InAs 量子ドットの自己形成における Sb 導入効果
角田 直輝
電気通信大学大学院 電気通信学研究科 博士(工学)の学位申請論文
2012 年 3 月
InAs 量子ドットの自己形成における Sb 導入効果
博士論文審査委員会
主査 山口 浩一 教授
委員 田中 勝己 教授
委員 水柿 義直 教授
委員 一色 秀夫 准教授
委員 中村 淳 准教授
著 作 権 所 有 者
角 田 直 輝
2012
Sb introduction effects on self-formation of InAs quantum dots Naoki Kakuda
Abstract
In this thesis, author described Sb introduction effects on self-formation of high-density InAs quantum dots (QDs) and on suppression of coalescence of the QDs. The InAs QDs were grown on Sb-irradiated GaAs(001) by molecular beam epitaxy (MBE) using Stranski-Krastanov growth mode.
The background and aim of this thesis were given in Chapter 1. The basis of the presented experiments was described in Chapter 2.
In Chapter 3, the Sb-irradiated GaAs surface was observed by scanning tunneling microscopy (STM) and reflection high energy electron-beam diffraction (RHEED). The observed (4×3) reconstructed surface was analyzed based on the (2×3) surface structure. Next, self-formation of InAs 2-dimensional (2D) and 3D islands on the Sb-irradiated GaAs buffer layer was analyzed by using in-situ STM observation. Prior to the 3D island formation, 2D small islands appeared and increased the step density. The proposed model of the 2D-3D growth transition explained high density formation of the InAs QDs on the Sb-irradiated GaAs buffer layers.
In Chapter 4, a coarsening process of high-density InAs QDs was described. The decrease of QD density and increase of QD size at 2 ~ 3 monolayer (ML) in InAs coverage were caused by a ripening process. The QD density and QD size saturated at more than about 3 ML. These saturated values for the Sb-irradiated GaAs buffer layer were larger than that for the conventional GaAs buffer layer, because of strain reduction due to the GaAsSb buffer layer.
In Chapter 5, the giant dot formation due to the coalescence was analyzed by using a combination system of X-ray diffraction and MBE. The QD height and the lattice spacing were observed in-situ during the InAs growth and the growth interruption. It was found that the Sb irradiation during the growth interruption was effective method to suppress the coalescence.
The above results and discussion were concluded, and future prospects were given in Chapter 6.
InAs 量子ドットの自己形成における Sb 導入効果 角田 直輝
概要
本論文では,分子線エピタキシィ(MBE)を用いたStranski-Krastanov(SK)成長モードによる
GaAs(001)基板上へのInAs量子ドットの自己形成におけるSb導入効果として,Sb照射GaAs
バッファ層上の高密度InAs 量子ドットの形成過程およびドット形成後のSb 照射成長中断 過程についてまとめた.
第 1 章では,本研究の背景として,量子ドットの基礎と応用,量子ドットの形成法の概 要を説明し,高均一・高密度でかつ結晶性の高いInAs量子ドットの形成に関する研究背景 について述べた.また,本研究の目的,意義および本論文の構成について述べた.
第2章では,MBEの概要,Sb照射GaAsバッファ層上のInAs量子ドットの成長過程およ び試料の測定評価の概要について説明した.
第3章では,走査型トンネル顕微鏡(STM)とMBEの合体装置を用い,Sb照射GaAsバッ ファ層の表面構造の観察およびその表面上のInAs 2次元島および3次元島(量子ドット)
の成長過程のその場STM観察について検討した.基板温度438℃におけるSb照射GaAsバ ッファ層表面では,[1-10]方向に沿った Sb 原子のダイマー列構造が所々で曲折したジグザ グ構造を形成していることが分かった.このような表面構造に対して 3 つの(2×3)表面再構 成構造について考察し,さらに2種類の(2×3)構造から構成される(4×3)構造モデルを提案し た.
次に,Sb照射GaAsバッファ層上のInAs成長過程におけるその場STM観察について検 討した.表面のステップ密度はGaAsバッファ層上の場合よりも3 ~ 10倍も高くなることが 分かった.InAs成長量が1分子層(ML)から3次元島発生前(1.64 ML)までにおいては,
GaAsバッファ層上では観察されなかった微小2次元島が多数形成され,島密度とラテラル
サイズのInAs成長量依存性を調べた結果,成長量1.56 MLまでに微小2次元島の密度は 1.4×1011 cm-2まで増加し,成長量1.56 ~ 1.64 MLでは急激に減少した.InAs 1.62 ML以降で 3次元島の急激な発生を島のステップ端近傍およびテラス上に観察し,そのラテラルサイズ は微小2次元島と同程度であった.これらの結果を基に,Sb照射GaAsバッファ層上に特 徴的な高密度3次元核形成モデルを提案した.
第4章では,Sb照射GaAsバッファ層上の高密度InAs量子ドットのcoarsening過程につ いて検討した.Sb照射量を増加させると,InAs成長量が2 ML程度まではドットは高密度 化し,3 MLまではドット同士の合体(コアレッセンス)によるドットの巨大化は抑制され,
ライプニング過程によるドット密度の減少が起こることを明らかにした.また,このライ プニング過程は,近接したドット間の歪み相互作用によって引き起こされることを示した.
さらにInAs成長量が3 ~ 5 MLでは,平均ドット高さはSb照射量にほとんど依存せずに同
程度のドット高さ(約10 nm)に飽和し,かつドット密度も同程度の値(1.2×1011 cm-2)に 飽和することが分かった.このようなInAs成長量の増加によるドットサイズとドット密度 の飽和現象は,Sb 照射のない通常の GaAs バッファ層上においても観測される場合がある が,その飽和高さと飽和密度はSb照射GaAsバッファ層上の方が大きくなる傾向にあり,
Sb照射GaAsバッファ層およびSb原子を含むInAs濡れ層の導入による圧縮歪みの低下に よるものであることを示した.
第5章では,X線回折(XRD)計とMBEの合体装置を用い,Sb照射GaAsバッファ層上の InAs 量子ドット成長過程およびその後の成長中断における InAs 量子ドット構造のその場 XRD測定について検討した.InAsの2次元成長から3次元成長への遷移において,ドット 内部の格子定数の増大とドット高さの増大を観察し,その後の成長量の増加につれてドッ ト高さが飽和し,自己サイズ制限が引き起こされたことを明瞭に観察した.また,コアレ ッセンスによる巨大ドットとコヒーレントなドットを分離した評価解析を行い,InAs 成長 過程およびAs照射成長中断における巨大ドットの形成の様子を観測し,巨大ドットの形成 割合の増大を示した.
次に,巨大ドットの抑制を目的として,InAs量子ドット成長後のSb照射による成長中断 法を検討し,巨大ドット形成割合はAs照射成長中断に比べて低下したことを見出した.特 に,InAs成長量を調整したドットのSb照射成長中断では,巨大ドットを完全に抑制するこ とができた.さらに,Sb照射成長中断を施し,GaAs層で埋め込み成長を行った高密度ドッ ト試料のフォトルミネッセンス(PL)測定を行った結果,PL強度はAs照射成長中断を行った 試料よりも約2.4倍増大し,InAs量子ドットの結晶性の改善に有効な手法であることを示し た.
第6章では,本研究で得られた結果および考察をまとめ,今後の課題について述べた.
目次
略語一覧...4
第1章 序論...5
1.1 本研究の背景...5
1.1.1 量子ドットの基礎と応用...5
1.1.2 Stranski-Krastanov(SK)成長モードを用いた量子ドットの自己形成法...5
1.1.3 SK成長モードを用いた自己形成InAs量子ドットの高密度化...8
1.1.4 Sb照射GaAsバッファ層上の高密度InAs量子ドットの自己形成...8
1.2 本研究の目的と意義および論文の構成...10
参考文献...14
第2章 実験方法...17
2.1 MBE法...17
2.1.1 MBE法の概要...17
2.1.2 固体ソースMBE装置の構成...17
2.1.3 RHEEDの概要...19
2.1.4 MBE成長のプロセス...23
2.1.4.1 基板の前処理...23
2.1.4.2 GaAsバッファ層の成長...23
2.1.4.3 Sb照射GaAsバッファ層の形成およびInAs量子ドットの成長...24
2.2 評価装置...28
2.2.1 トンネル型走査顕微鏡(STM)とMBEの合体装置...28
2.2.2 表面X線回折(XRD)とMBEの合体装置...30
参考文献...32
第3章 Sb照射GaAsバッファ層上のInAs成長過程における表面構造...33
3.1 緒言...33
3.2 MBE成長およびSTM観察の実験方法...34
3.3 結果と考察...37
3.3.1 Sb照射GaAsバッファ層の表面再構成構造...37
3.3.2 Sb照射GaAsバッファ層上のInAs 2次元成長および3次元成長過程...43
3.4 結言...55
参考文献...57
第4章 Sb照射GaAsバッファ層上の高密度InAs量子ドットのcoarsening過程...59
4.1 緒言...59
4.2 試料構造とMBE成長条件...60
4.3 結果と考察...62
4.3.1 Sb照射GaAsバッファ層上の高密度InAs量子ドットのライプニング過程...62
4.3.2 高密度InAs量子ドット成長におけるドット構造の飽和過程...75
4.4 結言...85
参考文献...86
第5章 Sb照射GaAsバッファ層上のInAs量子ドット成長における 時間分解X線回折測定...87
5.1 緒言...87
5.2 実験方法...88
5.2.1 MBE成長条件と時間分解XRD測定の概要...88
5.2.2 ドット高さとドット内部の格子定数の解析方法...91
5.3 結果と考察...95
5.3.1 Sb照射GaAsバッファ層上のInAs量子ドット成長およびAs成長中断過程...95
5.3.2 Sb照射GaAsバッファ層上のInAs量子ドット成長およびSb成長中断過程...98
5.4 結言...102
参考文献...103
第6章 結論および今後の課題...105
6.1 本論文の結論...101
6.2 今後の課題...108
付録...109
参考文献...111
謝辞...113
略語一覧
AFM (Atomic Force Microscopy) 原子間力顕微鏡法
AL (Atomic Layer) 原子層
CCD (Charge Coupled Device) 電荷結合素子(CCDイメージセンサ)
FFT (Fast Fourier Tranform) 高速フーリエ変換
Kセル (Knudsen cell) クヌーセンセル
MBE (Molecular Beam Epitaxy) 分子線エピタキシィ
ML (monolayer) 分子層
MOCVD (Metal Organic Chemical Vapor Deposition) 有機金属化学気相成長法
PL (Photoluminescence) フォトルミネッセンス
RHEED (Reflection High Energy Electron Diffraction) 反射型高速電子線回折
SK (Stranski-Krastanov) ストランスキ・クラスタノフ
STM (Scanning Tunneling Microscopy) 走査型トンネル顕微鏡法
TEM (Transmission Electron Microscopy) 透過型電子顕微鏡法
XRD (X-ray Diffraction) X線回折
第 1 章 序論
1.1 本研究の背景
1.1.1 量子ドットの基礎と応用
量子ドットは,電子のド・ブロイ波長以下程度の 3 次元領域に電子を量子的に閉じ込め た構造で,その零次元系の電子の状態密度はデルタ関数的に狭く,完全に離散的な量子準 位をもつという特徴がある.よって,量子ドット内の電子は同じく完全に離散的なエネル ギー準位を持つ原子内の電子と同様の性質を示すために人工原子とも呼ばれる.量子ドッ トのデバイス応用は多岐に渡る.半導体レーザ[1]をはじめ,量子暗号通信の光源などに期 待されている単一光子発生素子[2],量子ドットにおけるクーロンブロケード効果を用いた 単電子素子[3],光メモリ素子[4],単一電子による近接相互作用を利用した量子ドットセル オートマトン[5],さらには量子ドット超格子構造のミニバンドを用いた高効率太陽電池[6]
などが挙げられる.その中でも,量子ドットを用いた半導体レーザの研究開発は国内外で 活発に進められており,閾値電流密度の低減,高速変調,閾値電流の温度無依存化などが 理論的に予測されている[1,7].すでにいくつかの研究機関により量子ドットレーザの試作開 発は進められ[8-10],最近では量子ドットレーザの実用化も始まった[11].しかし,量子ド ットレーザをはじめとする発光デバイスの高性能化や高機能化には,量子ドット構造の高 均一化,高密度化,そして転位を抑制した高品質化などの課題が残されており,量子ドッ トの形成メカニズムの理解と精密な制御を可能とする結晶成長技術の開発が重要である.
1.1.2 Stranski-Krastanov成長モードを用いた量子ドットの自己形成法
1次元量子閉じ込め効果を有する半導体量子井戸構造は,原子層単位の精密な膜厚制御を 可能とする分子線エピタキシィ(MBE)法や有機金属化学気相成長法(MOCVD)の半導体エピ タキシャル成長技術の発展によって実現された.しかし,3次元量子閉じ込め構造の量子ド
ットの形成は容易ではない.半導体基板上への量子ドットの自己形成法としては,ヘテロ 界面における格子歪みのない場合には液滴エピタキシィ法[12]があり,格子歪み系の場合に
はStranski-Krastanov(SK)成長モードを用いた手法がある.本研究では,SK成長モードを基
礎とした量子ドットの自己形成法について検討したもので,以下にSK成長モードの基本に ついて述べる.
図1.1はSK成長モードを用いた量子ドットの自己形成の概略図である.SK成長では,
基板結晶とは異なる格子定数の結晶薄膜(例えば,Si基板上のGe薄膜やGaAs基板上のInAs 薄膜)を基板上にエピタキシャル成長させる場合に,はじめは2次元的な層状成長が起こ るが,成長量を増していくと格子定数差を起因とする歪みエネルギーの増大を抑制するよ うに3次元成長へと遷移する.SK成長モードが見出された当初は,3次元島構造の形成は 転位の発生によるものであると考えられてきた.しかし,成長技術や観察技術の発展によ り,3次元島は成長過程の比較的初期において転位などの結晶欠陥を含まず,結晶性が良好 であることが確認され[13,14],その後,このような3次元島構造を量子ドットとして応用す る研究が活発になった.
SK成長におけるドット密度やドット構造は成長条件によって大きく変化する.ドット体 積の増加には,成長原料の供給量増加によるものの他に粗大化(coarsening)過程がある.
このcoarsening過程では,サイズの小さい不安定なドットから脱離した原子が拡散し,近隣
のサイズの大きいドットに再び取り込まれるというライプニング(ripening)過程によるも のと,近接したドット同士の合体(コアレッセンス,coalescence)過程によるものとに分類 される[15].コアレッセンス過程による巨大ドットはその内部(基板-ドット界面間)に転 位を発生しやすく[16],デバイス応用に向けてはコアレッセンスの抑制が重要な課題である.
また,ライプニング過程では成長量によるドットサイズや密度の精密な制御は困難である ため,デバイス応用ではライプニング過程の抑制が課題となる.このように,coarsening過 程の理解はドットの構造制御の観点において極めて重要である.
蒸着材料
(例えばInAs)
基板
(例えばGaAs)
濡れ層
基板 濡れ層
3次元島
(量子ドット)
基板
蒸着材料
蒸着材料
基板 濡れ層
蒸着材料
巨大ドット
蒸着材料の成長量
2次元島成長
3次元島(量子ドット)成長
量子ドット 転位
図1.1 SK成長モードによる量子ドットの自己形成の概略図.
1.1.3 SK成長成長成長成長モードモードモードモードをを用をを用用用いたいたいた自己形成いた自己形成自己形成自己形成InAs量子量子量子ドット量子ドットドットのドットの高密度のの高密度高密度高密度化化化化
量子ドットの半導体レーザや太陽電池などへの応用においては,量子ドットの高均一化 に加えて高密度化も重要である.例えば,通信用の量子ドットレーザの変調帯域を40 GHz まで高速化させるためには,ドットの面密度が1×1011 cm-2,積層数が6層,そして発光波長 の不均一半値幅が15 meVの高密度・高均一ドットが必要であると試算されている[17].ま た,量子ドットを用いた中間バンド型太陽電池は変換効率が60 %を超えるとされ[18],様々 なドット層の多重積層構造が検討されている.最近では,面内のドットの高密度化によっ て中間バンドを形成する方法が検討されており,ドット密度3×1011 cm-2以上で面内のドッ トの離散準位がバンド化するという報告がある[19].
GaAs基板上のInAs量子ドット成長におけるドット高密度形成は,一般に比較的高いAs4
分子線圧,高い InAs成長速度,そして低い成長温度において得られるが,このようなSK 成長条件では,量子ドットのコアレッセンスも発生しやすくなる問題点があった.最近で は,InAs成長時に通常のAs4分子線の代わりにAs2分子線を用いる手法[20]や,InAs量子ド ット下地にGaAs以外の異種材料を用いる手法が報告されている.InAs/GaAs中間層に InGaAs量子井戸層を用いる手法では7.5×1010 cm-2[21],AlAsバッファ層を用いる手法では 1011 cm-2台での高密度ドットが作製され[22],またGaNAsバッファ層を用いる手法も報告 されている[23].本研究では,高密度にもかかわらずコアレッセンスの抑制効果の高いSb 照射GaAsバッファ層上のInAs量子ドットの自己形成法に着目し,Sbの導入効果について 検討した.
1.1.4 Sb照射照射照射照射GaAsバッファバッファバッファ層上バッファ層上層上層上のののの高密度高密度高密度高密度InAs量子量子量子量子ドットドットドットドットののの自己形成の自己形成自己形成自己形成 図
図図
図1.2は従来のGaAsバッファ層上(a)とSb照射GaAsバッファ層上(b)にそれぞれ形成さ れた高密度InAs量子ドットの原子間力顕微鏡(AFM)像である[24].GaAsバッファ層上では 高密度ドットと同時にコアレッセンスを起こした巨大ドットが多数観察されるが,Sb照射 GaAsバッファ層上では高密度にもかかわらずコアレッセンスはほとんど抑制されている.
(a)
a
a
(b)
InAs量子ドット InAs濡れ層
GaAsバッファ層 GaAs(001)
InAs量子ドット InAs濡れ層
GaAs(001)
Sb照射GaAsバッファ層 GaAsバッファ層
図1.2 GaAsバッファ層上の高密度InAs量子ドットのAFM像と試料構造(a)および Sb照射GaAsバッファ層上の高密度InAs量子ドットのAFM像と試料構造(b)[21].
Sb照射によるドット形成手法では,従来のSK成長条件(成長速度,成長温度,成長原料 供給量)に加え,GaAsバッファ層表面に照射するSb供給量も重要なパラメータとなる.
すでにSb照射量によってドットの高密度制御が可能となることが報告されている[25].ま た,高均一なドットのSK成長条件を併せて用いると,6×1010 cm-2の高密度でフォトルミネ ッセンス(PL)のエネルギー半値幅30 meV未満の高均一ドットの形成が可能であることも報 告されている[25].
Sb照射GaAsバッファ層上のInAs成長のメカニズムに関する報告では,微小なワイヤ状 の2次元島の形成によってステップ密度が増加し,In原子のマイグレーションが抑制され ることによって高密度ドットが形成されたものと考察されている[25].また,ドットの
coarsening過程については,コアレッセンスの抑制効果は観察されているもののライプニン
グ過程については未だ不明な点も多い.Sb照射GaAsバッファ層上の高密度InAs量子ドッ トのデバイス応用に向けては,ドット成長過程におけるSb導入効果およびドット構造変化 をさらに明確にすることが重要な課題として残されていた.
1.2 本研究の目的と意義および論文の構成
本研究では,MBEによるSb照射GaAsバッファ層上の高密度InAs量子ドットの自己形 成において,下地のGaAsバッファ層およびInAs量子ドットへのSb導入効果について明ら かにすることを目的とし,InAs量子ドットの下地のSb照射GaAsバッファ層の表面構造と その層上へのInAs量子ドットの成長過程および成長中断過程について検討を行った.図1.3 は本論文の構成の概略図であり,各章とSb照射GaAsバッファ層上の高密度InAs量子ドッ トの成長過程との関係を示す.以下に,各章の目的と意義について述べる.
第1章で本論文の背景,目的と意義を述べた後,第2章では,実験方法として固体ソー スMBE装置の概要,MBEを用いたドット試料の形成法について説明し,試料評価装置の 概要について述べた.
第1章:序論
第2章:実験方法
高密度InAs量子ドット 成長プロセス
第3章:
Sb照射GaAsバッファ層上の InAs成長過程における表面構造
第4章:
Sb照射GaAsバッファ層上の 高密度InAs量子ドットの
coarsening過程
第5章:
Sb照射GaAsバッファ層上の InAs量子ドット成長における
時間分解X線回折測定 Sb照射GaAs
バッファ層
InAs
2次元島成長 InAs 3次元島(ドット)成長 成長中断 埋め込み
第6章:結論と今後の課題
図1.3 本論文の構成.
第3章では,Sb照射GaAsバッファ層の表面構造およびその表面上の高密度InAs量子ド ットの形成過程に関する理解を深めることを目的とし,Sb照射GaAsバッファ層の表面構 造,InAs 2次元島成長および3次元島形成の初期過程について,MBE装置と走査型トンネ ル顕微鏡(STM)装置の合体装置[26]を用いたその場STM観察を検討した.はじめに,Sb照 射GaAsバッファ層表面のSTM観察を検討し,GaAsバッファ層表面と表面モフォロジーを 比較した後,[1-10]方向に沿ったSb原子のダイマー列構造を観察し,再構成構造モデルを 提案した.次に,Sb照射GaAsバッファ層上のInAs 2次元島から3次元島形成初期へ至る 成長過程のその場STM観察を試みた.従来の2次元成長から3次元成長への遷移過程にお ける島の核形成過程の観察は,AFMやSTMなどによって行われてきたが,それらの多くは 成長終了後に基板を急冷して観察されたものであった.本研究におけるその場STM観察手 法は,基板温度の急冷を必要とせず,InAs成長中の基板表面の様子をダイレクトに観察す ることができ[27,28],Sb導入効果を検討する上で有効な手法である.本章では,その場STM 観察により,Sb照射GaAsバッファ層上のInAs 2次元島のモフォロジー変化および3次元 島の形成過程の初期を詳細に調べ,高密度InAs 3次元島形成モデルおよび3次元島遷移過 程におけるSb導入効果について考察した.
第4章では,Sb照射GaAsバッファ層上の高密度InAs量子ドットの初期核形成後の成長 過程を詳細に調べ,coarsening過程およびドット構造変化におけるSb導入効果に関する知 見を得ることを目的とした.Sb照射量とInAs成長量をそれぞれ変化させ,高密度ドットの 密度,サイズおよび形状の変化を成長中の反射型高速電子線回折(RHEED)パターン観察お よび成長終了後のAFM観察により検討した.本章では,高密度ドットのライプニング過程 におけるドット密度・サイズ変化の様子を観察した点に特徴があり,高密度ドットの精密 な制御の観点において意義がある.また,高密度InAs量子ドットの飽和密度・飽和サイズ についてGaAsバッファ層上との比較を行い,Sb照射GaAsバッファ層によるドットの面内 歪みの緩和効果を見出した.これは,飽和サイズに達したドットのさらなる高密度化への 指針を与えるものである.
第5章では,第4章で検討したSb照射GaAsバッファ層上の高密度InAs量子ドットの
coarsening過程のうち,成長過程に発生するコアレッセンスによるドットの巨大化について
検討し,コアレッセンスを抑制することを目的とした.コアレッセンスによるドットの巨 大化については,巨大ドットの形成タイミングやサイズ変化などについて不明な点が多い.
本章では,超高輝度のX線光源を用いたX線回折(XRD)装置とMBE装置の合体装置(大型 放射光施設SPring-8のビームラインBL11XUに設置)[29,30]を用いて,巨大ドットと通常 の比較的小さいサイズのドット(コヒーレントドット)とを分離して解析し,巨大ドット の形成過程を9 s程度の高い時間分解能でリアルタイムに観察した点に特徴がある.はじめ に,成長中および成長中断中に対する巨大ドットの発生とその形成割合およびドット内部 の格子定数分布を検討し,次にSb照射GaAsバッファ層上における巨大ドットの抑制のた めに,ドット成長終了後の成長中断におけるSb照射法を提案した.この手法は,従来の As照射成長中断に比べてコアレッセンスを抑制させることができ,結晶性劣化の抑制手法 として有効であることを見出した.その場XRD測定により巨大ドットの形成過程について 得られた知見は,Sb照射GaAsバッファ層上におけるコアレッセンスのメカニズムの理解 および高品質な量子ドットの形成制御の観点において意義深い.
最後に第6章では本研究で明らかになった結果をまとめ,今後の課題について述べた.
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[30] M. Takahasi, T. Kaizu, and J. Mizuki, Appl. Phys. Lett. 88 (2006) 101917.
第 2 章 実験方法
2.1 MBE 法
2.1.1 MBE法の概要
MBE法は,真空度10-10 Torr以下程度の超高真空中において,蒸着材料を分子線の状態で 基板表面に供給して結晶化させる,薄膜のエピタキシャル成長法の一種である.その高い 真空度のため,蒸着材料分子の平均自由行程は基板と蒸着源の間の距離よりも遙かに長く,
分子は超高真空中を漂う不純物と衝突することなく基板表面に照射される.MBEは一般的 に成長原料の状態によって分類され,固体原料を加熱・昇華させる方法を固体ソースMBE 法,固体原料と気体原料を組み合わせて用いる方法をガスソースMBE法,有機金属原料を 用いる方法を有機金属 MBE 法と呼び,それぞれ目的にあった結晶成長に用いられている.
固体ソースMBE法では,クヌーセンセル(Kセル)の加熱やシャッタの開閉によって広範 囲に蒸気圧の制御が可能であるため,薄膜材料の選択性や膜厚の制御性が高い.一般的な
MBE装置にはRHEED装置が標準で取り付けられていて,基板表面の平坦性,再構成構造
やファセット面の形成などをその場観察できることも制御性の高さに寄与している.MBE 法では,1原子層以下の薄膜や数百層からなる超格子構造,数 μmの厚膜まで多種多様なエ ピタキシャル薄膜が作製可能である.一方で,MBE は一般に非平衡度が高い成長法である ため,原子空孔などの格子欠陥が導入されやすいという欠点もある.
2.1.2 固体ソースMBE装置の構成
本研究で用いた固体ソースMBE装置の概略図を図2.1に示す.MBE装置は,基板を成長 する成長室(メインチャンバ),基板を大気から成長室に搬入するための搬入室(ロードロ ック室),固体原料の分子線源,基板マニピュレータ,各種真空排気装置,真空計,四重極 質量分析装置,RHEED,パイロメータなどから構成されている.成長室はステンレス製で,
図2.1 固体ソースMBE装置の概略図.
Sb-cell As-cell In-cell
Ga-cel l イオンポンプ
ターボ分子ポンプ
ロータリーポンプ チタン
サブリメーション ポンプ
電子銃 フ ラ ッ ク ス
メータ ゲ ー ト バルブ
基板ホルダ
トランスファーロッド 搬入室
シャッタ
Si-cell
オイルミストトラップ 成長室
RHEED用 蛍光板
電離真空計 パイロメータ
超高真空を維持するために常にイオンポンプによって真空引きされている.残留ガスや分 子線の蒸気圧によって成長室の真空度を低下させないように,成長室の内壁には液体窒素 で冷却するシュラウドを備えており,さらにチタンサブリメーションポンプも必要に応じ て使用している.試料は基板ホルダに取り付けられ,搬入室からトランスファーロッドを 用いて成長室内の基板マニピュレータに装着される.この搬入室は,ターボ分子ポンプに
より10-8 Torr台の高真空まで真空引きされ,成長室の真空を破ることなく試料の搬出入を行
う.基板の温度モニタはパイロメータおよびW-Reの熱電対(Type C)によって行う.固体原 料は高耐熱かつ反応性の低い熱分解窒化ホウ素(Pyrolytic Boron Nitride: PBN)るつぼに納め られ,るつぼはタンタル線が巻かれたKセルに納められている.固体原料は抵抗加熱され,
分子線として成長基板表面に照射される.Kセルの上部にはシャッタが付いており,回転導 入器によって外部から分子線の照射状態を制御できる.分子線の蒸着圧力は基板マニピュ レータに設置されているフラックスメータによって精密に計測される.
2.1.3 RHEEDの概要
図2.2にRHEED測定の概略図を示す[1].RHEEDは,高速の電子線を1 ~ 2°の浅い入射
角で試料表面に入射させ,電子の波動性によって結晶表面でブラッグ反射した電子線(反 射角θ)を蛍光板に映し出すことで結晶表面の様子を調べる装置である.加速電圧 10 ~ 50 keVにおける電子線のド・ブロイ波長はλ = 0.012 ~ 0.0005 nmで,結晶の1原子層の膜厚(0.3 nm程度)よりも1桁以上小さい値であり,試料の周期構造に対して高い分解能で観測する ことができる.また,浅い入射角で入射した電子線は表面から数原子層までしか侵入しな いため,表面層の周期構造の回折強度を検出することができる.MBE 成長中のRHEED観 察により,成長中の表面状態をその場(in-situ)観察することができる.
RHEED用の蛍光板に映し出された表面の周期構造の回折パターンは,電子線の回折条件
と実格子空間のフーリエ級数に対応する逆格子空間とによって理解される.図2.3(a)は原子 の反射面におけるブラッグの回折条件の模式図である.入射電子線(波長λ)は結晶の表面
層で様々な方向に散乱されるが,その中で電子線はブラッグの回折条件
dsinθ = nλ (n = 0, 1, 2 …) (2.1)
を満たす方向(入射電子線に対して角度θの方向)に強め合って反射される.ここで,d は 反射面の格子間隔とすると,反射電子線の位相差はdsinθである.ブラッグの回折条件を満 足する入射電子線,反射電子線の波数ベクトルをそれぞれk, k’とすると,逆格子ベクトルG はG = Δk = k’ - kとなる(図2.3(b),ラウエの回折条件).前述のように,RHEEDでは電子 線は表面より数原子層までしか侵入しないので,平坦な基板の結晶格子は 2 次元格子と見 なすことができる.この 2 次元格子の逆格子は結晶格子面に垂直な1 次元の線状(逆格子 ロッド)となる.
図2.4はラウエの回折条件におけるエバルト球と2次元逆格子の関係である[2].エバルト 球の半径(k = 2π / λ)は逆格子ロッドの格子間隔dよりもずっと大きいので,ベクトルk の先端(エバルト球の表面)は多くのロッドと交差してk’ = k + G方向に同心円状に回折点 を生じる.実際のRHEEDパターンでは,シャドウエッジで区切られた下半分は基板の陰に なるために観察されない.エバルト球と交差した逆格子点の領域のうち,より浅い出射角 から零次のラウエゾーン,一次のラウエゾーンとよぶ.図2.5は実格子(結晶格子)と逆格 子およびエバルト球と RHEED パターンの対応関係を示したものである[2].基板表面が完 全に平坦な場合(a)では,逆格子ロッドは線となるためエバルト球との交わりは点となり,
回折パターンはラウエリング上の強いスポットパターンとなる.実際の表面では数原子層 のステップ構造をもつ凹凸面が形成されているため,逆格子ロッドは太くなる(b).その結 果,エバルト球との交わりは線状となり,ストリーク状の回折パターンが観察される.ま
た,10 nm以下程度の凹凸の幅をもつ荒れた表面の場合,結晶格子は3次元格子とみなされ,
その逆格子は点状となり,スポット状のパターンが観察される.
比較的平坦な結晶表面では,表面特有の周期構造として表面再構成構造が観察される.
結晶内部では,原子は周りの原子と結合しているが,表に出ている原子は結合が切断され,
図2.3 反射面におけるブラッグの回折条件の模式図(a)および
入射波,反射波の波数ベクトルと逆格子ベクトルの関係(b).
図2.2 RHEED測定の概略図[1].
(01)(00) (0-1)
電子銃 θ
入射電子線
基板
反射電子線 蛍光スクリーン
表面原子の 面間隔d 入射電子線
反射電子線
θ
dsinθ
k
k’ G
k: 入射電子線の波数ベクトル
k’: 回折電子線の波数ベクトル
G : 逆格子ベクトル
(a)
(b)
表面
逆格子ロッド エバルト球 零次ラウエゾーン 一次ラウエゾーン
k k’
O
図2.4 2次元格子のRHEED回折条件[2].
シャドウエッジ k’
k k’
O
k’
(b)
k k’
O
k’
(a)
図2.5 完全に平坦な表面(a)とステップ状表面(b)それぞれの
結晶表面の実格子,逆格子とエバルト球の関係およびRHEEDパターン[2].
零次ラウエゾーン 一次ラウエゾーン 実格子
逆格子
シャドウエッジ RHEEDパターン
不対結合(ダングリングボンド)が生じる.このダングリングボンドは高いエネルギー状 態にあり,エネルギーを減少させるために,隣接する表面原子のダングリングボンドと二 量体(ダイマー構造)を形成する.ダイマーが組まれた表面構造は,バルクの結晶構造と は異なる構造のために表面再構成構造と呼ばれる.再構成構造は周期性をもつためRHEED パターンとして観察される.GaAs(001)基板の As 安定化面で代表的な表面再構成構造は (2×4)やc(4×4)がある[3].
2.1.4 MBE成長のプロセス
本項では,本論文の各章(第3章,第4章,第5章)において共通の試料構造であるSb 照射GaAsバッファ層上へのInAs量子ドットのMBE成長プロセスについて述べる.MBE 成長条件は,その場観察などの観察手法に応じて異なるため,それぞれの章で述べる.
2.1.4.1 基板の前処理
基板には半絶縁性のGaAs(001)基板を用いた.基板上の有機物などの除去のために,アセ トンと超純水による洗浄を行った後,表面層の研磨などによる結晶欠陥を含む層の除去の ために,H2SO4:H2O2:H2O = 4:1:1の混合溶液(温度50 ℃程度)によるウェットエッチング を20 s行った.その後,直ちに基板を超純水で洗浄し,エアブロー後,熱伝導性に優れた Inを用いてMoブロックに貼り付け,直ちに搬入室に搬入した.搬入室をターボ分子ポン
プにより10-7 Torr台の高真空まで真空引きをし,ゲートバルブを開いて超高真空の成長室
に搬入した.
2.1.4.2 GaAsバッファ層の成長
成長室の基板マニピュレータに装着した GaAs 基板は,自然酸化膜の除去を行った.As4
分子線(2.5×10-5 Torr)を照射し,RHEEDパターン観察を行いながらGaAs基板を昇温加熱 した.基板温度が約580 ℃で強い強度のスポットパターンが出現し,(2×4)表面再構成構造
(後述)を示すストリークパターンが薄く観察された時点を酸化膜除去と見なした.
次に,基板温度590 ℃,As4分子線圧2.5×10-5 TorrでGaAsバッファ層を成長した.開始 直後は表面を効果的に平坦化させるため,Ga原子の表面マイグレーションが促進するよう にGa分子線を断続供給した.図2.6(a), 2.6(b)は,RHEEDによるGaAsバッファ層成長中の
(2×4)パターンである.[110]入射方向では,バルクの周期構造((00), (01)などの1倍ストリ
ークパターン)の半分の位置(2 倍周期)にストリークパターンが現れ,[1-10]入射方向で は4倍周期のストリークパターンが現れる.図2.6(c)はGaAs層成長におけるRHEEDスペ キュラービーム強度[4]の時間変化である.強度の大小は表面の凹凸による反射ビームの散 乱度合いが反映されたもので,振動の1 周期は平坦な表面における 2 次元アイランドの形 成および被覆を1サイクルとするGaAs 単分子層(膜厚0.283 nm)の成長を示している.
この振動からGaAs 1層の成長速度が見積られ,GaAsバッファ層の膜厚が精密に制御され る.
2.1.4.3 Sb照射GaAsバッファ層の形成およびInAs量子ドットの成長
GaAsバッファ層を成長後,基板はAs4分子線を照射しながらSbを照射する基板温度まで 温度を下げた.その温度で,As4 分子線照射を停止(As シャッタを閉める)すると同時に Sb4分子線を照射した.Sb照射GaAsバッファ層では,AsとSbの交換反応により,表面を 含め3原子層はSbに置換され,さらに8原子層までSbが入り込むことが分かっている[5].
Sb照射GaAsバッファ層の形成後,Sb4分子線照射を停止(Sbシャッタを閉める)すると同 時にAs4分子線とIn分子線の照射を開始し,InAsを成長させた.
一般に,SK成長モードによる量子ドットの自己形成は,異なる格子定数を有する半導体 のヘテロエピタキシィによって生じる歪みを駆動力としている.基板と蒸着する半導体材 料の格子定数をそれぞれasub,afilmとすると,ミスフィットεは
ε
f100 %
(2.2)図2.6 GaAsバッファ層表面の(2
×
4)RHEEDパターン([110]入射(a),[1-10]入射(b)),GaAsバッファ層成長中のRHEEDスペキュラービーム振動(c).
(00) (00)
(01) (01)
0 5 10 15 20 25 30 35
RHEED specular beam intensity (arb. units)
Time (sec)
[110]入射 [1-10]入射
(a) (b)
(c)
と表される.GaAs基板上のInAs成長の場合のミスフィットεは7.2 %であり,GaAs基板上 に照射されたInAsはGaAs基板の結晶軸に沿って結合し,InAsの薄膜を形成する.InAs薄 膜はGaAs基板に対して面内方向に圧縮歪みが掛かり,面に対して鉛直な方向に引っ張り歪 みが掛かる.基板の表面エネルギー,薄膜の表面エネルギー,基板・薄膜間の界面(歪み)
エネルギーをそれぞれ , f , とすると,エネルギーのバランスは
f (2.3)
となり,系のエネルギーを下げるように薄膜の成長が進行する.さらに薄膜の成長を続け て膜厚が厚くなると基板・薄膜間の歪みエネルギー が大きくなり,エネルギーバラ ンスは
f (2.4)
と変化し,2次元成長層(濡れ層)上に3次元島構造(量子ドット)が形成され,歪みエネ ルギーは緩和される.2次元成長から3次元成長へ遷移する成長量は臨界膜厚と呼ばれ,本 研究では,Sb照射GaAsバッファ層上のInAs成長で1.65 ML[6]を用い,GaAsバッファ層上 のInAs成長で1.75 MLを用いた.図2.7(a)は,Sb照射GaAsバッファ層上のInAsの2次元 成長から3次元成長への遷移におけるRHEED回折ビーム強度変化で,図2.7(b)の白枠内の スポットの強度を記録したものである.2次元成長中(成長開始後30 s(図2.7(c)))では,
回折ビーム強度は全体的に低いが,3次元島へ遷移すると(成長開始後56 s(図2.7(d))),
パターンがスポット化し,回折強度は急激に増大する.3次元島へ遷移するまでの経過時間 からInAsの成長速度が計測される.
フォトルミネッセンス(PL)による評価のための試料の場合,InAs 量子ドット成長後に GaAs埋め込み層を形成させるため,5分間のAs照射成長中断を行い,基板温度を460℃ま で下げると共にAs4分子線圧の調整を行った.その後,Ga分子線を照射し,GaAs埋め込み 層を成長した.
図2.7 2次元島から3次元島へ遷移する過程における
典型的なRHEED回折ビーム強度変化(a).
RHEED回折振動を計測したスポット(白枠)(b),
2次元成長中におけるRHEEDパターン(c),
3次元成長へ遷移した時のRHEEDパターン(d).
0 10 20 30 40 50 60
RH EED di ff ra ct io n be am in te n sity ( ar b . u n its)
InAs growth time (s)
(b)
(c)
(d)
(a)
2.2 評価装置
2.2.1 STM装置とMBE装置の合体装置
半導体の原子レベルの表面構造や量子ドットの成長過程をその場観察する手段として,
2.1.3で述べたRHEEDがあるが,RHEEDでは2次元島の詳細な表面モフォロジー変化,ド
ットの密度やサイズなどの情報は得られ難い.一方,表面モフォロジーなどの構造観察法 としてSTMがある.MBE成長した清浄な基板表面をSTM観察する場合には,MBEの成長 室とゲートバルブで仕切られた超高真空STM装置を用いる場合があるが,成長温度から冷 却した試料の装置内搬送によりMBE成長中のその場観察ではない.そこで本論文(第3章)
では,Sb照射GaAsバッファ層上の InAs成長過程における表面構造変化を検討するため,
STMとMBEの合体装置[9]を用いた.図2.8は,装置の外観(a)およびMBE装置の試料ホル ダとSTMユニットの概略図(b)[9]である.試料は治具に4つのクリップ(電極)で固定され,
MBE 成長室へ搬入される.STM 装置は超高真空容器の中をレールで移動し,MBE 成長室 に搬送される.図2.8(b)は搬送された状態である.①試料ホルダ,②防熱保護シールド,③ 真空中STM移動機構の3つの仕組みによりMBE成長中のSTM観察を可能としている.① 試料ホルダは3本のピンでMBEの基板ヒータと近接しているが,STMユニットとMBE装 置の合体時には,この試料ホルダはSTMの上に乗り,ピンはホルダから浮いた状態になり,
MBE装置側からの振動から遮断される.合体装置全体が除振台に乗っており,STMユニッ トの除振機構と併せて除振を行っている.②防熱保護シールドによってSTMユニット全体 はMBEの高蒸気圧雰囲気から保護される.基板加熱による放射熱に対しては,3重のシー ルドにより保護される.さらに,STMスキャナ上部のセラミック板により,STMスキャナ 部への原料の侵入及び放射熱から保護される.③真空中STM移動機構は必要時にのみSTM 装置をMBE装置にドッキングさせることにより,STM装置を高蒸気圧雰囲気中に晒す時間 を最短化させることができる.また,KセルはMBE成長室下部と側部にそれぞれ付いてお り,側部のKセルは成長その場観察用である.MBE成長室の中にはRHEED装置が設置さ
図2.8 STM装置とMBE装置の合体装置の外観(a)および MBEの試料ホルダとSTMユニットの概略図(b)[8].
(a)
(b)
れており,STM装置がMBE成長室に搬入されていない状態で使用することができる.
2.2.2 XRD装置とMBE装置の合体装置
本論文(第5章)で用いた表面XRD装置とMBE装置の合体装置[9]は,兵庫県にある大 型放射光施設SPring-8のビームラインBL11XUに設置されている.施設名にある放射光と は,加速器で光速に近い速度に加速された電子を蓄積リングの中でシンクロトロン円運動 させ,電磁石による磁界を掛けた時,電子の進行方向がローレンツ力により曲げられる時 に発生する電磁波のことであり,例えば偏向電磁石を用いた場合,X線から赤外線までの連 続した波長の光が得られる.放射光は指向性が強く,極めて明るく,単色性が高いといっ た特徴をもつ.
図2.9はXRD装置とMBE装置の合体装置の外観(a)と概略図(b)である[9].MBE装置全 体がXRD装置のゴニオメータ上に設置されている.一般のXRD装置のX線光源では,得 られた回折ビーム強度を積分してスペクトル解析を行うために,MBE成長中の薄膜の測定 には時間が掛かるが,本装置では,SPring-8の極めて強い強度のX線を用いることで,MBE 成長中の時間分解XRD測定を行うことが可能(1回の回折測定に要する時間は約9 s)であ る.回折計は4+2軸(試料の位置調整4軸,検出器の位置調整2軸)であり,MBE成長室 にはX線を試料に入射・出射させるためにBe窓が付いている.また,MBE成長室の中に
はRHEED装置も設置されており,XRD測定を行いながらRHEEDパターン観察を行うこ
とができる.
MBE
XRD
X線
MBE成長室
試料
搬入室
Kセル
検出器
X線
Be窓
(a)
(b)
ゴニオメータ
図2.9 XRD装置とMBE装置の合体装置の外観(a)と概略図(b)[9].
参考文献
[1] 権田俊一, “分子線エピタキシー”, 培風館 (1994) 92.
[2] 坂本統徳, “分子線エピタキシーにおけるRHEED振動”, 応用物理 57 (1988) 30.
[3] V. P. LaBella, M. R. Krause, Z. Ding, and P. M. Thibado, Surf. Sci. Rep. 60 (2005) 1.
[4] J. J. Harris, B. A. Joyce, and P. J. Dobson, Surf. Sci. 103 (1981) L90.
[5] T. Kaizu, M. Takahasi, K. Yamaguchi, and J. Mizuki, J. Cryst. Growth 310 (2008) 3436.
[6] M. Ohta, T. Kanto, and K. Yamaguchi, Jpn. J. Appl Phys. 45 (2006) 3427.
[7] K. Yamaguchi, Y. Saito, and R. Ohtsubo, Appl. Surf. Sci. 190 (2002) 212.
[8] S. Tsukamoto and N. Koguchi, J. Cryst. Growth 201/202 (1999) 118.
[9] M. Takahasi, Y. Yoneda, H. Inoue, N. Yamamoto, and J. Mizuki, Jpn. J. Appl. Phys. 41 (2002) 6247.
第 3 章 Sb 照射 GaAs バッファ層上の InAs 成長過程における表面構造
3.1 緒言
Sb照射GaAsバッファ層上のInAs量子ドット成長では,ドットの高密度化およびドット同士の合体(コ アレッセンス)の抑制効果があることから,デバイス応用に向けた高密度量子ドットの成長手法として 期待されている.その成長過程に関しては,これまでは主にRHEED観察や,AFM観察による議論がな されていたが[1,2],2次元や3次元の島成長の空間分布やサイズなどを観察した報告例はほとんどなかっ た.本章では,Sb照射GaAsバッファ層上へのInAs成長において,ドットの高密度化を引き起こす2次 元島および3次元島の成長過程をその場でSTM観察を行ったものであり,3次元核形成メカニズムを解 明する上で重要である.
3.3.1では,Sb照射GaAsバッファ層上のInAs成長過程のその場 STM観察の前段階として,Sb照射
GaAsバッファ層の表面モフォロジーおよび表面再構成構造を明らかにすることを目的とし,以下の検討 を行った.はじめに,Sb照射GaAs表面の RHEED パターンの基板温度依存性を調べ,基板温度に対す る表面の原子の再構成構造について検討した.次に,STM観察によりSb照射GaAs表面構造を調べ,表 面再構成構造モデルを考察した.
3.3.2では,InAs成長過程におけるRHEEDパターン変化の観察を行い,次に,MBE装置とSTM装置
の合体装置[3]を用いてInAs 2次元島-3次元島遷移過程のその場STM観察を試みた.2次元島および3 次元島の空間分布,サイズおよびステップ密度変化を調べ,その連続的な成長表面状態の変化からSb照 射GaAsバッファ層上の高密度InAs 3次元島の形成モデルについて考察した.
3.2 MBE 成長および STM 観察の実験方法
図3.1は試料構造とSTM観察の概略図である.試料の作製および観察はMBE装置とSTM装置の合体 装置[3]を用いて行った.2.2.1で述べたように,この装置はMBEの成長室内にSTM測定ユニットを導入 したもので,MBE 成長しながら STM 観察を行うことが可能である.実験は以下のように進めた.半絶
縁性GaAs(001)基板(ノンドープ,抵抗率2.4×107 ~ 3.3×107 Ωcm)を4つのクリップ(電極)で基板ホ
ルダに固定し,MBE成長室に搬入して Sb照射GaAsバッファ層を形成した.3.3.1では,形成後に基板
温度を200 ℃に設定し,成長室の背圧が10-10 Torrになったことを確認してから基板ヒータ電源を切った.
これは試料へのAs吸着を抑制するためである.RHEEDパターンを観察し,Sb照射終了時とパターンが 変わっていないことを確認してからSTM 観察を行った.3.3.2では,Sb照射終了後にRHEEDパターン 観察を行い,その後InAs成長をしながらSTM観察を行った.STM観察中はキャリアの生成を促進する ために試料にスポットライトを照射した.
表3.1はMBE成長条件およびSTM観察条件である.基板はAs4分子線下で酸化膜を除去後,基板温度
580℃で200 nmのGaAsバッファ層を成長した.その後,基板温度438 ~ 525 ℃でAsセルのシャッタを
閉じると同時にSbセルのシャッタを開け,Sb照射GaAsバッファ層を形成した.Sb4分子線圧は3.0×10-9 Torrで,照射量は1原子層(AL)である.単位面積当たりの入射分子数jinと入射分子線圧pの関係式
(3.1)
を用いると,Sbの照射時間tSbは
t
S G S CS (3.2)である.ここで,DGaSbはバルクのGaSbの単位面積当たりの原子数,CSbはSbの照射量(単位面積当たり 1 AL分の原子数),mはSb4の質量,kBはボルツマン定数,Tは基板温度である.3.3.1のSb照射GaAs バッファ層の表面におけるSTM観察条件は,探針バイアスを+3 Vまたは-3 V,トンネル電流を0.1 nA,
スキャン速度を250 nm/sとした.また,3.3.2のInAs成長中におけるその場STM観察条件は,探針バイ アスを-2 V,トンネル電流を0.2 nA,スキャン速度を3846 nm/s(500 nm × 500 nmスキャン1枚の所要時 間268 s)とした.InAs成長条件は基板温度460 ℃,InおよびAs4分子線圧はそれぞれ2.9×10-9 Torr, 6.3×10-6
Torrである.InAs成長速度は2次元島から3次元島への遷移に伴うRHEED回折パターンのスポット化 までの照射時間と臨界膜厚1.65 ML[1]から見積もり,0.000764 ML/sとした.この超低成長速度はSTM像 1枚に要する時間分の成長量を少なくし,成長過程における表面変化を詳細に観察するためのものである.
本章では,表面荒さの定量化として表面のステップ密度を解析した.ここでのステップ密度は,単位面 積当たりの島の全ステップの長さ(単位はμm-1)とした.
図3.1 MBE成長およびSTM観察の概略図.
InAs成長終了後のSb照射GaAsバッファ層表面観察(a),
InAs成長中のその場STM観察(b).
Sb照射GaAs バッファ層
成長終了し,急冷後のSTM観察(3.3.1)
GaAs(001) Sb4
急冷
探針
ヒータ加熱
GaAs(001) InAs
2次元成長層
成長中のその場STM観察(3.3.2) In As4
ヒータ加熱
(a)
(b)
GaAs(001) InAs
3次元島
In As4
ヒータ加熱 GaAsバッファ層
表3.1 MBE成長条件およびSTM観察条件.
3.3.1 3.3.2 基板温度 (℃) 580 580 膜厚 (nm) 200 200 基板温度 (℃) 438 ~ 525 460 Sb4分子線圧 (Torr) 3.0×10-9 3.0×10-9
基板温度 (℃) 460
In分子線圧 (Torr) 2.9×10-9
As4分子線圧 (Torr) 6.3×10-6
探針バイアス (V) +3または-3 -2 トンネル電流 (nA) 0.1 0.2 スキャン速度 (nm/s) 250 3846 STM観察条件
GaAsバッファ層
Sb照射
InAs成長
3.3 結果と考察
3.3.1 Sb照射GaAsバッファ層の表面再構成構造
InAs量子ドット成長前のSb照射GaAsバッファ層の表面構造について,RHEEDおよびSTMを用いて 観察評価を行い,Sb照射GaAsバッファ層表面の再構成構造について検討した.
図3.2は,GaAsバッファ層表面へのSb照射前後におけるRHEEDパターンの基板温度依存性を示した もので,[110]と[1-10]の入射電子線方向について観察した.矢印は(00)ロッドを示す.基板温度438℃の Sb照射前では,[110]入射と[1-10]入射の両方について,零次のラウエゾーンにおいて2倍周期,一次の ラウエゾーンにおいて零次の2倍周期のロッドの間に2倍周期がそれぞれ観察され,c(4×4)の表面再構成 構造であった(図3.2(a)).Sb照射後,[1-10]入射方向では3倍の周期構造を示したが(図3.2(b), 3.2(c)),
[110]入射方向では弱い2倍周期(図3.2(b))と弱い4倍周期(図3.2(c))が現れ,(2×3)と(4×3)の遷移領
域にあるものと考えられる.基板温度460 ℃では,Sb照射前は438 ℃と同様にc(4×4)が現れたが,Sb 照射後は(2×3)のみが観察された(図3.2(d)).484 ℃では,Sb照射前後のパターン変化は460 ℃と同様 であったが(図3.2(e)),(2×3)パターンの2倍周期の回折強度がさらに強まり,2倍の周期構造の支配性 が増したことが分かった.さらに525 ℃(図3.2(f))では,Sb照射前のGaAs表面においてc(4×4)よりも As原子組成の低い(2×4)のAs安定化面[4]を示し,Sb照射後においても(2×4)が維持された.460 ℃や 484 ℃で観察されたSb照射GaAsバッファ層上の表面構造における(4×3)と(2×3)の報告はほとんどなく,
さらに高密度InAs量子ドットの下地表面構造の詳細な検討はなされていなかった.そこで本研究では,
438 ℃の(4×3)/(2×3)遷移領域およびInAs成長のその場STM観察の開始表面である(2×3)構造(基板温度 460 ℃)に着目し,それらの表面構造について詳しく検討した.
図3.3(a)は,Sb照射前のc(4×4) パターンを示すGaAsバッファ層表面のSTM像(スキャンサイズ100
nm × 100 nm)である.表面の凹凸は±0.5 nmで比較的平坦性が高く,2次元島の平均ステップ密度は81 μm-1
であった.図3.3(b), 3.3(c)は,基板温度438℃でSb照射したGaAsバッファ層表面のSTM像(スキャン サイズは100 nm × 100 nmと50 nm × 50 nm)である.図3.3(b)における表面の凹凸は±1.0 nm で,Sb照射 前と比較して平坦性はやや悪化した.平均ステップ密度は183 μm-1で,Sb照射前に比べて2倍以上であ
図3.2 Sb照射前後のRHEEDパターンの基板温度依存性.
438 ℃:照射前(a),照射後(b) ~ (c),468 ℃(d),484 ℃(e), 525 ℃(f).
[110] 入射 [1-10] 入射
Sb照射後
(b) 438 ℃
(c) 438 ℃
(2×3)
(4×3)
(2×3) (a) 438 ℃
c(4×4) Sb照射前
c(4×4) Sb照射前
(d) 460 ℃ Sb照射後
(2×4) (f) 525 ℃
(2×4) Sb照射前
Sb照射後
(2×3)
Sb照射前 c(4×4)
(e) 484 ℃ Sb照射後
[110]
[1-10]
20 nm
[1-10]
[110]
10 nm 20 nm
(b) (c)
[110]
[1-10]
(a)
図3.3 GaAsバッファ層表面(a)およびSb照射GaAsバッファ層表面 ((b) , (c))のSTM像.
(スキャンサイズ100 nm
×
100 nm)((a), (b)),(スキャンサイズ 50 nm
×
50 nm)(c).ることが分かった.図3.4(a)は,図3.3(c)よりさらにスキャン範囲を狭くした時のSTM像(スキャンサイ
ズ20 nm × 20 nm)である.明暗のコントラストの縞状構造が[1-10]方向に沿って観察された.その断面プ
ロファイル(図3.4(b))から構造の間隔は1.2 nmであり,RHEEDの[1-10]入射方向で観察された3倍周 期構造の周期(1.2 nm)とも一致したことから,この明るい構造は表面原子のダイマー列であると考えられ
る(図3.4(c)).また,ダイマー列は所々で曲折しており,ジグザグの構造をランダムに形成しているこ
とが分かった.ダイマー列の間の距離は,断面プロファイル(図3.4(d))から表面第1層と第2層との間 で0.03 ~ 0.06 nm,第2層と第3層との間で0.04 ~ 0.08 nmであった.
次に,Sb照射GaAsバッファ層表面の(2×3)再構成構造モデルについて考察するために,GaSb(001)表面 のSb安定化面でエネルギーの最も低いh0-(4×3)構造[5]を基にした図3.5(a) - 3.5(c)に示す3つのモデルを 考えた.ここで,第1層と第2層の原子はすべてSb原子で,第3層はすべてGa原子,そして第4層以 降はAsとGaを繰り返したGaAsである.Model Aは,第1層目の2つのSbダイマーが[1-10]方向に沿っ て同一の列にあり,第2層目のSb原子は互いにダイマーを構成していないモデルである.Model Bは,
Model Aの第2層目のSb原子がダイマーを構成したモデルである.図3.4(c)で観察された直線状のダイ
マー列は,Model AまたはModel Bによって構成されていると考えられる.第一原理計算によるModel B
に対するModel Aのエネルギー差は,第2層目のSbダイマー化の影響によりセル当たりで+0.31 eVと見
積もられた[6].したがって,第2層目のSbダイマーが構成されているModel Bが,直線状のダイマー列 を支配的に構成しているものと推察される.一方,ダイマー列の曲折部分(図3.4(a), 3.4(d))は,第1層 目の2つのSbダイマーが[1-10]方向に沿って交互に配列しているModel C(図3.5(c))から構成されてい るものと考えられる.Model BのエネルギーはModel Cよりも0.13 eV低く[6],STM像で見られるよう に,曲折したジグザク構造よりも直線的な構造がが多いことと一致する.しかし,Model BとModel Cの エネルギー差は比較的小さいことから,Model BとModel Cの共存は可能であることが考えられる.図
3.5(d)は,図3.4(d)におけるダイマー列の一部分を拡大したSTM像である.図中の白線枠は(2×3)単位メ
ッシュを示し,その縦([1-10]方向)は0.8 nm,横([110]方向)は1.2 nmである.(2×3)単位メッシュを ダイマー列に重ねると,それぞれ上側がModel C(図3.5(c)),下側がModel B(図3.5(b))に一致する.
こうして,Model BとModel Cによりダイマー列の曲折やジグザグ構造が説明される.
3 nm
[110]
[1-10]
-0.2 -0.15 -0.1 -0.05 0 0.05 0.1 0.15
0 1 2 3 4 5
Height (nm)
Width (nm)
5 nm
1.2 nm
-0.2 -0.15 -0.1 -0.05 0 0.05
0 1 2 3 4 5
Height (nm)
Width (nm) 0.048 nm 0.058 nm
0.032 nm
1.2 nm 1.2 nm
(a) (b)
(d)
(e)
1.2 nm
3 nm (c)
[110]
[1-10]
A
B
C D
A B
C D
図3.4 Sb照射GaAsバッファ層表面のSTM像(a), (d).
(b), (e)は図中の白線部におけるラインプロファイル.
(c)は(a)の一部拡大像で,[1-10]方向に沿った1.2 nm(3倍)の周期構造を示す.