第 5 章 Sb 照射 GaAs バッファ層上の InAs 量子ドット成長における
5.2 実験方法
5.2.1 MBE 成長条件と時間分解 XRD 測定の概要
図5.1は本章で検討した試料構造と実験方法の概略図で,表5.1はMBE成長条件である.試料作製お よび観察は MBE と XRD の合体装置[3]を用いて,InAs 量子ドット成長中および成長中断中の時間分解 XRD測定を行った.試料は半絶縁性GaAs(001)基板を用い,基板温度550 ℃でGaAsバッファ層を成長後,
480 ℃まで下げた.その後,RHEEDでGaAsバッファ層表面が(2×4)パターンを示したことを確認し,As4
分子線照射を停止すると同時にSb4分子線を照射し,Sb照射GaAsバッファ層を形成した.Sb4分子線圧 は1.3×10-7 Torr,照射時間は15 sであり,Sb照射量は0.70 ALである(式3.2より見積もった).Sb照射 GaAsバッファ層表面は第4章と同様に(1×3)パターンを示した.その後,InAs成長速度は0.01 ML/sとし,
InAs成長量は3.1 ~ 6.1 MLの範囲で変化させ,InAs量子ドットを成長した.第4章のSb照射GaAsバッ ファ層上のドットと同様に,ドットは成長中にRHEEDにおいて{101}シェブロンパターンを示した.試 料のドット密度は4×1010 ~ 9×1010 cm-2である.ドット成長後,基板温度を484 ℃から445 ℃まで徐々に 下げながら,300 ~ 360 s間のAs照射またはSb照射による成長中断を行った.As4分子線圧とSb4分子線 圧はそれぞれ1.5×10-6 ~ 2.7×10-6 Torrと1.3×10-7 Torrとした.成長中断の後,InAs量子ドットのGaAs埋 め込み成長を行い,PL特性の評価を行った.PL測定では,Ar+レーザ(波長514.5 nm)を励起強度10.2 mW で出力し,受光にはInGaAsフォトダイオードを用いた.測定温度は15 Kおよび293 Kであり,試料の 冷却にはクライオスタットを用いた.
図5.2は時間分解XRD測定の概略図である[4].波長0.1240 nmのX線を入射角αi = 0.200°で基板表面 に入射させ,(220)面内の散乱角2θ方向および取り出し角αf方向に回折した X 線を2 次元検出器(CCD カメラ)で検出した.試料を[001]軸について4°回転させ,X線回折強度分布を[1-10]方向に積分したもの が1枚のCCD画像として記録される.CCD画像1枚の撮影に要する時間は9 sである.
図5.1 試料構造と実験方法の概略図.
表5.1 MBE成長条件.
GaAs buffer
Sb In As4
巨大ドット コヒーレントドット
Sb照射 基板温度
484 ℃ 444 ℃
InAs成長
成長中断
As4or Sb4 In As4
急冷
GaAs(001) sub.
GaAs buffer
成長時間
時間分解XRD測定
基板温度 (℃) 550
成長量 (nm) 200
Sb4分子線圧 (Torr) 7.5×10-8 照射時間 (s) 15 As4分子線圧 (Torr) 1.5 ~ 2.7×10-6
成長速度 (ML/s) 0.01
成長量 (ML) 3.1 ~ 6.1
As4分子線圧 (Torr) 1.5 ~ 2.7×10-6 成長中断時間 (s) 300 ~ 360 Sb4分子線圧 (Torr) 7.5×10-8 成長中断時間 (s) 300 ~ 360 Sb照射成長中断
GaAs バッファ層
Sb照射
As照射成長中断 InAsドット成長
図5.2 MBE成長中の時間分解XRD測定の概略図[4].
αi:入射角 αf:取り出し角 X線CCDカメラ
試料 2θ
αf
X線 [001]
[110]
[1-10]
θ
(220)面
5.2.2 ドット高さとドット内部の格子定数のXRD解析方法
はじめに,基板上の高さzにおける回折強度について述べる.回折波の強度は,その場所に生成してい るX線の波動場に比例し,基板上zの位置における波動場の振幅 , は,入射波kiと全反射波krとの 干渉の結果,次のように書ける[6].
, 1 exp 2 z · sin .
(5.1)ここで, , はそれぞれ入射波,反射波の複素振幅を表し, sin は入射波の波数ベクトルの表面 垂直方向成分である.光学の相反定理により,回折波の強度は入射角αiと取り出し角αfとに対して対称 になる必要があり,式5.1と同じ形で回折波の取り出し角αfにも依存する.その結果,ドットの高さzの 位置と回折角2 における回折強度 2 , は次式で表される[6].
2 , | , | | , | 2 . (5.2)
ここで, | , | および| , | は,高さzの位置での入射角 および取り出し角 の波動場の強度で あり, 2 は量子ドットの構造因子強度である.実験では,取り出し角αfを0 ~ 3αcの範囲で変化させ るので,高さzにおける回折波の振幅 , は,zが高くなるほど sin が小さくなるように干渉を引き 起こす.こうして,高さzはCCDカメラで検出した 2 , から解析的に求まる.
任意の格子定数における回折強度は,式5.2の格子定数に関する項の 2θ から求まる.式5.1 で与え られる , は,入射波の複素振幅 が大きくなるにつれ,反射波の複素振幅 が0に近づくことから,
1になる.実際,入射角 が3αc程度になれば,ほとんど| , | 1と見なすことができる.したがっ て,高さ z における 3 の回折強度と の回折強度とを比較すれば, 2 , ⁄ 2 , 3
| | | 3 | | , | のように,| , | の値を実験的に決めることができる.その結果,式5.2
を変形すると 2 は以下の式で表される[6].
2 2 , 3 ⁄ 2 , 3 . (5.3)
ドット内部の格子定数分布は,異なる高さzからの回折強度を式5.3で積分することにより得られる.
次に,XRDによるコヒーレントドットと巨大ドットの高さ,巨大ドットの形成割合およびドット内部 の格子定数変化の解析方法について述べる.図5.3(a)は,コヒーレントドット(InAs成長量3.5 ML)が 支配的な試料のAFM像である.この試料のコヒーレントドット密度は8×1010 cm-2で,平均ドット高さは
8.1 nmであった.図5.3(b)は,巨大ドットが多数形成された試料(3.5 ML成長後にAs成長中断2分)の AFM像である.コヒーレントドット密度は7×1010 cm-2で,コヒーレントドットの平均高さおよび巨大ド ットの平均高さはそれぞれ8.1 nmと20.1 nmであった.図5.3(c), 5.3(d)は,それぞれ図5.3(a), 5.3(b)と同 じ成長条件でInAs量子ドット成長を行った時の時間分解XRD測定結果(CCD画像)である.CCD画像 の縦軸は面内の回折角2θに依存し,面内の格子定数を表す.格子定数はGaAsを1(= 0.565 nm)とする 相対格子定数εで示し,InAsの相対格子定数はε = 1.07(0.606 nm)である.横軸はGaAsの全反射臨界角 αcで規格化した回折ビームの取り出し角αf(図5.2)である.図5.3(c), 5.3(d)は,ε = 1.02 ~ 1.07,αf / αc < 1 の範囲で観察されたドットの内部の回折強度分布を示す.前述のように,ドットの高さzが高くなるにつ れて,αf / αcが1より小さい領域で回折強度のピークが現れるようになることが分かる.
InAs 2次元成長層の面内はGaAs基板層に格子整合し(ε = 1.00),ドット底部の界面と同様に圧縮歪み
を受けている.一方,ドット頂上部では格子緩和されてInAsの格子定数になっている(ε = 1.07).ドッ トの底面(基板表面)から頂上部までの距離であるドット高さzは,ε = 1.07における回折強度分布を用 いて解析される.図5.3(e), 5.3(f)の白丸(○)は,図5.3(c), 5.3(d)のε = 1.07における回折強度分布である.
コヒーレントドットが支配的な試料の場合(図5.3(e)),αf / αc<1において単一のピークをもつ強度分布 を示している.1種類のドット高さ(z)分布を持つドットにおいて,この回折強度分布は次式で表され る[5].
, 2 2 2 1 cos2 4 1 sin2 .
(5.4)ここで,kは波数,αfは取り出し角である.一方,巨大ドットが多数形成された試料の場合(図5.3(f))
では,コヒーレントドット試料の場合(図5.3(e))よりも低いαf / αcにメインピークをもち,さらにサブ ピークを示す.2種類のドット高さ(z1, z2)をもつドットにおいて,それぞれドット高さz1(巨大ドット),
それよりも小さいドットの高さz2(コヒーレントドット)および全ドットに対する巨大ドットからの回 折強度割合をpとすると,この回折強度分布は式5.4を拡張した次式で表される.
, , 2 2 2 1 cos2 4 1 sin2
1 2 2 2 1 cos2 4 1 sin2 .
(5.5)図5.3 InAs成長量3.5 MLおよび3.5 ML成長後As成長中断2分における
InAsドットのAFM像((a), (b))と,相対格子定数εとαf / αcの関係(CCD像)((c), (d)),
さらに(c), (d)のCCD像における相対格子定数ε = 1.07でのX線回折強度分布(○)((e), (f)).
(e), (f)中の実線は式5.2によるフィッティング結果で,
破線および点線はそれぞれ式5.2の第2項および第1項の要素を示す.
また,z1は巨大ドットの高さ,z2はコヒーレントドットの高さ,
(c) (d)
0
15124
1.08 1.06 1.05
1.07 1.04 1.03 1.02
0 3 0
Relativelatticeconstantε
αf/αc αf/αc 3
137 nm 126 nm
(a) (b)
InAs 3.5 ML成長 InAs 3.5 ML成長後,
As照射中断2分
ε= 1.07
(f)
0 0.5 1 1.5 2 2.5 3
αf/ αc
Intensity (arb. units)
0 0.5 1 1.5 2 2.5 3
αf / αc
Intensity (arb. units)
ε = 1.07
z2= 6.8 nm p= 0
(e)
z1= 19 nm z2= 8.6 nm p= 0.45
図5.3(e), 5.3(f)には,αf / αc < 1の範囲における式5.1のフィッティング結果(実線)とz1, z2, pの値を示し た.単一ピークをもつ強度分布(図5.3(e))では,p = 0,すなわち式5.5の第2項のみ(1つのドット高 さ分布)で良くフィッティングされ,小さいドット高さz2は6.8 nmと解析された.サブピークをもつ強 度分布(図5.3(f))では,巨大ドットからのX線回折強度の要素(式5.5の第1項)を破線で,小さいド ットからの要素(式5.5の第2項)を点線で示した.サブピークをもつ強度分布では,式5.2の第1項を 含めた場合(p > 0)において良好にフィッティングされ,巨大ドット高さz1は19 nm,小さいドット高さz2
は8.6 nmと解析された.このようにして巨大ドットとコヒーレントドットの高さをそれぞれ分離して計
測することができる.z1,z2,pの精度は主にCCD画像の角度分解能(0.011°)に依存する.例えば,強 度分布のフィッティングにおいて,αf / αc座標における1ピクセルのずれに対してドット高さz1, z2は約1 nmずれ,またpは約0.05のずれに相当する.解析された小さなドットの高さz2とAFMで測定された高 さとの差は0.5 ~ 1.3 nmであり,上述のフィッティングにおける分解能程度となる.以上より,GaAsバ ッファ層上のInAs量子ドットの成長過程における小さいドット(コヒーレントドット)の高さ,巨大ド ットの高さとその形成割合およびドット内部の格子定数分布をその場でXRD解析することができる.