博 士 ( 医 学 ) 瀬 戸 一 寿
学位論文題名
HTLV ―I 持続感染ラットにおけるHAh/17TSP の
動 物 モ デ ル HAM ラ ッ ト 病 の 解 析
学 位 論 文 内 容 の 要 旨
【は じめ に】
ヒ トの感染性レトロウイルスであるHTLV‑I (HumanTcell leukemla virus type I) は 、 成 人T細 胞 性 自 血 病(ATL)の 原 因 ウ イ ル ス の み なら ず 、 慢 性 進 行 性 脊 髄 症 (HAM/TSP)、 関 節 症(HAAP)、 細 気 管 支 肺 胞 炎(HAB)な ど に も 病 因 論 的 な 関 係 が示 され てい る。 我々 は、 これ らHTLV‑I関連 疾患 の発 症機序 解明 のた めHTLV‑I持続 感染 ラッ トを 作製 し、 これ まで に新 生仔 期にMT‑2を接種 した 抗体 陰 性 のWKAH/H kmラ ッ ト3頭 に 後 肢 の 対 麻 痺 が 出 現 し 、 胸 髄 主 体 の 脱 髄、 空胞 変 性 及 び マ ク ロ フ ァIジ 浸 潤 を み る 脊 髄 病 変 を 有 す るHAM/TSPモ デ ル 動物 とし て報 告し た。
本 研 究 で は 、 生 後3〜6カ 月 齢 にMT‑2を 接種 し抗 体陽 性と なっ たWKAH/H km系 ラ ッ ト にHAM/TSP様 症 状 を 認 め た の で 、 その 神経 病理 学的 及び 分子生 物学 的解 析を 報告 する と共 に、HAMラ ット 病の 末梢 神経 病変 、免 疫組 織化学的解析及び脊 髄 病 変 の 経 時 的 観 察 な ど に つ い て も 報 告 し 、 発 症 機 序 を 考 察 す る 。
【材料と方法】
1)HTLV‑I感 染 ヒ トT細胞 株MT‑2を 以 下 の 各 方 法 に て 接 種 し 、HTLV‑I持 続 感染 ラ ッ ト を 作 製 し た 。A群 : ixi07個 / 頭 を 12〜37週 齢 のLEW/H km、 WKAH/Hkm、F344/Slc、ACI/H km、SDJ/H km、BUF/Hkm、LEJ/Hkm系 ラ ッ ト に 2回 静 脈 内 接 種 。B群 :1X107個 / 頭 を8〜28週 齢 のLEW/Hkm、WKAH/Hkm系 ラ ッ ト に2回 腹 腔 内 接 種 。C群 :1X107個 / 頭 を17週 齢 のWKAH/Hkm系 ラ ッ ト に 腹 腔 内 接 種 。D群 :1X108個 / 頭 を14週 齢 のWKAH/H km系 ラ ッ ト に 腹 腔 内 接 種 。E群 :ixi07個 / 頭 を 生 後24時 間 以 内 のWKAH/Hkm系 新 生 仔 ラ ッ ト に 腹 腔 内接種。
2) 血 清 及 ぴ 髄 液 中 の 抗HTLV‑I抗 体 価は ゼ ラ チ ン 凝 集 法 を 用 い て 測 定 し た 。 3) HTLV‑Iプ ロ ウ イ ル ス ゲ ノ ム の 検 出 は 、 末梢 リン バ球 及び 脊髄 から 抽出 した DNAを 鋳 型 と し 、HTLV‑IのpX領 域 の プ ラ イ マ ー 及 ぴプ ロ ー ブ 用 い たPCR法 にて 常法に従い行った。
4)病理組織学的検索には、HE染色、KB染色、KB‑PAS染色及ひ、:Toluidine‑blue染 色な どを 行い 、ま た免 疫組 織化 学的 検索 は各種 の一 次抗 体を 用いてABC法により
― 231−
行った。
5) 脊髄 にお けるア ポト ーシ スの 検索 は、 パラ フイ ン包 埋切 片で 核のDNA断片化 を検出するTUNEL (TdT‑mediated dUTP‑biotin nick end labeling)法を用いゝた。
【結果】
1)HTLV‑I持続感染の確認
末 梢 リ ン パ 球か ら 抽 出 し たDNAを 用 い 、PCR法 に よ りA〜E群 全 て に 持 続感 染 の 成 立 を 確 認 した 。 成 熟 期 にMT‑2を 接 種 し たA〜D群 は 抗 体 陽 性 、 新 生 仔期 に 接種したE群は抗体陰性の持続感染ラットとなった。
2)抗体陽性群におけるHAMラット病の発症
A及 びB群 :WHAH/Hkmラ ッ ト5頭 中3頭 に 約16カ 月 の 潜 伏 期 を 経 て 後 肢 対 麻 痺 が 出 現 し 、 組織 学 的 には5頭全 てにHAMラ ット 病の 発症 を確 認し た。 髄液 中 の抗 体は 検索 し得 た1頭 では 陰性 であ った 。他 系統 のラ ット には麻 痺症 状及ぴ脊 髄 病 変 を 認 め な かっ た 。C群 : 麻 痺 症 状 の な い接 種 後14〜16カ 月齢 の3頭 中3頭 に 、 組 織 学 的 にHAMラ ッ ト 病 の 発 症 を 確 認 し た。D群 :接 種後15カ 月齢の2頭 に 後 肢 対 麻 痺 が 出 現し た 。 組織 学的 には 接種後11〜16カ 月齢 に検 索し た麻 痺症 状 のない3頭を含め、5頭にHAMラット病の発症を確認した。
3)抗体陽性HAMラット病の神経病理学的所見
脊 髄前 索及 び側 索周 辺帯 を主 体とす る左 右対称性の髄鞘の変性、消失、空胞変 性、グリオーシス及びミエリンを貪食するマクロファ ージ浸潤像を認めた。リン ノヾ球浸潤像は存在しなかった。病変は胸髄中部を中心に上下に拡がっていたが、
延髄 より 上部 の中 枢神 経系 には 病的変 化を 認めなかった。坐骨神経や神経根には 有髄 線維 の減 少、 脱髄 、髄 鞘の 再生及 びミ エリンを貪食するマクロファージ浸潤 像を認めた。
4)HAMラット病の免疫組織化学的所見
病 変 脊 髄 に は 、抗 マ ク ロフ ァー ジ抗 体陽性 の多 数の マク ロフ ァー ジ浸 潤、 抗 GFAP抗 体 陽 性 の 腫 大 し た ア ス ト ロ サ イ ト 増生 像 を 認 め た 。 抗PanT、CD4及 び CD8抗 体 を 用 い た 免 疫 染色 にお いて もTリンバ 球浸 潤を 認め ず、 抗HTLV‑Iコア 、 エ ン ベ ロ ー プ 及 びpX蛋 白 に反 応す るウ イ´レ ス感 染細 胞は 証明 され なか った 。 5)アポトーシスの検索
病 変脊 髄に 核ク ロマ チン の濃 縮、核 の断 片化 を呈 する 細胞 を認 めた 。TUNEL法 によ り、 前・ 側索 の白 質周 辺帯 を主体 とし て分布するアポトーシスによる細胞死 を確認した。
6)病変脊髄におけるHTLV‑Iプロウイルスゲノムの局在
抗 体 陽 性HAMラ ッ ト1/2頭で 脊髄 にプ ロウイ ルス ゲノ ムが 検出 され た。 また 、 HAMラ ッ ト 病 非 発 症 系 の 持 続 感 染 ラ ッ ト に も 陽 性 例 を 認 め た 。 7)脊髄病変の経時的観察
E群にお ける 経時 的な 組織 学的 検索 では 、接 種後12カ 月齢 に初め て限 局性の初 期 病 変 像 を 確 認 し た 。 発 症 に 至 る ま で り ン バ 球 浸 潤 は 認 め な か っ た 。
【考案】
1) 抗体 陽性群 にお いて もWKAH/Hkm系に 限りHAMラッ ト病の発症を認めた事 よ り 、 発 症 に 宿 主 の 遺 伝 的 背 景 が 関 与 す る こ と が 重 ねて 示 唆 さ れ た 。 2) HAMラット病は、脊髄におけるウイルスの存在のみでは発症に至らず、恒常 的なウイルスの存在は必要条件でない可能性が示唆された。更に、仮にウイル スが存在してもウイルス抗原の発現がない、あるいは特定の時期のみ表出されて いる可能性も考えられた。
3) HAMラット病の発症機序に関しては、浸潤マクロファージなどから放出され るTNFaに代表される各種のサイトカインや、アポトーシス誘導によるオリゴデ ンドロサイトの障害などが想定されるが、ヒトHAM/TSPと比較してエフェクタ ー T細 胞 に よ る 免 疫 学 的 脱 髄 機 序 の 関 与 は 乏 し い と 考 え ら れ た 。 4)HAMラッ ト病 は、ヒ トHAM/TSPの病態解明、更にその予防及び治療を検討 するための有用な動物モデルであると考えられた。
【結語】
1.7系 統の 抗体 陽性 持続感 染ラ ット の中で 、WKAH/Hkm系にのみHAMラット 病が発症した。
2.抗体陽性HAMラット病の神経病理学的所見は、胸髄を主体とした脱髄、空 胞変性、グリオーシス及びマクロファージ浸潤で、抗体陰性HAMラット病と 基本的に同様であったが、その程度は軽症の傾向を示した。また末梢神経にお い て も 脱 髄 、 有 髄 線 維 の 減 少 及 び マ ク ロ フ ァ ー ジ 浸 潤 等 を 認 め た 。 3. HAMラット病脊髄の経時的観察では、その全経過を通じてりンバ球浸潤像 を認めなかった。
4. HAMラット病の病変脊髄において、アポトーシスによる細胞死の存在を確 認した。
学位論文審査の要旨
学位論文題名
HTLV ーI 持続感染ラットにおけるHAIVI/TSP の
動 物 モ デ ル HAM ラ ッ ト 病 の 解 析
【研究目的】
HTLV‑I (HumanTcellleukemia virus typeI)は、成人T細胞性自血病の原因ウイルスの み ならず 、慢 性進 行性 脊髄 症(HAM門SP)、 関節 症(HAAP)など にも 病因論的な関係を有 することが示唆されている。これらHTLV‑I関連疾患の発症機序解明のためHTLV‑I持続感 染 ラット を作 製し 、こ れま でに 抗体 陰性WKAH系ラットにおいてHAMff SPの疾患モデル と なるHAMラ ット 病を 樹立 し既 報した 。本 研究 では 、抗 体陽 性WKAH系ラットに発症し たHAMラ ット 病の 神経 病理 学的 及び分 子生物学的検索を行い、同時にHAMラット病の末 梢 神 経 病 変 、 免疫 組織化 学的 検索 及び 脊髄 病変 の経 時的 所見 につ いて も検 討した 。 【材料及び方法】
1)HTLV‑I感染ヒトT細胞株MT‑2を以下の方法にて接種し、HTLV‐I持続感染ラットを作 製し た。A群 :ixi07個 を7系 統の 成熟 ラッ トに2回静 脈内 に接 種し た。B群:ixi07個 を2系統 の成 熟ラッ トに2回 腹腔 内に 接種 した。C群 :ixiぴ個 をWKAH系 成熟 ラッ トに 腹腔 内に 接種 した 。D群 :ixi08個をWKAH系成熟 ラッ トに 腹腔 内に 接種 した 。E群 :1 Xl07個をWKAH系新生仔ラットに腹腔内に接種した。
2) 血 清 及 び 髄 液 中 の 抗HTLV‑I抗 体 価 は ゼ ラ チ ン 凝 集 法 を 用 い て 測 定 し た 。 3)HTLV‑Iプ ロウイ ルス ゲノムの検出は、末梢リンバ球及び脊髄から抽出したDNAを鋳 型 と し 、HTLV‑IのpX領 域 の プ ラ イ マ ー 及 び プ ロ ー ブ 用 い たPCR法 に て 行 っ た 。 4)病理組織学的検索には、HE染色、KB染色及びToluidine‑blue染色などを行い、また免 疫 組 織 化 学 的 検 索 は 各 種 の 一 次 抗 体 を 用 い て ABC法 に よ り 行 っ た 。 5)apoptosisの検 索は 、パ ラフ イン 包埋 切片上 で核 のDNA断 片化 を検 出するTUNEL( TdT‑mediated dUTP‑biotin nick end labeling)法を用いた。
【結果】
1)HTLV‑I持続感染の確認:末梢リンパ球から抽出したDNAを用い、PCR法にて感染成立 を 確 認 し た 。A〜D群 は 抗 体 陽 性 、E群 は 抗 体 陰 性 の 持 続 感 染 系 と な っ た 。 2) 抗 体 陽 性 群 に お け るHAMラ ッ ト 病 の 発症 :A及 びB群 ;WHAH系 ラ ッ ト に 限 り5頭 中3頭に約16カ月の潜伏期を経て後肢対麻痺が出現し、5頭全てに脊髄病変を確認した。
保紀 雄 知邦 崎川 代 宮 皆 田 授授 授 教教 教 査査 査 主副 副
髄液中の抗体は陰性であった。C群;接種後14〜16カ月齢の3頭中3頭に脊髄病変を確認し た。D群; 接種後15カ 月齢の2頭に 後肢対麻 痺が出現 し、計5頭に脊髄病変を確認した。
3)抗体陽 性HAMラット 病の神経病理学的所見:胸髄前・側索周辺帯を主体とする左右対 称性の脱髄、空胞変性、グリオー江ス及ぴミエリンを貪食するマクロファージ浸潤を認め たが、リンパ球浸潤は存在しなかった。坐骨神経や神経根には有髄線維の減少、脱髄、髄 鞘再生及びマクロフアージ浸潤を認めた。
4)免疫組織化学的所見:病変脊髄に、抗マクロフアージ抗体陽性の多数のマクロファー ジ浸潤、 抗GFAP抗体陽 性の腫大し たアスト ロサイト 増生像を認めた。抗PanT、CD4及ぴ CD8抗体を用いた免疫染色においてTリンパ球浸潤は認められず、抗rmーV‑Iコア、エンベ ロ ー プ 及 び pX蛋 白 に 反 応 す る ウ イ ル ス 感 染 細 胞 は 証 明 さ れ な か っ た 。 5)apoptosisの検索:核クロマチンの濃縮、核の断片化を呈する細胞を認め、TUNEL法に て 前 ・ 側 索 の 白 質 周 辺 帯 を 主 体 に 存 在 す る apoptosis像 を 確 認 し た 。 6)脊髄に おけるHTLV‑Iプ ロウイルス ゲノムの 局在:抗体陽性HAMラット1/2頭、非発症 系持続感染ラット2/2頭にプロウイルスゲノムが検出された。
7)脊髄病 変の経時 的観察:E群における経時的な組織学的検索で、接種後12カ月齢に初 めて限局性の初期病変像を確認した。発症に至るまでりンパ球浸潤は認められなかった。
【考案及び結語】
1)7系 統の 抗 体 陽性 持 続感 染 ラ ット の 中 で、WKAH系 ラッ ト に 限りHAMラッ ト 病の発 症 を 認 め た 事 よ り 、 発 症 に 宿 主 の 遺 伝 的 背 景 の 関 与 が 示 唆 さ れ た 。 2)抗体 陽性HAMラット病の神経病理学的所見は、胸髄を主体とした脱髄、空胞変性、グ リ オー シ ス及 び マ クロ フ ァー ジ 浸 潤で あ った 。末 梢神経に も同様の 病変を認 めた。
3)血清中の抗体の有無を問わず発症し、髄液中の抗体は陰性であり、全経過を通じてり ンパ球 浸潤は認められなかった事より、ヒトHAM[TSPと比較してエフウクターT細胞によ る免疫学的脱髄機序の関与は乏しいと考えられた。
4)脊髄でのウイ丿レスの存在のみでは発症に至らず、恒常的なウイルスの存在は必要条件 でない 可能性が示唆された。発症機序に関しては、マクロフアージなどから放出される TNFロに代表されるサイトカインや、apoptosis誘導によるオリゴデンドロサイトの障害な どの関与の可能性が想定された。
以上の結 果、HAMラット病は、ヒトHAMff SPの病態解明、予防及び治療を検討するため の有用な 疾患モデ ルである と考えら れた。
以 上 よ り 、 本 研 究 は 博 士 ( 医 学 ) の 学 位 論 文 と し て妥 当 な もの と 判断 さ れ る。