国際政治経済研究
第3,4回 法と経済学
早稲田大学
須賀晃一
宍戸善一・常木淳
『法と経済学』有斐閣
序論 法と経済学ーー対立から協働へ
第1章 ゲーム理論の「法と経済学」への応用
第2章 コースの定理とその意義
序論 法と経済学
ーー対立から協働へ
経済学者は自由競争原理主義者か
経済学者は自由競争と自己責任の哲学の信奉者に見 える
実はそうではない?
自由競争原理主義者もいれば、権利や自由の平等を基 準とする経済学者もいる
自由は、なぜ「良い」よいのか
法律家も経済学者も、自由はよいものと考えている
自由競争の否定的側面を強調する法律家も、自由 の良さには限界があると言っているだけ
自由:各人が自分の身体や所有物を自分の意思に 従って使用・収益・処分できること
自由の範囲は「自分のもの」に限定される
財産権+契約の自由+履行の強制
古典的自由 → 法の支配
自由はなぜよいか
自由それ自体が直ちによい(自由、平等、博愛、善、正など)
自由な競争はよい結果をもたらすからよい
パレート効率性
経済学者
自由競争の結果はパレート効率的だからよい
パレート効率的な資源配分
他の誰かの状況を悪化させることなしには、だれの状 態をも改善することのできない資源配分のこと
無駄がないこと
コースの定理
もしも、社会のメンバーが、自己利益を最大化できる ような合理性を備えており、あるべき社会状態につい て、コストをかけずに交渉を行うことができ、その結果 としての契約の履行について、社会がこれを有効に 強制する仕組みを持っているならば、資源配分は必 ずパレート効率的になる
一定の理想的な前提条件を満たす限り、明確な私有 財産権と契約自由の原則に基礎づけられた自由競争 経済(自発的交換=自発的交渉の下での完全競争経 済)はパレート効率的資源配分をもたらす
法制度の評価基準がパレート最適 ( 効率性 ) であ るとき、必要な法制度は
何らかの所有権構造(制度)を確定すること
契約の自由を保障し、締結された契約の履行を強制 すること
それ以外の法制度は無用
取引費用の意義
コースの定理の成立条件
取引費用(交渉を行い、契約を作成し、履行すること のコスト)の非存在
取引費用が存在する現実の経済社会
法制度の設計は効率性を大きく左右する
不法行為
損害賠償に必要なケース
公法的な規制を要するケース
被害者の受忍が求められるケース
コースの定理が成立しないケースが重要
取引費用 → 法制度 → 効率性の改善
効率か、公平か、それとも 正義=衡平か
法律家の反応
法の目的は効率性であるべきか?
正義=衡平が無視されていることは欠陥では?
経済学者の「公平」
コースの定理が成立する世界を前提に議論
「公平」問題は財産権の分配問題 → 平等化
法律家の「正義=衡平」
立法・司法における法解釈学上の規範 コースの定理が成立する世界では無意味
合理性の限界と法の機能
取引費用の観点の導入 → 2 つの解釈
法律家の「正義=衡平」に基づく介入は、契約の不完 備性を補完して効率性を改善する機能を果たす
人間の合理性の前提が成立しないため、自由と自己 責任の規律が効率性をもたらすという予定調和が成 立しない
→ 法制度には、人間の合理性の限界に伴って生じるリ スクを社会的に減尐させる意義がある
ひとまず、人間の合理性を前提に議論する
第1章 ゲーム理論の「法と経済学」
への応用
1 非協力ゲームの基礎
なぜ、アナーキーでなく、法や国家が必要なのか
人々は、絶えざる紛争状態よりは、国家による秩序の安 定を望むから
最初のエピソード
対立を繰り返してきた隣人のAさんとBさん
2人は月平均2トンの小麦を作って生活している
すきあれば相手の家に侵入し小麦を盗もうとしている 武力を備える → 強盗できる、侵略を食い止める
非協力ゲームとしての定式化
ゲームの要素
プレイヤー:A, B
戦略:軍拡、軍縮
利得(戦略の結果):富(小麦の収穫高)
A / B 軍拡 軍縮
軍拡 1, 1 3, 0 軍縮 0, 3 2, 2
非協力ゲームとしての定式化
A / B 軍拡 軍縮
軍拡 1, 1 3, 0 軍縮 0, 3 2, 2
A / B 軍拡 軍縮
軍拡 1, 1 3, 0 軍縮 0, 3 2, 2
非協力ゲームとしての定式化
支配戦略均衡が存在 均衡
均衡はパレート最適ではない
囚人のジレンマ → 共倒れ
A / B 軍拡 軍縮
軍拡 1, 1 3, 0 軍縮 0, 3 2, 2
なぜ、アナーキーではなく、国家な のか
ジレンマを避ける
武力放棄の契約を結ぶ
しかし、契約を破るのが合理的
契約には信頼性がない
よって、契約違反に対する強制・制裁機構が必要
制度的工夫=国家
例えば、奪った小麦の完全賠償を要求できる
2トン奪えば2トン強制返還
国家の意義
支配戦略均衡が存在 均衡
均衡はパレート最適
国家による暴力の独占 → 私的財産権の保護
各人は富の生産に集中
A / B 軍拡 軍縮
軍拡 1, 1 1, 2 軍縮 2, 1 2, 2
ナッシュ均衡
・ナッシュ均衡 (Nash equilibrium) とは・・・
「各プレイヤーの最適反応の組み合わせ」
「お互いのとる戦略がそれぞれ相手の戦略に 対する最適反応戦略になっている戦略の組」
をナッシュ均衡という。
・最適反応 (best response) とは・・・
「相手のある戦略のもとで、自らの利得を最大
化する戦略」
ナッシュ均衡
A / B 協力 着服
投資 5, 5 -10, 10
非投資 0, 0 0, 0
A は自分の希尐資源を B に渡す
B は生産的ビジネスをするか着服する
支配戦略均衡は存在しない
ナッシュ均衡は(非投資、着服) → 非効率
不完備契約理論
完備情報
すべてのプレーヤーがゲームの構造について正確な 知識を持っている
不完備情報
非対称情報 → 別のモデル
不完備契約
プレイヤー間では完備情報
裁判所に対して情報を立証できない
不完備契約
取引費用1
履行すべき義務や付随する条件を、裁判所が認定す るほど正確に記述することは非常にコストがかかる
取引費用2
不確実性が存在する場合、確率的に発生するすべて に字章を認知してそれぞれに条件づけられた契約を 作成しなければ、完備契約にならない
不測の事態が存在すれば不完備契約となる
2 囚人のジレンマとジョイント・ベン チャー
ジョイント・ベンチャー
複数の企業が共同事業を行うために、出資し合い、
経営に参加する企業体
成功すればシナジー効果(相乗効果)
成功している例は尐ない
パートナーが約束に反して協力しないというリスクが ある
不完備契約の状況がしばしば発生
機会主義的行動と囚人のジレンマ状況
A / B 非開示 開示
非開示 0, 0 6, -4
Ua -Cb
開示 -4, 6
-Ca Ub
4, 4
S/2+Ua-Ca S/2+Ub-Cb
機会主義的行動:自分の利益のために約束を破ること
→ 協力できない
ノウハウの共同開示 → シナジー効果(S) S=4
開示したノウハウの学習による利益 (U
a, U
b)
ノウハウ開示による競争力の低下 → コスト (C
a,C
b)
シナジーの利益 4 (各企業 2 ずつ)
学習の利益 6 コスト 4
囚人のジレンマ状況
シナジーの利益より開示コストの方が大きい
開示・非開示の有無を裁判所に対して証明できな
い
シナジーの利益を大きくする
A / B 非開示 開示
非開示 0, 0 6, -4
開示 -4, 6 7, 7
シナジーの利益が十分に大きいケース シナジーの利益 10 (各企業は5ずつ)
ナッシュ均衡: (開示、開示)、(非開示、非開示) 法律家の仕事=パレート優位なナッシュ均衡の 提示
S=10
持分割合を変えてみる
A / B 非開示 開示
非開示 0, 0 6, -6
開示 -4, 4 7, 3
各企業の学習利益、開示コストが異なるケース 企業Aの学習利益 6 企業Bの開示コスト 6 企業Bの学習利益 4 企業Aの開示コスト 4 ナッシュ均衡: (非開示、非開示)
持分割合を変えてみる
A / B 非開示 開示
非開示 0, 0 6, -6
開示 -4, 4 6, 4
持分割合:企業A 40% 企業B 60% のケース シナジーの利益 10 (企業A 4、 企業B 6) ナッシュ均衡: (開示、開示)、(非開示、非開示) (開示、開示)が実現しやすい
評判の機能
A / B 非開示 開示
非開示 -5, -5 1, -4
開示 -4, 1 4, 4
社会的評判が存在するケース 信用失墜のコスト 各企業に5
約束を守らなかったことによる信用失墜 ナッシュ均衡: (開示、開示)
シナジーの利益を大きくする
A / B 非開示 開示
非開示 0, 0 6, -4
開示 -4, 6 7, 7
シナジーの利益が十分に大きいケース シナジーの利益 10 (各企業は5ずつ)
ナッシュ均衡: (開示、開示)、(非開示、非開示) 法律家の仕事=パレート優位なナッシュ均衡の 提示
よりよいビジネス・プランニングのために
不完備契約の状況
→ 契約当事者のインセンティブが重要 どのような要因に左右されるか
( 再 ) 交渉・権利配分
評判効果
相互利益に導くインセンティブの与え方
→ 新しいビジネス・プランニング
第2章 コースの定理とその意義 1 コースの定理
コースの定理が成立する状況
どのように法制度を設計するかは経済の効率性には まったく影響しない
法制度の経済学的意義を考察するためには、
コースの定理が成立しない状況を想起しなけれ ばならない
取引費用が存在するケース
不法行為と損害賠償の意義
損害賠償義務が発生する状況では、コースの定 理が適用可能
Aの牧場の牛がBの芝生を食べた → 不法行為 → AはBに損害賠償責任(たとえば、5万円支払う)
餌代が5万円以下なら、5万円の賠償を払うより餌代(
たとえば、3万円)を払った方がいい
餌代が5万円以上(たとえば、8万円)なら、損害賠償 を払っても得
餌代・芝生修復代の比較で社会全体の費用は最小
損害賠償義務がなければ非効率(餌代が3万円でも 餌代を節約するので、社会全体で2万円の損失)
コースによる反駁--所有権ルール
損害賠償義務ではなく所有権が確定すれば資 源配分は効率的になる
この命題は所有権の配分方法には依存しない
AにBの芝生を利用・消費する権利が与えられた
Bは、修復代が餌代より高ければ、Aに餌代を払って やめさせるし、逆なら牛に芝生を食べさせ、自分で修 復する
Bは費用の安い方を選ぶので効率的
所有権の確定と契約の自由が保護されていれ ば、損害賠償は必ずしも必要ない
差止請求・受忍義務
取引費用の重要性
コースの定理の含意
不法行為に対する救済手段の選択基準を与えた
取引費用の大小(取引費用の節約)
飛行機の騒音など損害が不特定多数に広がる場合
→ 住民と航空会社の示談は取引費用が高い
→ 国が損害賠償基準を決めておけば、紛争に伴う取 引費用は節約できる
交通事故では損害賠償が唯一の救済策
分配の公平性への配慮
実際の法実践
紛争当事者間の分配の公平性が重要
騒音に苦しむ住民と航空会社との間で紛争が起こっ た場合、住民の環境権が会社の空港利用権を制約 する
大富豪が経営する豪華リゾート施設の価値が周辺ス ラム街の存在で低下しても受忍義務、環境改善のた めの費用負担が生じても自然
具体的な所有権分配については、司法が公平性の基 準に基づく判断を行っても構わない(定理の含意)
権利関係の明確化
コースの定理のメッセージ
権利の内容の明確化が、資源配分の効率化の重要 なポイント
長期継続契約の場合、方が保証する権利の内容が 曖昧かつ一般的で、紛争の帰結が不確定
→ 権利関係を明確にしないことで紛争時の司法的事 後救済の余地を広くとる
→ 取引費用とトレードオフの関係
権利関係が不明確であると、契約当事者にとって将 来のリスク要因となり取引費用を高める(交渉不可)
2 コースの定理と契約法 契約法の 3 つの課題
契約(約束)が履行されないときに問題発生
履行しなかった者が、契約自体が成立していないと主 張する場合
合意の内容に争いが生じる場合 → 裁判所は契約 の解釈をしなければならない
どちらかが契約を守らない場合 → 救済の申し立て
コースの定理が成立する状況
上の2つは生じないし、3つ目も問題とならない
取引費用がなければ不履行の罰則規定を書けばよい
コースの定理の前提が欠けたとき の対処
3 つの問題は前提が欠けたときの対処の問題
当事者間の契約が完全であれば、履行の強制力が あればよい
契約法が複雑になる理由
契約は不可避的に不完備なものになる
不測の事態の発生
→ 何らかの法的対処が必要になる
将来生じうるすべての事象を予測して契約を結ぶこと は不可能、立証不能な情報の存在
契約の成立有無の判断
契約は当事者が合意したときに成立
どちらかが合意したとはいえないとき成立を否定
当事者の能力に問題がある場合(未成年など)
合意が自由な意思の合致とはいえない場合(脅迫、
詐欺など)
契約法はコースの定理に合致しない契約すべて を否定するわけではない
コース:契約に伴う取引費用を節減するように法制度 を設計せよ
合意した契約だけが法的に保護されるわけではない
契約内容の解釈
契約内容の解釈に争いが生じた場合
契約の文言と契約締結に至る事情を勘案してどのよ うな合意をしたかを推測する
それでも合意内容が明らかでない場合は、国が用意 した標準契約書式としての任意法規に基づいて契約 内容が確定される
商取引の場合、商慣習が参照されることもある
経済合理的な当事者ならばどのように合意したかを 基準に契約内容を補う
契約不履行に対する救済方法
契約不履行の被害者 = 債権者、加害者 = 債務者
債権者を救済する方法
特定履行(約束どおりの履行を強制)か、損害賠償か
損害賠償の算定
履行利益の賠償(履行されていれば置かれたであろう立場)
信頼利益の賠償(契約締結がなければ置かれた立場)
例:債務者Aは100万円のコストで生産した製品を債 権者Bに120万円で売却する契約を交わして、すでに 代金を受け取っている。Bの評価は130万円。150万 円で購入したいCが現れたので、AはCに売却。
3 つの救済方法
特定履行:
契約放棄は認められない
AはBに製品を引き渡す義務がある
履行利益に基づく損害賠償:
Aに130万円の賠償を払って契約を破棄し、Cに売却
信頼利益に基づく賠償:
Aに120万円返還して、Cに売却
なぜ、履行利益の賠償か
古典的議論
特定履行はパレート非効率:150万円以上の評価のC ではなく、130万円のBに製品が渡るから
履行利益に基づく損害賠償:債権者より高い評価の第 3者が現れたときのみ契約は放棄される
信頼利益に基づく損害賠償:128万円の評価のCがA に125万円での購入を申し入れても契約は破棄される
→ パレート非効率
履行利益の賠償を原則として「契約を破る自由」を認め るのが最も効率的な救済方法
古典的議論の欠陥
契約や転売に取引費用が存在しなければ、特定履行 でも、信頼利益の賠償でも効率的になる
特定履行で製品を引き渡されたBは130万円以上でC に転売できる
取引費用が無視できれば、どのルールでもパレート 効率的
取引費用を最も節約できる救済方法は?
特定履行や信頼利益に基づく賠償では、評価の最も 高い人に財が渡るとしても、何度か転売が必要
→ 履行利益に基づく賠償より取引費用が高い
BよりAの方がニーズを把握しやすい立場にある
契約と不法行為の境界
コースの特徴
不法行為の文脈でも、契約概念を用いた問題解消が 可能であることを指摘(工場の煤煙など)
工場の大気汚染:加害者と被害者の間で事前の交渉 が可能
交通事故では、事故が起こる前に交渉のテーブルに 着くことは不可能(取引費用は無限大)
↓↓
不法行為と契約の境界は取引費用の大小で決まるこ とを指摘