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万葉集における「雲」考

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(1)

﹁ 居 一 一 言 ﹂

i

これは、昭和四十四年度提出の卒論の抜撃である。紙面の都合 上、第一章﹁雲の種類と詠歌数﹂、及び第二章﹁雲についての考 察 ﹂ に し ぼ っ て 述 べ る 。 一 、 雲 の 種 類 と 詠 歌 数 万 葉 集 は 、 そ の 本 質 に つ い て 、 ﹁ 生 の 直 接 的 表 現 ﹂ で あ る と か 、 ﹁ 生 々 し い 感 動 ﹂ で あ る と か 言 わ れ て い る 。 又 、 作 家 態 度 が 現 実 的 写実的で、その歌は現実生活における感動をす乙しも飾らず、大胆 率 直 に 表 現 し た も の で あ る ・ 故 に 、 そ こ に と り あ げ ら れ た 題 材 は 、 後世の和歌のように、いわゆる花鳥風月に限定、固定しないで、自 由 に 歌 の 題 材 と し て 自 然 及 び 人 生 に 美 を 見 出 し て い る 。 と の よ う な 性 格 の 万 葉 集 の 総 歌 数 四 五 一 六 首 中 、 な ん ら か の 形 で 雲 が 詠 み 込 ま れ て い る も の は 、 一 九 八 首 で 、 そ の 比 率 は 全 体 の 四 ・ 三八%である・︵なお、一九八首中には、一首中に二回あるいは三 回、雲が詠み込まれているものもあるが、比率は、全部を一首とし で 計 算 し た ︶ 次に示すのは万葉集に詠み込まれている雲の種類と、その詠歌数 で あ る .

表 雲必一にぬぐも︵布雲︶

1

一 八 雲 さ す

1

一 雲 の 波

1

あ 骨 一 一 一 旦 明 雲 ︶

1

一 八 重 雲

1

一 雲 居 な す

3

一 雲 離 れ

1

一 申 ふ ゐ る く も 一 一 天 雲 m U 一 タ 居 雲

1

一 青 雲 の

1

一 雲 間

ι

2

τ & と f も 一 一 青 雲

4

一 東 細 布

1

百雲隠り

b i

雲 居 m 山 下 雲

1

一 天 雲 の 位 一 八 重 雲 隠 り

1

一 雲 居 隠 り

2

白 雲 m m 百雲の

3

雲隠り︵る﹀お罰

I

l

− −

w

豊 旗 雲

1

一 浪 雲 の

1

一 雲 の 衣

1

︵ 重 複 8

表からわかるように、単なる﹁雲﹂が六十五首と最高を占め、以 下は﹁天雲﹂、﹁白雲﹂、﹁雲隠り︵る﹀﹂、﹁雲居﹂という順位 になっている。その他にも﹁青雲﹂、﹁朝雲﹂、﹁豊旗雲﹂、枕詞 の﹁天雲の﹂、﹁白雲の﹂などがあり、このことからも万葉人の雲 に対する関心が窺われるといえよう。乙の中でも特に詠歌数の多い ﹁ 雲 ﹂ 、 ﹁ 天 雲 ﹂ 、 ﹁ 白 雲 ﹂ に つ い て 考 察 し て み た い . 二 、 雲 に つ い て の 考 案 ー 、 ﹁ 雲 ﹂ 第 一 表 に 示 し た ど と く 、 ﹁雲﹂は六十五首と最高を示している

(2)

巻十五、十六を除いたすべての巻に、一乃至九の用例がみられる。 それでは乙れを部立別にみるとどのようになるであろうか。 二一一寸

τ

寸第

1

竺|三

l

l

2

"

1

立 名 及 び 詠 歌 数 表 挽歌

2

雑歌

2

挽歌

2

四 相関

6

五 雑 歌

2

雑歌

3

六 雑歌

1

七 j

秋雑歌

4

九 十 春相

1

夏雑

1

冬雑→ 部 立 名 及 び 詠 歌 数 古今相関往来歌類之上

6

︵ 寄 物 陳 思

6

︶ 古今相関往来歌之下

4

、 寄 物 陳 恩 歌

1

’ ﹁ 問 答 歌

1

戸 ﹁ 露 旅 発 思

1

﹂ , 悲 別 歌

1

、 挽歌

1

相聞歌

1

東 歌 ? ︵ 未 勘 国 相 関 往 来 歌 ﹀ 宅i , , ところで万葉集の主な都立としては、雑歌、相問、挽歌の三つを あげる乙とができる。しかし、巻ごとに分類基準が異なっているた め部立による分類は整然としていない。だが、部立を考える場合、 分類基準に混乱がみうけられるとしても、大体、雑歌、相問、挽歌 の三種に分けられるとみてよいと思う。︵くわしくは提出の論文を 参照していただきたい︶ よって﹁雲﹂の部立内訳は、

1第 表 四

_

6

I

_

J

? 歌 間一挽

2

5

31 となる。相関歌が三十二自と最も多く、次が雑歌二十五首、挽歌九 首 の 順 で あ る 。 相聞に詠まれた︹雲﹂が一番多いが、その内容は恋の歌二十九 首、それ以外の歌二首であって‘恋の歌が圧倒的多数を占めている といえる。だが、恋の歌以外のものも相聞の中に含まれていること は、万葉集の相聞歌が単に恋の歌のみにとどまらずに、もっと幅を もったものであるところの所以であろう。 圧倒的多数を占める恋の歌二十九首に詠み込まれている﹁雲﹂に ついて内容的に検討してみよう。

AF − − ! 2 1 1 E L r 一

(3)

表 I 6 5, 4, 3, 2, 1 I ( 脇 実 月 羨 人 警 | | 役 景 に ま を 喰 ! | 的 の た れ し 的 な 雲 な る の 役 !雲 び 存 ぶ 割 : く 在 も の

I

雲 の の 雲 |雲 と !

l

l て l の | 畳ま 川 内 首

6

4

3

1

1

一 民 岡 一

このうち一番多いのは、ーの警験的役割の雲で、雲のもつ性格や 状態を警験的にとらえそれを恋慕の情の表現としたものである。 大 伴 坂 上 家 之 大 娘 報 一 一 腫 大 伴 宿 繭 レ 家 持 一 歌 f + か す が や ま あ き た つ く も の ゐ ぬ ひ な く み ま く の ほ し き き み に も あ る か も 巻 四 時 春 日 山 朝 立 雲 之 不 居 日 無 見 巻 之 欲 寸 君 毛 有 鴨 ; は、﹁春日山に朝立つ雲の居ない日の無いように、いつもお会いし たい君である乙とよ﹂の意で、雲の﹁居ぬ日無い﹂という性格をと らえ、﹁春日山朝立つ雲の居ぬ日無く﹂という序詞によって、警験 的に作者の心が表現されている。このような例は他にも、 中臣女郎贈ニ大伴宿繭家持一歌 ー か す が や ま あ き ゐ る く も 白 お ほ ほ し く こ ふ る も の か も 巻 四

ι

春 日 山 朝 居 雲 乃 欝 不 知 人 爾 毛 恋 物 香 一 間 大伴宿繭千室歌一首 3 か く の み に と ひ や わ た ら む あ き つ 白 に た な び ︿ ︿ も D T f と ま な し に 巻 四 以 如 此 耳 恋 哉 将 度 秋 津 野 爾 多 奈 引 雲 能 過 跡 者 無 ﹁ 一 大伴宿禰像見詞 ︿もりしくしくにわれはこひますっきにひに? 巻 四 例 訳 出 野 爾 朝 居 雲 之 敷 布 二 吾 者 恋 益 ォ 月 二

F

﹁ 一 身 ﹁ 一 d l あ を ね る に た な び ︿ ︿ も 。 巻 十 四 矧 安 乎 繍 目 爾 多 奈 縛 久 君 母 能 伊 佐 欲 比 爾 物 能 乎 曽 於 − も ふ と し 白 こ の ご ろ 毛布等思乃許能己呂 五 第 があるが、いずれも雲の﹁おぼぼしい﹂、﹁過ぎる﹂、﹁しくしく たる﹂、﹁いさよう﹂状態をとらえ、その雲の状態を借りて、序詞 によって作者の恋慕の情を表現しているといえる。 ところで盛一機的役割の雲のうち気付かれることは、序詞が用い られている例が多いことである。十四首中、十一首に序詞に雲が用 いられている。このよペに恋慕の情の壁冒険的表現に雲をつかった序 詞を用いたことは、どのような意図が隠されているのであろうか。 相聞歌特に乙の場合、恋の歌においては、自分の心を如何に相手に 訴え、聞きとどけてもらうかが重大なことであるだけに、その訴え る効果の大なる表現が必要とされる。そこで雲が詠者の要求にかな ったものとして取り上げられ、恋の歌の表現に一役かったのではあ るまいか。境回四郎氏も﹁枕詞と序詞﹂︵万葉集大成

6

言 語 篇 参 照︶の中で述べられているが、序詞の表現に雲を用いることは、習 慣的なものとなっていたことも十分考えられる。だが習慣的なもの となっていたことは、序詞の表現に雲を用いることを当時の人々が 率直に受け入れたためであり、それは詠者の要求にかなっていたか ら と そ で あ ろ う 。

2

の﹁人をしのぶものとしての雲﹂は六首である。例えば次の三 首 を み て み よ う 。 R J ︾ ぁ “ お も D b す 凡 ケ L ぜ 主 く こ ま ら り 巻十四矧冊我於毛汁和須祉制午之た胡恒久冊岡山政舟利 も を み つ つ し 向 ば せ 毛乎見都追之努波世 つ し ま 白 ね は し た ぐ も あ ら な ふ 対馬能欄波之多具毛安良南敷 ︿ も を み つ つ し 血 ぽ も 君毛乎見都追思怒波毛 お も が た 白 わ す れ む し だ は 於毛可多能和須礼牟之太波 巻 十 四 3516 か む 四 ね に 可牟能繭爾 巻 十 四 3520 お ほ 白 ろ に 於抱野呂爾 ね に た っ く 繭爾多都久 た な び く 多奈輝久 た な び ︿ く 多奈縛久君

(4)

も を み つ つ し 血 ば む 母乎見都追恩努波牟 以土三首とも東歌であるが、﹁私の顔の思い出せなくな﹄った時一に は、地上から湧き上って嶺に着く雲を見ながら私をしのんで下さ

F h B U 4 ’ い﹂一引一とうたい、﹁対馬の国の山には、下の方の雲がありはしな い。れ故、上の山にたなびく雲をみながら妹を思おう﹂︵制︶と答 え、また﹁顔の形が忘られる時は、大野にたなびく雲をみて思いし のぼう﹂一四一とうたっている。﹁嶺に立つ雲をみつつしのばも﹂﹁ d r n ベ リ 司 、 だなびく雲をみつつしのばも﹂と用いられた表現は、東歌が東国地 方の民謡である乙とから、習慣的表現であったのであろう。

3

の﹁羨まれる存在の雲﹂の例としては四首みられる。例えば、 次 の 二 首 を み て み よ う 。 巻 回 開 安 貴 王 詩 一 首 み そ ら ゆ く く も に も が も た か と ぶ と り に も が も ー 水 空 往 雲 爾 毛 欲 毛 高 飛 鳥 爾 毛 欲 成

l

r 0 ・P 与凶ヱクあまと Z , 、 も C E D 4 5 5 : LLPr ー 哨 f b ト l a 内 b 司 ﹀ ’ p h f E 巻 十 一

m

なかなか会えないことを嘆く心から、空をゆく雲でもありたいと願 った歌であり、雲の﹁動く﹂性格に注目して詠んだものといえる。 このように空を自由に渡る雲や烏を見て羨む心は自然に起りうるも のであり、交通の困難な状況にあった当時の人の偽らざる心境であ っ た ろ う 。

4

の﹁月にたなびく雲﹂の歌は二首みえる。これは月に雲がたな び く の を 嫌 っ た も の で あ り 、

2

の場合が雲の出現を喜ぶものである に対しで、とれは相反する態度のものといえる。 。とほきいもがいりさけみつつし血ぷらむこりっきのおもにくもなたな 巻 十 一 仰 遠 妹 振 仰 見 偲 是 月 面 雲 勿 棚 引 月 に 対 し て 速 く に い る 人 を 岡 山 う と い う の は 本 能 的 な 感 情 で あ っ て 、 それを妨害する雲が乙の場合嫌われたのもなるほどと思われる。万 葉人は雲によって人をしのぶ気持を有する一方、月を見で恋人を思 う時には雲を嫌う気持も併せ持っていたと思われる。

5

の 実 景 の 雲 と し て は 一 首 、 J O ま き b ︿ 白 あ な LD ゃ ま に く も ゐ つ つ あ め は ふ れ ど も ぬ れ つ つ ぞ こ し 巻 十 二 仰 纏 再 之 痛 足 乃 山 爾 雲 居 乍 雨 者 難 零 所 泊 乍 烏 来 が あ る 。

6

の 脇 役 的 な 雲 の 例 と し て 一 首 、 η 乙 き そ こ そ は こ る と さ ね し か く も り う へ ゆ な き ゆ く 巻十四奴伎曽許曽波児呂等左宿之香久毛能字倍由奈伎由久 た づ の ま ど ほ く お も ほ 中 多豆乃麻登保久於毛保由 があり、﹁雲の上ゆ鳴きゆく鶴の﹂が﹁遠く﹂にかかる序詞となっ ている。雲はこの場合﹁鳴きゆく鶴﹂の位置を示すためのものであ って、表立った役目は持っていず、脇役的な雲といえよう。 以上、﹁雲﹂の用例数の一番多い相聞の部立についてその内容を みてきたが、次に多いのは雑歌の二十五首である。雑歌お首に詠み 込まれている雲の内容を示すと次の通りである。 表 6 5 4 3 2 1 そ 使 無 脇 実 物’ の 者 常 役 景 山 月 を 引iIと 接 的 の と と か し 感 な 雲 雲 雲 く て じ 雲 す の さ ( 雲 せ に る た

~I

7

首 一 ︵

4

︶ 一 ︵

3

︶ 一

6

首 一

3

省 一

2

昔 自 一

1

首 一

6

首 一 計 お 首 一 ... ノ、 第

(5)

ーの﹁物をかくす︵にたなびく︶雲﹂の七例中、まず@月号かく す ︵ に た な び く ︶ 雲 は 四 例 で 、 春日蔵歌一首 。 , , て る つ き を ︿ も な か く し そ し ま か げ に わ が ふ ね は り 陣 l 巻 九 例 照 月 遠 雲 莫 隠 烏 陰 爾 吾 船 将 極 留 不 知 型 の場合、月光をたよりに泊地を求めようとしている。おりしも浮雲 が漂ってその月が隠れようとする心ぼそさが感じられる歌である。 大伴家持秋歌 。,あめはれてきよくてりたるこ白つくよまたさらにして︿もなこ tR 巻 八 四 雨 晴 而 清 照 有 此 月 夜 叉 更 而 雲 勿 聞 記 引 は、雨が晴れて清く照っている此の月に、又再び雲ょたなびくなと 願っているロ雲と月との関係は相聞歌にも現われたものであり、い ずれも雲は月にとって好ましからぬ存在のものとなっている。山を 雲がかくす︵山に雲がたなびく︶一例としては三首ある。 額 国 王 下 一 一 近 江 国 一 時 作 歌 井 戸 王 即 和 歌 しばしばもみさけむやまをことろなく 数数毛見放武八万雄情無 く も の 雲 乃 かくさふベしゃ 隠障倍之也 巻 一 行 味 酒 反 歌 み わ や ま を し か も か く す か く も だ に も こ こ ろ あ ら な も が く さ ふ や 巻一一間三輪山乎然毛隠賀雲谷裳情有南畝苛苦佐宥倍思哉 A 守 を と め ら が は な り の か み を ゆ ふ り や ま ︿ も た た な び き い へ り あ た D み r 巻 七 由 来 通 女 等 之 放 髪 乎 木 綿 山 雲 莫 蒙 家 当 dfJ 見 げでは見たいと思う三輪山を、雲が﹁情なく﹂隠してしまうその無 情を恨んだもので、擬人的表現が用いられている。叩はその反歌 o n 斗 白

M

は旅にあるものがその故郷の目標となるゆふ山を眺めて雲のかか らぬように願ったもので、雲が山をかくしたり、山にたなびくこと は こ の 場 合 好 ま し か ら ぬ 乙 と で あ っ た 。

3

の ﹁ 脇 役 的 な 雲 ﹀ は 三 首 あ る 。 右大臣橘家宴歌七首 4 ・ く も の う へ に な く な る か り 白 と ほ け ど も き み に あ ま む と た も t 孟 り つ 巻 八 旬 雲 上 爾 鳴 奈 流 雁 之 難 ぜ 主 将 抽 出 T M 凶 和 一 色 についていえば、﹁雲上爾鳴奈流雁之﹂は﹁難遠﹂にかかる序詞で あり、こ乙での雲は雁の位置を示すための脇役であるといえる。

4

の 無 常 を 感 じ さ せ る 雲 の 例 と し て は 、 弓 削 皇 子 遊 ニ 吉 野 一 時 御 歌 一 首 ﹀ − ﹄ 雪 白 う へ 白 み ら h A O ゃ ま に ゐ る く も の つ 泊 三 あ ろ y と フ 広 i こ 巻 三 加 滝 一 ー 上 E 之 己 一 品 乃 山 爾 居 雲 乃 諮 軍 事 不 完 勝 のように﹁雲は常あるものであるが其の雲の如く常ありとは思えな い ﹂ と 雲 に 稔 え て 世 の 無 常 を 嘆 い て い る 。

5

の使者としての雲は一例 4 1 か ぜ く も は ふ た つ り き し に か よ へ ど も が と ほ ま の こ ET 怜 巻 八 悦 風 雲 者 二 岸 爾 可 欲 倍 野 母 吾 遠 嬬 之 事 島 別 品 この臼の歌は風雲を遠方へ音信を通ずる使者と考えた例で、漢文学 か ら き た 発 想 と 思 わ れ る 。 最後に挽歌九首についてみよう。先に相聞の﹁雲﹂のところで、 雲を見て恋人を連想し、相手をしのぶという発相があるととを述べ たが、この挽歌においても同じような発想がみられる。それは雲に よ っ て 死 者 を し の ぶ と い う も の で 、 例 え ば 、 7 ’ こ も り ︿ 旬 は っ せ り ゃ ま に か す み た ち た な び く く も は い む 巻 七 叩 滋 口 乃 泊 瀬 山 爾 霞 立 棚 引 雲 者 妹 爾 鴨 在 町 は、雲をみて、死んでしまった恋しい妹に思いそはせている。その ﹀ ︾ f D E J

B 他 に も 、 巻 三 位 、 巻 七 初 、 巻 十 三 位 な ど が あ る が 、 町 山 の 題 詞 に ﹁ 土 q d 形娘子火ニ葬泊瀬山一時柿本朝臣人麻呂作歌一首﹂とあるごとく、 挽歌の雲には、火葬の煙との関係が大である乙とが気づかれる。﹁ 続日本紀﹂に、火葬は文武天皇四年に僧道昭を火葬したのが最初で あ る と − 記 載 さ れ て い る が 、 そ の 是 非 は と も か く 、 火 葬 と い う こ と が

(6)

目新しい時代にあっては、死者がみるみる煙を化するのを見ると、 上代よりの信仰に支えられてその煙を雲と見、雲に魂を感じるとい う こ と は 、 自 然 な あ り う べ き 乙 と に 思 え る 。 ﹁大雲﹂ 第一表に示した如く、﹁天雲﹂の万葉集中における詠歌数は二十 九 首 で あ る が 、 そ れ を 各 巻 ご と に み る と 次 の よ う で あ る 。 2

との表でもわかるように、巻一、六、八、十二、十五、十七、十八 以 外 す べ て の 巻 に 、 一 乃 至 五 の 用 例 が あ る 乙 と が わ か る 、 そ れ で は ﹁ 天 雲 ﹂ の 部 立 は ど の よ う な も の が あ る で あ ろ う か 。 巻 一 部 立 名 及 び 詠 歌 数 一 巻一一丁挽歌

3

首 一 三一雑歌

3

挽 歌

2

一 四一相関

1

五一雑歌

1

七一審喰歌

2

九一一雑歌→挽歌

1

十一春雑歌

1

秋雑歌

2

十一一古今相聞往来歌 十三一雑歌

1

挽 歌

2

十四一東歌

1

二 十 十 十 九 六 1 3有 由 縁 雑 歌 乙れをながめてみると、天雲は巻一の雑歌や巻二の相聞になく、挽 歌に集中していることがわかり、乙の諮が挽歌のもつ儀礼性と何ら かの関係があるのではないかという推測がもたれる。﹁天雲﹂の部 立 内 訳 は 、 次 の 通 り 。

τ

F

歌一相 首 一

8

首 一 日

竺|九

2

9

﹁ 天 雲 ﹂ ﹁ 天 雲 ﹂ は 挽 歌 の も つ 儀 礼 性 と の 関 係 が 強 い よ う に 思 い 、 の 詠 み 込 ま れ た 挽 歌 に つ い て み て み よ う と 思 う 。 日並皇子尊療宮之時柿本朝巨人麿作歌 7 よりあひ白きはみしらしめすかみ町みとととあまぐもの 巻 二

M

l

天 地 之 依 相 之 極 所 知 任 神 之 命 等 天 雲 之 八 へ か き わ け て か む く だ し い ま せ ま つ り し た か て ら す ひ の み と は 重 鑑 別 而 神 下 座 奉 之 高 照 日 之 皇 子 波

l

乙の歌の内容は天孫降臨についていったものであって、﹁天雲之八 重掻別而﹂とは、﹁天の雲の幾重にも重なっているのを分けて﹂と いう意味である。﹁略解﹂に、﹁天雲之八重掻別而﹂について、﹁ 神 代 記 、 祝 詞 な ど 同 じ 士 口 言 也 ﹂ と あ る 。 ﹁ 天 雲 ﹂ の 使 い 方 に 神 話 的 匂いが感じられるところであるが、他の挽歌についてはどうであろ う か 。 高市皇子尊城上演宮之時柿本朝巨人麿作歌 ? に い ぷ き ま ど は し あ ま い も も 除 、 一 子 巻 二 何 神 風 爾 伊 吹 惑 之 天 雲 乎 日 之 白 毛 不 A P 党 ととやみに 常闇爾

(7)

おほひたまひて 覆 賜 市

1

歌の意は、﹁伊勢の神宮から神風が吹き惑わし、日の光も見せず天 雲を以って真閣におおいなされて﹂であるが、乙の歌の場合も、前 の仰と同様、内容は神話的性格を帯びたものである。また − ﹀ お ほ き み 一 ほ か み に し ま ぜ ば あ ま ぐ も の い 号 、 ぶ し た 乙 h ︿りたま少白 警 原 王 者 主 西 座 者 天 雲 之

E

司口重土木骨骨晩蜘 t おほきみはかみにしませぽ にあるように、﹁王者神西座者﹂と歌ったのは、それが当時の 一 般 的 信 仰 で あ っ た 乙 と を 物 語 る も の で あ る 。 挽 歌 の 歌 は 他 に 、 石田王卒之時丹生王作歌 − J く や し き こ と り よ 白 な か り く や し き こ と は あ ま ぐ も り そ く 巻 三 相

l

天 地 爾 悔 事 乃 世 間 乃 悔 言 者 天 雲 乃 曽 久 へのきはみあめっちのいたれるまでに 倣 能 極 天 地 乃 至 流 左 右 二

i

天平元年己巳摂津国班田史生丈部龍麿白経死之時判官大伴宿 繭三中作歌 2 J ぐ も の む か ぶ す く に 自 も D O ふといはれしひとはすめらぎの 巻 三 組 天 雲 之 向 伏 国 武 士 登 所 剤 入 者 皇 祖 神 之 御 門 に と 白 へ に た も さ も ら ひ 爾 外 重 爾 立 候

l

過 こ 芦 屋 処 女 墓 一 時 作 歌 4 t た ま ぼ こ の み ち 町 へ も か く い は か ま へ つ く れ る 巻 九

m

l

玉 梓 乃 道 辺 近 磐 構 作 家 失 天 雲 之 退 部 の か ぎ り ゆ く ひ と ご と に ゆ き よ り て 乃 限 此 道 牟 妾 人 毎 行 因 l , b つるぎたちとぎしことろをあまぐもにおもひはふらし 巻 十 三 知

i

初 刀 磨 之 心 乎 天 雲 爾 念 散 之 展 転 ひ づ ち た け ど も あ き た ら ぬ か も 土打開穴梓母飽不足可聞 な ど が あ る 。 さて、﹁天雲﹂の使い方において、神話の関連がみられるととは 先に述べた通りである。﹁天雲﹂の﹁天﹂という語は、﹁万葉集辞 典 ﹂ ︵ 佐 々 木 信 綱 著 ︶ に よ る と 、 ﹁ 大 空 、 天 つ 神 の 居 処 ﹂ を 一 示 す も のであるとされている。﹁天﹂に﹁天つ神の居処﹂の意があること は、﹁天雲﹂の神話性という問題に根拠を与える乙とになるであろ

’ つ 。

また﹁天雲﹂という語が使われる時、それは﹁天雲の八重﹂、﹁ い ほ へ 天雲の五百重﹂というように使われ、﹁幾重にも無数に重なってい る﹂描写をしている。乙れは儀礼歌などによく用いられる表現であ って、その表現は漠然とした感じをもっている。乙の漠然とした表 現が神話の叙述に適合するのではあるまいか。儀礼的な歌という性 格上、明確、直接な表現よりも、漠然とした表現の方が神話の叙述

l

儀 礼 歌 に は ふ さ わ し い も の で あ っ た ろ う 。 と乙ろで、歌体の方からながめると、﹁天雲﹂が詠み込まれてい る挽歌のうち、ほとんどが長歌であることに気付く。短歌は八首中 一首を数えるのみである。なぜ圧倒的に長歌に﹁天雲﹂は詠まれて いるのであろうか。それは、長歌が儀礼の場でよく用いられた歌体 であることと関係してくるようである。﹁天雲﹂はその用いられ方 に儀礼歌との関係がみのがせなかったが、その性格が、﹁天雲﹂が 長 歌 に 多 く 詠 ま れ て い る 理 由 と 恩 わ れ る 。 このように﹁天雲﹂は挽歌の儀礼性と関係の深い位置にあり、﹁ 天雲﹂は儀礼歌の中に現われた歌語といえよう。いずれにしても、 ﹁天雲﹂と挽歌とは関係の深い立場にあり、﹁天雲﹂は儀礼歌の中 に 現 わ れ た 歌 謡 と い え よ う 。

3

,

白 雲 ﹂ ﹁白雲﹂が万葉集中に詠み込まれた歌の詠歌数は二十八首であっ

(8)

て、﹁天雲﹂の詠み込まれた歌の詠歌数の二十九首とほとんど同数 といえる。﹁白雲﹂の各巻ごとの出度数はどのようであろうか。

EZ

3

7

1Z17

3

1

一 ー

比 一

千 ー

4

1

右 の 表 を み て わ か る こ と は 、れ一巻、が歌たま「込み詠の」雲白、 二 、 十 一く、はで巻の他のそ\ノなた、っまに十二、九十、六十一 乃 至 五 の 用 例 が み ら れ る と と で あ る 。 そ れ で は 「 白 雲 」 の 詠 み 込 ま れ た 巻 の 部 立 と 、 詠 歌 数 を み て み よ う 。 九 八 七 六 五 四 三 巻

重喜襲撃童福重

2 2 1 1 3

5

名 十八十七 十 十 十 十五 四 三 二 十

1 4 1

東歌換歌 吉相今関秋 部 立

2 1

雑歌 碕旅往

冬 名 及 び 恩発 雑歌

1 1

下 こ れ を 部 立 別 に 合 計 す る と 次 の 通 り で あ る 。

一 円

首 一

6

3

一 お

首 一

雑歌が十九首と最高を占め、あと相聞六首、挽歌三首となってい る ここで注目されるととは、﹁白雲﹂においては、詠歌数の最高を 占めているのが雑歌であるととである。﹁白雲﹂が雑歌に多く詠ま れたことは、如何なる理由によるのであろうか。﹁天雲﹂と挽歌と の 関 連 が み ら れ る こ と を 先 ー に 述 べ た が 、 ﹁ 白 雲 ﹂ と 雑 歌 の 場 合 に も 何らかの関連が見られるのではないだろうか。﹁白雲﹂の詠まれた 雑 歌 に つ い て み て ゆ く と と に す る 。 一 一 ﹁天雲﹂が儀礼歌の中に現れ、その表現は漠然としたものである ζ とを述べたが、﹁白雲﹂の場合は﹁天雲﹂と違って、現実味を繕 び た 表 現 の よ う で あ る 。 詠 レ 雲 o f おほうみにしまもあらなくにうなばら白たゆたふなみにたてるしらくも 巻 七 閃 大 海 爾 島 毛 不 在 爾 海 原 絶 培 波 爾 立 有 白 雲 釈通観歌一首 2 J み よ L Q D たかきりゃまにしらくもはゆきはばかりてたなびけり、長ゆ 巻三収見吉野士宮同一城乃一山爾白雲者ー行骨而榔引所 J 見 などは叙景歌といってよいものであって,そ ζ に詠み込まれた﹁白 雲﹂の﹁白﹂という色彩表現が、情景を具体的にしている。 Q J ’ また閃の歌で、﹁大海に島もないものを海原のゅうめいている浪 に立っている白雲よ﹂と怪しんでいるけれども、当時の人は、雲と いうものは山の上に立つものと患っていたためである。﹁白雲トを 例にとれば、﹁白雲﹂の詠み込まれている歌には、山がよく詠み込 まれている。既に例にあげた却の歌には﹁高城の山﹂という語があ り 、 そ の 他 、 春 日 王 奉 レ 和 歌 2 J お ほ き み は ち と

e

に ま さ む の ま に た ゆ る ひ あ ら ち ゃ 巻三山王者千歳爾麻佐武三船乃山爾絶日安良山本世

ι はしだてのくらはしゃまにたてるくもみまくのほりーつがするな. 巻 七 お 橋 な 倉 椅 山 立 白 雲 見 欲 野 町 吋 荷 たてる 立

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し ら ノ ﹀ も 白 雲 にも、﹁三船の山﹂、﹁倉はし山﹂などという語がみえる。﹁白 雲﹂の詠み込まれている全歌についてみると、﹁山﹂という語が共 に詠み込まれているものは、二十八首中、十六首に及ぶ。つまり、 ﹁ 山 ﹂ の な い 歌 の 中 に も ﹁ 白 雲 ﹂ は 詠 み 込 ま れ て い る け れ ど も 、 一 般に﹁白雲﹂と﹁山﹂とは関係の深い立場にあるといえよう。また ﹁白雲﹂と対比させて、﹁青山﹂という使い方がみられる。そのよ う な 歌 と し て は 、 湯原王宴席歌

過 ニ 辛 荷 島 一 時 山 部 宿 繭 赤 人 作 歌 カ ら 亡 の L ま の し ま 白 ま ゆ わ ぎ へ を 巻 六 叫 l 辛再乃島之島際従五ロ宅乎見者青山乃曽許十方 み え ず し ら く も も ち へ に な り き 向 不 見 白 雲 毛 千 重 爾 成 来 沼

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があげられる。つ臼﹂と﹁青﹂とが対比してさながら、その情景が 日にうつるようである。このように﹁白雲﹂は現実味を帯びた具体 的 な 表 現 を な し て い る と い え よ う 。 今まで、雑歌の部立に含まれる﹁白雲﹂についてみてきたが、な ぜ﹁白雲﹂が雑歌に多いかという乙とにつけては次の理由があげら れる。相聞・挽歌が行情歌を主としているのに対して、雑歌は叙景 歌 手 ︸ 主 流 と し て い る と い 日 え る が 、 前 に 述 べ た よ う に 、 ﹁ 白 雲 ﹂ は 具 体的、情景描写的であり、乙の具体的、情景描写的な﹁白雲﹂の性 格 が 、 雑 歌 の 叙 景 歌 的 性 格 と 一 致 す る た め で あ ろ う 。 結 論 万葉集に詠み込まれている雲についてわかったことを総合すると 次 の 如 く に な る 。 万 葉 集 に 詠 み 込 ま れ て い る 雲 の 詠 歌 数 は 一 九 八 首 で 、 全 一 詠 歌 数 の 四・三八%である。その中でも特に﹁雲﹂、﹁天雲﹂、﹁白雲﹂、 ﹁雲隠り︵る︶﹂、﹁雲居﹂が多く、万葉人の雲に対する関心が高 か っ た こ と を も の が た つ て い る 。 ﹁雲﹂の用例六十五首の部立内訳は、相聞が三十一首で一番多 く、次が雑歌、挽歌の順となっている。一番多く詠み込まれている 相聞は恋の歌が圧倒的で、﹁雲﹂が恋の歌の題材としてふさわしい ものであったといえる。また挽歌の﹁雲﹂に、雲によって死者をし の ぶ と い う 発 想 が み ら れ る 乙 と は 注 目 さ れ る 。 ﹁天雲﹂の詠歌数は二十九首で、挽歌の儀礼性との関連がみられ るロそれは﹁天雲﹂の語の持つ漠然とした性質が儀礼歌にあってい たためであろう。そして挽歌の歌体はほとんどが長歌であって、こ れは長歌が儀礼の場でよく用いられた歌体である乙とと関係するロ ﹁白雲﹂の詠歌数は二十八首で雑歌に多く詠み込まれている。そ れは﹁白雲﹂の﹁白﹂という色彩表現からもわかるように、﹁白 雲﹂は具体的、情景描写的性格を有している。つまり、この具体 的、情景描写的な﹁白雲﹂の性格が雑歌の叙景歌的性格と一致する ためであろう。また、﹁白雲﹂は﹁山﹂と一緒に詠み込まれている 例 が 多 い 。 以上、第一章、第二章について述べたが、第三章、雲と枕詞、第 四 章 、 ﹁ 雲 隠 ﹂ 、 ﹁ 雲 居 ﹂ に つ い て は 、 提 出 の 卒 論 を 参 照 願 い た い 。

参照

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