国内避難民に対する人道支援の枠組みに関する考察
-スーダン・ダルフール紛争下の国内避難民キャンプ社会を事例として-
A New Perspective on the Framework of Humanitarian Assistance for Internally Displaced Persons
-A Case Study of an Internally Displaced Persons’ Camp in the Darfur Conflict, Sudan-
早稲田大学大学院社会科学研究科 地球社会論専攻国際協力・平和構築論研究
堀江正伸
1990 年代初頭より、国内避難民の急増に伴い彼らへの人道支援をどのように行なうのか ということが国際社会の課題となった(国内避難民問題)。今日まで国内避難民に明確な定 義はないが、国連人権委員会(現人権理事会)は、「一般的に武力紛争、一般化した暴力の 状態、人権侵害もしくは自然もしくは人為的災害の影響の結果として、またはこれらの影響 を避けるため、自らの住居もしくは常居所地から逃れもしくは離れることを強いられたまた は余義なくされた者またはこれらの者の集団であって、国際的に承認された国境を越えてい ないものをいう」と表現している。これに対して一般的に国内避難民が類似しているとされ る難民は、「特定の社会的集団の構成であることまたは政治的意見を理由に迫害を受ける恐 れがあるため、国籍国外へ避難した者」を指す。つまり、同じような背景で移動を強いられ た者のうち、国境を越えて避難した者は難民となり、国内に留まる者は国内避難民となると いうのが一般的な理解である。
国内避難民の支援、保護に関する国際的取り組みは、人権という側面から行われてきた。
しかし、2010 年代に入り、その議論に閉塞感が否めない。そこで本論文は、これまであま り研究の対象となってこなかった実際の国内避難民社会に着目することにより、同分野での 研究に新しい視点を提供することを中心命題としている。
【序章】
序章においては、まず「難民」、「国内避難民」、「国内避難民キャンプ」など本論文で 頻繁に使用される語句について説明している。また、「国内避難民問題」、「国連人道支援 機関」、「国際人道支援システム」といった語句の本論文における定義付けを行っている。
次に、本論文の構成について説明している。序章では、既述の語句説明の他、論文構成、
先行研究の類型化、研究方法について説明している。
研究方法であるが、まず現在までの国内避難民問題の国際的規範とそれに関わる先行研究 を「国内避難民問題研究の理論」と捉えた。そのうえで、理論形成が立脚した仮説を再検証 するという方法を採用している。仮説の検証には、実際の国内避難民社会で行なった参与観 察の結果であるエスノグラフィー(第3章、第4章)を使用した。
【第1章】人道支援、平和構築と国内避難民-東西冷戦終結以前-
第1章においては、人道支援、平和構築といった本論文と関連の深い概念の整理を行なう とともに、東西冷戦終結以前の国内避難民問題について分析している。既述の通り国内避難 民は 1990 年代初頭より急増したが、その時期は東西冷戦終結と重なるからである。
国内避難民は、1990 年代以前より存在しており、彼らに対する支援、保護も程度の問題 はあれ行われていたことが文献やデータより明らかになった。例えば、国連児童基金
(UNICEF)や世界食糧計画(WFP)の成立は 1990 年以前であり、彼らの受益者の多くは今日 でいう国内避難民であったのである。
しかしながら、1980 年代には、既に国内避難民の支援、保護には限界があるということ が露見していた。その限界とは、国内避難民問題は文字通り「国内」の問題であり、国際的 な支援、保護は、内政不干渉の原則より困難な場合があるということである。この問題を
本論文では「主権国家の壁」と表現している。
「主権国家の壁」の問題は、国内避難民が国境を越えた難民と同様の支援、保護を享受で きないという問題を生んだ。難民には、難民条約という国際法が存在し、また彼らを専門的 に保護する国連機関である国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)が存在する。一方、国内避 難民には支援、保護のための国際法や専門機関はないのである。
【第2章】国内避難民問題への国際的取り組み-ポスト冷戦期の新たな潮流-
東西冷戦終結後に国内避難民が急増した背景には、カルドーのいう「新しい戦争」、つま り民族、文化、言語、エスニシティの相違に成因した国内紛争の増加があった。しかし、ほ とんどの国内避難民を生み出している国内紛争には、国家が関与している。そこに、「主権 国家の壁」が立ちはだかった1つの原因が見られる。つまり、極論すれば、国家が自ら国内 避難民問題を生み出していると同時に、国際社会からの国内避難民の支援、保護を、内政不 干渉原則を盾に拒む場合が多発したのである。
第2章においては、国際社会が「主権国家の壁」にどのように挑んだのかを、規範面、制 度面という2つの側面から分析している。
まず制度面では、①人間の安全保障の概念、②国連人権委員会が中心となって作成した規 範である『国内強制移動に関する指導原則(Guiding Principles on Internal
Displacement)』、③国際法協会による議論と宣言、④国際人道支援システムが取り組んだ
『国内避難民の恒久的解決の枠組み(Framework on the Durable Solutions for Internally Displaced Persons)』を取り上げ、それらの背景について分析を加えている。さらに、そ れらの規範作成の過程で派生的に生まれた「保護」と「責任としての主権」という概念につ いても検討している。「保護」「責任としての主権」という概念は、やがて国内避難民問題 や人道支援といった枠組みを越え、国家や国際社会のあり方の問題にまで広がりを見せたか らである。
次に制度面では、国内避難民問題に対処するために国連が行なった3回の改革について検 討している。国連の改革は、1991 年、1997 年、2005 年にそれぞれ行われた。改革の過程は、
既述の「保護」という概念、つまり人権という視点を通して人びとを保護するという視点が、
国内避難民問題への取り組みを介して人道支援全体に入り込んだ過程でもあった。
現行の人道支援システムは、直近の 2005 年改革を反映したものであり、クラスター制度 と呼ばれる制度に体現されている。クラスター制度とは、設立の時期、政治的背景を異にす る各人道支援機関が協働するための制度である。究極的には、人道支援全体を一元管理する 制度として提案されたが、自立性、独立性を重んじる各人道支援機関の反対もあり、制度管 理者である国連人道問題調整事務所(OCHA)の権限は提案時よりも低いものとなっている。
また、第2章では、国内避難民支援、保護に関して作られた上記の規範や制度を整理し、
既存の理論が立脚している仮説を3つ抽出した。それらは、①国内避難民は難民と類似して おり、相違は国境を越えた否かである②人権という概念は、「主権国家の壁」を乗り越える ために有効である、③人道支援機関は協働できるという3点である。
【第3章】
第3章は、実際の国内避難民キャンプにて行った参与観察(フィールド・ワーク)をまと めたエスノグラフィーである。フィールド・ワークは、スーダンにおいて 2003 年より現在 まで継続しているダルフール紛争下に形成されたモルニ国内避難民キャンプにて3年間
(2008 年 6 月-2011 年 5 月)行なった。
まず、ダルフール紛争と関連の強いスーダンという国の成り立ちと、ダルフール紛争の原 因を分析した。分析では、ダルフール紛争の背景が、国際社会で一般に捉えられているよう な「農耕民対遊牧民」「アラブ人対アフリカ人」という単純な構図でないことを明らかにし ている。
次に、実際の国内避難民社会を考察し①人道支援が、既に弱体化している「伝統的」統治 システムにさらなる変更を加えている、②敵同士とされている民族同士は、実は何世紀にも 渡って共生ともいえる関係を築いていた。しかし紛争、それに続く人道支援は、両者間の溝 を深めている、③味方同士とされる国内避難民キャンプ民族は、決して一枚岩的な関係を築 いていない、④国内避難民は、国境を越えていないがために元来の社会関係の一部を継続し ており、それが国内避難民キャンプにおける急速な社会変化の一因となっている、⑤国内避 難民社会の周辺には移動しなかった人びとも生活しており、彼らも国内避難民と同様の脆弱 性を経験している、などの点を明かにした。
【第4章】
第4章は、国内避難民キャンプで実施された2つの人道支援プロジェクトに起因して生じ た社会変容の記録である。2つのプロジェクトは、ともに食糧支援の範疇で行われたもので ある。1つ目の粉挽きバウチャープロジェクトは、既存の人道支援からも影響を受けていた 国内避難民社会のポリティクスの波に飲まれ失敗例となった。2つ目の学校給食プログラム は、住民側からの再三の要請に援助機関が応えたもので、父兄、コミュニティ、スーダン政 府地方自治体職員といった幅広い社会層を巻き込むことで成功例となった。
2つのプロジェクトの考察より、人道支援においても開発支援と同様の視点、つまりトッ プ・ダウンでなくボトム・アップの視点が有効であることが明らかとなった。さらに、紛争 や長引く国内避難民キャンプでの生活により弱体化した民族間の関係は、人道支援により復 旧、再構築することができる可能性を提示した。
【第5章】
第5章においては、第3章、第4章で観察した事項を①主権国家と人権、②人道支援によ るラベル化、③クラスター制度の曖昧性という3つの次元で分析している。1つ目の次元で は、ダルフールの人びとにとって「国家の意味するところ」が曖昧であることや、多くの 紛争においては国民の人権保護において第一義的な責任を負うとされる国家が主たる加害 者であることから、国家に第一義的な責任を求める人権に基づくアプローチは「主権国家の 壁」を突破するには力不足であることを指摘している。
2つ目の次元では、人道支援が人びとを無意識のうちにラベル化し、そのことがどのよう
にして国内避難民の社会関係に影響をおよぼしているかを考察した。
3つ目の次元においては、クラスター制度に保護、人権といった概念が入り込んでしまっ たために、クラスター制度で折角明確化した各人道支援機関の役割が再度曖昧なものとなっ た点を指摘した。保護、人権といった概念は包括的であり、全ての人道支援分野を内包して しまうからである。
第5章では、以上の3次元の分析を基に、第2章で提示した仮説の検証も行なっている。
まず、難民と国内避難民が類似しているという仮説に対しては、実際の国内避難民社会の変 容は、難民社会のそれと異なる部分もあるということを明かにしている。また、国内避難民 を難民と同様の視点で捉えることにより「移動の有無」が焦点となり、移動しなかった人び との支援、保護がおざなりになっているばかりか、人びとの間の溝を深めているということ を指摘している。
さらに、国境という概念を活動条件中に持つ難民の保護を国内避難民へ応用しようとする 試みは、国内避難民問題における「主権国家の壁」をより鮮明なものとする結果を招いた。
第2に、人権を基礎とした支援、保護の有効性について、特に東西冷戦後に発展した欧米 の自由主義に発端を持つ民主・人権レジームがダルフール社会に持ち込まれた時に生ずる 問題を提起した。まず、国際社会は、国家に変わって受益者に人権を付与できない点をあげ ている。また、紛争以前の人権への理解が場所ごとに異なるため、普遍的な概念である人権 を全ての場所にそのまま応用することは難しい場合が多々ある。さらに、国内避難民問題に 国家を第一義的責任者とする人権の概念が持ち込まれたことで、冷戦終結以前に各人道支援 機関が既に行っていた国内避難民への人道支援において、「主権国家の壁」を高くしてしま った可能性を指摘している。人権を基礎とすることによって、国家の責任論が浮上するから である。
第3に、人道支援機関協働のシステムの検証であるが、設立背景の異なる人道支援機関に よって構成されていた国際的人道支援の枠組みを、人道支援の必要性によって再編すること により、本来あるべき姿へと近づけた。しかしながら、人道支援に出資される国際的資金の 一元管理という本来の提案が各人道道支援の反対により実現していない点やドナー国間の 協調不足は、時間の経過とともに変化する人道的ニーズに応えきれないという問題を残して いる。
【第6章】
第6章では、第5章で行なった分析を基に、今後の国内避難民問題政策に対して提言を行 なっている。まず、人権に変わるアプローチとして、脆弱性によるアプローチを提案してい る。それは、第5章で指摘した通り、人権という概念が実はさほど普遍的なものでなく、そ れをもって「主権国家の壁」を突破することはできないからである。しかし、脆弱性による アプローチでは、人道支援機関が活動する個々の社会の情報を広く共有することが必須とな る。一方、人道支援機関の中には、彼らの活動に直結する分野の社会的データ収集を行っ
ている機関もある。既に具体的な支援、保護に関する情報の共有化という面で成果をあげて いる OCHA は、各人道支援機関が持っている社会に関する情報のとりまとめ、共有化も行え ないだろうか。
また、人道支援を、時間の経過とともに変わりゆく人道的ニーズに対応したものとするた めには、国際的な資金管理を OCHA が一元的に管理し、時々のニーズに適合した活動への出 資を図ることが有効であると考える。資金の一元管理に関し、各人道支援機関の同意を得る ことには困難が伴うことが予想される。しかし、発生する人道危機ごとに OCHA を中心とし たチームを組織し、構成員を各人道支援機関よりの出向者とすることで各人道支援機関の政 策決定への影響力を保つなどの工夫は可能であろう。
最後に、人道支援の具体的な活動への提言を行なっている。人道支援は、国際社会、ドナ ー国、受益国といった上層部と、受益者社会といった基層部分を横断的に活動しているとい う特性を持っている。その特性を生かして、人道支援を介して紛争により弱体化した受益者 社会の人びとの関係性を修復、強化するような支援を行なうことが可能であろう。そのため にも、既述したような、受益者社会の背景、変化などに関する情報の収集が不可欠である。
さらに、その情報を基に、人道支援をボトムアップ・アプローチへ転換する必要がある。
これらの考察を基に、本論文では1例として草の根レベルの平和教育を人道支援活動とと もに行なうことを提唱している。平和教育は、国連教育、科学、文化機関(UNESCO)が既に 行なっているが、現在のモジュールは主に先進国における教育の場での使用を想定してい る。既存のモジュールを、紛争の影響を受けた国内避難民社会やその周辺の子供達を対象に 行えるよう調整する必要がある。さらに、実際に教育を行なう人道支援機関職員、父兄や教 員が、その場所の特性に合うようにモジュールを見直しながら平和教育を行なうなどの工夫 は可能であると考える。
以上のような考察を基に、本論文は、国内避難民への人道支援は、受益者社会への視点を 持つことや、国際人道システムがその協働を一層強固なものとすることによって、残存する 幾つかの問題に対応できるという結論を導き出している。