万葉集における梅の歌考
序 万葉集には多くの植物が素材として用いられているが、 中で梅は集中K
一 二O
首詠歌がみられ、これは萩の一四一 首K
次ぐ数となっている。一方、桜の詠歌は四十二首で梅 の約三分の一にしか満たない。 平安・中世の時代にあっては、花といえばそれはそのま ま桜を指すほど、桜は百花の中で最も人々に愛好されてい た。そして現代K
おいても尚その愛好は変わるところがな い。ところが、先K
示した如く万葉集を見る限り梅と桜の 愛好の程度が逆転していたかのような様相が詠歌数の上に 表われている。詠歌数だけから判断すると、万葉の人々は 桜よりも梅を愛好していたかのように思われるが、果して 実際そうであったのだろうか。そしてもしそうでなかった のなら、なぜに一二O
首もの多くの梅の歌が万葉集におい て詠まれることとなったのであろうか。 私は以上のよう左疑問を端緒として、万葉集の梅の歌に 関して考察していこうとするものである。すなわち、まず二十八回生
重
留
妙
子
第一章では第二章以下の前提として、万葉集の梅の詠歌数 について検討し、梅の生態K
触れる。第二章では万葉集の 梅の歌の特徴を探ると共に、梅の歌の多い原因K
ついて考 察する。そして第三章では、巻十の四季分類の巻K
おける 梅の歌の分類意識K
ついて探ってみる。 本 論 -6一
第 一 章 梅 の 詠 歌 数 と 梅 の 生 態 ︵ 略 ︶ ︵ 概 略 ︶ 本章ではまず万葉集の梅の詠歌数を一二O
首と決定した。 とれは万葉集総数の一一、六六%にあたる。各巻どとの詠歌 数は左表の通り。 3 37 23 2ま た 、 侮 の 生 態 に 関 し て は 、 特 筆 す べ き は 、 梅 が 中 国 原 産 の 植 物 で あ り 、 日 本 へ 渡 来 じ た の は 藤 原 京 頃 で る っ た 点 が挙げられる。 第 二 章 梅 歌 の 特 徴 と 梅 歌 の 多 い 原 因 第 一 節 梅 歌 の 特 徴 万 葉 集 に お い て 梅 は ど の よ う
K
詠 じ ら れ て い る の だ ろ う か 。 そ し て そ こ に は ど の よ う な 特 徴 が 見 出 さ れ う る だ ろ う か 。 本 節 で は 、 梅 歌 を 素 材 を は じ め そ の 他 い く つ か の 角 度 か ら 見 て い き な が ら 、 古 今 和 歌 集 の 梅 の 歌 と 比 較 し つ つ そ れらを探っていきたい。 ま ず 、 古 今 集 の 梅 歌K
ついて少しふれておく。古今集で は梅は三十首詠まれている。これは総歌数の二、七パーセ ントK
あ た り 、 割 合 の 上 で は 万 葉 集 と 大 体 同 率 で あ る 。 梅 は桜K
次 い で 多 く 詠 ま れ て い る 植 物 で あ る の だ が 、 そ の 数 は 桜 の 半 数K
も満たないのである。 き て 、 次 よ り 梅 歌 の 中 の 梅 以 外 の 素 材 を 見 て い っ て み よ う 。 両 集 と も 数 の 多 い 順 に 表K
まとめてみた。 万 葉 集 で 一 位 と な っ て い る の は 雪 で あ る 。 梅 の 開 花 期 と 降 雪 の 時 期 と の 時 期 的 な 重 な り は 大 き い と は い え 、 古 今 集 をみると雪は四位五例であり、割合としても少ないから、 万 葉 集 で 雪 と の 詠 み 合 わ ぜ の 多 い 事 は 一 つ の 特 徴 と し て 挙 げ ら れ る だ ろ う 。 実 際 の 歌 を 見 る に 〔表1J
万葉集 10 7 6 5 4 3 2 1 順位 3 4 5 6 7 12 13 31 数 恋 夜 素 岡 雨 月 風 山 柳 鴛 雪 里 材 野 震 〔表2〕古今集 2I
1l
順 位 6I
13 ~数;
1
き
1
:
4一
5 一雪袖 6 3 夜 20 14 順 位 1 2 数 縄 霧 標 天 旅 都 梯竹 桜 素 松 夢 ,鳥 日 酒 蓑 酒 蕗 杯 ,,、、 ネ土 香 垣 −袖 材 」J 磯 霜 遊ぴ 露 -7一
8 7 1 2 鏡 恋 か た み 山 糸 相P 里 月 笠 天 か ざ し 川わが闘
K
梅の花散るひきかたの天より雪の流れく るかも わが岳K
盛K
咲ける梅の花残れる雪をまがえっる か も わが屋前の冬木の上に降る雪を梅の花かとうち見 つるかも 今日降りし雪K
競ひてわが屋前の冬木の梅は咲きK
け り 梅の花の散り乱れるのを雪の降りくる様に見たてたもの、 残雪の庭K
盛に咲く梅の情景、降る雪を梅の花K
見たてた もの、雪に競って咲く梅など、その他様々である。 それら三十一首を次の三つに大別してみた。ω
梅の花の散るのを降雪K
たとえたもの 制降雪を梅の花の散るのにたとえたもの 。たとえを含まず雪と梅が並列的に詠まれたもの 巻5
822 巻8
1640 巻8
1645 巻8
1649 〔表 3〕 (B) (A) 1642 822 国 1645 839 歌 1647 844 在見大 1841 番 3906 号 (0) 4287 1651 1833 1834 1840 1842 1862 2329 2344 4134 4282 4283 823 849 850 1426 1434 1436 1445 1640 1641 1648 1649ω
はいづれも大宰府での梅花の宴で詠まれたものである。ω
の歌い方について古沢未知男先生は﹁多分K
中国文学の 影響下に成ったものである﹂と述べておられる。ならば、ω
とは逆の見立てである倒の歌い方も同様K
考えることが できるのではなかろうか。ω
・倒の歌い方は古今集には一 首もみられない。ω
・仰は中国文化の影響を多分K
受けて いた大和・奈良時代ではの、そして中国文学から受けた影 響の大きい万葉集ならではの散い方なのである。ω
・ 制 以外の見立ての歌は万葉集には一首もない。りについては、 そのほとんどが梅の花と雪とが共にある情景を詠んだもの で あ る 。 きて、万葉集で雪に次いで詠み合わせの多いのが鷺であ一 る。﹁梅に鴛﹂は後世では類型的な取り合わせとなってい寸 るが、万葉集にも十三首ほど詠まれている。しかし古今集 の六首と比べると割合としては凡そ半分であって古今集の 方によりその傾向はみられるのである。5
7
春されば木末隠れて鷺そ鳴きて去ぬなる梅が下校 巻u
k
鴛K
次ぐのが柳で十二首ある。古今集になると一首と大 幅K
詠み合わせが少なくなり、古今集以下の八代集でも、 後拾遺集に一首あるだけで他の歌集には一首も詠まれてい ない。梅と柳の詠み合わせは万葉集に特徴的なものとみら れ る 。 巻10 1904 梅の花しだり柳に折り雑へ花K
まつらば君に逢は むかもきて、ここで梅との詠み合わせで数の多い雪・鴬・柳そ れぞれ
K
ついて、万葉集中の例歌を拾ってみると、雪一四 四首︵うち長歌十八首︶、鴛五十一首︵うち長歌六首︶、 柳三十六首︵うち長歌二首︶である。そしてそれぞれの例 歌の中の素材を調べてみて次のような結果をえた。 一 位 一 材 一t
一 位 一 材 一a z
− − 位 一 材 一 史 一 蜘 一 素 一 事 鴛 一 冊 一 素 一 劃 柳 一 瞬 一 素 一 費 〔表 4a 〕 3 2 1 野 山 梅 9 27 31 H 一 嶺 一 H 5 一 幾 一 7 (注〉 〔表 4b〕 3 2 1 山 野 梅 7 8 13ニ 雪
7
5 一 霞 一 6一 一
い 一
日 一
一
H 一 道7
4 一 風 一 2 長歌はその長さK
よって素材がいくつもでてき て、これを短歌と同様K
扱うと不均衡が生じる ため、それぞれ長歌は省いて調査した。 表4
K
明らか念如︿、雪・鷺・柳ともに梅が最も多く一 緒に詠まれている。降雪の時期、鴬の﹁ホ l ホケキヨ﹂と 鳴く時期、柳の芽ぶく時期が梅の開花期と大体重なること から、とれらが梅と共に一首中K
詠み込まれる確率は当然 高︿念るとは思うのだが、雪・鴛・柳共K
梅が一位というの は、時期的な重なりだけが関係しているのではないのでは なかろうか。すなわち、作歌の際K
、梅といえば即、雪・ 品 購 ・ 柳 が 作 者 の 脳 裏K
浮かんできていた、言葉を変えれば、 ﹁梅に雪﹂、﹁梅に鴛﹂﹁梅K
柳﹂といった詠歌の類型化 が生じつつあったとみるととができるのでは左かろうか。 そもそも詠歌の類型化は古今集以降K
大 いK
認められる ところであって、その前兆が梅歌K
も見られるということ は梅歌が古今集K
近い性格を持つものとして、すなわち、 題詠的要素を持ち生活から切り離された風流趣味の上K
成 り立つものであると考えられ興味深い。 雪・僑・柳以外K
も梅歌に詠み込まれた素材は多いが、 それらK
ついては表K
示しただけK
とどめておく。 素材をはなれて頻用されている語K
﹁ 挿 頭 す ﹂ が あ り 、57
人毎K
折り挿頭しつつ遊べどもいやめずらしき梅 巻m
の 花 か も 一 右の歌の他合わせて十一首ある。梅を挿頭すという行為は l 宴席・遊びと関わりが深い。宴会を催し梅や柳を挿頭しK
して遊ぶのは風雅人たちのこの上ない楽しみであったよう である。宴席で歌われた梅歌は多く、記録K
残っている ものだけでも、大宰府での梅花の宴の三十二首をはじめと して総数四十五首K
及ぶ。宴席歌は題詠的要素を多分K
含 むものと思われ、宴席歌が多いという事実は先K
述べた梅 歌の詠歌の類型化と結びつけて考えられるところでもある。 第 節 梅歌の多い原因 本節では桜歌を参照しつつ、作者と作歌時期とを通して 万葉集K
梅歌の多い原因K
ついて考察してみる。梅歌一二
O
首のうち三十三首は作者未詳歌である。残る 八十七首が作者が判明しているわけであるが作者数は六十 名となる。作者の太半が貴族階級・知識階級の人身であっ て、藤原八束・石上宅嗣・吉田宜らの上級貴族、大伴旅人 家持ら大伴一族・旅人の大宰府管轄下での諸役人などで占 められている。また作者未詳歌であってもそのうちの三十 首が収められている巻十は、﹁風流をたのしむ傾向の歌・ 繊細な感G
の歌・類想・同型の表現・中国文化の影響など が相当量見出される点からして、当代知識階級の一般的水 準の作が主となっていると思われる明春であるから、その ほとんどが知識階級の人の手になるものと考えられる。 大伴家持︵八首︶、旅人︵七首︶、書持︵六首︶の三人 が梅歌の数が多いが、彼らの作歌状況からみて、その数字 の高さが梅の花の愛好の強さを意味しているとは考えられ ない。また、桜歌と梅歌の共通の作者である家持・山部 赤人らの歌を比較してみても、桜歌と梅歌の全体を比較し てみても、桜と梅とK
愛好の程度の違いというものは伺わ れない。よって万葉集に梅歌が多い原因は、愛好というこ とにはほとんど求められないのではないかと考えられる。 次K
梅歌・桜歌の作られた時期であるが、製作年代の明 らかな歌を万葉集四期分類K
あてはめると表 5 の 如 く な る 。 梅 ・ 桜 並 ハK
第一期K
詠歌はなく第三期第四期に集中して詠 まれている。梅が第二期以前に詠歌がないのは梅の渡来し たのが藤原京頃︵六九二J
七 一O
︶で、まだ人々の目K
触 れられていなかったことK
よ ろ う 。 桜は日本固有の植物であるから、第二期以前K
も、もう 少し詠歌があってしかるべきと思われるが、それがないの は人々の自然観に万葉前期と後期とでは変遺があることK
一つの要因があるのだと思われる。 〔表5) 行 : 第734第711第673第 62~ 者米 員十 四 j 時 代 区 分 詳歌 期 759期 733期 710期 67~/
60 18 42。 。
作者数 33 87 34 53。 。
歌 数 梅 27.5 72.5 28.3 44.2。 。
塾塾
120×100/
13 5 7 1。
作者数 13 29 11 14 4。
歌 数 桜 31.0 69.0 26.2 33.3 9.5。
歌 数42 ×100 A U ’E A すなわち、上代においては人々は自然に即して生活して おり、自然は畏怖の対象としてあり、花の美など深く間わ れることはなかった。しかし、このような自然観も時代が下ると次第
K
後退する。律令国家の繁栄K
より貴族・官僚 は剰余生産物K
よって生活できるようK
なる。自然との対 決から遠ざかった彼らにとって、自然は愛玩すべき対象と なるのである。そして漢詩文の影響も相まって自然の美K
目が向けられ、愛花思想が盛んとなる。万葉集第三期はち ょうどこの時期K
あたっていた。しかして、第三期以降、 桜や梅といった観賞用の植物が歌K
詠まれることが多くな る の で あ る 。 きて、万葉集K
おいて梅が桜などよりも多く詠まれてい る原因であるが、一つK
は梅が主K
庭園K
植えられていた 植物であったがためK
、山野に自生していた桜などよりも、 貴族階級、知識階級の人々K
とっては、より親しみゃすい 植物であって自然、梅を詠む機会も多︿念ったであろう ζ とが考えられる。 第二K
、梅が中国渡来の植物であって、貴族たちK
非常 に珍重され、また、梅は当時の日本があらゆる面で模範と していた中国の人々K
愛好されていて、詩文K
も多く詠ま れているという認識が、貴族たちK
梅を歌に詠まんとする 姿勢をつくったであろうことが考えられる。 更には、梅歌の多いことには貴族たちの精神が関わって くるところも大きいようである。すなわち、律令国家の繁 栄K
より、生活の余裕、閑暇を手にした貴族たちは、気分 が享楽耽美の傾向K
なり、風雅な生活を求めて社交遊宴の 機会を多く持つようK
なるのである。そして時、春であれ ば、風流な遊びの最たるものは梅の花の咲き散る庭園で、 酒宴を催すことであった。そこで貴族たちは梅の花を観賞 し、梅の花K
托して風流な気分を歌K
詠んだりしたのであ る 。 以上述べた如く、万葉集K
梅歌が多いのは簡単K
言って しまうなら、貴族階級・知識階級の人々が梅を詠む機会と いうものが多かったのだということになろう。そして機会 を多くした要因として、梅の生態上の特徴や中国文化の影 響・貴族たちの享楽的精神などがあるのである。 また、万葉集の梅歌の数をふくらませているのが、﹁梅 歌 謡 叫 品 川 二 首 ﹂ と こ れK
追和する歌十一首であることを第四 点としてつけ加えておく。 第三章 -11ー 巻十にお廿る春の部と冬の部の梅歌の分類意識 万葉集巻十は\歌を四季K
分ち、それぞれの季を更K
雑 歌と相聞とK
分類している。巻十と同じく四季分類のなさ れている巻K
巻八があるが、巻十が詠物・寄物K
よって歌 を排列し、ほとんどの歌が作者未詳歌で、作歌事情・一作者 年次K
関しては極めてわずかな記載を有するのみであるのK
対し、巻八は作者が示され、時々作歌事情及び作歌年月 も記されている。 両巻K
おいて梅歌は春の部と冬の部K
分けて入れられて おり、それは表6K
示す如くである。巻十では春に冬の倍 以上詠まれているが、巻八では逆K
冬K
春の倍近く詠まれ、 両巻を合わせると春の方が五首多くなっている。〔表6〕 計 十
ス
ノ
巻 春 春 春 春 部 相 雑 相 雑 聞 歌 聞 歌 要員 5 16 1 7 数 29 計 21 8 五ι 主、主 主主 主、主 部 相 雑 相 雑 聞 歌 聞 歌 要員 24 3 6 4 11 数 9 15 計 53 30 23 合 計 しかるK
、巻十・巻八共に冬の部K
入れられた梅歌をみ ると春の部のそれと大差ないものが多いのである。例えば 次の如くである。07
誰が園の梅K
かありけむ幾許も咲きK
けるか 担犯冬雑 着2
も見が欲しまでに0
3
梅の花降り覆ふ雪をつつみ持ち君に見せむと 組 問 春 雑 取 れ ば 消 に つ つ 春の部の梅歌と冬の部の梅歌とをどのような基準でもって 分類したのか疑問のもたれるところである。よって本章K
おいては巻十K
おける梅歌の分類意識K
ついて探っていき たいと考える。 巻十は作者未詳の歌の中で四季歌に関する歌を集めて編 まれたものと考えられている。梅歌は、作歌年月の記され ているものはなく、またすべてが作者未詳歌であるから、 たとえ集中に記載は左︿ても編者K
は作歌年月が明らかで あったよう左可能性もほとんど左いのである。 〔表 7〕 春 相 聞 春 雑 歌 部 要員 ’ 脊 :笥 寄 野 詠 詠 詠 詠 項 松 雨 花 遊 花 柳 雪 ,鳥 目 1 1 3 1 8 1 5 1 梅 歌 1 4 9 4 20 8、 11 13 項目総数 1922 1918 1900 1883 1854 1853 1833 1820 1904 1856 1834 歌 1906 1840 1859 番 1862 1842 号 1871 1873 冬 相 関 冬 雑 歌 部 要員 寄 寄 寄 詠 詠 項1
t
雪 露 露 花 目 1 1 1 1 5 梅 歌 1 12 1 1 5 項目総数 2349 2344 2325 2330 2325 歌 番 2329 号 -12-A H 如意識を知るための手がかりとするためK
、まず右表 にあげた項目がどの季節に設けられているかを調べた。そ して更に、鳥、一室、柳などの素材がどの季節に詠まれるも のであるかを巻十とが八とを合わせて調べた。その結果︵詳細は割愛する︶﹁詠鳥﹂、﹁詠柳﹂、﹁詠露﹂、﹁野 遊﹂、﹁寄雨﹂、﹁寄松﹂、﹁寄露﹂、﹁寄雪﹂の項目に 収められている歌は、梅以外の素材によってその分類の違 いを判別できえた。 〔表 8〕 1838 1837 1836 1835 1834 1833 1832 歌 番 号 春部 雪
f
能 雪 雪 梅 梅審
素 詠.
審
雪 霞. . .
毒
審
毒
雪 雪 雪 材 雪 2324 2323 2322 2321 2320 2319 2318 2317 2316 歌喬号 冬 部 雪 雪 雪 雪 雪 雪 雪 雪 雪 素 詠 材 雪 1873 1871 1862 1859 1858 1857 1856 1854 歌番号 春 部 鴬 f「 雪 ,鳥 梅 利H 鴛 春 春.
素 詠.
胆、、J 梅.
.
梅 霞 ”春‘、.
材 花 梅 梅 梅 梅 、、J 梅 桜 2329 2328 2327 2326 2325 歌 番 号 冬 部 雪 梅 梅 梅 梅 素 詠.
.
梅 月 オキ 花 部F
E
一 部 ヒuE
斜寄花一引い寄花 号一一号一 番 一 素 材 一 番 一 素 材 歌一一歌一 − J−
−
Q d−
m
一 梅 一 捌 一 梅 ・ 月 a a τ−
−
卯 一 梅 ・ 柳 一 F O−
−
卯一梅一 ﹁詠雪﹂、﹁詠花﹂、﹁寄花﹂K
ついてはこれまでの調 査では分類意識を解明できない。従って次K
項目ごとに春 の部の歌と冬の部の歌を比較してみたところ、表 8 のよう 左結果がえられた。 これらの表は﹁詠雪﹂については、春の部と冬の部の項 目のすべての歌をとりあげて、﹁詠花﹂と﹁寄花﹂は梅歌 だけをとりあげて、季節に関する素材だけを挙げたもので ある。一 ﹁詠雪﹂では表8K
示す如く、春部と冬部とでは明らか な違いがある。すなわち、春部の歌では﹁雪﹂と共に﹁春﹂ もしくは春を意味する語が詠み込まれているのであるが、 冬部の歌では雪以外には季節に関する語は詠まれていない の で あ る 。 ﹁詠花﹂でも類似した状況がみられる。春部の歌では、 ﹁梅﹂以外にも春を意味する語が必ず詠まれているので ある。但し一八九九番歌は例外である。冬部では、梅以外 。 。 可 Bの季節関係語