線虫 C. elegansを用いた多細胞生物における
細胞内小胞輸送機構の解析
佐
藤
は じ め に
線虫 Caernohabditis elegans (C. elegans) は土壌に生 息する体長 1 mm程度の比較的単純な動物である. 1960 年代に Sydney Brennerらにより動物のモデル系として 研究が開始されて以来, 線虫からヒトまで保存された 様々な生命現象の解明に大きく貢献してきた. 本稿では 筆者らが行っている C. elegans を用いた細胞内におけ るタンパク質小胞輸送メカニズムの解析について御紹介 したい. 1.C.elegans を用いる利点 Brennerらは C.elegans 研究の最大の利点である遺伝 学的手法を駆 することによって発生過程におけるプロ グラム細胞死関連因子を数多く同定し, 2002年に『器官 発生とプログラム細胞死の遺伝的制御機構の研究』に関 してノーベル医学生理学賞を授与された. また, 最近で は線虫からほ乳類まで盛んに行われる よ う に なった RNA 干渉法 (RNAi) の 子メカニズムに関しても C. elegans 研究は多大な貢献をしている.C. elegans の利点 としては, 以下の点が挙げられる. (1) 世代時間が約 3日 と短く, 増殖が早い. (2) 全細胞数が約 1000個と少ない が, 神経, 筋肉, 腸, 生殖系などが備わっている. (3) 全細 胞系譜が判明している. (4) 全ゲノム配列が決定されて いる. (5) 遺伝学的解析が容易である. (6) 体が透明なた め, 生きたまま発生や細胞系譜, GFPなどを用いたタン パク質の動態解析が行える. 特に, 細胞内におけるタン パク質輸送を解析する上で, この身体が透明という点は きわめて大きな利点と言える. 2.C. elegans を用いた細胞内小胞輸送機構の解析 細胞内小胞輸送は, タンパク質の 泌や細胞内への物 質の取り込みなど様々な生命現象において重要な役割を 担っている. 筆者らは C. elegans の遺伝学的, 細胞生物 学的利点を活かす事により, 多細胞生物での細胞内小胞 輸送に関連する新たな因子の発見, そしてその 子機構 の解明を目指している. 我々はまず細胞外からの物質の 取込みにはたらくエンドサイトーシスに注目し, 新規関 連 因 子 の 同 定 を 試 み て い る. す で に Rutgers大 学 の Grant博士との共同研究により卵母細胞による卵黄タン パク質 YP170のクラスリン依存的エンドサイトーシス に異常を示す rme変異株の解析を行い,11相補性群に 類される変異株を同定している (図 1). これまでに原因 遺伝子の多くは多細胞生物でのみ保存された新規タンパ ク質をコードしていることを見いだしており, 線虫の遺 伝学的手法が有効なモデル系であることを示している (Sato et al., 2005). また, カベオラを介したエンドサイ トーシスの 子機構についても解析を行っている. カベ オラは糖脂質やコレステロールを多く含む細胞膜表面の フラスコ型の膜構造で, 細胞内情報伝達に重要な因子が 濃縮されていることから癌化への関連も示唆されてい る. また, 動物内皮細胞におけるアルブミンの輸送, GPI アンカー型タンパク質などのエンドサイトーシス, さら にある種のウイルスやコレラ毒素などが細胞内に侵入す る際にもカベオラの関与が示されている. しかしながら, 159 Kitakanto Med J 2006;56:159∼160 1 群馬県前橋市昭和町3-39-15 群馬大学生体調節研究所細胞構造 野 平成18年2月8日 受付 論文別刷請求先 〒371-8512 群馬県前橋市昭和町3-39-15 群馬大学生体調節研究所細胞構造 野 佐藤
詳細に解析されているクラスリン依存的エンドサイトー シスに対し, クラスリン非依存的であるカベオラを介し たエンドサイトーシスの 子機構についてはほとんど明 らかになっていない. 一方, 極性細胞におけるタンパク 質輸送機構についても解析を開始している. 現在, 腸上 皮細胞などの極性細胞において極性輸送される細胞膜タ ンパク質や GPI アンカー型タンパク質の細胞内動態を 生体内において解析し, 細胞内極性輸送に関連する新規 因子の同定を試みている. 今 後 の 展 望 C. elegans を用いることで, 細胞内の現象と発生や組 織形成などといった高次生命現象をつなぐような解析も 可能となる. 近年, 発生の 野から組織の位置情報の形 成や細胞間相互作用における小胞輸送の重要性が次々と 示唆されてきており, 本研究によって線虫だけではなく ヒトにおいても保存された高次生命現象における細胞内 小胞輸送の役割を明らかにできるのではないかと期待し ている. 文 献
Sato M, Sato K, Fonarev P, et al. Caenorhabditis elegans RME-6 is a novel regulator of RAB-5 at the clathrin -coated pit. Nat Cell Biol 2005; 7: 559-569.
線虫 C. elegans を用いた多細胞生物における細胞内小胞輸送機構の解析 図1 卵母細胞による卵黄のエンドサイトーシス. 卵黄タン パク質 YP170は腸細胞の底面から体腔に向けて極性 泌され,その後,卵母細胞によってエンドサイトーシ スされる (上図).この YP170に GFPを結合した場合, 野生株においては YP170-GFPが卵母細胞によって エンドサイトーシスされ, 卵母細胞内に蓄積する (下 図左). 一方, rme 変異株では YP170-GFPが卵母細胞 によってエンドサイトーシスされないため, 体腔に蓄 積される (下図右). 160