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経済学批判のミクロ的基礎制度と人間行動

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(1)

経済学批判の ミクロ的基礎

研究 ノー ト

経済学批判の ミクロ的基礎

制度 と人 間行動

山 弘 徳

I. は じめに

.ワル ラス・ パ ラダイムと進化的社会科学パ ラダイム

.コーディネーション問題

‑1.コーディネーシヨンの失敗

‑2.コーディネーション問題 と制度

.制度 と選好

‑1.選好 と制度への進化的社会科学的アプローチ

‑2.契約の構造 と選好

Ⅳ。結びに代えて

I.はじめ に

なぜ制度 は重要なのであろうか。制度が経済的エージェント間のコーディネ‐ション問題を解決 で きる、 というのが 1つ の答えであろう。すなわち、制度 はエージェント間の協力を促進 したり、

機会主義的行動を抑制するのに役立つ。制度 によってエージェントは外部性を内部化する。制度 は エージェントの直面する複雑性を縮減する。また、 コーディネーション問題を解決するさい、ある 制度的ア レンジメ ント以上に効果的である制度的アレンジメン トが存在する。 このため経済的成果 はそうした諸制度が形作 る構図 ニー諸制度の補完性 一―に依存す る (cfo Amable[2003],p.29)。

制度 ―一 および諸制度の補完性 一 はコーディネーション問題を理解 し、その失敗 に対応するさい 重要な位置を占めることになる。

コーディネーションの失敗は資本主義経済の中核的領域 ――労働市場や信用市場 一―においてさ え例外的な現象 とはいえない。数多 くの事例において、パ レー ト劣位のナ ッシュ均衡が観察 される。

したが って問題 は、なぜ諸個人が長期持続的に不効率なナ ッシュ均衡を実行 し、維持 しようとする のか、 という点にある。 これは同時に、諸個人の社会的相互作用に持続的な構造を与える制度を問

‑41‑―

(2)

うことになる。制度をゲームの均衡値 と理解すれば、 そのような制度 ―― 不効率 なナ ッシュ均衡 一―が如何に して形成 されてきたかが問題 となる。

こうした問題 にアプローチす るさい、Bowlesに よって代表 されるアメ リカ・ ラディカルズ ーー もしくはポス ト・ ワルラシアンーー においては、 ワィレラ│ス・ パ ラダイムとまった く異なったパ ラダ イムーー進化的社会科学

/N・

ラダイムーー が採用 されている。同パ ラダイムは、実験経済学やフィー ル ド調査等の観察か ら引き出された、社会的相互作用、人間行動および技術に関する最近の知識、

および進化ゲームという新たな分析 ツールに基づ き、 コーディネーション問題 にアプローチ してい  (Bowles and Gintis[1998a][1998b],BoWles[2003],Bowles[1998],Bowles and Pagano

[2003],Heinrich et.al.[2003])。

新古典派経済学 に対する伝統的な批判の 1つ はその方法論的個人主義 に向けられて きた。社会 は 諸個人の行動か ら構成 されるものではない。諸個人の行動は制度的構造の中に位置づけられてお り、

したが って人間行動を理解するためには制度か らはじめるべ きだ、 というのがそれである。 こうし た批判 は合理性の理解 と対をな している。諸個人の合理性 は制限され、特定の状況の中に位置づけ

られている。 したが って分析すべ きは、諸制度の中に埋め込 まれた諸個人の合理性である、 と。

だが、BOwelsに よって展開されるモデルは方法論的個人主義その ものを否定するものではない。

それは、人間行動の説明におけるホモ・ エコノ ミクス ーー 利己的動機や高い認知能カ ーー の特権的 位置を否定するものである。社会的ルールや個人の能力 によって課 された制約 とともに個人の目的、

および個人がその目的を如何 に して実行 しようとす るのか 一一 こうした点に関す る理解 は個人の行 動を説明するさい主要 な要因 となる。 ワルラス 0モ デルにおいては高い認知能力を有す る、利 己的 なホモ・エコノ ミクスが想定 されて きた。だが、 い くつかの実験経済学等か らそ うした人間行動の 理解 には疑間が投げかけられて きている (cf.Fehr and Gaecter[2000])。 こうした近年の研究を 受 け、Bowles等のアプローチは、認知能力に限界を有する、 ローカルな情報にもとづいて行動す る適応的エージェントを採用 している。 さらに、集団 レベルにおいては、より適切な社会モデルと して人々の行動の動機が異質的である 一― すなわち利 己的な もの もいれば、互恵的な もの もいる 一 もしくは多面的である、 という社会を想定す る。 こうした人間行動を前提 に、進化的社会科学 パ ラダイムの枠組みにおいて、 コーディネーションの失敗が検討 される。

本研究 ノー トの課題 は、 こうしたアメ リカ・ ラディカルズの新古典派経済学批判 もしくはそれに 代わるパ ラダイムを紹介・ 検討するともに、そうした新たな研究動向を経済学批判の ミクロ的基礎 への展開として位置づける点にある。以下、本研究ノー トは次のように構成される。第 1に 、新古 典派経済学パ ラダイムと、BOwlesに よって提起 される進化的社会科学パ ラダイムの相違を概観す る。そのさいとくに、社会的相互作用、人間行動、適応的エージェントおよび技術 に焦点が置かれ る。そ して第 2に 、 コーディネーション問題を取 り上 げる。い くつかのコーディネーション問題の

‑42‑

(3)

経済学批判のミクロ的基礎

失敗のケースをとりあげ、それによって諸個人の行動が不効率なナ ッシュ均衡に帰結す る 2つ の典 型的なパ ターンを説明する。その上で、 コーディネーションの失敗に対する制度的対応を取 り上げ、

制度がどのように個人の選好・ 行動に影響を与えるかを見 る。そ して最後 に、契約の構造 と社会的 ノルムの関連を取 り上げ、個人の行動 と制度がどのように進化するのかを見 る。

.ワ

ル ラ ス・ パ ラダ イム と進 化 的社会 科 学 パ ラダ イム

Bowlesは 自らの採用す る方法を進化的社会科学パ ラダイムと呼ぶが、最初 に、 ワル ラス・ パ ラ ダイムと対比 させなが ら進化的社会科学パ ラダイムを説明 しておこう (表

‑1参

)。

とくに、 こ こでは両者のパ ラダイムの違 いを、社会的相互作用、適応的エージェント、社会的選好および技術 4点に焦点をあて説明する。

表…1.ワルラス・ パラダイムと進化的社会科学パラダイム

ヮル ラス経済学 進化的社会科学

社会的相互作用

 

競争市場で交換 される、完備的および執

 

非競争的枠組みにおける直接的な (非契約的

)

行可能な要求

      

関係が一般的

   

  

ホモ,エコノ ミクス (利己的動機、高い

 

適応的エージェント(互恵的動機、限 られた 認知能力を持つ

)       

認知能力)

   

  

収穫逓増を伴わない、外生的な生産関数

 

一般化 された収穫逓増

   

  

前向きの個人が、 システム全体の知識 に

 

後 ろ向 き(経験ベース)の個人が ローカルな 基づいて瞬時に更新す る

         

情報を利用 して更新す る

行動の表現

  

ある二定の制約の下での評価関数の最大

 

個人 は自分 より優れた行動をとる他者の行動

       

を コピーする(レプ リケータ・ ダイナ ミクス)

   

  

諸個人の行動の定常性 に基づいたユニー クな安定的均衡

   

  

比較静学

   

  

結果に対 して定義 される利己的な選好 価格 と数量

  

価格が資源を配分す る;アクターは数量

制約 されていない

複数の均衡値1 明示的なダイナ ミクス2 社会的選好

数量制約 ;富 に依存的な契約機会 注 :Bowles[2003],p.479,Table 14.1に 加筆。

複数 のナ ッシュ均衡値を持 つゲームがある。 こうした場合、 ナ ッシュ概念だけでは結果を予測で きない。初 期条件 に関する情報 に加え、均衡か ら逸脱 した場合の行動 に関す る分析が、 どのナ ッシュ均衡値が実現 され るのかを理解す るために必要 とされる。iしたが って、歴史的偶発性 とダイナ ミクスがナッシュ概念 にとって 不可欠な補完物 ということになる。

均衡 の定義 に したが ってナ ッシュ均衡 も変化の内生的な力を持たない。だが、 プ レイヤ=が如何 に してナッ シュ均衡 に至 るのか、なぜ安定的 となるのか、 こうした点を理解するためにはプ レイヤーが均衡か ら逸脱 し た状態においてどのように行動するかを見る必要がある。

‑43‑―

(4)

(1)社会的相互作用

諸個人が相互作用す るとき、彼 らの間の取引が、完備 した、容易に執行可能な契約によって規制 される、 ということは一般的なことではないるむ しろ、契約の難 しい社会的相互作用が企業や家族 等、 さらに市場において も普遍的な

,こ

とである。そ うした契約不可能な社会的相互作用の多 くは、

非市場的状況において も発生す るであろうが、それは競争的な市場における経済的成果を決定す る さいに影響を及ぼす。      

契約不可能な社会的相互作用の典型的なケースは、たとえば、労働市場 と信用市場において描か れる。労働市場において熱心に働 くという約束、また信用市場においてはロー ンを返済するとい う 約束 は執行不可能である。また、個人の資源開発が他者 に契約不可能な波及効果をもた らす ローカ ルな共有地問題において も表現 される。

不完備契約を有す る市場では、2人の間の取引において両方の参加者 もしくは一方の参加者が レ ントーーすなわち次善のオルタナティブを超える支払い 一一 を受 け取 るということを特徴 とする。

このため、労働市場 と信用市場 においては、現行の交換条件の下で選好する数量を取引できない労 働者 もしくは借 り手が存在す る。かれ らは数量制約下 にあ り、その結果、市場 は均衡において清算 されず、労働の超過供給あるいは融資に対する超過需要が発生することになる (表‑1「価格 と数量」

の項 目参照

)。

経済的相互作用の多 くが契約だけによって統治 されないとすれば、そ うした相互作用 は如何 に し て統治 されるのか。その答えは、相互作用の非契約的側面がノルムとパ ヮーの組合せによって統治 される、 ということである。たとえば、雇用契約はある一定水準の労働努力を特定化す ることはで きない。 しか し、従業員の労働倫理 ― ノルムーーや雇用の継続の打ち切 りに基づ く威嚇 一―パワー ーーは契約 によって執行 されない労働努力水準を実現できるか もしれない。

(2)適応的エージェン ト

フィール ド調査での観察や経済学者による行動実験によつて次の点が明 らかにされてきている。

諸個人は自己の目標を追求するさい直近の過去の経験か ら得た行動的諸反応の限 られたレパー トリー に依拠する。 ワルラス・ アプローチによって仮定 されるような、認知的に要求の高い、前向きの諸 個人が最大化過程に基づいて目標追求を行 うのではない。

すなわち個人は、ルールに従 う適応的エージェントである。個人がルール・ オブ・ サムにしたがっ て行動することによって限 られた認知資源を節約する、 ということである。個人の合理性 は限界づ けられている。だが、「 限界づ けられた合理性」 とい う用語 は現実の人間行動の非合理性を示す も のではな く、その認知的限界を描 くために利用 される。

ここか ら更新にかかわる相違が明瞭 となる。 ワルラス・ モデルにおいては、諸個人は、 自己の行

‑44‑

(5)

経済学批判のミクロ的基礎

動を「選好」にもとづ き序列化す る。 これは、 自己の行動 に対する評価関数 といえる。そうした個 人 は、 システム全体の知識にもとづいて評価関数を設定 し、その評価関数に照 らして最適な行動の 選択肢 ―一解 一一 を瞬時に導出する。 これに対 し進化的社会科学 においては、個人 はある行動を実 行 した後に、その結果を自己の評価関数に照 らし、最適ではないと判断 した場合、次回以降は異なっ た行動をとる。 しか もそのさい、個人が自己の行動を更新するさいに利用する情報 はローカルな知 識である。

したが って更新 においては、 ワルラス経済学 も進化的社会科学 も合理性を前提 とするが、前者 は 事前 に瞬時に、 システム全体の知識 にもとづいて自己の行動の評価 を下 し、最適な選択肢を導出す

る。だが、後者 は事後的にローカルな知識にもとづいて自己の行動を評価 し、行動を選択する。

)社会的選好

諸個人が行動を選択す る場合、利己が強い動機であるものの、利他others―regarding motives も同様に重要な動機だと受 け止め られる。

選好 は個人の行動の理由である。だが、個人の行動 は、進化的社会科学パ ラダイムにおいては、

社会的選好 と呼ばれ るものか ら説明される。個人は、ある何 らかの行動を選択す るさい、 自分の行 動が 自分 じしんに与える結果だけではな く、他人に与える結果を も考慮す る

3。

さらに、結果だけ ではな く、過程 ―一他者の行動の意図‑7について も配慮す る

4。

社会的選好の重要な例 は互恵的動機である。そ うした動機 を有す る諸個人 は、他者の厚生を改善 す るためだけではな く、 自分 じしんや他の人に損害を与えた他者、 もしくは倫理的ノルムを侵害 し た他者を罰するために、自分 じしんの物質的厚生を低下 させることを受 け入れることもある(Falk and Fischbachter[2002],Bowles and Gintis[1998b])。

社会的選好に関す る数多 くの研究が存在す る。次のような最後通牒ゲームの実験結果において確 認 された互恵的動機をみてみよう。被験者 は匿名でペアを組 まされる。1人が「応答者」であり、

もう1人が「提案者」である。提案者には暫定的に、ある一定金額 ― この金額が提案者 と応答者 の間で分 けられるということは応答者に知 られている一一 が与え られ る。提案者 はパイの一定比率 を応答者に提案す る。 もし応答者が受 け入れるな らば、応答者 は提案 された比率を受 け取 り、提案 者は残 りを手に入れる。 もし応答者がその提案を拒否するのであれば、両方 とも何 も手 に入れない。

3他者 に関心 を持つ動機 は、悪意、利他主義、 自分 じしん と他者 にとっての結果の関係 に対す る配慮を含む。

他者 に関心を持つ選好の重要な側面 は、 ある状態 に対す る人間の評価が、 その状態が他者 によってどのよう に経験 されるかに依存する、 ということである。

4過程 に関心を持つ選好 は、状態の固有の特徴 よ りも、なぜその状態が発生す るのか とい う理 由に もとづいた 評価 として定義 され る。 たとえば、貧乏人 の貧 しさが怠惰 よりもむ しろ不運の結果である場合 にか ぎり、貧 乏人を援助 したいと望む欲求である。過程 に関心を持つ選好の主要 な側面 は、状態の評価がその状態が如何

に して生 じたかに依存する、 ということである。

‑45‑―

(6)

1にお いて、

Aが

最 初 に提案 す る形式 においてそのゲームが表現 されて い る。 ただ し、 この場 合、Aの提案 は2つの提案 に限定 されて.いる。 すなわ ち、パ イを均等 に (5.5)で分 けるか、 も し

くは8を手元 に置 き、応答者 に2を提案 す るかのいずれかで ある。

(8, 2)

拒 否

(0, 0) (5, 5)

拒否

(0, 0)

最後通牒ゲーム

Aの提案 は (5,5)と (8,2)に限定されている。Boues(2003),p。 112.

か りに個人が利己的動機にもとづいて行動するとすれば、結果 は次のように予測 される。利己的 な提案者Aは、応答者Bが2の提案 を受 け入れ ると判断す る。 なぜな らばAは Bも利 己的 に行 動すると信 じているか らである。 したが ってAは8と 2の分割を提案 し、Bもそれを受 け入れる であろう。

Fehr and Gaechter(2000)は、被験者 と して世界中の大学生を使 い、実際のお金を利用 し、

匿名で上述の最後通牒ゲームをプ レイさせた。何百 にも及ぶ実験の結果、利己の公理の予測は否定 された。提案のモー ドはパィの半分が典型的であり、提案の平均 は一般的にパイの40パーセ ントを 超えることが報告 されているも こうした結果 は、彼 らによつて応答者の側での互恵動機に対する証 拠だと解釈 されているb応答者 は、彼 らが不公正だ と受 け止める提案を行 った理由で提案者 を罰す

るために1(正のペイオフが伴わな くとも)進んで代価を支払 う意思を もつか らである。

)技術 :一 般化 された収穫逓増

経済的およびその他の社会的相互作用 は「正のフィー ドバ ック」 と呼ばれるパ ターンヘ と導かれ ることがある。正のフィー ドバ ックという用語 はより広 くには、ある行動をとることで受 け取 るペ イオフが同下の行動をとる人々の数が増えるにつれて高まるような状況を指す。

たとえば、特定の言語の学習に対するペイオフはその言語の話 し手の数 に依存するという事実 は υ

Aが提案 す る

Bは受諾する,

もしくは拒否する

‑46‑―

(7)

経済学批判のミクロ的基礎

正のフィー ドバ ックに数え られる。制度的なシナジー効果 も正のフィー ドバ ックを生み出す。たと えば、私的所有、競争市場、および法の支配 は配分問題に対 して効率的な解を実現するが、 しか し それは、 3つ の構成要素すべてが存在 し、社会のほぼすべての構成員がそうした原理に したが う場 合にかぎられる。 こうした制度的補完性 に起因 し、正のフィー ドバ ックが生み出される。

こうした正のフィー ドバ ックは、生産 における規模 に関する収穫逓増 も含むが、進化的社会科学 パ ラダイムではより広 く、一般化 された収穫逓増 と呼ばれる。

.コーデ ィネ ー シ ョン問題

制度 とは、集団の構成員間の社会的相互作用を持続的に構造化する法、イ ンフォーマルなルール および慣習である。進化的社会科学 アプローチにおいては、制度 はゲ=ムによって形式的に表現 さ れている。そこでゲームの枠組みにおいて個人の相互作用およびコーディネーション問題の失敗の 典型的なパ ターンを示す ことに し:よ .。

1。 コ…デ ィネーションの失敗  │

コーディネーションの失敗 は2人以上の人々の非協力的相互作用がパ レー ト最適 とはならない結 果へ と導 くとき発生する。 コーデ ィネーションの失敗 は均衡状態か ら逸脱 したときに発生するか も

しれないが、 ここではコーディネーションの失敗が発生する 2つ の均衡状態に焦点が置かれる。

コーディネーショ:ンの失敗の 1つ のタイプは次のような簡単な囚人のジレンマ・ ゲームを考えるこ とによって容易に理解 される。2人の漁師Aと Bを考えよう。彼 らは湖へのアクセスを共有 し,、

そこで自分たちが消費する魚を捕 る。漁獲資源 は、漁業時間を追加的に増や したとして も、2人 どちらにもより多 くの漁獲量をもた らす ことができるほど十分 にある。 しか し、1人がより長 く魚 を捕ればとるほど、他の1人の漁業時間はより減少す る。彼 らのどちらも、 自分の厚生を最大化す る大 きさを選択 しなが ら、 どれだけの時間を漁獲活動に費やすのかを決定する。

両者 にとっての撤退オプ ションか ら発生す る便益 を%>0と定義す る。彼 らは、 自分 たちの漁 獲活動 に費やす時間が短 ければ、それぞれの厚生が改善す るということを知 っている。そ こで彼 ら は、両方の漁獲時間が短いとい う結果に 1を 、1人が漁獲時間を減 らし他方が時間を増や し続 ける という結果にゼロを割 り当てる。 このように自分たちのペイオフを決定する。

‑47‑

(8)

‑2.囚人 の ジ レンマ0ゲーム

漁獲活動 6時 間

   

漁獲活動 8時 間 0,1+α

π,%

)Bowles(2003),p.28,Table l.1を 一部変更

この漁師の相互作用 は囚人の ジレンマである。漁獲活動8時間の戦略は α>0,%>0であるた 6時間を支配す る。両方の漁師が自己のペイオフを最大化す るように行動するとき、その結果 は、

彼 らが異なった行動を取 ることによって達成 され る他の結果 に比べ、両者 にとってより劣 るものと なる。すなわち、 この支配戦略均衡はパ レー ト劣位である。両方の漁師が8時間ではな く6時間を 選択す ることに合意す るとすれば、両方の厚生 は改善 され る。6時間の戦略 は%<1であるため 8時間に対 してパ レー ト優位である。 しか し、そ うした合意 は維持 されず、 コーディネー シヨンの 失敗が発生す る。それは、一方の漁師が合意 に背いたとして も、その行為によって他方の漁師に与 える損害が、合意に背いた漁師のペイオフにおいて反映されていないためである。すなわち、いず れの漁師 も他者に与える自己の行動の結果を適切に考慮 にいれることができない。

もう 1つ のタイプのコーディネーションの失敗は保証ゲームによって示す ことができる。保証ゲー ムのペイオフ行列は、複数のナッシュ均衡が存在 し、その 1つ 以上がパ レー ト劣位であるような行 列である。保証ゲームにおいては、 コーディネーションの失敗 は、一般化 された収穫逓増 一一戦略 的補完性 一― を原因に発生する。すなわち、個人のペイオフは同二の行動をとる人々の数において 増加す る。戦略的補完性 は複数 の均衡を発生 させるか もしれない。 このため、集団の歴史を知 るこ とな しにはどの均衡が達成 されるかについて述べることはできない。 この意味において経路依存的 である。

この点を確認す るために、次のような農民の事例を考えよう。農民の収穫 は彼 ら全員が年初 に栽 培する場合 には、より高 くなる。 しか し、1人の農民だけが年初に栽培を行 う場合には、耕作地 は 群がる鳥 ―一 捕食者 一―によって荒 らされて しまうであろう。

こうした構造 は表‑3の ペイオフ行列 に表現 される。 ある2人の農民が存在 し、 ある特定の一期 間に非協力的に相互作用すると想定 しよう。早 くに作付 けした農民 はすべての捕食者を引き寄せて しまう。 しか し、作付 けが同時的であれば、捕食者 は平等に共有 される。両方の農民が早 くに作付 けを行 う均衡があきらかに唯一のパ レー ト最適であるが、両方が遅 くに作付 けをおこなうことも均 衡である。

漁獲活動6時 漁獲活動8時

1,1

1+α,0

‑48‑

(9)

経済学批判の ミクロ的基礎

表¨3.保証ゲーム

早 い 遅 い

早い 遅 い

4.4 3,0

0,3 2,2

BOWleS(2003),p.43,table l.5.

この作付 け問題 は、2つ以上 の対称的 な純粋戦略均衡が存在す る特殊 な保証 ゲームである。 そ う した均衡 は慣習conventionと呼 ばれ る。 す なわ ち、事実上すべて のプ レイヤーが、他 のすべての プ レイヤーが最適 に反応す ると信 じて いるとい う事実 によ って支持 され る相互最適反応 の結果であ

5。

前述 の囚人 の ジ レンマは支配関係 によ って解 けるゲームであ り、 その解 はナ ッシュ均衡 であ った。

これ に対 して保証 ゲームで は解 とな りう るナ ッシュ均衡が複数 あ るゲームである (表‑3)。

表‐4.コーデ ィネー シ ョンの失敗

パ レー ト劣位のナッ

 

パ レー ト劣位のナッシュ均 シュ均衡が存在す る

 

衡 は存在 しない

囚人の ジレンマ

保証ゲーム 見えぎる手6 Bowles(2003),p.44,Table l.6。

囚人 の ジ レンマ・ ゲ ーム と保証 ゲームの間の重要 な相違 は次 の点 にある。囚人 の ジレンマにおい て は望 ま しくない結果 がナ ッシュ均衡 であ り、 したが って問題 は このよ うに強 い唯一 のナ ッシュ均 衡 か ら如何 に して抜 け出すか とい うことであ る。対照的 に、保証 ゲームにおいて は、望 ま しい結果 (たとえば、相互 の早期 の作付 け)も均衡 で あ り、 問題 は如何 に してそ こに止 まるか とい う問題 を 解 か な ければな らない とい うことで あ る。す なわち、パ レー ト最適 なナ ッシュ均衡 は保証 ゲームに お いて存在す るが、 その事実 だ けで相互便益 的 な解 を保証す るには不十分 だ とい うことであ る

7。

5パレー ト最適な状態が実現するか、パ レー ト劣位の状態が実現す るかは、それぞれの個人の相手の行為につ いての予期に依存する。

6 BOwlesは ベ ンチマークとして「神の見えざる手」ゲーム (BOwles(2003),p.41)を提示す る。 そ こでは、

たった 1つ のナッシュ均衡が存在 し、 それがパ レー ト最適 となるゲ=ムである。言い換えれば、両方のアク ターの利己的行動が社会全体の厚生を最大化す るゲームである。

7パレー ト最適な状態が実現するか、パ レー ト劣位な状態が実現するか ―一 こうした保証ゲームの問題か ら抜 け出るために必要なことは、他の人が正 しいことをすると確信 していることである。そ うであれば自分 も正 しい ことをすることが自分の利益 となる。保証ゲームのような相互作用か ら発生す るコーディネーションの 失敗 の重要 な理 由は、 どのようにプ レイするかに関するある人の意思決定が他者がどのようにプ レイす るか に関するその人の信念 に依存 している、 ということにある。そ して人々が こうした不確実性に対処す る方法 がサブオプティマルな結果に帰結するか もしれない、 ということである。

如何なるナ ッシュ均衡 もパ レー ト 最適ではない

パ レー ト最適であるナッシュ均衡 が存在する

‑49‑―

(10)

Ⅱ¨2.コーデ ィネーション問題 と制度

ここでは表…2で示 された タイプの コーディネー ション問題への制度的対応 を示 そ う。制度的対 応を示すために、漁師の囚人の ジレンマ・ ゲームのモデル (BOwles[2003])を示 しておこう。

2人の漁師は自分の労働 と網を使 って同 じ湖で漁を行 う。かれ らは魚を消費 し、 どのような種類 の交換 も行わない し、 また自分たちの経済的活動について如何なる合意 もとり結ばない。だが、そ れぞれの活動 は他方の厚生に影響を与える。Aがより多 くの魚を捕れば、魚を捕 ることはBにとっ てますます難 しくなる (Bを表現するために小文字、Aを表現するために大文字を利用す る

)。

υ(1‑β E)ο

y=α

(1‑βο)E

ただ し、υ

,yは

ぁる一定の期間においてB、 Aによって捕 られた魚の量。αはそれぞれの網の サイズに したが って変化する正の定数。βはA(も しくはB)の漁獲活動がB(も しくは

A)の

獲活動 に与え る (負)効果を尺度す る正の定数:ο,EはB、 Aそれぞれが漁獲活動 に費やす時 間の量 (1日24時間の比率

)。

それぞれが、以下のような効用関数に したが って、魚を消費す るこ

とか ら厚生を引き出 し、追加的な努力によって厚生を低下 させる。

z=υ̲ι

2

=y̲E2

最適反応関数 は、他者によって採用 される行動に依存す るそれぞれのエージェン トの効用を最大 化することによつて引き出され る

8。

そのさいBの最適反応関数 を もた らす最適問題 は次の式を最大化す るように ιを変化 させ るこ とである

u: a(l-BE)e-ez

8 BOwlesに おいては、 こうした方法で最適反応関数が引き出されたとして も、個人が行動を起 こすとき常に こうした最適化問題を意識 して解 く、 ということは含意 されていない。 ここで も、個人 は適応的エージェン トのよ うに行動す る、 ということが含意 されている。すなわち、他者が自分たちのように行動するというこ と、個人がより増 しに行動 しているように思われる人々の行動をコピーす る傾向にある。平均 して優れて機 能す るようにデザイ ンされた行動の経験則 を意識的に選択 し、その経験則 に不満 を抱かないか ぎり、 その行 動の経験則 に従 う。 こうした仕方である行動 に適応す る結果、漁師は、少 な くとも平均的に、長期的にあた か も最大化をおこなっているかのように行動する。 こうしたコピーは、後 に示すように、 レプ リケータ・ ダ イナ ミクスによって表現 される。

‑50‑

(11)

経済学批判の ミクロ的基礎

努力 の最 適水準 を見 出す ため に、0に関 してzを微分 し、結果 をゼ ロに等 しい とす ると、一 階 の条 件 を得 る、

%′

(1‑βE)‑2ι =0

それは明 らかに、Bが自己の労働の限界的 (効)生産性 (第 1項)を彼女の限界不効用 (第2項)

と等 しくす ることを要求する。 この1階の条件か ら最適反応関数が引き出される。

0=Ψ

Aの最適反応 関数 も同 じ方法 で導 出 され る。 す なわ ち、

E■

Y

最適反応関数 はもう 1つ の方法で表現 され る。Bの効用関数 を利用す ると、Bの効用関数をB

およびAの努力水準の関数 として書 くことが出来 る。

υ(ο,E)

y=7(ο

,E)

Aの漁獲活動時間

υ

.(ο

,E)=0

2.Bの

最 適 反 応 関数 グ(E).

Bowles(2003),p.135.

‑51‑―

Bの漁獲活動時間

(12)

2のよ うに、,E)空間 にお いて表現 されて い る。 そ う した関数 は無差別 曲線 (Bのそれのみ 表現)を描 く。 さ らに、

αυ=υιαι十後μ

E=0

とすることによって、次の式を得る、

%

%

したが って、(Bの)無差別曲線の傾 きが 一υ¢Eと いうことを知 る。最適反応関数を引 き出す ために、Aの漁獲時間のある一定水準を所与 とし、Bがそ うした条件下でどれだけ漁獲活動を行 うかを問 うことにしよう。図 2の 上では、 こうした問題 は、Bが自分の効用を最大化す るために、

E(任

意に選択 されたAの努力水準)の水平の点線を制約 とし、Bのもっとも高い実行可能な無差 別曲線 と制約の接点を見つける、 ということによって表現 されている。制約の傾 きはゼロであ り、

したが って最適値 はBの無差別曲線の傾 きも同様 にゼロになる、 ということを必要条件 とす る。

これは υ′

=0を

必要条件 とする。

Bの最適反応関数を ο*=ο *(E)と表現す る。 アステ リスクは最適問題 に対す る解を意味す る。

図 2に おけるグ(E)の表現 はυ

=0に

対する点の軌跡であり、それゆえその軌跡においてはBは

自分の行動を変化 させようとするイ ンセ ンティブを持たない。 ナ ッシュ均衡 は相互の最適反応であ る。 したが って 夕のナ ッシュ均衡値 は、Aの最適反応関数をBの最適反応関数 に代入 し、夕につい て解 くことによって計算 される。仮定 とされた問題の対称性か らAとBの両方について以下のナッ

シュ均衡値9を得 る。

OⅣ= 2+″ =EⅣ

9ナ ッシュ均衡が安定であるかどうかは 2つ の最適反応関数の相対的な傾 きに依存する。上で導出された最適 反応関数を利用す ると、 これは次の式を必要条件 とす る

<券

これはa・

F<2を

必要 とするが、その表現 は、 アクターが過度 に反応 しない、 ということを安定性の必要条 件 とす るということである。すなわち、 どち らの漁師 も他の漁師の行動 に対 して過度 に反応 しない、 という

ことである。安定性 は、 ナッシュ均衡が現実の行動の優れた予測 となるための必要条件であるが、 しか し、

十分条件ではない。第 1に 、複数の安定的なナ ッシュ均衡値が存在す るか もしれない。第 2に 、個人が最近 の経験 に対 して自分の行動をどのように適応 させるか、 という現実的なルールはプ レイヤーをナ ッシュ均衡 に移動 させることができないか もしれないb

一 滋

‑52‑―

(13)

経済学批判の ミクロ的基礎

ところで、 このナ ッシュ均衡 はパ レァ ト最適 であろ うか。パ レー ト最適 は2人の漁師の無差別曲 線 の接点 とな る、 す なわち、

この式 は効率的な契約曲線を定義す る。無差別曲線が接 しない一― すなわち、 2つ の曲線が交差 する一― ようなあ らゆる配分か ら、両者の厚生を改善する異なった配分が存在す る。 しか し、ナ ッ シュ均衡 は、それぞれ υ´=0と

=0に

よって定義 された、両方の最適反応関数上の点である。

したが ってナ ッシュ均衡 においては、 2つ の無差別曲線 は接することはできない。 2つ の無差別曲 線 は垂直である。 したが ってナ ッシュ均衡 はこの場合パ レー ト最適ではない。効率的契約曲線上の

2つ の点pとω は図 3に おいて示 されている。

Aの漁獲活動時間 E

1お

οN

ナ ッシ ュ均 衡 Bowles(2003),p.139

α/2 1″

Bの漁獲活動時間

こうしたコーディネーション問題 に対する制度的対応 としては次の 3つ を考えることができる。

第 1に 、共有地である湖を民営化す ること、第 2に 、政府のような第3者が介入 し規制をおこなう こと、第3に、 コミュニティベースのローカルな管理の採用である。 こうした 3つ のアプローチは、

それぞれ市場、 国家、 および コ ミュニテ ィと呼ぶ こともで きる (Bowles and Gintis[1998b], Bowles[2003])。

ここでは第3のアプローチの 1つ を紹介 しよう。漁師間の頻繁な社会的相互作用の発生 は他者の

……53‑―

(14)

厚生に関心を持たせ るか もしれない。 コーディネーション問題を解決するのに他者 に対す る配慮が どの よ うに役立 つ のか。 この点 を理解 す るため に、 各 自の効用 が、 あ るプ ラスの ウェイ ト αc[0,1]を他者の効用に課す と想定する。その結果、Bの効用 は次のようになる、

%=α(1二βE)ι一ο2+αυ

そ してAに関 しで も同様の仕方で引き出される。 ここか ら個人の最適反応関数を定義 する1階 の条件 は次のようになる、

α(1‑βE)‑2ι E=0

α(1‑βο)‑2E一α軍セ=0

これは、

A,Bそ

れぞれが自分の漁業活動が他者 に課す不効用の一部分 αを考慮する、 というこ とを示す。他者に対する配慮のどの程度の水準が社会的最適を実行するのであろうか。上述の1階 の条件が結合余剰最大化問題の1階の条件を模倣するためには、各漁師は利己的であると同程度に 十分利他的である必要がある。すなわち、α=1。 これは、なぜ大半の成功 したコ ミュニティが良 心だけではな く、相互 モニタリングやノルム違反者への処罰を付 け足 しているのか、その理由を示 すか もしれない。

コーディネーションの失敗は、個人が他者の厚生に与える自分の行動の効果を考慮 しないとき、

非協力的な相互作用 において発生する。 したが つて、 コーディネーションの失敗が回避 されるか否 かは、だれが配分,E)を行 っていよ うとも、配分が他者の漁獲活動 によって課 されるコス トを 考慮するということによって決定 される、 ということである。利他主義的ケースにおいては、 これ は明白である。相互作用す る個人が相互作用する人々の効用水準に対する制約の下で最大化を行 う 場合、その最大化過程 は自分の行動が他者 に与える効果を考慮することになるであろう。

.制

度 と選好

これまで、如何に して制度が個人の選好 と信念に影響をあたえるのか、 という点に焦点が置かれ てきた。だが、 ここでは、同時に、如何 に して制度 は変化 し、そ して個人の選好 と信念が如何に し てその制度的環境の変化 とともに変化するのか、 という点を見てい くことに したい。

Ⅲ‐1.選好 と制度への進化的社会科学的アプローチ

進化ゲー去論では典型的には次の点が仮定 される。すなわち、個人が自分たちの行動の結果に関

‑54‑

(15)

経済学批判のミクロ的基礎

して制限された情報 しか持たないということ、個人が自分 じしんや他人の直近の経験に基づ くロー カルな知識を利用 して試行錯誤の方法によって自分たちの信念を更新する、 ということである。そ こでは、個人 は「知的困難」を背負 っており後ろ向きである。また、保証ゲームで見 られたような 均衡値間の不決定 はプ レイヤーの特定の歴史に言及す ることな しには解決 されえない。社会的結果 が最近の過去 によって影響を受 ける (歴史が重要である

)。

個人の行動ルールの分布 もしくは集団におけるグループの制度的特徴、および時間をつ うじたそ の進化 は、 どの形質が コピーされ、 どの形質が放棄 されるか、 ということに依存す る。そ うした動 的な過程 は、遺伝的な ものであれ文化的なも,のであれ、 レプ リケータ・ ダイナ ミクスによって表現 される(Bowles[2003])。 進化 には、固体群の シェアが変わ ってい くという動的な側面があるが、

この進化の側面を考察対象 にするのが レプ リケータ・ ダイナ ミクスである。それは、進化 における 適応度をゲームのペイオフに読みかえ、「 ペイオ フの高 いものほど殖える」 という動的な側面 を微 分方程式体系に表現 した ものとい うことがで きるであろう。 レプ リケータ・ ダイナ ミクスを利用す ることによって、個人の認知能力 と行動に関 して経験的に許容可能な仮定および社会的相互作用の 表現 (進化的社会科学パ ラダイム)の基礎上で、時間を明示的に導入 したシステムの中で個人の行 動を描 くことができる。

こうした特徴を有す る進化的社会科学 アプローチにもとづいて、次節において、制度 ―一契約の 構造 ― と選好の関連を取 り上げることにしよう。        ̲

Ⅲ‐2.契約の構造 と選好

実験経済学 によって指摘 されて きたのは、信頼や互恵性が、契約の形態 もしくは信頼的行動 と互 恵的行動を支える契約の不完備性に依存するか もしれない、 ということである (逆に、信頼や互恵 性が低 くなればなるほど、おそ らく、契約や関連 した執行環境 をデザイ ンす る人々はより完備的な 契約のためより多 く支出す るであろう

)。

こうした集団における契約 (制)の分布 と行動 ノルム (選)の分布を決定す る基礎的過程を 説明す るためにBowles(2003)の購買者・ サプ ライヤーモデルを取 り上 げよう。 そのモデルは概 念的には図4のように描 くことができるであろう。そこに示 されているように、制度 ―一購買者の 提案する契約構造 一 が個人の行動 ―― サプライヤーの選好 一―に与える影響 と同時に、逆に、個 人の行動が制度に与える影響 も考察 されるモデルとなっている。

1つ の相互作用のためにランダムにペアを組 まされる購買者 とサプライヤーの集団を考えようち サプライヤーと購買者 は、品質 一一 高い (H)か低 い (L)か一‐がサプライヤーによって決定 さ れ、購買者がその品質を事前 に確定するにはコス トを要す るような、そ ういった財を交換 しあうと しよう。そのさい購買者 は 2つ のタイプの契約 一一 完備契約 と不完備契約 一一 を提案する。完備契

‑55‑―

(16)

契約 と選好の関連の概念図

(C)が提案 される場合、サプライヤーは低水準の品質を提供するコス トを相殺するのに十分な、

固定 された補償を受 け取 る。 これ らはCタイプの購買者である。不完備契約 (I)にしたがえば、

購買者 は低水準の品質を生産す るコス トを支払 うのに加え、取引か ら発生する純利潤の半分を支払 う。 これ らはIタイプの購買者である。サプライヤーもまた 2つ のタイプが存在す る。Rタイプの サプライヤーは、I契約を購買者の側での信頼のサイ ンだと解釈 し、追加的なコス ト軸 を被 ると して も、高水準の品質を提供することによって報いる。 しか し、C契約が提案 された場合、Rタ プのサプライヤーは不信を感 じ、ぬ の主観的 コス トを経験 し、低水準の品質を提供する。Sタ プのサプライヤーは完全に利己的で、契約 にかかわ りな く低水準の品質を提供する。購買者の利潤 は高水準の品質 と低水準の品質それぞれに対 して π

H、

πLでぁる。煩雑な記号表現を避 けるために、

=軋

とす る。 さらにπH>2πL,πH̲πL>2δ

を仮定する。 こうしたペイオフ構造 (購買者 が最初、サプライヤーが2番)が‑5において示 されている。

表‐5.サプライヤーと購買者のベイオフ

サプ ライヤー

互恵主義者 利 己主義者

   重 層 堡 看 約

│::

(R) πH/2,πH/2‑δ

πL̲δ

(S)

πL/2,π72

πL,0 )完備契約 あるいは不完備契約を提案する購買者が、互恵的あるいは

利 己的なサプ ライヤーと品質の異なる財を交換す る。Bowles(2003), p.262, table 7,7.

購買者の提案す る契約構造の変容

〈2つ の不完備契約間の期待ペイオフの格差〉

サプ ライヤーの選好

〈2つ の選好間の期待ペイオフの格差〉

不完備契約戦略の分布 互恵主義者の分布

‑56‑

(17)

経済学批判の ミクロ的基礎

互恵主義者 であ るサプ ライヤーの比率 を ω と書 くと、

I―

契約 を提案 す る購買者、C―契約 を提案 す る購買者 にとっての期待 ペイオ フはそれぞれ以下 のよ うにな る。

υ ′

手十

(1‑ω

)手

υC=ωπL+(1‑ω

L=π

同様 に、不完備契約 を提案す る購買者 の比率 を ψと書 くと、

とっての期待 ペイオ フはそれぞれ次 のよ うにな る

R― サ プ ライ ヤ ー とS―サ プ ライ ヤ ー に

υ

R=ψ

[f∫

̲b]¨

(1‑9)(―

― δ

)

υS=¢

竃戸十(1‑9)0=型

i

上 の式 によ ぅて与 え られた、期待 ペイオ フは図5にお いて描 かれて いる。 そ こで、ω*と 9*は 期待 ペイオ フを等 しくす る

I―

タイプの購買者 とR― タイプのサプ ライヤーの頻度分布 を与 え る。

rH/2-6

πH/2

π

L

πL/2

1.0

行動戦 略 と経営構造 に対す るベイオフ

)パネルAは互恵的行動と利己的行動に対するペイオフ、パネルBは完備契約と不完備契約に対する ペイオフ。9は不完備契約を提案する購買者の比率、ωは互恵主義的サプライヤーの比率。Bowles (2003), p.263

システムの ダイナ ミクスは、 契約構造 一一 す なわ ち ψc[0,1]―一 と行動戦 略 ― ωc[0,1]一 のすべてのあ りうる組合せ によ って定義 され る状態空間 に関係 す る。状態 (9,ω)が 9方向お よび ω方 向 にどれだけ動 くか 一一 す なわち、時間をつ う じた (9,ω)の動 きに焦点 が当て られ る。 そ こ

π72

0

パ ネルA パ ネルB

‑57‑

(18)

で サプ ライヤ ー と購買者 の両方 が周期的 に、次 のよ うな レプ リケ ー タ・ ダイナ ミクスЮに したが っ て、 よ り高 いペイオ フを有す る戦略 に切 り替え ることによって 自分 の戦略を更新す ると想定 しよ う。

: q(L-cp)(u'-u") : a(l-al) (aR-us)

最初 に、不完備契約 を提案す る購買者の シェア タの時間をつ うじた変化 を見てみよう。上の式 か ら理解 されるように、不完備契約を提案する購買者の更新 一―不完備契約を提案する購買者のシェ アの増加率 αψ′一―は 2つ の要因によって影響を受 ける。第 1に 、9(1‑9)項によって表現 され る、集団に占める不完備契約戦略を提案す る購買者 じしんの分布である。第2の要因 は一υC) である。すなわち、その時点での互恵主義的サプライヤーのシェアの下で不完備契約戦略を提案す る購買者が得 る期待ペイオフと、同 じくその時点での互恵主義的サプライヤーのシェアの下で完備 契約戦略を提案する購買者が得 る期待ペイオフとの差である。言い換えれば、不完備契約を提案す る購買者の比率は、購買者が 一一 その時点での互恵主義的サプライヤーの シェアの下において、期 待ペイオフの格差に反応 し一一 完備契約戦略に代えて不完備契約戦略を採用することによって上昇 す る。同 じことであるが、完備契約戦略をとる購買者が不完備契約戦略をとる行動をコピーすると いうことである (互恵主義者であるサプライヤーの シェアの時間をつ うじた変化 も第2の式か ら同 じように解釈 される

)。

このダイナ ミクスにおけるω*と 9*の定常値 は、グ=0,9=1,ω =あ*=πι/(π″一π二)に

して ″α′

=0で

あ り、 そ して ω=0,ω =1,9=9*=2δ/(π〃一π二)に関 して αωι

=0で

る。 ダイナ ミックな システムは図 6に おいて描かれている。そこでは矢印は、均衡か ら離れた場合 の調整の方向を示す。点(9*,ω*)は定常である。 しか しそれは、図 6と レプ リケータ・ ダイナ ミ クス式を参照す ることによって確認 され るように、鞍点である。 したが って、ω*も しくは9*か らごくわずかで も離れた場合、 その動 きは自己修正的で はな くなる。漸近的に安定的な状態 は

(9=0,ω =0)と (9=1,ω

=1)で

ある。すなわち

t集

団 において完備契約 と利己的サプライ ヤーが占めるケース、および互恵主義的サプライヤーと不完備契約の シェアが支配するケースであ る。いずれのケースが発生するかは初期状態によって決定 される

10レプ リケータ・ ダイナ ミクスについては、たとえば、Bowles(2003)の第 2章 、および石原・ 金井 (2002) を参照 されたい。

上里 一訪

‑58‑―

(19)

一 C

一                                   b

L

J

経済学批判の ミクロ的基礎

ψ*      9

不完備契約 を提案 す る購買者 の比率 契約 と行動の共進化

)矢印は仮定されたダイナミクスによって含意された変化の方向を示す。状態a,bおよびc

は定常的である。cは鞍点である。Bowles(2003),p.264.

たとえば、互恵性 と不完備契約の状態が完全 に支配する場合、不完備契約が集団において互恵主 義者の出現 に対する最適反応 として提案 される。 この場合、完備契約 は技術的には実行可能であろ うが、 しか し、互恵主義者の比率が ω*を 超えるかぎり、完備契約の収益性ば低下する。 こうして 契約の完備性の範囲は行動 ノルムの分布 によって影響 をうけることになる。

.結

びに代えて

本 ノー トの冒頭で触れたように、新古典派経済学 に対す る伝統的な批判はその方法論的個人主義 に向けられてきた。そうした批判か ら引き出される社会へのアプローチは、諸個人の行動 は制度的 構造の中に位置づけられており、 したがって人間行動を理解す るためには制度か らはじめるべきだ、

というのがそれである。だが、進化的社会科学パ ラダイムは方法論的個人主義その ものを否定する ものではない。集計 レベルの結果を理解するために、個人の行動の研究か ら出発す る。だが、それ は、人間行動の説明においてホモ・エコノ ミクスを否定す るものである。 ワルラス・ モデルにおい ては高い認知能力を有す る、利己的なホモ・エコノ ミクスが想定 されて きた。だが、進化的社会科 学パ ラダイムは、認知能力に限界を有する、 ローカルな情報に もとづいて行動す る適応的エージェ

ントを採用する。

こうした人間行動、および新たな選好な捉え方 一一社会的選好 一―は近年の実験経済学やフィー

ω

‑59‑―

図 1に お いて、 Aが 最 初 に提案 す る形式 においてそのゲームが表現 されて い る。 ただ し、 この場 合、 Aの 提案 は 2つ の提案 に限定 されて .い る。 すなわ ち、パ イを均等 に (5.5)で 分 けるか、 も し くは 8を 手元 に置 き、応答者 に 2を 提案 す るかのいずれかで ある。 (8, 2) 拒 否(0, 0) (5, 5) 拒否(0,0) 1  最後通牒ゲーム Aの 提案 は (5,5)と (8,2)に 限定されている。Boues(2003),p。 11
図 4  契約 と選好の関連の概念図 約 (C)が 提案 される場合、サプライヤーは低水準の品質を提供するコス トを相殺するのに十分な、 固定 された補償を受 け取 る。 これ らは Cタ イプの購買者である。不完備契約 (I)に したがえば、 購買者 は低水準の品質を生産す るコス トを支払 うのに加え、取引か ら発生する純利潤の半分を支払 う。 これ らは Iタ イプの購買者である。サプライヤーもまた 2つ のタイプが存在す る。 Rタ イプの サプライヤーは、 I契 約を購買者の側での信頼のサイ ンだ

参照

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