脳脊髄液(リコール)検査マニュアル (SOP)
Ver2.1 2007.4.16 作成者 : 中野 幸弘 このマニュアルは髄液検査の操作法について規定したマニュアルです。 内容等変更があった場合には、速やかに改訂を行うこと。 このマニュアルの内容の多くは標準化の立場から 髄液検査法 2004: 日本臨床衛生検査技師会 を参考にしています。 なお、上記テキストで規定されているものの、 当院ではまだ標準化されていない事項については、 赤字印字をしていますので注意してくださいⅠ.脳脊髄液(リコール)について 脳脊髄液の容量は 150ml、脊椎管内には 30ml、脊髄下端には5ml。 500ml/日が、脳室の脈絡叢で産生、上矢状静脈のクモ膜顆粒で吸収。 腰椎穿刺(水平横臥位)では、正常の脳圧は、120~150mmH2O である。 ① Monro 孔 第三脳室と 側脳室を連絡 ② Magendie 孔 第四脳室正中で クモ膜下腔を連絡 ③ Luschka 孔 第四脳室外側で クモ膜下腔を連絡 「異常髄液」 糖 ↓ γ グロブリン ↑ 蛋白細胞解離(細胞→・蛋白↑) 化膿性髄膜炎 真菌性髄膜炎 結核性髄膜炎 悪性腫瘍 亜急性硬化性全脳炎 神経 Behcet 病 多発性硬化症 家族性アミロイドニューロパチー 糖尿病性ニューロパチー Guillain‐Barre 症候群 Fisher 症候群 Charcot‐Marie‐Tooth 病 Dejerine‐Sottas 病 アルコール性神経炎
Ⅱ.細胞数の算定(準備するもの) 髄液細胞の検索は髄膜炎,脳炎をはじめとする各種中枢神経系感染症の診断ならびに治療効 果を推定するうえで最も重要とされます。それだけに高い精度が要求され、使用する器具,手技 には細心の注意が必要です。 1. エッペンドルフ 200μl(青色) 20μl(黄色) メランジュール法は、実際量以上の髄液が 必要で、サムソン液の逆流による失敗の可能 性や吸い口を介して起こる感染の危険性など の問題から使用すべきではありません。 マイクロピペット容量はメランジュール法をそのまま置き換えれば、髄液:サムソン液=180:20 ですが、それが 200:20 であっても臨床的に問題となるような誤差は生じません。 2. 計算板 ディスポーザブル C-Cip(フィンガルリンク社) または、Fuchs-Rosenthal 計算板 Fuchs-Rosenthal 計算板には丸型カバーガラスが 必要です。使用の際にはカバーガラスの両端を持ち 強くこすりつけるようにニュートンリングを作り使用し ましょう。 3. サムソン(Samson)液 成分:酸性フクシン、酢酸 サムソン液はもっとも一般的な希釈染色液であり、他の希釈液(Pappenheim 液など)に比較し、 短時間で安定した染色結果を得ることができ、高濃度の酢酸を含むため、髄液に混在した赤血球 の融解能力も高いとされています。サムソン液は密栓のできる容器で保存し、染色性が劣化する 前に定期的(1 年ごと)に更新ましょう。
4. サンプルカップまたは試験管
当院ではプラスチックのサンプルカップを使用します。
試験管を使う場合、ガラス製はプラスチックと比較すると荷電陽イオンが生じやすく、細胞表 面は陰イオンに荷電しているため、管壁に細胞が付着しやすいので、プラスチックのものを使用 しましょう。
Ⅲ.細胞数の算定(操作方法) 1. 肉眼的観察 正常の髄液は無色透明であり、混濁や着色は病的変化の可能性がある。検査を開始する前に 肉眼観察を加えることで、出血の有無や細胞の増多の程度を推定できます。(表2)。 細胞の微細粒子(日光微塵)の観察は髄液の入ったスピッツを光にかざしながら軽く振って行 います。血性髄液の場合は化学的検査における遠心分離の際に、上清のキサントクロミーの有 無を確認しましょう。 2. 希釈 サンプルカップに エッペンドルフ 200μl(青色) でリコール エッペンドルフ 20μl(黄色) でサムソン液 を、混和し 3~5 分間静かに置く 細胞数が著しく増加した髄液では、あらかじめ髄液を生理食塩水で適度に希釈するのがよいで しょう。 細胞数が 5 桁になるような例(細菌性髄膜炎)では計算盤上に好中球どうしが重なり合ったり、 集塊を形成したりして算定困難となります。この場合、肉眼的に髄液の白濁が薄らぐまで生理食 塩水で希釈する。×10,×20,×40 の倍々希釈法が簡便です。 髄液に多数の赤血球が含まれると白血球の核の染色性が低下し、細胞算定の障害となります。 この場合、髄液とサムソン液を混合後、サンプルカップ(試験管)のまましばらく放置することで赤 血球の融解が促進されるとともに、核の染まりがよくなります。 3. 計算板にサンプルを注入し 1 分静かに置く C-Cip は 1 枚で 2 検体に使用できます。
サンプル注入口は計算板の左右外側にあるので、そこからあふれ出さないようにゆっくり注入 します。 4. 計算板の升目の全視野の細胞数を算定する 計算板の大きさは4mm×4mm 深さは 0.2mm サンプル量は 0.2μl 白血球のみを算定の対象とする。 単核球:リンパ球、単球、組織球 多核球:好中球、好酸球 髄液細胞検査の第一の目的は髄膜炎,脳炎の推定(とくに細 菌性か否か)です、これらの指標となるのは白血球の数と種類で す。白血球以外に臨床的意義のある細胞を認めた場合は別途 報告しましょう。 作業効率を良くするために鏡検倍率は 200 倍(対 物レンズ 20 倍×接眼レンズ 10 倍)を使用するのがよ いでしょう。 200 倍では 1 視野にフックス・ローゼンタール計算 盤の最小区画が 4 区画入り、効率良く細胞算定と分 類を同時に行うことができます(図 2)。 結果値は整数とし、単位は細胞数表示の国際標準単位である /μlを用いる。/3mm3はあくま でもフックス・ローゼンタール計算盤もつ特性に合せた単位にすぎません。 最小値は 1 とし、算定した数値が 1 に満たない場合は 1/μl 以下と表現しましょう。 髄液細胞数の参考基準値は 5 /μl 以下です。しかし、乳児では基準値の上限が 20 /μl,新生 児では 25 /μl と通常に比較して高いので注意しましょう。
計算盤上の各白血球 形態 ①単核球 a.リンパ球 白 血 球 の 中 で 最 も 小 型で、核はほぼ円形、 細胞質は狭く核周囲に リング状にみられる。リ ンパ球の増加は一般 にウイルス感染症なら びに慢性炎症を示す。 b.単球 ンパ球の 1.5 大きさはリ ~2 倍で、サムソン液 によく染まる細胞質を有する。偏在する核は類円形で切れ込みをもつものが多い。単球は髄膜の 炎症や頭蓋内出血など、髄膜へのある種の刺激に対し反応性に出現する。 c.組織球 組織球は髄液に出現する白血球の中で最も大型だが、核は一般に小さく N/C 比は低い。単球と 同一起源の細胞であり、その出現機序や細胞形態も単球に似る。細胞質は泡沫状で淡い桃色を 呈し、変性空胞を認めることもある。小型核は偏在し、ときに多核のものも認める。くも膜下出血や 脳室内出血などでは組織球の細胞質内に赤血球片やヘモジデリン顆粒の貪食を認めることも多 く、これは髄液腔内出血を反映する有用な所見である。 ②多核球 a. 好中球 好中球の細胞質はサムソン液に染まらず、偽足をもったような不整形を示すものが多い。分葉し た核が重なり合い、ボ?ル状にみえ、核の形状のみでは単核球と区別できない場合が少なくない。 しかし、細胞質の形状と染色性に留意すればリンパ球や単球との鑑別は容易に行なえる。好中 球の増加は細菌感染症ならびに急性炎症を示す。 b.好酸球 好酸球は寄生虫性髄膜炎やアレルギー反応で著明に増加することがあり、この場合とくに好酸球 性髄膜炎とも呼ばれる。好酸球は好中球に比較してより円形のものが多く、注意深く観察すると 細胞質内が輝くような淡いオレンジ色を呈し、典型的なものはメガネ状 2 核を示す。しかし計算盤 状では積極的な分類は避け、ギムザ系染色を施し確認する。 c.好塩基球 好塩基球は好酸球とともに少数出現したり、髄膜炎回復期に数%の割合で認めることがあるが、 サムソン染色の認識はできない。計算盤上では好中球,好酸球とともに多核球として分類する。
Ⅳ.リコール蛋白測定 1.使用する機器 QUICK RUN (和光純薬工業) 承認番号 27B3X00024000001 を使用する。 2.機器立ち上げ時の点検 始業点検票に従い機器のチェックを行う 3.操作方法 1)FOBT/U-TP のボタンを操作し U-TP を選択する 2)検体をサンプルカップに分注する。 検体(リコール)はディスポーザブルスポイドで4滴 コントロール(蛋白標準液)は3滴 3)検体の装置へのセッティング 検体ポジション1 : 検体 検体ポジション2 : 蛋白標準液 4)エッペンドルフチップのセッティング 検体がセットされたポジションにあわせてエッペンドルフ黄チッ プをセッティングする 5)試薬のセッティング TP AR/QR 発色試液 (和光純薬工業)を試薬ポジションにセッテ ィングする 6)スタートボタンを押す
4.測定値の入力 得られた測定値はその順番を間違わないようにLACSへ入力する。 検査結果入力で ワークシート:空欄 受付日:当日 検体番号:検体を確認して入力 測定値は整数で入力すること 標準液の値は点検票に記載すること 90~110mg/dl の範囲を超える場合は、キャリブレーションを行った後、再測定すること 5.終了点検 測定が終了したら、点検票に従い装置を終了させること
Ⅴ.化学的検査法 現在、髄液検査で実施されている化学検査には一般的な蛋白,糖の測定をはじめ、各種 の酵素や、いくつかの古典的な化学検査などがあるが、項目選択に際し重視すべきは、それ らが臨床的意義を有し、緊急検査の現場で迅速かつ簡単に、正確性をもって測定できる項 目であるかどうかという点である。 1.蛋白 通常、血清蛋白の 0.2~0.6%が髄液に移行する。したがって腰椎穿刺髄液の蛋白量は健常 成人で 15~45mg/dl で、A/G 比も 1.5~2.3 と血清値とほぼ同じである。髄液蛋白はあらゆる 中枢神経疾患で上昇し、一般的に 50mg/dl 以上であれば病的増加と考えられる。とくに細菌 性髄膜炎,結核性髄膜炎,真菌性髄膜炎の憎悪期,ギラン・バレー(Guillain-Barre )症候群 などで高値を示す。これは血液脳関門が破壊され、多くの蛋白が血中より髄液に移行するた めである。髄液蛋白の検出法としてはピロガロールレッド法,スルホサリチル酸法などがあり、 分光高度計や自動分析装置を用いて測定する。 一方、多発性硬化症や脳炎では中枢神経系で産生された免疫グロブリンにより髄液蛋白 が増加するため、髄液蛋白の測定よりもむしろ A/G 比や IgG の検索が重要となる。とくに多 発性硬化症ではオリゴクローナルバンド(oligoclonal band)やミエリン塩基性蛋白(myelin basic protein)の証明が診断に有効とされている。 2.糖 髄液糖は血糖値の 60~80%に維持されており、血糖値が正常であれば髄液糖は 50~ 80mg/dl を示すが、その値はあくまでも血糖値に左右される。髄液糖の評価に際しては常に 血糖値を参考にし対比する必要がある。髄液糖が低下を示す代表的な疾患として細菌性髄 膜炎,結核性髄膜炎,真菌性髄膜炎,悪性腫瘍の髄膜浸潤などがあげられ、これは髄液腔 で増加した病原微生物や好中球による嫌気性解糖作用、あるいは血液脳関門の破壊による 糖移送能障害が原因とされている。測定には電極法(グルコース専用分析装置)や酵素法 (汎用生化学自動分析装置)を用いる。 3.LD 髄液中の LD(lactate dehydrogenase)は細菌性髄膜炎で優位に上昇し、さらに予後推定や 治療効果の判定に役立つことから、臨床的に意義のある髄液マーカーとされている。正常髄 液やウイルス性髄膜炎の LD アイソザイムでは LD4, LD5 はほとんど認められず、LD1, LD2, LD3>LD4, LD5 のパターンを示す。一方、細菌性髄膜炎では著しく増加した好中球由来の LD4, LD5 が上昇し、LD1, LD2, LD3<LD4, LD5 となり、そのため LD 値が高くなる。しかし、ウ イルス性髄膜炎であっても髄液中にリンパ球が著明増加した例ではリンパ球由来の LD2, LD3 が上昇し、髄液 LD が上昇を示すことがあるので注意する。また中枢神経組織の破壊が 生じた場合は組織由来の LD1,LD2 が上昇する。髄液 LD の基準値は JSCC 法で 25U/l 以 下であり、測定は血清 LD と同様に汎用生化学自動分析装置で行う。
4.CK 髄液中の CK(creatine kinase)は血中のそれとは独立して変動し、髄液蛋白量の影響もほ とんど受けない。CK には骨格筋由来の CK-MM,心筋由来の CK-MB,脳由来の CK-BB が あるが、髄液中で検出されるのはほとんどが CK-BB である。髄液中の CK 基準値は 6U/l 以 下で、髄液中の CK が上昇する疾患には脳挫傷,髄膜脳炎,脳腫瘍,脳血管障害,多発性 硬化症などがあげられ、その上昇は脳組織の荒廃に由来すると考えられる。また髄膜炎症 例において、重症例では細菌性,ウイルス性を問わず髄液 CK の上昇を示すのに対し、軽症 例では上昇せず予後推定に有用であるとの報告も認める。髄液 CK の測定は髄液 LD と同様 で汎用生化学自動分析装置を用いる。 5.測定意義に乏しい化学的検査 1)Cl(クロール) 髄液中の Cl は血中 Cl に由来し、血中より 15~20mEq/l 高値を示す。この差は Donnan(の 膜)平衡ならびに髄液と血液間に存在する電位差により生じるとされ、髄液 Cl 値は血中 Cl 値の変動に従い増減する。髄液中の蛋白が上昇するとの Donnan 平衡に抵抗が加わり、そ のぶん髄液 Cl は低下する。たとえば細菌性髄膜炎など髄液蛋白が著明に増加する例では おのずと髄液 Cl は減少する。かつて結核性髄膜炎で髄液 Cl が特異的に低下するとの報告 がなされたことがあるが、のちにこれは結核性髄膜炎に生じる低クロール血症が原因である ことが明らかにされた。したがって、血中 Cl 値の把握と正確な髄液蛋白の測定がなされてい れば、あえて髄液 Cl を測定する必要はないということになる。 2)ノンネ・アぺルト(Nonne-Apelt)反応,パンディー(Pandy)反応 当院では中止 ノンネ・アぺルト反応は 1908 年に、パンディー反応は 1910 年に報告された。本反応は髄液 のグロブリン検出試験として理解されている向きにあるが、いずれも真のグロブリン反応では なく、古典的な髄液蛋白の半定量法として認識すべきである。正確な蛋白定量が可能となり、 さらには免疫グロブリンなどの詳細な検索が日常となった現在、これらの検査法を実施する 臨床的意義はほとんどない。 3)トリプトファン(tryptophan)反応 当院では中止 本反応は結核性髄膜炎の髄液中にトリプトファンが存在することが報告されて以来(Aiello, 1927)、結核性髄膜炎の補助的診断法として応用されてきた。わが国ではホルムアルデヒド を用いボアズネー(Voisenet)反応を基本にした里見変法が知られているが、本法の反応機 序はいまだ明らかではなく、結核性以外の各種髄膜炎やキサントクロミー髄液でも陽性を示 すことがあり、ときに臨床の誤解を招く危険がある。さらに貴重な髄液材料を一度に 1ml も使 用することにも問題がある。結核菌検出のための迅速培養法や PCR(polymelase chain reaction)法,MTD(micobacterium tuberculosis direct test)法など高精度検査法が確立され つつある現在、過去の慣習のみで根拠に乏しい検査を持続することには大きな問題がある。