不均衡理論のミクロ的基礎
著者
児玉 俊介
著者別名
Kodama Shunsuke
雑誌名
経済論集
巻
12
号
2
ページ
p109-122
発行年
1987-01
URL
http://id.nii.ac.jp/1060/00005472/
Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/3.0/deed.ja東洋大学「経済論集J
1
2
巻2
号1
9
8
7
年1
月不均衡理論のミクロ的基礎
児 玉 俊 介
1.序
6
0
年代後半に,Clower
(19
6
5
)
,P
a
t
i
n
k
i
n
(19
6
5
)
,Barro=Grossman
(19
7
1)等は,Keynes
(1
9
3
6
)
の経済学は「不均衡」を対象とする経済学である,と主張した。古典派経済学の均衡すな わち完全雇用均衡に比して,Keynes
の不完全雇用均衡は,利用されざる資源すなわち非自発的失 業が存在するとし寸意味で,不均衡とみなしうるとL
た。特にClower
は,Keynes
の消費関数の アイデアから,不均衡下の経済主体は均衡下とは異なる行動を執るとし寸仮説,いわゆる「二重決 定仮説」を提唱した。しかし彼らの分析はマグロ経済学として展開されており, ミグロ経済学の観 点からは厳密性に欠けてし、た。それゆえマグロ経済学とミグロ経済学の論理的一貫性を考慮、すれば, 満足な分析ではなかった。7
0
年代に入り,B
e
n
a
s
s
y
(19
7
5
,1
9
7
6
)
D
r
e
z
e
(
1
9
7
5
)
,Grandmont=Laroque
(19
7
6
)
,Hahn
(19
7
8
)
,根岸(
1
9
7
4
,1
9
7
6
)
等は,Clower
等のマグロ不均衡理論をミクロ経済学的に定式化しよ うとする試み, iマグロ経済学のミクロ的基礎付け」を展開した。彼らは, 個人の合理的選択行動 に基づレて不完全雇用均衡の存在を示し, ミクロ経済学に不均衡分析という新たな領域を切り拓い たので、ある。 しかしDrazen
(19
8
0
)
,Weintraub
(19
7
9
)
も指摘するように,B
e
n
a
s
s
y
等の分析は真に不均 衡分析とよびうるのであろうか。彼らによれば,B
e
n
a
s
s
y
等の分析は本質的にワルラス的な均衡 分析の枠組に止まっており,必ずしも不均衡下の経済を把えていない,と言うのである。それでは 不均衡下の経済とは何か,また不均衡分析はし、かにあるべきなのか。Drazen
,Weintraub
は満 足な答えを与えていない。 本論では2
節において, ミクロ不均衡分析の古典とも言うべきArrow
(19
5
9
)
の論文に従っ ー-109
一
一
一
て,不均衡下の経済の特徴を概括する。次に代表的なミクロ不均衡分析として, 3節で固定価格法 を.4節で不完全競争均衡としての不均衡分析を.5節で推測均衡分析を概観する。そして Arrow の指摘と対照しつつ,個々の分析の問題点を検討する。 6節では,各節で検討した結果を総括し, Arrowの指摘は必ずしも全てを満たしえないこと,不均衡分析として考察さるべき点は他にある ことを論ずる。 なお以下の論述のために,若干の用語の意味を確認しておこう。 不均衡分析は不均衡下の経済を考察の対象としているが,不完全雇用均衡とL、う用語からも明ら かなように,具体的な分析では何らかの均衡概念を用いでし、る。従ってそれらの均衡をも均衡とし て捉えれば,不均衡とは何を指すのかという疑問が生ずる。そこで本論では.Clowerのいう「観 念的需要Jnotional demandのタームで需給の一致する状態を, i均衡」すなわち完全雇用均衡 として捉え,またその提唱者 Walrasに因んで「ワルラス的均衡」とも呼ぶ。他方,観念的需要 では需給は一致しないが,他のターム,例え(ま Clowerの「有効需要Jeffective demandでは 需給が一致する状態を, i不均衡」あるいは「非ワルラス的均衡」と呼ぶ。それゆえ不均衡と言う 場合,ワルラス的均衡への調整過程上の一点だけを考察しているのではなく,調整終了時にワルラ ス的均衡と一致しなレ状態をも考慮している。なお「観念的需要」とは,経済主体が予算制約だけ を考慮して,すなわち価格だけをパラメータとして,効用極大化を計る際に市場に表明する取引を 指す。また「有効需要」とは,観念的需要を制約された経済主体が.改めて効用極大化を計る際に 表明する取引を指している。
2
.
完 全 競 争 経 済 の 不 均 衡 Arrow (1959)は,完全競争経済の価格調整過程として Walrasの模索過程は非現実的で、あり, より現実的な調整過程を構築するためには,不均衡下の現象を明確に把握すべきである,と論じた。 彼によれば,ワルラス的な完全競争経済は,均衡においてのみ成立可能な特殊な経済であり,完 全競争経済のモデルとしては一般性を持たなし、。それゆえ完全競争経済の特徴とされる以下の諸点 は,不均衡では成立しないとする。 (1) せり人 auctioneerの存在。 (2) price-takerとしての経済主体。 (3) 価格調整を通じての完全情報。 そして不均衡では,次のような現象が生ずるであろうと指摘する。第1に,経済主体は,完全に 弾力的な主観的需要(供給〉曲線に直面しなし、から, price-makerとして行動しなければならな レ。第2に,完全情報が成立していなし、から,市場は様々な不確実性に満ちている。特に主観的需一
一
一
110一
一
一
不均衡理論のさクロ的基礎 要(供給〉曲線に関する不確実性,すなわち取引の不確実性は重要となる。第3に,各経済主体は, price-makerであるからといって,市場価格を設定できる程の価格支配力を持たない。それゆえ 同質的な財であっても, i一物一価の法則JJevons Indifference Lawは満たされなし、。ただし 均衡では一物一価は成立していなければならないっ Arrowの論文は直接的には安定分析の改良を意図していたが1),その後の不均衡分析,特にミ クロ不均衡分析に強レ影響を与え,不均衡下の経済を論ずる際の基本的文献となっている。それゆ え本論の以下では, Arrowの指摘と対照しつつミクロ不均衡分析を展望する。 3. 固 定 価 格 法
ミクロ不均衡分析の鳴矢として, Hicks (1965)の「固定価格法JFixed Price Methodに依 拠した, Dreze (1975), Benassy (1975)の分析を,挙げうる。彼らの分析は, Clower, Patinkin,
Barro=Grossman等による先駆的分析の, ミクロ的基礎付けと一般化を目指していた。 Dreze (1975)の分析を,エッジワースボックスダイアグラムを用いて説明しよう。図1において, 何らかの理由で,価格がワ/ルレラス的均衡価格
pw
以外の価格P
ででト固定されたとしよう。市場には超 過需要(
ω
z
仇hαal-Xぬb1)と超過供給〈ω
Xaι-一恥〉カが:生じ,経済主体αは数量制約 (ba2,s心=(x陥 Xb1) 以上 の取引は不可能となる。経済主体αは,認識した数量制約を通常の予算制約に加えて,効用極大化 を達成する。この極大解としての取引を「有効需要」ゑとよぶ。他方, i実行取引Jactual tradeι
とは,市場に表明された全ての経済主体の有効需要に基づいて,需給を一致させるように各経 図 1 第1財 b 国 経済主体α 経済主体b 第ZHt e :初期斌存量 UL:経済主体α の無差別曲線 UL:経済主体 b の無差別曲線 1) 安定分析への影響は.Hahn=根岸(1962Jお よ びFisher0976. 1983Jなどの,いわゆる非模索過程分析に見られ Q。 一一一111一一一済主体に割り当てられる取引を指す。なおこの割り当て方法を“rationingscheme"と呼ぶ。以 上の数量調整の結果として均衡(王a,:rb)が成立するが,これは明らかにワルラス的均衡点 W Eと は異っており,観念的需要のタームでは不均衡である。 ところで Drezeの分析では,経済主体は客観的な数量制約をせり人から与えられている。また 有効需要を決定する際に,数量制約を全ての財に関して同時に考慮している。それゆえ制約された 取引を改善しようとする,経済主体の当然の行動を認めていなし、。 Benassy (1975)は Drezeの分析の欠点を克服するために,以下のように想定した。 各経済主体は,各財市場を順次に訪れて有効需要を表明するが,取引しようとしている財に関し ては数量制約を無視し,その他の財に関しては数量制約に服して,有効需要を決定する。しかし数 量制約を越える有効需要の表明を各市場ごとに認めるならば,有効需要は経済主体の実行可能性を 満たすとは限らなし、。しかも有効需要のタームでの需給一致,すなわち市場全体の実行可能性をも 満たさないであろう。それゆえ Benassyの分析では, rationing schemeは Drezeの分析より
も重要性を帯びてくるoBenassyはrationingscheme は次の性質を満たすとした。 (1) 実現取引は市場全体で需給一致する。 (2) 各経済主体は所望の方向とは異なる取引,たとえば需要者であるのに供給者となるような取 引,を強いられなし、。また所望量以上の取引も強いられない。 (3) “short side" IこL、る経済主体は有効需要を常に実現する。ここで“shortside"とは,市場 に超過需要(供給〉があれば供給(需要〉側を指す。なお後出の“longside"とは需要(供給〉 側を指す。 さらに Benassyは,各経済主体は,数量制約をせり人から与えられるのではなく,他の経済 主体の有効需要から,次の性質を満たすように主観的に認識するとした。なお以下では Bena-ssy;fこ従って,主観的に認識された数量制約を「認識数量制約」と呼ぶ。 (1) long sideにある経済主体は,有効需要以上の取引が不可能であれば,実現取引を数量制約 として客観的に認識する。 (2) 有効需要を実現取引としているならば,同じ方向でより多く取引できる,たとえば需要側な らより多く需要できる,と主観的に認識する。 (3) short sideにある経済主体は,実現取引より多い取引が可能であると主観的に認識する。 Benassyの分析における経済主体の行動を順序だてて述べてみよう。経済主体は, まず認識数 量制約に基づいて有効需要宏3を表明する。表現した有効需要に応じて, rationing schemeによ り実現取引を割り当てられる。同時に実現取引と他の経済主体の有効需要より,数量制約を認識し 直す。修正された認識数量制約に基づいて,改めて有効需要ゑを表明する。以上の数量調整過程 でゑ=茸。となる有効需要の集合を,iK-均衡」と定義する。固定された価格がワルラス的均衡価 一一一112一一一
不均衡理論のミクロ的基礎 格でない限り,K-均衡は非ワルラス的均衡である。
しかし DrezeおよびBenassyの分析は, Arrowの指摘と対照した場合,不均衡分析として は不充分であると言わざるを得ない。 第1に, rationing schemeを通じての数量調整は,せり人による模索過程により行なわれねば ならなし、。なぜ、なら有効需要から実現取引を各経済主体に割り当てることは,経済内の主体では不 可能であり,ワルラス的完全競争経済と同様にせり人を必要とするからである。 第2に, price-takerとして経済主体を捉えているために,不均衡の存在は固定価格という前 提にのみ依拠している。 Benassy(1978)は,もし価格が通常の「需要と供給の法則」めに従って 伸縮的に動くとすれば,経済主体が何らかの独占力を持つ場合を除いて,K -均衡はワルラス的均 衡に収束すると述べている。それゆえ price-takerとして経済主体を捉えれば,外生的に価格を 止めるために不均衡は生じると言いうる。外生的な価格硬直性とし寸想定は怒意的であり,なぜ、価 格は市場を清算するようには動かないのか,と考えざるを得なし、。数量は価格よりも無限に速く反 応するからである,と Benassyは説明するが,これはむしろ,ではなぜそうなのか,という新た な疑問を生むに過ぎなし、。 従って価格と数量の同時的調整を検討できる,せり人を必要としないモテ'ルを構築し,価格硬直 性の内生的な理由を考察しなくてはならなし、。 なお Benassyの分析では,経済主体は認識数量制約の侵犯を認められている。もし rationing schemeを有効需要の増加関数とすれば,全ての経済主体が侵犯して,均衡は存在しない可能性も 生ずる。この可能性を排除するためには,経済主体が認識数量制約を無費用では侵犯できないよう にする必要がある。もし価格と数量の同時的調整を扱えれば,価格タームで費用を課すことが可能 となる。 3)
4
.
不 完 全 競 争 理 論 と 不 均 衡 分 析 不完全競争理論ではせり人は必要とされず,経済主体が数量と同時に価格を決定する。それゆえ 価格硬直性を説明するために,非ワルラス的均衡を不完全競争均衡として捉えようとする分析が,Benassy (1976), Grandmont=Laroque (1976), Hart (1982)等により行なわれている。以下で は代表的な BenassyとHartの分析を紹介しよう。
Hart (1982)は,労働市場では労働組合が生産物市場では企業が独占力を持つ,独占的競争市 場を想定する。各産業には多数の同ーな技術を持つ企業があり,各企業は産業の需要曲線を知って
2)超過需要(供給〉があれば価格は上昇(低下〉する。
3)数量制約の無費用の侵犯は.rationing schemeの修正に:よっても排除可i能 で あ るoBenassy 0977J. Svensson
いるとしよう。また相互に他企業の行動を所与として,価格を決定しうるとする。以上の仮定によ り各企業の生産量は等しくなるから,代表的企業の主体的均衡は独占的企業のそれと同一視しうる。 周知のように,独占的企業の均衡生産量はワルラス的均衡,すなわち完全競争均衡でのそれより小 である。労働市場についても同様の結果を得られるから,成立する市場均衡はケインズ的特徴を持 つ, とHartは主張する。 しかし Hartの分析は不均衡分析とはみなし難い。 Lange(1944)によれば,各企業が客観的 需要曲線を知悉しているとした場合,定義上,需給量の不一致l心、かなる場合にも生じえなし、。そ れゆえ経済主体の所望する取引は常に満たされており,経済主体が不均衡下にあることを認識する とは考えられなし、。あるいは生産量が企業の利潤極大点tこない場合を不均衡とも定義できょうが, 客観的需要曲線を知悉している場合には,企業は直ちに最適点に到達してしまう。従って Hartを 初めとして,客観的需要曲線を前提とした分析は,不均衡分析としては容認しえなし、。 Benassy (1976)は,内生的に価格が決定されないという固定価格法の欠陥を克服するために, 固定価格法と根岸(1961)の独占的競争の一般均衡分析の統合を図った。以下, Benassyの分析 を略述しよう。 各財について価格を設定する企業が,一社のみ存在するとしよう。他企業も当該財を売買可能で あるが,価格を設定しうるのは当該企業のみである。また各企業が価裕設定可能な財のリストは, 調整過程を通じて変更されなし、。さてt期において3節の K一均衡が既に成立しているとする。企 業は,各財に対する (t+1)期の認識数量制約を予測して,価格を設定する。このとき認識数量制 約は,客観的需要関数ではなく, i認識需要曲線Jすなわち主観的需要曲線により与えられる。主 観的需要曲線は,企業の市場の観察を所与とした時に,期待販売可能量の極大値を価格の関数とし て与える。企業にとり最適な価格とは,価格設定可能な財については認識需要曲線,他の財につい ては認識数量制約,および生産関数の制約下での利潤極大解である。独占的競争均衡への調整過程 は次のようである。価格Pの下で1{-均衡が成立していたとする。各企業は認識数量制約,認識 需要曲線および他財の価格を知り,新たな価格P*を設定する。 P*の下で新たな1{-均衡が成立 する。 L、かなる企業も価格を変更しようとはしないK -均衡として,独占的競争均衡は成立する。 Benassyの分析は,経済主体が不均衡すなわち数量制約を認識しつつ自ら価格を設定している 点で, Hartの分析よりは不均衡分析として望ましし、。また価格硬直性を内生的に説明することに より,固定価格法の欠陥を一応は解決したと言えよう。しかし数量と価格の同時的調整が,行なわ れているとは言い難し、。なぜならK 均衡を成立させる数量調整は期間内 intra-periodに行なわ れ,企業による価格調整は期間間 inter-periodに,すなわち時間外に行なわれており,むしろ異 時的調整だからである。しかも Arrowの指摘と対照した場合,不均衡分析として必ずしも満足な ものではなし、。それは独占的競争均衡を成立させるために,せり人を必要とするからである。企業 一-114一 一
不均衡理論のミクロ的基礎 は,最適価格を設定しようとすれば,実現取引と有効需要より認識数量制約を導出せねばならなし、。
3
m
i
で述べたように,実現取引はせり人による割り当てによりもたらされた。それゆえ不完全競争 経済の分析とはいえ,せり人を五、要とせざるを得ないのである。5
.
推 測 均 衡 分 析 Hahn (1978)および根岸(1974,1976) は, Arrowの指摘に依拠して,屈折需要曲線理論を 援用した分析を展開した。そして,なぜ価格が市場を清算するようには動かないのか,また価格の 伸縮性を認めてもなお非ワルラス的均衡は成立するか,を検討した。以下彼らの叙述に準拠してモ デルを紹介しよう。 Drezeのモテ、ノレに従えば,不均衡価格 P が成立している時に,経済主体は数量制約 (b,s)を 与えられる。しかし価格の伶縮性を認めると,固定価格下とは異なり,需給の采離に応じて価格は 変化するに違いなし、。それゆえ経済主体は,与えられた数量制約と価格に基づいて,自己の所望す る取ヲ!
x
を市場に表現したときに,成立するであろう市場価格を推測することとなる。但しあくま で推測するだけであり,実際には動かしえないとする。数量制約と現行の市場価格,および推測さ れた価格の関係を「推測関数」とよび,C(P
, x-s, x-b) として表わす。なお推測関数は次の性 質を満たすと仮定されている。 (1) 所望の取引が数量制約内に止まるならば,市場価格は不変である。 (2) 所望の取引が数量制約を越えれば,価格は経済主体にとり不利な方向に変化する。すなわち 購入Lf-:¥'、財の価格は上昇し,販売したし、財の価格は低下する。 (3) 推算予算制約集合は凸である。 経済主体が価格の変化を推測するならば,模索過程下の不均衡とは異った清況が生ずる。例えば 図2では,経済主体αは,模索過程下では実行可能な Xaを実行不可能と推測している。それゆえ 経済主体は,推測した価格で、評価した予算制約,i推測予算制約」の下で効用極大化を計らねばなら ない。推測予算制約下に選択された取引説を「推測取引」と呼ぶ。市場で推測取引のタームで需 給が一致し,全ての経済主体が向じ価格を推測している,数量制約,価格および推測取引の組み合 わせを「推測均衡」と定める。図 2 では X,~= みを満たす点 CE が推測均衡であり, 明らかにワ ノレラス的均衡点 W E とは異なる。従って,数量制約を越える取引について各経済主体が悲観的に 推測するために,価格は市場を清算するようには動かず,非ワノレラス的均衡が成立すると言っても よいであろう。(なお点 CEでは,経済主体bは〈∞,一∞〉という数量制約を被っていると考え ればよい。〉 ただし推測関数に関する諸仮定は,非ワルラス的推測均衡を得るためには不可欠であるが,必ず 一一一115一一一図2 第
1M
haz 経済主体a 経済主体bW
d
I
:糊仔算制約 集 合 第21な しも一般的な妥当性を持たなし、。例えば,強気の経済主体は,自己の数量制約を越えた取引以上に 他の経済主体の取引は減少し,総超過需要が減少して価格は自己に有利に変化する, と推測するか もしれなし、。あるいは不況下の雇用者は,所望の労働者は確保でき,なおかつ賃金も低下する,と 当然のように推測するかもしれなし、。それゆえ推測関数の性質については, より一層の検討を必要 とする。 4) さて上述では,各経済主体の推測は怒意的であり,与えられた情報に対して正しく推測している か否か,は全く問われてL、なし、。では各経済主体が「正しく」あるし、は「合理的」に推測している 場合にも,非ワルラス的均衡が成立するだろうか。もし成立しないとすれば,非ワルラス的均衡は 各経済主体が非合理的に推測していることに因る,と主張しうるo Hahnは以上の論点について,次のような「合理性」に基づいて検討を加えた。経済主体 αだけ が飽の経済主体の推測取引関数を正確に知っている場合に,数量制約と予算告Ij約を満たしている取 引の集合で,推測均衡となる可能性を持った集会 CEaを考えよう。図3では,CE,は経済主体b のオファーカーブ上で,初期資産点Eとワルラス的均衡点 W Eを結ぶ直線より上半部である。な ぜなら,経済主体 αが経済主体 bの行動を知っていれば,経済主体 Gは経済主体 bのオファー カーブに沿った耳元引を行なおうとするからである。次に経済主体αは CE,上で効用極大化を計る としよう。図3では,経済主体 bのオファーカーブと経済主体 αの無差別曲線の接点、が効用を極 大化している。経済主体 αが「合理的」に推測しているとは,与えられた価格と数量制約に基づ いて,CEa上での効用極大点を選択している状態としよう。換言すれば Hahnの意味で合理的に 推測しているとは,あたかも他の全ての経済主体の行動を知っているかのようにして行動できる状 4) 根岸(1982Jは,推測の非対称性は,総超過需要に応じた売手と貿手の力関係により生ずる,と述べている。しかしこ れは,推測された価格の数量制約外の可変性は説明できても,数量帝u約内の不変性は説明できない。 一一一 116一一一おl.llt 経済主体日 不均衡理論のミクロ的基礎 図3 b虚 経済主体b P 第2財 ー一一ー:CEa
-ーーー :
CEb 態, と言えよう。なおこの定義においては,他の経済主体の行動を具体的に知っている必要は無く, 与えられた情報から正しく推測していればよし、。「合理的推測均衡Jは, 全ての経済主体が合理的 に推測している場合に成立する推測均衡, として定義される。 ところが図3から明らかなように,経済主体 αと経済主体 bの両者が合理的に推測しておりなお かつ需給が一致するような点はありえなし、から,合理的推測均衡は必ずしも存在しなし、。そこで Hahn C1977a, 1977bJ は,経済主体の推測しうる範囲を現行の推測均衡の近傍に限定すれば, 合 理的推測均衡は非ワルラス的均衡として成立する,と主張した。すなわち経済主体が市場のごく限 られた範囲しか認識しえず,合理的に推測したとしても,市場全体を認識しうる場合に比して正し い判断を下しえない可能性を示した。ただしこの主張は,本来の合理的推測均衡,すなわち経済主 体の近視眼的でない合理的行動の帰結,については何も解決していなし、。 Hahnの結果に対し拙稿(1984Jでは,経済主体の認識範囲が大域的な場合について,以下のよ うな一応の解答を得た。経済主体数は多数だが有限の場合には,少なくともワルラス的均衡として 合理的推測均衡は存在する。ゆえにワルラス的均衡以外の合理的推測均衡の存在は,経済主体数が 有限な場合には,不確かであるから,非ワルラス的均衡としての合理的推測均衡は存在しない,と 言うことが許されよう。他方,経済主体数が無限である極限的状況では,合理的推測均衡はワルラ ス的均衡と一致するから,経済主体が不合理に推測している場合にのみ,非ワルラス的均衡は存在 すると言いうる。それゆえ非ワルラス的均衡は経済主体の不合理な行動に基づいており,合理的行 動はワノレラス的均衡を成立させると言える。 しかしこの結論を直ちに一般化することはできなし、。 Hahnの意味での合理的行動は,各経済主 体に独占力を与え,必ずしも市場均衡をもたらさなし、。従ってワルラス的均衡は,合理的行動によ り成立するとは言レ難く,むしろ経済主体数の増加に基づく各経済主体の独占力の喪失により成立すると言うべきである。なおここでの独力の喪失は,入手した情報に基づく合理的意志決定の結果 ではなし、。それゆえ各経済主体が独占力の行使を放棄し,ワルラス的均衡が成立するとし、う結論も 導き難し、。すなわち Hahnの意味での合理的行動は,完全競争経済での合理的行動を意味しなし、。 従って不均衡下の経済主体の行動を情報面から再定式化し,合理的行動とワルラス的均衡はどのよ うに関係するか,を改めて問う必要がある。 ところで本論では,各経済主体は価格と数量制約を与えられるとして論述を展開してきた。する とモデルは基本的に Drezeのそれに準拠しているから,数量制約はせりAiJ、ら与えられねばなら ない。また経済主体は実際には価格を動かしえないとしたから,価格もせり人により変更されねば ならなし、。 この想定に対し Hahn自身は,経済主体の所望する取引が数量制約内に止まる場合には price takerとして,数量制約を越える場合には price-makerとして経済主体は行動する,と想定し ている。すなわち経済主体は自ら価格を変更しうるのである5)0Hahnのように想定しでも,推測 均衡だけに注目するならば,各経済主体は price-takerとなっているから,特に困難は生じなし、。 しかし推測均衡への調整過程を検討すると,次の問題点を指摘しうるO 第1に,推測均衡では一物 一価は成立してレるが, それはどのような経緯で成立するのであろうか。各経済主体が price -makerである時に,常に一意の価格が成立していればよいが, Arrowも指摘しているように, 一般に成立しているとは考えられなし、。また従来の推測均衡分析からも,成立しているとしづ保障 は得られない。第2に,推測均衡では各経済主体は price-takerとなってレるが, price-maker から price-takerへいかなる経緯で変化するのか, も明らかでなし、。 Hahnの想定に対し,根岸は,経済主体を price-makerとしてのみ捉えている。根岸の想定 に従えば,推測均衡分析はし、わゆる屈折需要曲線理論になる。すなわち寡占者は,屈折点までは他 の経済主体の反応を不変とし,それ以上では可変として捉えるのである。しかし根岸の想定に対し ては,各経済主体は屈折点に対応する取引量をいかに認識するのか, とし、う疑問が生ずる。 従って以上の問題点が解消されない限りは,本論のように,経済主体は価格を実際には変更しな い,と想定せざるを得なし、。それゆえArrowの指摘に従えば,せり人を必要とする点で,推測均 衡分析も不均衡分析としては不十分である。また数量制約についても, Drezeのように外生的に 与えるのは好ましくなし、。数量調整に関してぜり人を必要とする点も好ましくないが,市場のマグ ロ的経済事象より不均衡の程度を把握する,という経済主体の行動を無視してしまうことにもなる からである。むしろ Benassyのように主観的な認識数量制約として把える必要があろう。 5)伊藤.(1985J, 皆JII0983Jも,経済主体が価絡を動かしうると述べている。 一一一118-一一
不均衡理論のミクロ的基礎
6
.
ワノレラス的均衡と非ワルラス的均衡 完全競争経済の不均衡に関する Arrowの指摘は, ミクロ不均衡分析に強い影響を与えた。にも かかわらず本論で紹介した諸分析は, Arrowの指摘を必ずしも満たしていなかった。特に何れの 分析においてもせり人の存在は不可欠であった。 せり人は,元来, price-takerとして経済主体が行動するワルラス的な完全競争経済において, 模索過程を実行するために案出された仮設的な経済主体で、あった。それゆえ Arrowを初めとして Leijonhufvud (1968),中込(1983)等は,せり人は不均衡分析とは相容れないとする。彼らの見 解に立てば,従来の不均衡分析は,せり人を必要とする点でワルラス的な均衡分析の枠組に止まっ ており,不均衡分析としては不徹底であると言えよう。だが4節で指摘したように,経済主体が自 ら価格を設定するとしても,各経済主体に数量制約を認識させる,すなわち取引の非実現性を認識 させるためには,せり人を必要とする。なぜなら数量調整はせり人がなさざるを得なし、からである。 また推測均衡分析においては,せり人を想定しなければ,一物一価の成立も保証されなL、。それゆ え Leijonhufvud のように具体的な偶人としてではなく, あくまで市場組織を象徴する仮設的経 済主体としてせり人を捉え,その存在を認めざるを得なし、。 見方を変えれば,上述は,現状では Arrowの指摘は全てを実現しえないことを示している,と 考えられる。それゆえ不均衡下の経済の特徴を取捨選択して,分析を進めなければならないであろ う。なお取捨選択の基準は,何を分析目標とするかにより異なるであろう。むしろ不均衡分析にと り重要な点は,ワルラス的均衡と非ワルラス的均衡との関係を明らかにすることである。なぜなら 従来の分析では,両者の関係を不明なままに分析を進めている場合が多L、からである。 固定価格法は,両者の関係については貯決であった。価格が固定されているために,不均衡は生 じているのであり,価格を伸縮的に変化させればワルラス的均衡は成立する。経済主体はあくまで price-takerであるから,不均衡から均衡への移行過程tこおいて,市場構造は不連続に変化しな L。、 では不完全競争均衡を不均衡として捉えるならば,均衡である完全競争均衡へtまし、かにして到達 するのであろうか。特に経済主体は, price-makerから price-takerへいかに移行するのか。 経済主体数の増加による各経済主体の独占力の喪失により達成される, とし、う教科書的説明は,不 均衡分析として考えれば,均衡への調整過程で経済主体数を変化させるという点で奇妙である。あ るいは不確実性の解消により,経済主体の独占力は消滅するとも考えられるが,不確実性と独占力 の関係については,未だ確立された分析は行なわれていなし、。均衡と不均衡の関係は不明確なまま であり,むしろ不完全競争均衡を完全競争経済の不均衡として捉えることの困難さを示唆している。 一一一119一一一他方,推測均衡分析では,各経済主体は推測均衡において price-takerであるから,完全競争 均衡価格が成立しているとすれば, ワルラス的均衡は成立するであろう。しかし推測関数の特定の 仕方によっては,ワルラス的均衡であっても完全雇用均衡ではない場合も生ずる。のまた5節で述 べたように,ワルラス的均衡では合理的に推測している, とし、う結果も必ずしも得られていない。 さらに数量制約内では,なぜ price-takerとして行動するのか,についても明確には説明されて いなし、。それゆえ推測均衡分析においても,し、かなる理由でワルラス的均衡すなわち完全競争均衡 が成立するのか,については的確な解答を得ていないのである。 以上の論点と関連するが, price-makerとして経済主体を捉える場合に,一物一価はいかにし て成立するのかも明らかでない。例えぽ Arrowや Hahn等のように,同質的な財について複数 の経済主体が異った価格を付けているとしよう。一物一価が成立するためには,非ワノレラス的均衡 に近づくに従って,複数の価格が一価に収束するメカニズムを必要とする。しかしこの点について は,従来の不均衡分析ではほとんど検討されていなし、。他方, Benassy
ぞ
Hartの分析では, 独 占的競争経済という前提により,非ワルラス的均衡におし、て一物ー簡は成立している。しかるに独 占的競争経済を前提とするにせよ,不均衡すなわち独占的競争均衡より均衡すなわち完全競争均衡 へ到達する際に,各企業の独占力の喪失とし、う要因以外に,一物ー簡を成立させる要因を考恵せね ばならない。さもなくば,有限人から無限人へとし、う不連続な変化によってのみ,一物一個は成立 することになる。しかし独占力の喪失以外の要因を,明示的に考麗した分析は未だにない。この事 からも,不完全競争均衡を完全競争経済の不均衡と同一視するのは困難である。 従って今後のミクロ不均衡分析では,ワルラス的均衡と非ワルラス的均衡の関係,特にいかなる 理由でワルラス的均衡は成立するのか,を明示的に考慮しながら分析を進めねばならない。また不 完全競争均衡と不完全雇用均衡を同一視すべきではなかろう。従来の分析で、は両者を同一視したた めに,不均衡すなわち不完全競争均衡とした。しかし不完全競争経済においても,不均衡も完全雇 用均衡も成立する,と考えねばならなし、。それゆえ完全雇用均衡が成立したとしても,完全競争均 衡としてではなく,不完全競争均衡として捉えるべきであろう。いまひとつ重要な点は,完全競争 経済すなわち完全情報の成立ではなく, Arrowの言うように,完全情報は均衡においてのみ成立 するという点である。従って経済主体は,いかなる情報から不均衡を認識し,認識した情報に対し いかに反応するか,をさらに追求する必要がある。 参 考 文 献Akashi, S. and Kodama, S., (1982J,“On Existence of Conjectural Equilibrium in a Non-Walra-sian Economy With Many Agents". mimeo.
6)拙稿[1982コ参照。
不均衡理論のミクロ的基礎
明石茂生・児玉俊介, (1984), i合理的推測均衡についてJ,成城大学『経済研究』第85号。
Arrow, K. J.
パ
1959),“Towardsa Theory of Price Adjustment", inThe Allocation 01 Economic Resources, ed. by A. Abramovitz, Stanford University Press: Stanford.Barro, R.J.and Grossman, H. 1.,(1971),“A General Dise司uilibriumModel of Income and
Employ-ment", Review 01 Economic Studies, 39, 17-26.
Benassy, J.P., (1975),“Neo・KeynesianDisequilibrium in a Monetary Economy", Review 01 Econo
-mic Studies, 42, 502-523.
一 一一一, (1976),“The Disequilibrium Approach to Monopolistic Price Setting and General Monopolistic Equilibrium", Review 01 Economic Studies, 43, 69-81.
一 一 一 一 , (1977),“On Quantity Signals and the Foundations of Effective Demand;Theory", Scandinavian ]ounzal 01 Economics, 79, 147-168.
一一 , (1978), “A Neo-Keynesian Model of Price and Quantity Determination in Diseq -uilibrium", in Equilibrium al1d Disequilibl'ium in Economic Theory, ed. by G. Schwodiauer,
Reidel: Boston. Clower, R.
w
.
, (咋 ο1965),Theoγy 01 Interest Rates, ed. by F. H. Hahn丘ndF. Breching, Macmillan: London.
Drazen, A., (1980),“Recent Developments in Macroeconomic Disequilibrium Thory", Economet・
rica, 48, 283-306.
Dr色ze,J., (1975),“Existence of an Equilibrium under Price Rigidity and Quantity Rationing", International Economic Review, 16, 301-320.
Fisher, F. M., (吋 1印97祁6,)コ
Ar吋tisand A. R.Nobey,
“
(
ed白s.λ
)
, Essays iω
n Ecωonomi化cAnalかys幻t仇Cambridge,Cambridge University Press., (1983), Disequilibrium and Foundations 01 Equilibrium Economics;N. Y. : Camb-ridge University Press.
Grandmont, J.M. and Laroque, G., (1976),“On Keynesian Temporary Equilibria", Review 01 Economic Studies, 43, 53-67.
Green, J., (1980), "On the Theory of Effective Demand
ヘ
TheEconomic ]ournal, 90, 341-353. Hahn, F. H., (1977a),“Exercise in Conjectural Equilibria", Scandinavian ]ournal 01 Economics,79, 210-226.
ー ー ー , (197ib),“Unsatisfactory Equilibria
ぺ
IMSSTechnical Report, No. 247, StanfordUniversity.
一一, (1978),“On Non-Walrasian Equilibria", Review 01 Economic Studies, 45, 1-17. Hahn, F, H, and T. Negish,.i (1962),“A Theorem on Non-T企tonomentStability
ヘ
Econometrica,30, 463-469.
Hart, 0.0., (1982),“A :vIodel of Imperfect Competition with Keynesian Features", Quarterly ]ournal 01 Economics, XCVII, 109-138.
Hicks, J., (1965), Capital and Growth, The Clarendon Press: Oxford. 伊藤隆敏, (1985), W不均衡の経済分析~,東洋経済新報社。
Keynes, J.M., (1936), The General Theory 01 Employment Interest and Money, Harcourt Brace and Co.: N. Y.
Lange, 0., (1944), Price Flexibility and Employment, The Principia Press: Bloomington. Leijonhufvud, A., (1968), On Keynesian Economics and the Economics 01 Keynes, Oxford
ersity Press.
皆川正, (1983), W不均衡過程の経済理論~,意1J 文社。
中込正樹, (1985), W不均衡理論と経済政策1創文社。
Negishi, T., (1961],“Monopolistic Competition and General Equilibrium" Review of Economic Studies, 28, 196-201.
一一一一一一一, (1974),“Involuntary Unemployment and Market Imperfection", Economic Studies Quarterly, 25, 32-41.
, (1976),“Unemployment, Inflation and the Microfoundations of Macroeconomics", in Essays in Economic A河alysis,ed. by M. Artis and R. Nobey, Cambridge University Press:
Cambridge.
一一一一一一一, (1982), “Non-Walrasian Foundations of M昌croeconomics",mimeo.
Patinkin, D., (1965), Money, Interest and Prices, 2nd ed., Harper and Row: N. Y.
Svensson, L.,(1980),“Effective Demand and Stochastic Rationing", Reviezv of Economic Studies, 47, 339-355.