩 経﹄ 傳︶ の 訓詁 が あ り﹁ 歩 きま わ る・ 旅 行す る

﹂意 味 があ る︵

﹃ 大漢 和 辞 典﹄ に よる

︒な お

︑﹃ 図 書寮 本 日 本書 紀

﹄の 連 文﹁ 歩 行﹂ に﹁ アリ ク

﹂︑

﹃ 類聚 名 義 抄﹄ の﹁ 行﹂

﹁ア リ ク﹂ の訓 があ る︶

︒ これ らを もと にす ると

﹁あ ちこ ちを 逍遙 する

﹂意 味に 用い る漢 語﹁ 遊行

﹂な どが 想定 され る︒

― 77 ―

﹃ 万 葉 集

﹄ に お け る 連 文 の 翻 読 語

(21)

﹁遊 行

﹂は

︑﹃ 文 選

﹄に 例 が な い が

﹁先 秦 漢 魏 晉 南 北 朝 詩﹂ に3 例︵

﹁漢 詩﹂ 1例

﹁宋 詩﹂ 1例

︑﹁ 北 魏 詩

﹂1 例︶

﹁ 全唐 詩﹂ 7例

︑﹁ 二十 五史

﹂に

﹃史 記﹄ 1例

︑﹃ 漢 書﹄ 1例

︑﹃ 三国 志﹄ 2例 など

︑総 50計 例が 見ら れる

○ 語我 不

遊 行

︒常 常走

巷路

︒︵ 宋詩

清 商曲 辭﹁ 讀曲 歌八 十九 首﹂

○ 王喬 得

聖 道

︒遊

行五 嶽間

︒︵ 北魏 詩 仙道

﹁尹 喜哀 歎五 首﹂

○ 老來 處處 遊行 遍︐ 不

蘇 州柳 最多

︒︵

﹁ 全唐 詩﹂

白 居易

﹁蘇 州柳

﹂︶

○ 衣冠 無不

行市 里

︒︵

﹃三 国志

﹄魏 史

﹁鍾 繇華 歆王 朗傳

﹂︶

︵ 9︶ とび かけ る︵ 飛翔

︶2 例

○ 似て は鳴 かず

己 が母 に 似 て は 鳴か ず 卯 の 花の

咲 き た る野 辺 ゆ 飛 び 翔り

︵飛 翔

︶ 来 鳴き と よ もし

橘 の 花を 居散 らし

ひ ねも すに

鳴 けど 聞き 良し

︵9

・一 七五 五︶ 高橋 虫麻 呂歌 集

○ 絹の 帯を

引 き帯 な す 韓 帯 に取 ら せ 海 神の

殿 の 甍 に 飛び 翔 る︵ 飛 翔︶

すが る の ごと き 腰 細 に 取り 飾ら ひ まそ 鏡 取り 並め 掛け て︵ 16・ 三七 九一

︶歌 物語

︵竹 取翁

︶ 訓

字表 記は 2例 とも

﹁飛 翔﹂ であ る︒ 高橋 虫麻 呂歌 集と 歌物 語の 例で ある

︒八 代集 では

﹃新 古今 和歌 集﹄ に1 例が 見ら れる

︒﹃ 万 葉集

﹄で は長 歌で 鳥 が 飛 ぶ様 子 を 表す 歌 語 とし て 用 い られ る

︒﹁ 飛 翔﹂ は﹁ 飛︑ 翔也

﹂︵ 廣 韻︶ の 訓詁 に基 づく 連 文の 熟 語 で ある

︒﹁ 飛 翔﹂ は︑

﹃ 玉台 新 詠﹄ に はな い が︑

﹁ 先 秦漢 魏 晉 南北 朝 詩﹂ の﹁ 魏 詩﹂ 1例

︑﹁ 晉 詩﹂

﹃ 万 葉 集

﹄ に お け る 連 文 の 翻 読 語

― 78 ―

(22)

1例

︑﹁ 梁 詩﹂ 1例 や

︑﹃ 文 選﹄ で2 例︵ 注 文に も 2例

︶︑

﹁ 全唐 詩

﹂に 9例 な どの 例 が ある

︒﹃ 万 葉 集﹄ の 例は 鶯 や 蜂 が飛 ぶ様 であ るが

︑﹃ 万 葉集

﹄に 影響 のあ る文 献に 蝶や 鳥が 飛ぶ のに 用い た例 があ り︑ 文学 的な 用語 と言 えよ う︒

○ 願為

晨風 鳥

︒雙 飛

翔 北林

︒︵ 魏詩

魏 文帝

﹁清 河作 詩﹂

○ 假余 翼鴻 鶴高 飛翔

︒經

芒阜

︒ 濟

河 梁

︒望

我舊 館

心悅 康︒

︵ 晉詩

石 崇﹁ 思歸 引并 序﹂

○ 竹水 俱葱 翠︒ 花蝶 兩飛 翔︒ 燕泥 銜復 落︒

︵ 梁詩

梁 簡文 帝﹁ 和湘 東王 首夏 詩﹂

○ 䠷若 椒風

︐披 香發 越︒ 蘭林 蕙草

︐鴛 鸞飛 翔之 列︒

︵﹃ 文 選﹄ 巻一

班 孟堅

﹁西 都賦

﹂︶

○ 後宮 則昭 陽飛 翔︐ 增成 合驩

︒蘭 林披 香︐ 鳳皇 鴛鸞

︒︵

﹃ 文選

﹄巻 二 張平 子﹁ 西京 賦﹂

︵ 10︶ あら ひす すぐ

︵洗 濯︶ 1例

○ した だみ を い拾 ひ 持 ち 来て

石 も ち つ つき 破 り 速 川に

洗 ひ 濯 ぎ︵ 洗 濯︶

辛 塩 に こ ごと 揉 み 高 坏に 盛り

机 に立 てて

母 にあ へつ や︵ 16・ 三八 八〇

︶作 者未 詳 訓

字表 記 は﹁ 洗 濯﹂ 1例 で あ る︒ 八代 集 に 例が な い︒

﹁ 洗濯

﹂は

﹁洗

︑濯 也

﹂︵

﹃ 国 語﹄ 注︶ とあ り 連 文に よ る 熟語 であ る︒ もと にな った と思 われ る﹁ 洗濯

﹂は

﹁先 秦漢 魏晉 南北 朝詩

﹂﹃ 文 選﹄

﹃玉 台新 詠﹄ には 例が ない が︑

﹁ 全唐 詩﹂ に4 例︑

﹁ 二十 五史

﹂に

﹃後 漢書

﹄1 例︑

﹃晉 書﹄ 2例 など 15︑ 例が 見ら れ︑ 散文 にも 用い る一 般的 な漢 語で ある

― 79 ―

﹃ 万 葉 集

﹄ に お け る 連 文 の 翻 読 語

(23)

○ 何由 一洗 濯︐ 執

熱 互相 望︒

︵全 唐詩

杜 甫﹁ 夏夜 歎﹂

○ 官民 皆䊑

於東 流水 上

︐曰

洗濯 祓除

宿垢 䛚

大 䊑

︒︵

﹃ 後漢 書﹄ 巻十 四 志第 四 禮儀 上︶

︵ 11︶ うつ ろひ かは る︵ 遷易

︶1 例

○ 新た 世の

事 にし あれ ば 大 君 の 引 きの ま に まに

春 花 の う つろ ひ 変 は り︵ 遷日 易

︶ 群 鳥の

朝 立 ち 行け ば さす だけ の 大宮 人の

踏 み平 し︵ 6・ 一〇 四七

︶田 辺福 麻呂 歌集 訓

字 表 記 は﹁ 遷日 易

﹂1 例で あ る︒ 大 伴家 持 と 関わ り の あ る田 辺 福 麻呂 の 例 が あ る︒ 八 代 集 に 例 が な い︒

﹁ 移 変﹂ では

﹁先 秦漢 魏晉 南北 朝詩

﹂や

﹃文 選﹄ に見 られ ない

︒原 文の 表記

﹁遷 日易

﹂に 反映 して いる 漢語

﹁遷 易﹂ に関 わる

︵﹁ 日

﹂は 訓 仮 名︶ よ う で あ る︒

﹁遷 易

﹂は

︑﹁ 遷

︑易 也

﹂︵

﹃ 左 氏 傳﹄ 注︶ の 訓 詁 が あ る 連 文 の 熟 語 で あ る

︒こ の 例 は

﹃ 文選

﹄に 2例

︑﹃ 玉台 新詠

﹄に 1例

︑﹁ 全 唐詩

﹂に 4例 が見 られ

︑漢 詩に おい て用 いら れる 語で ある

○ 市朝 互遷 易︐ 城闕 或丘 荒︒

︵﹃ 文 選﹄ 巻二 十八

陸 機﹁ 門有 車馬 客行 五言

﹂︶

○ 餘芳 隨

風 捐︒ 天道 有

遷易

︒︵

﹃ 文選

﹄巻 二十 八 陸機

﹁塘 上行

﹂︑

﹃ 玉台 新詠

﹄に もあ り︶

○ 一氣 無

死 生

︐三 光自 遷易

︒︵ 全 唐詩

劉 禹錫

﹁遊 桃源 一百 韻﹂

○ 豈無

舊交 結

︐久 別或 遷易

︒︵ 全 唐詩

白 居易

﹁寄 楊六

﹂︶

﹃ 万 葉 集

﹄ に お け る 連 文 の 翻 読 語

― 80 ―

(24)

陸 機の

﹁天 道﹂

︑ 劉禹 錫の

﹁三 光﹂

︵﹁ 日

・月

・星

﹂の こと

︶な ど大 きな 時間 の移 ろい をい う例 が見 え︑

﹃万 葉集

﹄で も季 節の 移ろ いを 表現 して おり 用法 が近 い︒

︵ 12︶ おき たつ

︵起 立︶ 1例

○ 我が 天皇 よ 奥床 に 母は 寝ね たり

外 床に

父 は寝 ねた り 起き 立た

︵起 立︶ ば 母知 りぬ べし

出 でて 行か ば 父知 りぬ べし

ぬ ばた まの

夜 は明 け行 きぬ 13︵

・三 三一 二︶ 作者 未詳 訓

字 表 記 は﹁ 起 立﹂ 1例 で あ る

︒作 者 未 詳 歌 の み で

︑八 代 集 に 例 が な い︒ 漢 語﹁ 起 立﹂ は﹁ 起︑ 能 立 也﹂

︵ 説 文︶ の訓 詁に よる 連文 の熟 語で ある

︒﹁ 起 立﹂ は﹁ たち あが る﹂ 意味 であ り︑

﹃文 選﹄

﹃ 玉台 新詠

﹄に 例が ない が︑

﹁先 秦漢 魏 晉 南 北 朝 詩

﹂の 次 の 例 の 他

︑﹁ 全 唐 詩

﹂8 例︑

﹃漢 書

﹄4 例︑

﹃ 後 漢 書﹄ 4例 な ど

﹁二 十 五 史

﹂に 92例 が 検 出 さ れ︑ どち らか とい うと 散文 に広 く用 いら れた 漢語 を翻 読し た例 と思 われ る︒

○ 起立 上著

天︐ 日月 頭上 曒

︒︵ 北 魏詩

仙 道﹁ 化胡 歌七 首﹂

○ 一朝 起立

︐生

枝葉

︐ 有

蟲 食

其葉

︒︵

﹃ 漢書

﹄巻 二十 七 五行 志︶

︵ 13︶ かよ ひゆ く︵ 通行

︶1 例

○ 神代 より

生 れ継 ぎ来 れば

人 さは に 国に は満 ちて

あ ぢ群 の 通ひ は行 け︵ 去来 行︶ ど︵ 4・ 四八 五︶ 舒明

― 81 ―

﹃ 万 葉 集

﹄ に お け る 連 文 の 翻 読 語

(25)

天皇 訓

字表 記は

﹁去 来行

﹂1 例で ある

︒舒 明天 皇 の 例 のみ で

︑八 代 集に も 例 がな い

︒﹁ か よ ひゆ く

﹂は 人 の往 来 の 多さ を﹁ あ ぢ︵ 鴨︶

﹂ の 群 れ る 様 子 に た と え た 表 現 で

︑﹁ か よ ふ

﹂の 訓 字 に

﹁去 来﹂ を 使 用 し て い る

︒﹁ 去 来﹂ は 後 出 の

﹁ さり く﹂ に関 わる 表記 であ るが

︑後 述す るよ うに

﹁去 来﹂ は 時 間や 空 間 の中 で 循 環を 繰 り 返 す語 義 を 持っ て い るた め に用 い ら れ たの で あ ろ う︒ こ こ で は 漢 語﹁ 通 行﹂ を 想 定 す る

︒﹁ 通﹂ は﹁ 人 迹 所 及 為 通

﹂︵

﹃ 荘 子﹄ 注︒

﹃大 漢 和 辞 典﹄

﹁ ある く

︒へ る

︒す ぎ る﹂ の意 味 項 目の 例

︶の 意 味 が あ り︑

﹁ 行﹂ は﹁ 行︑ 歴 也﹂

︵﹃ 国 語

﹄注

︶﹁ 行︑ 由 経﹂

︵﹃ 管 子﹄ 注︶ があ るこ とか ら連 文 的な 熟 語 と 言え よ う︒

﹁ 通行

﹂は

﹁先 秦 漢 魏晉 南 北 朝 詩﹂

﹃文 選

﹄﹃ 玉 台新 詠

﹄に 例 がな いが

﹁全 唐詩

﹂に 2例 見ら れ︑

﹁ 二十 五 史﹂ に は﹃ 史記

﹄の 例 を 始め 252例 が 見 られ る

︒ど ち ら かと い う と散 文 の 用語 であ る︒

○ 臥病 荒郊 遠︐ 通行 小徑 難︒

︵ 全唐 詩 杜甫

﹁王 竟攜

酒 高亦 同過 共用 寒字

○ 城未

下者

︐聞

聲 爭開

門而 待

足下

︐通 行無

累︒

︵﹃ 史 記﹄ 卷八

高 祖本 紀︶

︵ 14︶ きえ うす

︵消 亡︶

1例

︵﹁ けう す﹂ を含 め2 例︶

○ 雪こ そば

春 日消 ゆら め 心さ へ 消え 失せ

︵消 失︶ たれ や 言も 通は ぬ︵ 9・ 一七 八二

︶柿 本人 麻呂 歌集

○ 立ち 走り

叫 び袖 振り

臥 いま ろび

足 ずり しつ つ たち まち に 心消 失せ

︵消 失︶ ぬ 若か りし

肌 もし わみ

﹃ 万 葉 集

﹄ に お け る 連 文 の 翻 読 語

― 82 ―

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