経済発展への離陸と人口成長
児 玉 元 平
1
経済発展の厳密な定義をあたえることはきわめてむつかしい。自然的環境と資源の相違 その経済構造、文化的遺産、社会的政治的制度等の国際的地域的差異のために、開発国と 低開発国とを区別する単一の基準を設定する試み自体は多くの点で便宜的性質をもつもの である。ライベンシュタインは、低開発地域の特徴の目録を①経済的②人口的③文化的およ び政治的④技術的其他の側面に分類して示している。そしてこれの諸特徴の目録を検討す (1)
ることによって二つの単純な関係が見出されるとする。即ち①所得が増加するにつれて消 費される割合は減少するが、一人あたり所得が増加するにつれて1人あたりの消費は増加す
る。②一人あたり所得が増加するにつれて一人あたりの投資は増加するという関係がこれ である。このようにして後進性の基準を低平均所得水準均衡におく。この定義からすれば、
(2}
経済発展とは一国経済が一人当り所得の成長率が小ま たは負であるような経済から、一 人当り所得の著しい持続的成長率が長期にわたって見出される経済に変換する過程と考え ることができる。経済の発展が可能ではあるが不完全であるような国を低開発国とよぶこ とができよう。ミュルダールは南アジア諸国の状態を六つのカテゴリーに分類して後進性
(3)
乃至低開発の特徴を吟味している。①産出量と所得②生産状態③生活水準④生命
(4)
と仕事にたいする態度⑤諸制度⑥諸政策。最初の三つの状態は通常経済的要因に関連 しており④と⑤は非経済的要因に、⑥は混合的な諸要因に関連している。ミュルダール自 身は低開発地域の発展問題について近代的分析が経済的要因を重視し、非経済的要因を軽 視する傾向についてはきわめて枇判的である。しかし、ここでは人口論的な視角から低開 (5)
発国の発展問題を考察しよう。
ライベンシュタインによれば低開発経済における後進性の要因として①農業生産力の 低位②非農業部門における雇用機会の欠如③後進経済に固有な人口的特徴をあげてい
る。そして、彼が最も重視するのは、この第3の人口変数の特異な変動様式である。その 強調点から、準安定均衡という概念によって特徴づけらたマルサス的均衡モデルが設定さ (6}
れる。第2の要因に関連してライベンシュタインはまた再投資率基準とよぶ特異な基準を
提唱する。(7)
近代経済理論がマルサスの人口論をその経済体系より排除してより既に久しい。ケイン
ズーハンセン流の長期沈滞化理論は再びマルサスの復活を意義づけており、経済発展にお
ける人口成長要因のもつ重要性を認識するにいたったが、そのことはマルサス人ロ理論が
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古典派理論体系においてもっていたような地位の復活を意味するものではなかった。ケイ ンズ自身彼の分析の先馬区者として認めたのは人口論におけるフ・レサスではなく、有効需要 の理論におけるマルサスであった。その後、後進地域の発展問題に関連して、人ロ論のマル (8)
サス的思考の部分的復活が見られるが、いまだ人口的思考が後進地域の発展理論の内部理 論にまで成熟したものはきわめて少ない。人口学者の側からいえば、例えばW.S.トン
プソンはマルサス的ディレンマという言葉を使用しているが、異なった地域に見られるよ うな経済発展の格差と人口成長とがどのように関連するかが明示されていない。また、ケ (9}
アステッドは今日の人口理論の傾向について「現代の人置理論は人馬の現象について完全 に非経済的な説明に向って進んできた。リカードの命題に含まれる真理を再発見し、それ を強調し、.人口の運動が経済的事情によっていかなる程度に影響せられているかを示する ことが、.リカード自身の命題という死んだ馬に鞭うつことよりもはるかに今日においては 重要なことであ。」経済学者の側において今日、経済後進地域の開発問題に関連して、徐 (1①
々にマルサス人口理論の再認識がはじまりつつある。例えば、E. P.ペンローズは後 進地域の停滞的現象を理解するためにはマルサスの再吟味が必要であることを指摘
し、ピーコ・ックもまた「経済発展の理論と考えられるマルサスの人君理論はしばしば想像 轟るよりももっと搬的な環である」と述べている。さらにまた、ミュ、レダー、レ醐 (1助
開発経済におけるマルサス的人口理論の意義についてつぎのように述べている。 「第二次 世界大戦後の現在、偉大な目覚の影響をうけて経済分析の視界が、低開発国を有効に包括 するまでに拡大されるとともに、マルサスの人口理論が再び重要な意義をもつようにな る。「マルサス的な生存水準で生存しており、そこでは所得水準を向上させる可能性をもつ いかなる試みもすべて人口増加によってのみこまれてしまうおそれがある。」ところで以 (13>
上述べたわずかなひとびとのマルサス人口理論の再認識はあっても、人口成長要因を経済 成長の内生的要因として含む低開発理論は今日までのところ殆んど開拓されておらないの である。この現状の中で、われわれは経済的後進性の特徴をこのマルサス的均衡モデルを もって最も体系的に分析し、人口成長をモデルの内生的変数として、而も、この人口変数 の動向に最も重要な役割をあたえたところの異色あるライベンシュタインの経済発展理論 を見出すことができる。その理論モデルが余りにもマルサス的であるが故に、J.R.ピ ックスは「経済的低開発の因果関係の説明において、これほど支配的な役割を人口要因に 帰せしめることができるであろうか」という疑問を提起しているが、かかる批判にもかか U4)
わらず、今日ライベンシュタインは人口学的な経済発展理論の開拓者として高く評価され ている。⑮
2
後進経済の状態をマルサス的な均衡、即ち人口がコンスタントな生存水準にひとしい低
位水準の平均所得で示される状態であるとしよう。外部的な刺戟(外生的投資)があたえ
られる.とする。 一人あたりの所得水準はこのマルサス的生存水準を越えて上昇する。この ことは人口増加を誘発せしめる。「所得を増加させるいかなる事象も、最初は人口成長率 をもまた上昇せしある6このことは次に労働力の増加を意味し、したがうて労働者1人あ たりの資本と土地とが減少する。さらに、このことは一人あたり所得を減少せしめる傾向 をもち、それが誘発された人口成長率をおし下げる。結局は以前の均衡生存水準の所得の まわりを上下する種類の変動となる。」マルサス的均衡モデルでは平均所得水準について (1③
は安定的、人口の大きさ、資本ストックの大きさについては不安定的である。そこで、ハ ーベルモーの準安定均衡(quasi−stable eqllilibrium)の概念が使用される。ライベンシュ (1の
タインはこの準安定均衡体系についてつぎのような定義をあたえている。「一つの体系の 均衡解というとき、われわれは一つのベクトル(つまり体系の状態)を考えている。そして そのベクトルの要素はこの体系の変数に対応する値である。均衡値の性質は、もし一組の 均衡値が存在するならば、それは、体系が外部的な力によって妨害されないかぎり存在し つづけるであろうということである。均衡解の要素の一つとして一人当り所得め値を考え る。いかなる体系にとっても均衡解は一義的である必要はない。パラメーターの各組に対 して異なった均衡ベクトルが存在するかもしれない(或は存在しないかもしれない。)かく てわれわれは体系の均衡ベクトルのすべてを含む解の一組を考える。われわれは同一の要 素をもった二つのベクトルを同一のベクトルと考える。もし一組の解が唯一つのベクトル をもつ場合は均衡は一義的である。もし、一組の解が一つ以上のベクトルを含む場合、少 なくとも二つの可能性が存在する。この一組におけるベクトルの相対応する成分はすべて 異なっているか、または、少なくとも或るベクトルの対応する成分のあるもの(すべてで はないが)は同一であろう。準均衡体系というのは、その均衡解の一組が、すべてのベク トルに対して同一のいくつかの対応要素をもち、しかもてすべてのベクトルに対して異な ったいくつかの対応要素をもつベクトルのみを含むような体系をいうのである・とくにわ れわれは同一の一人当り所得という要素を含む一組の均衡ベクトルを考えているのであ る。」ところで、このような準安定均衡を想定する理由は一体どこにあるのであろうか。
(1紛
「準安定のみを仮定する主たる理由は、すべてのストックを、それがひとたび増加した後
は以前の水準に縮少させるように働く機構はどこにもみられそうにはないからである。或
すストックや力は累積的力をもっているようにみえる。例えば、或る型の知識、技能、発
明、または当る型の資本等がそうである。これらがひとたび存在するにいたると、そこ.に
はその大きさを縮少させるような原因は何にもない。それは、経験的事実である。変化の
過程のある側面は単一方向をもっている。低開発経済においてひとびとが、ひとたび得た
技能を忘れ(或はそれを次の世代に引きつがずに)、資本を破壊し、知識を根こそぎにす
るような必然的理由は見あたらない。これらのストックは多少とも広範囲に拡がっていく
であろうが、その絶対的な大きさが最初の或る水準にまで低減するζとはない。かくて三
つの過程は一人あたり所得を決定するストック相互間の以前の構造(或いはバラシス)に
184
似たものを回復するが、すべてのストックの絶対的大きさを最初の均衡水準にまで低減さ せるこどはしないように作用するであろう。」均衡の安定性不安定性について通常サムエ (19
ルソンの分析がよく引用される。サムエルソンによれば四種の安定性がある。①第工種 の完全安定②第1種の小範囲における安定③第2種の完全安定④第2種の小なる範
囲における安定。以上の外に一面的安定不安定性(one sided stability−instability)と 120) ⑳ いう概念も示されているが、サムエルソン的な第1種の完全安定体系ではどのような大き
さの離脱でも体系は終極的に均衡に復帰する。そこでもし、累積的な成長過程を不均衡過 程とすれば、この体系は持続的な成長の軌道に乗ることができない。そこで、体系が低位 所得水準均衡のマルサス的トラップより脱出しうる可能性はサムエルソン的な第1種の小 範囲における安定体系でなければならない。「平均所得の最初の増加が十分に大きいもの でなければならぬ。所得利益乗数(M)が人口乗数(m)より大であるという有利な条件 の下でさえ、体系は不安定的となることはできない。さらに亦、新資本の僅かな投入は長 期的には生活状態を改善せしめることができないかもしれない。しかし、十分に大きい投 入はそれに成功するかもしれない。かくてもし資本資源を増加せしめるプログラムが十分 に大きい規模で遂行できなければ、このようなプログラムは全く遂行する価値がないかも しれない。」準安定均衡体系の想定から、臨界的最小努力(critical minimum effort)
(2助 し
の命題が導出される。この命題は後進経済に見られる所謂貧困の悪循環(vicious circle)
(231
よりの脱出の可能性。ミュルダール的な循環的困果関係(circ ular causation)の概念と 関係をもっている。「もし、われわれが、悪循環という考え方で考察をつづけるならば、
e4}
そして、それは問題を考察する上に蒔には便宜な且手近かな仕方であるるならば、ある点 では悪循環がいかにして打ち破られるかをわれわれに説明しなければならぬ。臨界的最小 努力の思考が現われるのはここである。……いままで述べて来たことから明かであること は、:最小努力の思考は悪循環という観念とは矛盾せず同時にそれから脱却する道を提供 するということである。換言すれば、悪循環が害悪だと思われる唯一の理由は、それが 十分に大きな発展への刺戟を発見し整備することがきわめて困難であるということであ る。」およそ、経済発展の地域格差は、それぞれの地域が示す時間的成長パターンの差異
⑫5)
による。そして、この成長パターンは、それぞれの地域のもつ構造的パラメーターと歴史
的時間において経験した初期条件の差異による。ライベンシュタインの臨界的最小努力の
命題を低開発地域における特続的成長の初期の段階で、初期条件のもつ重要性を端的に示
したものである。初期の段階で発展に有利な条件を確保することが以後における成長径路
の決定にとってきわめて重要なことである。経済体系の持続的成長の可能性を決定するも
のは、その体系のもつ構造的パラメーターのみならず、初期条件いかんである。構造的パ
ラメーターは体系の行動性向、経済活動に対する自然的技術的制約条件、外部より体系の
経済にあたえる影響等を反映している。構造的照照は、客観的な経済的可能に対する体系
の数量的感応力を測定している。ハーベルモーにしたがうと構造的パラメーターは四つの
カテゴリーに分類される。①自然的条件ともいうべきもので、面積、利用しうる自然資 源、気候等の条件を示すパラメーターである。②技術的水準を示すパラメーターで、こ れによって投入と産出との関係があたえられる。③人間の態度と行動を述べるパラメー ターでこれには労働性向、消費性向、人ロ増殖性向のごとき内生的な行動の特徴を示すパ ラメーターである。④他の地域の行動と決意によって受ける影響を示すパラメーターで ある。勿論パラメーターをこのように分類する問題は一見する程単純なものではないであ
(261
ろう。初期条件は体系が動的な発展径路をはじめる以前に生じた発展的プロセスの結果で ある。構造的パラメーターと初期条件とについてハーベルモーはつぎのように述べてい る。「動学的モデルの分野にたつさわる多数の経済学者のなかには、動学体系の初期条件 は、ある意味で、モデルの構造的性質ほど理論的には重要でな ュ、また興味あるものでは ないという奇妙な考え方がおこなわれいる。このような考え方はおそらく単純なリニヤー 体系の研究から派生したものであろう。」臨界的最小努力の命題では初期条件として投資 (2の
(外生的刺戟)による平均所得水準の上昇程度が十分に大きく、低位均衡よりの離脱が一 定の限界線を越える程の大きさでなければ、恒常的な発展を確保することはできず、体系 の構造的パラメーターが発展に有利なものであっても、初期における投資導入額が臨界的 最小限の水準まで平均所得を上昇せしめるには余りに少なすぎするものであるならば、経 済発展の軌道にのることができないことを教えるのである。「後進的な状態から脱して、堅 実な長期成長を期待しうるいっそう発展した状態に移行することに成功するためには、必 要条件として一必ずしも十分条件ではないが 送る点でまたある期間でその経済は臨 界的な最小規模より大なる成長への刺戟をうけねばならぬ。」big−push仮説やtake−off (28}
仮説もまた同じような思考系列にぞくするものと考えることができる。四
3
経済的成長モデルの多くは人口成長をもっぱら外生的変数として取扱っている。この思 考の基礎的なものは人買成長率に作用する要因の一部は経済的条件から独享的であるとい うことである。これは医学上及び生物学上の発見に?いて特に真実である。ロビンソンは 人口成長の取扱いについてつぎのように述べる。 「人口増加は生活水準の上昇と工業化に ともなう心的態度の変化とに明らかに関係をもっている。しかし、また、人ロ増加はそれ自 身の法則にしたがうものであって、その法則は決して完全には理解されず、まして、変化
しつつある生産力の単純な一函数に還元することはできないものである。……資本の蓄積 と労働力の成長とを二つの独立要因一相互に調和することもあろうし、また調和しないこ ともあろう一として取扱うことが最善であるように思われる。」経済成長へのtake−off (30)
仮説と人口成長を外生的変数とし取扱う仕方との間に矛盾がないであろうか。人口成長は
自生的部分と誘発的部分との二側面をもつという思考の方が物ke−off仮説と最もよく一
186
致しないであろうが。吟味を要する・問題である。
低い投資率は低い所得成長率を意味する。低い所得成長率では人口成長率を圧倒するこ とができないから、一人当り所得成長は生じないb経済全体としては成長しているが、一 人当り所得の成長、生活水準の上昇は見られない。例えば、人工成長率が今2%であると すると総所得が2%以上で成長するように十分に高い投資率がなされねばならない。経済 においてこのような高い投資率が一期間でもなされないならば、その経済はこの投資率を 維持する方法を知らないであろうし、ましてやこれよりも高い率の投資を行うこともでき ないであろう。一人当り所得の恒常的成長を経験する場合にのみそれ自身の操作によって 人ロ成長よりも高い成長率を維持することができる。人口成長という要因を導入した方 が、導入しない場合よりも1 Aより容易にtake−off仮説と一致した成長理論を展開できる ことは明らかである。この場合、人口成長を完全に外生的変数と考えるべきであろうか。
通常死亡率は公衆衛生、医学上の進歩によりてきまるとされる。これらの進歩が死亡率を 著しく短期的に低下せしめたことは事実である。しかしここのような誘発的な低い死亡率 を持続できるかどうかはまた経済的な条件が関係してくる。更に出生率は所得水準と関係 のない社会的、文化的諸条件によって決定せられるといわれる。しかし、経済的変化のな い時に出生率を直接的な方法によりて低下せしめることができるという証拠は殆んどな い。むしろ、出生率は経済発展が開始された以後においてかなり低下し、そしてその低下 は通常都市化にともなう現象であったと考えられる場合が多いのである。
入[]成長と経済的変数との関係はつぎのように考えることができる。古典派経済学の根 底にある収穫逓減の法則から眺めることができる。後進経済にある若干の資源は相対的に 固定的であり、他の条件ひとしいかぎり人[]成長は、労働力の増加とともに一人当りの所 得を低下せしめる。資本が人口と同じ率で成長するとしても収穫逓減の法則は作用する。
なんとなれば資本は自然資源にたいする完全な代替的要素ではないからである。次に負担 の重荷という点から人口成長の効果を見ることができる。死亡率低下の最も著しい効果は 低年令層で見出されるから、死亡率低下の効果として子供と成人の比率は上昇する。この ことはつぎに所得よりの消費支出を増加せしめ、貯蓄率を低下せしめる。収穫逓減の法則 と人口法則を最もよく融合せしめた成長モデルの原型をわれわれはマルサスタイプの成長 モデルとよぶことができる。単純なマルサスタイプのモデルでは一人当り所得水準の上昇 (31)
は二つの効果をもつ。①それは人口成長率を高める。②それは貯蓄率と投資率とを高 める。そこでこのモデルが意味あるためには、人口成長の所得減退効果が、平均所得の上 昇より生ずる誘発投資の所得効果を圧倒する時点、領域が在存しなければならぬ。もし、
人口成長の所得減退効果が軽微で誘発投資が常に正であると、漸進主義が常にそこで作用
する。経済はいろ いうな率で成長できるからとくに持続的成長への離陸を必要としないで
あろう。一人当りの所得と人口成長率との間の関係を単に認容するだけでは離陸理論とし
ては十分ではない。全てはパラメーターの大きさに依存するのである。
それでは人口効果が顕著である場合、離陸理論があたえられるであろうか。この場合説 明しうることは自己維持的な後進性の持続ということである。持続的成長への移行ではな
く・後灘の持続を糊しうる根拠がここ1硯出されるのである・人嘲象の遡上・、誘 発的人口成長の大きさには勿論リミットはある。出生率には生物学にきまる上限があり、
ま牟死亡牢にも下限がある。そこで・ある点をこえる÷一人当り所得の増加はこれ夙半人 口域長率を上昇せしめないかもレれぬ。もし、投資率が十分野高ければ、それは人ロ増加 の効果を圧倒し、また高い投資率が持続されるならばある点では、自己維持的な成長を確 保する、こともできよう。ここに必要なものは適当な投資函数であるように思われる。成長 への離陸を説明するためには投資現象の十分目理解が必要である。
ケインズ的な或はポストケインズアン的な長期沈滞化理論によれば、人口成長は投資を 刺戟すると主張せられた。しかし、このことは貯蓄と投資とが分離され、投資誘因が貯蓄
(32)
の不足によって制限せられない場合にのみ妥当する。確に低所得経済では貯蓄の不足は高 い消費率の結果であり、低い投資率の結果でないように思われる、。ケインズ的な先進経済 における不況の分析では貯蓄の低いのは投資水準が低いからであって、一人当りの実質所 得水準が低いからではない。人口増加の期待だけでは需要増加は生じない。期待される需 要増加はより多くの購買力、より多くの所得が期待されるが故に生ずるのである。投資誘 因と考えられるものはこの期待された所得の増加である。後進的な経済において人口成 長がより大なる投資を誘発せしめる程度はきわめて制限されでいると考えらるべきであ
る。
人口成長は自生的変数と見られるべき側面と誘発的変数と見られるべき側面とをともに もっている。これを外生的変数と見る観点では人口成長は外生的に決定せられた一つの障 害とみなされ、誘発的変数と見る観点では、人口成長は資本成長と総所得成長と競走する ために誘発せられる要因と考えられた。今日では亦、公衆衛生等の進歩により、人口成長 を競争と見る考え方よりも外生的障害と見る考え方のほうが支配的だといわれる。このこ とはたとえ事実だとしても、ここで重要なことは人口現象の二つの側面は相互に独立的な ものではないということである。人口成長が自生的となれば、それだけまた誘発的競走の 側面は重要でなくなる。しかし、一般的にいって誘発的側面が消失することはないであろ
う。経済の発展を早い時期になしとげた国々では、その発展計画とともにきわめて競走的 であった人口的障害を克服しなければならなかったのであったが今日の低所得一低開発国 では人口成長のハードルは既にその初期の段階においてすらかなり高いものであるから、
平均所得の現在水準を維持するためにも更に大きな飛躍が必要である。人口成長は経済成
長過程において外生的変数としての側面をもつとともにまた内生的変数としての側面をも
つものである。そしてこの二つの側面は相に逆の関係を示す。これらの外生的人口成長と
誘発的人口成長が後進地域の発展への離陸にあたえ障害は、過去におけるよりも今日のほ
うがもっと大であるかもしれない。これらの障害は十分に大きな投資を持続的に投入する
188
ことによってのみ克服することが可能である。
註
11)Harvey Leibenstein, Economic Backwardness and Economic Growth,1957,
pp.40〜41.
{2)Harvey Leibenstein, A Theory of Economic−Demographic Development,1954,
ライベンシュタインはこの書でマルサス的な生存水準の低位所得水準均衡モデルでもって体系的 に経済後進性の安定性を分析している。
③ Irma Adelman, Theories of Econcmic Growth and Development,1961, p.1.
(4)Gunar Myrdal, Asian Drama, An Inquiry into the Poverty of Nations, VoL・
皿互,p.1860.
(5)G.Myrda1, Economic Theory and Under−Developed Regions,1957 , P.100.
「経済的要因と非経済的要因との間の区別も同様に非論理的で、した渉って誤解を招くものとし て廃棄されるべきものであろう。経済分析は現実的であろうと欲すならば、すべて⑱関係ある要 因を取扱わねばならぬであろうあ一般経済理論は社会理論となるべきであろう。」
(6>T・.Haavelrno, A. Study in the Theory of Econornjc Revoユution,.1954, pp.40〜
41.
(7)再投資率基準はつぎのように要約される。「投資資源の最善の配分は資本の一人あたり限界再投 資率をそれぞれの用途において均等ならしめることによって達成される。かかる政策の結果は将 来時点において一人あたり生産能力を極大化することである.。」 W,Galenson and H.
Leibenstein,璽響lnvestlnent Criteria, Productivity, and Economic Development,
Quarterly Journal of Ecollomics,1955, PP.343〜370. この再投資率基準は資本労働 比率の極大化を実現せしめるような投資配分が経済成長にとってある環境の下では最適配分だと 考える』このような主張は、後進経済の多くは過剰労働をかかえているが故に、労働集約的な産 業に投資を配分すべきであるという通説とするどく対立している。ガーレンソン=ライベンシュ タイシの再投資率基準については、拙著「後進経済の成長と人口」 (長崎大学東南アジア研究所 発行研究叢書第4分冊)参照。
(8)J.M. Keynes, The General Theory of Employrnent, Interest, and Money,
1936.
.J. M. Keynes,1璽some Economic Consequences of a Declining Population,
Eugenics Review,1927.
A.H. Hansen, Fiscal Policy and Business Cyles,(邦訳)395〜396頁.
A.H.耳ansen, EconQmic Progress and Declining Population Growth, The American E60nomic Review, lgきg.
(9)W.S. Thompson, Population and Peace in the Pacific,..1945.
(1① B.Keirstead, The Theory of Economic Change,1948, P.↓00.
(U)E.P.戸enrose,曙eMalthus and the Underdeveloped Areas, Quarterユy Jouma五
of Economics,1957, pp.219〜239。
(1盟A.T. Peacock,駅Theory of Population and Modern Economic Analysis,1 Population Stlldies,6(November,1952), Joseph J, Spengler and Otis DuPly Duncan, Population Theory and Policy,1959, pp.190〜206.
⑬G。Myrdal, Economic Theory and Under−developed Regions, p.118.ライベン シュタインでは所得変化にたいする人口変化の感応度を強く評価しているが、ミュルダールは所 得変化は人口成長決定諸要因の中の一つにすぎず、東南アジアの状態ではそれは重要でないとい う。
G.Myrda1, Asian Drarna,1968, p.1858.
αの J.R. Hicks, Comment, Economic Jollrnal,1959.
㈲ ライベンシュタインの成長モデルについては拙著「後進経済の成長と人口」参照 働 H.Leibensetein Ecnomic Backwardness and Economic Growth, P.56.
ライベンシュタインρモデルでは・①経済の成長はつねに人口成長と関連している。②人口 成長はつねに労働力の成長を意味する。という事実が仮定されており、そしてさらに③収穫逓 減の法則が陽表的、または陰伏的に仮定されている。ibid.,p.55.
働 H.Leibenstein, Economic Backwardness and Economic Growth, P.19.
(1⑳ H.Leibensteir}ibid・,PP.36〜37.
αg H。 Leibenstin ibid., P.36.
⑳ P.A. Samuelson, Follndations of Economic Analysis,1947, p.260.
H.Leibenstein, A Theory of Economic−Dernographic Development,1954, p.
37.
⑳ P.A. Samuelson, ibid.,P.298.
伽 H.Leibenstein, A Theory of Economic−Demographic Development, p.58.
⑳ H.Leibenstein, Economic Backwardness and Economic Growth, p.94.
⑳ 低開発国における貧困の悪循環的現象については、低開発国の発展問題を取扱文献の多くにおい
て説明されている。この思考について最もよく引用されるのはヌルタセルの説明である。悪循環
は「一・国は貧しいが故に貧しい」という命題で要約される。Ragner Nurkse, Problem of
Capital Formation in Underdeveloped Collntries,1953. P.4。 ヌルクセはケインズ
的な過少雇用均衡の概念に対応する低開発的均衡という概念をもって貧困の悪循環が存続する状
態を示し、経済体系の内部に一定の低い水準に経済をつなぎとめおくような三三が作用している
ことを認めるが「定常的体系のもつ一群の循環的な諸力はまさしく事実である。しかし、幸いな
ことには循環は打ち破れないものではない。しかも、それがある時点で破られると、その関係が
循環的であるという事実そのものが、累積的発展を助長する傾向をもつものである。われわ
れは、その循環を害悪とよぶのは躊躇すべきである。それは恩恵を及ぼすものとなりうるので
る。」と述べている。R. Nurkse, ibid.,P. ll.ヒギンズも亦同じような思考を述べてい
る。「ここに低開発の分析において共通的に見られる悪循環の一つがある。低開発は低い農業生
産力、栄養不良を生じ、したがって低い生産力を生じ、低開発を生ぜしめる。」Benjamin
1go
Higgins, Economic Development,1959, p∫271.
「近代.経済学の安定均衡という概念の適用を排除して、後進経済の持続的貧困と、発展の地域的格 差を、・累積過程の循環的因果関係という思考によって分析したのはG.ミエルダールである。
この累積過程の思考方法は、ウイクセルの物価の累積的変動という分析思考に対応する。ウイク .セルにおける物価の累積的運動は自然利子率と貨幣利子率との間の離反により生ずるものであっ .た6.K. Wickse11,』Geldzins und G批erpreise,1898.
G...Myrda1, Monetary Equilbrium,1939.
ミュルダールの循環的累積的因果関係の思考の低開発問題に対する利用は、 、
G,Myrda1, An Arnerican Dilemma,1944.と、G. Myrda1, Economic Theory and Under−developed Regions,1950において見出.される。
(25)H.Leibenstein, Economic Backwardness and Economic Growth, P、96, an◎.P.
98.、