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万葉集における梅の歌考

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Academic year: 2021

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(1)

万葉集における梅の歌考

序 万葉集には多くの植物が素材として用いられているが、 中で梅は集中

K

一 二

O

首詠歌がみられ、これは萩の一四一 首

K

次ぐ数となっている。一方、桜の詠歌は四十二首で梅 の約三分の一にしか満たない。 平安・中世の時代にあっては、花といえばそれはそのま ま桜を指すほど、桜は百花の中で最も人々に愛好されてい た。そして現代

K

おいても尚その愛好は変わるところがな い。ところが、先

K

示した如く万葉集を見る限り梅と桜の 愛好の程度が逆転していたかのような様相が詠歌数の上に 表われている。詠歌数だけから判断すると、万葉の人々は 桜よりも梅を愛好していたかのように思われるが、果して 実際そうであったのだろうか。そしてもしそうでなかった のなら、なぜに一二

O

首もの多くの梅の歌が万葉集におい て詠まれることとなったのであろうか。 私は以上のよう左疑問を端緒として、万葉集の梅の歌に 関して考察していこうとするものである。すなわち、まず

二十八回生

第一章では第二章以下の前提として、万葉集の梅の詠歌数 について検討し、梅の生態

K

触れる。第二章では万葉集の 梅の歌の特徴を探ると共に、梅の歌の多い原因

K

ついて考 察する。そして第三章では、巻十の四季分類の巻

K

おける 梅の歌の分類意識

K

ついて探ってみる。 本 論 -6

第 一 章 梅 の 詠 歌 数 と 梅 の 生 態 ︵ 略 ︶ ︵ 概 略 ︶ 本章ではまず万葉集の梅の詠歌数を一二

O

首と決定した。 とれは万葉集総数の一一、六六%にあたる。各巻どとの詠歌 数は左表の通り。 3 37 23 2

(2)

ま た 、 侮 の 生 態 に 関 し て は 、 特 筆 す べ き は 、 梅 が 中 国 原 産 の 植 物 で あ り 、 日 本 へ 渡 来 じ た の は 藤 原 京 頃 で る っ た 点 が挙げられる。 第 二 章 梅 歌 の 特 徴 と 梅 歌 の 多 い 原 因 第 一 節 梅 歌 の 特 徴 万 葉 集 に お い て 梅 は ど の よ う

K

詠 じ ら れ て い る の だ ろ う か 。 そ し て そ こ に は ど の よ う な 特 徴 が 見 出 さ れ う る だ ろ う か 。 本 節 で は 、 梅 歌 を 素 材 を は じ め そ の 他 い く つ か の 角 度 か ら 見 て い き な が ら 、 古 今 和 歌 集 の 梅 の 歌 と 比 較 し つ つ そ れらを探っていきたい。 ま ず 、 古 今 集 の 梅 歌

K

ついて少しふれておく。古今集で は梅は三十首詠まれている。これは総歌数の二、七パーセ ント

K

あ た り 、 割 合 の 上 で は 万 葉 集 と 大 体 同 率 で あ る 。 梅 は桜

K

次 い で 多 く 詠 ま れ て い る 植 物 で あ る の だ が 、 そ の 数 は 桜 の 半 数

K

も満たないのである。 き て 、 次 よ り 梅 歌 の 中 の 梅 以 外 の 素 材 を 見 て い っ て み よ う 。 両 集 と も 数 の 多 い 順 に 表

K

まとめてみた。 万 葉 集 で 一 位 と な っ て い る の は 雪 で あ る 。 梅 の 開 花 期 と 降 雪 の 時 期 と の 時 期 的 な 重 な り は 大 き い と は い え 、 古 今 集 をみると雪は四位五例であり、割合としても少ないから、 万 葉 集 で 雪 と の 詠 み 合 わ ぜ の 多 い 事 は 一 つ の 特 徴 と し て 挙 げ ら れ る だ ろ う 。 実 際 の 歌 を 見 る に 〔表1

J

万葉集 10 7 6 5 4 3 2 1 順位 3 4 5 6 7 12 13 31 数 恋 夜 里 材 野 震 〔表2〕古今集 2

I

1

l

順 位 6

I

13 ~数

;

1

1

:

4

5 一雪袖 6 3 夜 20 14 順 位 1 2 数 縄 霧 標 天 旅 都 松 夢 ,鳥 日 蓑 酒 蕗 杯 ,,、、 ネ土 香 垣 −袖 材 」J 磯 霜 遊 露 -7

8 7 1 2 鏡 恋 か た み 山 糸 相P 里 月 笠 天 か ざ し 川

(3)

わが闘

K

梅の花散るひきかたの天より雪の流れく るかも わが岳

K

K

咲ける梅の花残れる雪をまがえっる か も わが屋前の冬木の上に降る雪を梅の花かとうち見 つるかも 今日降りし雪

K

競ひてわが屋前の冬木の梅は咲き

K

け り 梅の花の散り乱れるのを雪の降りくる様に見たてたもの、 残雪の庭

K

盛に咲く梅の情景、降る雪を梅の花

K

見たてた もの、雪に競って咲く梅など、その他様々である。 それら三十一首を次の三つに大別してみた。

ω

梅の花の散るのを降雪

K

たとえたもの 制降雪を梅の花の散るのにたとえたもの 。たとえを含まず雪と梅が並列的に詠まれたもの 巻

5

822 巻

8

1640 巻

8

1645 巻

8

1649 〔表 3〕 (B) (A) 1642 822 国 1645 839 歌 1647 844 大 1841 3906 号 (0) 4287 1651 1833 1834 1840 1842 1862 2329 2344 4134 4282 4283 823 849 850 1426 1434 1436 1445 1640 1641 1648 1649

ω

はいづれも大宰府での梅花の宴で詠まれたものである。

ω

の歌い方について古沢未知男先生は﹁多分

K

中国文学の 影響下に成ったものである﹂と述べておられる。ならば、

ω

とは逆の見立てである倒の歌い方も同様

K

考えることが できるのではなかろうか。

ω

・倒の歌い方は古今集には一 首もみられない。

ω

・仰は中国文化の影響を多分

K

受けて いた大和・奈良時代ではの、そして中国文学から受けた影 響の大きい万葉集ならではの散い方なのである。

ω

・ 制 以外の見立ての歌は万葉集には一首もない。りについては、 そのほとんどが梅の花と雪とが共にある情景を詠んだもの で あ る 。 きて、万葉集で雪に次いで詠み合わせの多いのが鷺であ一 る。﹁梅に鴛﹂は後世では類型的な取り合わせとなってい寸 るが、万葉集にも十三首ほど詠まれている。しかし古今集 の六首と比べると割合としては凡そ半分であって古今集の 方によりその傾向はみられるのである。

5

7

春されば木末隠れて鷺そ鳴きて去ぬなる梅が下校 巻

u

k

K

次ぐのが柳で十二首ある。古今集になると一首と大 幅

K

詠み合わせが少なくなり、古今集以下の八代集でも、 後拾遺集に一首あるだけで他の歌集には一首も詠まれてい ない。梅と柳の詠み合わせは万葉集に特徴的なものとみら れ る 。 巻10 1904 梅の花しだり柳に折り雑へ花

K

まつらば君に逢は むかも

(4)

きて、ここで梅との詠み合わせで数の多い雪・鴬・柳そ れぞれ

K

ついて、万葉集中の例歌を拾ってみると、雪一四 四首︵うち長歌十八首︶、鴛五十一首︵うち長歌六首︶、 柳三十六首︵うち長歌二首︶である。そしてそれぞれの例 歌の中の素材を調べてみて次のような結果をえた。 一 位 一 材 一

t

一 位 一 材 一

a z

− − 位 一 材 一 史 一 蜘 一 素 一 事 鴛 一 冊 一 素 一 劃 柳 一 瞬 一 素 一 費 〔表 4a 〕 3 2 1 野 山 梅 9 27 31 H 一 嶺 一 H 5 一 幾 一 7 (注〉 〔表 4b〕 3 2 1 山 野 梅 7 8 13

ニ 雪

7

5 一 霞 一 6

一 一

い 一

日 一

H 一 道

7

4 一 風 一 2 長歌はその長さ

K

よって素材がいくつもでてき て、これを短歌と同様

K

扱うと不均衡が生じる ため、それぞれ長歌は省いて調査した。 表

4

K

明らか念如︿、雪・鷺・柳ともに梅が最も多く一 緒に詠まれている。降雪の時期、鴬の﹁ホ l ホケキヨ﹂と 鳴く時期、柳の芽ぶく時期が梅の開花期と大体重なること から、とれらが梅と共に一首中

K

詠み込まれる確率は当然 高︿念るとは思うのだが、雪・鴛・柳共

K

梅が一位というの は、時期的な重なりだけが関係しているのではないのでは なかろうか。すなわち、作歌の際

K

、梅といえば即、雪・ 品 購 ・ 柳 が 作 者 の 脳 裏

K

浮かんできていた、言葉を変えれば、 ﹁梅に雪﹂、﹁梅に鴛﹂﹁梅

K

柳﹂といった詠歌の類型化 が生じつつあったとみるととができるのでは左かろうか。 そもそも詠歌の類型化は古今集以降

K

大 い

K

認められる ところであって、その前兆が梅歌

K

も見られるということ は梅歌が古今集

K

近い性格を持つものとして、すなわち、 題詠的要素を持ち生活から切り離された風流趣味の上

K

成 り立つものであると考えられ興味深い。 雪・僑・柳以外

K

も梅歌に詠み込まれた素材は多いが、 それら

K

ついては表

K

示しただけ

K

とどめておく。 素材をはなれて頻用されている語

K

﹁ 挿 頭 す ﹂ が あ り 、

57

人毎

K

折り挿頭しつつ遊べどもいやめずらしき梅 巻

m

の 花 か も 一 右の歌の他合わせて十一首ある。梅を挿頭すという行為は l 宴席・遊びと関わりが深い。宴会を催し梅や柳を挿頭し

K

して遊ぶのは風雅人たちのこの上ない楽しみであったよう である。宴席で歌われた梅歌は多く、記録

K

残っている ものだけでも、大宰府での梅花の宴の三十二首をはじめと して総数四十五首

K

及ぶ。宴席歌は題詠的要素を多分

K

含 むものと思われ、宴席歌が多いという事実は先

K

述べた梅 歌の詠歌の類型化と結びつけて考えられるところでもある。 第 節 梅歌の多い原因 本節では桜歌を参照しつつ、作者と作歌時期とを通して 万葉集

K

梅歌の多い原因

K

ついて考察してみる。

(5)

梅歌一二

O

首のうち三十三首は作者未詳歌である。残る 八十七首が作者が判明しているわけであるが作者数は六十 名となる。作者の太半が貴族階級・知識階級の人身であっ て、藤原八束・石上宅嗣・吉田宜らの上級貴族、大伴旅人 家持ら大伴一族・旅人の大宰府管轄下での諸役人などで占 められている。また作者未詳歌であってもそのうちの三十 首が収められている巻十は、﹁風流をたのしむ傾向の歌・ 繊細な感

G

の歌・類想・同型の表現・中国文化の影響など が相当量見出される点からして、当代知識階級の一般的水 準の作が主となっていると思われる明春であるから、その ほとんどが知識階級の人の手になるものと考えられる。 大伴家持︵八首︶、旅人︵七首︶、書持︵六首︶の三人 が梅歌の数が多いが、彼らの作歌状況からみて、その数字 の高さが梅の花の愛好の強さを意味しているとは考えられ ない。また、桜歌と梅歌の共通の作者である家持・山部 赤人らの歌を比較してみても、桜歌と梅歌の全体を比較し てみても、桜と梅と

K

愛好の程度の違いというものは伺わ れない。よって万葉集に梅歌が多い原因は、愛好というこ とにはほとんど求められないのではないかと考えられる。 次

K

梅歌・桜歌の作られた時期であるが、製作年代の明 らかな歌を万葉集四期分類

K

あてはめると表 5 の 如 く な る 。 梅 ・ 桜 並 ハ

K

第一期

K

詠歌はなく第三期第四期に集中して詠 まれている。梅が第二期以前に詠歌がないのは梅の渡来し たのが藤原京頃︵六九二

J

七 一

O

︶で、まだ人々の目

K

触 れられていなかったこと

K

よ ろ う 。 桜は日本固有の植物であるから、第二期以前

K

も、もう 少し詠歌があってしかるべきと思われるが、それがないの は人々の自然観に万葉前期と後期とでは変遺があること

K

一つの要因があるのだと思われる。 〔表5) 行 : 734第711第673第 62~ 者米 j 時 代 区 分 詳歌 期 759期 733期 710期 67~

60 18 42

。 。

作者数 33 87 34 53

。 。

歌 数 梅 27.5 72.5 28.3 44.2

。 。

塾塾

120×100

13 5 7 1

作者数 13 29 11 14 4

歌 数 桜 31.0 69.0 26.2 33.3 9.5

歌 数42 ×100 A U ’E A すなわち、上代においては人々は自然に即して生活して おり、自然は畏怖の対象としてあり、花の美など深く間わ れることはなかった。しかし、このような自然観も時代が

(6)

下ると次第

K

後退する。律令国家の繁栄

K

より貴族・官僚 は剰余生産物

K

よって生活できるよう

K

なる。自然との対 決から遠ざかった彼らにとって、自然は愛玩すべき対象と なるのである。そして漢詩文の影響も相まって自然の美

K

目が向けられ、愛花思想が盛んとなる。万葉集第三期はち ょうどこの時期

K

あたっていた。しかして、第三期以降、 桜や梅といった観賞用の植物が歌

K

詠まれることが多くな る の で あ る 。 きて、万葉集

K

おいて梅が桜などよりも多く詠まれてい る原因であるが、一つ

K

は梅が主

K

庭園

K

植えられていた 植物であったがため

K

、山野に自生していた桜などよりも、 貴族階級、知識階級の人々

K

とっては、より親しみゃすい 植物であって自然、梅を詠む機会も多︿念ったであろう ζ とが考えられる。 第二

K

、梅が中国渡来の植物であって、貴族たち

K

非常 に珍重され、また、梅は当時の日本があらゆる面で模範と していた中国の人々

K

愛好されていて、詩文

K

も多く詠ま れているという認識が、貴族たち

K

梅を歌に詠まんとする 姿勢をつくったであろうことが考えられる。 更には、梅歌の多いことには貴族たちの精神が関わって くるところも大きいようである。すなわち、律令国家の繁 栄

K

より、生活の余裕、閑暇を手にした貴族たちは、気分 が享楽耽美の傾向

K

なり、風雅な生活を求めて社交遊宴の 機会を多く持つよう

K

なるのである。そして時、春であれ ば、風流な遊びの最たるものは梅の花の咲き散る庭園で、 酒宴を催すことであった。そこで貴族たちは梅の花を観賞 し、梅の花

K

托して風流な気分を歌

K

詠んだりしたのであ る 。 以上述べた如く、万葉集

K

梅歌が多いのは簡単

K

言って しまうなら、貴族階級・知識階級の人々が梅を詠む機会と いうものが多かったのだということになろう。そして機会 を多くした要因として、梅の生態上の特徴や中国文化の影 響・貴族たちの享楽的精神などがあるのである。 また、万葉集の梅歌の数をふくらませているのが、﹁梅 歌 謡 叫 品 川 二 首 ﹂ と こ れ

K

追和する歌十一首であることを第四 点としてつけ加えておく。 第三章 -11ー 巻十にお廿る春の部と冬の部の梅歌の分類意識 万葉集巻十は\歌を四季

K

分ち、それぞれの季を更

K

雑 歌と相聞と

K

分類している。巻十と同じく四季分類のなさ れている巻

K

巻八があるが、巻十が詠物・寄物

K

よって歌 を排列し、ほとんどの歌が作者未詳歌で、作歌事情・一作者 年次

K

関しては極めてわずかな記載を有するのみであるの

K

対し、巻八は作者が示され、時々作歌事情及び作歌年月 も記されている。 両巻

K

おいて梅歌は春の部と冬の部

K

分けて入れられて おり、それは表

6K

示す如くである。巻十では春に冬の倍 以上詠まれているが、巻八では逆

K

K

春の倍近く詠まれ、 両巻を合わせると春の方が五首多くなっている。

(7)

〔表6〕 計 十

巻 春 春 春 春 部 相 雑 相 雑 聞 歌 聞 歌 要員 5 16 1 7 数 29 計 21 8 五ι 主、主 主主 主、主 部 相 雑 相 雑 聞 歌 聞 歌 要員 24 3 6 4 11 数 9 15 計 53 30 23 合 計 しかる

K

、巻十・巻八共に冬の部

K

入れられた梅歌をみ ると春の部のそれと大差ないものが多いのである。例えば 次の如くである。

07

誰が園の梅

K

かありけむ幾許も咲き

K

けるか 担犯冬雑 着

2

も見が欲しまでに

0

3

梅の花降り覆ふ雪をつつみ持ち君に見せむと 組 問 春 雑 取 れ ば 消 に つ つ 春の部の梅歌と冬の部の梅歌とをどのような基準でもって 分類したのか疑問のもたれるところである。よって本章

K

おいては巻十

K

おける梅歌の分類意識

K

ついて探っていき たいと考える。 巻十は作者未詳の歌の中で四季歌に関する歌を集めて編 まれたものと考えられている。梅歌は、作歌年月の記され ているものはなく、またすべてが作者未詳歌であるから、 たとえ集中に記載は左︿ても編者

K

は作歌年月が明らかで あったよう左可能性もほとんど左いのである。 〔表 7〕 春 相 聞 春 雑 歌 部 要員 ’ 脊 :笥 寄 野 詠 詠 詠 詠 項 松 雨 花 遊 花 柳 雪 ,鳥 目 1 1 3 1 8 1 5 1 梅 歌 1 4 9 4 20 8、 11 13 項目総数 1922 1918 1900 1883 1854 1853 1833 1820 1904 1856 1834 1906 1840 1859 番 1862 1842 号 1871 1873 冬 相 関 冬 雑 歌 部 要員 寄 寄 寄 詠 詠 項

1

t

雪 露 露 花 目 1 1 1 1 5 梅 歌 1 12 1 1 5 項目総数 2349 2344 2325 2330 2325 歌 番 2329 号 -12-A H 如意識を知るための手がかりとするため

K

、まず右表 にあげた項目がどの季節に設けられているかを調べた。そ して更に、鳥、一室、柳などの素材がどの季節に詠まれるも のであるかを巻十とが八とを合わせて調べた。その結果

(8)

︵詳細は割愛する︶﹁詠鳥﹂、﹁詠柳﹂、﹁詠露﹂、﹁野 遊﹂、﹁寄雨﹂、﹁寄松﹂、﹁寄露﹂、﹁寄雪﹂の項目に 収められている歌は、梅以外の素材によってその分類の違 いを判別できえた。 〔表 8〕 1838 1837 1836 1835 1834 1833 1832 歌 番 号 春部 雪

f

能 雪 雪 梅 梅

雪 霞

. . .

雪 雪 雪 材 雪 2324 2323 2322 2321 2320 2319 2318 2317 2316 歌喬号 冬 部 雪 雪 雪 雪 雪 雪 雪 雪 雪 素 詠 材 雪 1873 1871 1862 1859 1858 1857 1856 1854 歌番号 春 部 鴬 f「 雪 ,鳥 利H 鴛 春

素 詠

胆、、J

霞 ”‘、

梅 梅 梅 梅 、、J 梅 桜 2329 2328 2327 2326 2325 歌 番 号 冬 部 雪 梅 梅 梅 梅 素 詠

梅 月 オキ 花 部

F

E

一 部 ヒ

uE

斜寄花一引い寄花 号一一号一 番 一 素 材 一 番 一 素 材 歌一一歌一 − J

Q d

m

一 梅 一 捌 一 梅 ・ 月 a a τ

卯 一 梅 ・ 柳 一 F O

卯一梅一 ﹁詠雪﹂、﹁詠花﹂、﹁寄花﹂

K

ついてはこれまでの調 査では分類意識を解明できない。従って次

K

項目ごとに春 の部の歌と冬の部の歌を比較してみたところ、表 8 のよう 左結果がえられた。 これらの表は﹁詠雪﹂については、春の部と冬の部の項 目のすべての歌をとりあげて、﹁詠花﹂と﹁寄花﹂は梅歌 だけをとりあげて、季節に関する素材だけを挙げたもので ある。一 ﹁詠雪﹂では表

8K

示す如く、春部と冬部とでは明らか な違いがある。すなわち、春部の歌では﹁雪﹂と共に﹁春﹂ もしくは春を意味する語が詠み込まれているのであるが、 冬部の歌では雪以外には季節に関する語は詠まれていない の で あ る 。 ﹁詠花﹂でも類似した状況がみられる。春部の歌では、 ﹁梅﹂以外にも春を意味する語が必ず詠まれているので ある。但し一八九九番歌は例外である。冬部では、梅以外 。 。 可 B

(9)

の季節関係語

K

月と雪が挙げられているが、月は四季にわ たって詠まれている語であって、春を意味する語とは見な されえないし、雪も又同様である。 以上のように、﹁詠雪﹂と﹁詠花﹂には冬部の歌と春部 の歌に、素材と語の上で歴然とした違いがみられる。と とろが、﹁寄花﹂

K

あってはその違いが判然とし左い。 一 九

O

四番歌は﹁柳﹂が共に詠まれていることから春の歌 と断定できるのだが、残る一九

00

・ 一 九

O

六・二三四九 番歌は判別できかねる。しかしながら、﹁寄花﹂の分類基 準こそ知りえないものの同項目の下の春部の歌と冬部の歌 は一定の基準でもって分類がなされているとみなすことが できるのではなかろうか。 項目を無視して、単に春部の梅歌と冬部の梅歌とを比較 すると、なぜにかく分類がなされたかあやしまれる歌も、 項目ごとに眺めると春部と冬部の歌の違いが判然としてく る の で あ る 。 以上、三章

K

おいて見てきたことを考え合わせると次の ようなことが仮定される。すなわち、まず、巻十の編者は 手 元

K

集められた作者未詳歌の中の四季歌を雑歌と相聞と に分類し、次に一首の歌それぞれを主眼が何

K

あるかとい うことを考えて、詠物・寄物の項目ごと

K

分け、最後に四 季の分類を行ったとみるのである。巻十の編纂がこのよう な順序で成されたと考えることでのみ、すべての梅歌の分 熱意識を説明づけることができるようになる。 結 び 以上、万葉集の梅歌に関して、詠歌数やその特徴、梅が 多く歌に詠まれた原因、更には巻十の梅歌の分類意識など について考察してきたわけである。 梅は藤原京頃日本へ輸入され、主として貴族階級の人々 の庭へ植えられた。このような事情から万葉集の梅歌はす べてが第三期以降

K

詠まれているのであり、作者もほとん どが知識階級の人々となっていると思われるのである。 梅との詠み合わせの多いのが、雪・鷺・柳であった。そ してこれら三素材と梅との詠み合わせば類型化

K

近い状態

K

あったと考えられた。 万葉集

K

梅歌が多いのは、梅が身近な親しみゃすい植物日 であった上に、当時の中国文化の影響や貴族たちの享楽精一 神などが相倹って梅が風雅の好対象となり、必然的に歌

K

詠まれる機会が多くなったことによるところが大きいと考 えられる。また﹁梅歌調品川二首﹂と追和歌十一首の歌の存 在は梅歌の数を多くした要因であった。 第三章における、巻十の梅歌の分類意識

K

ついての考察 では、梅と共

K

詠み A 口わされた素材を中心にみていった。 そしてその結果、編纂が雑歌と相聞の分類←詠物・寄物に よる分類←四季分類の順序で成されたものと考えることで 春部と冬部の梅歌の分類を説くことができるとした。 注l 日本古典文学大系万葉集二の解説より引用

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