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1.炎症と発癌 3)肝細胞癌の発癌機構

金子 周一

Key words:肝細胞癌,慢性肝炎,肝炎ウイルス

はじめに

我が国における肝細胞癌の多くは,B型肝炎ウ イルス(HBV)またはC型肝炎ウイルス(HCV)

感染による慢性肝炎を背景に発症する.本シン ポジウムでは,教室における動物実験の成績,

ヒト臨床材料を用いた包括的遺伝子解析の結果 をもとに,ウイルス感染を背景とした炎症と発 癌の関連を報告する.

1.慢性肝炎から肝細胞癌へ

肝細胞癌は我が国における癌死亡のうち,男 性の第 3 位,女性の第 5 位を占め,2008 年の国 民衛生の動向によれば年に 33,662 名が死亡して いる1).ほとんどの症例は慢性肝炎あるいは肝硬 変といった持続性の炎症と進んだ線維化を背景 に発症する.我が国における約 9 割の肝細胞癌 症例はB型あるいはC型の肝炎ウイルスに感染し ておこり,このウイルスに対する持続の炎症が 慢性肝炎である.HCVに感染して肝硬変に至る と,発癌率は年率にして 7% にも達し,ウイル ス性肝硬変の多くが癌死に至る(図 1).

ウイルス性肝硬変に限らず,アルコール性,

自己免疫性肝炎,原発性胆汁性肝硬変に伴う進 行した肝病変にも肝細胞癌が発症し,炎症のな い正常の肝臓に肝細胞癌がみられることはまれ である.慢性の炎症が肝細胞癌の発癌機構と密 接に関連していることは疫学的に明らかである.

また,炎症の程度と発癌率が相関することも良 く知られている.

2.ウイルス抗原に対する炎症肝発癌モデ ル

実験的に,細胞を用いた各種の解析,および,

HBVおよびHCVの遺伝子を発現するトランス ジェニックマウスモデルの研究から,肝炎ウイ ルスそのものによる発癌が示されている.こう した結果から,肝炎ウイルスの遺伝子および遺 伝子産物が発癌に関与することも明らかである.

一方,肝発癌モデルの多くが化学発癌であり,

炎症による肝発癌の良いモデルがなかった.教 室の中本らは,HBVの表面抗原(HBs抗原)を 有するトランスジェニックマウスを作製した.

このマウスはHBV抗原に対して寛容となってい るため,肝炎を起こさず肝細胞癌を発症するこ ともない.このマウスにHBs抗原でプライミング した非トランスジェニックマウスの全脾細胞を 導入すると,持続性の肝炎が生じ最終的に肝細 胞癌を高率に発症するようになった.このモデ

シンポジウム

かねこ しゅういち:金沢大学大学院医学系研究科恒 常性制御学

(2)

感染

治療しないと 10 〜 30 年後に肝硬変,肝がんに移行しやすい

正常

10 〜 30 年 慢性肝炎

肝硬変

肝がん

炎症 線維化 発癌

感染

一過性感染 治癒

ごく軽い肝炎

図 1. ウイルス性慢性肝炎から肝がんへ. 肝炎ウイルスが感染後,慢性肝炎,肝 硬変を経て肝細胞癌(肝がん)の合併をみる.そこにはウイルスの持続感染,持続 する炎症があり,次第に線維化が進行して発癌がみられる.

Splenocytes (Transgenic)

BM

(Transgenic) BM 

(Non Transgenic) Primed Splenocytes (Non Transgenic)

ALT

Tx

Irradiation HBV transgenic mouse

Tg

ALT

HCC

+

図 2. トランスジェニックマウスを用いた炎症による発癌のモデル.

ルは化学発癌モデルと異なり,標的である抗原 は発癌を引き起こさないにもかかわらず,この 抗原に対する持続炎症によって肝細胞癌が生じ る,炎症発癌のモデルである(図 2).

脾細胞からCD8 陽性細胞,およびCD4 陽性細 胞を分離し,それぞれを導入すると,CD8 陽性

細胞を導入したマウスは,CD4 陽性細胞を導入 したマウスに比べ,高いALT値と持続したALT 値上昇が認められる(図 3a).CD8 陽性細胞を導 入したマウスでは全脾細胞を導入した場合と同 様に高率に肝細胞の合併を認め,CD4 陽性細胞 を導入した場合の発癌率は低かった.このマウ

(3)

1000 2000

00 14 21 28 3000

600

540 270 300

Days after Transfer

Serum ALT Activity (U/L)

Total

Days after Transfer 0 15 30 45 150

450

300

150

0

(a) (b)

IgG-ip T LYMPHOCYTE

SUBSET TRANSFER

INHIBITION OF FAS.L PATHWAY

αFL-sc Anti-mFasL;

200 μg/d×19

Tg Spl. αFL-ip

4000

7

1500

1000

500

0 Donor Cell Subset Enrichment by mAb+ C

CD8+

CD4+

図 3. トランスジェニックマウスを用いた免疫と発癌.aは CD4陽性細胞,CD8 陽性細胞をトランスジェニックマウスに移入した際の ALT値の変動を経時的に示 したもの3).bは Fas ligand中和抗体を腹腔内(ip),あるいは皮下(sc)に投与 した際の ALT値の変動を示したもの2)

慢性肝炎

肝細胞癌 肝細胞 細胞死

抗原特異的な免疫 CD8

図 4. トランスジェニックマウスを用いた炎症発 癌モデルの機序.CD8陽性細胞が引き起こす肝 細胞への炎症が,最終的に肝細胞を癌化させるこ とを示唆している.

スにおいて,Fas ligandの中和抗体を投与すると ALT値の上昇は抑えられ(図 3b),肝細胞癌の 発症も抑えられた2,3).免疫反応による炎症の程 度と肝細胞癌の発症は密接に関連しており,ALT 値が鎮静化している症例からの発癌が少ないと いう臨床的な観察を裏付けるものであった.こ のように,外来性の抗原に対する免疫を用いた モデルにおいては炎症による癌化が示される

(図 4).

3.B型, C型慢性肝炎におけるウイルスと 炎症による発癌の臨床

ウイルス性慢性肝炎を背景とした肝細胞癌の 発癌を考えるとき,1)肝炎ウイルスの遺伝子あ るいは遺伝子産物によって直接に発癌が引き起 こされるのか,2)肝炎ウイルスに感染した肝細 胞に対する持続する炎症によって発癌が引き起 こされるのか,3)両者が関与して発癌するのか,

その場合,どちらが強く発癌に関与しているの かについて議論されている.

肝炎ウイルスによる肝硬変,非肝炎ウイルス による肝硬変から,同様の頻度で肝細胞癌が生 じるか否かは明らかでない.両者の炎症の程度,

持続期間,肝硬変の組織像も異なるため,比較 は困難である.また,肝炎ウイルス感染がなけ れば肝細胞に対する炎症が生じないために,臨 床的に,ウイルスによる発癌の関与が大きいの か,炎症による発癌の関与が大きいのかを明ら かにすることも容易ではない.

C型慢性肝炎に対するインターフェロン療法に

(4)

A B

図 5. B型および C型慢性肝炎肝組織における包括的発現遺伝子解析4)

よって,1)HCVが消失し肝炎が沈静化した場合,

2)HCVが消えないものの肝炎が沈静化した場合,

3)HCVも,肝炎も沈静化しない場合を比較する と,#1 と#2 は#3 に比較して同程度に発癌率 が低下することが報告されている.C型では多く の症例が肝硬変といった進行した肝病変から発 生することと合わせ,C型はHCVによる発癌より も炎症による発癌の寄与が大きいことが示唆さ れている.一方,B型慢性肝炎では,肝硬変に至っ ていない段階からの発癌が多いこと,あるいは,

長らく肝炎が沈静化した肝臓からの発癌が見ら れることから,C型に比較すれば,ウイルスの関 与が大きいことが示唆されている.

4.B型慢性肝炎およびC型慢性肝炎を背景 とする発癌機構の違い

B型慢性肝炎とC型慢性肝炎は同様に慢性肝 炎・肝硬変と進行し,肝細胞癌を合併するもの の,発癌機序に違いがあることが示唆される.

そこで,B型慢性肝炎組織およびC型慢性肝炎組 織における遺伝子発現を包括的にみると,その 発現遺伝子のプロファイルの差異は明らかであっ た(図 5)4).浸潤リンパ球と肝細胞における発現 遺伝子を比較すると,浸潤リンパ球における発 現遺伝子のプロファイルも,攻撃される肝細胞 におけるプロファイルもB型慢性肝炎およびC 型慢性肝炎で異なっていた(表)5)

さらに発現遺伝子を調節するmicro-RNAの発

(5)

表 . ウイルス性慢性肝炎における浸潤リンパ球と肝細胞の発現遺伝子.

LS permutation p-value Gene Ontology

HCV> HBV 0.00105

Antigen presenting 全肝

HCV> HBV p< 0.00001

IFN-alpha induced

HBV> HCV 0.005

Celldeath

HBV> HCV 0.005

DNA repair

HBV> HCV 0.019

Single-stranded DNA binding 肝細胞

HCV> HBV 0.005

Mitochondria

HCV> HBV 0.004

IFN-alpha induced

HBV> HCV 0.002

Immunologicalsynapse リンパ球

HBV> HCV 0.004

Induction ofapoptosis via death domain

HCV> HBV 0.004

Chemotaxis

発現している遺伝子を gene ontologyに分類し,B型および C型における差異を解析した.

図 6. B型および C型慢性肝炎から発癌に至る機序の違い.

Impaired T cell responses

Lymphocyte accumulation

Cytokines Chemokines Growth factors T cell responses

HCV HBV

HCV Type Ⅰ-IFN

NF-kB

CTL

Anti apoptotic phenotype (Induction of apoptosis)

Cell proliferation, grow stress and ROS lead to DNA break

Hepatocellular carcinoma Anti inflammatory

drugs UDCA etc.

IFN-alpha HBV

mitochondria

CTL

Induction of apoptosis DNA damage responses

Recombination and mutation of tumor suppressor genes (p53 etc.) Oncogene activation

Hepatocellular carcinoma Integration of HBV

P53 (14-3-3) Lamivudine etc.

現をみても両者の差異は明らかであった6).この ようにB型慢性肝炎からの発癌とC型慢性肝炎か らの発癌の機序は大きく異なっている(図 6).

おわりに

ウイルス性慢性肝炎からの発癌は,ウイルス そのものによる発癌機序と,炎症による発癌機 序が相互に密接に関連している.その変動する 遺伝子の解析からは,C型慢性肝炎ではより炎症 が関連している分子の発現が強く認められ,炎

症による発癌が大きく関連していることを示唆 する.B型慢性肝炎においても炎症の関与が大き いと考えられる.しかし,C型に比較すると,そ の寄与が小さい.遺伝子相互の関連がより明確 になれば,ウイルスと炎症の寄与度がより正確 に計算されると考えられる.

1)国民衛生の動向・厚生の指標.財団法人 厚生統計協会.

2008 年 8 月 31 日.

2)Nakamoto Y, et al : Prevention of hepatocellular carci- noma development associated with chronic hepatitis by

(6)

anti-fas ligand antibody therapy. J of Exp Med 196 : 1105―

1111, 2002.

3)Nakamoto Y, et al : Different procarcinogenic potentials of lymphocyte subsets in a transgenic mouse model of chronic hepatitis B. Cancer Res 64 : 3326―3333, 2004.

4)Honda M, et al : Differential gene expression between chronic hepatitis B and C hepatic lesion. Gastroen- terol 120 : 955―966, 2001.

5)Honda M, et al: Different signaling pathways in the livers of patients with chronic hepatitis B or chronic hepatitis C. Hepatology 44(5): 1122―1138, 2006.

6)Ura S, et al : Differential microRNA expression between hepatitis B and hepatitis C leading disease progression to hepatocellular carcinoma. Hepatology 49 : 1098―1112, 2009.

参照

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1 ) Wang D, Liebowitz D, Kieff E.: An EBV membrane protein expressed in immortalized lymphocytes transforms established rodent cells. Cancer letters 337: 1-73, 2013 3 ) Kondo

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