漢薬・大黄の薬史学的考証と品質評価に関する研究
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(2) 博 士 学 位 論 文 漢 薬 ・大 黄 の 薬 史 学 的 考 証 と 品 質 評 価 に 関 す る研 究. 平 成6年11月. 播. 磨. 章. 一.
(3) 目 次 緒論 第1章. 1. 大黄の薬史学的考証一特に中国か らわが国への輸出状況 一. 4. 第1節. 大黄の世界的 医 ・薬史的経緯. 5. 第2節. 大黄の種類 と産地. 12. 第3節. 中国の輸出港の開港 とその背景. 16. 第4節. 明治,大 正期 における大黄の中国内集散地 と輸 ・移 出入. 18. 第5節. 中国での大黄輸出港の取扱状況. 21. 第6節. 中国における大黄の対外輸出状況. 27. 第7節. 中国か らの大黄の対外輸出方法. 31. 第2章. 特 に中国か らわが国への大黄の輸入状況の変遷. 35. 第1節. 明治初期にお ける大黄の輸入量 と価格の変遷. 35. 第2節. 明治2期 にお ける大黄の輸入量 と価格の変遷. 41. 第3節. 明治3期 にお ける大黄の輸入量 と価格の変遷. 第4節. 明治4期 における大黄の輸入量 と価格の変遷. 5◎. 第5節. 大正前期 における大黄の輸入量 と価格の変遷. 59. 第6節. 大正後期 における大黄の輸入量 と価格の変遷. 62. 第7節. 大黄 の国内流通価格 の検索. 65. 第3章. 各種 大黄および大黄配合製剤の生薬学的お よび薬理学的品質評価. 79. 第1節. 各種 大黄の潟下作用. 80. 第2節. 大黄の駆. 83. 第3節. 大黄 中のSemosideA含. 第4節. 大黄配合製剤 中のSemosideA含. 血作用の検討 量 量. 91. 総括. 95. 謝辞. 99. 引用文献. 100.
(4) 緒 論 わが国の 医方は海外 と交流のある度 に段階的に進歩 して きた.特 に,中 国,朝 鮮半島 との接 渉,さ らにはポル トガル,ス ペイ ン,オ ランダとのつなが りな ど医 学は顕著 に変化 し,さ らに ドイ ヅ医学か らアメ リカ医学へ と,そ の取 り入れ方 や 応用 も時代 において様 々であ る。近年、また新 しい中国医学の導入 も盛 んに行 わ れている。 これ らの過程で,特 に天然生薬を輸入するにあた り,受 け入れ を無条件 に した のか,あ るいは よく吟味 して必要に応 じて輸入 したのか,そ の際の品種,品 質 を 学術的 レベルで どの程度 まで評価 したのかを知 るには当時の社会的背景を土台 に し,貿 易方法を財政,経 済の状態か ら考慮 し,調 査することも不可欠であ る。 国内の生薬の需要にあ っては,国 産 品,輸 入品を含 めて,生 産,取 引状 況,消 費動向の経 路 および これ らに関係 した薬業人の精神 的,物 質的活動 とも関連 し, 政府,薬 業界 がいか に良 品を生産 し,不 良品を排除す るためにいかな る努力 を 払 ったか を薬史学的に考証することは,今 後の天然医薬資源の確保 と開発に指標 を与え,医 薬品業界の発展 に意義あることといえる。 そこで,そ の主題 に重要 な漢薬の一つであ る大黄 を選び,薬 史学的に考証 し, さ らには医学史,博 物学史,薬 学史,商 経済史,貿 易史,農 工業史的な面か ら文 献的考証学 を進展させた。 大黄 は 伽 ㎝pa1廊iπ,丑. 嫌`fα π,1Lα 酬o加1θ,1乙oo㎜. 画 またはそ れ. らの種間雑種 の根茎を起源 とする生薬で,そ の形態によって錦紋大黄,雅 黄,馬 蹄大黄な どと称 され,ほ とん どは申国で産出され る・大黄は中甲の最古の薬物 書. 吻 といわれ る 『神 農 本草 経 』 に収 載 されて 以来,各 に潟 下,健. 時 代の 中国 本草 書 に誌 され,主. 胃作 用 を 目的 に繁用 されて きた.ま た,古. くか らヨー ロ ッパ,東. 南ア. ジア,日 本 な どへ輸 出 さ れ た記 録 があ り,今 日で も世界 的 に下剤 と して 用 い られ て い る重要な生薬 で あ る.. 1.
(5) 大 黄 が どの よ うな経緯 で 中国か らわが 国あ るいは ヨー ロ ッパへ 輸 出取 引 され た のか を明 らか に す るため に,輸 況,輸. 出港,輸. 出国であ る中国 の 当時 の大黄 の 産地,国. 出価 格 な どを考証 した(第1章).国. 内 にあ っては 明治初 期 か ら. 大 正期 に か けて 中国か らの 輸入状 況 を当時の 時代 背 景 を財 政,外 ら特 に経 済界 で は物価,米. 価,人. 指標 に考 証 した(第2章).わ. 内移送 状. 交 をふ まえな が. 口な どの要素 を加 味 しな が ら輸 入価 格,数 量 を. が 国は 明治 の初 期 か ら重 質で 高価 な錦 紋 大黄 よ り. 軽 質で 安価 な雅 黄,馬 蹄 大 黄 を中国か ら輸 入 して い た.こ の理 由は 当時 のわ が 国 の経済事 情 に よ る もの で あ り,し か も当時の 医療 従事 者 が大 黄 に期待 した薬効 が 雅黄,馬 蹄大 黄 で十分 に事足 りて いたことに よるものであ ろ う と推察で きた. そ こで,各. 種 錦 紋大 黄,雅. 黄,馬 蹄 大黄 を現 生薬 市 場 で入 手 し,現 代 科 学的 手. 法 を用 いて 品質 評 価 を加 え た(第3章).大 msideA含. 黄 の品 質評価 には主潟 下成 分のsen-. 量 を測 定 す るこ とが必 要不可欠 で あ り,多 種 の市場 品大黄 を定 量 した. とこ ろ,se㎜sideAの. 含 有量が18.8∼0.4%ま. での もの があ り,し か もそ れ らを薬. 理学 的 に潟 下作 用 を検 討 した結 果,se皿osideAの. 含量 の多 い大黄 ほ ど濤 下効果 が. 高 い とい う正 の 相 関性 の あ る こ とが確 証 で き た.し. か し,産 地,生. 薬 市 場 品 名,. 形 状 と薬効 とは ま った く無 関係 であ る ことが判 明 した.す な わ ち,se㎜sideAの 含 有 量 が多 く,し か も安 価 な大黄 を選 択 す るの が 賢 明 で あ る とい え る.大 黄 は r神農 本草 経 』 に 「痕 血,血 る ことが記 され て い る.そ. 閉 一一 一」 とあ り,下 剤効 果 以外 に駆療 血作 用 の あ こで,駆 痕血 作用 を知 る 目的で マニ ュアル化 され た薬. 理 学 的実 験 を行 った結 果,駆 療 血作用 は見 いだ せな か った.よ. って,大 黄 の主 薬. 効 は潟 下作 用 とい え,お お よそ江戸時代 以後 の 医療従 事 者 は軽 質で,安 価 な大 黄 で十分 な薬 効 を得 てい た と推定で きた. 大 黄は 日本 薬 局 方収載 品 であ るが,そ れ には意 外 に も主薬 効成 分で あ るsemosideA含. 量 を規 定 す る条 文 がない.よ って,上 記 か ら現 市場大 黄 を用 いて調製 さ. れ た各 製薬 メー カーの 同一 漢 方製 剤 間にもse㎜sideA含 あ るので はな い か とい う疑 問が生 じる.日 本,中. 2. 有量 に大 きな ば らっ きが. 国で調 製 され た各種 大黄 製剤 中.
(6) のse㎜sideA含. 量 を測 定 した ところ,遺 憾に も各 り・iJ燗. 見 い だ した(第3章)。. これ らの結果 は今後 の生 薬,漢. 鐘 を発 す る ものであ る. 以下 に本研 究の 内容 を詳述 した.. 3. に大 きな ぱ らつ きを. 方業 界 の発展 に重 大 な 警.
(7) 第1章 大黄の薬史学的考証 一特 に中国か らわが国への輸 出状況 一. 緒 言 大 黄 は紀 元 前 か ら中 国で 薬用 に供 されて お り,し か も この頃 か らす で に シル ク ロー ドな どを経 由 して ヨー ロ ッパ に も紹介 され,そ 物 書 とい わ れ るrDioscorides(ギ とか らも明 らかで あ る.そ. リシ ャ本草)』. の こ とは ヨー ロ ッパ 最古 の薬 に もそ の 名 が収 載 されて い る こ. の後 も陸路 や海路 の発 達 とと もに大 量 の大 黄 が必 要 に. 応 じて 中国 の大 黄 集 散 地 か ら各 国 に歳 月 と労 費 を か けて輸 送 され,時. には途 中経. 由す る国 に高 額 な 通 行 税 を支払 い,目 的地 に到 着 した時 に は極 め て高価 で,貴. 重. 品 扱い され る薬 とな って い た ようで あ る. 中国産大 黄 がわ が国 に紹 介 され た歴 史 は古 く,す で に8世 紀 に 『奈 良 正倉 院 出 入 帳1)』 の 申に大 黄 の 名 がみ られ る.そ の後 も多 くの 本草 書(薬. 物書)や. 医方 書. の 中に大 黄 が単 味 かあ る いは合 剤 と して用 い られ て い た こ とが うかが え る.も ろ ん薬 物 と と も に医 術 も同 時 に伝 え られ た こ とは 言 うま で もな い.南. ち. 蛮 流 医 学,. 漢 方 医学 が そ の代 表 的 な もの であ った.江 戸期 で はそ の 医薬 品 と して の需 要 は古 来 の 漢方(湯 薬(売. 液)療. 法 と して 医家 向 けの もの と,大 衆 的 に 主 に下 剤 と して の家庭. 薬)原 料 との二 つ に大 別 され る.. また,明. 治期 か らは 西 洋 医学 の導 入 と普及 に よ って も影響 を受 け,大 黄 は下 剤. と して さ らに多 く用 い られ る よ うにな り,医 療 に大 きな貢 献 を しつつ 今 日に至 っ て い る.明 治 期初 期 に は外 国 か らの輸 入品が 急増 したが,な の 管 理 と確 保 の 必要 性 が 叫 ばれ,1886年(明 J.P.1と. 略)が. 公 布 さ れ た.大. 黄 はJ。P.1か. 一 貫 して 収載 されて い るこ とか ら. 治19)に. か で も医 薬 品 は 品質. 日本 薬局 方 第1版(以. らJ.P.XIIの. ,そ の重要 性 を うか がわ せ る.. 4. 下,. 今 日に 至 る ま で,.
(8) 大 黄の流通経路は大黄の需要 と効用価値が高 ま るとともに中国か ら,西 アジア, 中近東,西 洋に広 が ってい った.陸 路 はロシアを通 じて ヨー ロ ッパに輸 出され た. 海路 は1842年(天 保13)の 南京条約 を境に近代的通商が形成 され,中 国の貿易港 と して上海,漢. 口,天 津港 な どが次 々 と開港 し,大 黄が全世界 に輸 出 した状 態,. 特 に明治期 か ら大 正期 にかけて 中国産大黄の種類 と産地に移動がみ られた経緯や わが国へ輸出され た大黄の品種 と価格について言及 した。. 第1節. 大黄の世界的医 ・薬史的経緯. 古来,申. 国 で は 紀 元 前 か ら大黄 の薬知 医用(疾. 病 に用 い て効 果 が あ る こ と)が. 分 か って い た と思 わ れ る 。紀 元前2700年 に統 治 した農 業,薬 る``Shen覗 ㎎"が"Pen門Ki㎎33と. 呼 ばれ る薬草(大. 黄)を. 品に詳 しい 皇 帝 で あ. 既 に薬 用 に使 用 して い. た とされ る。 西 ア ジアや ヨー ロ ヅパ で は1世 紀 後 半の薬物 学 者 が 出版 した 『ゆi⑪scori盛es』 に よって大黄 の存 在 は すで に知 らされ てお り,80sphorusか. ら持 ち込 まれ た61Pゴ. たは 蕾`pn◎v"と呼 ば れ る根 か ら取 れ る物 質 は4世 紀 にその 名 を`臨"(現 ル ガ川 にちな 融)と. 称 し,ま. た黒 海のPQntus(小. れ たの で"Rha-pontus(-pontia)"と 属 の根 と思 わ れ る.ま 河,紅. 呼 ん だ 。 この も のは 大 黄,す. た,B。C。114年 には`翫. 海 に沿 って 古 都Barbarikaを. 一㎞ ㎞"と. 在の ボ ら持 ち込 ま. な わ ち 肋 α盈. 名 づ け られ イ ンダ ス. 経 て輸 出 す る南 方商 路 を利 用 した もの で,中. 国北 部の 陳 西 か らの キ ャ ラバ ンで,既. にヨー ロ ッパ に送 られて いた 。 しか し,前. 者の名 で呼 ば れ た当 時 の大 黄 はvincentに 根 を主 とす る もの で,南. ア ジ アの古 王 国)か. よる と現 在 劣等 品 とされ る 伽. 方 経 由の後 者 が大黄 に属 し"Rh瞼b"の. 四孟ノo圃. 英名 で称 さ れ る. 商品 と解 され て い る2)。 £ 加r㎞vel.加r加rfα. ま. 吻 ま た は1L伽. 5. 伽 ㎜ の 語 は6世. 紀 中 頃Alexander.
(9) Tralliansの. 著 書 やSevilleのIsi£k)re,ミ. 著 書 に登 場 す る.ア また はhki3hと. ラ ノの 大 司 教Benedie幡CriSPusの. ラ ビア の11世 紀 初頭 のHesueは. 記述 して い る.イ タ リアの ピサ の法規 で は大 黄 をLevant(東. 地 中海 お よび その沿岸 諸 国)とIndiaの 大 黄 の運 搬 され た歴 史 は 古 い が,西 肉 豆鬼,生. 中 国 の大 黄 を高 級 のBarbie. 姜 な どは東 洋,特. 元前 後 か ら輸 入 され,薬. 商品 に大分 類 して い る(1305年)2)。 洋 医学 に 用 い る桂 皮,大. 紀 の初 め,イ. 中元)に. 子,胡. 椒,. くは西暦 紀. 品お よび香 料 として 西 欧人 の生 活 に は 必須欠 くべ か らざ ル シ ャ人 な どの 回教 徒 の船 舶 ま. たは キ ャラバ ンに よって ペ ル シ ャや エ ジプ トに運 ばれ,地. ∼1324年(正. 黄,丁. に 中国や東 イ ン ド地 方特 産 で あ って,多. る もので あ った.こ れ らの生薬 は ア ラ ビア人,ペ. 入 され た2).14世. 部. 中海沿 岸 か ら欧州 に輸. タ リアの旅 行 者 踏rcoP610は1254年(建. 東 洋 を旅行 し ,中 国の元 朝 に滞 留 した後,『. を著 して 東 洋 事 情 を 紹 介 した.当. 長6). 東 方見 聞録 』. 時 欧 州 にお け る東 洋 薬 種 貿 易 は イ タ リア の. (掩noaの 占め る ところで あ ったの で,ベ ニ ス人 は 髭rcoP610の. 報告 を重 要視 しな. か っ た が,Gepoaと. 来200余 年 ベ ニ ス. 戦 っ て 勝 ちそ の 権 利 を奪 っ た の で,以. (Venis)が 東 洋薬 種貿 易 を独 占 して一大 富強 国 とな った3). Venisで 販 売 さ れ た 後 は,隊 ル ー トと して は まず,中 ㎞kestan,ウ. 商 に よ って ア ジ ア の 西 部 か らヨー ロ ッパ の 流通. 央 ア ジア のYarkand(現. 在 の 沙 車),Kas㎏a1(喀. ズ ベ ク共 和 国 か らロ シア(モ ス ク ワ)へ. イ ン ドま たはペ ル シャ湾 か ら紅 海,Alexandriaま. 什),. のル ー ト.第 二 のルー トは. た は 小 ア ジ アのペル シ ャ,シ. アへ のル ー ト.第 三 の ル ー トは 中国皇帝 に よ り開 港 さ れ た広 東 で,1842年 ヨー ロ ッパ との 交流 が 許 されて いたルー トであ った4).上. リ. まで は. 記 を要約 す る と図1の. よ うにな る. 1653年,中. 国 は ロ シア と貿易協 定 を結 ん だ時 か ら,貿 易 ル ー トは ゴ ビのス テ ッ. プ を越 えてT㎝gut,シ め,カ. ス ピ海,黒. ベ リアのTobolskを. 通 りモ ス ク ワへ 入 るルー トを とったた. 海 さ らに北方 に向 か うルー トに と って 変 わ った.1719年. ビ砂 漠北 端 のUrgaが. には ゴ. 大 黄 の主要 な貯蔵 地 で あ っ た と記 述 され て い る.ル ー マ ニ. 6.
(10) アの ブカ レス ト商 人 は このル ー トで 貿 易 したが,大 しな か っ た と思 わ れ る 。 これ ら以 前,大. 黄 の生 産 者 は貿 易 に一 切 関与. 黄 貿 易 は1687年 ∼1697年 の 間 は ロ シ ア政. 府 によ って 特 別 な管 理 下 におか れ たが,17(聯. つ いに ロ シア が大 黄 貿易 を独 占 し. た 、1689年 ロシ ア と中国 は ネル チ ンス ク条 約(Nerchinsk)を 限 され,バ. 結 び,大. 黄貿易は制. イ カル 湖 南 方 の キ ャ フタ市 お よ びズ ル チ イ ク を通 る政府 認 可 の キ ャラ. バ ンのみ が 貿易 に加 わ るこ とがで きた。大 黄の 品質管 理 は キ ャ フタ市 の8rakeと 呼 ばれ る機 関 で行 わ れ,6年 良 品の み選 別 され た.そ. 任 期 の薬 剤師 の指 揮 下 で 粗 悪 品や 偽 物 は取 り除 か れ,. して乾 燥 し,麻 袋 で梱 包 して 吸湿 しな い よ うに箱 詰 め さ. れ た.大 黄 は バ イカル 湖,イ puds。(400001b)が 引 き渡 され,一. 送 られ,セ. ル クース クか らモ ス ク ワへ のル ー トで,年1回1000 ン ト ・ペテ ル ス ブル グにお いて薬 種 商(Crom)に. 部 は 一般 の薬 業者 に も売 られ た 。 この 条 約 は1860年 に 中国 とロ シ. ァ闇で廃 止 され,同. 時 に陸 路 での貿易 は途 絶え るこ とにな った 。. 7.
(11) 大 黄 が イギ リス 市場 に登 場 したの は18世 紀初 めの こ とで あ る 。1720年,Edinbrgh 血iversityで. 薬 用植 物学 の 教鞭 を とって いたProfesser虹stQnは,大. スへ の 輸 入 は トル コ,イ 講 義 して い る.も. ン ド諸 国 か らであ り,近 年 は モ ス ク ワ か ら輸 入 され る と. ち ろん,大. 数 点 が含 まれて い た.12世 Vascoda(㎞aは1497年 る.事. 実,大. 黄 の他 に主 な生薬 と して樟 脳,阿. 紀,大. 片,胡 椒,生. 姜他. 黄が シ リアか ら輸 入 され て い た こ とは前 述 した.. にAlexandriaと. の 間 に大 黄 の 交 易 が あ っ た と言及 して い. 黄 は 遥 か 東 方 か らペ ル シ ャ に運 ば れ,キ. Tripoli,Alexandria,㎞rmへ 入 り"hkeyRhh㎞. 黄 のイ ギ リ. 運 ば れ た.そ. ゼb"と して 流 通 した.ま. ャ ラ バ ン に てAleppo,. して 五evantの 港 か らヨー ロ ッパへ た,直. 接 中 国(海. ル ー トで 大 黄 は,"(1dmCallto㎡',"EastIndiaRhh㎞5b"と. 運)ま. たはイ ン ド. して 知 られ るよ うに. な った5)(図2). ほ とん どア ジ ア を横 断 して行 われ る大 黄貿 易 は リス ク と多 額 の資 金 を必 要 と し た こ とは い うまで もな い が,特. に 陸路輸送 の た め途 中,人 命 に も生薬 に も多 くの. 危 険 が あ り,ま た通 関 にお い て多 額の通行 税 を徴 せ られ るの で,消. 費地 に到 着 し. た とき大黄 は甚 だ高 価 な薬 の一 つ にな って いた6). つ ま り大 黄 は1497年,Alexandriaで フ ラ ンス で は シ ナモ ンの1(陪,ま. は安 息香 の2倍 たサ フラ ンの4倍. Ul皿 で は阿 片 よ り高価 で あ り,1614年,ド 倍 以 上で あ っ た.1657年,イ 6シ リング,大. の価 格 が つ け られ,1542年,. 以 上 の価 格 で あ った.1596年,. イ ツの価格 表 で は没 薬 の6倍,阿. ギ リスの公 式 な薬 品価 格 表 で は1ポ. 黄16シ リングで あ った.こ. 片 の12. ン ド当た り阿 片. の よ うに16世 紀 初 めか ら一 時 ゴ ビ砂 漠. 北 方 か らシベ リア を通 りモ ス ク ワ を経 由 し,地 中海 を利 用 す る海 路 は次第 に さび れ た が,1860年. 前後 に広 東 を初 め とす る天津,上. 海,そ. の 他 の 中国都 市の 開港 に. よ って 大 黄 の 輸 出 は すべ て 再び この海路 を通 して 交 易 さ れ る よ うにな り,今 日で も錦 紋 重 質 系 の最 上級 品 が 地 中海経 路 で ヨー ロ ッパ 向け に 出荷 され て い る.港 で の国 内経 路 は図2に 一方. ま. 示 した.. ,わ が 国で は,中. 国薬 物 が8世 紀 に奈 良 正倉 院御 物 庫 の薬 品に よって知 る. 8.
(12) こ とがで き る 。これ は756年(天. 平勝 宝8)に. 光 明皇 太后 が聖 武 天皇77日 の 忌 辰 に. 御 愛用 の御 物 と共 に薬 品60種 を漆櫃21箱 に入 れ,奈 れ た もの で 正 倉 院御 物 庫 に納 め られ,そ. 良 東大 寺 の盧 舎 那 仏 に奉 納 さ. の 内容 は 正 倉 院 出 入 帳 に記 さ れ て い る. r薬 種21櫃 献 物 帳 』 に よ って 明 らかで あ る.献 物 帳 の 薬名 は60項 目で あ るが,鹿 角3項. が あ り,竜 骨,五. 色 竜骨,白. 竜骨 を一種 と見 なせ ば総 計56種 で あ る.こ. うち36種 は今 日 も現 存 す る.現 存 す る盧 舎那仏 種 々薬 帳 に 「大黄991斤8両 第12第13第14櫃. の. 並袋が. に納 な 」 とあ り,こ れ が大 黄 と して わ が国 へ渡 来 した最 初 の記 録. とい え る 。恐 ら く大 黄 の 確 か な記 録 と して今 日 も依 然 と して 宝蔵 せ られ て い る. 実に千 古未曾 有 の世 界 的奇跡 といえ る7).. 9.
(13) 太 古 か ら6世 紀 の 終 わ り飛 鳥 時代 に入 るまで の 薬 物 に 関係 あ る記録 と して は 少 な いが,要 求 め,金. 約 すれ ば 「414年(允 恭 天皇3),天. 皇御 病 あ って 良 医 を韓 国の新 羅 に. 波 鎮 漢 紀武 が調 貢 大使 と して御 調81艘 を貢 進 し,天 皇 の 病 を治 して 帰 国. した」 とあ る.こ れ は 公 に外 国の 医術 を用 い た最初 の記 録 で あ る.553年(欽 皇14)医,暦,易 め,翌. 明天. の三 博 士 お よび これ に 関す る書籍 お よび薬 物 を韓 国の 百済 に求. 年 医 博 士 と共 に採 薬 師,溜. 量豊,丁 有 陀 が来 朝 した.こ. れ は歴 史 に記 す る. 薬 の専 門家 並 び に薬 物 渡来 の始 め であ り,当 然 薬 方 書 の ご と き も渡 来 した と考 え られ る8).1569年(永. 禄12)∼1603年(慶. 長8)『. 華 夷 通商 考9)』. に 中国 か らの. 輸み 品 と して 四川 省 の 薬種 の主 な もの の一 つ に大 黄 が輸 入 さ れて い る・南蛮 外科 の薬 物 の治 方 と して,粟. 崎 道喜 が1611年(慶. に 腫 物 の 発 生 の 初 期 に は 大 黄2匁,胡. 長16)創. 椒15粒,ニ. 始 したr粟 崎流 膏薬 書10)』 ン ニ ク3袋,丁. 子 粉1匁5分,. ソバ 粉10匁 を能細 にす り合 わ せ,卵 黄 を以て煉 合 した押 薬 が記 されて い る. 鎌 倉 末 期 か ら吉野 朝 時代 にか けて の 日元貿易 は盛 況 に し,種 々の書 籍 と ともに 薬 物 が も た らされ,r従 くま じ.書. 然 草11)』120條 に,「 唐 の 物 は薬 以外 は,な. ど もは この 国 に多 く広 ま りぬれ ば,書. さ か らぬ道 に,無 用 の物 どもの み取 り積 みて,と か な り」 と記 され,当 唐 物(漢. 薬)を. きも写 して ん.唐. くとも事 か. 土船 の たや す. こ ろ狭 く渡 しきて来 る.い. と愚. 時の 貿易 が盛 ん であ り,薬 物 だけ は 本質 と効 力 の 定 ま った. 必 要 と した こ とが 察 せ られ る.ま. た,唐. 物 の船 載 の なか に大 黄 も. 包 含 され て い た記録 が見 られ るユ2).足利 時代 に は 中国(元. 朝)か. ら天龍 寺船 に て. 輸 入 した薬種 の 中に も大 黄が 見 られれ る. 16世 紀末 の報 告 と推 定 せ られ るr嬬 港 日本貿易 品覚 書13)』 中 にはイスパ ニア 人 が 中 国品 を船 載 した もの の 中に大 黄 の名が 見 え る.そ れ らの もの は,毎 年,イ ドか ら中国へ 行 く香薬 船(ナ. ウ・ダス ・ドロガ ス)と 称 せ られ る船 に よ りイ ン ドカ. ンバヤ の 薬 品 お よびマ ラバ ル(マ 向 か い,そ. ン. レー半 島)や,南. 洋 諸 島 の香 料 を積 んで 中国 に. れ が わ が国 に赴 いて い た.こ の よ うに南 蛮流 医 学 が盛 んな 時期 には薬. 物 の 貿 易 は 中国船 や 日本船 に限 らずイ スパ ニ アの香 薬 船 に おい て も大黄 が扱 わ れ. 10.
(14) た こ とが うか が え る. 平 安 時代 以 後 は 申国 医学 がわ が 国の 医術 を圧倒 したの で,わ 全 く中央 か ら影 を潜 め るに至 った が,今. が 国 固有 の和 方 は. なお民 閻薬 と して 甚 だ多 数 の 薬 物 が 口碑. 伝 説 に よ って 民 間 に伝 承 され て い る.そ の 中に国学 者,佐. 藤 方 定 著 『備 急八 薬 新. 論(1843年,天. 豆),ニ. オ ウ(附. 保14)』. 子),ホ. ニ ス ナ(円. にオ ホ シ(大 黄),イ. ホ カ シバ(厚. 砂)の8種. 朴),ア. ヌマ メ(巴. マ キ(甘. 草),エ. コタ(人. 参),. ブル カ ラ ミ(胡 椒),. は わ が 国神 代 よ りすで に存 在 して い る こ と を論 じて お り,. オ ホ シは 中国 産大 黄 に付 され た和 名 であ り,大 黄 が古 くか ら渡 来 し,民 間 的 に も 用 い られて い た こ とが うかが え る。. 11.
(15) 第2節. 大黄の種類 と産地. 現在,大. 黄 の市 場 品に錦 紋 大黄,馬. 蹄 大黄,雅. 黄 な ど多 くの種 類 が あ る.中. 産 大 黄 につ い て識 者 の成 書 につ いて ま とめ たの が,表1で. 国. 黄河 上流域 産 の北大 黄. と長 江 上 流 域 産 の 南 大 黄 とに大 別 され る14-16)。北 大 黄 の起 源 植 物 は掌 葉 大 黄1a palm伽L.お. よ び 唐 古 特 大 黄1a脚. 剖 むfα 溜}獄IM.),南. 亡fα 』 四}仏XIM.(丑pa1姻. 大 黄 に つ いて は 薬 用 大 黄1Loだ10f認1θBAILと. 明治期 にお け る大 黄の 産地 は 中国西北 部 の各 省,す 陳西,甘. 粛,四. 方法,す. な わ ち川 大黄,西. の2種. 一. され て い る.. なわ ち直隷(河. 北省),河. 南,. 川 な ど とさ れて い る.命 名 の方 法 と して は地 名 を もって 分 割 す る 寧,西 大 黄 の ご と くで あ り,塊 黄,錦. な どはそ の形 を も って これ を分割 す る方 法 に よ り,さ 西寧 錦 紋,甘. 伽Lvar.伽. 涼錦 紋,西 香 結,川. 紋,馬. 蹄,香. らに そ の 品 とそ の産 地 か ら. 香 結,四 川 馬 蹄 な どの 呼称 が あ る.脛 陽,塊. は陳 西 省 に産 し,申 吉,馬 蹄(一. 結. 名雅 黄)の2種. 黄. は 四川 省 で産 出 し,陳 西. 産 よ りは るか に 多 く生 産 され てい た17)。 1886年(明. 治19)r音. BAIL.お よび亜 細 亜(ア り,1891年(明. ジ ア)高 地 に産 す るそ の他1伽. 治24)r改. シベ リア)お 西,甘. 繹 附 日本薬 局方18)』 に収載 さ れ た大 黄 は1己o置10fEa1θ. 正 日局註 繹19-20)』 には その産 地 と して 南西伯 利亜(南. よび 中央 亜細 亜(中. 粛 の 山 陵 地,中. 央 ア ジア)に 産 し,か つ 中国 北 西部 で 山西,陳. 国領 蒙古 の 東 部 お よび 西蔵(チ. 青 海 に も産 す る とあ る21).『 呉 普本 草 』 は蜀 郡(四 朧西(朧. 山 の 西,甘. 粛 省 東部)と. す る とあ るの は,四. 地 方 で あ る.陶. 弘 景 は益 州(四 川 省,成. 山(四. 川 省)の. もの も河 西(甘. が,薬. 用 に利 用 で き る と して い る.唐 代 には宕 州(甘. 粛省,武. 威 県),西. ㎜ 属 の 諸 種 と記 されて お. 莞(青. 都)北. 粛省),朧. 部,波. ベ ッ ト)の 南東 部,湖 川 省)北. 部(四. 北,. 川 の北 部),. 川 の北 部 よ り陳西 に広 が る 山(四 川 省 北部)お. よび 西. 西の もの に比 べ れ ば よい もの で はな い 粛 省,宕. 昌鎮),涼. 州(甘. 海地 方)蜀 地 に産 す る もの は皆 良 く,こ れ らは甘 粛 並. び に 四川 あ る い は 西蔵 にお よぶ 地 方 とす る とい う.し たが って 陳 西か ら四川 に広. 12.
(16) 表1近. 年 におけ る中国産大黄の生薬名,産 地 薬. 生 別. 起源植物. 産. 名. 地. 起源植物. 市場名. 名. (集散地). 寧型大黄 西寧 蛋吉. 西寧大黄. 錦. 紋. 西 寧 中吉. 中. 吉. 西 寧 箱片. 青海省同徳. 同 仁,貴 徳(西 寧). 西 寧 大黄 大. 黄. 渣 1甘 粛 省政 和. 1河 川大黄. ,臨 夏(旧 称 河llDl掌. 葉 大黄 :. l. 眠県大黄. 甘粛省眠県,臨 潭. i. ,. ー. 太 涼黄大黄. l. 鐙水型大黄. lI. (R.palma一 一. 甘粛省武威(旧称涼州). i. tu醗L。) 一. 唐古特大黄 爵 藍. 鐙水大黄. {中. 吉睡. E. 嚇. 吉. 文県大黄 川 大 黄1文 県 轄 l i文. 黄. i. 鐙水. レ 璽 撚鯉 バ. 甘粛省鐙水. 睡 臨一!. 甘粛省文蝋. 1 !. 県. 片. 清水大黄. 四川省灘}. き. 甘粛省清水(天水)1 ミ. 庄浪大黄 南馬蹄型大黄. 匹. 甘粛省庄浪 四 川 大黄. 雅黄大黄. 薩 南川大黄. 薬用大黄 雅黄(鳶黄). 四川省九竜(雅安). (R。offici一 {一. 馬 蹄 大黄. 塊. 黄. 四川省南川県i塑BA㌫). 注)RはRheum属. 13. 1.
(17) が る地方 は大黄 の原産 地 といえ る22).植 物 分布 上か らの考 察 と して河 西,朧 西 の もの は1aomo加a1θBAIL.を. 指 したものの ように考 えて よいの ではな いか.こ の. もの は 中国の 中部 お よび 西部西蔵 地方 に野生 も し くは栽植 せ られ てい る23).以 上 を要約 して図3に 示 した.. 大 正期 に入 り表2に. 示 した よ うに産地 と して は明治期 に比 して 戊壁砂 漠 か ら西. 蔵境 界 にい た る間に多 少伸 長 した感 があ る も山 西産 に良品 が産 出 され る特徴 が あ る24).昭 和 期 には 表3に. 示 した よ うに1≧omo∫. ηa1θBAIL.は湖 北,四. 川,雲. 南,. 貴州 に産地が全体 に中国 中部 よ りや や南下 した高地 に移動 して いる傾 向にあ る25).. 14.
(18) 表2大. 正 期 の大 黄 の産 地21). 産地. 四 川,直 隷(河 北 省),山 西,陳 西,河 南,甘 粛 北 西 部 父 壁(ゴ ビ)砂漠 よ り西 蔵境 界 地 方,青 海. 集 散市 場. 甘 粛 省:西 賓,中 吉. 四 川 省:松 溜. 土番大黄. 西蔵 または土魯番地方,土 大黄. 医薬用. 四期,西 蔵,青 海,甘 粛 殊 に眠 山 山脈 の 南 北,す な わ ち松 渥 よ り甘 粛,青 の 邊 彊 に至 る海 抜7500-12500尺(2475一. 海. 填1髪5m). の 地 域 に て 巖 石 嵯 峨 水 流 に沿 う地 方 の産 を 最 良 とす る。. 表 。3昭. 和 期 の 大 黄 の 産 地 躊2). 掌葉大黄. D轟 一. 重angUticumMAXiM。. 唐古特大黄. o£ficinaleBAIL・. 薬用大黄. 四 川,甘. 粛,青. 海,西. 蔵. 湖 北,四. 川,云. 南,貴. 州の. R. D聾 一. palmatumL. 一. 3000m以. 15. 上 の高 地.
(19) 第3節. 中国の輸 出港の開港 とその背景. 中国 の対 外 貿 易 の沿革 は大 別す る と次の よ うにな る. 第1期. は1516年(永. す なわ ち1516年(永. 正13)ポ. 年(明. ル トガル人 の来 航 まで を,第2期. 正13)∼1842年(天. 治 元),第4期. は1868年(明. 保13),第3期. それ まで 以 前 は 当然,海 シ ャ,シ. リア,ア. 路,シ. は1842年(天. 治 元)∼1914年(大. こ の 間 の 歴 史 的 発 展 過 程 を要 約 す る と,第1期. は南 京条 約 まで,. 正3)と. 保13)∼1868. 分 類 し得 よ う26).. は 漢 の 時代 で あ り,も. ち ろん,. ル クロー ドに よ る交易 は存 在 した 。そ こにはペ ル. ラ ビア商 人の往 来 が あ り,中 国諸 地 方 との 交易 は活 発 で あ っ た. こ とは周 知 の と ころであ る27). 第2期. は 明 の 時 代,す. Perestrelloを. 始 め,ま. な わ ち1516年(永. た,続. 東 に 来 航 し た1伽hael. い て ポル トガ ル のFe㎜doPerezde㎞. 一 艦 隊 を も って マ カ オの 上川 島(St 求め た こ とが,中. 正13)広. .Jo㎞'s島)に. 姻eが,. 到 着 し,広 東 地 区で の通 商 を. 国 とヨー ロ ヅパ の直接 通 商 の始 ま りとな っ た こ とは広 く知 られ. る ところで あ る28). その後 も多 くの接 触 が行 われ た ようであ るが,1637年(寛 の率 い る艦 隊 が マ カ オ(懊. 門)に 来 航,虎. 永14)英. 門砲 台 と交戦 して 広 東(現. 国のWedden 在 の広 州). に通 商 を申 し入れ たが,結 局,安 全 な根 拠地 が得 られ なか った. この 頃 の東 イ ン ド会 社(EastIndiaCo卿any)も 1684年(貞. 享 元)商. の1660年(万. 治3)に. 館 の 設 立 に成功 して い る。 しか し,フ. 禄2)北. を もって交 易 に加 わ った29).. ,ロ シ ア は 陸路 に よ る交 易 を求 め て,途 京でNerchinsk条. 第4期,す. ラ ンス は これ よ りも先. 商館 の開設 を行 って い る.ア メ リカ合 衆 国 は,1784年(天. 明4)E皿pressofChina号 一方. 容 易 に進 出 が な らな か った が,. 中失敗 は あ った ものの1689年(元. 約 の締 結 を行 って い る30).. なわ ち南 京条 約以後 の対 外 貿易 は大 改革期 に入 った こ とは 明 らかで. あ る。 中国 に対 す る英国 の進 出で特筆 すべ きは 阿片 戦争31)で あ り,英 国の対 中国. 16.
(20) 関係 は英 国 に大 きな優 位 性 を もた らした.当 時,英. 清 間で の 力 関係 の優 劣 の 結 果. は 中国 の関 税 自主権 を 失 わ せ た 。つ ま り英 国は 関税 業務 の 中枢 を握 った.し 1858年(安 て,輸. 政5)英. か し,. 清 通 商 にお いて従 量税率32)は 軽 減 され る こ と とな った.そ. 出税 は1858年(安. 政5)以. 来,わ. し. が国 の明治 期 末 当期 まで な ん らの 改 訂 も. なか った状 況 が続 い た33)。 明治 維新 以 降,わ. が 国の 開 国 と新政 府 の設 立 の事 情 を明 らか に して 清 国 に対 し. て 外 交 交 渉 が 行 わ れ た 。特 に1871年(明 9)の. 治4)の. 柳 原 前 光 らや,1876年(明. 大 久 保利 通 らに よ る交渉 が それで あ ったが,い. 治. ずれ も明確 な進展 は 認 め ら. れ な か った34). 一方. ,1894年(明. 治27)の. 日清 戦争,1897年(明. 大連 租 借 な ど をは じめ,英,仏,独,米. と同様,日. 治30)の. 日露 戦 争 に伴 う旅 順,. 本 に よる 中 国へ の侵 攻 が 行 わ. れ る といっ た不 幸 な 時代 に立 ち至 って きた経 過があ る35)。 有 史以来,中. 国 との 交易 は存在 して い たが,税 関 管理 制 下 の 交易 につ い て 考 察. すれ ば,1842年(天. 保13)英. こ とにな る 。1854年(安 (安政5)英. 清 両 国 に よ る南京条 約 の締 結 が大 きな影 響 を 与 え た. 政 元)の. 清 に お け る外 人 の 税 関管 理 制 の 確 立,1858年. 清 との 天 津条 約 な どに よ り,よ うや く近代 的通 商 が盛 ん にな っ た と. いえ る. 清 国で は商 取 引の 輻 較 す る港 は直 隷省(現 在 の 河北 省)の の江蘇 省 〉 の 上 海,湖. 北 省 の漢 口(現 在 の武 漢市),江. 門,漸 江 省 の 寧 波,広. 東 省 の広 東(現. 門,上 蘇 州,杭. 海,福 州,沙. 州,寧. 波 の5:港 は1842年(天. 市,重. して い る.以 後,大. 在 の広州)な. 慶 は1895年(明. 保13)英. 治28)の. 天 津,江. 南省(現. 西省 の九 江,福. どであ る.こ. 在. 建 省の厘. の 内,広. 東,厘. 清 条 約 に て 開 港 し,そ. の 後,. わ が 国 との 条 約 に よって 各 々 開 港. 黄 の輸 出は これ らの港 を通 じて輸 出 され る よ うに な った36).. 17.
(21) 第4節. 明治,大. 正期 におけ る中 国で の大 黄 の 中国 内集 散 地 と輸 ・. 移 出入*1). 明治 期 にお け る大 黄(対 が で き る.す. 外輸 出 品)の 移 入ル ー トは大 き く二 つ に大 別 す る こ と. な わ ち甘 粛 地 方か ら漢 口を経 由 して上 海 に入 るル ー トお よび重慶 か. ら漢 口 に 入 るル ー トで あ り,前 者 は 亙p蝕. 凹伽L,後. 者 は1ゐ αヴ10∫ 皿a1θBAIL。. が起 源 植物 で あ る とされ る. 薬 用 大 黄 丑oだ10加a1θBAIL.を. 起 源 植 物 とす る馬 蹄 型 大 黄(雅. 南 川大 黄 な ど)は 四川 省 九 竜(雅 安),南. 川 県 な どに集 散 され た(表1)37).こ. れ らは起 源 植 物 が1Lo盟o加a1θ8AIL.で 出 され た もの と考 え られ る.そ 一方. ,掌 葉 大 黄 丑pa1脇. あ るこ とか ら恐 ら く集散 地 か ら重慶 に移. して重慶 か ら揚子 江 を下 り上海 へ移 出 され た.. 伽1.ま. たは唐 古特 大黄 丑 嫌. 植 物 とす る大 黄 と して は 西寧型 大黄(西 黄(鐙. 水 大 黄,文. 県 大 黄 な ど)が 県,臨. 潭,武. 寧大 黄,河. あ る.前. 者 は青 海 省 同仁,貴. 粛 省 政 和,. ど,後 者 は 甘粛 省 鈴水,文. 県,清 水,. 威(涼 州)な. 徳,甘. 川),眠. 庄 浪,四. 川省 松 洛 な どに集 散 され る37).こ れ らは水 路,漢. な る.漢. 口 まで の移 出 に 要 する厘金税(国. 内税)が. *1)移 出入. ,移 出,国. 紫 關,嚢. 陽府,沙. なわ ち,西 寧. のル ー トが大 黄 の流通 経. ら く黄河 を下 り西 寧,蘭. らに龍駒塞,荊. ロへ 移 出 され るこ とに. 課税 され た.す. を 出発 して 漢 口 まで 実 に11カ 所 で 通行税 が徴 収 され,こ 路 の一 つ で あ った と思 われ る.恐. 孟fα 吻}仏XIM.を起 源. 川 大 黄 な ど)お よび鐙 水 型大. 臨 夏(河. 陳 西省 西 安 に 入 り,さ. 黄 ま た は鷲 黄,. 州,安. 陽,察. 定,平. 涼 を経 て. 旬 と漢 水 を下 り漢. 内 の他 の地 方 または植民 地 へ物 質 を送 り出 す こ と.外 国 との. 間の輸 出 と区別 して い る. 移 入,貨. 物 を一 国 内の他 所 か ら送 り込 む こ と.外. 国 との 間 の 輸入 と区別 して い. る. 相 賀徹 夫,"国. 語大 辞 典言泉",小. 学館,東. 18. 京,1989,p.113..
(22) 口に移 出 さ れ た と考 え られ る(図2).r支. 那 貿 易 物産 字 典 』 に よ る と甘 粛 地 方. に産 す る大 黄 は 四川 省産 に比べ 遥 か に上等 であ った とい われ て い る38-39).漢 口か ら甘粛 省 へ の外 国 品 移 入 は1915年 の1年 8174回,陳. 間 に11i79回(1082103両),湖. 南省 へ は. 西省 へ は4665回 ほ ど行 わ れ たが,重 慶 か ら甘粛 省 へ の外 国 品 が 流 通 し. た移 入 は全 く行 わ れ な か った とい って もよい 。 この こ とは 当 時,揚. 子 江 か ら甘 粛. 省 へ の 交通 は漢 口 を経 由 して 漢水 を通 り,さ らに黄 河 を通 るル ー トが幹 線 で あ り,. 四川 省 と甘 粛,陳. 20,000 (担). 西省. の省 界地 方 が 山地(眠 山 山 脈,秦. 領 山脈 な. ど)で あ った ため,重 慶 か ら甘 粛省 へ の 外 国 品移 入 は皆無 で あ っ た もの と考 え られ る.大 黄 の移 出 につ いて もあ て は ま り,加 えて集 散 地 が 四川 省 と甘 粛 省 の 省 界 山岳 地方 の 南北 に 分 布 して い る こ と が, 二 大大 黄移 出ル ー トを 形 成 せ しめ た最大 の 理 由で あ った と考 え られ る.図4に. 明治 後 半 か. ら大 正期 前 半 に お け る 重慶,漢. 口,天 津,上. 海 の大 黄輸 出量 を示 し た40-67).当 時,重 慶 お. 19.
(23) よび天:津におけ る大黄輸 出量は増加傾 向にあったの に対 し,漢 口においては減 少 傾 向にあ った.こ の ことは甘粛地方か ら漢 口を経 由 して上海 に入 るルー トが明治 末期頃か ら衰退 し,重 慶港が最大の大黄輸出港 とな った.ま た天津か らは直隷省 (現在の河北省)産 大黄 が輸出され,こ の当時漢 口に とってかわ り第2位 の大黄 輸 出港 とな り,そ の多 くが外国に輸出された.. 20.
(24) 第5節. 中国での大黄輸 出港の取扱状況. 昔 時 か ら中国 との 交 易 は存 在 して い たが,日 13)後,約30年. 経 過 した1870年(明. 治3)に. 中交易 は南 京 条 約(1842年,天. は,3766千. 保. 海 関 両 にす きな か っ たが,. 日清戦 争後32016千 海 関両 にな り,さ らにそ の後 も急 増 す る こ とにな った68).当 然, 大 黄 も この輸 入 総 額 に含 ま れ て い る.中 3)を100と. して1914年(大. 正3)に. 明治 期後 半 か ら大正 期 前 半,す 1912年(大. 正 元)か. ら1919年(大. 国 か らわ が 国へ の 輸 出 は1870年(明. 治. は実 に94倍 強 の伸 び を示 して い る。 なわ ち1890年(明. 正8)ま. 治23)か. ら1911年(明. 治44)と. での30年 間 の各:港の世 界各 国へ の 輸 出 並. び に 中国国 内へ の再 輸 出の 貿 易統 計 を集計 した 。総 合 計 は476。805担(28608t300 ㎏),年. 平均 は953t610㎏. で あ った。重慶,漢. 口,天 津,上. 海 別 に表4お. 4に 示 した39-66)。各 港 別 に当時,重 慶(268475担,16108t500㎏)が ア を 占め,次 いで 漢 口(68550担,4113七),天. よび 図. 最高 の シ ェ. 津(54494担,3269t640㎏)と. 大. 黄 が対外輸 出され て い る。 重 慶 は 明治 中期 か ら大 正初 期 まで は常 に大黄貿 易 が 盛 ん で あ った が,天 治後 期 か ら徐 々 に貿 易 取 扱 高 が増加 の傾 向 にあ った 。漢 口は 前2港 傾 向 にあ るの は,従. 津 も明. に比 し,減 少. 来 は 甘 粛 地方 か ら漢 口 を経 由 して 上 海 へ 下 るル ー トが 明 治 末. 期 頃 よ り衰 退 した ため で あ る 。 重慶 港 が最 大 の 大 黄 の 輸 出 港 とな ったの は地理 的 利 点(眠 と思わ れ る.天 津 か らは 直 隷省(現 合 算 されて 輸 出 され た ため,こ. 在 の河 北省)産. 山 山脈)に. よ る もの. 大 黄 が 上 海 か らの 再輸 出分 も. の 当時 漢 口に と って か わ り第2位. の大 黄 の輸 出 港. とな り,そ の多 くが 外 国 に輸 出 され た.し か し上 海 の 取 り扱 い 貿易 高 は 当 時,お よそ8000∼10000担/年(480t∼600t/年)の の18%程 度 が 日本 に,そ. 大 黄 が国 内 よ り移入 したが,そ. の他 は香 港お よび 欧米諸 国 に輸 出さ れ た69-70).在 清 国福. 州 日本 領事館 の記 録 に よ る と清国税 関記録 か ら1887年(明 治18)海. の内. 関 年 報 に よ れ ば,大. 治20)調. 査 の1885年(明. 黄 の 外 国 輸 出 に 関 す る 集 散 地 で の50%は. 21. 四川 省.
(25) (単 位:担). 中国主要港 における大黄の輸出量. 表.4. 天津. 年. 号. 1890-94年. 1895-99年. 1900-04年. 1905-09年. 元. 号. 男治23-27. 明治28-32. 明治33-37. 號38-42號43一. 6975. 3665. 2837. 3692. (694). (2628) 0. rotalExports. (0). rientsin. 0. Total Re-Exports TotalExports andRe-Exports 重慶. TotalExports. king. TotalExports andRe-Exports TotalExports. (0) 6279. Re-Exports. TotalExports andRe-Exports. 34299. 0 (0) 6279 (0). 34299 (0). 2055. (0) 8244 (0). (0). Total Re-Exports. (). tota1. 占有率. (0). 0. (0). 6846. (0). 2646 (8). 14966. 1298 (20). 21812. (28) 14. 14458. 90 (7) 16565. 52853 268475 (0). 4063. (0) (0). 15. 68550 (56). 147 (28) 18348. 465 (197) 84821 18. (6390) (12612) (14152) (23284) (15966) (72404) 7787. 14472. 16655. 27877. 18495. 85286. (6397) (12625) (14159) (23426) (15994) (72601). () 21498. 5. 71685. 77441. 91870. 123008. 91303. 476805. 7091. 15253. 15676. 29877. 22294. 90191. 15. 16. 19. 26. 19. は対外輸 出. 2)Re-Exports:輸. 40174 (48). 5036. 205. 28376 (8). 973. 3580. 27672. 0 56 (0). 1399. (142). 268475 (0). (0). (28). 54494. 0. 2181. (28). 3944. 52853. (0). (0). 11. (6300) (17534). (0). 69145. 5 (0). 14919. 0 (0). 67579. 0. (0). 0 (0). (13). 7778. TotalExports andRe-exports. (0). 54489. (0). 69145. (0). (7). (0). 67579. 9 (). 5. 38320. (0). 25934. 0. (6423). (0). (0). (6300) (17534). (1489). 10585. ユ5349. (6423). (2628). (0). (0). (1489). 22406. 38320. (%). 14919. 3692. (0). 合 計 占有率. 証4-8. 2837. 0 (0). 柾3. 1915-19年. 22401. (0). (0). TotalExports. Shanghai. 注1)O内. 3665. (0). 6189. Total. (0). (694). (0). Hankow. 上海. 6975. Total Re-Exports. 漢 口. (0). (0). (0). Chmg-. 0. 1910-14年. 入 し た 品 を 再 輸 出 (特 に加 工 し な い で そ の ま ま)す. 3)1担=60kg. 22. る.. 100.
(26) の もので あ り,後50%を した後,再. 占 め る甘 粛省,陳. 西省 に産 した もの は,一. び上 海 に船 積 み され て輸 出に向 け られ るが,さ. らに天 津 に も海 上 輸 送. の うえ,再 々輸送 され る とあ り,天 津へ は約600担(36t)を この時期,上. 海 で は 陳西,甘. り66銭8厘 ∼8〔戯)で 48銭)で. 旦 漢 口 に移 送. 輸 送 され て い た71).. 粛産 の大 黄 は100斤 当た り40両 か ら50両(1斤. あ り,四 川 産は100斤 当た り10両 か ら30両(1斤. あ った こ とか ら,四 川産 は 品種,等. 級 が 陳 西,甘. 当た. 当た り16銭 ∼. 粛 産 よ り全体 と して低. い価格 であ った 。 上海 は貿 易 盛 ん な要 地 で あ る。揚子 江河 口にあ って 地理 的 に も恵 まれ て,こ. の. 地 に集 散 され る薬 材 を始 め物 産 が近 隣人 口 に比 例 して 多 量 に消 費 され る とこ ろで あ る 。 しか し土地 湿 潤 に して 薬材 の保 存 には適 しな い 難点 があ る.し 黄 の保 管管 理,な. た が って 大. かで も荷 造 りに は注 意 され た よ うで あ る。揚 子 江 を下 って きて. 集荷 され る大 黄 は この 時期,実. に年 間300万 斤(1800t)と. は 西洋 諸 国 と 中 表。5大 国 国 内 向 け に. 示 した73)。湖 北 省,陳. 舗∵畿. ら上 海 に集 荷 され る大 黄 を表5に. 西洋諸邦. 中,品 質の 上等, 中等 以 外 は 等 級. 西省 産 出の もので 需 要 先. 黄等級別価格帯(上海相場,1885年 湖北省荊 州府. な って い る 。表. い われ た72).起 源 港 か. ・明治18). 陳西省 延安府瀞 州. 各省 一般. 上等. 中等. 毎百斤. 毎百斤. 毎百 斤. 50両40両10両5匁. に表 示 は な か っ. 68銭54銭4毛14銭2厘8毛. た が値 入 れ の み. 350斤(210kg)当. な さ れ て お り,. た り2匁. か ご(籠)に 入 れ 縄 に て しば る. 価 格 が 安価 な も 300万 斤(1800t)程. の(下. 等)と. 度/年 間. し 注)1両=1円36銭,100斤=60kg. て は,1斤(600 9)14銭2厘8毛. か ら,13銭6厘. い た記録 が あ る.し. たが って,湖. の間の もの が上海 相 場 と して 市場 に て売 買 され て 北,陳. 西産 に つ いて も13銭6厘. 23. か ら68銭 まで の.
(27) 等級 の大 黄 が産 出 して い た.脛 陽,塊 黄 の2種 間2万. 斤(12t)17)で. よ り産 出 し,同. あ り,中 吉 馬蹄(雅. じ く6砺 斤(402t)内. 類 は 陳 西省 に産 し,そ の産 額 は年. 黄,鷲. 黄 と もい う)の2種. 外 で あ った.荷. 類 は 四川 省. 造 り方法 は陳西 産 は すべ て. 木 箱入 りに し,毎 斤 その 重 量サ イ ズは300斤(180㎏)∼500斤(300㎏)を. 単位 と. して梱 包 され た.四. 川 産 の 上等 中吉 もま た木箱 入 りに して,毎. 箱400斤(240㎏). ∼600斤(360㎏)に. 梱 包 され販 売 に供 され たが ,そ の他 の価 格 が安 価 な もの は 皆,. 錘 で もって これ を梱 包 し,毎 包 を300斤(180㎏)∼600斤(360㎏)と は風袋 の 軽 重 に拘 わ らず一 律に5斤(3㎏)と ㎏) ,の 重 さが あ って も3㎏. した.薦 包. 定 め られ てお り,実 際 は10斤(6. と計 算 した ・薦 は必 ず 買 い主 に附送 す る習慣 で あ った.. しか し,箱 入 りは 必 ず詳 細 にその 風袋 を計 り中味 の 大 黄 が高 価 なた め差 し引 き計 算 され 公 平 を期 した ようであ る. 売買 季 節 は,毎 るので,こ. 年2∼3月. 頃 に新 物(そ. の年 収 穫 され た新 しい大 黄)を. 上市す. の 時期 が最 も好 季 とい え る.し か し大 黄 の 需要 は年 中あ る生薬 なの で,. 必 要 に応 じ四季 絶 え ず採 取,出 荷 し移 出 してい た. 1878年(明. 治11)∼1885年(明. 治18)聞 の8年. 間 の上 海相 場 を種 類別 に表6に. した17).中 吉 クラ ス以 上 が 上等 とされ てお り,四 川,馬. 示. 蹄 クラ スに つい て は安価. で仕 入 れ る こ とが で きた こ とに な る.表6大. 黄の種類別価格帯(上海相場1878∼85年 品. さ らに,上 海相 場. 名. 担. 両. 換 算 値(円)1斤. ・明治11∼18) 当 り(銭). には取 引 上 の約 束. 西 中吉 大 黄. 100斤. 20. 28.00. 28.00. ご とで さ らに値 引. 中 吉 大 黄. 100斤. 16. 22.40. 22.40. きされ,安. 漢 中吉 大 黄. 100斤. 13. 18.00. 18.00. 仕 組 み が あ っ た.. 四川 片 大 黄. 100斤. 10. 14.00. 14.00. っ ま り,上 海 の取. 四 川 大 黄. 100斤. 8. 11。20. 11.20. 引 上,98銀. 馬. 100斤. 7. 9.80. くな る. を用 い. て 売 買決 裁 が行 わ. 蹄. 注)1両=1円60銭1担=100斤. 需60kg. 24. 9.80.
(28) れて いた.漢 両)で. 口 の慣 習 は さ らに状 況 が変 わ って お り,大 黄 の相 場 が9折86個(90. あれ ば 差 し引 き77両 と値 引 きが入 るため そ の値 引 き比 率 は15%と. た.こ れ を85割 掛 と もい った.し. たが って相 場表 には値 引 き率 が加 味 されて い た.. 値 引 きにつ いて の 慣 習 は1880年 代(明. 治13∼23)の. 大 黄 に限 らず薬 材 の取 引 上の 古 い商習 慣 が あ った.薬 測 定 す なわ ち灌 衡(度. 量 衡)は. 底 と称 し,毎 年陰 暦9月. な って い. 上 海 で は,す べ て の 薬 材 は 材 を売 買 す るに 当 た り重 量. 天 平秤 と決 め られ て いた が,支 払 い時 にお い て 九. 末 を も って期 限 と し,此 期 は 上 海商 人 の 年1回. の決裁 の. 期 と定 め られ て い た 。 しか し,或 年度 該期 に際 し大 変 な 金融 の逼 迫 を来 た し,精 算 は容 易 に 結 了 しな か った 。北清 人や 遠 隔地 の 人達 は 結氷 前 の こ と と して ぜ ひ 現 金 を受 取帰 郷 す る こ とを迫 って支 払 い延期 す る こ とを承 諾 せ ず,上 も要人 が仲 裁 し,幹 施 の 結 果2歩. 海の金融界 で. の割 引 と した うえ,支 払 い決裁 をす る こ とで 結. 論 が得 られ た 。 すな わ ち100両 の代金 に対 し98両 を支払 って すべ て終 結 と した 。 それ 以来,上. 海 の取 引 に は2歩. の割 引 をす る慣 例 が生 じ因襲 が続 き98の 制 を用. い貨物 受 け渡 しに まで98秤 を用 い る ことに な った 。上海 雨銀 を98銀 と呼ぶ 理 由 が ここにあ った74>。 漢 口は 英 国 租 界 四 馬 路 の 盤 記桟 を も って 大 黄商 集 会所 に充 て 仲 買 口銭(斡 料)は. 旋. 買価100両 につ き3匁6分(3%)と. す る習 慣 で あ った.す べ て薬材 は 漢 口. にお いて最 も重 要 な 市場 で あ ったので,薬. 材売 買 に従 事 す る上海 近 辺 の薬 業 者 は. 常 に漢 口で 仕 入 れ を な し,ま た,四 川産 の 薬材 は 甘 粛 の境 か ら くる もの が 多 か っ た.し た が って 漢 口の 薬 業 者 は主 に重慶 府(重 慶)に. て 仕 入 れ をす る習 慣 で あ っ. た75).甘 粛 地 方 の大 黄 が この時期 良質 の もの と して漢 口に集荷 され たが,そ 由 と して,か つ て 左 宗巣*2)が 陳甘総 督で あ った時,大. *2)1862年 福 州,漢. 黄の輸 出 を奨励 した た め で,. 左 宗 巣 ,李 鴻 章 と並 ぶ 武 将 で馬 尾船 政局 を開 き,上 海,南 口,広. 東 な どの 開 港 場 に い くつ もの 軍 需 工 場,造. あ った.. 25. の理. 京,天. 津,. 船 所 を設 け た 功 績 が.
(29) 結 果 と して大 い に外貨 を稼 ぎ,開 港場 に造船 所 な どを設 け貿 易 に大 いに寄 与 した とい う.陳. 西,甘. 粛 両 省 で 産 出 され た ものは1斤. 当 た り66銭8厘. ∼83銭5厘. の間. で 取 引 され 良 質 で高 価 で あ った.四 川 産 の もの は常 に安 価 で あ り,16銭6厘8毛 ∼5(戯4毛. どま りで取 引 され て い た.価 格 の 上 限 と下 限 で は 上海 で の相 場 で は大. きな差 が あ った よ うで あ る75). 1斤 当 た りの取 引 価 格 か ら14銭 以下 が 四川片 大 黄,四 が薬 用大 黄(1蜜.omof12ε1θBA皿,.)と. 川大 黄,馬 蹄 大 黄の 種 類. して産地 か ら判 断 し,ま た 中国内移 出入 の経. 路 か ら上 海 に移 送 され 上海 相場 品 として取 引 され た こ とか らも裏付 け られ る.. 26.
(30) 第6節. 中国における大黄の対外輸出状況. 上海 お よび天 津 港 か ら大 黄 の世 界各 国へ の対 外 輸 出 並 び に 中国 全体 の対 外 輸 出 につい ては 表7に. 示 した69・70・76・77,78).1917年(大 正6)∼1919年(大. 年 間 にわ が 国 を含 め8力. 国 に輸 出 して い るが,イ. ギ リス,フ. 正8)の3. ラ ンス,イ. アメ リカ合 衆 国 な どの欧米 諸 国 はそ の100%が 上 海 か ら輸 出 され た.香 数 が 上海 か ら,残 90%が. る半 数 が 天 津 か ら輸 出 され,こ. 上海 か ら,残. の 時期,わ. タ リア,. 港 へ は約 半. が 国 へ は そ の80∼. りは 天津 か ら輸 出され た。 ち なみ に上 海 港 の 取扱 高 は694536. 両19724350円40銭),天. 津 の 取 扱高 は426074両(596503円60銭)で. あ り,わ. へ の輸 出高 は 中 国の 大 黄 輸 出高 全 体 の19。4%で あ り,上 海 で は20%を. 占め 天 津 で. は18。5%を 占め て い た 。上 海 か らの輸 出価格 と して わ が 国へ は1斤 毛で香 港 に次 いで 安価 な 大 黄 が輸 出され たが,天. 津 か らは1斤. 毛で さ らに 安 い種 類 の 大 黄 が わが 国 に輸 出 され た が,平 種 であ るか は不 明で あ る 。イ タ リア,イ. ギ リス,ア. が国. 当 た り21銭9. 当 た り8銭8厘3. 均 単価 か ら どの 等 級 の 品. メ リカ合 衆 国 は平 均 単 価 か ら. 比 較的高価 な大 黄 を求 めて い た 。 大黄 の 貿易 に 当 た って は輸 出税 則 が あ り,清 国 の ユ858年(安 政5)英:清 約 で定 め られ た新 関税 か ら1897年(明. 治30)か. ら1899年(明. 治33)に. 天津条. 至 る3力. 年間. の平均 価格 を標 準 と し市価 表 を作成 したうえで清 国輸 出品 で清 国 出産 と して 薬 材 類 に大 黄の 毎100斤 当た り1両2銭5分(1斤=1銭5厘)と 示 されて い る79).当 然,大 1909(明 治42)∼1919年(大 56・57・61・62・66).当 時,中. 黄の輸 出品 に も課税 され た こ とにな る. 正8)に. ら く第1位. お ける大 黄対 外 輸 出統 計 を表8に. 示 した53・. 国 に お け る大 黄 の輸 出 国 先 は 量 的 に は香 港 が 最 も 多 く,. 日本 お よび ドイ ヅ∫ フ ラ ンス,イ に続 いた が,香. して 輸 出貨 物 税 則 が. ギ リス,ア メ リカ合 衆 国 な どの 欧 米諸 国 が そ れ. 港 が 当時 も英領 で あ った こ とを加 味 すれ ば イ ギ リスへ の輸 出が 恐. で あ った と思 わ れ る.ま た フィ リピ ン,オ ー ス トラ リア な どの太 平 洋. 地域 にも若 干 輸 出 され た 。 日本 は1908(明. 27. 治41)∼1911年(明. 治44)ま. で は10%台.
(31) 上 海 お よ び 天 津 港 に お け る大 黄 の対 外 輸 出 並 び に 中 国 対 外 輸 出 の 数 量 と価 格 との 関 連 表(1917年(大 正6)-1919年(大 正8)). 表.7. 輸出先. 年 号(元. 号). 1917-19年(大 鱗 輸出*. 香 港(HongKong). 数量(担,piculs) 価格(關平両,、 配1ヒ ーア云s) 平騨 価(銭/斤). イ ギ リス. 数量(担,piculs). 上 (GreatBritain). 酪(開 平両,砥一野s) 平騨 価(銭/斤). フ ラ ン ス. 数量(担,piculs). (France). 価格(關平両,砥 一野S) 平騨 価(銭/斤). イ タ リア. 数量(担,piculs). (ltaly). 価格(關平両,砥 一ヱテS) 平均輻(銭/斤). 海日本. 数量(担,piculs). (Japan). 価格(關平両,、 砒 一7アs) 平騨 価(銭/斤). ア メ リカ合 衆 国. 数量(担,piculs). (U.S.A皿erica). 価格(關平両,歌 一7ナs) 平均報(銭/斤). フ ィ リ ピ ン. 港(Philippine). 6516 110705 20,569 2196 43507 23.97 675 12187 21.85 15 311 25.09 3823 66627 21.09 4206 80387 23.13 5 91 22.02 26 447 20.80 17462. 鞭(担,piculs) 価格(關平両,、 砥 一7:ナ5) 平騨 価(銭/斤). ロシァ,太平洋沿岸諸国. 糧(担,piculs). (Russia,Pacific. 儲(開 平両,ゐ灰一アナs). Port). 平騨 伍(銭/斤). 合. 計. 数量(担,piculs) 価格(關平両,班ピ ー野5) 平騨 価(銭/斤). 日 本(Japan). 天. 数量(担,piculs) 鵬(關 平両,」 田ピ ー7テ5) 平騨 価(銭/斤). 津香. 港(HongKong). 羅(担,piculs) 価格(關平両,砥 一賢S). 港. 平騨 価(銭/斤). 合 計. 雛(担,piculs) 価格(關平両,傲 一野8) 平騨 価(銭/斤). 314262 21.78 771 5628 8.83 5503 40172 8.83 6274 45800 8.83. 注)1両 一1円21銭1担=100斤 一60kg *各 輸 出 港 か ら各 国 へ の 輸 出 **中. 国 か ら各 国 へ の輸 出. 28. 正6-8)合 計. 申国対外軸**. 13363 169940 15.39 2196 43507 23.97 675 12187 21.85 15 311 25.09 4624 73152 19.14 4206 80387 23.13 5 91 22.02 30 567 22.87. 25114 380142 18.32 4624 73152 19.14 13363 169940 15.39 25114 380142 18.32. 占有率 48.8 65.1 -一. 一一一. 100.0 100.0 -一. 一一一. 100.0 100.0 一 一一一一. 100.0 100.0 一 一一一一. 82.7 91.1 -一. 一一一. 100.0 100.0 一一 一一一. 100.0 100.0 一一 一一一. 86.7 78.8 -一. 一一一. 69.5 82.7 一一 一一一. 16.7 7.7 -一. 一一一. 41.2 23.6 -一. 一 一一. 25.0 12.0 -一. 一 一一. 1917-19年. 平均. 糊 鞘* 中国対外儲** 2172 4454 36902 56647 20.56 15.39 732 732 14502 14502 23.97 23.97 225 225 4062 4062 21.85 21.85 5 5 104 104 25.09 25.09 1274 1541 22209 24384 21.09 19.14 1402 1402 26796 26796 23.13 23.13 2 2 30 30 22.02 22.02 9 10 149 189 20.80 22.87 5821 8371 104754 126714 21.78 18.32 257 1541 1876 24384 8.83 19.14 ユ834 4454 13391 56647 8.83 15.39 2091 8371 15267 126714 8.83 18.32.
(32) 中国にお ける大黄の対外輸出の数量 と価格との関連表. 表.8. 輸出国. 年号(元 号) 1909年(明 治42). 香港. 糧(担). (HongKong). 価格(開 輌). 平 均鞭(銭) 羅(担). イ ギ リス (Great8ritain). 4,810. 40.5. 4,7ユ4. 58.8. 4,890. 48.9. 36,240. 21.6. 50,554. 33.2. 63,551. 48.4. 71,612. 40.9. ユ7.06. ユ0,267. 鯉(担). ドイ ツ. ユ0.51. 5.8. 656. 5.5. 6.1. 9,556. 6.3. 1,918. 29.8. 28,282. 50,018. フ ラ ンス. 数量(撞). ユ,149. (France). 価格(關輌). イ タ リア. 数量(の. (ltaly). 衝格(關輌). か ストリアおよびハン別 一. 日 本(台 湾胎 む). 14.57 28.4. 価格(關輌). 藍13.7. 14.64. ユ3.48. 2,392. (Ger砥any). (Aus意ria,H疑ngary). 1919年(大 正8). 25.3. 平騨 価(銭) 20.91. L. 1916年(大 正5). 2,124. 491. 極格(關 輌). 1912年(大 正 元). 860 ユ8,524. 10.7 ユ4.1. 21.54. 1,475. 14.8. 30,562. 17.5. 20.72. ∼岬. . 一 一 一 一. 一 一 禰_. 18.6. 一一 一一 . 一一 . 一一購 卿騨騨. 一一陶 帽. ユ,851. 15.6. 467. 5.8. 176. 1.8. 16。 露. 24,029. 14.3. 27,061. 17.8. 10,059. 7.7. 3,647. 2.1. 447. 5.3. 75. 0.6. 75. 0.9. 15. 0.2. 9,346. 5.6. 1,096. ⑪,マ. 1,615. 1.2. 311. 0.2. 数量(担). 25. 0.3. 85. o.7. 959. 一 鱒僻一. 一 一一一. 儲(關彌). 5盆9. o.3. 1,露32. O.8. 17,240. 13.1. 一一回 一 . 一 一一 . 数量(担). 956. 11.4. 1,125. 9.5. 5. 0.06. 1,675. 16.8. 9.8. 108. 0.08. 32,315. 18.5. 12.◎. や. 騰(關輌) 20,019. (Japan). 鞠 鞭(銭) ブ イ リ ピ ン諸 島. 騒(担). 11.9. 14,895 13.24. 20.94. 21.6. 19.29. 2. 0.02. 8. 0.07. 914. 11.4. 印聯聯一一 一. 一一動 一. 34. 0.02. 109. 0.07. 19,688. 15.0. 一一一一一 一. 一一 鴨一. 577. 6.7. 1,267. 10.7. 8,017. 100.0. 1,757. 17.6. 12,039. 7.2. 18,465. 12.1 131,281. 100.0. 36,405. 20.8. 8,966 100.0. 9,998. 100.0. 175,004. 100.0. 属. (Philippine). 価格(關輌). ア メ リカ合 衆 国. 1糧(担). U.S.A(ハ. 薗格(關輌). ワイを含む). 対 外総輸 出 (Totalexports). 纏(担). 8,410 100.0. 価格(關平両)167,694. 11,868 100.0. 100.0 152,322 100.0 132,475. 注)1両=1円40銭,1担=100斤=60kg. 29. 100.0.
(33) の 占有率 が あ ったが,1912年(大. 正元)か. 程 度 に な り,そ れ 以後 は10%台 界 大 戦 前 まで は輸 入 量 第2位 は 行 わ れ な くな った.こ. ら1915年(大. 正4)ま. 以上 に輸入 が伸 長 して い る.ド. で は10%台. を割 る. イ ヅで は第 一次 世. で あ ったが,開 戦 年 に半 減 し,そ れ以 降 大 黄 の輸 出. の ことは大 黄 の輸 出量 は その 当時 の社 会 情 勢 に も大 き く. 影 響 され た もの と思 われ る.. 30.
(34) 第7節. 中国か らの大黄の対外輸出方法. 対 外輸 出の 取 り扱 い主 要港 は天 津,重 慶,漢 香港,イ. ギ リス,ド. イ ツ,日. 本,フ. ラ ンス,イ. 輸 出港 にて取 り扱 う大 黄 の 輸 出 向品種,等. 口,上. 海 で あ り,主 た る輸 出 国 は. タ リア,ア. メ リカ合 衆 国 で あ っ た.. 級 は取 扱 上 の ラ ン ク と して 次 の よ うに. 分類 され て い た75). 品種 の呼 称 と して 西寧,中. 吉,示 横,墓. 黄,山. 黄 な どが あ り,さ. らに細 分 類 の. 方 法 は 四 川 産 大 黄 の 種 類 と して碧 海産 で 文黄 と呼 ぴ種 植 して 育 成 し,そ 根華 塊 よ り洋 片,大 向であ って3年. 吉,中. 乃 至5年. 吉 お よび小 吉 に分類 され,そ. の 内,洋. 生 もの を対 象 と してい る 。大 吉,小. お よそ あて られ て い る 。ま た灌 縣産,松. 片,中. の 形 状,. 吉は輸 出. 吉 は 中国 内地 消 費 に. 播 産 とい う種 類 は野 生 が 多 い 。 この もの. も内地消 費が 多 く輸 出 は 少 な い 。当時,四. 川,西 蔵,青. 海,甘. 粛 な どか ら産 出 す. る もの は良 品 とされ て い た75)。 用 途の 点 か ら2種 に分 類 され,一 どの産 が用 い られ,一. つ は 直隷(河. つ は医薬 用 と して 四川,西 北),江. 蘇,陳. 蔵,青. 海,甘. 粛な. 西 な どの産 が観 賞 用 あ る い は. 生糸 の染色 用 と して植 え られて い た74)。 特 に眠 山 山脈 の 南 北 すな わ ち松 播 か ら甘粛,青. 海 の辺 境 に至 る標 高3000皿 の 地. 域 が最 も適 して い る こ ともあ って産 出量 は比較 的 多 い と報 告 され て い る23)。 表9に. 示 した よ うに 品種 は5段 階 に ラ ンクさ れ て い た 。 また荷 造 り容 量 と して. も修 治(加. 工)後. の 輸送 時の 保存 性(品. 質管理)は. 生 薬 共通 の こ とで あ る が,特. に大 黄 は 防湿 に 留 意 す る必要 が あ り,荷 造 り方 法 と して 莚包 に して 木箱 に詰 め る こ とを取 り決 めて い た.し 位 で取 引 され,順. たが ってNo.1品. 種 のHighDryFIat1箱. 次 梱 包 単 位 の 容量 が大 き くな り,No.5品. 量 の10倍 近 い324.6㎏. 種1箱. で は35㎏. 単. で はNo.1の. 重. 単 位 で 梱 包 され 取 引 の サ イ ズ と して 取 り扱 わ れ て い た81).. 当時 として 高額 な 単位 の もの ほ ど,少 量包 装の 取 引 単位 で 慎 重 に梱 包 さ れ,防 な どの リス クを最 小 限 に と どめ る意 味 において 当然 で あ った と思 わ れ る.. 31. 湿.
(35) 表.9市. 場 に お け る 大 黄 の 品 種 分 類 と そ の 梱 包 方 法(1913年 1922年. 1.品. ・大 正2∼. ・大 正11)74). 種No.1-HighDryFlat* No.2-Co皿monRound* No.3-CantonR圭mbarb No.4-WildShensi No.5-Shensi. 2.荷. 造 容 量 1箱(incase). 79封. 度(35kg). 風 袋22封 度 共**(9。9kg). 同(incase). 166封. 度(74.8kg). 風 袋29封 度 共(13.1kg). 同(incase). 212封. 度(95.6kg). 風 袋42封 度 共(18.9kg). 同(incase). 246封. 度(110.9kg). 風 袋41封. 度 共(18.5kg). 1司klncaseノ. 338封. 度(324.6kg). 風 袋61封. 度 共(27.5kg). 同(incase). 244封. 度(100.1kg). ロ. *市. (蔑包 に入 れ,木 箱 に 詰 め る). ノサ. へ. 場 に お い て 大 黄 は そ の 形 状 か ら"Flat","Round"に. **133封. 区 別 され て い た。. 度 一100斤,1斤=600g. 小. 括. 第1節 に詳述 した ように大黄は古来,中 国か ら全世界 に輸 出され,医 療 に活用 され た重要な生薬の一つであった ことが,大 黄交易ルー トか らもうかがえる.し か も西欧で必要で あった生薬類の中で もかな り高価な ものであ ったに もかかわ ら ず需要があ った ことであ る.恐 らく肉食中心であ った種 族の もつ便秘 の下剤 とし て,あ るいは健 胃剤 として必要であったもの と思われ る. わが国で も8世 紀 に既 に正倉院宝物庫の薬品に大黄 が存在す ることか らも知 る. 32.
(36) こ とが で きる.当 時の漢 方書 に も散見 され,民 間家庭 薬 と して常用 され てい た. 第2節. に示 した よ うに大 黄 の種 類 は植 物分 布 上か ら河西(甘 粛 省),朧. 山の 西,甘 粛省 東部)に. 丑0猷fdηa1θBAIL.(薬. に広 が る地 区 には 丑pa1溜 伽L.,乱. 嫌. 用大黄)が,陳. 西(朧. 西,四 川,甘. 粛. 亡ゴαπ}趣IM.と それ らの種 間雑 種 が野. 生 また は栽植 されて お り,原 産地 は陳西 よ り四川 に広 が る地 区 といえ る. 第3節. に示 した よ うに 中国 の輸 出港 は漢 の時代 か ら交易 は存在 したが,陸 路 も. ロ シア を通 じて ヨー ロ ッパ に通 じて い た.本 格 的な 開港 と対 外 貿 易 は南 京条 約 (天保13年)以. 降対 外貿 易 は大 改 革期 に入 り,大 黄 を取 り扱 う港 は上 海,漢. 口,. 天津,重 慶 の4港 で あ った. 第4節. か ら当該 時期,中. 国 国 内に産 出 した大 黄 の採取後,集. 散地 までの移 出入. につ いて は揚 子江 が主 と して利 用 され た.す な わち甘粛地方 の 且pa加a伽L.は 主 と して漢 口を経 由 して上 海 に送 られ,1Loだ10f加1θBAIL.は られ る二 つの ルー トが あ っ た.た. 重慶 か ら漢 口に送. だ奥 地 にて産 す る もの は移 動 す る毎 に厘 金 税. (国内通 過税)を 課せ られて高価 な ものにな った. 第5節. か ら明治期後 半 よ り大正 期 にか けて 中国各 港か ら世界 各 国 に輸 出 す る大. 黄の デー タが確 か な数値 と して得 られ た.主 要港 の 中で も取 り扱 いが 最 も多 い の が重慶 で 上海,漢. 口,天 津 の順 で あ った.集 散地 で は四川産 の もの が50%,陳. 産,甘 粛 産の もの が合 計で50%が は一般 に四川産 が安価 で,主. 集 荷 され取 引 きされ た.取 引 きされ た相 場価 格. として1Lo盟oZm1θBAIL.で. あ る.陳 西,甘 粛産 が. 高 価 で 高 品 質 と い わ れ て い た よ う で あ り,1乙pa伽 脚. 西. 亡fα π であ る.わ が 国へ は,1Lα. 伽Lお. 僅fo加a1θBAIL.が 輸 出 され,生. よ び1a 産 量が 多 く. 比較的低価 格で あ った. 第6節. か ら中国主 要港 であ る上 海,天 津 か ら世 界各 国へ大 黄 が輸 出 され た(そ. の一部 は 中国各 省 に移 出され た).大 され たが,中. 正期初 期 は上海港 か ら大量 にわが 国へ 輸 出. 国貿易港 の 全体 で取 り扱 う大黄 総量 の うち,わ が国へ の輸 出量の 占. め る比 率 は19.4%で. あ った.そ. の時 の輸 出価格 は17銭4厘3毛. 33. とい う安値 がつ け.
(37) られ取 引 きされ て いた. 第7節. か ら大 黄 を輸 ・移 出入 に 当 って の種 類 別,梱. 類 別 に分 類 され て い た よ うで あ るが,当 `Tlat" ,`肋md"型 に大 分類 され,5段 No1.Hi幽DryFlatと き され た.こ れ た.品. 包 に つ い ては,産. 地別 に種. 時 の デ ー タ か らは形 状 別 に 重 き を置 き, 階 に ラ ンク され て い た.最 高級 品 には. 名付 け られ,高 価 で あ るた め,最. 小 包 装 の梱包 と して 取 引. の よ うに梱 包 単位 は高価 な大 黄 ほ ど小梱 包 で 取 引 きされ 市場 に出 さ. 質 保持 の た め と商 取引上 の経済 単位 で もあ った と思 われ る.. 34.
(38) 第2章. 特 に中国か らわが国への大黄の輸入状況の変遷. 緒 言 本章 で は 明 治 政 府 の 外 国 との貿 易 業 務 の 中で 大 黄 が い か な る経 緯 を た ど って, わ が国 に輸 入 され て きたか を当時 の時代 背 景 を財政,外 で は物 価,米. 価,人. 交 を踏 ま え,特. 口な どの 要素 を加 味 しな が ら輸 入 価 格,数. また他 方 で は 当時 の 」。P。の推 移 や 発表 文献,成. 書,市. に経済界. 量 の 関係 に つ い て,. 販 売 薬 な どか ら大 黄 の も. っ薬 能 を検 索 した 。 これ らの事 柄 と明治期 か ら大 正期 にか け て順 を追 って 中国 か らわが 国へ の大 黄 の輸 入状 況 を 中心 に述べ る。 時代 区分 を以 下 の とお り期 間を6つ. の 時期 に 区分 した 。わ が 国 へ の 大 黄 の 貿 易. の段 階 区分 を石橋 の 方法82)に 準 じて,1868年(明 を明治 初期,1882年(明 27)∼1903年(明 で を明治4期. 治36)ま. 治26)ま. で を明 治3期,1904年(明. と し,大 正期 に入 り,1914年(大. 正前期,1922年(大. 第1節. 治15)∼1893年(明. 治 元)∼1881年(明. 正11)∼ig29年(昭. 和4)ま. で を明治2期. 治14)ま. で. 。1894年(明. 治. 治37)∼1913年(大. 正3)∼1921年(大. 正2)ま. 正10)ま. で を大. で を大 正後 期 とした 。. 明治初期における大黄の輸入量 と価格の変遷. 1。 明治初 期 にお け るわが 国貿易業 務 の実 際 明治初期 の外国 との貿易業務 は安政以来,長 崎,神 奈川,函 館,兵 庫 に置かれ, ここで関税収納事務 を取 り扱 っていた.は じめは外 国事務局 の統 括に属 し,後 に 外国官の所轄 に転属 し複雑な経過 をたど り,次 いで外務省 に移 った.1871年(明 治4)8月. に至 って漸 く現在の大蔵省 が統括す ることになった.翌1872年(明. 35. 治.
(39) 5)11月28日. にな っては じめて運 上所の呼称が税 関 と改め られた83).こ の間に貿. 易統計 もその形 式がやや整 え られたが,調 査 内容お よびその表示方法の統一 を見 るまで にはなお,数 十回にわた る様式の変更,も しくは改良改善 を経て次第 に正 確 の度合 いが高 め られ た.こ の ように統 括官庁が数次 にかけて変更され,ま た統 計作成上 のそれまでの不統一や,加 えては じめての作業の こ とか ら運上所吏員の 取 り扱 い事務 の不慣れな どによ り当時の統計資料 は甚 だ不正確 であ ったと推測で きる鋤.他 の要件 について 当時未 だ無条約 国であ った清国か らの輸入量がかな り の比重 を占めて いたにもかかわ らず,そ の輸入量において過小に評価 されていた ように思 われ る.あ るいはまた,密 貿易による申告漏れな どによ り統計数値に集 計 され なか ったものがあ ったのではないだろうか と推測 しうる85).輸 入税の高額 な支払 いを避 ける意味で関税にあ りが ちな虚偽の 申告 による過 少評価 で集計され た結果 が統計 と して報告されたため,不 確実な資料 にな って しまったともいえ よ う.貿 易事務 の水際でのい くつかの案件下で作成され た明治初期 の統 計書の一つ にスポ ヅ トをあてて,当 時の統計 との相関関係 を調査 したのが この大黄に関す る ものであ る.ま たr各 開港場輸 出入物 品高』か ら1878年(明 治6)の. 資料につい. て輸 出入 品共 に数量 と課税 した税額 は明記 して あ るのに,そ の原価 は代 価不詳, 価格 不詳 として,こ れ を示 して いない大黄 その他 い くつかの品 目が散見 され る. この ような現象か ら見 る と統計に収集された数値は税収 に重 きを置 き,貿 易金額 をい ささか軽視 している傾 向があった と推測で きる86-87)。 旧藩時代の運上事業 を 継 承し,各 種の営業免許税 があ ったに過 きない当時の背景で,酒 税や たばこ税 と い った間接税 が第2位 の 関税 とその地位 を入れ替 わ ったの は,明 治 も漸 く10年 (1877年)以 降 にな ってか らのこ とである88).次 に視点 を国内の通貨政策 に投 じ た時,そ の幣制で金 円を扱 ったのは1868年(明 治元)か ら1878年(明 治11)ま でで, 1879年(明 治12)以 降 は金銀 円混用 に よって計算 された もので,統 計 の算 出に混 乱 が生 じた とも考 え られ る。これ らを総合 して評価 を少な く見積 もるな ど,計 算 上の誤 りも多か ったこ とも否定で きない事実 と思われ る89).わ が国の貿易実態 に. 36.
(40) っいて当時 の在留外国人の評価 をみ ると,駐 在 中の英 国領事 は本邦の貿易情報 を 状況報 告する資料 を運 上所 のものによ らず,各 開港場所在 の商業会議所が作成 し た情報 内容 によるか,あ るいは外字新聞所載の推定額 を実際に近 い もの として英 国本 国に報告 して いるgo).こ れ らを考 え ると,い かに運上所時代 の統計資料 が信 じられ ない ものであ ったか をうかがわせる.同 様 に上述事項 について さ らに究明 した資料に ㎞rユRat㎏enが 日本の経済 および財政 について述べ た著書 があ る91). これにはや は り,わ が 国貿易統計 は1887年(明 治20)以 前 の輸 出額はやや信 ず る ことがで きて も,輸 入額は信 じがたい と述べているのは恐 ら くは適切 な評価 とう なずけるものがあ る. 貿易不振 の是正の ためにわが国は国を挙げて領事館 を海外 に設置 して領事 が外 国市場の状 況調査 に活躍 した。その情報 として,管 轄 区内にお ける商況,船 舶 の 出入港 に関す るもの,直 接通商上の利害に関す るこ とやgo),彼 らの輸出入 品の数 量および価格 を調査 し,こ れ を大蔵省に報告させて貿易助長政 策 におおいに役立 て た92)、中国関係の領事館 は1876年(明 治9)ま. でに上海 を始 め福州,香 港,厘. 門,天 津,営 口に6拠 点がおかれ たけれ ども,未 だ実務 に不慣れで数量,価 格 の 算 出には正確 さを欠 き信用で きない調査内容が多かった93)。. 2。 調査 資 料 の検 討 明治年間におけ る外 国貿易額 の統計資料 として代 表的なもの に,次 の3資 料 が あ る. すなわち,1)大. 蔵省編纂発行:大 日本外国貿易年表,2)内. 房直三郎識:日 本帝 国統計年鑑,忠 愛社,3)東 外国貿易56年対 照表であ る.上 記1)は. 閣統計局長,花. 洋経済新報社 編集発行,大 日本. 毎年編纂 され累年表 として発行 され る大. 蔵省編纂資料 がわが国では最 も信頼すべ きもの と考 え られ る.2)は 纂資料 は1)の. 内閣統計編. 大蔵省資料 と比較 してややこれ と異な る点 もあ るが,こ れ は集計. 過程 で特別輸 出入 を併算 したもので,そ の差異が若干で たもの と思われ る.3). 37.
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